1st mission「うん、おじさん。ぼく絶対頑張るよ!ぼくメチャクチャ強くなりたいんだ!」
久しぶりに抱き上げられてぼくは大興奮してたしおじさんもメチャクチャうれしそうに笑ってた。
なのにいきなりおじさんがすごく怖い顔をした。
あ、どうしよう。暖炉こわしたのおこられるかな。やっぱ出ていけって言われたりおまわりさんにつかまっちゃうのかなあ。
高いところから落とされるのがこわくて自分で下りようとするとその前におじさんにすとんと降ろされた。見上げるような大きい体がピシッと立って雷みたいにびりびりする声が降ってくる。
「シューラァジェイド!これからお前に地獄の特訓を課す。まず人の話を聞く時は気をつけ、答える時は"Ja, Lehrer!"だ!分かったら復唱しろ!」
「ヤ、ヤーレーラー!」
あわてて足をふんばって雲より上にあるこわい顔を見上げて言うとおじさんはきりっとした顔でうなずいた。
「ようし。それではお前に最初の任務を与える」
とうとうきた。ぼくは気をつけしながらぎゅっと目をつぶった。トラとかライオンとたたかわされたりするのかな。それとも100トンの鉄球引きずってマッターホルン登ったりかな。何でもやるつもりだけどそれでもこわい。こっそり目を開けると相変わらずこわい顔でおじさんが言った。
「ついて来い。場所と使い方を教えるからまず湯を使え。十分温まるまでだぞ」
・・・え?
ぽかんとして見上げるとドアの方に片足踏み出したレーラーがこっちを見てた。顔も声もこわい、そもそも歩幅がちがうからぼくもあわててついてった。
・・・まえにあったかいお湯浴びたのっていつだったっけ。ドロ水と小さいゴミがタイルのむこうに吸い込まれてく。『着替えは脱衣所に用意しておく』と言ってレーラーはさっさと出てった。シャワーの使い方とか本当にわすれてた。体あらえるのなんて雨の日ぐらいだったもん。
やさしくてあったかい二人の手を思い出したら何かぼろっと涙が出そうになった。だめだよジェイド!強くなるんだって決めたんだろ!
必死に顔をあらってドアを開けるとふかふかのバスタオルと子ども用のパジャマのセットがたたんで置いてあった。ずうっとあの服だったからボタンとめるだけで緊張する。でもろうかの方からいい匂いがしてきたからころっと忘れて走り出した。
食べ物の匂いだ!
おっきい台所でナベを火にかけてたレーラーはぼくを見てちょっと顔をしかめた。でもそんなのかまわない、コンソメとお肉の匂い、あったかい湯気!食べたい、食べさせてもらえるのかな?何日も『おなか空いた』なんて忘れてたよ!
「・・・持って行くからそっちの椅子に座ってろ」
「ヤー!・・・レーラー!」
ぼくより背が高いイスによじ登るとテーブルは首をのばさなきゃとどかなかった。でも久しぶりにごはん食べられるんだ、こんな特訓へっちゃらだよ!
まだかまだかとわくわくしてるとおいしそうな匂いが近づいてボウルを持ったレーラーがついにやってきた!もう聖書を持った牧師さまみたいだ!
レーラーがボウルとスプーンを置いてくれて、お皿の中のきらきらした金色のスープが目の前に広がった時もうこれ夢なんだって思った。最後のマッチが見せてくれるような。でも、頭まっしろになりすぎてどうやって使ったんだか分からないスプーンから口の中に流れてきたのはあったかくて、心臓にもおなかにもじんわりしみこんで体中に広がっていくようなお肉とか野菜とかの、もう食べられると思ってなかった味だった。
「おい、ゆっくり食べろ。誰も取らん」
だって、レーラーがくれたスプーン小さいからいっぱい食べるの大変なんだよ!何回もスープをすくって顔を上げるとレーラーはテーブルの正面で腕組みをしていた。こわい顔だったけど、ぼくはもうスープに夢中だった。
最後の一滴まですくい終わってボウルもスプーンもきれいになるとちょっとさみしかった。でも大丈夫だ、これで一週間はもつ。
そう思ってるとじっとぼくをにらんでたレーラーが立ち上がった。
「シューラァジェイド、次の特訓をお前に課す」
心臓がはね上がった。きた!
レーラーがリビングをさして歩き始めたからぼくもあわててイスからとびおりた。なんだろう、ガケにぶらさがって腹筋とか?それとも岩のっけて腕立て伏せ?
リビングにつくとレーラーは『そこのソファに座れ』と言って箱みたいな布のバッグを持ってきた。そのままぼくの近くにすわる。大きい、こわい。
「足を出せ。片方ずつでいい」
びくびくしながら右足を出すとパイナップルぐらい握りつぶせそうな大きな大人の手に足首をつかまれた・・・意外にやさしく持ってくれた。ズボンの裾をヒザまでめくられる。こわい顔がもっとこわくなった。
「さっきは分かり辛かったが・・・やっぱりか」
明かりがついてるとはっきり分かる。おじさん達と住んでたころはなかったケガ、いっぱい。
でもぼく、超人だもん。ふつうの子どもなら泣いちゃうようなケガだっていたくないよ。
「いたっ!」
「沁みるぞ」
(先に言ってよ・・・)
こわいから口に出さずに文句を言うぼくにかまわずレーラーは切り傷を消毒したり塗り薬をアザにつけて包帯をまいてくれたりした。両足、つま先までつーんと臭う薬と包帯でぐるぐる巻きになって、いたいのに何だかあったかくなった。
「ここ、どうした」
「犬に追いかけられたのと、カラスと食べ物取り合いになったの・・・たぶん・・・」
おなかとか首の、治りかけてるけど穴みたいになったこともあるケガを見てレーラーが聞く。シャワーあびた時に化膿したのとかかさぶたになりかかったのは大体はがれたけどその分目立つ。外で暮らしてるとよくあることだったからもうどれが何でついたケガなのかよくおぼえてない。ただ特訓って言われたから、消毒薬がしみていたくてもガマンした。
「あっ、あのね!次はかならず勝つから!」
なにも言わずに両手まで手当てしおわるとレーラーはリビングから出て行っちゃった。
(・・・やっぱり犬とかカラスに負けるような超人なんてがっかりされたかなあ)
スープ、すごくおいしかったのに。久しぶりにあったかいシャワーあびられてほっとしたのに・・・パジャマ借りて、ケガの手当てしてもらってほんとはちょっとうれしかったのに、もう見捨てられちゃうのかなあ。
しょんぼりして足をぶらぶらさせてるとふわっと甘い匂いがした。
「今日のところはここまでだ。甘いものつったらこれぐらいしか無いがな」
入り口に立ったレーラァが湯気の立ち上るマグカップを持っていて、甘くてやさしい匂いがした。ホットミルクだ!
ぱっと立とうとするとレーラァが片手を出して『座ってろ』と言って、ローテーブルにマグカップをおいてくれた・・・あったかい。
持つ手がふるえて、でも手まであったかくなっておそるおそる口をつけるとみんなで住んでた、やさしくしてもらってた時のことを思い出した。たくさんなでてもらった、いっぱい可愛がってもらった。
いきなり手がのびてきた。ぶたれるのかと思って目をぎゅっとつむる。けどいつまで経っても痛みもハンマーみたいな衝撃もこなくて、ただ温かくて大きいてのひらがぼくの髪をこすって頭の形にそってぐるりとさわっていった。
(・・・?)
目をあけるとレーラァがかがみ込むようにしてじっとこっちを見ていた。
「・・・頑張ったな」
・・・なでて、くれたの?
この人にぼくたちに何があったのかなんて分かるわけない。ぼくがここにくるまでどんなに熱出したりいたい思いしたかなんてぜんぜん知らないはずだ。でも。
こわい人じゃないのかもしれない。栄養たっぷりの牛乳は、ほんとうにあったかくておいしかった。
(Vati...Mutti...ぼくがんばるよ)
そう決心した次の日病院につれていかれてレーラァの知り合いのお医者さんに注射されたりにがい薬いっぱいだされたりしてぼくはのどがガラガラになるまで泣き叫んだ。おまけにレーラァはそれを見てちょっと笑ってた。あまりの仕打ちに腹を立てたぼくは、それからこっそり『鬼のレーラァ』というあだ名をつけることになる。