a happy new year!1, hijisoyo
…待ってください、と、おれは呟いて彼女の細い手首をにぎりしめた。しゃら、と髪に飾られた簪がなって、姫さんはその真っ黒い大きな目でおれを見上げた。
正月のあざやかなあかい振袖からのぞく手は、はっとするくらいに白い―――あぁ、こういう手をした女を、城下で見たことないな、となんとなく思った。姫さんはおれの目をまっすぐにのぞきこんだ。まるで、そこに何かの答えを探すように、おびえることもひるむこともしないで。
これだから、おれはこの子に弱いんだ――知ってるさ、この子の前じゃおれは副長じゃいられない、まるでガキみてえな時があるってことは。
「な…んですか」
怪訝そうに聞いた彼女の視線が、つうっとおれの肩におちた。この子は今から、将軍家の正月の恒例行事の、国民への挨拶をしにカメラの前にでる。その準備を終えたところを、おれは引き止めた。
―――なにやってんだかな。と、自分でも思っていたら、姫さんがかすかにうつむいたままで、瞳がおれを見た。それが問う、というよりも困惑したようないろをしていて、艶のある長い睫毛に縁取られた瞳をおれは見た。
「……。紅が」
おれはあいている片手で、彼女の頤に手をそえ、親指の腹で姫さんのあかい口の端をおさえた。やわらかい…、あたたかい、生きているものの感触がしてなんとなく安心する。
姫さんは目をまんまるにして、おれの目をまっすぐにのぞきこんでいた。動物ってびっくりしたときこういう顔するよな、と思って少し笑えた。
そよさまー、と呼ぶ声がして、彼女はぱっと顔をそむけると、今いきます、と返事をして身をひるがえした。小走りに畳をかけていく―――あかい袂が尾をひいて、足袋の白さが目についた。
ふ、と右手を見るとあかい紅があざやかに指に残っているのを見て一瞬ぎょっとして、そんな自分に苦笑して人差し指の背でぬぐった。何、してんだおれは―――
どうにもならない、ことだろうに、と思うと、自分で自分が、笑えた。わるあがきか、これは。
あまりにも、彼女とおれとは遠い。身分じゃない、何よりあの子とおれとの距離は、あのあかいいろを何だと思ったか、なんじゃねえか――そんなことをぼんやりと思っていた。
2, okikagu
神楽は不器用な手つきで酢昆布につきたての熱い餅をくるっと包むと、満足げにそれをみて、ぱくっとほおばった。やっぱりこの食べ方が一番うまいある。
今日は歌舞伎町の餅つきある。うすく雪がつもってぐしょぐしょになった道のうえにうすを置いて、近所の連中が交代でつくある。(私がつこうとしたら止められたある。危険らしーある。)
空をうすくおおった雲のすきまから少しだけ太陽の光がみえて、なんかキレーある、って銀ちゃんに言ったら、そーだなって頭ぽんぽんってされたある。
あ、餅から湯気あがってる…。はーって息をはいたら白くなって、寒い日なんだって気がついて、なんとなく視界が暗くなったから、顔をあげた。
「なーにやってんでィ」
逆光だけど、金髪の輪郭がひかって、そーごが目の前にたってるってわかったある。―――ちょっと背がたかいからって。
「見てわかんないか。餅くってるある」
ふーん、ってそーごは言って、旦那は?って聞いてきた。
「銀ちゃんは餅ついてるある」
指をさしてそっちをみると、銀ちゃんがついて新八がこねてたある。はは、あのダメガネ顔あおざめてるよ。
「…あとで土方さんつれてきまさぁ」
にやり、とそーごが笑っていった――おーぐし君、たぶん来ないね、間違いなくこいつ、きねで多串君つく気あるよ。
私はそーごのことなんか気にしないで餅を食べることにしたある。こいつなんか、気にしてても仕方ないね。気にしない、気にしない―――むに、と頬がひっぱられた感じがして、私はそーごを見上げたある。
にー、ってそーごが笑ってる顔が目にはいったある。そーごの袖が顔の右のほうにみえて、つねられてるって分かったある。しかもこいつ、ははっ、って声を上げて笑いやがったあるね。
「餅みてェ」
―――うるさいある、こんの…
「このドSが~!!」
3, sakamutsu
帰ってこない、か。陸奥は思って、小さくため息をついた―――まぁ、予想はしちょったが。
正月だからといって、近くに仕事をしにきてることにかこつけて坂本は地球に帰ってしまった。たぶん、あのおりょうだったか、の、いる店にいりびたってるんだろう。
あぁ―――考え疲れた、もう。陸奥は持っていた書類から視線をはずしその書類をデスクのうえに置くと、眼鏡を書類のうえに放りなげた。椅子にからだを沈めると、自然と天井がみえた。
船は現在、地球の上空にとどまっている。遊びにいってしまった社長のためと、社長だけが遊んでいるのじゃ示しがつかないのとが半々で、ほかの快援隊の連中にも行きたい奴は地球で遊んできていいと言ってあった。
首を回すと、かるく音がしてまたうんざりした気分になった。
ふ、と窓の外をみると、よく晴れた星空が目にはいって、なんとなく見とれた。気晴らしに外に行くのも、いいかもしれないな。
陸奥は椅子から立ち上がると、かつかつと乾いた音がするタイル張りの床をあるいてドアノブに手をかけた。
星屑をぶちまけたみたいな空だった。風にあおられた髪が目にかかって、陸奥は耳のうえをおさえた―――意外と寒い。
はぁー、と息をはいたら、白くなって横にたなびいて流れていった。
「…さむ…」
こんな日に、何やってんじゃ、あのばかは。そんなことを思って、額におちた髪をかきあげ、空をあおいだ。
「陸奥~?なにやってんじゃあ?」
「…は」
背後から聞こえたお気楽な声に、陸奥はふりかえってぎょっとした。よいしょ、と坂本は当たり前みたいな顔をして、小型のシャトルから船に降り立った。
「…おんしこそ、戻ってきたんか」
「ん~?追い出されたきに~」
そういって、坂本は陸奥の隣に立った。ぐるん、と空を見上げ、いい眺めじゃ~と笑った。
―――…のんきな顔をしよって、つくづくと思って坂本を見た。戻ってくるんなら、隊士にああ言うべきじゃなかったかもしれんな。
「陸奥、それとな」
「…なんじゃ」
陸奥がため息まじりにこたえると、坂本は懐を探り、陸奥に手を出すよう促した。
「…何…」
陸奥の手に置かれたのは、透明なビニールに包装された小さな白いかたまりだった。
「餅じゃ。おんし、ずっと働いてるろ~?」
だから、買ってきた、と笑って、坂本は同じものを包装を破いてほおばった。
陸奥は少し困って、でも坂本が笑ってこっちを見ているのが分かったので、自分の手の上にのったビニールを破いて餅を口に含んだ。
そういえば、こういう奴だった、な――と、おぼろげにそんなことを考えていた。