イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    per aspera 日本は不思議な国だ。スコールが降り注いだかと思えばロシア超人が装備の手入れをするぐらいの寒波に見舞われる。雪に埋もれた僅か数ヶ月後には花が咲き乱れる。天気のバリエーションたるや、祖国よりもチリに近いかもしれない。
    「・・・どうも、上半期っていうと乾期の感覚が抜けなくてなあ」
     ブラジルから遠く地球の裏側で愚痴をこぼすと中東のパワータイプが豪快に笑った。
    「そいつは難儀だな。だがお前は湿気ってる分には快適だろ?オレなんかこうも水気たっぷりだとプールに浸かってる気分だぜ」
    「乾燥地帯だと汗も出にくいからな。目方計ってみろ、出立時の半分になってるかもしれないぞ」
     そいつは勘弁!と砂漠生まれの巨漢が顔をしかめると漂白したような面構えのロシア人パイロットはにやりと笑った。
     トーキョーの夜は長い。WGP中断期間に駐屯決定した者同士情報交換したり、旧知の間柄の面子を紹介したり。そんな事を繰り返しているうちにヒカルドはすっかり他国の選手ともつるむ仲になってしまった。
    (有難いよなあ・・・)
     イリューヒンの顔の広さだとか、デストラクションの見た目通りの懐の深さだとか。どれもこれもが新鮮だ。海外出張も頻繁だという二人の話がまた興味深く、冒険譚の肴の牛肉とスパイスの利いた温野菜も進む。
    「トーキョー出向はウチでも競争率高いからな。コレ美味いな、酒が欲しくなる」
    ムスリムオレの前でいい度胸だぜ。この酒乱ロシア人が」
    「お前はアルコールが入ってなくても乱痴気騒ぎだろうが。デカいからって調子乗るんじゃねえ」
     どつき合う超大型超人二人にオレも笑う。食事の制約があるのは大変だが、オレももてなせるようになりたいなあ。


     前述の通り、デストを加えての食事だったからアルコールは一切摂取していない。だから、話の流れかつい口が滑ったか―どちらにしろ、オレのミスだ。
    「ラテンアメリカには来なかったのか?いい所だぞ」
    「そうだな・・・仕事では何回か行ってるんだが、羽伸ばす暇がなくてな。カリブもカーニバルも見ておきたいんだが」
    「次行く時は是非、寄らせてもらうぜ。お前の名前出せば通じるか?」
    「うん。一応、道場はもうオレが引き継いでるから」
     師範交代の件を知っていたのだろう、デストが『まずい』という顔をする。気を遣わせたくなかったから、オレは慌てて続けた。
    「国外じゃよく珍しがられるんだ。ウチの道場は関節技主体で教えてるけどブラジリアン柔術も取り入れてるから、体格差がある相手にも応用しやすい。いい交流になると思う」
    「それは対戦するのが楽しみだ。お前のバネと柔軟性は正直羨ましい」
     イリューヒンが社交的に答えてくる。世辞でも褒められると嬉しい。
    「そうだろう?弟子入りしてからずっとストレッチから栄養学まで教わってきたんだ。軍の教練も悪くないが、道場のマニュアルも捨てたモンじゃないぜ」
    「ああ。お前の歩き方だとか咄嗟の挙動見てるだけで分かるぜ・・・いい訓練を受けたんだろう」
     デストのやんわりとした言い方が嬉しかった。自慢に値する大半の思い出が次々に蘇る。
    「ブラジルは食材も豊富だし、オレの小さい頃には大豆の収穫量も上がったからな。レシピも色々改良したから年少の弟弟子達も喜んでたよ。炊き出ししたり近所の病院でリハビリテーション協力した時は・・・誉めてくれたっけなあ」
     羽根飾りが映える褐色の肌に鋭い眼差しの老師匠の姿が脳裏に蘇る。皺に埋もれた目許が和らぎ、痩せた手が頭を撫でる。教わった技で銀行強盗を倒した時には『お前は自慢の愛弟子だ』と言ってくれた。
    「・・・目下の者の才能を開花させるのも指導者の務めだ」
     イリューヒンがぽつりと呟く。そうだ、難解な技の習得で躓いた時も見守っていてくれた。昇段試験の傍ら弟弟子達のトレーニングメニューに頭を悩ませているところもちゃんと見ていてくれたし道場設備の改装にだって頷いてくれたのだ。
    「信じて、くれてたんだよ・・・オレのこと」
     言うつもりのなかった台詞が漏れた。自分が鬱々としかけるとよく『超人は氏育ちよりも今だ』と言ってくれた。超人が道を過ち持って生まれた力を破壊に向けるならばそれは教育者の咎であると。生まれながらの悪行超人などいない、環境と指導によって正義超人を育成するというのがモットーだった。こんな自分をも実の子のように可愛がってくれた。
     ―何で、こんな事になっちまったんだ。
    「パシャンゴ師匠マスター・・・」
     厳しくも優しい老戦士の顔が一度修羅の形相になれば全ての記憶が血で塗り潰される。呪詛を吐くような宣告が耳にこびりついている。目を閉じようともあの表情が頭から離れない。
    「・・・事故だったんだよ」
    「知ってる」
     情けない弁明の声にデストが応えてくれる。
     武道や格闘技に練習中の事故は付き物だ。他流試合でもそんな事態は珍しくなかった。直前の口論さえ無ければもっと心持ちは違ったかもしれない。
     ―ただの仮定だ。この血に飢えた遺伝子こそが確固たる証拠。
    「・・・生まれなんて関係無いって、言ってくれた。それが支えだったんだ・・・何で、いきなり」
     あれだけ美味かった食事が砂の味になる。情けなくも語尾が震える。
    「いつの事だ」
     イリューヒンの声が優しく響いた。ぼろりと視界が滲みかけて必死で顔を押さえた。一年前、と啜り泣くように答えれば二人が無言で視線を交わす。それさえ疎外感があった。
    「・・・咄嗟に技が出ちまっただけだよ。ガードなんて、しなきゃ良かった・・・こんな事になるなんて、思ってもみなかったんだよ」
     ―父親みたいに思ってたのに。
     もう二度と言えない言葉が嗚咽に混じる。
     先に動いたのはイリューヒンだった。席を立つ気配にヒカルドは顔を伏せたままびくりと動きを止める。
     ―軽蔑された。
     ―そうだよな、オレは本来お前達のような誰憚ることなく信念を貫いてきた正義超人の前に立てるヤツじゃない。
     冷たい感触がした。赤く塗装されたターボの腕が無言で自分の背に回されていた。機械のボディとは裏腹の、熱い血潮の通う手が乱暴に頭を撫でる。
     続いてデストが立ち上がった。太くみっしりとした腕がイリューヒンごと自分を抱き締めたと思ったら背中をぽんぽんと叩き始める。低く太い声があやすように音律を紡ぎ始める。
     ・・・子守唄かよ。
     何とはなしに抑揚から察してヒカルドは泣きべそでふてくされた。だが、表向きだけでもこんな自分を慰めてくれる二人の気遣いが嬉しかった。
     トーキョーの夜は星が少ない。全ての星が地上に流れ落ちたかのように空は沈黙している。自分の故郷は日中の砂塵とは裏腹に夜は満天の星空が広がっていた。見慣れてしまえば只の地図代わりに過ぎないが。
     宿舎のバルコニーで行儀悪く喫煙に耽っているとドアが開く音がした。若い機械超人が大股で入室してきて椅子に腰を下ろすや否や苛立たしげにフラスクを呷る。
     ・・・つくづくいい度胸だな。
     横目で禁忌行為を見やれば飛行機野郎が乱暴にカートン買いした煙草をテーブルに叩きつける。不条理な憂き世だ、時には気晴らしも許されるだろう。
    「ヒカルドはどうだった」
    「宿舎まで送ってきた。あの後たんまり飲ませたから、今日ぐらいはぐっすり眠れるだろうよ」
     忙しなくパッケージを開封しながら様子を問えば打てば響くような答えが返る。成程、今飲んでるのは浴びる程飲ませた残りか。
     通常、自分達のような超人は任務の性質上心身共にドクターとの付き合いが多い。こんな場合にも最適な薬を携行しているものなのだが、いつWGPが再開されるか分からないこの状況下では薬物検査に引っかかる可能性は避けてやりたい。
    (・・・勿論、それだけじゃねえだろうがよ)
     紫煙をくゆらせるデストラクションの前で若い将校は憤懣やるかたなく気を揉む。アルコールで紛らわし、深呼吸して精神を宥め―そしてとうとう爆発した。焼夷弾のような拳がテーブルに叩きつけられる。
    「くそっ!何であいつのように人間の為に尽力してきた超人がこんな目に遭わなきゃならない!!地元だって師匠だって長年それを受け入れてきた筈だろう―しかも、一年前だと!?言うに事欠いて!」
     辛うじて理性が残っていたのかテーブルは灰皿がひっくり返っただけで済んだ。ロシア航空宇宙軍エースの拳にぎりぎりと血管が浮かび上がる。下手な犯罪者なら裸足で逃げ出すだろう。
    「一年前といったらファクトリー生の入れ替え戦で潜入工作が発覚した時期だろう!あれは一部始終が全宇宙中継されていた、閉鎖的なブラジル超人界と言えど例外じゃない!」
     似たような結論に辿り着いていた砂漠の破壊神の目が据わる。
     一年前。超人委員会はd・M・p残党の偽装工作におめおめと引っかかり正義超人の最高学府たるヘラクレス・ファクトリー卒業資格を授与したのみならずその後の選抜課程で公然と正規ファイター達を蹂躙させるという大不祥事を犯した。自分達にとっては過去の遺物でしかなくとも旧世代にとってはファクトリーも教鞭を取る伝説超人の名も金科玉条だ、そのファクトリーですら悪行超人の更正を成し得ずしかも地球の平和に貢献してきた重鎮達の子弟達を瀕死にまで追い込んだとあらば性善説華やかなりし旧時代の題目(あからさまに当の伝説超人達の言辞の影響が見て取れる)を信奉してきた老超人の衝撃たるや、計り知れない。
     ・・・自らのこれまでの指導と、訳ありの弟子に対して疑念を抱きかねない程に。
    「今回に限ったことじゃない!ドイツで超人排斥運動が激化したのが九年前だ、ケビンマスクがロンドンを出奔し西ヨーロッパ方面の騒擾に加担していたのが―!」
    「それ以上は言うんじゃねえ」
     ロシア正義超人の激昂をデストラクションはやんわりと、だが端的に制した。中断期間の滞在先は大方がテリーマンやブロッケンJr.の紹介だ、部屋の『掃除』は定期的に行っているがどこで誰が聞いているか分かったもんじゃない。
     ギリッと奥歯を噛みイリューヒンは椅子にかけ直す。宙に消えていく紫煙を眺め自制心を取り戻そうとする。
     ・・・点が二つあれば直線で結びたがるのがこいつの悪いクセだ。
     デストラクションは独りごつ。
     だが、明確に因果関係を否定できるような論拠はない。
     名だたる伝説超人の家系の中でもロビン王朝は遺伝子そのものが凶器だ、十かそこらでも爆弾テロより格段にタチが悪い。魁偉な体躯、相手の息の根を止める事に特化した体捌き。敵陣営に身を投じられればこれ程厄介な存在はない。
     体格と膂力に恵まれた自分達でさえ舐めてかかれない相手なのだ、三回りも四回りも華奢な人間達からしたら抜き身の刃物じみた大男が街を闊歩し誰彼構わず因縁をつけ血祭りにあげるならば―相手が人間だろうと、一切の容赦も無しにだ―それは恐怖の対象でしかない。
     九年前のあの時期、ドイツ人の係累であの暴漢の被害を受けた者がいないと誰が言える?
     そうでなくても、治安が乱れれば便乗して悪事を働く者が必ず現れる。組織など巨大になればなる程トップの意志決定は遅れるものだ、超人界重鎮達がかつて達成された恒久的平和の美名が崩れるのを恐れ市井の陳情から目を背けるならば人間達を守る盾は何処にもない。
    「ドイツもブラジルも大まかな事情は変わりゃしねえ。こんな事、この先何度だって起こる」
    「分かってる」
     言葉とは裏腹にロシア超人の表情は硬い―悪党が暴れる事でまっとうに暮らしてきた超人が迫害される。理解はできても納得できる訳がない。
     しかし同時に、自分もイリューヒンもそして多くの同僚達も前線で民間人達が何をされたかよく覚えている。ドイツのみならず各国で沸き起こった自警団強化や超人追放の動きを人間達の過剰反応だと切り捨て寛容さや忍耐を要求する程厚顔無恥にはなれなかった。
     ファクトリー生達の地球着任前にも青い仮面の悪行超人の目撃証言は何度もあった。何度もイギリス側に照会請求したが英国超人協会の声明は一言だった。
     ―ロビン家の嫡子は200*年に既に死亡。これ以上の誣告は我らがロビン王朝への讒言と見なし然るべき処置を採る。

     あの一件は現場で事態収拾にあたる超人達と雲上人―いわゆる伝説世代―との溝を決定的に広げた。期待はしていなかったがデストラクションは空を仰ぎイリューヒンは待機所の柱をへし折った。互いに陽動部隊との交戦で既に何人か部下を失っていた。
     報告も意見具申も何度も行っていた、だが超人界の重鎮達が動く気配は無かった。d・M・p本隊が手薄な日本に侵攻してから漸く絶えて久しかった戦士育成に乗り出した。泥縄にも程がある。
     ―目を疑ったのはその直後だった。
    (・・・確かに、権門の一員ならば有事に血を流せとは言った)
     一種の現場症候群だ。動きの鈍い伝説超人達に臍を噛み、末端で失われていく兵士達の命に掌を血が出る程握り締め幾度と無く恨み言を吐いた。空中戦でしか役に立たない初級幹部だった自分をどやしつけ指揮官として鍛え上げ、最後には対超人用爆弾から庇って死んでいった古参兵を葬った時には伝説超人達の面前にこの死に顔を突きつけてやれればと慟哭した。過去の武勇で今の地位があるのならば一度動乱が起これば戦陣に立つのが当然の義務だろう。寄る年波に敵わないならば子供や孫にその責務を果たさせろと。
    「―あんな事態を望んでいた訳じゃない」
     ロシア超人は額を押さえる。言わんとする所を察してデストラクションは渋面になる。
    「委員会レベルの決定だ。オレ達下っ端の意見を吸い上げた訳じゃねえ」
     正義超人大学校HF始動。従来の四年制ですらなくたった三ヶ月の教育課程だけで出陣させられた卒業生達を見た時にはいい加減前線で荒みきった現役超人達が唖然とした。戦士とは言うが徴兵年齢にすら達しておらず、ろくに実戦訓練も受けていない紅顔の子供達だ。各国の体制が30年間ファクトリー無しで成り立ってきた以上公的機関による連携や支援も望めない。父親が若い頃地球で暮らしていたと言うだけで徴発された王族もいるというのに、だ。
    「民間で暮らしていた子供達には負荷が大きすぎる。現にファクトリー訓練期間でさえ一生物の怪我を負ってそれきりになった訓練生もいただろう」
    「ファクトリー教官達にとっちゃ自分の息子以外は数字に過ぎねえよ。間違ってねえ、誰かが勝てばいいんだ―『オレ達』の誰かが、だ」
     年少の新兵達を案じるエリートパイロットに歴戦の破壊神が冷徹に断じる。対d・M・p戦線生き残り達にとっては周知の事実だった―戦いはまだ終わっていない。
    「・・・本国から通達があってな。ケビンマスクとセコンドが日本行きの便を予約したそうだ」
    「ああ。モスクワからも入電があった」
     話題を変えた互いの眼差しには剣呑な色がある。
     悪行超人軍団襲来により中断に追い込まれてからこの方、世界中からWGP再開は待ち望まれている。無論好意的な理由だけではない。
     あの規模の興行となれば物も金も動く。決勝トーナメントのスケジュールが白紙になった際は委員会が莫大な違約金を払う羽目になったというし各国の貴賓が一堂に会すのだ、外交筋は勿論対テロ対策で警備部門は徹夜を余儀なくされるだろう。伝説第一線級の子弟が出場している以上、観覧する縁者達も必然的に警護対象の要人なのだ。
    「伝説の系譜、か」
     窓の外の粛然と居並ぶ星々を見やる機械超人が呟く。伝説超人達の子弟に対する自分達の感覚は一般に思われる程単純な嫉妬だけでは済まされない。
     簡単な話だ。自分達がもっと強ければ、悪行超人どもが少数勢力のうちに叩けていれば巷間に超人排斥運動など引き起こさずに済んだ。巻き添えを食らった超人達が食い詰めた結果d・M・pに流れ込むという悪循環に陥らずに済んだ。
     今後の見通しは大きく分けて二パターンだ。こちら側が踏みとどまり消耗戦を繰り返し多大な犠牲を払いながら抵抗勢力を局地レベルまで追い込めるか、悪党が栄冠に輝き文字通り治外法権の存在と成り果せ自分達が匪賊と唾棄される側になりこの世界が乱世と化すのか。
     それとも―
     デストラクションは自嘲する。あまりにも淡く儚い可能性だ。第三の道に縋るには自分達は現実を見過ぎた。
     イリューヒンが僅かに逡巡して言葉を絞り出した。
    「オレはやはりファクトリー生達をこれ以上戦陣に立たせたくはない・・・彼らはもう十分血を流した。平和な生活に戻るべきだ」
     戦闘機パイロットの念頭には予選競技での小競り合いがある。人間並みの体格しか持たないドイツの少年は、だが果敢に立ち向かってきた。一年前の入れ替え戦で片腕を不具にされかかりながらパートナーを守る為巨躯の敵に立ち向かう戦士の姿がそこにあった。
    (・・・九年前は何もしてやれなかった。だが今は違う)
     あの頃、イリューヒンは将来を嘱望されていたとはいえ一介の士官候補生に過ぎなかった。権限もロシア国内の一都市防衛に留まり、鉄のカーテンの向こう側の暴動を歯噛みして見守るしかなかった。
     入れ替え戦記者会見の際、ドイツでの排斥運動の犠牲者が正義超人に弟子入り志願したと知った時は驚愕した。経緯からすればそれこそd・M・pに身を投じていてもおかしくなかったのに、だ。
    「好きにしろ」
     デストラクションは煙草を手に笑う。ロシア超人の台詞は青い鉄仮面を自分の手で葬り去るという決意の現れだ。ケビンマスクの名を口にする時イリューヒンの胸中に灼熱の炎が滾る事は自明の理だ―自分もそうだからだ。
     伝説超人家系の義務を果たすどころかヨーロッパに災厄をもたらし、極東でも無辜の人間と超人を加虐しながら家門の威光を振りかざしまんまと司直の手から逃げおおせた男を超人委員会は本気で是認するのか。正義超人達は贖罪も反省の素振りも一切無いあの悪行超人にロビン王朝嫡子というだけで膝を屈するのか。全世界、いや全宇宙の人間と超人が戦いの帰趨を注視している。
     ファクトリー生達が悪行超人軍団を退けたこともあり今のところd・M・p残党は息を潜めている。だが、あの青い悪鬼がしでかした業に相応しい敗北を衆目に示さなければ、自分達が抑止力たりえると証明できなければ即ち正義超人界には秩序も自浄作用も皆無になったことになる。そうなれば悪行超人達にとっては絶好の草刈り場と化し今度こそ人間達は永遠に正義超人への信頼を失うだろう。
     まして権門のドラ息子にはソビエト出身の老頭児ロートルが味方したという噂がある。懐古主義だろうが古き良き友誼だろうが巷でささやかな暮らしを営む人間達を踏み躙り額に汗して生計を立てる超人達を放逐させるならばそれは悪だ。ロシア超人として始末をつけるのがイリューヒンの責務に他ならない。
    「だが、忘れるなよ。伝説の家系だろうが余所の星の大王だろうがこんな時に戦えねえなら無用の長物だ。有難がられる資格があるっていうなら子供か弟子にゃそれを示す義務がある・・・でないとオレ達やヒカルドの犠牲が無駄になる」
     付け加えられた名前にロシア超人が顔を歪める。
    (・・・いい男になったな)
     砂漠の古強者は述懐する。冷酷な印象を与えがちだが先程のようなケースにおいて一番遅くまで残り相手に寄り添うのはイリューヒンだ。前線配属されたばかりの頃は正義感はあるもののなまじパイロットとして優秀な分他の現場を知らず部隊内でもしばしば衝突を起こしていた。それが幾たびの死線を乗り越え同胞達と堅固な紐帯を作り、救い出した人間達から無上の信頼を寄せられるようになった。
     かつてロシアでは機械超人の地位は最底辺だったという。そうでなくても超人が不信感を持たれるこのご時世だ、イリューヒンへの国内評価こそが彼自身の実績の証明に他ならない。
     圧倒的な体躯よりも、ずば抜けた技量よりも尚正義超人には必要とされる資質がある。力弱き者達に為される不条理に憤り、戦う術も事実を語る言葉も無い犠牲者達に代わり手を汚す。それが正義超人としての適性なら、この男ほど相応しい者はいない。
    「オレはこの辺りで限界だろうがな・・・まあそれでも結構楽しめたぜ」
     紫煙を吐き出す同僚に超人将校が口を開きかける。が、叩き上げの猛者は労るような目でそれを制した。
    「もっともっと偉くなっちまえ、イリューヒン。余裕で政治介入できるぐらいな・・・そんで、こんな世の中とっとと変えちまえ」
     伝説世代後を戦い抜いてきた男の重い言葉に超人パイロットは決然と頷いた。

     
     後日、悪行超人軍団の襲撃で受傷し入院中の超人委員長が一般病棟に移ったと報告があった。
     じきに中断期間が明ける。決戦の火蓋が切って落とされる。
    まるぱまる Link Message Mute
    2020/11/01 4:51:55

    per aspera

    #小説 #キン肉マンⅡ世 #アニメルート #イリューヒン #デストラクション #ヒカルド #キャプション必読
    過去作。アニメWGP中断期間中に飛行機、デスト、ヒカルドが絡んでる捏造妄想全開の話です。前者二人が旧知の仲設定。
    今まで書いた肉話の中で下手をすれば一番暗い背景となっておりますので「ヒカルドに友達ができた!」で留めておきたい方は1頁めだけご覧頂くのをお勧めします。
    話の性質上、特定の超人を贔屓にされている方が気分を害されるかもしれません。ご了承の上ご覧ください。

    こちらhttps://galleria.emotionflow.com/79197/556881.htmlに続きます。

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品