イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    第一章:宿怨 ― Hereditary ―序章(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)序章 あの悪夢と悲劇が起きてから、丁度、一〇年目のその日、「東京」の各地で慰霊祭が行なわれている中、「」発のから二〇人近い男女が「」の一角……「」と呼ばれている場所に有る港に降り立った。
     かつて存在した「本物の上野」から「本物の有楽町」までは、電車で一〇分かそこらだったらしいが、今では「上野」と「有楽町」を行き来するには、高速船でも片道一時間近くかかる。一般のフェリーであれば、それより数割増しだ。
    「おい、魔導師がビジネスマンのコスプレか?」
     フェリーから降りた一団のリーダーらしき三〇代の男は、出迎えたスーツにネクタイに眼鏡の同じ位の年齢の女性にそう言った。
     「上野」から来た一団は、男女比は、およそ6:4、背の低い者も居るが、誰もが服から覗く首や腕には筋肉が付いている。服装は一見するとバラバラだが、地味な色の動き易そうなものである点は共通していた。男女問わず髪は長くても五分刈り、全員が「ネックレス」と呼ぶには、あまりにゴツい「数珠」のようなアクセサリーを首にかけている。
    「悪いね。『靖国神社』とは、いずれケリを付けるつもりだが……まだ、表立って動けない事情が有るんでね」
    「以前の借りは、これでチャラだと思え。これ以上、俺達は、千代田区Site01のゴタゴタに関わる気はぇからな」
    「お互い、昔が懐しいな。縄張シマも親分子分もややこしい義理も無い、ただのチンピラだった頃が」
    「で、場所と目的は?」
    「『秋葉原』の若い奴らと、『本土』から来た他所者よそものが、『靖国神社』が誘拐ぶっさらった子供ガキどもを取り戻しに行こうとしてるらしい。手助けしてやってくれ。その若い連中が持ってるGPSの識別コードと、そいつらの写真は今送った」
    「その若い連中を『靖国神社』の連中の死霊術から守ってやれ、と云う訳か」
    「そう云う事」
    「で、あんたらの差金だと『靖国神社』にバレないようにしろ、と」
    「ああ、もちろんだ」
    「本当に、一介のチンピラだった頃が懐しいな。こんなややこしい打算も義理も無しで好きに動けた」
     関東甲信と静岡・愛知の多くの地域が富士山の噴火により壊滅して一〇年。俗に云う「関東難民」の内、ある者達は、被災地に残り、またある者達は「本土」で新しい生活を始めた。
     そして、それ以外の多くは……現在、Site01〜04が存在し、Site05とSite06が建造中の巨大人工浮島メガフロート――通称「Neo Tokyo」――に移住した。
     唐津と壱岐の間に有るSite01――通称「千代田区」――は、更に4つの地区に分れていたが、一定の治安が保たれているのは通称「有楽町」地区のみで、残りの3つの地区「秋葉原」「神保町」「九段」は、異能の者達によって、かろうじて「暴力ちからによる秩序」が維持されている暗黒街アンダーワールドと化していた。
    (1)「ごめん‼ そこの人、どいてッ‼」
     走っていた。ひたすら走っていた。
     鮮やかな青い空に、目が痛くなるほど眩い夏の太陽が輝いている。その太陽は、逃げ続けるあたしから体力と水分を容赦なく奪っていく。
    「待ちやがれぇ〜‼ この糞餓鬼がぁ〜ッ‼」
     表通りにさえ風俗の看板が並ぶケバケバしくも陰鬱な「秋葉原」の光景。
     今は火山灰の下に埋まっている「本物の秋葉原」の様子を、ある人は「今の『秋葉原』みたいな感じだった」と言い、別の人は「今の『秋葉原』とは全然違う」と言う。
     そして、あたしは、「本物の秋葉原」を知らないから、人から聞いた話やWEB上に転がっている昔の写真から想像するしかない。あの日、あたしは、まだ小学校低学年で、静岡の富士宮に住んでいた。そのせいで、本物の東京に足を踏み入れた事すらないのだから。
     だから、あたし達が「関東難民」と呼ばれ、この巨大人工浮島メガフロートが「Neo Tokyo」と呼ばれ、そして、自分が住んでいる町が「秋葉原」と云う東京の地名で呼ばれている事に、違和感を感じる。いや……より正確に言えば、嫌な気分になる事が有る。「難民」として見捨てられ、その「難民」の中でも「田舎者」扱い……更に、もう1つの理由で、あたしは「見捨てられた人間」の3乗だ。
     そうだ……さっきも、いつものように、機嫌が悪くなってる状態で表通りを歩いている時に、運悪く、1人の男が声をかけてきた。
    「姉ちゃん、金がないなら、良い仕事有るぞ」
    と……。誰にとっての「運悪く」かは別にして。
     男が、あたしを見る視線から、どんな「仕事」か想像は付いた。あたしが生まれる遥か以前、二〇〇一年の九月一一日に「この世界には『普通ではない能力』の持ち主がウジャウジャ居る」と云う事が判明して以降も、それ以前の「常識」に縛られてる爺ィは時々、こんな真似をやらかす。自分がセクハラ・パワハラをやってる相手が、何の証拠も残さず一瞬で自分を殺せる奴だ、なんてのは十分有り得る事なのに。
     もっとも、あたしは、その「能力」を使わず、オッサンの股間を蹴り上げた。そして、次の瞬間、とんでもない事に気付いたのだ。
     男の右腕に有る、トカゲにもドラゴンにも見える赤いタトゥー……このクソ親父は、秋葉原の自称・自警団「サラマンダーズ」の一員だったのだ。数分後、あたしは「サラマンダーズ」に追われる羽目になった。
    『何をしているのですか? わたくしの力を使えば、あのような下品な連中の一〇人や二〇人、簡単に……』
     頭の中に声が響く。
    『「お姫様」、あんた、自分が一〇年前に何をしたか覚えてるよね? あんな騷ぎを、また、やるつもりなの?』
     声の主は、一〇年前、近所に住んでた「お姉ちゃん」代りだった女の人が死んで以来、あたしに取り憑いた自称「神様」。それ以前は、その「お姉ちゃん」に取り憑いていたらしい。何で、一応は先祖代々のカトリックであるあたしを、日本の「神」を名乗る存在が「選んだ」のかは、よく判んないけど。
    『でも、ここは、わたくしが司る「山」から遠く離れていますので、せいぜい、人間を百人ほど一度に焼き殺すぐらいしか……』
    『はぁっ? 「火トカゲサラマンダーの炙り焼き」なんて、しょ〜もないギャグがウケるって、本気で思ってるの?』
    『あぁ、それと、珍しい事が……』
    『何?』
     次の瞬間、何とも言えない変な感じがした。「嫌な感じ」とも、その逆とも言えないような、一度も感じた事がない、ともかく「変な感じ」。そして……背後うしろから大きな物音が複数。
    「あのおっさん達、熱中症みたいだな……。救急車呼んだ方がいかな?」
     あたしを追っ掛けていた「サラマンダーズ」の面々は、1人残らず肌を真っ赤にして、汗ダラダラの状態で歩道に倒れていた。
    『あんた、自分でやっといて、何すっとぼけてんだよ?』
    『おや、これは、めずらしい。何百年ぶりでしょうか、「荒祭宮あらまつりのみや」殿?』
    『何か、変な感じがすると思ったら、一〇年前の例の騷ぎの元凶が、こんな場所に居たのかよ‼』
     目の前に居たのは、あたしより少し年上らしい女の人。髪の毛はボサボサ気味だけど、お洒落のつもりで、わざとそうしてるらしく、見苦しい感じはしない。着ているのは、動き易さ重視の男物のカジュアルな夏服。
     そして、どこが違うかは巧く言葉に出来ないけど、秋葉原この辺りの人達とは明らかに雰囲気が違う……。多分、この巨大人工浮島メガフロートの中でも比較的治安が良い「有楽町」か……ひょっとしたら、「本土」の人かも知れない。
     その女の人の横には、{\bf 多分、あたしと、その人にしか見えないであろう》オレンジ色の着物を着た女の子が居た。
    『だ……誰?』
    わたくしの同類と、その巫女ですよ。人間が「天照大神の荒魂あらみたま・荒祭宮」と呼んでいる「神」のね』
    「ちょうどいい。道を聞きたいんだが……」
     その「荒祭宮の巫女」は、あたしに携帯電話Nフォンの画面を見せた。
     画面に表示されている地図と住所……そこは……。
    (2) そして、あたしは、その「荒木田光あらきだひかる」と名乗る女の人を、あたしんの近くまで案内する事になった。
     住宅街つまりはa・k・a裏通り。
     いや、さっき、ここを通り過ぎた、東南アジア系とインド系とヒスパニック系の観光客の一行プラス護衛兼案内人が、何度も極めて的確にして極めて不適切な単語を呟いているのが聞こえた。
     ちくしょう、slumぐらい判るわい、馬鹿野郎。いくら、あたしらの生活費の一部の出所でも、言って良い事と悪い事が有るぞ、馬鹿野郎。
     あたしが生まれた頃、この「観光客」達の国には、ヨーロッパの金持ちなんかが「スラム見物」に来てたみたいだ。そして、今は、そんな国の人達が「東京」に「スラム見物」に来るようになった。どうやら、5〜6年前に、海外で「『秋葉原』のスラム」を舞台にした映画が大ヒットしたらしい。
     そして、大人達は「スラム見物」の「観光客」が来る時間帯には、その「スラム」には居ない。仕事が無くても、どっかに行ってる。
     大人や「本土」の人達は、また違うのかも知れないが、あたしぐらいの年齢としの「東京」もんには、日本が、あの「観光客」達の国どころか、「アジアの四大先進国」と呼ばれる中国・台湾・香港・韓国よりも豊かだった時代が有るなど、実感は湧かないし、信じる事さえ出来ない。……一〇年前の首都圏壊滅は、単に「最後の一撃」に過ぎず、その数年前、2つに分裂した「アメリカ」の片割れである「アメリカ連合国」が日本を事実上占領した頃か、更にそれ以前のあたしが生まれる前から日本は経済的に零落おちぶれていたのだ。
     だけど、日本が豊かだった時代を覚えている大人達は、かつて「競争相手」とさえ思っていなかった相手に追い抜かれ、そして、見下し半分の同情の目で見られるのは、精神的に、かなりキツい……みたいだ。
    「お〜い、勇気、居る〜?」
     荒木田さんとか云う女の人の携帯電話Nフォンに表示されていた住所は、あたしの幼なじみの石川勇気の家だった。塗装があちこち剥げているプレハブ6階建ての「テラハウス」の3階と4階だ。
    「バイト」
     勇気の妹の仁愛にあちゃんの声。
    「じゃあ、聞くけど、ここに一二歳ぐらいの香港の金持ちの糞ガキが来てるか?」
    「それっぽいのが遊びに来てたけど、あの子、金持ちだったの? つか、誰?」
    「そのガキの知り合いだ。昨日、ここに居る友達のとこに行くと言い残して消えたんで、大騒ぎが起きてる」
    「友達って、何の友達?」
     中から仁愛ちゃんが出て来た。
    「オンラインRPG」
    「じゃあ、学校の電算機室じゃないかな? あそこなら夏休み中でもPCが使えるし」
    「なら、すまない、場所だけ教えて……いや、待て、まさか……」
    「うん、部外者は入れない。まぁ、生徒か先生と一緒なら入れるから、実質、ザルなんだけどね」
    「それなら、ここで、待たせてもらって良いかな?」
    「連絡とかは出来ないの?」
    「GPSで、場所を知られるのを避ける為に……携帯電話Nフォンそのものを置いて行きやがった」
    「ところで、最大の問題。レナ姉、この人、信用していいの?」
    「……う……うん、大丈夫だと思う」
     多分、仁愛ちゃんが考えているより大きい問題が有る。荒木田さんが、信用出来ない人でも、何とかする方法は……多分、無い。
    (3)「ねぇ……その、あたしみたいな人と会ったの初めてなんで、よく判んないんだけど……あたしたちみたいな人って、沢山居るの?」
     あたしと荒木田さんは、勇気んで正義くんたちの帰りを待つ事にした。そして、仁愛ちゃんが洗濯モノを干してる間に、あたしは荒木田さんに、そう聞いた。
    「普通の魔法使いも『私達』に含まれるんなら、結構居る。でも、う〜ん、狭い意味での……自称・神様に選ばれた人間は、日本中でも二〜三〇人ぐらいだ。と言っても、私には、似たような力を持ってる知り合いがもう1人居る。久留米に住んでる『水の神』の力の使い手だ」
    「じゃ、何? あたしたちの力って『魔法』とは違うの?」
    「私も良くは知らないけど、どうも、私達は、普通の『魔法使い』が一生修行しても身に付けるのは無理ゲーな力を、自称・神様に選ばれただけで身に付けてしまったらしい。しかも、大抵の『魔法』をかけられても無意識の内に無効化してしまうみたいだし、『魔法使い』の使い魔や式神に攻撃されても、自分でも気付かない内に、攻撃した使い魔や式神が勝手に消滅してしまうって話だ。なので、私達みたいな人間が居る事を知ってる『魔法使い』は、私達の事を良く思ってないみたいだ」
     おいおい、あたし、そんなチートな能力を持ってたの? まぁ、一〇年前にアレを引き起した「神様」なら、その位の事出来てもおかしくないか……。
    「でも、あくまで魔法に似てるだけの全然別の力なんで、私達に取り憑いてる自称・神様は、普通の魔法の事は良く知らないし、私達は、俗に言う『霊感』は普通の人以下みたいだ。普通の悪霊や魔物なんかは、私達に何の害も及ぼせないので、まぁ、ある意味で、私達は悪霊や魔物なんかを認識する必要が無くなってる。だから、力は私達の方が遥かに上だけど、私達より普通の魔法使いの方が向いてる事はいくらでもある。……いや、あくまで、その手の話に詳しい知り合いから聞いた話だけど」
    「なるほどね……」
    「あとさぁ、私も事情を良く知ってる訳じゃないけど、あんたに取り憑いてる『神様』が何をやらかした『神様』かが、私以上に事情を知らないヤツにバレたらエラい事になるぞ」
    「う……うん、そこは気を付けてる。ところでさ、あたしたちみたいな人って、普段、どう云う生活してんの?」
    「普通の生活だよ。私の場合は、朝は飯食って、学校行って、学校の帰りに遊んだりバイトしたりして、家に帰ったら、晩飯食ったり、ゲームしたり、本を読んだりした後に、風呂に入って寝る。今探してる香港の金持ちのガキも、私のゲーム仲間だ」
    「えっ? 何て言うか……普通過ぎる……。香港の金持ちの子供がゲーム仲間以外は……」
    「いや、多少、変な力を持ってても、将来は、働いて金稼いで食ってかなきゃいけないだろ。今は、奨学金とバイトで何とかなってるけど。残念ながら、自称・神様のチート能力でもお金や食べ物は生み出せない」
    「学校って?」
    「福岡の私大の文学部」
    「文学部って、就職先とか有るの?」
    「歴史とか民俗学だったら、レコンキスタあたりに就職出来る可能性が高いな」
     レコンキスタ……「本土」の対特異能力者専門の広域警察だ。
    「えっ? 何で、レコンキスタ?」
    「昔の伝説なんかに出て来る妖怪なんかの正体は特異能力者じゃないか、って話が有るんで、そっち関係の知識が特異能力持ちの犯罪者の能力の分析に使えたりするし、魔法系の特異能力者に対抗するには『昔から伝わってる呪術や魔法の御約束ごと』を知ってた方が有利なんだ。だから、その手の知識が有る人間は、警察や警備会社では引く手数多あまただ」
    「そうなんだ……」
    「ところで、これは?」
     荒木田さんが指差したのは部屋に飾ってある古ぼけた強化服パワード・スーツ
    「勇気たちのお父さんの形見。一〇年前の富士の噴火の時に、これで、勇気たちのお父さんは、沢山の人を助けたみたい」
    「勇気?」
    「ああ、言ってなかったね。ここに住んでる3人兄弟の一番上。あたしと同じ秋葉原高専の2年生」
    「形見って事は、お父さんは?」
    「5年前に死んだ。『秋葉原』の自警団のリーダーに祭り上げられたんだけど……『秋葉原』と『神保町』の自警団の下っ端同士が喧嘩して……気付いた時には、話がこじれにこじれてて、自警団のリーダー同士の一騎打ちでケリを付けるしかなくなってた」
     そして、勇気たちのお父さんは、「神保町」の自警団のリーダーに呪殺された。
     更に、その後、「秋葉原」の自警団「サラマンダーズ」は、自分達の元リーダーの子供である勇気たちを見捨てた。「サラマンダーズ」の新しいリーダーは、勇気たちのお父さんの派閥を粛清したのだ。もし、生きていたら勇気たち兄弟の面倒を見てくれたであろう人達は、ほぼ全員、生コンを飲まされて海に沈められた。
     今は欠けている強化服パワード・スーツの左肩の装甲。そこに、かつて描かれていたのは「サラマンダーズ」のシンボルマークだ。
    「なんて言うか……言っちゃ悪いが……」
    「ヤクザみたい?」
    「ああ」
    「聞いた事ない? この島で、マトモな『警察』が有るのは『有楽町』だけだって」
    「なるほど……」
     例えば、警察署長であれば、公職しかも責任ある立場である以上、身元を公表しなければならない。けど、「秋葉原」「神保町」「九段」で、「身元を公表してる警察署長」が、本物のヤクザを怒らせたりしたら、警察署長の家族の名前その他を瞬時に調べ上げられ、そして、次の日には……もし、その警察署長に小学生の子供が居たなら、その子供が学校帰りに誘拐され、更にその次の日には、その子供が死体か……同じ位酷い状態で発見される事になる。
     なので、いつしか、警察はマトモに機能しなくなり、リーダーがどこの誰かを公表する気も無いヤクザ紛いの自警団――「秋葉原」の「サラマンダーズ」、「神保町」の「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」、そして、「九段」の「英霊顕彰会」……通称「靖国神社」――によって治安が維持されるようになった。
    「ねぇ、レナ姉にお客さん、晩御飯はウチで食べてく?」
     仁愛ちゃんの声。そうだ、もう、そろそろ、そんな時間だ。
    「えっ? 今日も仁愛ちゃんが家事当番なの?」
    「レナ姉からもあの馬鹿兄貴に言ってもらえる? 最近、家事はあたしに押し付けてる」
    「ところで、正義くんたち、いくら何でも、帰りが遅くない?」
    「そうだね。じゃあ、あたしが迎えに行くから、留守番してて」
    (4)「と、言う事が有って、もう三〇分以上、連絡なし。こっちから連絡しても応答なし。で、正義くんや仁愛ちゃんにGPS持たせてるよね」
     あたしはバイトから帰って来た勇気に、これまでの経緯を説明した。もちろん、あたしと荒木田さんの持ってる「能力」に関する事は省いて。
    「ちょっと待て、あいつらの携帯電話NフォンがGPS付のヤツなんで……今調べる……あれ……?」
    「どうしたの……? ん? 1つは、ここの近くで……もう1つは……?」
    「この近くに表示されてるのは正義だ……。仁愛は……これって……移動中かよ?……推定速度が……時速四〇㎞」
    「車を借りられるアテは有るか? 私が運転出来る」
     荒木田さんは、そう言った。
    「俺の親父が使ってた車が有ります。今は、近所で共同で使ってますけど……」
    「追う。案内してくれ」
    「えっ? でも……」
    「ここじゃあ、警察はアテにならないし、自警団とやらは、それ以上にアテにならないんだろ? 自分達で何とかするしか無い」
    「まぁ、そうだけど……」
    「何とか成るのか?」
    「……ええっと……多分」
     あたし達は、部屋から出て階段を降りる。まぁ、多分だけど、能力ちからだけなら、あたしと荒木田さんで、並のヤクザやチンピラなら何とか出来る筈だ。
    「お……おい、何で、ここに居る? あと、友達は無事か?」
     外の階段の途中で出会でくわしたのは、パッと見は普通の子供。よくよく見ると、この辺りの子供よりマシな服を着てる子供。
     普通のTシャツにズボンだけど、どう見ても「近所や兄弟のお下りのお下がりの……」みたいな感じの子供用なのに富士の噴火以前に作られたような超々中古品ビンテージじゃない。ピッカピカの新品。
    「えっ……と、何で、ここに居るの? ダーク・ファル……」
    「まずは、質問に答えろ、友達はどうした? あと、物理空間上では、その名前で呼ぶな」
    「連れ去られた……。正義くんの……お姉ちゃんも……。正義くん達が、ボクだけを何とか逃がしてくれて……」
    「誰に?」
    「判んない……黒いバンに乗った……どっかの軍隊の戦闘服みたいな迷彩模様の服を着た……。他にも車の中に何人か、子供が居たけど……薬で眠らされてたみたい」
    「黒いバンに戦闘服って……まさか……バンや戦闘服に、昔の日本の国旗とか、旧自衛隊や特務憲兵隊のシンボル・マークとか、そんなのがかれてた?」
    「……う……うん」
    「英霊顕彰会かよ……」
    「何者だ?」
    「『九段』の自警団。かなり強力な死霊使いがリーダーで、幹部は神道系の呪術者がほとんど……みたい」
    「自警団が子供を誘拐するのか?」
    「自警団ってても、半分はヤクザ。資金源に攫った子供を売ってる……。どうも、『本当の関東』の『正統日本政府』とも繋りが有るみたい」
     一応「日本政府」は名乗っているが、わざわざ、頭に「正統」を付けてる時点で「誰からも『正統な日本政府』だ」と見做されてない事だけは自覚してる連中。要はテロ組織か事実上のヤクザ。早い話が、昔、「異常な日本人」だと見做されても仕方ない事を自覚してるヤツほど、「日本を愛してるだけの普通の日本人」だと名乗ってたようなモノだ。
     もちろん、そこと仲良しの「英霊顕彰会」の通称である「靖国神社」も似たようなモノで、「火山灰の下の『本物の靖国神社』の後継組織を自称してるが、『中の人』でさえ、そんな事は信じてない」から、逆に「靖国神社」と云う呼び名が、これ以上無いぐらいの嫌味になっている。
    「冗談みたいだな……。おい、お前の親が心配して博多に来てる。今夜一晩は、ここに泊めてもらえ……って良いよな?」
    「えっと……うん」
    「それと、友達のGPSを何でお前が持ってる?」
    「逃げる途中で、ボクにコレを渡してくれた……。これが有れば、万が一の場合でも、正義くんのお兄ちゃんが助けてくれるだろう、って」
     そう言って、その子供は、携帯電話Nフォンを見せる。あたしが子供の頃のアニメに出て来た恐竜「タル坊」のデコケースの携帯電話Nフォン。確か、正義くんのでデコケースを作ったのは仁愛ちゃん。
    「明日、朝一のフェリーで本土に帰れ。そして、親にみっちり怒られろ。あと、友達の部屋から出るな。玄関のドアには内側からチェーンをしておいて、私達が帰って来ても、合言葉が違ってたらチェーンを外すな」
    「合言葉?」
    「そうだな……『次のいちご狩りは?』『来年の2月』でどうだ?」
    「わかった」
     荒木田さんは、テキパキと「香港の金持ちのガキ」らしき子供と、あたし達に指示を出す。
    「何か……その……こんな事慣れてるの?」
    「今年の4月に福岡の大学に入学するまでは、こんな事には縁が無かった……。けど、福岡に来てから、この手の騷ぎに巻き込まれたのは……これで、3回目か4回目だ」
    (5)「マズいです。ここ……『秋葉原』の中心部から……かなり離れてます」
    「えっ?」
     仁愛ちゃんのGPSを追って、あたし達が乗った車は、この「島」のほぼ中央を経由して「秋葉原」と「九段」を結ぶ通称「靖国通り」を走っていた。「本物の東京」に有った「本物の新宿」から「本物の市ヶ谷」「本物の九段」「本物の神保町」「本物の秋葉原」を経て「本物の浅草」までをつないでいた道路にちなんだ名前だ。
    「もう『島』の真ん中あたりです。……あ、もう『九段』に入った……」
    「何で、そもそも、『九段』のヤツが『秋葉原』で人攫いをやってるんだ?」
    「この『島』の4つの地区の内、マトモな警察が有るのが『有楽町』だけ。『自警団』が、一番、金も人の有る代りに、一番タチが悪いのが『九段』。そして『秋葉原』の『自警団』は、他の2つの『自警団』から舐められまくってる」
    「なるほど……」
    「俺の親父が生きてさえいれば……」
    「今更言っても仕方ないよ」
    「しかし……何だ……ここは?……ここが『九段』か?」
     周囲に有るのは、ケバケバしい和風の……正確には「日本人が思う『和風』」ではなく「日本を良く知らない外国人がイメージする『和風』」の建物。
    「そう……ここは、町自体がバカデカい神社 兼 外国人向け観光施設。それも『秋葉原』みたいな『自分の国では庶民』でも来れる所じゃなくて、大金持ち向けの。クソ金持ちが身元を隠して、かなりマズい『遊び』が出来る場所」
    「この車じゃ目立つか?」
    「今居る道路は、他の地区の車も通る所だから大丈夫だけど……脇道に入ったら……大半の車が高級車か業務用の車」
    「攫われた2人の移動速度は?」
    「動いてません。推定移動速度ほぼ0。検出誤差未満」
    「距離は?」
    「歩いて一五分ぐらい」
    「車から降りて歩くか……一番近い駐車場は?……なるべく無人のヤツ」
     そして、荒木田さんは、無人駐車場に車を止める。
     しかし、やっぱり、判る人が見れば、あたし達の車は目立つ。
     同じ駐車場に止まってる乗用車は、ほとんどが、中国・韓国・インド・台湾製の電動車EVの高級タイプ。ここ数年で急速に性能や品質がUPして、特に金持ち向けにバカ売れしてるヤツ。
     車種までは判らなくても、エンジンレスのイン・ホイール・モーター式なので、一応は高専生のあたしや勇気からすれば、タイヤを見れば一目瞭然な上に、車体の形そのものもガソリン車とは微妙に違う。
     もちろん、あたし達の車は、富士の噴火より前の型式の日本製のガソリン車だ。
     車を降りて歩き出すと、道のあちこちに、小さい「祠」が有った。噂では「九段」のあちこちに有る「祠」には、こっちの「自警団」が使う「式神」だか何だかが居るみたいなんだけど……。
    『「お姫様」、何か居る?』
    『居たとしても、わたくしや貴方には何の危険性も無い「モノ」かと』
    『つまり、勇気にとっては危険な「何か」が居たとしても見えない訳ね』
    『その通りです』
     そして、歩道の所々には「街路樹」が有った。外国人の金持ち観光客向けに「和風」をアピールする為の通称「バイオ山桜」。
     ソメイヨシノに似ているけど花が咲いてる時に葉も生える山桜をベースに、DNA操作やら特殊な育て方やらで、一年中花を咲かせる事が可能になった桜。
     もちろん、この夏の暑い盛りでも見事に花が咲いている。しかも、この「島」は九州沖とは言え北の方で、「本土」に近い日本海側なので、初雪は毎年一二月ごろだ。その結果、この「九段」で起きるのは、「町1つが巨大な神社」の筈の場所で、外国人観光客向けに桜と雪の両方が舞い散る中行なわれるクリスマス・イベントと云う、物凄い事態だ。
     しかも、無茶な遺伝子改造や育て方のせいで、この「桜」は、街路樹として使える大きさに育って数年後には「寿命」らしい。ここまで、馬鹿馬鹿しい技術の無駄使いは、そうそう聞いた事が無い。
    「しまった……歩きでも目立つか……」
     荒木田さんが、そう言った。
     そうだ……辺りに居るのは、ほぼ、外国人観光客。通称「靖国神社」の「従業員」も、若い女性の多くは巫女姿、接客係らしい男性は神主の正装で、肉体労働が主らしい「従業員」も男女を問わず作務衣なんかの和装だけど動き易い格好。出入り業者らしい人達も、勤め先の作業着や制服らしいものを着ている。
     早い話が、それほど高価たかそうじゃない普段着の洋服で……日本人……少なくとも「ネイティブの日本語をしゃべってるアジア系」は……あたし達ぐらいだ。
    (6)「監視されてるのか?」
    「みたい……」
    「ここです。この建物の地下」
     「靖国神社」の従業員達は、あたし達を見ると、どこかに連絡している。そう、「金持ちの外国人向けの観光地」であるここでは、「金持ちに見えない上に『従業員』でも『出入り業者』でもない『日本人』」は……あからさまな不審者だ。
    「和服着てるのは……1人残らず『敵』か?」
    「まぁ……他に言い方が無いけど……」
    「ここまで来る途中の監視カメラの場所は?」
    「一〇〇%とは言えないけど……大体は押さえてる」
    「私が人間の敵を何とかする。そっちは……監視カメラを何とかしてくれ」
    「了解」
    「ちょっと待て、何を……」
     荒木田さんは……すぅ……と深呼吸。
    『ねぇ、あれやって、あれ』
     その時、荒木田さんの「神様」が何か言い出した。荒木田さんは、一瞬、嫌な顔をする。
    「私が変な事をしても、気にせず、そっちの仕事をしてくれ」
    「えっ?」
    「最も明るき昼も……最も暗き夜も……如何なる悪も我が眼差しより逃れる事あたわず。悪しき力に魅入られし者達よ。畏れよ、我が力を……天照大神の光を……」
     荒木田さんが、そう唱えると……周囲の道端に居る「靖国神社」の従業員が次々と倒れる。
    「えっ?」
    「早く、監視カメラをブッ壊してくれ‼ 多分、人間の体温を死なない程度に上げるのはこっちが得意だけど、単純な熱量は、そっちの方が上だ‼」
    「わ……判った」
     続いて、あたしの能力ちからで街頭監視カメラから次々と煙が上がる。
    「突入するぞ。中に人間が居れば、私の能力ちからで感知出来る」
    「ねぇ、今の何? 昔のファンタジー漫画に出て来るような、そんな間抜けな呪文唱えなくて、あたし達、能力ちからを使えるよね?」
    「アメコミの『グリーンランタン』のパロだ……。こっちの神様は、ここ二〜三〇年ぐらいアメコミにハマってるみたいで、時々、アレをやらないと機嫌が悪くなる」
    「はぁッ?」
    「一体全体、何が、どうなってるんだよ⁉」
    「だから、『日本の神様』が、何でアメコミ・オタクなの?」
    「知らん。どうも、人間と『神様』じゃ『国』の定義そのものが違うみたいだ。どっちみっち、『神様』からすれば、人間の文化なんて、あっと云う間に変るモノだし、住んでる人間も結構あっさり入れ替わる。『日本の神様』でも『日本の古い文化』に愛着が有る訳じゃないし、外国の文化にハマる事も有るみたいだ」
    「訳がわかんないよッ‼」
     まぁ、とは言え、私の「神様」も、「日本の神様」なのにカトリックの信者で国籍は日本じゃない日系ブラジル人のあたしに取り憑いてる訳だけど。
    「取り憑かれてる私も、さっぱり訳が判らん。未だに、二〇一一年にライアン・レイノルズ主演の『グリーンランタン』の映画が制作中止になった事について愚痴ってる」
    「だから、何の話だよ⁉」
     事情を判ってない勇気が叫ぶ。
    「ともかく、子供らしいのが二〇人以上と大人の男が三〜四名、上の階に……大人の男が一〇名ほど地下に居る」
     あたし達は、窓や壁に和風……と言ってもあくまで「日本をよく知らない外国人がイメージする和風」の飾り付けがされた、屋上には神社もしくは神社風の外見のペントハウスが有る、5階建てのビルに入る。外見こそアレだけど、中身は普通の雑居ビルっぽい作りだ。
    「その……大人って、銃は持ってるの?」
    「すまん、私に感知出来るのは『生きた人間の存在』だけだ」
    「どうするのが良いと思う?」
    「敵が銃なんかを持ってると、私達の能力ちからが有ってもてこずる可能性が高い。下を急襲して……戦闘力を奪う」
    (7) 地下室への階段の踊り場の少し手前で、荒木田さんはあたしたちを制止した。
    「待て、下から3人ほど来てる」
     次の瞬間、誰かが倒れる音。
    「やっぱりバレてたの? この建物の中の防犯カメラも見付け次第、壊してるんだけど……」
    「逆に、いきなり防犯カメラがブッ壊れれば、何か怪しいと思うだろ」
     続いて、また、数人が倒れる音。
    「防犯カメラをブッ壊すのは、あくまで、証拠を残さない為」
     また誰かが倒れる音。
    「攫われた子供を助けた後に、私達が狙われないようにする為だ」
     更に誰かが倒れる音。
    「防犯カメラが次々と壊れたら、逆に怪しむヤツが出る……あ、そうだ……地下室の連中は、ほぼ全員気を失なった」
    「なぁ、一体全体、何がどうなってるんだ?」
    「どこまで話したらいいと思う?」
    「私達の『力』が『魔法使い』だの『超能力者』だのの『力』とは違う、と言って理解してもらえるか?」
    「いや、その事に関しては……あたし自身がよく理解出来てない」
    「つまり、その……レナもどう説明したらいいか、よく判ってない、って事でOK?」
    「概ね……。何なら、後でプレゼン資料作ろうか?」
    「とりあえず、こいつらの懐を探ってくれ。銃を持ってたら全部奪って、携帯電話Nフォンが有ったら残らずブッ壊す」
     階段の踊り場のすぐ下から地下室にかけて一〇人近い男達が倒れていた。
    「懐探るのはいいけど、現金入りの財布が有ったら?」
    「好きにしろ。但し、クレカや電子マネーはマズい。使うと足が付く」
     この暑い季節なのに背広姿の奴らが半分ぐらい。残りは「靖国神社」職員の作業着である作務衣風の服。
    「なぁ、勇気くんだっけ、今更だけど、君は戦闘訓練とか受けてる?」
     荒木田さんは勇気にそう聞いた。
    「いや……受けてなんかないです……」
    「実は変身能力とかが有るなんて事は……?」
    「有る訳無いです」
    「魔法や超能力も無し?」
    「当然です」
    「そっちの携帯電話Nフォンの電波は地下でも通ってる?」
    「ええ」
    「はい」
    「判った、じゃあ、私が上に行く。2人は監視カメラの様子を見てて。何か有ったら、私に連絡してくれ。あと、念の為だ。ここのPC上のデータでぶっこぬけるモノが有ったら、片っ端からぶっこぬいといてくれ。レナ……ちゃんでいいかな? 君は私以外の誰かが地下室に来たら、勇気君を護れ。」
     そう言って、荒木田さんは私達にUSBメモリを渡した。
    「あの……妙に手慣れてません? と言うか、手慣れ過ぎでしょ……」
    「ひょっとして……その……『本土』の『御当地ヒーロー』か何か?」
     あたしと勇気は、携帯電話Nフォンの連絡先を交換しながら、荒木田さんに聞いた。
    「いや……その……『御当地ヒーロー』見習いだったヤツと知り合いで……前に巻き込まれた騷ぎの時に助けてもらった」
    「いくら何でも、変な知り合いが多過ぎませんか?」
    「ああ……その……たまたま、変な知り合い2人が姉妹きょうだいだったんだ。姉が元『御当地ヒーロー』見習い。妹が私みたいな力の持ち主」
     そう言った後、荒木田さんは階段をかけ登って行く。
    「どう言う姉妹きょうだいだ?」
    「そもそも、どんな家なの、その姉妹きょうだいの家って?」
     あたしと勇気は顔を見合せてそう言った。
    (8) 最上階の監視カメラから送られてくる映像の中では、部屋に居る大人がバタバタと倒れている。
    「な……何だよ、このチート……」
     勇気は呆れているが、あたしは、それどころじゃなかった。マズいよ……これ……。
     その時、勇気が携帯電話Nフォンを取り出した。
    「はい……えっと……違います。違います。その子も違います……」
     画面を見ながら、そう言い続ける勇気。
     あたしは仁愛ちゃんの携帯電話Nフォンに電話をかける。
     監視カメラの画面に映っているのは、通知音に気付いたらしい荒木田さんの姿。……そして……通知音の発信源を探してるらしい荒木田さん。
    「あ……えっと……。レナ……仁愛の携帯って見た事有る?」
    「あのさぁ……自分の妹でしょ。まぁ、いいや、ちょっと見せて……」
     勇気の携帯電話Nフォンの画面に映ってるのは……あたしが子供の頃のアニメに出て来た恐竜「ガジくん」のデコカバーの携帯電話Nフォン。そう、正義くんの携帯電話Nフォンのデコカバーの「タル坊」と同じアニメのキャラだ……。
    「仁愛ちゃんの……。あと……すぐ下に来て。PCのデータにエラいものが有った」
     数分後、勇気は頭を抱え、荒木田さんは子供をゾロゾロ連れて現われた。
    「どうするの、その子供たち……?」
    「気付いとくべきだった……売り飛ばす為の『誰でもいい』誘拐なら……他にも子供が居るって……」
    「ともかく、正義くんと仁愛ちゃんは、もう他所よそに移されてる、これを見て」
     PCの画面には……気を失なって裸にされてる子供の写真と「入荷時間」だの「出荷先」だのと云う、この状況では禍々しさしか感じない言葉が書かれたファイルが表示されていた……。と言うか、このファイルを見付けて表示したのはあたしだけど。
     まず、あたしは、「入荷時間」が勇気くんと仁愛ちゃんが家を出てから今までの間のデータを探した。その中から、「出荷」が終ってるのを更に絞り込む。そして……。
    「あの……この意味って判ります?『用途』の『CS』と『G&PL』……。あと『出荷先』の『LJG』」
    「ちょっと待って……知ってそうなヤツに聞いて……」
     そう言って荒木田さんは電話をかけた……。そして……。
    「すまん……変な事聞くけど……犯罪組織絡みでこう言う略語を聞いた事無いか?『CS』『G&PL』『LJG』」
    『あんた……今……どこで何をやってるんだ?』
     どうやら、荒木田さんが音量を最大にしてたみたいで、相手の声はあたし達にも聞こえた。
    「おい、齢上に『あんた』って何だよ⁉」
    『まずは、質問に答えろ。声の調子からして一刻を争う事態だろ。今、どこで何をやってる?』
     荒木田さんの携帯電話Nフォンから聞こえてきたのは……あたしと同じ位の齢の……けど妙に落ち着いた女の子の声。
    「Neo Tokyoの『千代田区』の『九段』で……ちょっと厄介事に巻き込まれて……」
    『厄介事って?』
    「児童誘拐……」
    『最悪だ……。「CS」は、多分、Child Soldier……つまり、少年兵の略。「LJG」はテロ組織の『正統日本政府』の略称。で……「G&PL」は……あんたが居る「九段」でやられてる下衆な見世物だ』
    「何だ……えっと……まさか、児童ポルノとかそう言う……」
    『同じ位マズいモノだけど、マズさのベクトルが違う……。未成年の女の子を戦闘用パワーローダーに乗せて戦わせる見世物だ」
    「おい、待て、『G&PL』って一体全体、何の略だ⁉」
    『Girls & Power Loders。「見世物」に使われる女の子は、貞操の危機じゃなくて命の危険があるような代物だ。あと、「操縦者」はロボトミー手術をされる可能性大』
    「え……」
    「冗談でしょ……」
     あぁ、そうか……こんな時は……泣いたり叫んだり出来なくなるんだ……頭が真っ白になって……。膝がガクガクしてる……椅子に座ってて良かった……。多分、立ってたら……倒れるか、座り込んでた……。
     正義くんは……少年兵としてテロ組織に売られ……仁愛ちゃんは……「出荷先」こそ「『九段』内」だが「貞操の危機じゃなくて命の危険があるような」見世物に使われる……。しかも……えっと……ロボトミー手術って確か……。
    (9)『誘拐されたのは……誰だ?』
     携帯電話Nフォンの向こう側の声はそう言っていた。
    ヒゥの……友達と……その姉だ……」
    『今の状況は?』
    「現在、誘拐犯のアジトの地下室。アジト内の誘拐犯グループと思われる連中は全員無力化済み。しかし、目的の子供2人は既に別の場所に移された後。なお同行者2名に……救出した関係ない子供が二〇名以上。あと、多分だけど……建物を出たら……街中全てが敵だ」
    『街から脱出する手段は?』
    「子供は2人だけだと思ってたが……見通しが甘かった。足はライトバン1台」
    『そっちって、公共交通機関はバスと地下鉄だけだったな』
    「ああ」
    『仕方ない。まずは、その「アジト」とやらを出ろ。子供と同行者の命を最優先で行動してくれ。とりあえずは、あんたの能力で「アジト」の外に人が居るか確認しろ』
    「居ない……。どうなってる? 通行人すら居ないぞ」
    『下手したらガスを撒かれてる可能性が有るな……。毒ガスか……非致死性でも催涙ガスか麻酔ガス』
    「私が上に出て確認する。何も無ければ同行者に連絡するが……」
    『その「アジト」の状況が良く判らんが、外に出るまで時間はどれ位かかる?』
    「3分以内」
    『ガス以外だと……後は……ドローンか……。空気を吸っても大丈夫でも、それらしい音なんかに注意してくれ。もし、あんたが無事で済まなかった場合の方法は今から考える。同行者との連絡手段は?』
    携帯電話Nフォンが、もう1つ有る」
    『判った。通話は切らずに、今使ってる携帯電話Nフォンを同行者に渡してくれ』
    「もし、外が大丈夫そうだったら、コレで連絡する」
     そう言って荒木田さんは仁愛ちゃんの携帯電話Nフォンをあたしに見せて、自分の携帯電話Nフォンを置いて外に出た。
    「あ……あの……貴方が……荒木田さんが言ってた『本土』の『御当地ヒーロー』見習い?」
    『あいつ……自分の本名をバラしたのか?』
    「えっと……正義くんと仁愛ちゃんが誘拐される前に……こんな事態になるなんて予想もしてなかった時に……」
     携帯電話Nフォンの向こうからは溜息。
    『{\bf 元》「御当地ヒーロー」見習いだ』
    「えっ?」
    『訳有って師匠に破門された』
     その時、あたしの携帯電話Nフォンが鳴った。相手の番号は……仁愛ちゃんの携帯電話Nフォン
    『上は何とも無い。人っ子1人居ないのが気になるが。周りの建物の灯りもいてない』
    「判った……。もしもし、荒木田さんから連絡あり。上は大丈夫そうみたい」
    『了解。注意して外に出て来れ。もし、そこが安全なら、外で何か有ったら、すぐにそこに戻れ』
    「はい。みんな、上に行くよ」
     深呼吸をして立ち上がる勇気。まだ訳が判んないみたいだけど、ゾロゾロとついてくる子供たち。
     そして、外に出た途端……。
    「お……おい……レナ……あれ何だよ? 外は大丈夫だって言ったよな?」
    「え? 何も無いじゃん……」
     しかし、勇気だけじゃなくて助け出した子供たちもざわついてる。
    「しまった……まさか……。私の携帯電話Nフォンを勇気君に渡して、何が見えてるか説明させてくれ」
     外で待っていた荒木田さんがそう言った。どうやら、荒木田さんも「何も見えていない」みたいだけど、何が起きてるかは予想が付いたみたいだ。
    「えっと……何か……半透明なゾンビみたいなのが何匹も宙に浮いていて……こっちに向かって来てて……」
    ひかるに……私の仲間に伝えろ‼「浄化」の力を、辺りに広く薄く撒き散らせ、と』
    「聞こえてる‼ 了解した‼」
     荒木田さんがそう叫んだ途端、辺りで次々と爆音と閃光。
    「まだ居るのか?」
    「居ます」
    「どの辺りに?」
     勇気が前の方を指差す。
    「クソッ‼」
    『待て、光以外にも死霊が見えないヤツが居るのか?』
    「はい、あたし。何が起きてるか判んないけど、とりあえず見えない」
    『あんたの力は何だ? 単に霊感が常人以下なだけじゃないなら……まさかと思うが、あいつの同類か?』
    「うん。とりあえず、炎と熱を操れる」
    『判った。光、見えてる誰かに指示されてる方向に「浄化」の力を放ってくれ。見えてない誰かさんは……熱で空気を膨張させる事は出来るか?』
    『何とかなるかと』
     横から、あたしに取り憑いてる「お姫様」が口を出すが、あたしと荒木田さんにしか聞こえない以上、当然ながら携帯電話Nフォンごしに伝わる訳が無い。
    「何とかなりそう」
    『じゃあ、もし、デカい爆発が起きたら、あんたの力で……空気を熱膨張させて、爆風や衝撃波を打ち消せ』
    「えっ⁉」
    「手順は理解したか? いくぞ、どっちだ?」
    「まず、あっちです‼」
    「だから……どうなってんの?」
    『そこらに居る「何か」は、多分、あいつの力で「浄化」出来るモノだ。あいつは、その手のモノを「浄化」する力を、ほぼ無尽蔵に放てる。だが、困った事に、当のあいつ自身は……その手の悪霊や死霊や魔物の類が……全く見えないんだ。あいつにとっては、その手の代物は「自分に害を及ぼせないので認識する必要すらない」程度の小物に過ぎないんでな』
     ……何だよ、そのチートなのか使えないのか判断に困る「能力ちから」は?
     ところが、次の瞬間……。
    『そして、あいつの力で、その手のモノが「浄化」される時……副次的に……爆発が起きる。やれ、さっき言った事を』
    「うわああああああ‼」
     あたしは「爆発」と、あたしたちの間の「空気」を熱で膨張させる。爆音は……更に大きくなったが……あたしたちは何とか無事だった。
    (10)「生きた人間は居ない。少なくとも……この周囲には……」
    「さっきのお化けみたいなモノも消えた」
     荒木田さんと勇気はそう言った。
    「みんなも何も見えない?」
     子供達は首を縦にふる。
    「じゃあ、行くか……」
    「行くって……どこに……?」
    「この人数が乗れる車をどこかで奪うしか……嘘だろ、隠れろ」
     地面が揺れる。そして……足音。しかし、人間のものにしては大き過ぎる。
    「あ……そう言えば……ここで……その……」
    「あれを使った『見世物』をやってるとか言ってたな」
     それは……一応は「人」の形をしていた。しかし……問題は……背丈が4mで全身を装甲で覆われている事。
    「中に人は居ない……無線で操作されてる」
    『何が居る?』
    「戦闘用パワーローダー。……とりあえず1台だけ」
    『さっきの要領で、空気を熱膨張させろ。そいつが爆音に反応したなら、あんた達が居るのと、反対の方向に引き付けろ』
    「判った」
     あたしは言われた通りに爆音を次々と起した。すると、パワーローダーは爆音の方向に歩いていった。あたしは、爆音を更に発生させ……やがて……パワーローダーの姿は薄闇の中に消え……あぁ、そうだ……もうこんな時間か……。
    「行くぞ……とりあえず……車が無事かどうかだけでも見に行くか」
    「あの……もし、他に車を入手出来たら、あの車……」
    「ここに残してたら、それを手掛かりに身元を知られる。始末するしか無い」
    「あ……でも……あれが無いと……近所の人達が色々と……」
    「どうしたモノかな……とりあえず駐車場まで行って考えよう」
     そして、およそ一五分後……。
    「やっぱり、こうなったか……」
     駐車場には軍隊の戦闘服っぽい迷彩模様のツナギを来た男が一〇人近く居た。そして、駐車場の車の中で、あからさまに浮いている、あたし達の車を取り囲んでいる。ある男は特殊警棒を、別の男は木刀を……更に別の男は拳銃や小型の機関銃を持ってる。
     一端、建物の陰に隠れてたあたし達だが……。
    「マズい……バレたか?」
     男達は、あたし達の方向に近付いて来る。しかも、誰かと無線で話しながら……。
    「でも、どうやって?……監視カメラは潰した筈」
    「……なあ……馬鹿な事を聞いていいか? この辺りって、ネズミって多いのか?」
     荒木田さんが、いきなり変な事を聞いてきた。
    「えっ?」
    「私は……その……生物の生命力みたいなモノを感じ取る能力ちからが有る。……人間は全然居なかった……けど……」
    『さっきから、ずっと付いて来てる、文字通りの「ネズミ」が居た訳か……。多分、そいつを通して、あんた達を監視してたまじない師が居たんだろう』
    「どうすればいい?」
    『こっちも、今、考えてる。まずは……そのネズミを……』
     その時、連れていた子供達がざわめき出す。
    「変だ……そのネズミが死んだ」
    『はぁっ⁉』
    「嘘だろ……あいつは……見た事有る……そんな……」
    「勇気……今度は何が見えるの?」
     今度も、あたしには見えない。荒木田さんも見えてないみたいだ。そして、勇気と子供達には見えてる。
    「えっと……顔は雄ライオン。背中には天使みたいな翼。胴体はビキニアーマー付けた女。下半身は蛇。半透明で全身から黄緑の光を出してる」
    「そいつが何をした?」
    「そいつの放った矢みたいなモノが、そこに吸い込まれて……」
     勇気は、あたし達の背後うしろの方の地面を指差した。そこに転がっていたのは……ネズミの死体。
     続いて、あたし達に近付いて来る男達と、駐車場に残っていた男達が騷ぎ出す。そして……男達は……次々と倒れた。
    「何か、変な感じはしなかったか? 私が『力』を使った時みたいな」
     荒木田さんは、あたしにそう聞いた。
    「いえ……全然」
    「そうか……敵か味方かは判らんが……どうやら、この街の連中と対立している{\bf 普通の魔法使い》が居るようだ。私達は{\bf 普通の魔法使い》が使う『魔力』みたいなモノを感じられないが……{\bf 普通の魔法使い》の方にも、私達が力を使った気配みたいなモノは感知する手段は無いらしい」
    「あの……{\bf 普通》って何?」
    「さあな……私達が生まれる前……二一世紀最初の年に……全世界が何が『普通』か判らない時代に突入してる。……あと……勇気君、今、見えてるモノに見覚えが有るのか……?」
    「はい……」
    「いつ、それを見た?」
    「俺の親父が死んだ時……アレは俺の親父を殺したモノです……。『神保町』の自警団の首領の……使い魔です」
    (11)「で……あの人達も……死んだの?」
    「1人だけ生きてる奴が居る。あのトラックの陰だ」
     荒木田さんが指差したトラックは業務用みたいで、「飲食店用消耗品 卸売 イワサキ商店」と云うロゴが描かれていた。
    「さっきのビルの奴らから奪った拳銃、まだ有るか?」
    「はい」
    「居るのは判ってる。出て来い。こいつらを呪い殺したのもお前か?」
     荒木田さんは、あたしから受け取った拳銃を構えると、そう大声でそう言った。
    「素人の構え方だな。何で覚えた? アニメか? アクション映画か? それとも、何かのゲームか?」
     若い男の声。そして、声の主らしい男がトラックの陰から姿を見せた。
     明る目の灰色の作業着に同じ色の帽子。作業着の胸のポケットの辺りと、帽子には、トラックに描かれているのと同じロゴが入っている。
    「この大騒ぎの原因はお前らか? まぁ、いい。逃げ場に困ってるなら助けてやる。ただ、後で事情は聞かせてもらう。あと、少し手伝ってもらえるか?」
    「待て……お前……」
     勇気が、その男を見て飛び出しかけた。
    「落ち着け……そもそも、君の父親を殺したヤツだと言ってたが……奴は君の顔を知ってるのか?」
    「……それが……変です。『使い魔』は俺の親父を殺したヤツなのに……あいつは……俺の親父を殺した『魔術師』じゃない。俺の親父を殺したのは……女でした」
    「そうか……。おい、そもそも、あんたは誰だ?」
    「今からやる事を手伝ってもらえば判る」
     そう言って、その作業着の男はトラックの中から何かを取り出し始めた。
    「すまん、こっちのホースを、このポリタンクに繋いでくれ」
    「判った」
     男が取り出したのは、五リットル入りぐらいのポリタンクと、そのポリタンクと同じ位の大きさで、2本のホースが出ている何かの機械。
    「見た事有る?」
    「さぁ?」
     荒木田さんは、男の指示に従って、機械のセットアップを手伝っているが……高専の機械科の筈のあたしと勇気にも、何の機械か良く判らない。
    「すまん、ちょっと離れてくれ。近くに居ると、あんたの服が汚れるかも知れないんでな」
    「判った」
     男がそう言うと、荒木田さんは、あたし達の所に戻って来た。
    「あれ、何の機械でした?」
    「判らん……。ただ、ポリタンクには『消毒用エタノール』と書いて……」
    『おい……何%のヤツだ?』
     携帯電話Nフォンの向こうの誰かが質問。
    「九〇%って書いてあった」
    『消毒用にしては濃度が高過ぎる。念の為だ。そっちに向けて、火をブッ放された場合を考えて対処する準備をして……』
    「ああ、だけど……自分のトラックに消毒用アルコールをかけてる」
    『はぁ?』
     するとトラックに描かれていたロゴが段々と流れ落ち……その下から現われたのは……。
    「何だ、あのマークは?」
    「『秋葉原』の自警団『サラマンダーズ』のマークです」
     トカゲにも、ドラゴンにも見える赤いマークだった。
    「すまん、反対側もやるんで、これ運ぶの、誰か手伝ってくれ」
     男は、あたし達に、そう声をかけた。
    (12) 作業を終えると、男はポリタンクと機械を仕舞い、そして作業着を一度脱ぐと裏返しにして着なおした。裏側も作業着っぽいデザインだけど、色は黒。そして、その背中にも、やはり『秋葉原』の自警団『サラマンダーズ』のマークが有った。
    「子供達はこのトラックに乗せろ。とりあえず、『神保町』までなんで、そんなに時間はかからない」
    「いや……でも……このトラックにかれてるのは……?」
     何が何だか判んないまま、まず浮かんだ疑問を口にするあたし。
    「そもそも、最初から何か変だ。今の『サラマンダーズ』に『靖国神社』と喧嘩する度胸は無い」
     続いて勇気も当然の感想を口に出す。
    「まぁ、子供の安全が優先なら……こうするしか無いか……。あ……そうだ……すまないが……車のナンバープレートを偽物に交換する方法は有るか?」
     荒木田さんが男に聞いた。
    「えっ?」
    「多分、もう、この車のナンバーは『靖国神社』とやらに知られてる。けど、事情が有って、この車を捨てる訳にはいかない」
    「あんた……素人なのか手慣れてるのか判んないな」
     子供達はトラックのコンテナの中に入り、あたしと勇気は、ここに来るのに使ってた車に乗った。
     トラックは一端「靖国通り」に入った後、更に「島」の4つの地区を結ぶ環状道路・通称「昭和通り」に入った。
    「この車の色も早めに塗り替えといた方がいいな」
     「昭和通り」に入った辺りで、荒木田さんがそう言った。
    「は……はぁ……」
    「でも……あいつ……一体……?」
    「『靖国神社』とやらと『サラマンダーズ』とやらに大喧嘩して欲しい誰かだろ」
    「ちょっと……それ、あたし達にとっては超迷惑ですよ‼ あたし達の町で『自警団』同士の抗争が始まるかも知れないんですよ‼」
    「それと……後方うしろから付いて来てる車は何だ?」
    「えっ?」
     背後うしろには黒塗りのSUVがゾロゾロと居た。続いて、そのSUVの1つに箱乗りになって、しかも片手で拳銃を構えてるオッサンが……。
    「さっきの方法で何とか出来るか?」
    「やってみます」
     あたし達の車とSUVの群の間の空気を熱膨張させる。
     爆発音。
     続いて、車がスリップする音が複数。
     更に衝突音がいくつも。
     大半が電動車なので、ガソリンその他による爆発は起きないが……当分、「昭和通り」は通行止めだろう。中には反対車線に入ってるSUVもいくつか有る。
     そして、トラックは「昭和通り」を降り「神保町」の中に入った。
    「やっぱり……こう言う事かよ」
     トラックを追って付いた先は……。二百年ぐらい前のヨーロッパなら違和感は無いだろうけど、雑居ビルっぽいのがほとんどの周囲の建物から明らかに1つだけ浮いている、白い大きな建物。
     そして、建物のあちこちに有るのは薔薇の花と+を組合せたマーク。
    「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ……『神保町』の『自警団』だ」
     そう……ここのリーダーは……勇気の父さんを殺した人……。
     あたし達を、ここに案内した男が、トラックから降りるのと、ほぼ同時に、建物の中から一〇人以上の人達が出て来た。多分、全員が二〇代から三〇代。男女比は五・五:四・五〜六:四ぐらい。
    「魔導師会って割に……普通の格好だな……」
     そう、着ている服は人によって違うが、どれも、昼間に町中で見掛けてもフツ〜な感じのラフな服装なだ。
    「さてと……君達が……問題の爆弾魔か……。厄介な事をしてくれたな」
     そう言ったのは一同のリーダーらしい眼鏡をかけた三〇代ぐらいの女の人……あっ、まさか……かすかに見覚えが……。
    「テメエェェェ……ッ‼」
     その人を見た途端、勇気は走り出した……が、途中で膝を付く。
    「私に怨みが有るのか? すまないが、心当りが多過ぎるんでな。正当な恨みも、不当な怨みも」
    「お……俺は……石川智志さとしの息子だッ‼ そう言えば判るかッ⁉」
     その人は……一瞬、キョトンとし……続いて空を見上げて何かを考えるような表情……最後に勇気の方を見る。
    「やれやれ……こんな日が来るかも知れんとは思っていたが……」
    (13) あたし達は、身体検査をされた後、会議室らしき所に連れて来られた。もちろん、「靖国神社」の「従業員」から奪った銃器類は全て取り上げられた。
     いや、しっかし、この部屋は、マジで普通の会議室。飾り気の無い長机に、飾り気の無い椅子。まぁ、どっかの会社に有るモノと云うより、お洒落っぽい喫茶店あたりに有りそうな感じの木製の机と椅子だけど。
     よく見ると、机には電源とLANの口がズラズラと……。
     そして、部屋の奥には、プロジェクターにスクリーンにTVを兼ねてるらしい大型のモニタ。
     壁はシンプルな白系統の色で、床も模様なしの絨毯。
     えっと……ここ……魔導師会……だよね……。並んでるのも普段着の人達がズラっと……。
    「本名は黙秘しても良いか? と言いたい所だが……」
    「先に、その小僧に言っておくべきだったな……『うかつに身元を明かすな』と」
     荒木田さんと、リーダーらしい女の人は「ところで、会議のメンバーはこれで全員ですか?」みたいな感じの口調で、そう話す。
    「で、こっちは本名を名乗らなくてもいいよな? 良く知られてる『身元』は『薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ』総帥グランド・マスター・7=4……早い話が、ここのリーダーだ。『魔導師』としての名は被免達人アデプタス・イグセンプタス『エメラルドの永劫アイオーン』」
    「中学生が考えたラノベの設定か? そもそも、あんたに話しかける時は、その大仰な名前を使わなきゃいけないのか?」
    「……総帥グランド・マスターでいい」
    「判ったよ、『お山の大将』」
    「イキった所で、爆弾を使い果たした『爆弾魔』に何が出来るんだ?」
     そうか……確か、荒木田さんが言ってた。
     この人達の「魔法」と、あたしや荒木田さんの「能力ちから」は……傍目には似てるけど、実は全然違うモノ……。あたし達は、この人達が「魔法」を使った気配みたいなモノを感じられないし、この人達の「使い魔」は見えないが……逆も成り立つ。
     この人達にとっては、あたし達がやった事は……「誰も魔法を使ってないのに、何故か爆発が次々と起きた」。その状況では、まぁ、あたし達を日本に二〜三〇人しか居ない「能力ちから」の持ち主だと考えるより「爆弾魔」だと考える方が自然だろう。
    「で、一体全体、あんた達が、どう云う意図で何をやったか、洗いざらい白状ゲロしてもらっていいかな?」
    「話してもいいか……?」
     荒木田さんの問いにうなづくあたしと勇気。
     そして、荒木田さんは、これまでの経緯を話した。ただし、一部脚色有り。あたし達の「能力ちから」については「爆弾」と云う事にした。個人情報も既にバレている勇気の身元以外は極秘。
    「何か隠してる事有るだろ?」
    「黙秘する」
    「ここは警察で、お前らは弁護士を呼べて、私達が無茶をやれば検事か裁判所からクレームが来るとでも思ってるのか?」
    「身体検査が甘いな……。はい、紹介しよう。私達の担当弁護士のスタン・ガンさんだ」
     荒木田さんの手にはは、キーホルダーが握られていた。……いや、一見、百均でも売ってそうなLEDライト付のキーホルダーの少し大きめのヤツだけど……。
    「だから、イキがって何の意味が有る? それが本当にLEDライトに偽装したスタンガンだとしても、その大きさでは、一発使えば電池切れで、しかも威力は小さい。ついでに本当に使う気が有るなら、何故、わざわざ見せた?……どうやら、本物の馬鹿か、さもなくば、こっちが想像も付かない隠し玉が有るかのどっちかのようだな……」
     そう言って、その「総帥グランド・マスター」だか「お山の大将」だかはTVのリモコンらしきものを操作した。
     大型モニタには「島」内向けのケーブルTVのニュース専門チャンネルが映った。
    「『九段』地区で起きた爆破テロは依然として犯人は不明。目的も不明です。『九段』地区の自警団の発表では、『魔法』『超能力者』系の異能力によるものでないと見られており、爆弾を使用したらしいものの、爆薬や部品の種類・入手先などは不明です。これを受けて、明日より、『有楽町』の港では手荷物や車の貨物の検査が行なわれる事になりました。また、犯人のものらしきトラックに『秋葉原』の自警団のマークが有ったとの情報も有りますが、『秋葉原』の自警団は、これを否定しています」
     TVのアナウンサーはそう説明していた。
    「と言う訳で、今や、お前らは、この『島』の台風の目、生きたお宝マクガフィンだ。お前らが、ただのイキがった馬鹿だとしても、『靖国神社』の関係者や、『靖国神社』に恩を売りたい誰かに『爆弾魔』だとバレれば、どうなるか判ってるよな?」
    「そして、たまたま、『九段』に潜入してたここの下っ端が、私達を追っていたネズミに憑依してた式神だか何だかの気配を感知して……結果的に私達を見付けた訳か……」
    「そう言う事だ。とは言え、助けてやったはいいが、私達にとっても、あんた達は扱いに困る。慈善事業じゃないんで、当然ながら、その坊主の弟や妹を取り戻す事はしない。しかし、『靖国神社』にあんた達を引き渡す気は無いし、かと言って、このまま、あんた達を自由にする気も無い」
    「あんた達にとって、私達をどう利用すべきかは……今後の状況次第って事か……」
    「判ってるじゃないか。なので、解放はするが……監視は付けさせてもらう」
     そして、「魔導師」の1人が立上る。あたし達を、ここまで連れて来た人だ。しかし、手には……「魔導師」らしからぬ玩具おもちゃの銃器のようなナニか……。
    「小僧……動くなよ」
    「えっ?」
     その男は勇気の後に立って、片手で勇気の頭を押さえ、もう片方の手で、勇気の首筋に「玩具おもちゃの銃器」の「銃口」を近付ける。
     そして、その「銃口」は何かを探しているように動き……続いて「玩具おもちゃの銃器」から電子音。男は「引き金」を引いた。
    「いてっ‼」
    「終りました」
    「何の……呪いだ?」
    「『魔法』じゃない……科学技術の産物だ……。その小僧の首筋に小型GPSを埋め込んだ。一週間は動作し続ける。言っておくが、頚動脈のすぐそばなんで、素人が下手に取り出そうとしたら……ちょっと手元が狂っただけで面白い事になるぞ」
    「やれやれ……で、あの子供達はどうする?」
    「ほとぼりが冷めたら、こっちで家族を探すか……『本土』の児童養護施設に送る。確か……佐賀の鳥栖だったかに……良心的な所が有るみたいなんでな。ああ、そうだ……1つだけ良い事を教えてやる……。『靖国神社』が攫った子供を『島』外に『出荷』する時は……通常、『九段』の小型港から、漁船を装った船を使う。流石に奴らでも、普通のフェリーに攫った子供を満載したトラックを乗せたりはしない。……貨物検査が有る時は特にな……」
    便所のドア Link Message Mute
    2021/05/01 11:22:31

    第一章:宿怨 ― Hereditary ―

    平行世界の「東京」ではない「東京」の千代田区・秋葉原。 父親の形見である強化服「水城(みずき)」を自分の手で再生させる事を夢見る少年・石川勇気と、ある恐るべき「力」を受け継いでしまった少女・玉置レナは、人身売買組織に誘拐された勇気の弟と妹と取り戻そうとするが……。
    失なわれた「正義」と「仁愛」を求める「勇気」が歩む冥府魔道の正体は……苦難の果てにささやかな誇りを得る「英雄への旅路」か、それとも栄光と破滅が表裏一体の「堕落への旅路」か?
    同じ作者の「世界を護る者達/御当地ヒーロー始めました」「青き戦士と赤き稲妻」と同じ世界観の話です。
    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

    #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア #パワードスーツ

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    OK
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品