のびのびTRPG 第4話 思い出した夢・かない始めた夢使った(引いた)カード
キャラクター:機械屋
イントロダクション:最速伝説の幕開け
シーン1:鉄道旅行の途中で
カード1:光:秘めた血筋
シーン2:蒸気の巨象
カード2:闇:ダイナマイト
シーン3:追憶のメロディ
カード3:光:パトロン(NPC)
シーン4:スリにあう
カード4:光:カウボーイ
シーン5:洗脳音波
カード5:光:騎士称号
クライマックス:華々しき博覧会
先に記しとく設定、
機械屋(主人公)は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
と言うことで。
カタンコトン、カタンコトン、列車が走る。
少し開けた窓。風が入ってくる。
窓に立てかけたラジオ。ニュースが流れてる。
『12王国連合の惑星一周レース、開幕まであと一週間』
『ブルックリンクサーキットでは既にお祭り騒ぎが始まっている』
そんなニュースだった。
アタイは機械屋。今は旅の途中。
機械屋と言ってるけど、ここ一年くらい作業らしい作業はしていない。
だけど機械屋でありたい、だから作業着を着て旅をしてる。
ちょっと前だったか、いくらか前だったか、アタイはこの惑星一周レースで優勝した。
先輩の夢だったエントロピージェネレーターを実証するために出場した。
完走できれば十分、そう考えてたんだけど、優勝してしまった。
思い出す。
『じゃ、俺は行くわ』
そう言って去っていった新聞記者が少しの時間の後、走って戻ってきた。
「あんた、エントロピージェネレーターの権利登録は済ましてんだろな?」
「権利登録?」
アタイには何のことやら。
「やっぱりか……」
新聞記者は天を仰いだ。
「すぐに来い!」
新聞記者はアタイの腕を思いっきり引っぱった。
プレスセンターにアタイを連れてきた。
「エントロピージェネレーターのデータ、持ってるな?」
「ああ、ある」
新聞記者の問いに、アタイはポケットからインフォメーション端末を取り出した。
「よし、とりあえずはどうにかなる」
新聞記者は通信を始めた。王都へつないだらしい。
「ああ、そうだ、社長につないでくれ」
しばし待つ。
「社長、嫌な予感が当たっちまった。
今からデータを送る。すぐに手続きをしてくれ」
新聞記者がアタイの方へ手を出した。端末を貸せ、そう言うことだろう。
アタイは端末を新聞記者に渡した。
端末を通信機につなぐ。エントロピージェネレーターのデータが次々と送信された。
「社長、どうにかなるか?」
新聞記者がアタイを手招きした。アタイに変われと言うことか。
「機械屋だ……」
向こうからとんでもない早口が帰ってきた。
『情報量が多すぎる!
まずは理論の要点だ』
アタイは最低限だけを伝える。
『うむ……、
まだ長いが……』
「それ以上は削れねぇ、理論にならねぇ」
いくらかの反抗。
『わかった。
次に図面だが、これも詳しすぎる。
もっと簡単なのはないか? サイズと材質がわかればいい』
ある、先輩の命を奪ったやつだ。
できれば口にしたくないけど、そのパートを伝えた。
『これで十分だ』
新聞記者がまたアタイに手を伸ばした。また変われと言うことか。
「どうだ社長、どうにかなりそうか?
よし、よし、じゃ頼む」
通信はそれで終わった。
「ったく、あんたはどこまで善人なんだ……」
「どう言うことだ?」
さっぱりだったアタイに新聞記者が丁寧に説明してくれた。
要は「権利登録」ってのをしないと、先輩とアタイの成果を横取りされる、そう言うことらしい。
「じゃ、ピットに戻りな、
俺は急ぎで記事を書く」
新聞記者に言われるがままにピットに戻ってきたもののすることがない。
表彰式をしようにも、ゴールしたのはまだアタイだけだ。
マシンのコックピット、フロントシートに体を置いた。
本当はここがアタイの座るべき場所だった。そんなことを考えているうちにアタイは眠りに落ちた。
翌日は朝から大賑わいだった。
ゴールを見ようとする観客がおおぜい集まった。
スタンドだけには収まりきらない。コースが見える所ならどこにでも観客がいる。
ピットも大騒ぎだ。
ゴールを迎えるスタッフがたくさんいる。加えてスポンサーの大物らしい人物もいる。
昼を少しすぎた頃か、優勝を確信したやつがコントロールラインを越えた。
そこから5分ほどしてか、準優勝を競っていた二機がゴールした。
それからは次々とマシンがコントロールラインを通過した。
夕方、ようやく表彰式が始まった。
アタイが優勝として、準優勝のやつと三位のやつは、嬉しそうでいて、残念そうでいて、複雑な表情をしていた。
そりゃそうだ、化け物みたいなマシンに、化け物じみたパイロット、絶対に負けるはずがない、そう考えて全力を出したはずだ。それがゴールしてみればアタイがいた。さぞかし無念だろう。
アタイはと言うと、優勝できたのは嬉しかったし誇らしかった。
でも、一緒に祝うはずだった先輩が隣にいない。悲しくて切なかった。
そう言えば、新聞記者が勤めている新聞社の朝刊はエントロピージェネレーターがトップニュース。一面全部がエントロピージェネレーターの記事だった。
朝の時点では記事を読んだ誰もが相手にしなかった。巨大なガセネタだと見た。
だけど、アタイの優勝の報が入ると大騒ぎになった。
新聞社にはアタイに連絡を取りたいと言う連中の通信が殺到した。
ありがたいことに新聞社はすべて断ってくれた。おかげでアタイのところにはあの新聞記者ひとりしか来なかった。
もっと大変だったのは、アタイの権利を管理してくれることになった社長の会社だ。
世界中から問い合わせが殺到した。
駆け出しのベンチャー企業から超巨大企業まで、がアタイの権利を買いたいと言ってきた。
アタイには断る理由はない。だから売ることにした。
アタイが提示した金額は、その筋では格安すぎるくらい格安だったらしい。
社長は、そんな金額はありえない、とアタイを何度も説得してくれた。だけど、アタイはぜんぜん構わなかった。
一件一件はそれほどの額じゃない。だけど世界中に売ったのだ、とんでもない金額になった。
一夜にして大金持ち、二夜を越えるとアタイは人間不信になりそうだった。信じられない金額になった。
これほどの金額、アタイが自分で管理できるとは到底思えない。アタイは社長に資産の管理も頼んだ。
騒ぎが落ち着いた後、アタイはスランプにおちいった。何もする気になれない。
毎日をぼーっとすごした。先輩の夢、アタイの夢はかなった。でも夢だ。かなってしまえば……。
時々、少女ちゃん、いや、もう「少女さん」と呼ぶべきか、が様子を見にきてくれた。
少女さんは色々とあった末に軍に保護されることになった。保護されてるとは言え、外出したいと言えば外出できた。でも楽しくない。その考えの末に少女さんは勉強を始めた。
十分すぎるほど十分に勉強した後、今度は働きたくなった。だけど、さすがに毎日毎日外出する訳にはいかない。色々と話し合って落ち着いた。少女さんは軍に入隊した。ハードな訓練を重ね上げ、今は、もう古い付き合いになる軍の「謎の男」の側近をしてる。
その日も少女さんがアタイの様子を見にきてくれた。
『外に出ませんか?』
そう誘ってくれた。
アタイは食料品の買い出し以外には外に出てなかった。
少女さんはアタイが元気になれるようにと一生懸命だった。ありがたいことだ。
大通りのカフェテラスで一休み。少女さんがアタイに言った。
『旅をしたらどうでしょうか?』
その言葉にアタイは先輩の言葉を思い出した。
『何でも見て、聞いて、触って、体験は大事だし、役にも立つ』
アタイは旅に出ることにした。
飛空挺を使えばすぐに世界中をまわれる。でもそれじゃ面白くない、そう思った。だから鉄道を使うことにした。
王都中央駅を出発する時、少女さん、「謎の男」、新聞記者、それに社長がアタイを見送ってくれた。
旅を始めてどれくらいになるか。一年か、二年か、もっとか。気が向いた時に、少女さんにメッセージを送った。『アタイは元気にしてる』、そう伝えるために。
昔を思い出してたうちに車窓がかわってた。
列車は田園風景の中をのんびりと走ってた。
田舎の路線。もちろん単線だ。乗客はまばら。
一面の鮮やかな緑の中にある小さな駅に列車が止まった。
対向する列車とすれ違い。単線ではよくあること。
駅舎から男の子があわてて出てきた。
飲み物や食べ物を並べた大きなかごを持ってホームにやってくる。売り子をしてるのか。
時々、列車の窓から手を伸ばして何かを買っている乗客がいた。
窓に立てかけてたラジオを片付けて窓を上げる。
男の子がアタイの前を通る。アタイは男の子を呼び止めた。缶コーヒーと菓子パンを買った。
「350ダリル」
男の子の言葉にアタイはポケットを探った。細かい金がない。アタイは男の子に100ダリル硬貨を4枚、400ダリルを渡した。
「釣りはとっときな」
そう言うと男の子の表情が曇った。
「お釣りはちゃんと渡さないと。
父ちゃんがいつも言ってる、『お金のやり取りはきちんとやれ』。
お金はちゃんと使わないと」
アタイは釣りの50ダリルを受け取った。
「そうだな。
あんたの父ちゃんは良い人だな。
良い商売人になれるよ、あんた」
「そうなのか?
オレ、大きくなったら立派な店を持つんだ」
そう言い残して男の子はまたホームを歩きだした。
『お金はちゃんと使わないと』、その通りだ。アタイはそんな当たり前のことを忘れてた。
菓子パンを口にする。また思い出した。アタイに大金が入った時のこと。
アタイが『偉大なる王の血を受け継ぐ者』だと言って近づいてきたやつがいた。
そう言ってアタイから金を巻き上げようと考えたらしい。
どう考えても詐欺。それ以外とは思えない。詐欺をするならもう少し上手いうそを使え、そう思った。
カタ、カタ、カタ、カタ、ホームの向こう側の線路から小さな音が聞こえてきた。
音は少しずつ大きくなる。すれ違いの列車がきた。スピードを少しずつ落としてホームの向こう側に止まった。
男の子は、今度はそっちの列車で商売を始めた。
列車が動き始めた。
初めは、カタン……コトン……カタン……コトン……、
少しずつリズムが速くなっていく。
カタンコトン、カタンコトン、
聞き慣れたリズムになった。
夜遅く、ちょっとした大きさの駅に列車が止まった。
この列車はここまでだ。
駅員に近所に宿があるか聞いた。
駅員が言うには、駅前、駅のすぐ向かいのパブが宿もしているとのこと。
アタイはそこで一泊した。
翌朝。
朝一番の列車に乗った。昼すぎに「終点」に着く予定。
いつもの、カタンコトン、はかわらないけど風景がかわってきた。
田園風景が街の風景になってくる。
完全に街の風景になった。もうすぐ終点。
列車は終点のターミナルに着いた。アタイは列車から降りた。王都ほどではないけど大都市。賑やかだ。
駅前は大きな公園。
今日は何かの祭りなのだろうか。たくさんの人が浮かれてる。
金属製の巨大な象がトレーラーで運ばれてきた。
象は、ずうん、ずうん、と重たい音を響かせてトレーラーから降り立った。
そのまま公園の広場へ向かう。大きな歓声が上がる。
アタイの見立てだと、あれは蒸気で動くおもちゃの象、両手で持てるくらいの大きさ、を巨大にしただけだ。
だとしたら、とてつもなく危険だ。
嫌な予感がする。
ぱおぉぉぉー!
象が大きな音を上げた。周囲の人々が驚く。暴走だ! どすん、どすん、と走り始めた。
蒸気の圧力が上がりすぎたんだ。
どうにかして止める。アタイはその方法を知ってる。圧力を下げれば良い。
アタイは象の前にまわりこんだ。
鼻とキバを足がかりにして象の背中に上がる。
こいつの背骨には蒸気管が走ってる。
背中の隙間から背骨をガンガンと踏みつける。蒸気管がひん曲がる。
さらに踏みつける。蒸気管に亀裂が入った。亀裂から勢いよく蒸気が吹き出した。
ずずずずず、象は止まった。
騒ぎが収まった後、祭りの責任者と象の責任者が、アタイに謝礼を、と言ってきた。正直アタイには必要ない。でも、こいつらのメンツもある。アタイは謝礼を受け取った。
夜、安宿に泊まる。
豪華な宿に泊まるのに十分なだけの金はもちろんある。だけどそんな気にはなれない。
一度泊まってみたけど、とにかく落ち着かなかった。
アタイには安宿の方がいい。工房のベッドに似ているのだろう。いちばん落ち着ける。
ベッドに入ろうとした時に思い出した。
ダイナマイトを初めて作ったやつは手に入った大金で、世界中のすごいやつらを表彰したらしい。そんなことが大昔にあったと言う。都市伝説だ。
最近、オルゴールの音色を聞かないと眠れない。オルゴールの旋律がアタイを眠りに誘う。
また思い出す。先輩のこと、少女さんのこと……。そう言えば親方はどうしてるのだろうか。長らく会ってない。いずれ鉄骨峡谷にも行こう。
夢を見た。
『金は惜しまない、存分にやりたまえ。私は君の才能と勇気に投資しているのだ』
そう言ってアタイに近づいてきたやつもいた。
アタイには十分すぎる金がある。贅沢な言い方だけど実際そうだった。だから丁重にお断りした。
次の日も、カタンコトン、カタンコトン、列車が奏でるリズム。
それから何日かして思いついた。
王都に帰ろう!
思いついてから一週間くらい後、アタイは王都中央駅に着いた。
やっぱり王都は賑やか、人の数もとにかく多い。アタイはこんなすごい所に住んでたのか。久しぶりの王都に驚いた。
雑踏の中を歩き始める。アタイの腰のポケットに誰かの手が伸びる。すぐにわかる。スリ。素人だ。アタイはそいつの手をつかんだ。
「くそっ、離せよ! 見逃せよー!」
女の子だった。警察に連れて行けばすぐに済む。だけどそうする気にはなれなかった。
駅前のレストランに連れて行った。腹が減ってたらしい。とにかく食わせた。ここ何日か何も食ってなかったと言った。
腹いっぱいになって落ち着いたところで事情を聞いた。
元は裏通りに住んでたらしい。母親を早くに亡くし、つい一週間ほど前に父親も亡くなった。父親の葬式は何とかかたちになったけど、住む家がなくなってしまった。その後はどうにもならなかった、と言うことだ。
女の子は言った。
「アタシは裏社会で生きていく」
この子は裏社会をわかってない。
二人で店を出る。女の子の手を引いて大通りを歩く。角をまがって少し行けば裏通り。裏通りのさらに裏を目指す。
女の子は手を引っぱるアタイに抵抗する。その手は震えてた。
『ここから先には絶対に行くな』、そう言い聞かされて育ったらしい。良い親だ。
「いいか、お前の行く先は二つだ。
この先に行くか、
メシと寝床はどうにかなる、後は自分でどうにかする、
好きな方を選べ!」
少々キツく言いすぎたか。
女の子の答えは、『メシと寝床』だった。本当に良い親に育てられた子だ。
アタイは女の子の手を引いて、今度は役所の『よろず相談ごと』の窓口に行った。女の子の事情を話して、保護施設に話を通してもらう。話はすぐに進んだ。これでこの子のメシと寝床は確保できた。
「いいか、これから先はよーく考えて生きろ」
アタイの言葉に女の子は言った。
「あの……、ありがとう」
「気にするな、困ったときはおたがいさまだ」
女の子を役所の職員に引き渡して役所を出た。
工房への帰り道にあるゲームセンター、ここもかわらない景色。先輩とよく来た。
『カウボーイ・ショット8』、100ダリル硬貨を入れる。ゲームが始まる。
アタイなりにがんばったけどすぐにゲームオーバー。やっぱり先輩はすごい人だったんだ。
さて、工房に帰ろう、振り返った瞬間、三人いた。その一人が、バチッ、スタンガンをアタイの腹に押し当てた。
気がついた。
アタイは巨大な処置台に拘束されてた。手首と足首がしっかりと固定されてる。顔の前には不気味なアンテナがあった。
部屋にはアタイの他に白衣を着たやつが三人。
「てめえらなにもんだ!
女一人に三人がかりかよ!
ショボいことしてんじゃねーよ!」
違う。
今、部屋にいる三人はアタイを襲った三人とは別のやつ。アタイを襲ったのは間違いなくプロ。
この三人はアタイをしっかりと拘束してから仕事を引き継いだのだろう。
いったい何をしたいのか? 『アタイだから』狙った、それは間違いない。
三人は何も言わずに部屋を出る。
アタイを動けなくしてる処置台。顔の前にある気味の悪いアンテナ。アタイの心に不安が生まれる。
アンテナから音波だか電波だか、何かが放たれ始めた。放たれた「何か」が、ぐわんぐわんぐわんぐわん、と頭に響く。
記憶が消えていく。そんなふうに感じる。なんとかして何かを思い出そうとするけど思い出せない。
記憶のコピーか? 『アタイの記憶』を取り出すつもりか? 今の感じだと「コピー&ペースト」じゃない。「カット&ペースト」だ。
怖い。心に生まれた不安がどんどん大きくなる。不安と恐怖がアタイを支配し始める。
ふわり、何かがアタイの中に現れた。
不安と恐怖に支配される。昔そんなことがあった。そんな気がした。
ふわりと現れたのは先輩だった。
先輩の姿が浮かんだ。
先輩は何か言ってる、何を言ってるんだ?
『機械屋ちゃん、メーター何キロまで見た?』
『120まで……。それ以上は怖くて……』
先輩の言葉にアタイは確かにそう言った。
先輩は見た。だから怖くなかった。
アタイは怖いから見なかった。
怖くてもしっかり見たら怖くないかも? そう思えた。
まず呼吸を整える。改めてまわりを見る。
部屋にはこの処置台とアンテナがあるだけ。
他には……、アタイの荷物がドアの横に置いてあった。
何かを思い出せそうな気がした。
何か……、何か楽しいことだ。
思い出した!
顔の前のアンテナ、先輩が作ったやつだ。
かたちと色は違うけど間違いない、先輩が作ったやつ!
先輩はこれを作ったとき、思いっ切り自慢した。
大きな悩みごとを背負ってしまったときに、記憶を消して悩みをなかったことにする。そうすれば楽しく生きられる。
アタイは言った。
『悩みの種を解消したわけじゃないから、根本的には解決してないだろ』
先輩はちょっと、しゅん、とした。
次々と思い出す。
記憶がどんどん戻ってくる。
時々しか思い出さない記憶。消え去りそうになってた記憶。
それに、忘れ去ってた記憶まで思い出す。
この機械のこともしっかり思い出した。この機械は過去の記憶を呼び覚ますこともできる。
『過去の恐怖を思い出させて、その恐怖を改めてあじあわせることができる!』
先輩は、こんどこそ、と胸を張った。
『んじゃ、ハッピーな記憶を思い出したら?』
『……幸せな気分になれる』
アタイの問いに先輩はへこんだ。
この機械は実用化はしたものの役に立ちそうにはなかった。
これ以上の記憶は脳がパンクしてしまう。それくらいたくさんのことを思い出した。
その中に『とても大事なこと』があった。すぐに工房に帰ろう!
アタイを拘束してる処置台。これも先輩が作ったものだ。
先輩がこれを披露したときのことを思い出す。
先輩は得意げだった。
処置台が工房の真ん中に、どん、と置かれた。
先輩は準備を始めた。処置台から少し離れたところに椅子を置いた。
処置台と椅子の間をシーツで仕切った。
先輩は処置台に上がり寝転んだ。アタイに手首と足首を固定しろと言った。
固定すると、次はシーツの向こう側の椅子に座れと言った。言われた通りアタイは椅子に座った。
カンカンカンカカンッ、カンカンカンカカンッ、カンカンカンカカンッ、
音が止まった。と思ったら、また音が始まった。同じリズムがもう三回響いた。
少しして。
『じゃーん!』
シーツの向こうから先輩が現れた。
正直、驚いた。これはすごい!
先輩が言うには、枷を一定のリズムで動かすと外せるらしい。
とは言うものの、
『で、これは何に使うんだ?』
先輩は困り始めた。
『これの使い道か……、
ないね』
先輩は何を考えてたんだろうか。今となってはわからない。
だけど、先輩のおかげだ。
カンカンカンカカンッ!
このリズムを刻んだ。枷はすぐに外れた。
ドアの横にあった荷物を担ぐ。どこまでいい加減な連中なんだ、と思った。
インフォメーション端末もすぐに見つかった。
ドアも簡単に開いた。後は、と、建物の出入り口がありそうな方へ向かって走り始める。
アタイの前にいたやつは片っ端から殴り倒して、蹴り倒して走った。
何人倒したかわからなくなったくらいのところで、外へのドアが見つかった。
とてつもなく幸運だった。アタイがたどり着いたのは正面玄関だった。
建物の外に出てわかった。隣国の首都だ。
ここは街の中心部。すぐにタクシーをひろった。飛行場まで急いでもらう。
飛行場に着く。アタイは大急ぎでチケットカウンターへ走った。
王都への便にぎりぎり間に合った。
飛空挺ならすぐだ。30分もかからずに王都の飛行場に着いた。
飛空挺を降りてすぐ、到着ゲートを目指す。今度こそ工房に帰ろう!
到着ゲートを出たアタイは驚いた。少女さんと「謎の男」がいた。何が何だかわからない。
アタイは二人に連れられて政府の公用車に乗せられた。
車内で聞いた、アタイが王都中央駅に着いたタイミングで出迎えるはずだったが、間に合わなかった。その後、アタイを見失ってしまったとのことだ。
駅で間に合わなかったためにアタイを危険な目にあわせてしまって申し訳ない。「謎の男」が謝罪の言葉を口にした。少女さんも『ごめんなさい』と頭を下げた。
アタイには謝られる筋合いはなかった。
「いや、結果オーライだ。
拉致られて正解だったかもしれねぇ。
向こうに連れて行かれたおかげで、いろいろ思い出せた。
それに……、やりたいことがわかった」
少女ちゃんは不思議そうにアタイをみた。「謎の男」は『フフッ』と軽く笑みを浮かべた。
「旅は終わりだ!」
少女さんは目を『ぱちくり』とさせた。もしかして信じられていないのか?
「えっと、えっと、それは……」
「工房で作業開始だ!」
アタイは言い切った。
「じゃあ、じゃあ、機械屋さんは……」
「アタイが納得できるまで工房にいる」
アタイの言葉に少女さんは瞳に涙を浮かべた。
それでアタイの件は終わった。
次は二人からの話だ。
駅では出迎えられなかったけど、今度は飛空挺。便がわかってたので十分に間に合ったと言うことだ。
じゃあどうしてそこまでしてアタイを追いかけるのか?
二人の話にアタイはとにかく驚いた。
国王がアタイに騎士の称号を与えたいらしい。
アタイにはそんなものは似合わないし、正直どうでもいい。
でも、断るとなると「謎の男」と少女さんに失礼になってしまう。
だからこの話に乗ることにした。
アタイたちが乗ってる車はすでに王宮に向かってた。確信犯だったのかもしれない。
王宮に着くとすぐに、アタイは作業着からライトグレーのスーツに着替えさせられた。
髪をきれいに結い上げられて、メイクをされた。……生まれて初めての化粧だった。
アタイが王都中央駅に着いた後、いつでも称号の授与式を行えるよう準備してたらしい。
15分ほど待ってか、全ての準備が整ったと告げられ、式が始まった。
王宮の正殿、謁見の間で国王から騎士の称号をもらった。
授与式が終わると、今度はドレス、淡いアイボリーのドレスに着替えさせられた。
ドレスに合うように、と改めて髪を整える。メイクもドレスに合うように整えられた。
晩餐の間に向かった。アタイの到着を合図にパーティーが始まった。
パーティーには「謎の男」と少女さん、それに新聞記者もいた。
新聞記者は浮かれてた。
「あんたのおかげであっちこっちと色々パイプができた。おかげでウチは大躍進って訳だ」
パーティーは夜遅くまで続いた。
パーティーがお開きになった後、アタイは王宮に泊めてもらうことになった。
「貴賓室」にアタイは通された。すばらしく豪華、すばらしく華やか。こんな所でアタイが寝ても良いのか? 真剣にそう思った。でも、せっかく用意してくれたんだ、アタイはベッドにダイビングした。
……結局、ぜんぜん眠れなかった。やっぱりアタイには豪華すぎる。
だけど、夜が明けたら今度こそアタイは工房に帰れる。その気持ちがどんどん高まった。
翌朝。
「謎の男」と少女さんに見送られて、アタイは工房に向かった。
『車を用意させようか』、「謎の男」がそう言ってくれたけど、アタイは断った。
「王都の感覚をすっかり忘れてる。
歩きながら思い出したい」
王宮から倉庫街までは、十分歩ける距離。
街の風景を見ながら歩く。記憶と同じ景色だったり、記憶とはかわってたり。
そうこうしているうちに倉庫街に着いた。
「工房」の前に立つ。インフォメーション端末を操作した。シャッターがゆっくりと巻き上げられていく。工房の中を日の光が満たしていく。
記憶にある工房、そのままの景色。
ひとつ違うのは、工房の中にはうっすらとほこりが積もってた。
アタイはまず工房の掃除をした。工房がすっきりとした。
「よし!」
アタイは作業を始めた。
拉致られた先で思い出した『とても大事なこと』。ちょっとした思いつき。『水晶増幅式エントロピージェネレーター』。
昔行った『水晶の宮殿』の水晶と同じ物質を使ってエントロピージェネレーターの出力を跳ね上がらせる。
既に誰かが作ってるのではないか? 調べると誰も作ってなかった。
アタイはすぐに製作に手をつけた。
エントロピージェネレーターにちょっとした「おまけ」をつけた機械だ。すぐに出来上がるだろう。
アタイは楽観的すぎた。この開発のメイン、増幅用の水晶の共鳴周波数はすぐにわかった。
蛇足だけど、面白いことにこの共鳴周波数は人の脳のクロック周波数とほとんど同じだった。
エントロピージェネレーターの出力周波数をそれに合わせる。これで上手く行くはずだ。
でも、共鳴しない。もちろん増幅もされない。
増幅、増幅……。
……アイデアが出てこない。
翌日。
ふと思いついた。アタイは昔、『水晶の宮殿』で恐怖にとらわれた。ちょっとした不安が元で。
そこに先輩のアイデアを上乗せさせた。
恐怖を増幅させる。ハッピーを増幅させる。
それだ!
アタイは水晶の共鳴周波数をひとつだと考えてた。ふたつの波が合成されてたら? アタイが蛇足だと思ってたことが重要なことだった。
さっそく試すことにした。
アタイの感情を増幅させるはずの水晶、脳のクロック周波数を記録するロガー、テレビ、それに椅子を用意した。
ロガーのセンサーをアタイの頭に取り付けて椅子に座る。
ホラー映画を観た。アタイはホラーは苦手だ。できれば観たくない。でも、開発のためだ。自分にそう言い聞かせて映画を再生した。
映画の冒頭、一人目の犠牲者が出た。まだタイトルすら出ていない。その時点で背筋がぞくぞくした。
主人公たちがモンスターから懸命に逃げる。
ひとり、またひとりとモンスターの餌食になる。
怖いとにかく怖い。
今まさにアタイの後ろにモンスターがいるんじゃないか? そんな馬鹿げた妄想まで出てくる。
もう観るのは止めよう。何度もそう思った。
でも、映画をあきらめるか、開発をあきらめるか。答えは決まりきってる。アタイは最後まで映画を観た。
体じゅうが冷や汗でぐたぐたになってた。
すぐにログを見た。脳のクロック周波数が平常時より少し上がってた。
次に、コメディ映画、アタイの超得意分野、を観た。
話のまくらでアタイは既に爆笑。話が進むにつれて笑いの種がどんどん過激になる。
主人公の軽いギャグで爆笑。普通に観てたら軽く笑ってたシーンだ。
そこから先は爆笑が続く。大爆笑になる。さらには大爆笑を超える。息ができない。体じゅうの筋肉が痙攣した。
ストーリーが終わってスタッフロールが流れ始めた。
この映画のポイントはスタッフロールにも「笑い」が入っているところだ。それをアタイは忘れてた。
ほっとひと息つけそうだと思ったところへ不意打ちだ。体に力が入らない。
笑いが限界を超えると笑えなくなる。今まで知らなかった良い経験ができた。
こちらのログを見ると、平常時より少し下がってた。
恐怖とハッピー、脳のふたつの周波数を重ね合わせると、水晶の共鳴周波数と全く同じになった。
エントロピージェネレーターの出力をふたつに分ける。
それぞれを少し上と、少し下の周波数にして水晶に送り込んだ。
ぶぅん、とエントロピージェネレーターの出力が跳ね上がった。
アタイはすぐにスイッチを切った。出力が30%くらい上がってた。これ以上のテストは工房では危険すぎる。
王立技術院の実験場を借りよう。そう決めた。
その日のうちに実験場の予約を取った。
一夜明けた。
朝一番でトラックをレンタルしてきた。試作機をトラックに積んで実験場へ向かう。
アタイが予約した実験スペースは実験場でいちばん頑丈なつくりのスペースだ。
部屋全体が厚さ2mのコンクリートで固められてる。
それほど酷い結果になるとは思わなかったけど、念のためだ。
実験スペースの真ん中に、増幅用の水晶を追加したエントロピージェネレーターを置く。
記録を取るためのロガーにつなぐセンサーを部屋中に取り付けられるだけ取り付けた。
スペースから出る。
スペースをしっかりと密閉。
エントロピージェネレーターを始動させた。
ロガーからのデータに目をやる。安定して動作してる。
増幅用の水晶に回路を切り替えた。
工房ではすぐにスイッチを落としたけど、どこまで行けるか試したかった。
工房での記録、30%増をすぐに超えた。40%、50%、70%、出力がどんどん上がっていく。
90%を超えたところで、ボッ! エントロピージェネレーターが吹き飛んだ。
実験スペースの中の安全を確認した後、中に入った。
部屋の中には何もなかった。
あまりのエネルギーでエントロピージェネレーターも増幅用の水晶も蒸発してしまったと言うことだ。
トラックを返して工房への帰り道。
アタイは思った。とんでもない物を作ってしまった、パワーが巨大すぎる、体がぞくっとした。
水晶増幅式エントロピージェネレーター、こいつを実用化するには相当に頑丈な筐体と、相当に頑丈なリミッターがいる。
それからは試行錯誤が続いた。
年の終わり、もうすぐ新しい年を迎える。
水晶増幅式エントロピージェネレーターがついに完成した。
今度はすぐに権利登録の手続きをした。
アタイはすぐに発表しようとしたけど、国から『待ってくれ』と止められた。
これも画期的な機械だったらしい。
年が明けて少ししたら万国博覧会が催される。そこで大々的に発表して欲しい。そう言われた。
もどかしさがあったけど、アタイは万国博覧会を待った。
いよいよの万国博覧会。「水晶増幅式エントロピージェネレーター」はすぐに世界的なニュースになった。
夢がかなった、アタイはそう思ったけど何か納得できなかった。
先輩のアイデアを改良しただけ。アタイはアタイのオリジナルを作りたい。その思いは日に日に強くなった。
アタイは考えることにした。
メシ食ってるときも、寝てるときも、「アタイのオリジナル」を、とにかく考えて、考えて、考えた。
ある朝、朝メシを食おうとしたらジャムが尽きてた。
今日は買い物の予定はない。
ジャムを買うためだけにマーケットに行くのは面倒。
通販で頼んだら1時間ほどでか、遅くても昼前には届くだろう。
でも、アタイは「今」ジャムが欲しい。ジャムがすぐにこっちに来てくれたらいいのに……。
もっと贅沢を言えば、この瞬間にジャムが現れたらいいのに……。
……!
アイデアが出た!
エントロピージェネレーターは無限のエネルギーを生み出す。じゃあ、無限の物質は?
すぐに、既に作ったやつはいないか確かめた。いなかった。
朝メシを放り出してアタイは理論構築を始めた。
三日ほど徹夜した。四日目にベッドに倒れ込んだ。
意識が戻ったら、また徹夜を続けた。
またベッドに倒れ込んだ。
それを繰り返した。
メシは初めのうちは食ってたけど、いつからかメシを食う時間も惜しくなった。
何日目になるか、ベッドから起き出して部屋を出ようとしたところで目の前が真っ暗になった。
アタイは床に崩れ落ちた。
気がつくと白い天井。ふかふかの布団に寝てた。アタイの部屋じゃない。
左腕に点滴をされてた。病院か? ベッドの横、少女さんがパイプ椅子に座ってた。うとうとしてた。
アタイは体を起こそうとした。
そのかすかな音で少女さんが目を覚ました。
少女さんはアタイに抱きついて大声で泣き始めた。
泣きやんで落ち着いた少女さんに顛末を聞いた。
少女さんが久しぶりにと、工房にアタイの様子を見に来たら倒れてたらしい。
すぐに救急搬送された。
アタイは極度の疲労と栄養失調。
入院した後、まる三日、眠り続けてたとのことだ。
意識は戻ったもののまだ不安がある、医師にそう言われた。加えて二日、入院した。
少女さんに、もう大丈夫だから、と言ったけど、少女さんはアタイが退院するまでつき合ってくれた。
退院後、アタイはすぐに工房に戻った。
もう少女さんを心配させたくない。生活のリズムを保って理論構築を進めた。
数ヶ月の後にたどり着いた結論。理屈の上では無限の物質を生み出すのは不可能じゃなかった。
「空間揺らぎ捕獲型物質生成理論」そう名づけた。
すぐに試作機の設計に取り掛かった。
まずは極小タイプのを設計した。最低限の理屈だけの機械。
もちろんひとつめで成功するわけなんかない。
設計を見直す。試作機を作る。問題点を洗い出す。設計を見直す。試作機を作る。……。
早々に壁にぶち当たった。アタイ一人ではどうにもならない。
アタイの様子を見に来てくれた少女さんをこの日はアタイから、街に出よう、と誘った。
大通りのカフェテラス。少女さんが『旅をしたらどうでしょうか?』、そう言ってくれた店だ。
アタイは『一人ではどうにもならない』と少女さんに愚痴った。少女さんの返答はいたってシンプルだった。
「助手を雇ってはどうですか?」
少女さんは続けた。
「先輩さんの夢がかなったのは機械屋さんがいたからです。
機械屋さんを手伝ってくれる方がいれば、機械屋さんの夢はかないます。
それに、その方の夢もかないます、きっと」
その通りだ!
カフェテラスを後にして少女さんとわかれると、アタイは労働ギルドに向かった。
あわてることはないけど、急いで求人の登録をした。
文面は先輩が出した求人とまったく同じ。これも拉致られたときに思い出した記憶のひとつ。
こんな変な求人に誰が応募するのだろうか。苦笑する。
『急募:機械系技術者(住み込み優遇)
給与:衣食住保障、完全歩合制』
いや、こんな変な求人に応募したやつをアタイは一人知ってる。アタイだ。もう一度苦笑した。
了