のびのびTRPG 第5話 風呂と洗濯の日先に記しとく設定。
機械屋(主人公)と先輩は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
と言うことで。
ピロリンピロリン、ピロリンピロリン
目覚まし時計が朝を告げる。
アタイは手探りで時計を探す。
あった。
音を止めた。
朝だ。
ベッドから出ようとする。
べちゃぁ、と頬に嫌な感触。本能的に気持ち悪いと感じる。
シーツを見るとオイル、いや、タールで汚れてた。
シーツ全体を見る。主にオイルの汚れだ。黒い汚れ、茶色い汚れ、オレンジ色の汚れ。その中にキラキラと光る金属粉。……何かしらのアートのように見えなくもない。馬鹿な考えを振り払う。さすがに汚れが酷すぎる。
毛布を広げる。元の色がブラウンなので汚れは目立たないが、おそらくシーツと同じくらい。着ている作業着も同様だろう。
先輩に言って、今日は風呂と洗濯の日にしよう。
食堂で朝メシを食ってると先輩が入ってきた。
「先輩、今日は風呂と洗濯の日にする」
アタイの言葉に先輩が言う。
「機械屋ちゃんはきれい好きだねー」
先輩の汚れはアタイよりもよほど酷い。オイルと金属粉。加えて、ベッドでポテチを食う、カップめんを食う、先輩のことなのでスープをこぼす。
『どこまで耐えられるかチキンレース』でもしてるのか、とか思ってしまう。
まず風呂に入る。
工房の風呂はユニットバスだ。先輩が自分で組み立てたらしい。こう言う所を見ると、先輩の技術者としてのすごさをひしひしと感じる。
湯船に湯をはる。
湯の量が十分になるまでの間にアタイは着替えを取りに部屋に戻る。
作業着を何着か引き出しから出す。……悩む。よし、今日はライトグリーンにしよう。その一着に決めて、残りは引き出しに戻した。作業着の中に着る服には特にこだわらない。適当に引き出しから取り出した。
ピコピコ、ピコピコ
風呂からの電子音が聞こえた。
服を選んでる間に湯船の湯が十分になったらしい。
脱衣所で服を脱ぐ。作業着の色はイエローだったはずだが、その痕跡はなかった。
風呂に入る。かけ湯をしてすぐに湯船に飛び込みたいが、絶対にしてはならない。湯にオイルが浮きまくる。
まず髪と体を洗う。この風呂に石鹸とシャンプー、そんなものはない。力不足過ぎる。浴室の端にペール缶がある。中身は工業用の液体洗剤。ペール缶のふたの上に計量カップが置いてある。つまり量を量れ、ということか? 工房に来て初めての風呂のときに先輩に尋ねた。先輩が言うには、
『量? 適量っていうか、それっぽい量でいいよ』
だそうだ。ちょうどいい大きさだったから計量カップを置いたらしい。
この洗剤はかなり強力なやつだが、正直こいつでも力不足だ。もっとキツいやつはないのか? 前に先輩に言ったら『あるよ』とさらっと言われた。
ただ、一度試したのだが、腕の目立たない所に一滴垂らしたらその瞬間に煙が上がった。すぐに水で洗い流したが皮膚がただれたそうだ。
『いきなり頭からかぶらなかった私はえらいね』
先輩は自慢げだった。
プラスチックのイスに座る。洗剤を頭にかける。髪をわしゃわしゃするがぜんぜん泡立たない。一旦シャワーで洗剤と汚れを流す。もう一度洗剤。わしゃわしゃする。ちょっと泡立った。洗剤を流す。三回目、しっかり泡立った。流す。汚れがきれいに取れてさっぱりした。ただし髪は乾かしたらパサパサだろう。間違いない。
次に体を洗う。スポンジを手にする。このスポンジ、どう見ても浴用じゃない。アタイには洗車用に見える。……実際、洗車用だ。
スポンジを洗剤に浸して体を洗い始める。
こちらも一回ではどうにもならない。三回繰り返した。
こんどこそ湯船に飛び込みたいが、まだだ。
風呂の床がオイルと洗剤で満たされてる。不用意に立ち上がるとまず間違いなく滑る。
だから、立ち上がらずに床を洗う。もちろん、さっきの洗剤とスポンジで。
昔、一度滑ったことがある。壁に思いっきり後頭部をぶつけた。
盛大な音がしたのだろう、先輩が慌てて走ってきた。
『機械屋ちゃん! 大丈夫だけど、大丈夫だよね?』
何を聞きたいのかわからなかった。
『クッション貼ってあるから大丈夫だよね?』
痛い頭を押さえつつ壁をみたら、大型機械用の緩衝材が貼ってあった。なかったら大変だっただろう。
風呂から上がって落ち着いてから、先輩にクッションの意味を尋ねた。
先輩にも風呂で滑って後頭部を思いっきりぶつけたことがあった。その時はもちろんまだクッションを貼ってなかった。だから、頭が(心理的にではなく物理的に)切れて血がだばだば流れたらしい。すぐに風呂から出て止血したとのことだ。
血まみれになってた風呂の床を掃除した後、悔しかったのでルミノール反応を試したら床一面がしっかり光った。そう言ってた。
後日、アタイは先輩が貼ったクッションの上にもう一枚クッションを貼った。
ようやく湯船に浸かれた。体がじんわりと温まってくる。この気持ちよさは風呂に入った人間だけが味わえる特権。毎日風呂に入れば毎日この心地よさを体験できるのだろうか? いや、毎日だと感覚が麻痺してしまう。ありがたみを感じなくなってしまうだろう。たまにだからいいのだ。そんな考えが、心地よさに満たされた頭に浮かんだ。
アタイが風呂から上がったのと入れ替わりで先輩が風呂に入った。
食堂に入る、ふぅ、とひと息ついた。冷蔵庫を開けてみたが気のきいた飲み物はなかった。昨日買い出しにでた時に牛乳でも買っておけば良かった。ちょっと後悔した。
そうこうしてるうちに、先輩が風呂から上がってきた。
洗濯の準備に取り掛かる。
工房には洗濯機はない。先輩が言うには、
『最近の洗濯機はすぐに壊れる。消耗品かと思ってしまう』
だそうだ。
とてつもなくひどい汚れの作業着やら何やらを洗うのだ。もちろん例の洗剤を使って。すぐに壊れて当然だ。
だから、倉庫街を出て少し歩いたところにあるコインランドリーを使う。
今日の洗濯物は、シーツ二枚、毛布二枚、作業着が二着、加えてその他の衣服。それなりの荷物になった。先輩とアタイとで半分ずつ持ってコインランドリーに向かった。
運が良かったのか、コインランドリーはがらがらに空いてた。
洗濯物を洗濯機に入れる。
シーツ二枚をまとめて、毛布は一枚ずつ、作業服は二着まとめて、残りは全部一緒に。
洗濯は一回800ダリル。それぞれの洗濯機に金を入れる。洗濯が始まる。
今日は「風呂と洗濯の日」と決めたから他に用事はない。だから洗濯が終わるのを待つ。
先輩はインフォメーション端末で『カウボーイ・ショット』の攻略記事を読み始めた。アタイはマガジンラックにあったファッション誌に手を伸ばした。
ハイヒール、接地面積が小さい、不安定だろう。ミニスカートが流行りらしい、溶接をしたら火の粉で火傷だらけになりそうだ。……いやいや、作業目線でファッションを語るのは間違いだ。
ファッションに作業目線のツッこみを入れてたら、「一回目」の洗濯が終わった。まとめて入れた衣類等々はきれいに仕上がってたけど、他のはさっぱりだ。
「二回目」の洗濯を始める。先輩はまた『カウボーイ・ショット』。アタイは別のファッション誌を手に取った。
「二回目」が終わった。妥協しても良さそうだったがせっかくの洗濯だ、「三回目」に入った。
先輩は『カウボーイ・ショット』、アタイはファッション誌。
「三回目」が終わると、シーツは真っ白になってた。毛布はふかふかだ。アタイの作業着は元の色、鮮やかなイエローを取り戻してた。それぞれ本来の色に戻った洗濯物をきちんとたたんだ。
二人で半分ずつ持って工房に帰る。
洗濯をすると心まですっきりとしたように感じる。さわやかな昼メシが食えそうだ。
先輩がさらっと言った。
「昼からさ、奥のリフトのオイル交換したいんだけど、
機械屋ちゃん、手伝ってくれるよね」
……そんなことしたら作業着はすぐにオイルまみれだ。
「せっかくきれいになれたんだ、今日一日くらいはこのままがいい」
「オイル交換は明日でいいか……」
先輩とアタイは工房に向かって歩いた。
了