Merry chiristmas 未完 12月24日、土方は城に向かう車を走らせながら、窓越しに聞こえたクリスマス・キャロルに音に出さずに舌打ちをした。窓、防弾じゃねえのかよ、と思い、そんなことを考えて苛立っている自分にまた、疲れる。一瞬シートの隙間に滑り込ませた煙草を取ろうとして、やめた。
曇り空で、ぼんやりと鈍い明るさの中、昼間からショウウィンドウにはキラキラとイルミネーションが光っていた。ああ、年末なんだな…。
クリスマスが終わったらすぐに忘年会シーズンだ。おれたちにとってこの時期は、毎年うかれさわぐ奴らの始末に苦労させられる。本来の仕事ではないことにかけずりまわされることほど、神経を削られるものはねえからな。
本当に、警察なんざろくなもんじゃねえな…。そんなことを、しみじみとこの季節には感じる。
近藤さんのためじゃなきゃとっくの昔に辞めてるな、たぶん。だけど、この仕事以外をしている自分が想像がつかない―――結局は、似たようなヤクザ者を追いかけているときが一番楽しいのだと思う。
「…ひじかたさん?」
傍らから小さな声がして、おれは彼女を見やった。
姫さんは少しだけ首をかしげて、困ったような目でおれをのぞきこんでいた。彼女の黒くて長い髪が、白い頬にかかって、揺れていた。本当に細い、絹糸のような髪だ、と似合わないことを思った。
「…ごめんなさい」
真っ黒い奇麗な瞳を、済まなそうにしばたたかせて彼女はそう言った。鈍い光をてらてらと映した、漆黒の瞳―――きれいな子なんだな、と改めて感じる。昔聞いた物語のお姫様みたいだな。
「…何がですか」
ちょうど信号で止まって、おれは彼女に向きなおった。
「わがままにつき合わせているみたいで」
だからごめんなさい、と彼女は目をふせた。睫毛にも光が乗って、きらきら輝いていた。
ああ、だから嫌なんだ、本来の仕事じゃないことは。悟られないように、ため息をかみ殺した。子供の相手なんざおれの仕事じゃねえ。
「――…黙って城から抜け出られるよりはずっといいです」
おれがいたほうが、と言い掛けたところで信号が変わりおれはアクセルを踏んだ。
姫さんの願いはある意味まっとうなものなんだろうとは思う。彼女にとって唯一の友だちにプレゼントを贈りたい、というのはこの年代の娘が考えそうなことだ。だが、そのために狩り出されてはたまらない。実際この忙しい時期に城を抜け出されるよりはよほど楽なんだが―――季節のせいか、やたらといらつく。そんな自分にうんざりして、また悪循環、だ。
…まったく、この季節はろくなことがねえな、本当に――。
助手席の姫さんはしばらくおれの顔を見つめていたが、やがて諦めたように窓の外に視線を移した。彼女にとっては見るものすべてが珍しいのか、窓ガラスに指先をつけて見入っている。まるく品よく整えられたピンクの爪の先が光っていた。
ふ、とその白魚のような指先をガラスから離すと、目にかかる髪の毛を耳にかけた。その時、袖がなんとはなしに落ちて少しだけ腕が見え、滑らかな首筋が呼吸しているのが目に入った。
おれはぼんやりとクリスマス一色の街を見やって、ハンドルを切った。家族連れや恋人たちばっかだな―――ああ、はたから見れば、おれたちも仲のいい恋人同士なんかに見えているのかもしれねえな。姫さんは目立たないような小袖に軽くはおっているだけ、おれも隊服じゃないしな。そんなことを思うと、妙におかしかった、笑えるとそう考えて―――やっぱり笑えなかった。
―――あぁ、だめだ、いらつく…、この、自分を客観視する癖、が。
はたから見てどうだろうと、関係ないだろ。
おれにとってこの子は、城のお姫様、だ。それ以上でも、それ以下でも―――ない。
"寺門 通 クリスマス限定リリース!!"
そんな文字がおどったCDジャケットを片手に、新八はなかばスキップするくらいの気持ちでショッピングモールのエレベーターに飛び乗った。あぁ、買えてよかった…!クリスマス限定で、5万枚のみの出荷だから、親衛隊のうちでも手に入れられないやつ多いんだろうな、そんなことを思うと、つい笑みがこみあげてくる。まあ、親衛隊のトップとしては、買えて当然だけど。
クリスマスの昼間にしては、めずらしくエレベーターはすいていた。僕のほかには家族連れが一組、彼らもおもちゃ売り場の階でおりてしまったし、狭い中には僕一人になった。あ、鼻歌でもうたいたいたい気分だ。―――歌ってしまおう。これも当然お通ちゃんの曲。
あー、はやく帰って聴きたいな…。エレベーターが順調に1階まで滑るように落ちてったと思うと、突然、ちん、となった。表示は9階、僕はあわてて鼻歌をやめた。
エレベーターの扉が左右に開いて現れたのは、白い袋を担いで赤い鼻眼鏡をつけたサンタクロースだった。このショッピングモールの中ではよく見る――そう考えたところで、「あ、ダメガネ」とかサンタクロースがつぶやいた。
は?!
「いや、サンタクロースに知り合いいないから。むしろ見知らぬサンタにダメガネとか呼ばれる筋合いねぇええ!」
「サンタクロースではない、桂だ」
「あんたかぁあ!」
なお悪いわ!
僕は狭いエレベーターのなかで叫びつかれて(いや、つっこみつかれて)ため息をついた。…よりにもよって、なんでこの人なんだ…。
「クリスマスに一人でショッピングか、さみしい奴だな」
「あなたに言われたくありませんよ。そのかっこ、バイトですか?」
「失礼なダメガネだな。おれはエリザベスと働いてるんだ」
「ダメガネとか、失礼なのどっちですか。…その、エリザベスは?」
天下になだたる攘夷志士が、クリスマス商戦に加担してていいんだろうか…。するするとエレベーターが動いていく音がしていた。
「トナカイの姿で地下でケーキを売っている。今から迎えにいくところだ」
――エリザベスは、元から着ぐるみきてるみたいなもんじゃないのか。と、思ったが、なんとなくリアクションが予想できるので言わないでおこうと思った。ついでに言えば、クリスマスにバイトという時点で充分にさみしいのではないか、と思ったが、これも心の中にしまっておくことにした。
そのとき、再び、ちん、という音がしてエレベーターが止まった。扉の上の電光表示は、6階。インテリアショップとか、あるんだっけ?昔、姉上につれてこられたくらいで、あまり行った記憶がなかった。まぁ、こういうところって男は縁がないところだと、思う。
「…え?」
そこで現れた人物に、僕は目を疑った。
「あぁ?」
そう言って僕をにらんだのは、まちがいなく真選組の鬼の副長、だった。
「なに見てやがる、ダメガネ」
「あんたもかぁあ!」
僕は彼のうしろに広がる白やピンクの風景と、彼を見比べて―――こんなに白とか似合わないやつもいねーよ、コレ。
そして次に、彼のかたわらの小さな影に視線をうつして、ちょっとどうしようかと思った。きりそろえられた長い髪に、白い肌に大きな黒目がちの目、で―――これはないんじゃないですか、ちょっと、いや、かなりかわいい。かなり、というか…
…これは犯罪だろぉお!
その、女の子が、僕を見つめて首を傾げた。
「…あの…大丈夫ですか?」
まるで日本人形がしゃべってるみたいだ…。そんなことを考えて、僕は、ふ、と変な感じがした。この子、どこかで見たことがあるような…?
土方さんは僕をまた睨んで、彼女を先にしてエレベーターに乗り込んだ。…分かってます、僕も命おしいんで沖田さんにはばらしませんって―――ん?もしかしてこの状況って、…まずすぎる、ような。土方さんが現れてから、サンタクロースは一度も口をきいていない。
エレベーターが静かに動き出すと、女の子はうつむいたままで、そっと土方さんの袖をつかんだ。土方さんはそんな彼女の様子を一瞥すると、ぎゅっと眉根を寄せてなんだか苦いような、困ったような、普段見せない種類の険しさを一瞬だけ表情にうかべると、まるでなんでもないことみたいに正面を向いた。その、二人のあいだの空気が僕には奇妙に感じられた。
――この二人、恋人同士、じゃ、ないのか…?
そしてやっと、僕は思い出した。この子、は、…そよ姫、だ。四季折々の行事のたびに、ブラウン管にうつる、お城の奥にいるはずの、将軍の妹君。
どうして、こんなところに!?というか、より一層、まずい状況じゃあ…、そう考えて、僕は隣のサンタクロースをうかがった。―――だめだ、真っ白い髭と鼻眼鏡のおかげで分からねえぇえ!
エレベーターの中に、微妙な沈黙が落ちる。え、コレ、どうしたらいいの!?っていうか、無関係の僕がなんでこんな慌ててんのォ!?
「…あの」
そう、そよ姫が遠慮がちに口を開いた。…キレーな声…。
そよ姫の視線は、サンタクロースにじっと注がれている。
「"サンタ"さん…ですか?」
自信のなさそうな声に反して、白い頬を紅潮させて、大きな瞳がきらきら光っている。あ、もしかして、サンタクロースを見るのが、初めてなのかな。
「サンタではない、か…」
「…サンタクロースなんですよね!フルネームで!」
―――この大ボケぇええ!と、心の中で叫びながら、とっさに言った。自分でも血の気が引いているのが分かる。
そよ姫は、そうなんですか、と花が咲いたように笑った。
「私、サンタクロースさんって会ったの初めてなんです。握手、してもらえますか?」
え、そう思ったのは僕だけではないらしく、土方さんもまた、ぎょっとした顔をした。土方さんが小声で、そよ様、と呼んでいるのが聞こえたが、
「ああ、構わない」
サンタクロースが右手を差し出すと、そよ姫はぱっとその手を取って握手した。エレベーターの中の雰囲気は、あっというまになごやかなものになった。
え、コレ、ありなの?
こういう時こそなんで、銀さんがいないんだろう。神楽ちゃんは事態を悪くしそうな気がするけど、さ。
土方さんが、冷ややかな目でサンタクロース姿の桂さんを見つめていた。その奥に感情を読み取ることは、できなかった。もしかして、ばれた、とか?
それでもおかしくない―――何しろこの人は、鬼とまで称されている人だから。そんなことを考えて、僕は頭をかかえた。僕のせいじゃ、ない、断じて。
突然、ごぉん、という音がして、エレベーターが止まった。
「…きゃ、」
そよ姫の悲鳴、と同時に照明がまたたく。電光表示は、今まさに2階をしめしていたところだった。いったい…何、が。
電灯は数度またたいたかと思うと、再び灯り、少し安心して息をはいた――エレベーターは、止まったままだ。
「そよ様」
土方さんは今度ははっきりとそう言って、抱きとめた彼女をうながした。そよ姫は、はい、と小さく言うと土方さんから身を離した。
「…故障、ですかね」
僕が呟くと、いや、と土方さんが応じた。たぶん、違えな、と平然とサンタクロースを見やった。
「あんた、どう思う?」
「…さあ、な」
ざざ、と頭の上から音がして、見上げると操作盤の真上に、スピーカーみたいなものがあるのが目に入った。故障を知らせる、館内放送だろうか?
その、僕の淡い期待は、続いた言葉によってもろくも崩れ去ることになった。
『――…このショッピングモールは、我々攘夷志士が占拠した!』
僕の幸せなクリスマスは、どこに行ってしまったのだろう。
『――…このショッピングモールは、我々攘夷志士が占拠した!』
その一言に、エレベーター内は沈黙した。僕は目でサンタクロースを探った、が、桂さんが関わっているわけではなさそうだ。…と、すると、事態はやっかいなのか?
『…だが、今現在もこのショッピングモールの中では幸せな家族連れでにぎわっている』
もったいつけるようにスピーカーからはきだされた声に、僕は首をひねった。
『我々はこのショッピングモールをまるごとふきとばせるだけの爆弾を所持している…。彼らがどうなるかは、すべて真選組副長・土方十四郎、貴様の手にかかっている』
その言葉に、土方さんは舌打ちした。そうか…、この放送は、このエレベーターの中でだけ流されているんだ。僕は天井の四隅をみまわして、カメラのレンズらしい丸く光るものを見つけた。おそらく、占拠した連中はあれで僕たちを監視しているんだろう。
スピーカーから忍び笑う声がもれた。ふざけた連中だ。
『…我々も、まさかあの土方がデート中のところに出くわすとは思わなかったがな』
一瞬、異様な静けさが満ちて、そよ姫が肩を落としてうつむいたのが見えた。この人たち、は、この子がそよ姫だとは分かっていないんだ、たぶん――そう思うと、なんとなくほっとした。
土方さんは、そよ姫を見やって小さく息をついたかと思うと、目元を険しくして、スピーカーをにらみつけた。…え?なんで怒ってんの?この人。
「ああ、そうだ、デート中だよ。無粋な連中だな」
――宣言したよ、この人。僕はそう思いながら、思わずそよ姫の様子を観察してしまった。
そよ姫は、ぱっと面を上げて、傍らの土方さんを見上げるようにのぞきこんで、耳まであかくしていた――あぁ、そっか、と、なんとなく分かった気がした。
『土方、貴様には、一人で我々のもとにきてもらう。今からエレベーターを動かす。扉の開いた階で下りろ。我々の仲間が待機している』
…ひとり、と僕は小さく繰り返した。そよ姫、は?
土方さんも同じことを思ったのか、躊躇したようにそよ姫を見下ろした。彼女は土方さんと視線を合わせて少し笑って、行ってください、そう口を動かした。
「…それがあなたのお仕事ですから」
ささやかれたせりふに、僕は驚いて彼女を見つめた。土方さんを仰ぐ横顔はすっきりとしていて、僕の予想は裏切られた―――この子は、やっぱり姫、なんだ、と当たり前といえば当たり前なことを感じた。
土方さんはしばらく黙って、それから「そうですね」と返して、スピーカーをを振りあおいだ。
「…おれだけなんだな?」
『安心しろ、エレベーターの中には手出ししない』
どうだかな、と、土方さんがつぶやいたのが聞こえた。
「おい、ダメガネ」
何ソレ、僕の名前はダメガネですかコノヤロー。
「てめえ、そよ様におかしなことすんじゃねえぞ」
…え、牽制ですか。っていうか、どう考えても牽制ですよね。土方さんはエレベーターの端におさまったサンタクロースを見て、あんたもな、と言った。
ゆっくりとエレベーターが動き出して、すぐに、ちん、と音を立てて止まった。電光表示は2階―――僕は一瞬、かつがれているんじゃないかと思った。だって、このショッピングモールがテロリストたちの手にあることを示すのは、彼らの放送しかないのに、と、そんなことを考えていた。エレベーターの扉が開いて、目の前の、ごく当たり前のレディースファッションのフロアの風景を見て、なおさらそんな疑いをこくした。
だけど、エレベーターの両脇には、マスクをした二人の男―――また、この場に似合わないことこのうえない…。そのうちの一人がエレベータの中を見て、土方さんをうながした。銃口は見えない、が、彼らはおそらくそれらを持っていることは簡単に予想できた。
土方さんは一瞬だけそよ姫をみやると、そのまま出て行った。
彼の背中を見送るそよ姫の前で、再び扉は閉まっていった。
「……………」
「……………」
「……………」
…気まず!気まずいことこの上ないんですけど、なんなのこの空気。っていうか、さっきからそよ姫、びどうだにしないんですけど、大丈夫、なの、かなぁ…。
その時、ふ、と桂さんが顔をあげた。きた、と小さく呟くのがきこえた。
「きたって、何です…か」
がこん、と頭上で音がして、僕は天井を見上げ、ぎょっとした。天井の羽目板がスライドして、白い何かがみえた…、いや、白い何かの大きな目とくちばしがみえた―――え、エリザベス?
「ごくろうだったな、エリザベス」
桂さんがそう言ったと思うと、エリザベスはその羽なんだか手なんだかよく分からないものから何かを投げた。――縄、か?
「行くぞ」
「…は?」
―――なんとなーく、いやーな予感がするのは気のせいだろうか。
桂さんは、エリザベスの手(もしくは羽)から垂れた縄をつかむとそよ姫に右手をさしだした。そよ姫は一瞬きょとんとして、その手とサンタクロースの顔を交互に見た。
「…そよ姫。江戸を破壊し人々の生活を脅かすことが、攘夷志士の目的だとは思わないでほしい」
我々の本懐は、と、桂さんはそよ姫の目をみすえた。
「この国を守ること――人々の暮らしを、守ることだ」
…あーあ。この人、自分が攘夷志士だって、白状したようなもんだよ…。僕は思って、そっとそよ姫の様子をうかがった。――そよ姫は微笑んで、いた。
「―…分かりました、サンタクロースさん」
すずやかな声で言うと、その白いてのひらを桂さんの手にかさねた。
「私も、同じです」
―――同じことのために戦っているのですね、と―――僕と同い年かそこらの少女は、そう迷いなく言ってのけたのだった。