イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

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    Heimkehr 超人WGPが俺達の功績あって万太郎の優勝で終り、表彰式でのいつものアホ面まで見届けた後俺達は緊張の糸が緩み仲良くぶっ倒れ超人病院に搬送された。ミートは無茶な移動をしたせいで入院期間が延び新チャンピオン万太郎は元々以上にボコボコの顔面と言わず全身に包帯を巻いてちょくちょく病室に姿を見せた。チェックは地の馬力のせいか回復も早かったもののすぐに病院食に飽きて魚や牛肉を恋しがってキッドやセイウチンを呆れさせた。
     そしてもう一人、病院に逆戻りになったバカがいる。
    「じゃあなジェイド、俺達は大阪に戻るけどガゼルマンにいびられたらすぐ言えよ」
    「いびりといぶりがっこって親戚ですか?ジェイド、ソーセージご馳走様でした。美味しかったです」
    「有難うございますキッド先輩、チェックも!また一緒にスパーリングしような!道中お気をつけて!」
     そう、ジェイドも重態の身を押して東京会場に駆けつけたのが祟って傷が悪化した。一応退院はできたものの暫くは松葉杖と服薬が欠かせない。万太郎とミートは今後予定が立て込む為俺の家から通院させる事になった。転院に一時東京地区預かりと書類手続きも多く成り行き上俺が肩代わりすることになり満身創痍の後輩は申し訳なさそうにしていたが、暫くは肉屋土産のお裾分けにも預かれそうだし悪い話じゃない。

     元々ドイツ出身ではあるものの親日家の師匠に育てられ、更にWGP中断期間中はこちらに基盤を置いていたこともあって共同生活に支障は少なかった。鴨居に頭をぶつけて松葉杖ごとひっくり返ってたり駅でアルファベットと略称が結びつかず路線図の前で右往左往してファンに助けられたりとかはあったようだが。
    「通院だろ?言えば手伝ったのに。というか入れ替え戦とか中断期間の時はどうしてたんだ」
    「いえ、入れ替え戦の時はデッドがこっち出身でしたし中断期間はロードワークも兼ねて走って移動してましたからね。いい機会なんで覚えます」
     ネット記事に取り上げられたのが流石に恥ずかしかったのか奴は照れ臭そうに笑った。

     そんな明くる日のことだった。愛と友情パワーが持ち前の正義超人といっても先立つものがなければやっていられない。WGP後交通費の還付に始まり税額控除の書類と首ったけになっていたが委員会とファクトリーに申請した負傷手当が受理されて、ジェイドの分の書類も調えようと諸機関を回っていた。
     夜帰宅すると水音が聞こえた。続いて苦しそうに嘔吐く声。強い薬を使っているので副作用もあるだろうと当初申し訳なさそうに言われた。足のギプスも漸く取れたのだ、体力の消耗は避けさせてやりたい。
     水とスポーツドリンクを持って行くとジェイドがよろよろと洗面台に手を付いていた。片手が力なく髑髏の徽章をたぐり寄せ、そのままずるずるとへたり込む。
    「Lehrer...Vater, Vater...Entschuldige...」
     鏡に映ったのは俺ならば絶対に他人に見られたくない顔だった。だからコップだけ置いてその場を離れた。

     翌日、早朝から出かけていた俺は日が高いうちに帰宅した。リハビリに取り組んでいたジェイドがぱちくりと目を瞬く。そのテーブル越しに向かい合ってどっかりと腰を下ろしファイルから書類を抜き出す。
    「ジェイド、ファクトリーでの認識番号、入学・卒業年月日教えろ。あと正義超人としての登録IDとドイツの公的機関に届け出てる本名、生年月日、血液型。できれば戸籍謄本の写しもあれば良いんだが」
    「コセキ・・・家族簿で大丈夫なら。新ファクトリー第二期卒業認識番号07、入学日201X年*月*日、卒業・任官同*月*日。ええと、IDカードはどこかに・・・」
    「あ、これか。バッグの中見るぞ」
     Ja、という応えを受けてカードだの書類だの入ったファイルを引っ張り出し手元の申請書を埋めていく。当たり前だが大半はドイツ語で数字まで癖があったりと悪意しか感じねえ。
    「誕生日と満年齢は?あ、いや登録上のでいい」
     思い出して言い添えたところでファクトリー支給の安っぽい認識表が見つかった。丁度いい、これで必要事項が幾つか埋まる。
    「・・・歳です」
    「は?」
     俺は聞き返した。いや、ドッグタグに記載された生年月日からしたら一目瞭然だが先入観が現実を拒絶した。ジェイドははにかんで再度繰り返す。
    「この間14歳になりました。おばさん達が決めてくれたんで多分、大体ですけど」
    「何いいい!!!???」
     俺はペンを取り落として立ち上がった。書類が汚れないようにファイルに戻して食ってかかる。
    「ちょっと待て、満年齢14!?じゃあ俺と戦ったの一年以上前だから13だと!?ファクトリー入学許可年齢って14の筈だぞ、お前その一年前までランドセル背負ってたのか!?」
    「あ、そこ願書受付の人も困ってたんですけど生年月日只でさえ大体だしロビン校長が『誤差の範囲だ。卒業時におおよそ14歳ならば問題ない』って許可してくださって」
    「問題大有りだぞロビン先生・・・」
     教官相手には聞き分けよく雑用もこなす優等生に徹してる俺だが流石にこれは予想外だった。同年代だと思ってた相手が実は何歳も離れたクソガキってのは衝撃がでかい。いや校長の年ならいざ知らず十代にとっちゃ一歳違えば神様と奴隷だ。顔輝かせて試合観に来たり『ガゼルー、角ちょーだーい』とかってぶら下がってくるそこらの子供と感覚的には変わりない。
     いや、問題は校長だけじゃない。こいつの師匠もだ。
     俺は据わった目でスマホを取り上げた。呼び出し音が頭を冷やす。
    「こうなったらますますこのままじゃいられん。何が何でもお前をドイツに帰らせる」
    「!?」
     ジェイドがぎょっとして顔を上げる。口を開きかけたが通話に入ったので行儀良く黙った。ほぼ同時に電話口で応答があった。
    「バッファローマン先生ですか?お疲れ様です、一期生のガゼルマンです。今朝お聞きした件ですが・・・はい、はい。有り難うございます、お手数おかけしました」
     メモを取りながら何件か気になった事柄を確認していく。質問が早朝だったにも関わらず豪快な猛牛先生はファクトリーの事務室を漁って大体の所を調べてくれた。日頃教官の小間使いやってるとこんな時に無理が利く。
     やがて通話を終えると俺は今度は帰りがけにプリントアウトした国際線運行情報をテーブルに叩きつけた。
    「傷病・送還申請が受理された。旅費も多分控除される。委員会には俺が監督者として報告書を出す―一緒に行くぞ、ベルリン」
    「ガ、ガゼルマン先輩!?いやそんな・・・だって俺元々孤児だしレーラァとは」
    「お前、もう法律的にもブロッケンさんが父親だろう!?ファクトリーに聞いたら保護者名義も保証人欄もブロッケンさんで、お前も弟子入りした時からずっとブロッケン姓だって!伝説超人も周りもそう認めてて、入院費も引き続き振り込まれてて、それであの試合であんな風に縁切っちまって良いのかよ!」
     試合が順調に運ばないのもセコンドとぶつかるのもこいつに限った話じゃない。けど、あの時勝てなかったジェイドに何も告げず伝説超人が姿を消した結果WGP後にこいつが心底落ち込んでたことを俺は知ってる。自分の意志を尊重されたのだとしても負け試合の後意識を取り戻したら父親代わりの師匠がいなくなってる―しかもこいつはまだまだ成人指定の映画も観られない中学生で外国に放り出されたも同然だ。そんなの俺なら御免被りたい。
     なあ、知ってるか伝説超人。あの位置にある徽章掴んでると、首絞めてるように見えるんだぜ。
    あの昭和世代は極端なところあるからな、万一の事がないか先生達に確認したんだ。ファクトリーに登録してある緊急連絡先―扶養者名も、住所も、不動産名義も全部伝説超人ブロッケンJr.のままだった。中断期間中に開設した口座だってきっちり入金されてて、送金者も伝説超人だ。見捨てられたりしてないぞ、ジェイド」
     獅子は我が子を千尋の谷から突き落とす、だか何だか知らんがそもそも通ってた普通の中学高校から(多分退学させられたヤツも多いだろう)いきなりファクトリーにぶち込まれ3ヶ月で事実上の学徒出陣だ。碌なサポートや労いの言葉すらあった例がない。重傷を負っている今、親元に帰れるならこいつぐらい帰らせてやりたかった。
     ジェイドは一瞬きょとんとして、それから言葉の意味を実感したようにぐにゃっとした表情になって頷いた。絶対ファンには見せられないぞその顔。
    「先輩たちはレーラァの講義でも受けたことがあるんですか?」
    「ん?」
     パスポートだの超人ビザだのつき合わせていた俺は顔を上げた。リハビリも兼ねて荷造りは任せてくれ、と申し出てくれた家捜し中のジェイドと目が合う。14歳の後輩は真面目な顔で続けた。
    「…俺こっち来てから迷惑ばっかりかけてるじゃないですか。入れ替え戦で大ケガさせたり、WGP中断期間には予定も聞かずに押しかけて一日中練習付き合ってもらったり、今度はこっちが大ケガしてファクトリーへの手続き代わってもらったり。なのにここまでよくして頂いちゃうと、自分が恥ずかしくて」
    (迷惑、なあ…)
     俺はWGP開幕からの日々を思い返した。中断期間はやっぱり気が抜けて、いつもの面子と例のごとく遊びに出ようとしてたからチェックだのこいつだのが乱入してきたのは正に寝耳に水だった。だがこいつはブロッケンさんに用意してもらったのか毎回大量の肉だの野菜だのパンだのを持参していて、しかも休憩時間には率先してトレーニング器具を片付けたりミートと一緒にメシを作ったりしてくれた。時には魚やクスクスも料理してくれて、セイウチンも俺も歓声を上げて食卓でまで大乱闘になった。
     伝説超人の名家がバックについてるこいつやケビン達には取るに足らない出費だろう。だがかつかつの給料でやりくりしながら時には実家への仕送りすら捻出しなければならない俺達にとっては、明日の心配もせずに腹いっぱい食べられる日々は本当に有難かった。
     が、それを話したら本気で号泣されそうなので止めた。流石にプライドもある。代わりに出したのは別の話題だ。
    「ブロッケンさんか…確かに関係なくはないがな。お前たちの時はラーメンマン先生の座学はあったか?」
    「ラーメンマン先生の?いえ、俺達の時は体術実践でした。クリオネがメチャクチャ得意で、いつも模範演舞やってましたよ」
    「そうか…まあお前は関係者だしな、聞いてないかもな」

     あれはいつの日だったか。確か珍しく若干の余裕を持って講義が終りそうだった日で、万太郎はいつものように惰眠を貪るのと早弁を繰り返してた。俺?真面目に板書写してたよ。ちょっとした雑談から試験のヤマが張れるかもしれないからな。
     とにかくラーメンマン先生がチョークを握ったままふと考え込んだ、それからゆったり話し始めた。
    『君達には近いうちに戦場に出てもらうことになる。超人として生まれた以上当たり前という者もいるかもしれないが、ファクトリーも30年近く閉鎖されていた以上今もって十分な教育を施せたとは言えない。それはすまなく思っている。教師陣すら、未だ万全の体制ではない。
     少し、話をしよう。ここにいない高潔な超人の話だ。

     ある少年がいた。年の頃は、そうだな…君達より少し上で、同じファクトリー生だった。彼の父は未だ現役の戦士で、祖国では恐れられてもいたが彼自身の師でもあった。そんな父親が死んだ。試合上の結果とはいえ惨殺されたのだ。
     一年後、彼は父の仇と見える。彼が一番最初にしたことは何だと思う。
     ―そうだな、まず殴りかかり息の根を止めんとするだろう。おそらく誰もがそうする。そしてそれは少しも愚かな事じゃない。それは故人を大切に思っていた証でもある。誰にもそれを否定する権利などない。
     だが彼はそうしなかった。サーベルを突きつける素振りこそ見せたものの、あれはブラフだった。彼が最初に為したのは、ならず者に苦しめられ他所の星から自分達を頼ってきた子供の依頼に応え救援に向かうことだった―父の仇と共に。旧家出身で相当自制心も鍛えていただろうが、あれはそれ以上の勇気が要る決断だった筈だ。彼は、父への情という誰も非難できない大義よりも尚大きな正義を選択できたのだ。その後の数人の超人への師事など、彼の器の大きさを考えれば変節でも何でもない。
     さてそこから更に時が経てばどうなるか?趨勢は大きく変化しつつあった。一人の覇者の下に多くの正義超人が馳せ参じ耳目を集める。国境もイデオロギーも関係なく地球を守る意志だけで結束できたのは偉業だが、今思うと心臓が止まりそうになる。若かったとはいえよくあんな無茶をやれたものだ。
     彼が賭けに出られるとしたらこの時だった。歴史ある名家とはいえ何百年もの血と因習を背負い込んでいる。国家の走狗として幾度となく凄惨な任務に手を染め続けた父親はもういない―例え、それが母国を守る為のものだったとしても。この時ならば異界からの侵略者に抗する為と言う大義名分があった。若い彼がもはや国家や一族の安定だけを考える時代ではない、等と宣い己の名も家門も、全てのしがらみを擲って正義超人軍団に参入すれば誰もが手放しで称賛せざるを得なかったと思うよ―彼を当主として戴いていた一族の者達すらも。
     だが彼は別の道を選ぶ。正々堂々としたクリーンファイトよりも血腥い戦いに慣れきった業深い一族、汚れ仕事で糊口を凌ぐ超人の風上にも置けぬ家系。そんなイメージが付き纏う名のまま―故郷の人々を守る為に、他国の侵攻を防ぐ為に常時神経をすり減らし殺戮者の汚名すら敢えて背負った一族の名を背負ったまま正義超人軍団に参入したんだ。今度はこの名を正義超人として轟かせる為に、とね。
     虫が良すぎる?いいところ取り?そうだな、一番楽観的で理想論に溢れ―そして最も困難な選択だ。常に自分が先頭に立って戦い、変貌振りを世間に印象付けて信頼を勝ち取らなければならない。麾下の人員や更にその末端の被雇用者、その係累の女子供の生活も背負ったトップである以上無謀なパフォーマンスもできない。いつもギリギリの線を見極める目が必要だった筈だ。
     彼は戦い続けた。父を喪い若くして当主となり一族の意思決定を背負い母国に不利益をもたらさぬよう細心の注意を払い全宇宙の命運を握る男を選定し、超人界の未来の為にその魂に賭け―そして雪解けが訪れた。君達も歴史で習っただろう、東西冷戦が終わり多くの戦闘員が行き場を失い解雇された。彼とて例外ではなかった。本邸の門扉は固く閉ざされた。
     酷い?―うん。可哀想?―少し違うな。まあ聞け、ここからが真骨頂だ。歴史が得意な者ならば今までの話に疑問を持った者もいるんじゃないかな?(ここで生徒が躊躇いがちに挙手)―うん、発言を許可する。意見を言ってみようか。―そうだ、好、対很好!冷戦終結は必ずしも20世紀の戦乱終結を意味しなかった、湾岸戦争・ユーゴスラビア・アフリカ・チェチェン。寧ろ既存構造の崩壊により多極化が進行し、所謂第三世界の至る所で紛争が頻発した。傭兵超人の多くはこちらに雪崩れ込んだ筈だ―血を好み、金銭を得る為の、あるいは形振り構わず売名する手段としてなら幾らでも機会はあった!だが彼はそうしなかった。母国の為以外に戦うことを、生まれ育った地や一族を捨て縁もゆかりもない国々の戦列に加わることを潔しとしなかった。おそらくは母国を―自分を使い捨てた国家を、そして自分達を恐れ罵った人々をそれでも愛していたが故に。
     私はこの事こそが彼らが誇り高く高潔な超人であった証だと思っている。残念ながら今ここに彼はいない。しかしいつの日か、君たちを前に彼がこの教壇に立つことを心より私は願っている。
     ―さて、すっかり終了時間をオーバーしてしまったな。次はロビンの格闘訓練か。遅れたらペナルティがあるぞ、走れ!』


     ジェイドは目を瞠ったまま一言も発しなかった。そういえばあの時万太郎もいつの間にか目を覚まして真剣な顔で聴講していたな。
    「みんな分かったよ…コレ、ブロッケンさんの事だろう?あのラーメンマン先生がそこまで言うなんてどんな伝説超人なんだろうって俺達すげえ楽しみにしてたしその人が弟子育てて、しかもそいつが俺達と同じファクトリー生になったって知ってメチャクチャ驚いたけどどんな奴か気になったしもっと話したかった。その人の教練を受けたのはお前だけだから、いつか一緒に闘えたらって思ってたんだよ」
     ジェイドが師匠を褒められて嬉しいのと、自分の実力が期待に伴わず悲しいので複雑な表情をした。分かる、騒ぎ立てるだけの周りは勝手なもんだよな。けどこれだけは言っておきたい。
    「お前、今本当にブロッケンさんの全てを受け継いだって言えるのか?技だけじゃなく、正念場であの人が見せたっていう決断力や正義超人としての器のデカさも。まだまだ教わるべきことがあるはずだろ!」
     悔しいのは俺だって同じだ。栄冠を勝ち取った万太郎の言葉ならもっと人の心を動かせるだろう、同じ伝説超人の息子として日々プレッシャーと戦っているキッドならばもっとリアルで説得力のある話もできるだろう。本選も突破できず碌に実績も挙げられない俺なんかの言葉、八つ当たり以外になるだろうか。
     だがジェイドは俺の目をしっかり見て頷いた。リハビリ中の手を苦労して差し出してくる。
    「有難うございます、ガゼルマン先輩。目が覚めました」


     出国許可は降りたものの俺とジェイドの両方が東京地区を空けることには当然難色を示された。(当たり前だ、ジェイドはこのまま帰国させるつもりだし万太郎は多忙だ)ので、チェックにその穴を埋めてもらうことにした。移動を面倒がるようならここで防衛実績を作っておけばファクトリー入りも夢じゃないかもしれないぞ、とでも囁きかけるつもりだったがあっさりと『東京ばな奈ともんじゃで手を打ちます』と言われた。チッ、足元見やがって!
     必要書類や収入印紙の発行手数料、スマホの設定も変更して、航空券の支払いも済ませて…と手続きを進めていくと予想はしていたが安月給にはキツい口座残高になっていった。ジェイドも心なしか顔を引きつらせて『…ウチに何泊かしていって下さい』と言う始末。出るよな、コレ必要経費で全額還付されるよな!?超人のガタイじゃ安く済ませようとしてもエコノミーはお断りされるんだよ!
    「…ブロッケンさんにはまだ連絡つかないのか」
    「はい。ずっと留守電になってて…メッセージ残してるから聞いてくれてはいると思うんですけど」
     空港までの道すがら大荷物を持ち、包帯も大分少なくなったジェイドが肩を落とす。送金は続いているしあの子煩悩超人がそんな極端な勘当もしないとは思うんだが…口を開きかけたところで着信が入った。俺が席を外すと同時に何人かの子供達の集団がジェイドに駆け寄ってくる。
    「ジェイドー!久しぶりじゃん、まだ日本いたんだ!」
    「クラスの女子がこの間のニュース見て騒いでたぞ、あんまファンに心配かけんなよな!」
    「有難う、みんなも元気だったか?今日はクラブ帰りかな?」
     ちっさいがいっぱしに威勢のいいファン達にジェイドは相好を崩して屈みこむ。子供達はすっかり友達感覚なのか腕を引っ張ったり足叩いたりやれ帰り道にアイス屋ができただの部活の進級判定受かっただのとジェイドを構う…オイ、これから海外出張だからな。
    「ケガ、まだ治んねーの?無理するからだよ、まんたろーにも怒られたんじゃね?」
    「まんたろーにはKKDがあるんだからさ、人のおーえん来るぐらいならジェイドも勝って決勝進出しろよ」
    「ブロッケンじーちゃんドイツ帰っちゃったんだって?うちのかーちゃんファンなのに。早く仲直りして次はちゃんと一緒に優勝しろよ!」
     子供の一人がジェイドの肩を叩こうとして負傷箇所だと思い出したのかバツが悪そうに手を引っ込めた。そのまままた団子になって手を振ってわらわらと駆け去っていく。ジェイドも律儀に手を振り返した。
    「…何つーガキどもだ」
     通話を終えた俺も唖然とした。よりによってピンポイントで刺さりそうな言葉をグサグサと…
    「お待たせしてすみませんでした、ガゼルマン先輩。行きましょう」
     向き直った後輩は少し眉を下げてはいるものの、笑顔で言った。少しコイツを見直した。
    「さっきの電話、万太郎先輩からですか?」
     直行バスを降りターミナルに向かいながらジェイドが問う。俺はと言えばあっちは寒いっていうんでいつもの2割増の防寒着を押しつけられちょっと戦々恐々としながら時間とカウンターの場所を確認してた。
    「ああ。大分お前のこと心配してたようでな・・・聞こえたのか?」
     確か今日も祝賀会か何かで一日出ずっぱりの筈だ。講堂かパーティー会場みたいな気配だった。
    『ホントはボクも付いていってあげたいんだけど・・・ジェイドのこと頼むよ、ガゼルマン』
    『Ⅱ世~!!主催の方が待っていらっしゃいますよ!』
     ざわつく電話口の向こうでミートの金切り声が聞こえたと思ったら通話が切れた。いえ、と笑いジェイドはスマホを示した。
    「俺の方にも色々心配してくれてたんで…万太郎先輩だけじゃなく他の先輩達からも。すげー嬉しいです」
     うん、続々通知が来てるな。本当にアツくていい奴らだ。同期として誇らしい。だが…だがなあ、非難覚悟で一つだけ言わせてくれ。
     そこまで心配するんだったらカンパの一つや二つ募ってくれよ!繰り返すが零細超人の俺の懐にとってはタクティクス№ジ・エンドだ!今日の€のレートが気がかりで仕方ない!
     嗚呼、俺の日本円……

     その後の10時間程度は特筆すべきことはなかった。白い監獄じみたシベリアを越えて乗り換え空港に着くと俺の後を荷物を持ったジェイドがひょこひょこ付いてくる。久々の長距離移動だし向こうでも暫く通院が必要だろうな。
    「やっぱ足キツそうだな…もうちょい待った方が良かったか」
     これ以上事態が拗れる前にと業を煮やしての強硬手段だったが当のコイツにとってもそれなりの負担だったかもしれない。自分の配慮の足りなさを悔やんだ。
    「大丈夫ですよ、もうギプス取れてますから。ドクターから移動許可も出てますし!でもヘルシンキ経由ですか?フランクフルトかミュンヘンなら遠征したことあったんですけど」
    「あー、そう指定されたんでな」
    「指定?」
     ジェイドが首を捻る。だがすぐにロビーに見知った顔を見つけて顔を輝かせた。
    「セイウチン先輩!」
    「ジェイド、久しぶり~。話は聞いただよ、そのケガじゃここまで来るの大変だっただろ~。よく頑張ったなあ、ブロッケンさんへの手土産はしっかり用意しといただ。あとはワシらに任せなさい、必ず説得してみせるだ」
    「先輩・・・Haben Sie vielen Dank! Ich kann Ihnen für Ihre Hilfe nicht genug danken.」
     流石一期生一の聖人君子。感極まってジェイドがセイウチンの手を取るとセイウチンは傷に障らないよう優しく背中を叩いてやりながらこっちにも笑いかけた。
    「ガゼルマンも、お疲れさん。いつもはアフリカ・中東ルートだし勝手が分からなくて大変だったろ。ゴメンなあ、色々押しつけちまって」
    「ふん。アディスアべべとダルエスサラームなら熟知してるんだがな」
     軽口を叩きながら俺もじんわりとこみ上げてくるものがあった。だがしかし、土産って荷物からしていつもの鮭か鱈とかか?税関通れるんだろうなソレ。


     迂闊なことにベルリン=テーゲル空港に到着した段階で日が暮れていた。そこから入国審査を済ませた段階で子供は寝る時間・・・俺としたことが、フライトを短時間で済ませることに気を取られて時差の計算を忘れていた。
    「ヘルシンキで一泊すべきだったかもしれんな・・・」
    「あ~、確かに今から訪ねるのはちょっと非常識かもしれないだ」
    「折角だしウチ泊まっていってくださいよ。すぐに準備できますから」
     幸い空港からベルリン市街まではさほどかからない。宵闇に沈む観光スポットの数々をジェイドが教えてくれる。それはいいがこの寒さが肌に刺さる。毛皮からして温そうなセイウチンが恨めしい。
    「高緯度だから冬は冷えるだ。夏は過ごしやすいんじゃないか?」
    「はい、そんなに気温上がらないし10時ぐらいまで明るくてワクワクしますよ!次は是非みんなで来て下さい」
     久々の故郷が嬉しいのかジェイドは朗らかに案内に立つ。想像はしていたがでかい家・・・むしろ砦みたいだった。暗闇に浮かび上がる大邸宅の物々しいシルエット、噴水ぐらいありそうな庭園は墓地じみた陰惨な雰囲気で今にも何か出そうだ・・・いや昼間見たら瀟洒で心安らぐ空間だろう、多分。植物と鳥を透かし彫りにした古そうな門と鉄柵は指紋を付けるのも躊躇われる。が、隣のセイウチンは呑気な声を上げた。
    「ひっろい所だな~。合宿ぐらいできちまいそうだ」
    「いいっすね!一・二期生で合同合宿やりましょう!練習場所にも困りませんよ!あ、ここ錆びてて開けにくいんです」
     快活に請け負うとジェイドは開放されていたらしい門を躊躇無く押し開ける・・・ま、基本超人男性のみの世帯なら盗みに入る方が命知らずだもんな。
     ジェイドの後について陸上トラックぐらい作れそうなスペースを抜けるとエントランスに出た。こっちはインターホンがあるな。何だかんだで帰国してからジェイドも元気そうだし、これで肩の荷が下りそうだ。
     が、何とここに来てジェイドが弱腰になった。目が泳ぎ深呼吸を繰り返し、何度も呼び鈴に手をかけようとしては溜息をつき・・・セイウチンも段々心配そうな顔になってくる。ああもうっ!
    「当たればスゴいぜ・・・っアントラーフィスト!」
     角の片方を勢いよくインターホンに叩きつけた。二人が止める暇もあらばこそ呼び出し音が鳴り響く。程なくして足音と共に扉が開かれる。
     蝶番を死神の鎌の音よろしく軋ませて現れたのは幽鬼だった。闇を背負った体躯、痩けた頬が月光に照らし出される。この世の全ての地獄を見てきたかのような険しい目が青白く光り俺達を捉えた。
    「ぎゃあああああっ!!」
    「で、出たあ~っ!!!」
    「うわあっ!」
     俺とセイウチンがファクトリー首席次席のプライドもかなぐり捨てて絶叫する。それにつられてジェイドまでもが短く悲鳴を上げたー親愛なるブロッケンレーラァに向かって。
     あの後、仲良くへたり込んだ俺達をじろりと睥睨した伝説超人は『近所迷惑だろう』と一言窘めて中に招き入れてくれた。前を行く年季の入った背中からは別に剣呑さは感じられないものの燭台の炎が揺らめく暗い廊下、と言った舞台装置も相まって肉切り包丁ぐらい研いでいそうに思える。
    「な、なあジェイド。ここって・・・普段蝋燭だけで過ごしているだ?」
    「いや、電球ついてたハズ、なんですけど・・・」
     他の二人も不安そうに会話を交わす。サロンか応接間か、とにかくやたら広い部屋につくと伝説超人が俺達にソファを示した。良かった、この部屋は電気が通ってるようだ。
     踵を返し、おそらくはキッチンに向かおうとした伝説超人を風もないのに額縁入りの絵画が直撃した。
    「「!?伝説超人!」」
    「レーラァ!?」
     三者三様の声を上げ狼狽する。伝説超人は頭を押さえて短く唸った。
    「ここ最近ずっとそんな調子だ。気にするな」
     気にならないヤツがどこにいるっていうんだ!?見れば先程の絵画は誰も触ってないのに何事もなかったかのように壁にかかってる―いや、訂正だ。絵自体が尋常じゃない。おそらくはブロッケン家ゆかりの超人の肖像画と思われるそれだが悪行超人も裸足で逃げ出すような形相していやがる。屍蝋さながらの青褪めた顔、眦は裂けんばかりにつり上がり目は溶鉱炉の如く炯々と輝き戦意をむき出しにする。食いしばった口元から覗く歯は今にも喉笛を食いちぎらんばかりのド迫力でこちらに向けられていた。
     ジェイドが顔面蒼白になってオーパ、と呟いた。あの凶悪超人お前の知り合いか?
     伝説超人が仏頂面で立ち上がる。セイウチンがはっとして荷物から袋を取り出した。
    「あ、あのこれつまらないものですが」
    「おう、こりゃご丁寧にどうも」
     鯖とサーモンか。ドイツ人が魚も食うとは思わなかった。俺が偏見丸出しで土産を注視していると伝説超人はぐるりとソファの俺達を眺めて声をかけてきた。
    「苦手なものや食えないものは?―ない?ならこっちで適当に用意させてもらうぞ。―いい、俺一人で十分だ。傷に響くから座ってろ」
     用意を手伝おうと腰を浮かせかけたジェイドが伝説超人に鎖骨の辺りを軽く押されてすとんとソファに沈む。俺とセイウチンは顔を見合わせた。

     夕食はバゲット、肉、魚のソテーに温野菜とシンプルなものだったが量を出してくれたのがこの上なく有り難かった。鋭さを増してぎらぎらした伝説超人の面貌に最初こそ恐れをなしたものの割合普通に塩やソースを受け渡したりしてくれた。
     その最中、いきなり部屋の隅の電話のベルが鳴り響いた。よく考えなくてももう月が煌々と照っている時間だ、ジェイドが戸惑いがちに立ち上がる。
    「行くな」
    「え、ですがレーラァ」
     短く制され反駁はしたものの困惑が滲んでいる。けたたましく神経を掻き立てる呼び出し音に俺達も不安になってきた―もう暫くしたら日付も変わるのに、どこの非常識超人だ?
     俺達が考えあぐねていると部屋の奥で何かが動いた。目をやれば音もなく浮き上がって―クリスタル製の拳大ペーパーウェイト!?あんな物当たったらタダじゃすまない!
    「ジェイド!」
    「Ja, 先輩!」
     伝説超人を庇おうと立ち上がった俺達を当の本人が押し留めた。突っ込んでくる凶器に走り込みがっしりした掌を重ねて受け止める。俺達は息を呑んだ。だが鈍器の方も物凄い推進力が加わっていると見え膠着状態になる。
     血管の浮いた手が白くなるほどの力が籠もり、やがてペーパーウェイトが完全に握り込まれ、重い音を立てて床に転がった。
     ・・・ブロッケンさんが昔荒れてたってのは知ってるがジェイドの実家がお化け屋敷なんて聞いたことないぞ。
    「・・・あの、伝説超人ブロッケンJr. 一体これは」
    「見ての通りだ」
     戻ってきた伝説超人はどさりとソファにもたれ掛かる。食卓に置いた酒瓶に手を伸ばそうとして、俺達の前ということで気を遣ったのか熱いコーヒーを一気に煽る。ジェイドの顔がひきつっている。
    「レーラァ、いつから・・・」
    「俺が帰国して即行だ。昼夜の別なく物が飛ぶ、停電に深夜まで騒音、電話線まで切られルーターも抜かれる!一時の感傷に任せて飛行機チャーターしたのをあれ程までに後悔した事は無かったぞ、数日毎に営繕の者達が来てくれるがその度にエスカレートして昨日など通用口にバリケードを築きおった!底意地の悪いことに壊れ物積み上げおって、撤去作業に腐心するうちにまた断線、下手をすればガス回りにまで手を出す!自然発火にまで至れば作業員に被害が出かねんぞ、あの冷戦時代の遺物が!」
     伝説超人は呪詛を吐くように一頻り唸る。秀でた額にはくっきりと皺が刻まれ、気のせいだと良いが―俺の拙いドイツ語力(渡航前にジェイドに少し教わった)によれば『クソ親父』と吐き捨てたように聞こえた。いや、ジェイドも硬直してるから多分追求すべきじゃない。
     セイウチンが得心したようにああ、と呟いた。
    「じゃあ、こっちにお電話差し上げてもいらっしゃらなかったのは・・・」
    「何だ、連絡くれたのか?―それはすまなかったな、見ての通りの状況でここ暫くは携帯電話やコンピュータにまでジャミングかけに来る、お陰で送金額変更や転居手続きどころか部屋や荷物の片づけすらままならなかったわ―かといって通常業務は減らん、説明責任は求められ出頭要請が来る―」
     伝説超人の片手がカップとコーヒーメーカーを探してうろうろし出した段階で話の途中から台所にすっ飛んでいったジェイドがホットミルクと併せたカフェオレを差し出す。これまた伝説超人は一息に煽ってジェイドを見た。
    「・・・ダンケ」
    「・・・ビッテシェーン」
     足大丈夫かお前。とりあえず地球の反対側でとんでもない事態になっていたようなので俺も話に加わる。
    「あの、伝説超人。出頭要請って」
    「―ん?ああ、そっちは些末事だがな。知っての通り古い超人家は色々副業に手を出してる。テリー家の牧畜然り、ロビン家の学者肌然り。俺自身はその手の才覚はさっぱりだが、親戚の中には企業や病院持ちもいてな、一応はウチが本家ってことで最終責任を押しつけられてる。で、宣伝も兼ねてウチのをタイアップだのイメージキャラクターだのに使用してる訳だが当の本人が移籍となれば広告塔が使えなくなる」
    「あ、地元のニュースで見ましただ。最近アイルランド企業が取引先とロゴとか商標登録で揉めてて、ドイツ企業って聞いたんでひょっとしたらって思って」
     成程、だからセイウチンも俺が相談した時に早期解決を勧めた訳か。伝説超人は天井を仰いだ。未だ女性ファンに根強い人気を誇る彫りの深い顔にくっきりクマができている。
    「―そっちにまで被害が及んでいたか、それはすまんな。まあ監督者は俺だ。臨時総会だの親族会議だので動向を問われる、本人は重態で詰問するのも忍びないからとプレスもこちらに来る。直後に準決勝の件で英露関係が一気に緊張した。指揮下に置いてる超人が増えるか減るかじゃパワーバランスとして大問題だ、政府当局もNATO側も大慌てでな」
     般若の形相の肖像画が再度伝説超人めがけて落下してきた。伝説超人は袈裟斬りの手刀でそれを叩き落とす。
    「Groβpapa!」
     ぎょっとしてジェイドが立ち上がる。伝説超人は額縁を足の甲で受け止めるとそれを弟子に渡した。
    「ジェイド、かけ直してやってくれ」
     ジェイドは頷き大判の肖像画を壁に運ぶと設置し直した。直角・水平まで測り数m下がって再度確認し『Ja!』と太鼓判を押す。そしてソファまで戻ってくると先程の師同様どさりと座り込んだ。指を組んでヘルムに押し当てる。
    「プレスも俺に直接聞いてくれれば良かったのに・・・俺ドイツからの連絡殆ど確認できてなかったから、学校の友達もベルリンの皆も多分こっち来てましたよね。すみませんでした」
    「治療と新しい環境に慣れるので手一杯だったんだろう。お前のせいじゃない」
     ブロッケンさんは短く返す。弟子が煎れたカフェオレを最後まで飲み干すと、カップをテーブルに戻して俺達に向き直った。
    「さて、以上が今の今まで俺がこちらに足止めを食らっていた理由だ。一つ一つはつまらん雑事だ、気づけばこんなに時間が経っちまったことに関しては何の言い訳もできん。それが数時間だろうと数週間だろうと重態のまま日本に放り出されたり辞令や予算もなしに走り回らされたお前達には俺を詰る資格がある」
     射竦めるような青い目が一人一人こちらを見据える。俺はぐっと背筋を緊張させた。ここが正念場だ!
    「伝説超人・・・先輩として俺から試合中の暴言は謝ります、申し訳ありませんでしたっ!」
     角でローテーブルを突き刺さんばかりの勢いで頭を下げる。他の二人が動揺した。
    「ガゼルマン!?」
    「先輩っ!?」
    「けど、ドイツがそんな大事になっていたなら・・・いやなっているからこそ、ジェイドは此方に戻るべきだと思います!戦力としてまだまだ頼りないかもしれませんし、手を焼くでしょうがコイツはまだ14です!伝説超人の庇護がまだまだ必要な年だ!30年以上前に初代キン肉マンがWGP優勝したのが二十歳前、その前のロビン校長に至っては大学卒業間近だった筈です!ケビンマスクは自前でジム持ってたけどあいつは19、万太郎だって今回最年少優勝できたけど勝てるなんて誰も思っちゃいなかった!俺達地球駐屯した時に皆14、せいぜい16でスマホの契約どころか給与口座の開設だって右往左往しました!」
     30年前のファクトリーは給与が現金払いだったとかであらゆるシステムが現代に未対応だった。駐屯先の住宅も今時黒電話、ネット回線もなく委員会からの連絡が行き違いになることだって珍しくなかった。
    「それに、ブロッケンさんの所がそんなに大規模に事業展開しているなら、将来必ず後継者が必要になりますよね?ジェイドは現在ドイツ国内ならトップ成績でしょうし、今広告塔を失ったら企業として大損害の筈だ・・・もう少し、長い目で見てもらえないでしょうか?」
     伝説超人が片眉を跳ね上げる。その分野に精通もしていないのに舐めた口叩いて相手を怒らせるのは俺の悪癖だ。クソっ、我ながらどうしてこんな物言いしかできないんだ!
    「ボクからも、お願いします」
     柔らかい口調でセイウチンが続きを引き取った。お前から後光が差して見えるよ!
    「ジェイドはすごく優しくて、献身的な超人です。WGP中断期間中にも毎日パトロールに出てました。そこで火災や交通事故に遭遇して、何度も消防隊やレスキュー隊に協力して人命救助してました。避難梯子や防毒マスクの使い方、水難事故の救助時もテキパキしてて、どうしてそんなに慣れてるのか聞いたら、教えてくれただな―全部、ブロッケンさんに教わったって」
    「セイウチン、先輩・・・」
     穏やかな目線にジェイドが声を詰まらせる。伝説超人は軽く口元を笑ませた。
    「キン肉王家やロビン王朝、果てはテリー一族ならいざ知らずウチは基本的に元が人間だからな。肉体的に限界があるから道具や地理に詳しくならざるを得ない。俺なんかは若い頃不満だったが―コイツはまだそっちの実戦経験の方が多いだろうな。ロードワークが巡回も兼ねてたから、ベルリンは庭みたいなもんだ」
    「はい。だからだと思います。ジェイドは今まで人質を取られたら必ず無事奪還しています。WGPの後、ケガが残っていてもすぐに地域の奉仕活動―清掃や学童保育にも参加してくれたから、随分助かったって皆言ってましただ。子供達にもすごく好かれてたし正義超人とはかく在るべきだって」
     ジェイドは傷が痛むのか残る腕の包帯をそっと撫でていた。一期生卒業成績トップ2がここまで身体張ったんだ、気持ち見せろよ!
    「レーラァ・・・」
     ヤツは深く息を吸い込んだ。膝に手を付きそのまま一気に頭を下げる。
    「迷惑かけてごめんなさいっ!!」
     あっ、バカ!!言わんこっちゃない、急に動いたもんで肋骨に響いたな!一瞬『いてっ』と表情を歪め14歳の後輩は続ける。
    「俺、レーラァにずっと甘えてました。一年前の入れ替え戦の後、ドクターにもう右腕が元のように動かないかもしれないって言われた時全然実感湧かなかった。レーラァがずっと付き添ってくれてリハビリも一緒にやってくれたし、ベルリンの皆も俺が頑張ったから復帰できたんだって褒めてくれた。今回のケガはあの時よりは軽いからまた元のように戦えるって言われたけど・・・」
     ジェイドは言葉を切った。俺はあの日見た光景を思い出す。暗い部屋、響く異音、握りしめられた髑髏の徽章。
    「ガゼルマン先輩の所にお世話になって、一人で通院してドクターの話聞いてる時、もう治らないんじゃないかって不安でたまらなかった。リハビリしても今度こそ戦えなくなるんじゃないか、超人なのに誰のことも助けられないんじゃないかって・・・ベルリン以外の場所に一人で居て、あの時大丈夫だって言ってくれたレーラァがいない。情けないですよね、それだけで怖くて怖くてどうしようもなかった」
     こいつもやっぱり、限界が来てたんだろうな。こっちで育って学校に通って、多分友達もファンも多かったんだろう。辛い思い出もあるだろうがそれでも東京に独り取り残された状況じゃベルリンが恋しかったことだろう。
    「俺、一人じゃ何もできなかった。ガゼルマン先輩達が帰国手続きも飛行機の予約も全部してくれて、それでも先輩達の応援が無かったら帰ってくるのさえ怖かった―戻っても、レーラァがいなくなってたりしてたら、どうしようって」
     伝説超人は一笑に付すこともなくじっと弟子の話を聞いている。この人も悩んだんだろうか。ジェイドが永遠に帰ってこなかったら、入院中に傷が悪化して危篤状態に陥ったらと。
    「ベルリンに着いた時、本当にほっとしました。嬉しかった・・・やっと帰って来れたって、また皆に会えるって・・・甘えてばかりで、酷い事を言って本当に申し訳ありませんでした。俺、ドイツに戻りたいです・・・」
     最後の方は声が震えていたからどんな顔をしているか想像がついた。ジェイドは再度、緩慢に頭を下げる。
     何時間にも感じられるような沈黙の後、緑のヘルムにがっしりした手が伸ばされた。
    「息子が父親に甘えて何が悪い」
     雷に撃たれたかのようにジェイドが顔を上げる。伝説超人ブロッケンJr.は傷に響かないよう、労りを込めてゆっくりとジェイドの頭を撫でた―先程と同じように。
    「俺なんてお前ぐらいの年の頃は親父の金でファクトリー行って教官達に反抗してたぞ・・・辛い思いをさせてすまなかったな。よく帰ってきてくれた」
     ドイツ超人らしい厳めしい顔つきが静かに微笑む。もうそこで後輩は限界だった。嗚咽が響きありがとう、だのごめんなさい、だのが漏れ聞こえる。
     隣でセイウチンがもらい泣きしている。多分この状況は後から考えて本人としては物凄い恥ずかしいだろうから、俺はぐっとソファにもたれ掛かって伸びをした。今まで必死で気づかなかったが金ってある所にはあるんだな。飾り棚、美術品、精緻な細工のグラスにバルコニーへ続く窓。これだけ骨折ったんだ、伝説超人のコネの一つや二つ紹介してもらったってバチは当たらないだろう。
     そんな算段をしながら部屋をぐるりと見回すと件の肖像画が目についた。ジェイドにも似た面影の、端正で温厚そうな超人将校が微笑みを浮かべている・・・あれ、別の絵だったか?
     その後ドイツ師弟が調えてくれた客室に通された頃には日付が変わっていた。俺もセイウチンも(一人一部屋ということで恐縮しきっていた)部屋の前で別れた時には緊張が解けたのか欠伸をかみ殺していた。とりあえず時差ボケの心配はしなくて良さそうだ。
     超人が大の字になっても尚余裕のあるスプリングのきいたベッド、清潔なリネン。それだけで給料日並に嬉しいが最後の力を振り絞ってスマホを起動させた。大量の通知が流れていくがすまん、もう限界だ。
     俺はファクトリー関係者用のSNSに一言投稿した。
    「作戦成功。カルビ丼050オゴレ


     翌朝、ジェイドは赤い目元のまま恥ずかしそうに謝辞を述べてきた。ブロッケンさんの傍らには系列企業のスタッフなのかスーツ姿のドイツ人が何人かいて俺達にそれぞれ『これで足りるか』とWGP以降の生活費と今回の渡航費用合計の3~4倍に及ぶ額面を提示してきた。コイツの先輩やってて良かった!セイウチンは『今回の出費は委員会から還付されるでしょうし二重取りは・・・』と固辞していたがいい加減にしろお人好し!どうせ支給されるのだって早くて数ヶ月後だぞ!
     当のブロッケンさんは愉快そうに『今後も何かと物入りだろう』と返し贈与手続きや税金対策まで執り行ってくれた。流石はドイツ一のダンディ超人!
     その後はセイウチン共々市街を案内されてショッピングモールだの名所旧跡だの観光に励んだ。懐の心配せずに買い物できるって最高だな!ジェイドは師匠と関係各所に挨拶回りとかで別行動も多かったが通りや公園で級友やファンに会う度に『俺の自慢の先輩!』と紹介してくれたのでベルリンっ子達は一躍俺とセイウチンに夢中になった・・・誰だ食糧扱いとか言ったの。


     そんなこんなでベルリンの肉料理や魚料理も堪能した俺達だが万太郎の伯父貴が来訪するという知らせに慌てて辞去の意志を告げた。ブロッケンさんは『何だ、紹介してやろうと思ったのに』とか残念がってたが冗談じゃない!万太郎の伯父貴と言ったらキン肉族王兄だろう!?コネは欲しいと思ってたが余りにも大物過ぎる!
     ・・・あと、チェックの食費と累積報酬が心配だったせいもある。あいつ肩代わり一日につき銘菓幾箱、もんじゃ何種で約束しやがったんだぞ畜生!

     帰国後暫くして療養を終え完全体になった後輩が大量のハムとソーセージを手土産に留学手続きまで済ませて日本の地を踏むことを俺達はまだ知らない。
    まるぱまる Link Message Mute
    2019/05/29 20:49:26

    Heimkehr

    #小説 #キン肉マンⅡ世 #キン肉マン #万太郎優勝ルート #ブロッケンJr. #ガゼルマン #セイウチン #ジェイド
    過去作。アニメルート、超人WGP後ジェイドが色々な人の手を借りてドイツに戻る話です。アニメラストシーンは一先ず置いておいてご笑覧頂ければ幸いです。ガゼル先輩視点、後半にギャグ程度ですがオカルトテイスト注意。
    本文中のジェイドの年齢は某所で拝見した計算を元にしています。
    前提:一期生と二期生の関係 https://galleria.emotionflow.com/79197/497419.html
    関連しそうな話:ラーメンマンとブロッケンマン https://galleria.emotionflow.com/79197/497551.html
            ジェイドとブロッケン家関係者 https://galleria.emotionflow.com/79197/497281.html

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