第3章:ミスエデュケーション(1)「昨日の晩の話ですけど……」
「どう説明したらいいか、判んないから、誰にも言ってない……」
お嬢様と第2王女は王宮の中庭で行なわれてる剣術の稽古を見ながら、そう話していた。
「結局、あいつが本物の王子様の代りに出る事になったのか? 勝ったら、勝ったで、ややこしい事になるぞ……」
剣術の稽古をやってるのは……本物の王子様じゃなくて、王子様の護衛の従者。
どうやら、王子様の代りに草原の民から申し込まれた勝負に出る事になったらしい。
「でも、思ったより強そうだね」
ルールは、5種目の内、1つでも勝てればOK。
そして、偽物の王子様は、王宮の兵隊相手の練習で……連勝中。
でも……ラートリーは……。
「どうしたの?」
「舐められた真似された以上は……やり返してやるか……」
「えっ?」
「おい、駄目だ、その調子なら、剣術の試合は捨てて、他のに注力した方がいい」
大声で、そう言いながら、中庭の方に向かう。
「何を言ってる? どう云う事だ?」
「中々、実戦的な剣術だ。だが……実戦的過ぎて逆にマズい」
意味の判らない説明に……偽の王子様と兵隊さん達は顔を見合せる。
「訓練用の木刀を持って来てくれ」
兵隊さん達と偽王子様はポカ〜ン。
「木刀なら……ここに……いくらでも……」
兵隊さんの1人が持ってた木刀を差し出す。
「それじゃない。勝負は、草原の民のルールでやる以上、草原の民の使う刀と同じ、反りの有る木刀だ」
あ……。
たしかに……練習に使われてる木刀は……まっすぐなモノばかり。
「あ……彼女の言う通りにしてくれ」
偽の王子様は兵隊さん達に指示。
やがて、反りの有る木刀が2本持って来られ……。
そして、2人は反りの有る木刀を手にして構える。
両方とも……何の変哲も無い、普通の……ん?
ほぼ同時に動き出したのに……先に刀が当たったのは……。
「あ……有りか……それ……?」
「これが、草原の民の剣術だ」
「ふ……ふざけるな……その足さばき……」
なるほど……。
ラートリーは軽快に相手の懐に飛び込み、偽の王子様の足は、膝を曲げてふんばるような感じ。
これが勝敗を分けたらしい。
「そうだ。重い鉄の鎧を着込むのが当り前の国なら、マモトな剣の師匠であればあるほど……弟子が稽古で今の私みたいな動きをすれば矯正する。重い鎧を着てたら、こんな動きは無理だし、仮に無理矢理出来たとしても鎧の重さで体のバランスを崩して巧く行く訳が無い。でも、草原の民は、戦の時は、軽装の鎧で馬に乗り、主力武器は弓矢だ。草原の民の剣術は、矢が尽き、馬さえも失なった時の為のモノか……さもなくば、平時の護身術だ。そっちの国とは剣術の位置付けそのものが違う」
「つ……つまり……我が国の常識では……正式な剣術の試合では有効打と認められないものも……」
「思いっ切り、有効打扱いだ。あと、草原の民の剣術は反りの有る刀が前提なんで……」
ラートリーは、偽王子様の首に木刀を軽く当てて……更に引く。
「刀を叩き付けるだけじゃ『斬る』事は出来ない。突き以外は、当たった時に押すか引くかの動きが無いと、試合では有効打と見做されない」
「あ……あ……まさか……」
「草原の民を脳味噌が足りない蛮族だとでも思ってたのか? 脳味噌が足りない蛮族が、あれだけ戦争に強い筈が有るまい。草原の民は……ズル賢さでも超一流だ。『試合は草原の民のルールで行なう』ってのを了承してしまった時点で、そっちの勝目は、ほぼ無くなっていたんだよ」
(2) 昼食が終ると、ボク達は王宮の武器庫にやって来た。
偽の王子様が弓術の試合に使う弓を選ぶ為だけど……。
「阿呆かッ‼」
早速、ラートリーの怒号。
「何がだッ?」
「それ、歩兵用の弓だろッ?」
たしかに、偽の王子様が選んだのは……大き目の弓。
馬の上で扱うのは難しそうだ。
「それが何だ?」
「『試合は草原の民のルールでやる』……それを了承したのはお前だろうがッ‼」
「だから、何を言ってる?」
「草原の民の弓の試合は馬に乗ってやるんだ。あと、弓を射た瞬間に馬の速度が遅くなり過ぎてると5人の審判の過半数が判断したら、その時点で自分は3本勝負の内の1本分を自動的に失なう」
「え……えっと……草原の民の弓は……弩?」
「いや、弩じゃない弓だ」
「両手使う必要が有る弓?」
「普通は両手を使うな」
「弓を射る時、手綱は握れない?」
「手が3本以上有る人間が居れば話は別だが、普通の人間は握れないな」
「弓を射る時……馬はどうやって?」
ぽんぽん……。
ラートリーは自分の両方の太股を叩く。
「草原では、子馬の頃から、馬を足の締め付けが手綱の代りになるように訓練してるし、逆に人間も、手綱で馬を操る方法だけじゃなくて、足の締め付けで操る方法を身に付けてる」
「え……えっと……それ、身に付けるのに、どれ位かかる?」
「早くて半年……馬も人間も……」
「……」
「あと、もう1つ問題が有る」
「これ以上、何だ?」
「草原の馬は、子馬の頃から走り方を矯正されてる。草原の馬の方が、こっちの馬より走る時の振動が小さい。慣れた馬でも、こっちの馬を使うと弓術の試合では不利になる」
「……」
「で、ルールだ。的に向かって走りながら前方に射る。的から遠ざかりながら後方に射る。的から見て横方向に走りながら射る。その3つで1試合だ。的の中心により近い場所に当てた方が1本取れる。で、先に2本取った方が勝ちだが、どの順番でやるかは格下と見做されてる方が選べる。多分、相手が格上扱いだろうから……弓術で勝目が有るとするなら、どの順番でやるかだ……どうした?」
「あ……草原の民から日程の通達が有りました。一週間後だ……どうしました?」
そこにやって来たのは女騎士のウシャスさん。
とりあえず……。
偽物の王子様の心は折れかけてるようだった。
(3)「ねえ、あなた、本当は……私のお姉様だったりしないの?」
何故か、第2王女が頬っぺたを赤くして目をうるませながら、お嬢様にそう言ってる。
「えっ……?」
「だって……髪と目の色以外は……ずっと、想像してたお姉様にそっくりだし……」
「あ……あの……」
「ほら、お姉様から送られた、この子達も、あなたになついてる……」
「がじっ♪」
「がじっ♪」
第1王女から第2王女に送られた鳳龍たちは、第2王女が言いたい事を全部言い終る前に、駆け出して……。
「がじがじがじがじがじ♪」
「がじがじがじがじがじ♪」
その場にやって来たラートリーの足に、頬っぺたをスリスリし始めた。
唖然とした表情になる第2王女と、困ったような表情になるラートリー。
「あ……あの……向こうの王子様の代理は……?」
「完全に戦意喪失だな……」
「じゃあ、万事巧く行きそうって事? 向こうの責任で、お姉様と向こうの酋長の息子の結婚は取り止めになるし……」
「ボクとお嬢様も帰れる……」
ゾクっ……。
何故か、ボクを睨みつける第2王女……。
そして、何故か、ボクの背中に走る寒気。
「良い訳有るか。あの男……自分の国に帰ったら殺されるぞ、確実にな……。王子の代理として、この国の王女との結婚を賭けた試合に出たら全戦全敗なんて事になったら、無事で済む筈が無いだろ」
「あ……」
「あ……あ……あ〜……ちょ……ちょっと後味悪いかも……」
「問題は……どのタイミングで、本物の王子様に病死していただくかだな……。ここは、慎重に考えないといけないな。性病そっくりの症状が出る毒は、すぐにでも足が付かない方法で入手出来るが……」
「はぁ?」
「えっ?」
「い……いや……何言ってんの?」
「色々と考えたが、この手が一番良さそうだ。王子様は急病で死亡。試合はお流れ。結婚話もお流れ」
その場の雰囲気が一瞬で凍り付いた……。
「あ……あの……王子様の従者を殺すのは駄目で、王子様殺すのは良いの?」
「誰か死ななきゃいけないなら……人間として一番腐ってる奴に死んでもらうのが筋だろ」
……あ……。
マズい。
ボク、かな〜りマズい人に手助けを頼んじゃったのかも……。
「あと……向こうの王子様に死んでいただかないといけない理由は、もう1つ有る。向こうの国の連中も草原の民も完全に見落してる事が有ってな……」
「え……どう云う事?」
「偽物の王子様が勝てるかもしれない種目が有る……。万が一、それに勝たれたら……」
(4)「お……お前、何言ってんだ? この国の……それも王都で隣国の王子が変な死に方をしたら……」
女騎士のウシャスさんはラートリーに、そう説教していたけど……。
「向こうの国にとっても良い事だぞ。王の器じゃない奴が王になるのを防げるんだぞ。万々歳だろ。たった1人の王子が死ぬ事で、向こうの国も安泰になる。それに変な死に方じゃない。悪い遊びをやりまくってる奴が、性病にしか思えない症状で死ぬんだ。何1つ不審な点が無い良く有る死に方だ」
「ふざけるな。政治や外交はお前の玩具じゃない」
「第一、王子が他国で性病にしか思えない恥ずかしい死に方をしたとなってみろ、向こうの国も強く出られないし、何なら積極的に死因を隠蔽する筈だ」
「無茶苦茶だ……」
「そっちが台本を書いた田舎芝居にも万事丸く収まるオチが付くんだぞ。ありがたく思え」
「ところで、何書いてんだ?」
そう言ったのは、魔法使いのサティさん。
「手紙だ」
そう言ってラートリーが見せた手紙には……。
『例の毒をすぐに入手の上、隣国の王子が、いつもどこの辺りで遊んでいるかを突き止めろ。ただし、こちらからの指示が有るまで隣国の王子に毒を盛らずに身を守れ。なお、この手紙を受け取ったなら、ちゃんと届いた事を示す返信を寄越せ』
手紙の最後には、ラートリーの胸に描かれてるのと同じ雪豹の印鑑が押されている。
「がじっ?」
その時、第2王女のペットの鳳龍の青い方がやって来た。
ラートリーは、草原の民の言葉で何かを言うと。
「がじっ♪」
「その子達、人間の言葉わかるの?」
「草原の民の言葉ならな」
そう言いながら、ラートリーは手紙を丸めて筒に入れ、鳳龍の背中に背負わせる。
「がじっ♡」
どたどたどたどたどたぁっ♪
「つ……捕まえろ〜ッ‼」
ウシャスさんとサティさんは走り出し……。
え……。
何で、ボクも首根っこつかまれてんの?
「あ……あの……ボクも手伝わないといけないの?」
「当り前だ〜ッ‼」
「でも、王女様のお気に入りだ。殺すなッ‼ 傷付けるなッ‼」
って……。
何で肉体労働者なのに侍女用の靴って、こんなに走りにくいの?
「うわあああ……」
「どけ〜ッ‼」
ウシャスさんとサティさんは、たまたま廊下に居た、初日にボクがブチのめした侍女軍団とぶつかりそうになり……。
「あ、そうだ、あの子捕まえるの手伝ってッ‼」
「あの子?」
「王女様のペット」
「は……はい……みんな、行くわよ」
「はい」
「はい」
「はい」(以下略)
「足が早過ぎるッ」
「大丈夫だ、気配は捕捉えた。眠らせる魔法を使う」
そう言って、サティさんは何か呪文を唱え……。
そして……。
廊下でグウグウ寝てる鳳龍を発見。
「た……助かった……」
「あの……連れてきました」
ところが、侍女軍団の1人が変な事を……。
あ……ああ……。
同じ言葉を話してても……意思疎通って難しい……。
その侍女が抱っこしてるのは……もう1匹の赤い鳳龍。
そして、その背後には……しれっとした表情のラートリー。
「がじぃっ♪」
赤い鳳龍は……侍女の手の中から飛び出して……もう1匹の鳳龍の背中の手紙入りの筒を奪うと……そのまま窓から飛び出て……。
「お……お前……」
「まぁ、少なくとも、私が次の連絡をやるまで、本物の隣国の王子様の身の安全は確保されてる。早く、そっちも巧いオチを考える事だな」
(5) そのまま姿を消したラートリーは夕食の頃になっても見付からなかった。
「前向きに考えよう……。あいつの言う通り、あいつが次の指示を出すまでは王子の身の安全は保証されてる」
「ふざけるな。今度こそ、お前の一族は、あいつのせいで全員斬首だぞ」
「何が有ったか、よく判んないけど……あの酋長の息子なんて、殺せばいいじゃない」
呑気にそう言ってるのは、第2王女。
「戦争がまた始まります」
「勝てるでしょ」
「勝ってからが大変なんです」
「なら、西の蛮族を皆殺しにして、西の土地は、全部、野っ原にして草原の民にあげちゃえばいいじゃない」
「よくありません」
「だって、みんな西の蛮族の事は醜豚鬼扱いしてるじゃない」
「醜豚鬼扱いされてても、我が国の人間の多くが神聖王国の者達を『自分達を文明人だと勘違いしてる阿呆な蛮族』だと腹の底で思っていても、現実問題として人間です」
「醜豚鬼の血が何割までだと人間なの?」
「あの国の人間に醜豚鬼の血なんて混ってません。多分ですが……」
「と……ところで、お姉様……今晩も添い寝してもらっていい?」
第2王女の声が、急に変になる。
「あ……あ……は……はい……」
答えたのはお嬢様。
「がじっ?」
その時、足下で声?
「あれ、どこ行ってたの? それに……?」
そこに居たのは手紙を入れた筒を背負った赤い鳳龍。
第2王女は、筒を鳳龍の体に結び付けてた紐を外し、筒の蓋を取り……。
「あ……ちょ……ちょっと待って下さい。私が先に見ます」
ウシャスさんは慌てて、中に入ってた手紙を横取りしようとするが……。
「私に読まれたらマズい事でも書いてあるの? 大体、何の手紙?」
「いや、国王陛下に出される文書だって、先に目を通す係の者が……」
「私、いつ王位についたっけ?」
「ですので……」
けど……。
「読めない……」
手紙は、草原の民の文字で書かれていた。
それに……。
「あ……あの……」
最初にその事を指摘したのはお嬢様だった。
「何で、一番下が破られてるんですか?」
(6)「あ……あの……」
続いて、ボクも、ある事に気付いた。
「な……何だ……?」
「何書いてあるの?」
「『そっちの手紙は受け取った。言う通りにする』とだけ……」
「その割には、文章が長かったわよ」
更に第2王女も指摘。
「そんだけの内容にしては……顔色悪いけど……ひょっとして、その手紙、意味が判ったら、風邪でも引いちゃう呪いがかかってたの?」
「大丈夫だ。変な魔力の気配は無い。見せてみろ」
魔法使いのサティさんは、ボクの冗談に大真面目に答えつつ、女騎士のウシャスさんから手紙を奪おうとするけど……。
「ちょっと待て……」
「何だ? ホントにマズい事が書いてあるのか?」
「……」
「何で、黙る? まぁ、これ以上、無茶苦茶な事なんて、そうそう……」
すぅ……。
はぁ……。
すぅ……。
はぁ……。
ウシャスさんは深呼吸を繰り返し……。
「あ……ああ、その通りだ。さっきのは嘘だ。冗談だと思いたくなる程に、マズい事が書いてある。心を落ち着けた上で読め」
「安心しろ、あたしも魔法使いの端クレだ。修行の過程で平常心を保……」
即オチってのは、こうゆ〜事だっけ?
サティさんは、たった、一瞬で「平常心を保ってるフリをしてるけど完全に失敗してる」状態になった。
「何が書いてあんのよ?」
「あ……あ……大し……大し……あ……えっと……。す……すぐに、その……えっと……どの部隊に連絡すりゃいいんだ、こんな事?」
「に……偽物の王子様にも……言った方が……」
「と云うか……王都に向こうの国の正式な外交官が常駐してただろ……和平交渉以降は……」
「あと、こっちの大臣を全員集めた方が……」
「だから、何が起きてんのよッ?」
「く……く……く……」
「く? 何?」
「く……くま……」
「熊がどうしたのよ? 熊が王都内に現われて、向こうの国の酋長の息子が食い殺されたとでも言うの?」
カクカクカクカクカク……。
ウシャスさんとサティさんは……放心したような表情で……首を縦に振り続けていた。
「と……とりあえず、王都警固隊に連絡して……事実関係を確認させる。その後に国王陛下に奏上だ」
「あ……そうだな……まずは、事実関係を確認だ。ちょっと……私が警固隊の隊長んとこに行って……」
どう考えても、テンパってる人が陥りがちな考えだ。
借金の催促状が何かの間違いだと信じ込めば、借金そのものが存在しなくなる……みたいな。
ボクの本来の雇い主である貧乏貴族の殿様も、借金の利子の返済日が近付くと、こんな感じになる。
「気を付けろと伝えろよ……。見付かったら、完全武装の警固隊の一〇人や二〇人でも、あっさり殺されるぞ」
「だ……だから、誰が何をやったのよッ?」
「えっと……その……通称……」
「通称? 何?」
「通称『熊おじさん』なる人物に率いられたヤクザ者達に……」
「はぁ?」
「何?」
「えっ?」
お嬢様・第2王女・ボクは、そのマヌケな通称を聞いた途端、ほぼ同時にポカぁ〜ン。
「隣国の王子が人質になった模様です」
(7)「ねえ、『熊おじさん』って、何者なの?」
王宮に来た翌朝にボクの子分にした侍女軍団に1人1人聞いてみたが……。
「う……噂だけは……」
「な……何か、酒場街とか、いかがわしいお店を仕切ってるとか……」
「何で『熊』なのかは……良く知りません」
どうやら、この王都の裏社会を仕切ってる大物らしいけど……何で、隣国の王子様(本物)が、そんなのに人質にされたかは全く判らない。
そして、夕食時……。
「お姉様……今晩も私の背中を流して下さる?」
「え……ええ……」
「あの……お嬢様……」
「何?」
「いえ……何でも有りません」
「どうしたの……? 変なエイミー」
大丈夫な筈だ。
相手は本物の王女様。
しかも、下品な言い方をすれば「まだ初潮も来てないような年齢」。
いくら迫られても断わる理性は……。
断われなくて、しかも、それがバレたら……絶対に一族郎党全員打首だ。
「あ……あの……侍従武官のウシャス様より、ソーマ王女殿下に伝言が……」
その時、王宮内の連絡係が入って来た。
「あ……あの……王女様、この人、見た事有ります?」
「あ……あるけど……? どうしたの?」
今度は本物らしい。
「ウシャス様は、国王直々に御命令があった緊急任務の為、明日より数日間、殿下の武芸の御指導が出来かねるとの事です」
「どうなってんのよ? 熊だか、ヤクザだか、1人に……?」
(8)「お嬢様と一緒の部屋で寝た方が良かったかなぁ……」
今晩も、また、お嬢様と第2王女は一緒に寝てる。
一体全体、女が王族のそれも子供を言葉は悪いが「傷物」にしたら、どんな罪に……。
いや、待てよ。
今、お嬢様が置かれてる状況からして、そんな事になっても、表沙汰には出来な……いや、バレたら、秘かに始末される事になるのか?
まだ何も起きてないと信じたいけど……逃げ出す準備はしといた方がいいかも……。
「ところで、駄目元で訊くけど……お姉ちゃん居る?」
「えっ?」
声の主は……ラートリーと出会った日に一緒に居た女の子の2人目。
「お……お姉ちゃん? 誰?」
「宮廷魔法使いのサティ。あたしとラーちゃんは、その妹」
「え……えっと……どうやって王宮に……?」
「秘密」
「何で……その……」
「がじじじじ……」
「がじじじじ……」
第3・第4の声の主は……。
「なんで、ラーちゃんとミッちゃんにはなついてんのに……あたしには、こうなんだろ?」
第2王女のペットの鳳龍だった。……しかも、めずらしく機嫌が悪そう。
「じゃ……お姉ちゃんに伝えといて。知ってると思うけど『熊おじさん』は、今、病気なんで……本来の半分ぐらいしか戦闘能力を出せないだろう、って」
「えっ?」
「ただし……『熊おじさん』の後継者候補と、兄弟分が王都に集結してるから気を付けろ、ってのも付け加えてて。『湊府』を仕切ってた娘のジョリーと『砦府』の甥のドンリーと『江府』の兄弟分のモング」
「え……えっと……どうなってんの? そもそも、何で、隣の国の王子様が……その『熊おじさん』なんて変な名前の人に……」
「お供と一緒に、その手に店に遊びに行って……ツケを貯め過ぎたみたいで……で、リーダー格だった王子様が金を持って来るまでの人質になった」
おい……。って、あの王子様なら有りそうだけど……。ああ、そうゆ〜お店で遊んでたから、ここんとこ王宮に来てなかったのか。
「でも、お供は、王宮に顔出してたけど……」
「あ〜、他の国の王宮に連れて来れないようなお供。まぁ、お供ってのは表向きで、早い話が悪い遊び仲間」
やれやれ……。
「あの……でも、単なるその手のヤクザ相手に、何で、ここまで大騒ぎが起きてんの?」
「だから……『熊おじさん』が……名前の通りの相手だからよ」
「へっ?」
「今は病気だけど……少し前までは……単なるヤクザの親分じゃなくて、この国どころか、この辺り数ヶ国で最強の……」
えっ?……さ……最強って言っても……兵隊が何十人も一斉にかかれば、何とかなるんじゃ……?
「獣化能力者」
(9) 翌朝……と言うか、女騎士のウシャスさんと魔法使いのサティさんは「熊おじさん」の件に掛りっ切りみたいで、こっちには顔を出してないんで、子分達に呼ばせに行って……結局、サティさんと話が出来たのは、昼食後だった。
「あ……えっと……確かな話なのか、それ?」
「い……いえ、ボクは……伝えといてって頼まれただけなんで……でも、獣化能力者退治に、何で、そんなに……」
「通称『熊おじさん』と、その身内は、獣化能力者の中でも最上位種らしい。単なる熊並の戦闘能力じゃない……熊を素手で殺せる戦闘能力を持ってる」
……えっ?
「更に、超再生能力持ち。骨や内臓に達していない傷は瞬時に塞がる。加えて、ベテラン級の魔法使い数人分の魔力を生まれ付き持ってる。魔法使い系の訓練をしてなくても……魔法に対する抵抗力は極めて高い。……魔法系の訓練してたら、いわば『通常戦闘でも魔法でも最強クラスの魔法戦士』の出来上りだ」
「あ……あの……それ……田舎芝居の『俺強えええッ‼』系の主人公ですか?」
「それが現実に居て、ヤクザの親分をやってると思ってくれ……。『熊おじさん』の出来の悪い息子を逮捕しようとして……王都警固隊の選抜部隊が十数人殺された事が有る。全員、鎧兜が締め技や打撃技を食って変形していた」
あああ……。
「じゃ……攻撃魔法とかは……?」
「町ん中で、そこまでの化物を殺せる攻撃魔法をブッ放ってみろ。どれだけの二次被害が出ると思う?」
「呪い殺すとか……」
「やった事は有った。あたしより技量が上の魔法使いが5人がかりで呪ったけど……肝心の『熊おじさん』はピンピンしてた。あと、内3人が『呪詛返し』で死んだ」
「あの……王都に今居る後継者候補って……その……?」
「一番強いのは『江府』のモング」
江府ってのは、この国最大の川とその最大の支流が交わる辺りに有る、この国の農産物生産とその輸送の要になる都市だ。
「『熊おじさん』とは6分4分の義兄弟で……戦闘能力は『熊おじさん』を十とするなら……九って所かな? 次が『湊府』でヤクザの女親分やってる娘のジョリーと『砦府』の色町を仕切ってる甥のドンリー。この2人は、モングに一歩劣るが……それでも父親が十としたら八ぐらいは有る」
湊府は、草原の民が住んでる草原より更に東に有る国々との海洋交易の拠点、砦府は西の「神聖王国」との国境防衛の要衝。王都・江府・湊府・砦府の4つがこの国の中で頭抜けて人口が多い町になる。
「で、元から王都に居て『熊おじさん』の仕事を手伝ってたのが……」
えっ? まだ、マズいの居たの?
「息子のヴォイド。こいつが一番弱いが……さっき話した選抜部隊十数人をあっさりブッ殺した奴だ」
サティさんは……溜息をついた。
「王都に化物が3人集ってるって話……事実かを至急調べて……本当だったら、作戦の建て直しだな……」
そして、もう一度、溜息。
「あと、遺書も書いとくか……。短い付き合いだったな……」
(10)「偽物の王子様と、草原の民の試合までに解決するのかしら……これ?」
「いっそ、向こうの国と交渉して、偽物の王子様を本物って事にしてもらえばどうですか? 本物よりも人間としてマシそうですし」
夕食と食べながら、ボクはお嬢様にそう答えた。
「ところで、本物の王女様って……」
「ちょ……ちょっと……貴方達、何? それ、誰?」
ところが、部屋の外から侍女……またの名をボクの子分達……の叫び声。
「何よ、一体……?」
ここんとこ、3度の食事とお風呂とベッドは何故かお嬢様と一緒するようになった第2王女が様子を見に席を立とうと……えっ?
「すまない。『熊おじさん』の件が片付くまで、こいつを預かっといてくれ」
「え……?」
「あ……?」
「な……何……?」
「がじっ?」
「がじぃっ?」
第2王女のペットの鳳龍達は……顔を見合せている。
大好きな相手と嫌ってる相手が同時に部屋に入ってきた為らしい。
「居なくなったと思ったら……どうやって入って来たのよ?」
「野暮な事は訊きっこなし」
第2王女の当然の問いに……部屋に入ってきた3人の1人は、しれっとした表情で、そう答えた。
入ってきたのは……3人。ラートリーと……あの夜、一緒に居た2人だ。
ただし、1人は寝てる。
「王都内は、あと何日か、とんでもない騷ぎになるだろうけど……こいつに死なれたら、話が更にややこしくなるんでな」
ドンッ‼
ラートリー達は……理由は判んないけど死んだらマズいらしい重要人物を、雑に床に落す。
「だから……誰なのよ、そ……ん?」
「がじがじがじ♪」
「がじがじがじ♪」
鳳龍達が床に投げ出された、その女の子に駆け寄り……。
「いててて……何しやが……? あっ? おい、ここ……まさか?」
「薬が足りなかったか? えっと、お前の質問に対する回答は……『お前が思った通りの場所だ』だ」
「おい、何で、こんな所に連れて来た?」
「ミッちゃんが死んだら、エラい事になるんで、一番、安全そうな場所に連れて来ただけ」
「だから、てめえら、友達だと思ってたのに、何で、こんな……」
「流石に、お前の命に関わる事態だ。友達ごっこは終りだ。事態が治まるまでは……本来の関係の戻らせてもらう」
「ああ、なら命令だ。あたしに敬語だけは使うな。お前に敬語使われると嫌味言われてるようにしか聞こえねえ」
「だから……これ……誰よッ⁉」
ポカ〜ン。
第2王女の問いに……ラートリー達3人全員が……。
「何で、まだ、誰も気付いてないんだ?」
「えっ?」
「神聖王国の王子の従者は……いいとこまで推理したけど……あと一歩、想像力が足りなかったな……」
え……?
えっと……?
まさか……?
(11)「あのさあ……君達、馬鹿なの?」
ラートリーが置いてった子は……当分は侍女のフリをする事になったけど……またしても起きてしまった……。
ボクが王宮に入った翌朝と同じ事が……。
元から居た侍女達が「新人教育」と称して、新入りの靴と服を隠そうと……した途端に、気配を察知して飛び起きた新入りにボコボコにされた。
もちろん、靴を隠そうとしたのは、侍女軍団の中でも、一番立場が弱い子で……命令した子は、更にボコボコにされた。
「ずびまぜん……ごれば……じんいりがばいっだどぎのごうれいぎょうじみだいなもので……」
「君もどうかしてるよ」
「そうか?」
「顔は勘弁してあげようよ」
「あ……ああ、うっかりしてた」
「あと、ここまでやったら……あと何日かは、この子達、マトモに仕事出来ないよ。この子達の代り、誰がやるの?」
「え……ひょっとして、あたしと……お前?」
「そう」
「この馬鹿っぽい上に、動きにくい服で?」
「そう……はい、人前で舌打ちしない」
「ちくしょう……」
「乱暴な言葉も使わない」
「クソ……逃げたいけど……わかった。こいつらを怪我させた分の働きはやるよ。やればいいんだろ?」
「はい、その通り。ところで……何て呼べばいいの?」
「えっ?」
「あの……何で、名前を訊かれただけで固まってんの?」
「え……えっと……いや……だから……その……」
「早く名前言ってよ」
「あ……あ……あ……アスラン」