鏡と牙「聖ウァレンティヌスは恋人達の守護聖人扱いされてるけど失恋の傷も癒してくれるらしいよ!元々は医療系のご利益が信仰されてたからBOARDのシンボルにも良いんじゃないかな?」
「やはりそういう事ですか!モチーフは鳥や薔薇…始に協力を頼めないかな」
マル・ダムールの扉を開けるなり聞こえてきた声に名護は絶句した。連れが脇からひょいと中を見やる。
「やだ、また橘さん何か吹き込まれてる」
その声に反応してパスタを食べていた方が「よ」と手をあげた。スーツ姿の方が立ち上がって近寄ってくると連れがすごい、背たかーい等と声をあげている。
「こんにちは、お嬢さん。君みたいな魅力的な人と会えるなんてこの喫茶店も悪くないなあ」
「あんたが何故ここにいる。説明しなさい」
男が長身を屈め恵に視線を合わせようとするのを腕で阻み名護は問いかけた。コンっと皿を置く音が響く。
「俺が頼んだんだ。データのない敵と戦うなら一人でも多くのライダーに協力を仰ぐべきだろ?」
橘の皿は既に空になっている。何皿めなのか聞く気にはなれない。その隙を縫ってスーツの男は恵に気障に笑いかけた。
「俺、これでもTV映り結構いい方なんだけど…式には出られなくてゴメンね。北岡秀一、スーパー弁護士です」
「北岡先輩とは高校が一緒でね。BOARDの顧問弁護士を引き受けてもらってるんだ」
「橘の同級生に頼まれててな。まさか名護先生の坊ちゃんと会うハメになるとは思わなかったけど」
恵が先程渡された名刺と名護の顔を見比べている。紅渡は離れたテーブルで他人のフリを決め込んでいる。
「そういえば祝電頂いてましたね…って、昔からのお知り合い?」
北岡が愛想よく笑みを浮かべ名護が表情を険しくした。
「うん、そう。名護先生うちの大学のOBで面倒見良くてね。家庭教師のバイトさせてくれたり俺が独立してからも仕事紹介してくれたり良くしてくれてたんだよ」
「じゃあ、ひょっとして何年か前の…」
言いかけて恵が口ごもる。気遣うような表情になるが名護は視線を合わせない。それでも席を立ったり話を遮ったりする様子はなかった。
「あの時か。まあ先生の件親戚とか後援会に説明するのはちょっと骨が折れたけど最終的には納得してくれたよ。俺もいいコネクションできたしね」
「…悪徳弁護士め」
コーヒーを飲みながら名護がぼそりと呟く。父親の死後北岡が関係各所を飛び回り時には名護を引き摺り折衝にあたってくれたから親族からの絶縁・放逐を免れた。むかっ腹は立ったが結果的に結婚式で恵に肩身の狭い思いをさせずに済んだことは有難かった。
「黒を白にするのが仕事なんでね。何かあったらウチにぜひ」
旧交を温めるライダー達に微笑みを浮かべながらパスタを巻き取っていた橘の懐から電子音が響く。取り出した探知機の画面に光点が表示されていた。
「この反応は…アンデッドじゃないが異常な数値だ。ここから近い」
「そういえばこの間連続殺人犯が脱走してたな。この近くに潜伏したんじゃなかったっけ」
北岡の言葉を待たずに無言で名護が立ち上がる。ちらりと恵が目をやった。
「援護いる?」
「必要ない。すぐに片づけてくる」
答えながら数秒後には名護の姿はドアの向こうに消えていた。
「ありがとー」
店主の声が響く。どうやら一瞬で代金を置いていったらしい。北岡がため息をついた。
「変わってないねえ、どこまでも独り善がりで。ああいう奴は長生きできないよ?」
「…でも、名護さんは悪い人じゃないと思います」
今まで黙っていた渡が一言呟くと視線が集まった。
「確かに僕もビルの屋上からイクサリオンで撥ね飛ばされたりガルルセイバー取られてボコボコに殴られたりしましたけど」
「やだ渡君そんな事までされてたの!?」
「うーん、ちょっと俺でも弁護できるか怪しいなあ」
橘が昔のことを思い出して少し目を逸らした。
「…でも、キバだって分かってからも僕のこと信じてくれました。ファンガイアでも、僕ならって。抹殺指令が出た時もわざわざ注意しに来てくれたり戦えなくなった時も恵さんたちと何回も家まで来てくれたし」
一方的に憧れていた頃よりも下手をすれば構ってもらったかもしれない。家じゅうにトラップを仕掛けて拒絶しても何度も呼びかけてくる姿はどこまでも鬱陶しかったが同時に初対面で『父さん』と呼んでしまったことを何故か思い出した。
「さ、渡君。こっちおいで」
恵がにこりと笑って渡を手招いた。
「啓介君犯人確保があるからさ、あたし達で北岡さんと橘さんの話聞いといてって。せっかく来て貰ったんだから今後の戦いの相談しとかないと」
「…え。名護さんといつの間に打ち合わせしてたんですか恵さん」
「ん、野獣の勘ってヤツ?同僚としての付き合いはそれなりに長いんだからなんとなく分かるわよ」
その言葉に感心したように北岡が長すぎる足を組み替えた。
「いーね、妬けちゃうなあ」
「ごっそさん」
橘が爽やかな笑顔でパスタの皿を置いた。