にゃんじょるらすの春 信じられない。再び、グランテールは口の中で呟いた。心を落ち着かせるため、グラスで唇を湿らす。本来ならば酒でも煽りたいところだが、残念ながらここにはコーラしかない。
アンジョルラスがじいっとグランテールを見上げる。白いシャツを纏った細い肩が呼吸に合わせて上下している。今生の彼はまだ中学生だ。制服の襟元に届く金髪は緩くうねり、華奢な頬を覆っている。普段ならば、彼の青い双眸は前世と同じく湖畔のように澄んでいるところだ。
前世の彼と変わったことはいくつもあった。まずは姿の幼いこと、次によく笑うようになったこと、最後に、グランテールを好きだと言ったこと。
グランテールは最初冗談だと思い、──次に、彼が冗談を言うようなタイプでないことも思い出して、驚愕した。
グランテールと彼が付き合うようになって、数ヶ月。異変は突然訪れた。
グランテールはアンジョルラスをつくづくと眺めた。ある。やっぱりある。
彼の頭の上に、白い毛に覆われた一対の猫の耳。耳の内側には薄く血管が透けて、それが作り物でないことを表している。時折物音に合わせてぴくぴくと震えるそれ。
おまけに、彼の背後になって見えないが、耳と同じように白くて長いしっぽが床に伸びている。ふわふわしたしっぽが、床をとん、と叩いた。
異変はそれだけではない。
「……グランテール」
小さくアンジョルラスが囁いた。テーブルの端と端に離れていたものを、いつの間ににじり寄ったのか、彼の唇から漏れた熱い吐息が頬にかかった。
「……グランテール……、くるしい」
アンジョルラスの顔はうっすら上気して、眉は悩ましげに顰められている。瞳は湖畔の凪ぎを失って、いまや奥に誘う炎を揺らめかせていた。はだけたシャツの襟元から、彼の肌の香りがする。
見ちゃだめだ。
グランテールは咄嗟に視線を落とし、すぐに失策に気付いた。アンジョルラスは制服のズボンもはいていない。太腿を擦り合わせて隠そうとするためか、返っていやらしい。吸い付けばすぐに痕になりそうな、日に焼けていない白い内腿。
目が離すことができないグランテールに、アンジョルラスはくったりと寄りかかる。グランテールの頬を白い耳がくすぐった。
「……ぐらんてーる、……グランテール、もう我慢できない」
彼がグランテールの胸元で溜息をつく。はあ、という熱い呼気が洋服越しに伝わり、たまらない気分になった。
彼の身体に何が起こったかが分からない。ある日突然、彼は半分だけ猫になった。猫の耳、猫のしっぽ、気分によっては爪や牙も出るらしい、それに発情期。猫の発情期は春先だ。つまり今現在、彼は発情期真っ只中なのだ。
なあ、と彼がグランテールの耳元に顔を寄せる。
「……からだ中がむずむずする……。何でもいいからいっぱい触ってほしくて、……でも君じゃなきゃだめなんだ、だから、」
触って、という彼の身体はあまりにも小さい。抱き締めた胸から伝わる鼓動が速くてどきどきする。シャツの向こうの滑らかで柔い肌と、それに包まれた若木のようにしなやかな筋肉を想像する。
拒絶されない、と判断したのだろう、アンジョルラスはグランテールの肩にぎゅっと顔を押し付ける。グランテールに身を任せて腿の上に少し乗り上げる。すり、と遠慮がちに擦り付けられた彼自身は既に主張を始めているようだった。
このまま押し倒しても、なんて考えが脳裏を過ぎる。いや、だめだ。いくら前世の記憶を持っていても、彼は情動も身体もまだ子供だ。彼には誠実でいたい。
文字通り生まれ変わった僕は、君の清廉さに見合う人間でありたい。そう思っているのに。
彼の白い腿が、グランテールの腿を挟みこんだ。ぎゅっと押し付けられる。服越しに感じる彼の身体はひどく熱かった。彼の肩を掴んで抱き起こす。彼はびくっと震えて顔を上げた。彼の頬は紅潮し、瞳は陶然と潤んでグランテールを見返す。唇が小さく動いた。
したい。
グランテールは追い詰められていた。ああくそ、確認しなくたって分かる。僕はとっくに勃ってるさ。でもね、僕はここで君に手を出したら後で死ぬほど後悔する。それも分かってるんだよ。
──グランテールが重大な決断をするまで、あと五秒。