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    第一章:ルーズ戦記序章:しんどい系(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)序章:しんどい系「あ……あの、十三回忌は去年ですよ」
     その土曜日に、親父とお袋、兄貴夫婦、兄貴の子供達がまとめて入ってる納骨堂が有る寺に行って、住職に法事をやる場合の費用を相談した。
     ひょっとしたら、法事を理由に仕事を休めるかも知れない……そんな一縷の希望を抱いていたのだ。
     けど、住職が記録を調べて、まず言った一言がそれだった。
    「え……っと……そうでしたっけ?」
    「十三回忌って言いますけど、十二年目の命日です」
    「あ……そうだったんですか……」
     就職して一人暮しを始めて2〜3年目、俺の家族は皆殺しにされた。
     しかし……警察からその事件の説明を何度受けても良く判らなかった。
     実家の防犯カメラの映像からして……犯人は独立系ヒーロー……いわゆる「正義の味方」達の組織に属さずに「正義の味方」活動を行なっている者……だった「クリムゾン・サンシャイン」本人か、そのコスプレをした何者かだったらしい。
     殺され方は……あまりに酷い代物だった……。犯人は、血も涙もない異常者なのは確実だ。その証拠に、犯人はについて、頭をフル回転させた、としか思えない状況だったのだ。
     流石に兄貴夫婦の年端もいかない子供達は一撃で楽に死なせたらしかったが、殺された事には代りは無い。
     その数日後に……いや、今でも、俺の家族が殺されて数日後に、第一発見者の1人だった当時の久留米市長の息子がクリムゾン・サンシャインのコスプレをして市役所で起こした虐殺事件との関連については良く判らないし……ネット上でも諸説有る。
     親父は久留米市議会の最大会派のリーダー格だったが……次の市議会選挙でその会派は壊滅。
     更なる問題は、俺の勤め先が……親父のコネで入った今時めずらしい理不尽企業だった事だ。
     政治家になれる可能性が無くなった俺は、勤め先から「その他大勢」として扱われる事になった。
     なお、俺の会社で「その他大勢」として扱われるとは「奴隷」と云う意味だ。
     しかも、後ろ盾の有る幹部候補だったのが、あれよあれよと云う間に「奴隷」だ。
     寺を出て、バスに乗って、西鉄久留米駅前まで着いた所で携帯電話ブンコPhoneに上司から着信。
     言うまでもなく、俺の位置情報は勤め先に把握されている。
    『おい、次の電車に乗って会社まで来い。金曜までに終える予定の仕事が終ってないだろ』
    「あ……あの……残業代は諦めますので……せめて……健康診断に……」
    『はぁ? 馬鹿かお前は?』
    「い……いや……でも……3ヶ月連続で残業時間が九〇時間を……」
    『あのな、お前、そんな甘い事を言ってるから、その齢で係長にも成れないんだよ』
     正確には、コネ入社だったお蔭で……親父が死ぬ半年ほど前に課長補佐になれてたが……「将来、政治家になれる可能性はほぼ0」になった時点で平に降格された。
    「わかりました……」
     たすけてくれ……せめて……昼飯ぐらい……。
     しかし……公的機関に駆け込む訳にはいかない。
     ウチの会社は裏でロクデモない事を色々とやっており……それには俺も関わっている。
     ウチの会社を潰そうとすれば……俺も手錠に腰縄で……ああ……どこの警察機構けいさつの御世話になるのだろうか?
     その時、携帯電話ブンコPhoneに通知。
    「ん?」
    『公的機関からの重要書類を送付予定です。受取方法を指定して下さい。なお、自宅で受け取る場合でも本人証明が可能な書類が必要になります』
     Meaveメッセージアプリには、そう表示されていたが……ま……待て……何だこりゃ?

     夜中の3時過ぎに、郵便局の二四時間窓口で、その書類を受け取った。
    「な……なんだ……なんなんだよ……これ……?」
     俺は昔の出来の悪いマンガみたいに思った事を口に出してしまった。
     でも、本当に、そんな馬鹿みたいな真似をせずにはいられない馬鹿馬鹿しい事態だ。
    『貴方は公正な抽選により九州7県・特殊武装法人監査委員に選ばれました。貴方が監査委員としての業務を行なわれる際は公費より給与が出ます。貴方の勤務先が、貴方が監査委員としての業務を行う際に公休として扱わなかった場合、貴方の勤務先は罪に問われます。貴方には守秘義務が有り……』
     特殊武装法人とは俗に言う「正義の味方」「御当地ヒーロー」の事。
     監査委員とは、「正義の味方」「御当地ヒーロー」どもがやった事に問題ないかチェックしろ、と云う事だろう。
     しかし……。
     いや……何と言えば良いか……。
     ホントに待ってくれよ……一体全体……「、「
    (1)王の治世は間も無く終る。
    やがて、水のように血が流れ、霧のように涙が溢れるだろう。
    私は生きてそれを目にする事はかなわぬが、最後には、あの人々が勝つのだ。
    ジョージ・ゴードン・バイロン

    「はぁっ?『公休取らせて下さあ〜い』だあ? 阿呆か、お前。それだから四〇近いのに、まだ、係長にもなれね〜んだよッ‼」
     柳ヶ瀬課長は、いきなり、そう怒鳴り散らした。
    「い……いや……その……でも……」
    「『でも』? でも、なんだ?」
    「ええっと……」
    「おい、何が言いたい?」
    「で……ですから……その……」
     まずいまずいまずい……心臓がバクバク鳴り出し、呼吸は荒くなり、脳は恐怖以外の感情を感じなくなる。
     完全にパニック症状の症状……いや、症状の症状って何だなんだなん……あわわわ……。
    「おい、誰か、鋏持って来い」
    「は……は……」
    「こんなはっきりしない男は男じゃない。なら、チ○コ切り落……お〜い、やっぱ、チ○コ切り落すのは後でいいから……誰か水……いいや、面倒くせえな」
    「あああああ……」
     だめだだめだだめだだめだだめだだめだめだあああッ。
     つぎになにがおきるかわかってるのにのにののに……なにをすればいいかわらかないないない。
     ドゴォっ‼
     足が震え膝から力が抜けて床にへたり込んだ俺の腹に課長の蹴り。
     蹴り。
     蹴り。
     蹴り。蹴り。蹴り。
     何発も何発も何発も蹴り蹴り蹴り蹴り蹴りィッ‼
    「ぐふぅ」
    「てめえのせいだ、ボケッ‼」
     な……何が?
    「てめえに教育をしてやる必要が有ると判ってたなら……安全靴を履いてきたのに……ああ、ちくしょう、しねしねしねしねしね……」
     フィクションだったら編集者に「もう少し気が効いた罵り言葉って有りませんか?」と言われるのが確実な……喩えるならラノベの地の文で美少女キャラの外見を説明するのに「美少女」って言葉を堂々と使う級に頭が悪い罵倒と共に課長が何度も何度も何度も何度も何度も俺を蹴る。
     それと……爪先に堅い防護材が入ってる靴の事は……社外ではともかく、この社内では「安全靴」じゃなくて「危険靴」と呼ぶべきだ。この社内での用途からして。
     ああ……そうか……。
     悪い事をしちゃいけない理由が判った。
     倫理的に悪い事ばかりやってると、頭も悪くなる。
    「おい、その公務の通達とやらを渡せ」
    「こ……これです……はい……」
     多分、一〇分は蹴り続けられただろう……俺の頭はすっかり真っ白になって……。
    「はい、これで解決。話は終りだ」
     課長は……「抽選により『正義の味方』監査委員に選ばれました」と云う通達が入った封筒を破り捨てた。
    「で……でも……」
    「話は終りだ、って言っただろうがっ‼」
     俺の話は終ってない。
     そして、課長の蹴りも終ってない。
    「で……でも……その……。ウチの会社が俺に公休を取らせなかったら……ウチの会社が罰せられるって……」
    「なんだとごらぁッ‼」
     たすけてたすけてたすけて……あああ、「正義の味方」は何をやってる……って、ウチの会社は「悪の組織」のフロント企業だった。「正義の味方」に踏み込まれたら、ウチの会社が潰れて……しかも、こんな会社に過剰適応してしまった俺に、その後の就職先は……うわああああッ。
    「で、何の公務なんだ?」
    「へっ?」
    「役人に金を渡せば何とかなるだろ」
    「い……いえ……そんな事、『こっち』じゃ無理です」
    「腐ってんやがるな『外』は、ホントに……」
    「は……はぁ……」
    「ところで、何の公務だったんだ」
    「守秘義務が……」
    「はぁっ?」
    「ええっと……『正義の味方』監査委員です……」
     ……。
     …………。
     ……………………。
     沈黙は1分ほど続いた。
    「何で、それを先に言わねえ、ボケぇっ‼」
     オリジナリティの欠片もない課長の罵倒は、それから一〇分は続いた。
     流石に課長も疲れてたようで、蹴りは段々雑になっていったけど……。
    (2) いわゆる「特異能力者」の存在が明らかになる以前から指摘されていた……らしい「代議制民主主義の行き詰まり」。(らしいと言うのは、俺が生まれた頃には「特異能力者」の存在が明らかになっていたからだ)
     その対策として世界各地で導入が進められているのが、いわゆる「抽選制民主主義」だ。
     議会・裁判所・検察・その他の公的機関、それからの「監査」を抽選で選ばれた素人が行なう。
     まずは、そこから始まった。もっとも、二〇世紀から日本でも検察審査会制度が有ったので、それが拡大されたようなモノだが……。
    『何で、「外」では、こんな愚かしい制度が有るんだ? しかし、今回は、その愚かしい制度を我々が利用出来る訳か……』
     会議室の大型モニタには、通称「伝統文化地域」の政治派閥の1つ「大阪派」の幹部が映っていた。
     その口調は……妙に芝居がかったモノだが……高校の時の文化祭で観た演劇部の面々の方が、まだ、演技力が有るような気がしないでもない。
     まぁ、通称「大阪派」の中でも「お笑いタレント出身」の政治家は、十年ほど前の大阪壊滅の際に大半が死亡または行方不明になったので、演技力や話術がイマイチな政治家しか残ってないのは仕方ないが……。
     約二〇年前の富士山の噴火で「本物の関東」と当時の日本政府は壊滅した。
     その後、滅んだ旧政府の後継機関を自称する「正統日本政府」が主に廃墟と化した関東で活動し、同時に旧大阪府が勝手に「新しい日本政府」こと「シン日本首都」を名乗った。
     そして、その両方は「正義の味方」「御当地ヒーロー」により滅ぼされた……が、2つの「日本政府を自称したテロ組織」の支持者は残った。
     結果が今のこの状況だ。
     日本は2つに分裂した。
     新しい時代に対応した「狭義の日本」である「外」と、「正統日本政府」や「シン日本首都」の支持者達が住む「伝統文化地域」に。
     更に「伝統文化地域」内では、「正統日本政府」の流れを汲み「一部のエリートを除く全臣民を脳改造して、古き善き日本を取り戻す」事を目標に掲げる「東京派」と、「シン日本首都」の流れを汲み「超チート級の精神操作能力者である『シン天皇』を生み出し、日本を支配する」事を目的とする「大阪派」の内紛が続いていた。
     と言っても、この「外」では「義務教育で『精神操作能力への抵抗訓練』が実施され、そもそも、大半の『正義の味方』『御当地ヒーロー』は(後方支援要員や非戦闘員のスタッフを含めて)精神操作能力者への耐性を持っている(らしい)」ような状況では、時間が経つほど「大阪派」が不利になる。
     ちなみに、俺が勤務しているこの会社は「大阪派」のフロント企業だ。
    「では……こいつを『正義の味方』監査委員会に潜り込ませて『正義の味方』を自称するテロリストどもの正体を探らせます」
     課長が続けて、そう言った。
    『では、頼むよ、古川君とか言ったかな? 君の働き次第では……我々が「東京派」に巻き返す事も夢では無いだろう』
    「は……はぁ……」
    『自称「正義の味方」どもの強みは「正体を明かしていない事」だ。正体さえ判れば……対処の方法はいくらでも有る』
    「え……えっと……例えば……?」
    『奴らの自宅に迫撃砲を撃ち込むとか色々有るだろ』
    「え……えっと……それってテロでは?」
    「はぁ? 何言ってやがる? テロリストは奴らで、テロリストをブチのめす事はテロじゃねえ。そんな事も判らねえから、お前はいつまで経っても……」
     問題は、その「テロリスト」どもがデカいツラをしている「外」の方が、「テロリスト」どもが居ない「伝統文化地域」より、科学技術も進んでいて、経済的にも発展していて、自由で平等で安全な社会だと云う点だが……ここでその事を指摘したが最後、俺は無事では済まない。
    『待ちたまえ。良い手を思い付いた。奴らの身元が判明しても、攻撃すべきは、奴らではない。奴らの隣人だ』
    「へっ?」
    「素晴らしいお考えでありますッ‼」
    『奴らの近所の人間から狙う。奴らに子供が居れば、その子供が行っている学校を狙う。何なら奴らの家族を狙ったフリをして関係ない良く似た誰かを誘拐して、その死体を晒す。そうすれば、「外」の愚かだが、善良なる臣民達も、自称「正義の味方」どもの危険性に気付き、自発的に奴らを迫害・粛清してれる筈だ』
    「あ……あの……もし、『テロリスト』征伐に巻き込まれる『隣人』が私だなんて事は……その……?」
     俺は当然の疑問を口にした。
    『安心したまえ。そんな事になっても、有るべき正しい日本が再建された暁には、君の御霊みたまは新しく再建された靖國神社に英霊として祀られるだろう』
     いや、神様にしてもらわなくてもいいんで、たのむから、1人の平凡な人間のまま平和な人生を送らせてくれ。
    (3) 課長が破り捨てた通知書だが……「紛失した」と云う嘘の連絡をして、「正義の味方」監査委員会に出向く際は、公的な身分証で代用出来る事になった。
     そして、明日から俺は、公休扱いで会社を休む事になった。
     仕事は……他の奴に回された。……と言っても、本当にウチの会社にとって、誰かにやらせる必要が有る「仕事」なのかは不明だ。
     多分だが……「社員」を洗脳し服従させる為のモノだろう。
     久し振りの定時退勤。
     社員寮に返ってPCを立ち上げる。買った時点で中古で、更にそれから5年は使っている。一応は「モバイルPC」だが、最新機種に比べると持ち歩くには重過ぎるし、バッテリーもヘタっている。
     来年にはOSのサポート期間が終るが……どうやら、次バージョンのOSにはハードが対応していないらしい。
     液晶モニタには……ところどころにドット落ちが有る。そう……液晶モニタなんて旧式の代物だ。あと5年もすれば、液晶モニタは有機ELその他の後継技術に押され博物館の科学史コーナーでブラウン管や内燃機関式の自動車と一緒に余生を送る事になるだろう。
     ダラダラと書いてる小説投稿サイトに投稿した「魔法少女もの」の小説は……やっぱりPVが伸びてない。
     昔のハリウッド俳優が「いつの時代も、自分をスーパーマンだと思って毛布をマント代りにして屋上から飛び降りる馬鹿は居るモノだ」と言ったそうだ。
     座右の銘にすべき御言葉かも知れないが……個人的には若干の異論が有る。
     多分、フィクションが現実の人間の脳を侵食するより、現実によるフィクションへの侵食の方が、いつの時代も甚しい気がする……。
     同じジャンルだがPV数が伸びてる小説を読むとそう思う。
     そんな小説をUPしてるのは……多分、若くてアラフィフ。「魔法使い」以外は「魔法」が存在しているなど信じてない時代、「変身能力者」以外は「変身能力者」なんて存在していると信じてない時代、「超能力者」以外は以下同文、「妖怪系」以外に関しても以下同文。
     そんな時代を知っている人なら……たしかに「現実に似ているが、特異能力者が存在していない世界で『魔法少女』ものが書かれたら?」と云う設定の小説を堂々と書けるかも知れない。
     だが……物心付いた時には特異能力者の存在が当り前になっていた時代に生まれ……ましてや、「原理は不明だが、町1つ一瞬で滅ぼせるほどの特異能力者が実在する」としか思えない事件が何度も起きた、あの久留米が故郷の俺には……そこまで脳天気な妄想を紡ぐ事が出来ない。
     俺が子供の頃、TVから特撮ヒーローものが消え、代りに「子供向け時代劇」が放送されるようになった。
     本当に、スーパーヒーローやスーパーヴィランが存在する世界では、ヒーロー番組は生々し過ぎるモノになった。
     アメリカのMARVELは……〇〇ゼロゼロ年代に、まだ自社が映画化権を持っていたマイナー・ヒーロー・チーム「アベンジャーズ」の映画化を目論んだが……鳴かず飛ばずだった。
     そして、同じMARVELでもコミック部門は、左前になってた時に「英雄内戦シビルウォー」ってエピソードを大々的に始めたら……その途中に、現実のアメリカで「第二次南北戦争シビルウォーⅡ」が起きてしまい、そっちにも多数の「特異能力者」が投入され、現実と虚構の垣根があっさり崩れた余波で、MARVELコミックは一時的とは言え倒産した。
     なんて題名か忘れたが……「リアル路線」のバットマンものは、「リアル」過ぎたが故に逆に荒唐無稽と思われ、3部作の予定が2作で打ち切りになったらしい。映画マニアの評価は高かったそうだが、特異能力者がゾロゾロ居る事が判明した世界で、全く特異能力者の犯罪者が居ないヒーロー映画など、「リアル」過ぎたが故に、誰も「リアル」とは思わなくなってしまっていた。
     太平洋の向こうでは、アメコミ・ヒーローものの再流行が起きてるらしいが……日本の戦隊モノは当分復活する事は無いだろう。「戦隊ヒーロー」風のパワードスーツを着装した戦闘部隊を擁していた「対異能力犯罪広域警察」こと通称「レコンキスタ」の不祥事のせいで、「戦隊ヒーロー」にまでとばっちりが及んでしまい……あと一〇年は日本では新シリーズが作られる見込みは無く、戦隊シリーズのファンはアメリカから逆輸入された「パワーレンジャー」を観るしか無い。
     魔法少女も……たしかに実在していた。
     現実の魔法の修行は、結構厳しいみたいで、現場に出られるのは早くて十代後半らしいが……。
     もちろん、コスチュームを生成する魔法なんて現時点では存在が確認されていないので、魔力切れになっても、コスチュームが消える訳じゃないので、「リアル路線」の「魔法少女」ものは「お色気シーン」に制約が有る。
     更に、部外者には実態が知られていない「正義の味方」チームに所属する「魔法少女」は顔を隠している。当り前だ。認識阻害系の魔法も有るらしいが、現実の「魔法」は対生物・対霊体特化のモノがほとんどだそうだ(そりゃそうだ。クソ長い魔法の歴史の大半において電子機器も近代兵器も存在していなかったのだから)。当然、電子機器には認識阻害系の魔法など通じないので、顔を撮影されたら正体がバレるのは時間の問題で、そうなったが最後、本人のみならず、家族・友人・恋人・親類・クラスメイトに御近所の皆さんなどが危険に晒される。
     と云うか、久留米で活躍したコードネーム「大元帥明王アータヴァカ」(女の魔法使い系ヒーローの名前だ。念の為)以降、民生用パワードスーツの災害救助仕様レスキューモデルの改造機を着装する「魔法少女」も増えた。
     その手の「ヒーローチーム」に属さない、いわゆる「独立系ヒーロー」の魔法少女も居るには居るが……やっぱり、予算や人的リソースの無さは、コスチュームの外観にも影響を与える。はっきり言えば、駄目なコスプレにしか見えない場合がほとんどだ。
     あと、その手の「独立系」魔法少女の格好も……当然ながら防御や実用性は考慮されている……残念ながら。
     昔から、首輪やチョーカーをしていた「独立系」魔法少女は少なくなかった。防刃・防弾性の有る素材で出来た喉や頚動脈を保護するれっきとした「防具」だったが……。
     靴も可愛い系のモノじゃなくて、歩いたり走ったりし易いモノ……。金がないらしい「独立系」魔法少女の中には、可愛い系の衣装に、靴だけ実用性重視のスニーカーやウォーキング・シューズだったりするのも少なくなかった。場合によっては軍用や警察の特殊部隊用のブーツを履いてる「魔法少女」も居て、それはそれでフェチなファンが一定数居たが。
     そして、俺の故郷である久留米を中心に活動していた御当地ヒーローである「悪鬼の名を騙る苛烈な正義の女神」ことコードネーム「羅刹女ニルリティ」のせいで、「独立系」魔法少女のコスチュームから「ミニスカ&生足」が一掃された。
     女としても小柄で「無茶苦茶強い非特異能力者」でしかない「羅刹女ニルリティ」が、プロレスラー並の体格の大男を倒す場面が動画サイトにUPされた事が直接の原因だった。
     倒した方法は……大腿動脈切断による大量出血と、それに伴なう失神。……あっと云う間に少なからぬ「独立系」魔法少女を含めた生足を出してた女のヒーローも悪党も、防刃繊維製のタイツで太股を護るようになった。
     萌えオタにとっては哀しい事に……現実には、「格好いい魔法少女」は居ても、「お色気たっぷりの魔法少女」や「萌え系魔法少女」は実在しない。
     そりゃ、小説投稿サイトの小説や、オタク向けアニメでも……格好いい系「魔法少女」はともかく、萌え系「魔法少女」やお色気系「魔法少女」が廃れてしまったのも仕方ない。
     書く方も現実に脳を毒されているのが多いので……堂々を嘘を吐く事が出来なくなり、判る奴には「作者が自分が生み出した『物語』や『キャラ』を『信じて』おらず、テンプレ通りの粗筋やキャラにするしか無い」のが丸判りになりつつ有る。俺も含めて……。
     やれやれ……PV数増やす為に……異世界ものか時代劇ものにジャンル変更した方がいいのかも知れない……。
    (4)「あの……他の監査委員の方は?」
    「別の場所です。委員同士の打ち合わせはオンライン会議になります」
    「別の場所と云うと……?」
    「言えると思いますか? そもそも、私達にも知らされていません」
     翌日、「正義の味方」監査委員会の公務に出掛けると……勤務先からの「命令」を果たすにはいくつものハードルが有る事としか思えない説明を受ける羽目になった。
     なるほど、「正義」とは勝者の事だと云うのが良く判る。
     「正義の味方」達こそ狡猾で、「悪」とされ「正義の味方」に潰された組織は……単に自分を現実主義者だと妄想していただけの阿呆だったのだ。
     多分、ウチの会社の上部組織も含めて。
     案内人は初代ウルトラマンの科特隊の制服みたいな感じのオレンジ色の背広と作業着の中間のような服を着た「鬼」の女だった。
     女と言っても身長は一九〇㎝は有る筋肉の塊。肌は白……と言っても人間には有り得ないセラミックのような白だ。髪は銀色で、瞳も白に近い灰色。額からは「白い炎」を思わせる一本角が生えている。
     そして、鬼女が着ているオレンジ色の服は「レスキュー隊」の制服だ。
     通称「レスキュー隊」は、元々は「正義の味方」の組織の人命救助部門だったらしいが、今は「正義の味方」達とは「協力関係に有る独立した組織」だ。
    「あ……あの……つかぬ事を聞きますが……その姿……」
    「よく訊かれるんですよ。昔、力が強くなるのと引き換えに人間の姿を失ないました」
    「は……はぁ……あの、ひょっとして気を悪くされたりとか……」
    「いえ、そう云う事を訊かれるのは慣れてますので。では、ちょっと、こちらの部屋へ」
     そう言われて入った部屋は……何だ、これは?
     一番、近い外観のモノが有るなら……病院の診察室か、学校の医務室。
    「ちょっと、そこの椅子に座って下さい」
    「は……はい」
    「少し脳を探りますが……危険は有りませんし、これから使う『魔法』の原理からして貴方のプライバシーに関わる情報を取得するのは不可能です」
    「へっ? い……いや、待って……脳をさぐるって……ふにゃ〜……」
     頭がぼ〜っとなった瞬間に見えたのは……目の前に居るゴツい鬼女の驚いたような顔だった。
    (5)「あの……意識を取り戻されたばかりで、こんな質問をするのは何ですが……」
    「へっ?」
     目が覚めると、目に飛び込んで来たのは鬼女の顔。
    「貴方は会社員との事ですが、職場に何か問題は有りますか?」
    「い……いえ……」
    「では、カルト宗教などに入信された御経験は?」
    「い……いえ……」
    「妙ですね……」
    「何がですか?」
    「貴方の脳または精神には……暗示や洗脳にかかりやすい性質が有るようです。異常とまでは言えないにせよ、二〇人か三〇人に一人しか居ない程度のレベルで」
    「へっ?」
    「先程、私がかけた脳を調べる『魔法』も、平均的な人なら、ある程度の時間は『抵抗する』か『受け流す』事が可能な筈なんですが……」
    「ご……ごめんなさい……心当りが無いです」
    「しかし、調べてみた限り、貴方の脳の暗示や洗脳にかかりやすい性質は後天的なモノのようです。例えば、学生時代に入っていた部活が、今時、めずらしい超体育会系なモノだったとか、お勤め先が、いわゆる『理不尽企業』だったりなどの事は、本当に有りませんか?」
     うわあああああッ‼
     たしかに、その通りだ。
     「正義の味方」達に「悪」として断罪された組織の大半には……ある共通点が存在する。
     そして、それは、ウチの会社やその上部組織にも当て嵌る。
     早い話が「超体育会系」。
    「あ……あの……それだと監査委員には……」
    「監査委員の方は『御自分なりの意見』を持たれている必要が有ります。他の監査委員や監査対象である『特殊武装法人』側の意見・主張に唯唯諾諾と従うなら……監査委員の意味が有りません」
    「は……はぁ……では、その……私は……御役御免でしょうか?」
     考えろ、考えろ、考えろ。
     ここで、「正義の味方」監査委員を馘になって会社に戻ったら殺される。
     しかし、監査委員になろうとして、うかつな事を口走れば……ウチの会社が「正義の味方」達が「悪の組織」と見做してるとこのフロント企業だとバレて……最もマシなケースでも、俺の職場はこの世から消えてなくなり、俺は露頭に迷う。
     いや……待て……俺の勤め先が「悪の組織」のフロント企業だとバレてないなんて……有り得るのか?
     だめだ。だめだ。だめだ。だめだ。
     考えがまとまらない。
    「貴方には2つの選択肢が有ります。1つは、このままお帰りいただく事」
    「あの……もう1つは……」
    「こちらの内容を良く読まれて御理解した上で、サインするかを決めて下さい。サインいただけない場合は、何もせずにお帰りいただく事になります。貴方の場合、監査委員の公務を行なう場合には、この訓練を受けていただく必要が有ります」
    「は……はあ……えっ?」
     白い鬼に渡された書類の一番上には、ゴシック体で、こう書かれていた。
     「精神操作・洗脳・暗示・催眠等への抵抗訓練の受講同意書」と。
    (6)「で、進捗はどうなんだ?」
     金曜の夜に会社の寮までやって来た課長は俺にそう訊いた。
    「今日までが研修で、週明けから本格的に始まります。期間は3ヶ月と半年の好きな方を選べるようです」
    「なら、半年の方を選べ。それとな……研修つ〜けど、洗脳なんかはされてないだろうな」
    「ええ……」
     「精神操作への抵抗訓練」で習った「平常心を取り戻す呼吸法」を実行。
     「特異能力者」の存在が明らかになる以前の古典的な洗脳に対しても……まぁ、今までは1日で洗脳されてたのが1ヶ月ぐらいはかかるだろう。
     旧政府崩壊以前の腐りまくっていた警察に逮捕され、今からすると無茶苦茶に長い勾留期間ブタ箱に閉じ込められていても……「嘘の自白」をしてしまう可能性は0じゃないにせよ大幅に減っているだろう。
     精神操作系の特異能力を使われても……余程、巧みなモノでなければ、支配を防げないにせよ、支配されつつ有る事は自分で検知出来るし、完全に支配されるまでにかかる時間は、今までより大幅に長くなってるだろう。
     洗脳などされていない。
     問題は、今までかけられていた洗脳が解けた挙句、洗脳がかかりにくいような脳味噌の持ち主になってしまった事を、どう職場にバレないようにするかだ。
     しかも、ウチの会社の上部組織の最終目的は「チート級の精神操作能力者を生み出して全日本を支配する」だ。
     このままでは、ウチの会社の上部組織の目的が達成された瞬間に、俺は、その後の社会では殺処分されかねない「異端者」と化してしまう。
     まぁ、「ウチの会社の上部組織の目的が達成」される確率が、ほぼゼロなのが数少ない救いだが。
    「で、『正義の味方』を自称する『テロリスト』どもの身元を探るプランは考えてるんだろうな」
     無理だ。
     他の「監査委員」がどこの誰か知らない状況では……「正義の味方」の身元を探るなど更に困難な事だけは予想が付く。
     それどころか、研修中に聞いた話からしても「正義の味方」「御当地ヒーロー」の組織が、どこまでの規模かさえ予想が付かない。もし、下手に「正義の味方」「御当地ヒーロー」の組織を可能性も有る。
    「あの……ホントに俺の考えで動いていいんですか?」
    「何だと?……いや待て……そう言われてみりゃぁ……」
    「ええっとですね……俺、馬鹿なんで……」
    「ああ、俺様におかれては、んな事、とっくに御存知だよ」
    「ですから、偉くて頭がいい人達がプランを考えて、俺は、そのプランを立てるのに必要な情報を入手した上で、その後は偉くて頭がいい人達が作ったプラン通りに動くのが……一番、安全確実じゃないですか?」
    「お前にしちゃ、いい考えだな」
     助かった。
     俺も馬鹿だが……課長も同じ位に馬鹿だ。
     平に降格されてから、上役に自分の考えを理路整然と言ったのは初めてだ、って事を気付かれてない……多分だけど。
    (7)「あのぉ……各『ヒーローチーム』から上がってきた報告書を、いくつか見てみたんですが……」
     この御時世に紙に印刷した報告書。
     それにマーカーとボールペンで註釈が書かれている。
     ウチの会社の更に上部組織の俺よりは頭がいい奴(ただし「正義の味方」達より頭がいいとは限らない。御本人達は「俺達は正義の味方より頭が良くて現実主義者だ」と思っているだろうが、多分、それは単なる妄想だ)が分析した結果だった。
     あと、印刷されてる内容は機密情報ではなくて公開情報だ。
    『何でしょうか?』
     九〇年代(俺の生まれる前だが)の某アニメみたいに、俺の疑問に答えてくれる相手は「Sound Only」。多分、声も変性処理がされていて、この声を録音しても、声紋分析には使えない……らしい。
     いや、動画サイトなどに上がっている「正義の味方」の活動を記録した動画では、「正義の味方」達の声にはノイズが混っていたり聞きとりにくくなっている。少なくとも「正義の味方」関係者以外が撮影したモノに関しては。
     ただし……俺も、「正義の味方」を生で目撃した事は有るが、生で聞く「正義の味方」の声は、変性処理はされているらしいが、普通に聞こえた。
     ウチの会社の上部組織の分析では……「正義の味方」のマスク内の音声の変性を行なう装置にある機能が存在しているらしい。
     メジャーな音声ファイルや動画ファイルでは「非可逆圧縮」と言われる処理が行なわれている。
     早い話が「人間が観たり聴いたりしても問題ない形で音声や画像の情報の一部を削除する事でデータ量を削減する」と云うモノだ。
     画像ファイルのJPEGでサイズを小さくし過ぎるとノイズのようなモノが出るのもそのせいだ。JPEGは古い規格なので「人間が見ても築きにくい形で画像の情報の一部を削除しデータ量を削減している……が、コンピューターのモニタがブラウン管なのが一般的だった時代に考えられたやり方で「不要なデータを削減」しているので、今の時代では想定外の事も起きる。
     しかし、問題は……メジャーなタイプの音声ファイル・動画ファイルにおける「音声や画像の不要なデータをどう削除するか?」は公開情報だと云う事だ。
     どうやら……「正義の味方」達は、メジャーなタイプの音声ファイル・動画ファイルが生成される際の「音声や画像の不要なデータをどう削除するか?」を分析し、「人間の耳で聞けば普通に聞こえるが、『非可逆圧縮』を行なうとノイズが混ったり聞きとりにくくなるように、人間の声を変性させる」技術を開発したらしい。
     ウチの上部組織も含めて「悪の組織」が負け続けている理由がここに有る。
     明らかに「正義の味方」達に協力している優秀な技術者・科学者が……かなり大量に存在する。なのに、「悪の組織」の方は「『正義の味方』など脳内が御花畑の甘ちゃんで、俺達こそが理性的な現実主義者だ」と云う、脳内が御花畑の甘ちゃん特有の妄想を抱いている。
    「何故、報告書では『正義の味方』達は『コードネームプラス所属チーム』で書かれているのでしょうか?」
    『身元を隠す為です』
     何でだよ?
     「上」からの指示書を見る限り、「上」は「正義の味方」達の正体を暴く事を優先している。
     「『
    「でも……」
    『かつて、警察・検察・裁判官などの個人情報が犯罪組織にバレたせいで、刑事司法が崩壊しました』
     ああ……そうだ……。
     ちょうど俺の家族が皆殺しにされた頃だったんで……それどころじゃなくて、イマイチ記憶に残ってないが、警察があるヤクザからの要求を「毅然とハネのけた」せいで(ただし、あまりに無茶苦茶な事件だったので色々と異説あり)、福岡県警のエラいさんの母親がそのヤクザに殺された事が有った筈だ。正確には殺されたのは「福岡県警のエラいさんの母親に加えて、たまたま同じ老人ホームに入居していた無関係な老人と、その老人ホームの職員、それぞれ複数名」だが。
     例の「大阪派」の政治家と同じ事を考える奴は昔から居るのは「常識」で……その「常識」を知らない馬鹿のフリをしてる俺の方が馬鹿なのだ。
     助けてくれ。
     上からの命令とは言え、馬鹿のフリをし続けると、本当に馬鹿になりかねない。
    「あ……あの……でも、仮に……『正義の味方』の誰かが、自分の身元をバラすような真似を……SNSなんかでやったなら……」
    『大丈夫です』
    「何がですか?」
    『その場合でも、全滅するのは当該チームだけで済みます』
    「へっ?」
    。あるチームの所属者の個人情報がバレても芋蔓式に他チームの個人情報を得るのは不可能ではないにせよ困難です。新興チームの場合は、戦闘要員と後方支援の非戦闘員は互いに互いの身元を知らない場合が有ります』
     おい、待て。
    「あの……そんな状態で……どうやって『組織』として機能してるんですか?」
    『ああ……彼らの事を知らない方は、そこから勘違いされているのですね』
    「何がですか?」
    『あくまで喩えですが……?』
    (8)「あの、営業の古川ですけど……IT管理部門の人って、今、誰か居ます?」
     夕方ごろ、俺は自分の会社に電話をした。定時ギリギリだったが……。
    『ちょっと待って下さい……』
     そうか……。
     ちょっとか……。
     まだか……。
     まだか……。
     早くしろ。
     手短に話したいんだ。
     だから、まだか。
     早く出ろ。
    『あの……代ったけど……あんた、たしか……』
    「ええ、そっちの方の仕事で、よく判んない事を言われて、俺みたいな馬鹿にも判るように解説して欲しいんですが……」
    『何?』
    「『インターネットに中枢が無い』って、どう云う事ですか?」
    『はぁ?』
    「『はぁ?』って、何が『はぁ?』ですか?」
    『文字通りの意味ですよ。インターネット全体を管理してる組織や大型コンピュータは無い。重要な組織やコンピュータは有るには有るけど、機能を停止してもバックアップが有る。ある経路が何かの理由で断たれても、迂回経路が1つでも残っていれば、自動的にその迂回経路を見付ける仕組みが有る。例えば、検索サイトのRampo級の世界的なサービスであれば、世界各地に、ほぼ同じ機能のデータセンターをいくつも持ってて、その全部が機能停止しない限り……検索のレスポンスの速度は落ちるけど、一応はサービスは提供し続けられる』
    「何で、そう云う仕組みになってるんですか?」
    『インターネットが、元々、軍用だからですよ。障害が起きたり……敵に攻撃されても、コンピュータ同士のデータ通信が可能な仕組みを研究してったら……結果的に出来たのが今のインターネットの原型です』
    「えっ?」
    『だから、「えっ?」って何が「えっ?」なの?』
    「インターネットの原型は……軍事研究だった……?」
    『そう、二〇世紀のアメリカ軍の研究』
    「変じゃないですか?」
    『何が?』
    「軍隊って、中枢が有って指揮系統が明確なモノですよね」
    『それが?』
    「なのに軍事研究の結果、中枢も指揮系統や上下関係が無いシステムが出来ちゃったんですか?」
    『だから、それがどうしたの?』
    「い……いえ……。ちょっと、わかりました」
    『わかった、って何が?』
    「は……はぁ……何か勘違いしてたみたいで。すいません」
     マズい。
     変な陰謀論が頭に浮かんだ。でも、あくまでも思い付いた自分でさえ頭がおかしい陰謀論だと判る考えだ。
     二〇世紀なら……「正義の味方」など影も形も無かった頃だ。
     でも……その頃に……合理性を追及していった結果……「正義の味方」達の「」を思わせるシステムが生まれている。
     そして、それは……俺達の日常に無くてはならないモノと化している。
     モヤモヤしたまま会社の寮に戻り……Wikipediaでインターネットの歴史を調べ……。
     嘘だ……。
     どうなってる?
     俺の脳が、陰謀論に取り憑かれかけてるから……その陰謀論に沿った情報だけを無意識の内に取捨選択してるだけか?
     一般人がインターネットを使えるようになったのは、九〇年代半ば。
     そして、二〇〇一年に「特異能力者」の存在が明らかになる。
     〇〇ゼロゼロ年代後半に、日本で、最初の「正義の味方」活動を行なう者の存在が確認され……。
     妄想だ。
     妄想に決ってる。
     あまりに予想外の事が次々と起きたせいで、変な考えに取り憑かれかけてるだけだ。
     
     しかし、たまたまの筈だ。
     俺に「正義の味方」の「組織」の説明をした「誰か」も……あくまで喩えに使っただけだ。
     「鹿鹿
    (9)『話にならん』
    『なぁ、もう少し派手な方法は無いのか?』
    『「勝てば良かろうなのだ」などと云う虚無主義ニヒリズムを信奉するなど「正義の味方」を名乗るテロリストどもと何が違うのだ? 恥を知れ』
    『我々の貴重な時間を無駄にしたのか。この馬鹿は殺処分だな』
    「おい、てめぇ、何考えてやがる? 近い将来の日本の指導者となるべき方々の時間をわざわざ取ってもらって……やった提案がコレか?」
     「正義の味方」監査委員の公務が休みの日に、ウチの会社で、上部組織の幹部にある提案をしたが……結果がコレだ。
    『柳ヶ瀬君とか言ったかね? 君こそ、何故、部下が我々に対して行なう提案を事前にチェックしていなかったのかね?』
    「えっ?」
    『懲戒は覚悟しておきたまえ』
    「ま……待って下さい。その……私は……」
    『彼は我々を支持してくれている「外」の地方政治家の弟だ。飼い殺しで勘弁してやるのが妥当だろう』
    『そうか……なら、処分するのは馬鹿な部下だけにするか』
     俺がやった提案は……「『正義の味方』の前線要員よりも遥かに多くの非戦闘員の協力者が居るのが確実だ。狙うなら、前線要員よりそっちだ」と云うモノだったが……。
    『君は何かを勘違いしているようだ。君がやった方法で「正義の味方」を名乗るテロリストどもの組織を潰せたとしよう。でも、愚民どもには自称「正義の味方」どもの組織が自壊したように見える可能性が高い。違うかね?』
    「え……あ……」
    『勝てば良いと云うモノではない。自称「正義の味方」どもを我々が潰すか、愚民どもが自称「正義の味方」どもこそ害悪と見做すように仕向けねばならない。それも、なるべく華々しい形でな』
    「え……えっと……」
    『自称「正義の味方」どもを潰すのは過程に過ぎん。その後に、我々が奴らに取って代る新しい日本の支配者になれねば……何の意味が有る?』
    『大体、自称「正義の味方」を支援している非戦闘員など、いくらでも代りが居るだろう? そんな奴らを狙うよりも、代りが居ない戦闘要員・前線要員を狙う方が効率的だ』
     そうなのか?
     本当に、そうなのか?
     中央集権・上意下達型の組織と中枢の無い「組織と呼べるかも判らない組織」。
     過剰な体育会系文化と、体育会系文化の欠如。
     俺達と「正義の味方」が何から何まで逆だとしたら……「正義の味方」達にとって「代りが居ない」のは、俺達や一般人が「正義の味方」と認識している前線で戦ってる奴らじゃなくて……背後に居る非戦闘員じゃないのか?
    『一両日中に、彼の顔をスキャンする為の装置を手配する』
    「はぁ?」
    『彼が、ここまで無能な以上は……彼の偽物を作り、「正義の味方」監査委員に潜り込ませる事にしよう』
    『おお、いい考えた』
    『流石だな』
     いよいよ……俺も殺処分か……。
     多分、そんな計画、あっさり破綻するだろうが、俺が生きて「ざまぁ」と言ってやる事は出来ないだろう。
     万が一、それまで生きてられても、上層部が立てた計画(その場の思い付きを「計画」と呼べればだが)の失敗を「ざまぁ」と嘲笑ったのがバレたら、やっぱり殺処分だ。
    (10)『四〇前で「終活』。でも難病ものじゃありません』
     小説のネタは思い付いたが、書き上げる時間は無い。
     いや、それどころかプロットを残せるかすら怪しい。
     上部組織のエラいさんによって「殺処分」される事に決った俺は……残された時間で小説投稿サイトに投稿していた「萌え系魔法少女もの」の小説を完結させる事を決意した。
    『何、考えてる。とっとと逃げ出して「正義の味方」に助けを求めろ』
     心のどこかで、そんな声がしている。
     だが、俺は「心の声を無視した。
     弱気と怠惰と愚かさは最期まで俺の人生に付きまとう。その中でも最悪なのは……一体どれだろう?
     って、ん?
     おい。
     何でだよ?
    『全システムをVSPMDに移行する為、しばらくの間、当サイトは使用出来ません』
     小説投稿サイトのトップページには、そう表示されていた。
     何だよ、そのVSPMDって?
     検索サイトのRampoで調べると……うん、余計に判らん。
     見掛け上Virtual単一Singleだが物理的Physicalには複数Multipleかつ分散型Distributedなコンピューターシステム……って何言ってんだよッ、おいッ‼
     SNSで、俺が使っている小説投稿サイトのメンテに関する情報を見てみると……。
    『ようやく移行か』
    『今まで、あんな古臭いシステムだったのか』
    『何で、今の今まで、古いネトウヨに「配慮」してたんだ?』
     何の事だ?「古いネトウヨに『配慮』」?
     いわゆる「ネット右翼」の矛先は……俺が子供の頃は韓国や中国に向けられ……続いて富士山の噴火で関東が壊滅して以降は「関東難民」に向かった。そしてネット右翼達が「正義の味方」を次の標的に定めた頃、俺の故郷の久留米で起きた「誰かのやるを『正義の暴走』と非難してる奴こそ一番暴走しかねない」としか思えない凄惨な事件(当時の久留米市長の息子が親の後継者候補だった実の妹とその亭主を独立系ヒーロー「クリムゾン・サンシャイン」のコスプレをして殺害したアレだ)のせいで、今まで誰かを憎み冷笑し迫害してた連中が、一気に憎悪と冷笑と迫害の対象になった。
     自業自得なのは確かだが……ウチの会社の上部組織の支持者はネット右翼の生き残りなので、職場でそんな事を口にしたら、ただでは済まない。もっとも、俺はもう殺処分が決ってるので恐いものなど……恐いもの……あ、殺されると判ってても、やっぱり拷問その他の痛いのは恐い。
     ともかく、何かその「見掛け上は単一だが、物理的には複数かつ分散型」なるワードが引っ掛かり……いや、Wikipedia読んでも、やっぱり判らな……ん?
    『基礎理論は二〇〇X年に眞木源望により作られ、二〇〇*年に韓国のソウル工科大の研究チームにより、最初の実証実験機が稼動した』
     ああ、なるほど……日本人の学者が最初に理論を考えたが、実際にモノを作ったのは韓国。だから、当時のネット右翼が反発した訳か……。
     だが……。
     何か、変だ。
     見覚えが有る名字。
     それも子供の頃……いや……小学校から高校までの……今まで記憶に残ってる同級生の名前をリストアップしてみても……無い。眞木なんて名字の奴は思い出せない。
     何者だ? 何故、聞いた事が有る?
     そう思って、Wikipediaの「眞木源望」の項目を見る。
     女? 名前の読み方は「もとみ」か……。
     一〇年ほど前に死んでいる。
     えっ?
     いや……でも……。
     自分で書いてる小説の登場人物の名前を決める時に参考している「日本人の名字」一覧サイトを開き検索し……。
     少ない。
     今や、福岡県3番目の百万都市となった久留米全体でも「眞木」または「真木」と云う名字は……多く見積っても……千人未満。
     でも……Wikipediaの記述が正しければ……この眞木源望もとみと云う学者は、俺と同じ久留米出身。
     そして……俺は、この「眞木」と云う名字の誰かを知っている……。それも、子供の頃の記憶。でも……同級生じゃない可能性が高い。
     なら、有名人か?
     再び、Rampoで「眞木」「久留米」で検索し……何だこりゃ?
     何で、こんなモノが引っ掛かる?
     それに……この眞木源望もとみと云う学者の経歴……明らかに変だ。
    (11)「あの……『正義の味方』達がVSPMDってコンピューター・システムを使ってるらしいんだけど、それってどんなの?」
     週明けの月曜の夕方、俺は、再び自社のIT管理部門に電話した。
    『また、役に立たない情報だねぇ。その技術なら、どこでも使ってるよ。WEBサイトにオンライン・ゲームのサーバに……何でもかんでも』
    「えっと……まさか、その……それが無いとインターネットそのものが成り立たないような技術なの?」
    『そう云う事。〇〇ゼロゼロ年代ぐらいまでのインターネット黎明期ならともかく、今はね』
    「どんな技術なの? 俺みたいな馬鹿にも判るように教えて」
    『たとえば、あるWEBサイトにアクセスする場合、WEBサイトにアクセスしてるコンピュータから見れば、そのサイトは1つのサーバに見える。でも実体は世界各地に分散してるいくつものコンピュータで「1つのサーバに見える」のは、あくまで見せ掛け。そして、世界各地に分散してるいくつものマシンの……まぁ、設定にもよるけど、半分から四分の三がダウンしない限りは……そのWEBサイトの処理能力は落ちても、サービスそのものは提供可能なまま。まぁ、そんな感じかな?』
    「な……なるほど……何となく判った」
    『ところで、今、どこに居るの? 電車の案内みたいな声が入ってるけど』
    「い……いや……ちょ……ちょっとね……」
     自分の所属組織……正確には、その上部組織に「殺処分」されると判っているのに、何故、逃げ出さない?
     殺されると判っているのに、何故、俺を殺す事を決めた奴にとって価値が有る情報を探り出そうとしている?
     俺の推測が万が一本当でも……どうせ死ぬのに「ざまぁ」が出来て何の意味が有る?
     いくつもの疑問が脳内に浮かぶ。
     俺は、故郷の久留米に来ていた。
     と言っても、会社の寮や「正義の味方」監査委員の仕事をしている太宰府市内からは……電車で一時間前後だ。
     ただし、久留米に来る時に、いつも使っている西鉄久留米駅ではなく……1㎞ほど離れた場所に有るJR久留米駅。
     例のVSPMDとか云う技術を開発した眞木と云う学者は……若くしてアメリカに渡り、三〇代後半になってようやく工学博士号を取得したらしい。
     今の俺と同じ位の齢だ。
     だが、俺の人生は、もうすぐ終り……眞木と云う学者の人生は、今の俺と同じ位の年齢になった頃から始まった。
     工学博士号を取得してから十年足らずの間に、コンピューター関係の分野で多くの業績を上げ、世界各地の大学から招聘され、そして韓国のソウル工科大に赴任。
     そこで……俺には、何の事か良く判らないが、ともかく今のインターネットに無くてはならない技術を実用段階にまで持っていき……。
     更に、インド工科大学と中国の清華大学より教授待遇で招聘を受け……。
     だが、眞木と云う学者が人生の絶頂に有った時に事態は急変する。
     第二次朝鮮戦争……通称「一週間戦争」……の勃発。
     その時に眞木は日本に戻ったらしい。そして、下手に日本に戻ったせいで、その後の眞木の学者・研究者生命は断たれた……。
     一般には、そう言われている……Wikipediaの記述に依れば。
     Wikipediaに書かれている経歴も、第二次朝鮮戦争直前から、一気に死まで飛んでいる
     だが、眞木と云う学者の出身地は、この久留米。
     そして、日本で最初に「正義の味方」達の活動が確認された場所の1つも……また、この久留米を中心にした地域。更に、その時期は……第二次朝鮮戦争直後。
     俺は、JR久留米駅の西口を出て、筑後川方面へ歩き……。
     この場所こそが……日本各地に有る「水天宮」の名と云う神社の総本社だそうだ。
     その水天宮の鳥居を抜け、少し歩き……。
     侍の銅像が見えた。
     和泉守。幕末に、この神社の宮司だった尊皇思想家。
     多分、小説なんて書いてるから……本当は関連が無いモノの間に関連を見出すような……陰謀論的な思考に陥りがちなんだろう。
     そして、人生の終りが近付いてる事が……俺の妄想に拍車をかけた。
     きっとそうだ……。
     でも……ひょっとしたら……。
     今のインターネットに不可欠なVSPMDとか云う技術。俺の悪い頭で理解出来るのは……その仕組みと「正義の味方」達の組織が似ている事だ。いや、この理解も間違っているかも知れないが……。
     でも、もし、俺のこの理解が正しいなら……そのVSPMDとか云う技術を生み出した眞木とか云う学者が「正義の味方」達の組織を生み出した1人である可能性が有る。
     そして、もう1つの「もしも」。
     その眞木と云う学者は……この水天宮の宮司の一族かも知れない。
     いや……妄想が過ぎる。
     死から逃れようとする勇気さえ無いボンクラの……人生最期の妄想だ。
     きっと、そうに違いない。
     でも……。
     小説のネタとしては面白いな。
     けど、書き上げる時間は残ってない。
     この水天宮から……日本最初の「正義の味方」が生まれた、なんて……。
    便所のドア Link Message Mute
    2022/06/28 10:52:24

    第一章:ルーズ戦記

    現実に似ているが、2001年以降、様々な「異能力者」の存在が明らかになった平行世界の2030年代の地球。 そんな世界の日本の九州に住む古川良二は、若い頃に「独立系ヒーロー」によって家族を虐殺された事と、勤め先が「正統な日本政府」を自称する「悪の組織」のフロント企業である事を除いては、極めて平凡な(ところで、平凡って何だ?)三〇代後半のサラリーマンだ。 だが、彼の元に、ある日、突然、公的な警察機構や軍事組織に代って治安を担っている「正義の味方」の監査委員に選ばれた、と云う通達がやってきた。 職場からは「『正義の味方』を自称する『テロリスト』どもの身元を探り出せ」と要求される羽目になったが……実は、彼の脳には職場に知られれば殺処分確実のある変化が起きていた。 凶悪なテロ組織の平凡な(だから、平凡って何だ?)末端構成員の明日はどっちだ? 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

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    「正義の味方」監査委員に選ばれてしまった「悪の組織」の末端構成員ですが……
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