邂逅《独自設定》
・水木は記憶を取り戻した
・水木は数年前に亡くなっている
・鬼太郎と離別後、孤児を引き取り、養子にする。この話に登場するのは、その子の息子・孫(水木から見て、義理の孫・ひ孫)で、水木とは血が繋がっていない
・水木の子孫は、鬼太郎たちに見守られていて、本人たちの気付かないところで、ちょっとした手助けをしてもらっている(子どものうちだけ。本人の実力を超えたり、運命を大きく変えたりはできない)
「メリークリスマス!」
テレビの中では、タレント達が大げさにはしゃいでいる。
(まるで別の世界みたいだ)
僕はこたつに入って、お菓子をつまみながら、ぼーっと画面を観ていた。
両親は仕事が忙しく、今日は遅くなるそうだ。「今日は、特別に好きなだけゲームしていいからね」と言われたが、好きなだけやっていいと言われると、不思議とやりたくなくなるものだ。
メッセージアプリの通知も、今日はまばらだ。ひとこと、ふたこと返信して、スタンプを送って終わり。
「寒いな」
雪でも降ってるんじゃないか? そう思って窓際に目をやると、少しカーテンが開いていた。
立ち上がって、カーテンを閉めようとしたところで、僕は息をのんだ。
カーテンの隙間、窓ガラスの向こう側から、こちらを凝視する目玉が縦に二つ並んでいたからだ。
目玉のうち一つは、男の子のものだった。もう一つの目玉は、むき出しで血にまみれ真っ赤に染まっていた。それに気付いた瞬間、僕の膝から力が抜けた。
真っ暗な中、声だけが聞こえていた。
「父さん、大変です!」
「なんと! 見えておったのか……」
目が覚めると、横たえられていた。足はこたつに入れられていた。頭は枕代わりの、黄色と黒のしましまの服に乗せられていた。どうしてだろう。変わった形と柄の服なのに、僕はこれを知っている気がする。
男の子はこたつの反対側で、すまなさそうな顔で、正座していた。
さっきは驚きのあまり、よく見てなかったのだが、僕と同い年くらいのようだ。
でも、学校や塾の友達とは違って、どこか近付きがたい雰囲気がある。それは、見た目や服装の違いのためだけではなかった。
僕の目が覚めたのに気付くと、彼はあたたかいお茶を淹れてくれた。
「すまんのぅ……行きがけに『三太九郎』の服が売ってるのを見て、つい着てきてしまったのじゃ。まさかわしらの姿が見えているとは」
「父さん、『サンタクロース』です」
男の子はため息をつきながら言った。
甲高い声で喋る目玉人間は、百円ショップで売ってそうな、サンタクロースの衣装を着ていた。僕はこれを血と見間違えたのだ。
「水木には世話になってのう……」
目玉人間は、どこか遠くを見ている。僕はその様子で確信した。
「もしかして、ゲゲ郎さんと鬼太郎さんですか?」
二人は驚いて顔を見合わせたが、その後にっこりと笑った。
非日常的な光景に驚きつつも、同時に妙に落ち着いている自分がいた。
それは、親戚の子供たちが集まると、ひいおじいちゃんは、いつも同じ話をしていたからだ。
「若い頃はハンサムで、有名な俳優に似ているとよく言われた」「幽霊族の男と友達になって、墓場で天狗の酒を一緒に飲んだ」「彼の息子を育てていた時期がある」
でも、「どこで幽霊族と出会ったの?」「子どもはどうなったの?」など、少しでも詳しいことを訊くと、「忘れた」と答えた。
「ひいおじいちゃんの作り話だと思っていました」
「いいや、本当にあったことなんじゃ」
目玉おやじさんは、まるで自分に言い聞かせるように言った。
二人はおじいちゃんの代から子どもたちをひっそりと見守り、時には手助けしてきたという。今夜は、ひとりで過ごす僕を、見守りに来たそうだ。
妖怪は自分の意思で姿を見せたり隠したりでき、普通は見えないのだが、波長のようなものが合うと、人間でも姿を見られるらしい。
両親のどちらかが帰ってくるまでは、この家にいるというので、こたつに入ってもらい、今度は僕が鬼太郎さんにあたたかいお茶を淹れた。茶碗にお湯を入れ、こたつの上に置くと、目玉おやじさんは服を脱いで浸かった。脱いだ服は丁寧に畳まれていた。
「君にとって、水木さん……ひいおじいさんは、どんな人だった?」
鬼太郎さんが、優しい口調で尋ねる。「水木さん」と言いかけた時の、懐かしむような声色に、「墓場から出てきた赤ん坊」の姿が重なる。
「優しい人でした。よくパンケーキを焼いてくれて、それが本当に美味しくて……僕は人より食べるのが遅いんですけど、慌てて食べようとすると『ゆっくりお食べ』って言ってくれて」
目玉おやじさんの大きな瞳が、潤んで光ったように見えた。
「そうだ、パンケーキ焼きましょうか? ひいおじいちゃんに教えてもらったんです」
僕はキッチンに立ち、二枚の普通サイズと、親指の先ほどの小さなパンケーキを焼いた。
口に入れた瞬間、二人は顔を見合わせて笑った。人間以外に作るのは、はじめてだったけど、どうやら口に合ったようだ。
ちょうど食べ終わる頃、ガチャッと音がして、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
「お父さん、お帰りなさい!」
リビングを振り返ると、もう二人の姿はなかった。
残っているのは、こたつの上の二組の皿とコップ、お茶碗だけ。
それらをそっと片付けた。今日あったことは、僕だけの秘密にしておいた方が良い気がしたからだ。
「ねぇ、妖怪っていると思う?」
父からケーキの箱を受け取りながら、僕は訊いてみた。
「うーん」
子どもの質問にどう答えていいか、迷っているようだった。「おじいちゃんは妖怪の話、好きだったけどね」と、笑った。
「あ!」
ネクタイをゆるめる手を止めた。
「どうしたの?」
「昔、消しゴムが宙に浮いているのを見たんだ」
「え?」
「受験の時、消しゴムを使おうとしたら、手が滑って遠くに飛ばしてしまったんだ。すごく緊張してたから、頭が真っ白になって、涙も出てきたんだ。それから、誰かに肩をぽんと叩かれたような気がした。で、顔を上げたら、消しゴムがこっちに向かって飛んできたんだ」
お父さんは、吹き出してしまった。笑いながら、続ける。
「あまりに驚いたもんで、かえって落ち着いてテストを受けられたんだ。そういえば、姉さんも……」
鬼太郎さんたちが僕の前に姿を現すことは、もうないのかもしれない。
でも、これからも彼らはこの世界で共に暮らし、きっとどこかで僕らを見守ってくれているのだろう。
ひいおじいちゃんの話してた、目に見えないものたちのこと、僕はこれからも信じ続けるよ。