いたみすまとめいたるのさんかく探し
仕事から定時で帰って、何もしなくても用意されてる美味しいご飯を食べて、風呂も済ませて。珍しく平日にゲームする時間が作れた。起動音を聞くだけでアガる。俺が現実逃避できる最高の時間。まぁ、最近は逃避しようと思わないような現実を過ごせてるけど。
「…またか」
いざ、始めようと脱ぎっぱなしの服が散乱する部屋を見渡すと、必要不可欠な大事なものがない。重い腰を引っ張りあげて、犯人であろう団員の部屋に突入する。交渉に必要な物も忘れずに。
「はーい!」
部屋をノックして呼び掛けると、聞こえたのは元気すぎる声。夜間なのでお静かに。ご近所付き合いでのトラブルは避けたい。
「三角、コントローラー返して」
「こんとろーらー…うーん…」
「ホラ、このお菓子あげるから」
「あっ!さんかく!」
「ダメ。コントローラーと交換」
「うーん…」
「何?」
「…どこに置いたかなぁ…?」
…マジか。
「俺も探すから、三角も探してきて」
「はーい!」
探し始めたけど、なかなかコントローラーが見つからなくて、あーっ!思い出した~!って三角が自分の部屋の枕元にあるのを持ってくるまで探索してた。もちろん、その間ゲームはできなかったし、せっかく作った時間も無駄になった。
「三角、コントローラー勝手に持ってくのは、さすがに勘弁してほしい」
「ごめんなさ~い…」
「そもそも、俺の部屋に勝手に入らないで」
「…うーん」
「分かった?」
「わかった…」
今日は久しぶりにかなり時間を作れてたこともあって、多少イライラしながら少しキツめに言った。明らかに落ち込んでる。買ってきたお菓子をあげてご機嫌をとろうとしても受け取ってくれなかった。今回は彼なりに反省してるらしく、しょぼーん…っていういつものセルフSEも無い。
「いたる…もう、こんとろーらー取らないから…」
「うん…」
「じっとして、おとなしくしてるから…」
「…?」
「いたるの、おへや…行きたい…」
…べつに、いいけど。
いいけど、俺の部屋に用事なんて無いだろうし、一緒にゲームするような感じでもない。コントローラー取りに来る以外に…何かしてんの?でも特に無くなったものなんか無いし、気づいてないだけかもしれないけど、気づいてないぐらいだから無くなっても不便じゃないものなんだろうし…じゃあ、なんで?
「いいよ。でもコントローラーは…」
「もう取らないよ!ごめんね…」
「…あげる」
「ううん、オレ悪いことしたから…」
「今更でしょ。大丈夫だから」
「本当に…?怒ってない?」
「怒ってない。本当に取られたくなかったら…」
そうだ。本当に取られたくなかったら、自分で何かするはず。そうじゃないってことは、こうやって三角にさんかくのお菓子買ってあげる関係が、自分でも気に入ってるんじゃない?だからコレ以外に用事の無い三角をまた受け入れてる。困るのに。俺ってドM?我ながら笑える。
「いたる…やっぱり怒ってる?」
「ううん、なんでもない。これ、一緒に食べる?」
「…うんっ!」
なんか、許せちゃうんだよな…。
俺の部屋に行きたそうにしてるから連れてきたけど…ゲームしてる俺の背中を見ながら何故か嬉しそうにしてただけで、気づいたら三角はソファで寝てた。寝顔はまだまだあどけなさが残ってて可愛い。起こすのもめんどくさいし雑にブランケットをかけて、俺はベッドで寝ることにした。
「…ん?」
枕からガサゴソ音がする。枕の下に何かある。虫かと思って素早く枕を退けると、下敷きにされたものが出てきた。
「紙ひこうき…」
―いたる、いつもありがとう!―
破れないようにそっと広げたさんかくの紙ひこうきには、小学生が一生懸命がんばって書いたみたいな字でメッセージが書かれていた。
もしかして…という考えが浮かんで部屋中を漁る。
引き出しの中…。
―いたる、この前のお菓子おいしかったから、また買ってきてね!―
「いつのだよ…」
テレビの裏…。
―いたるは、すっごく優しいね! 猫さんも言ってたよ~! オレも嬉しい!―
「どーも…」
ソファの隙間…。
―旅行すっごーく、たのしかったね!おみやげ、あげるね~!―
「俺も行ったわ…」
脱ぎっぱなしのジャージのポケットの中…。
―いたる、だいすきだよ!―
鼻の奥がツーンとするのは、歳をとったからだと思いたい。
「三角…」
くしゃっと髪を撫でたあと、もう一度ちゃんとブランケットをかけた。
あれから1ヶ月も経った。あれだけ言ったのにもかかわらず、コントローラーが奪われている時が何度かある。やっぱり困るし俺が使うときはすぐ返してほしい。けど…コンビニでさんかくのお菓子を見つけた時、迷わず買うのは…そういうことで。まぁ…満更でもないらしい。結局、前と何も変わらなかった。
でも、一つだけ変わったことがあって。
「至さん…何すか?この箱…何入ってんすか?」
「…秘密」
俺も、一つだけ、さんかくを集めることにした。
くちうつし
やらなきゃいけないことを済ませて部屋でだらだら…って言っても俺は真剣にゲームしてるんだけど、周りから見るとだらしなく夜更かしをしているダメな大人に見えているらしい。…まぁ、全否定はできないし、それでもいいけど。
「あー…」
「どうしたのー?」
「…喉、乾いた」
「いたるのジュース、持ってくる~!」
三角は本当にいい子だな…。一応…たぶん……きっと、付き合ってるんだけど……いや、付き合ってる。うん。そう思わせるほど、くっつく時はムードもクソも無いし、キスしても嬉しそうにするけど…照れるとか恥ずかしいとか、そういうのは無くて。何も知らない子どもを騙してるみたいで…罪悪感がやばい。
「持ってきたよ~!」
「…ん、ありがと」
じゃあ、それに甘えて……何でもしちゃおうかなーなんて、思ったりもする。
「今、のむー?」
「んー…飲ませて?」
「…んー? わかった~!」
「あ、ちょっ…まっ、まてまて」
「ちがうの?」
三角はペットボトルの蓋を開けて逆さまにするぐらいの勢いで、寝転ぶ俺に飲ませようとした。……もうちょっと、優しくして。
「その勢いで来られたら溺れる」
「じゃあ、どうするのー?」
俺は、悪い大人なので……してほしいことは、してもらいます。
「口うつしで、よろ」
「…どうやるの?」
「まず三角が飲んで…」
「んっ…はぁ! 飲んだよ~!」
「…今のは俺が悪いな。口に含んで…」
「んーんー?」
「そのまま、俺にキスして」
少しだけ驚いて、目を大きくさせたけど……小さく頷いて、目を閉じながら、口をんーってさせて近づいてきた。緩めながら受け入れた俺の唇に、ちょんっと触れて、すぐに離れていった。…うわっ……めちゃくちゃかわいい。
「…とりあえず、飲んで」
「っは~! できてた?」
「あとちょっとかな」
「ん~?」
「キスしたら、口開けて…俺に飲ませて?」
はーい! と、返事をしながらジュースを口に含んで、指で口を押さえてから迫ってくる。ちょっと…多すぎるんじゃないかな? 三角さん? あっ、ちょ……
「ん、わぁ…!」
「んぐっ…げほっ、ごほっ…はっ、あー…」
「だいじょうぶ? うまくできなかった~…」
「んっ…ふふっ……」
唇が触れた後、普通に口を開けた三角はジュースを一気に俺に吐き出した。なんかもう…めっちゃ噎せたし、服は濡れたし……急に笑えてきた。
「はぁー…」
「いたる、ごめんね…オレ、へたくそで…」
「いや、俺も悪かったし。ジュースちょうだい?」
「うん…ごめんね?」
俺は面白かったし可愛かったからいいんだけど、三角はすごく気にしてて……俺の服をティッシュで拭きながら落ち込んでいる。どーでもいい部屋着だし、汚れたっていいのに。俺の方こそごめんね。純粋で一生懸命で可愛くて…。
「三角」
「…なにっ、ん…っ」
名前を呼んでからすぐにジュースを口に含み、下がった口角にキスをする。顎に手を添えて上を向かせたついでに、少し口を開けさせて緩んだ唇から温くなった液体を注ぎ込む。…んっ、と小さく声を上げて固くなった拳を包む。
「…っ、わかった?」
「うん……わかったぁ…」
さすがに恥ずかしかったのか、顔を隠すように抱きつかれた。そのまま膝の上に乗せて、下から顔を見上げても、なかなか目を合わせてくれない。もう一回やってほしいと言うと、ペットボトルを受け取り、目をそらしてキスされる。
ぎこちなくて上手くできずに口の端から少し溢れる。また液体が服を濡らす。動くと服から香る甘ったるい香り。いつもより甘いキスを何度も交わす…。
とりあえず、今はゲームより…甘い雰囲気(物理)を楽しむことにした。
サンカクプレイ
「いたる、うしろの山、さんかくだね~!」
「山だからね」
今日は三角が部屋に遊びに来ている。同室の人は胡散臭い笑顔で、ごゆっくり…って部屋を出て行った。まぁ…バレてるんだろうけど出てってくれるのは、正直、ありがたい。…べつに、そういう事はしないけど。
「あ~っ!」
「…なに?」
「さんかくの子は、やっつけちゃダメ~っ!」
「謎の縛りプレイ」
こんな調子で三角は俺がゲームするのを見てるだけなんだけど…まぁまぁ楽しそうでよかった。いつもやってるものより分かりやすくて簡単なのを選んで正解だったかも。なんだかんだ一番楽しんでるのは俺だったりして。
「さんかくだから、だめ~」
「いや、これはさすがに無理」
「じゃあ…さんかく、やっつけないでくれたら…ちゅーしてもいいよ~?」
突然そんなこと言い出すから、いつもなら考えられないところでミスをする。俺もまだまだだな…と思いながらコントローラーを置いて振り返る。こっちを向くと思ってなかったのか、少し驚いた顔をして、恥ずかしそうに俯いた。
「……してほしいの?」
両手を掴んで優しい口調で聞いても、うーん…っていう曖昧な返事をするだけで、全然目を合わせてくれない。子供みたいだけど…ちゃんと興味あるんだ、そういうこと。キスする時はいつも俺からだったし、えっちはまだだし。
「…倒さなかったけど?」
「ほ、ほんと…?」
「うん。キスしたかったから」
「えっ…あっ、いた…」
「三角と」
覗きこむように唇に触れると、握ってた手が少し跳ねる。あんまり最初からグイグイ行くのはペース配分的にどうかと思う。ゆっくり唇を離すと、繋いだ手に力が入るのが分かる。
「…手、離して」
一瞬だけ、えっ…? っていう顔をして、名残惜しそうに指がすり抜ける。この可愛さで抱きしめてしまいそうになるのをグッと堪えて少し距離を取る。
「おいで…?」
ソファに移動して軽く手を拡げると勢いよく飛び込んでくる。支えられなくて倒れてもいいように先を読んでおくことが重要。三角が俺の上に乗っかる形で寝転ぶと、気遣ってるのか肘と膝をついて俺に体重がかからないような体勢になる。……なんか、逆だな。
「この体勢ってことは…そっちからキスしてくれる展開?」
「えっ…?」
「三角の方から近づいてくれないと、できないから」
「じゃあ…いたるは…目、とじてて…?」
言われるがまま目を閉じて待ってると、ふにっと柔らかい触れるだけのキスが降ってきた。あー…可愛い。これでも…まあ満足なんだけど……けど、いつもキスで終わってるし舌絡ませたりもあるけど全部俺からだったし…。
「んっ、んー…っ!」
いろいろ考えるのめんどくさくなった。ただ、三角とキスがしたかった。何度も。離れようとする唇を、首にまわした腕が阻止する。どうしていいか分からず、されるがまま口の中を犯されて、時折小さく隙間から漏れる甘い声。いつの間にか、力が入らず密着したお互いの身体。
「…ん、んぅ…ぁ、はっ…」
つけっぱなしのゲームは全く空気を読まずに軽快で明るいBGMを奏でる。構わず腰を掴んで引き寄せて擦りつけるように動かすと、目をぱちぱちさせながら焦って逃げようとする。ずり上がったパーカーと肌の隙間に手を滑り込ませて、逞しい火照った身体を堪能する……。
「…っも、だめっ…!!」
……この先をプレイするには、フラグが足りなかったらしい。
身軽に俺ごと飛び越えたソファの後ろに隠れて、乱れる呼吸を整えながら恐る恐る目だけ出して警戒している。ちょっと、涙目だから可愛い。
「ごめん。もうしないから」
「…ほんとう、ですか…?」
「さすがに敬語は傷つくからやめて…」
「…ごめんね、いたる…」
これは多分、敬語に対するごめんねじゃないやつ…。でも、まぁ…ゆっくりでいいかなって思ってるし、俺はいくらでも待てるよ。って言えたらかっこいいんだろうけど。今じゃ説得力ないし。ガチでちょっとヤバかったし。
「三角は悪くないでしょ。俺、ゲームしてるから……気が向いたら出てきて」
できるだけ優しくそっと頭を撫でてから、その手でコントローラーを持つ。普段やらないやつだから、さっきまで二人で喋りながらプレイしてたのもあって申し訳ないけど、ぬるゲーすぎてつまらない。あー…なんか、泣きそう…。
数分後、扉が開く静かな音は、俺を部屋に一人残した。
……ちょっと、泣いた。
「…いたる、お腹すいてない?」
「えっ? あぁ…すいた、かも」
「おみが、夜食あるよって…はい、どーぞ!」
「あー…ありがと」
三角は夜食と一緒にすぐ戻ってきた。部屋、戻ってなくてよかった…。
「…おいしかったね!」
「うん。三角も用意して持ってきてくれて、ありがと」
「んーん…オレは、これぐらいしか、できないから…」
「……なんで、泣くの…」
「…っ、いた、るっ…ごめ、」
さっきから気づいてたけど、堪えてるのも分かってたから…気づかないフリをしてた。でも、もう溢れて溢れて止まらないみたいで……。自分が情けない。さっきのこともあったし…抱き締められるのは怖いか…って思って背中をさすってたら、三角の方から抱きついてきた。
「んー…よしよし…」
「…っ、う…ぁ…」
「泣きすぎわろ」
「だっ…ぇ、うっ…」
どれぐらいそうしてたのか分からないけど、落ち着くまでずっと背中と頭を撫でていた。びっくりしたけど安心した。普段、この子、全然泣かないから。我慢しすぎ。俺の前でぐらいワガママでいて。っていうか…本当は三角の方から話してくれるように、俺が上手に聞き出せたらいいんだろうけど…できないんだよね、そういうの…選択肢がないと。マジで情けない。ダメな大人。
「…もう、寝る?」
「んっ…いた、ると…寝る…」
ここで抱っこして連れていけたらかっこいいんだろうけど、俺はできないので自分で行ってもらいました。一緒に布団に入ると、子供みたいにぴったりくっついて離れない。頭を撫でると泣き疲れたからなのか瞼が重くなっていく…。
「いたる…」
「…ん?」
「オレっ…がんばるから、嫌いにならないでっ…」
「俺はいくらでも待てるから…頑張らなくていいよ」
「…でも、」
「俺の前でぐらい、頑張らずに気楽にしてて」
「…っ」
「あと…俺の方から三角を嫌いになるなんてこと、無いから」
「い、たっ…」
「いろいろ拗らせた、めんどくさくて、しつこい大人…あんま舐めないで?」
そっと額にキスすると、口をちょっと尖らせた三角が唇に触れてきた。たまらなく可愛すぎて、俺は大好きな恋人を泣かせてばっかりとかそういう…アレが全部、三角が可愛すぎるに上書きされた。ホント…可愛すぎ。あわわ。……泣き顔も、俺にしか見せない顔なら…それはそれで。
翌朝、二人して腫れた瞼を莇に指摘された。信じらんねぇ!とか、なんかいろいろ言われたけど、休みの日ぐらいよくね?と、思って全部聞き流してた。ただ、…ったく、顔しか良いとこねぇんだから…ってボソッと言われたのには傷つきました。傷ついたので、昼過ぎまで二度寝しました。三角と。
お風呂エンカウント
「はぁ…」
跳ね返った溜息が降ってくる。いつもはシャワーで軽く済ませているけど…今日は久しぶりにお湯に浸かりたい気分だった。
「…さーんかくっ、さん…あーっ! いたるだ~」
ゴキゲンな歌と一緒に風呂場の扉を開けたのは、今の俺とは正反対の三角だった。
「オレっ、あとで入るね~!」
「…なんで? 俺と一緒に入るの嫌?」
「ううん! ちがうよ~…入りたい…」
「じゃあ、入ろっか」
「…いいの?」
遠慮してる三角に軽く微笑みながら頷くと、急いで頭と体を洗い始めた。そういえば、久しぶりだな…明るいところで裸見るの。それどころかキスすらしてない。えっ、そもそも触れてない…。ここ最近は仕事がかなり忙しくて、稽古との両立で精一杯だった。今日はそれが一息ついたし、ソシャゲのスタミナもちゃんと消費したし、久しぶりにゆっくりしようと思って…今に至る。
「しつれい、します…」
「どうぞ」
お湯の中にそっと足を入れて、そのまま肩まで浸かる。ふわ~っと気持ちよさそうな溜め息と一緒にとろんとした目を細めていた。
「気持ちいいね~…」
「うん…寝落ちしそう」
「そしたら、抱っこしてあげる~!」
「それは誰かに目撃されたら辛い」
「じゃあ、起こしてあげる~?」
「できればそうして」
「は~い!」
恋人同士が二人っきりで風呂に入ってるとは思えないほど和やかな雰囲気。まぁ…寮の風呂だし、変なことはできないからいいんだけどね。そもそも、申し訳ないけど…今はちょっと、そういう元気がない。いつもと違って、髪をかき上げた無防備な額を晒す三角。余計に子供っぽく見えて、可愛いが圧勝する。誰が入れたか分からない入浴剤がとけて白く濁ったお湯に、俺の欲が全部とけていく気がした。
「三角」
微妙に距離がある隙間を埋めようと、お湯を引き連れて近づく。さっきまで重なっていた視線を逸らされ、三角は俯いて少しずつ逃げようとする。流れが変わった。
「…こっち向いて?」
「うーん…やだ~…」
「お願い」
まだ、俯いて目を合わせてくれない三角。探し当てた手を掴んだ時、三角の背中が浴槽の壁にぶつかった。もう逃げられなくなって観念したのか、ゆっくりと顔を上げる。頬をピンクに染めながら、唇を結んで眉を下げた少し困った顔。
「いたる、疲れてるから…」
「あー…そういうつもりだった?」
「違うよ~…でもっ、いたるのこと…見てたら…」
「そっか、ごめんね…?」
「オレ、もう上がるから! 近づいちゃダメ~っ!」
「待って」
立ち上がろうとする三角の腕を掴み、お湯の中へ引き込んだ。お湯が跳ねる大きな音をたててバランスを崩した三角を受けとめる。どさくさに紛れて向い合わせで抱き合った。非力な俺でも水中でだけ出来る技。
「いたるっ、だめ…! はなしてっ…」
「あんまり騒がしくすると誰か来そう」
「…ずるいよ~…」
やっと、おとなしくなった三角。まだ俺の膝の上から退こうとしてるけど。往生際が悪いので腰を抱き寄せてさらに密着させると、短く可愛い声を上げて静かになった。諦めた三角と目が合って、両腕を掴んで手繰り寄せるように近づいてキスをする。
「…逆上せそうだし、上がろっか?」
小さく頷いた三角の顔は言い表せないほど複雑な表情をしていた。
「はい」
「…あっ、ありがと~」
お互いにしっかり服を着て髪も乾かしてしまった。まだ少し逆上せてる様子の三角に、冷たいミネラルウォーターが入ったコップを手渡した。本人は気づいてないけど、あのまま続けてたら…たぶん、倒れてたと思う。
「大丈夫? 気持ち悪いとかない?」
「うん…ごめんね?」
「なんで謝るの」
「いたる、疲れてるのに…」
「いやいや…」
「…オレ、もう大丈夫だから…お部屋行っていいよ~?」
いつも騒がしい寮に二人っきりで、久しぶりに触れ合ったのに。それでも…まだ俺のことばっかり気にかけて。したいことしてほしいこと、言えない関係? 風呂上がる前のあの表情……俺、忘れてないからね?
「…あっ、そっか。今日は先輩…出張か。じゃあ、部屋に俺一人か。疲れもとれたしゲームでもやろっかな。あー…今スタミナ消費したとこだった。イベントも日課も終わったし。配信する日じゃないし。まだ眠くないんだけど。あー…何しよっかなー…?」
役者が聞いて呆れるほど、わざとらしく。
「いたる…」
はい、三角さん。…続く言葉は何ですか?
「えっと…今から、お部屋…行ってもいい…?」
三角がなんでこんな時間までお風呂に入っていなかったのか、そんなことは今更どうでもいい。
「…よくできました」
手を引いて入る二人きりの部屋。ソファに脱ぎっぱなしの服を下敷きにして、何度も唇を重ねる。さっき着たばかりの服を捲り上げると、お湯なんて邪魔な隔たりを介さずに、直接体温が交ざり合って一つになる。
何か特別な理由なんていらない。キスしたいからする。触れたいから触れる。俺達は…そんな一つ一つに、理由がいらない関係だってこと…早く気づいてほしい。
序章
週末の朝、我ながら酷い顔の自分と洗面所で対面して、目覚ましも兼ねてシャワーを浴びる。体のダルさはそのままで見た目だけは良くなった。面倒なフェイスケアもそこそこに髪を乾かす。今日は特に予定もないし…乾けばいいか。
「あっ、いたる~! おはよー!」
「おはよ…バイト?」
「んーん、今日はお休みだよ~」
朝から元気な三角。だけど、うるさいとか鬱陶しいとか思ったことはなくて。まぁ…好きだからそう見えてるだけかもしれないけど…それはそれで。
「…どっか出かけるの?」
「うーん…まだ、決めてない~…」
「あー……じゃあ…部屋、来る?」
なんとなく、咄嗟に自然に出た言葉。ここに来た時は、週末の自由な時間に誰かを部屋に入れるなんて…考えたこともなかった。三角は、いいの? って少し戸惑いながら俺の顔色を伺ってた。まだちょっと…距離がある。あとちょっとの縮め方が俺には分からない。でも、ほんの少しでも近づける可能性があるなら、何だって手探りでやる。そういうのは得意。攻略は絶対見ない派。
「おじゃましまーす…」
三角は緊張してるのか、先輩もいないのにそわそわと落ち着かない様子。ソファがあるのにどこに座っていいか分からず、部屋のドアの前で立ったままだった。
「…こっちおいで?」
「うん! えへへ…」
えへへ…とは。可愛すぎて思考停止しそうになるのをなんとか阻止して、洗いたてスマイルを返す。髪型をもう少しちゃんとしておけばよかったと後悔した。今日はソシャゲのイベ期間中でもないし、配信もやらないし…一日まったり二人で過ごせたらと思ってるんだけど…三角はどうだろう?
「いたる、ゲームしてていいよ~!」
「いや…せっかく三角いるし」
「オレのことは、気にしなくていいから!」
にこにこしながら、距離が広がっていく。
「んー…」
「わあっ! えっと…い、たる…?」
だらーっと三角にもたれながら、どさくさに紛れて膝枕を手に入れた。かっこよさは皆無。ただ、今更そんなものは気にしなくていい気がした。かっこよさ捨ててこの温もりと甘さが手に入るならそれがいい。
「…今日は、まったりしたかったんだけど…?」
「そっか~…じゃあ、」
「二人で」
空いていた手に指を絡めながら見上げると、ぽわっと赤くなった頬ときゅっと噛んだ唇に連れて、蕩けそうな目元が熱を帯びた。
「顔、見せて」
「…だめ~っ!」
名残惜しいけど起き上がって、顔を隠そうとする両手を掴んだ。下を向いたり横を向いたりして、なかなか顔を見せてくれない。三角、と名前を呼んでも…ちらっと一瞬だけ目を向けてまた逸らされてしまう。
「…キスしたい」
「まっ、待って…?」
「普通にキス以上のことしてるでしょ」
「なんでっ…そんなこと言うの~!」
怒っても可愛い顔に、軽く触れるだけのキスをした。
「…俺のこと、抱っこできるぐらい力あるよね。三角は」
「今日のいたる…いじわる~…」
「ごめん、ごめん」
拗ねた顔も可愛くて可愛くて。
もう一度、今度は触れるだけじゃ終わらないキス。
「いたるっ…もう、だめだよ~っ…」
「…うん、よしよし…」
浅い呼吸とさっきよりも熱くなった体温を感じた。大きな赤ちゃんみたいに抱きついてきた三角の背中を撫でながら、じわじわと満たされていく。…三角も同じなら嬉しい。そう思いながら腕を緩めて見つめ合った時、ふにっと柔らかい感触がして……。
…楽しい週末は、まだ序章にすぎないのだった。
分かりましたか? 三角さん。
テーブルの上に飲みかけのペットボトルが置いてあっても、床にゴミが入ったコンビニの袋が置いてあっても、魔法のカードが落ちていても、嫌な顔一つせず…部屋に二人で一緒にいられることが嬉しいみたいな純粋で子供のような目を向けられる。そんな顔されたら…大人は手が出せないでしょ…。
「も~っ! いたる、だめでしょー!」
「ごめんごめん」
「いたる…おしりばっかり、さわる~…」
「触るだけだから」
ソファに寝転がった俺を跨いでもらって、重くないように膝をついて降ってきた三角を抱き締める。キスができるように高さを合わせると、自然と腰を突き上げる体勢になるから…まぁ、手を置いたところにお尻があったので。
「…ちゃんと、言ってね…?」
「心配しなくても、三角が嫌なのに無理にしようとか思ってないから」
「う、うん…」
「ふふっ…大人なので。我慢ぐらいできます…」
言い聞かせているような言葉。笑った俺の顔を見て少し安心したのか、離れていた体がゆっくりと仲直りする。もう一度、降ってきた体温を優しく抱き締めながらキスをすると、ゆるゆるの笑顔を返してくれた。
「…じゅんびとか、あるから~…」
「調べたりした?」
「うん…」
「…できそう?」
「できるよ! できるけど、えっと…するよって、言ってほしい…」
「うん。調べてくれてありがとね」
「ううん! すぐ、できなくてごめんね~…」
「いや…それは…」
「オレ、やっぱり…今日は~…自分のお部屋で寝るね?」
「…さっきの、嫌だったなら謝るし…もうしないから」
「いたるは、わるくないよ…」
「じゃあ、頼むから今日は一緒に寝て? 何もしないから…」
「わかった…」
同じ布団に入っても距離があって布団が浮いている。…そう。同じ布団にいるんだけど、それ以上近づけない。俺と三角は…まだセックスをしたことがない。お互いにいろいろ調べたり話しはしてる。けど、それだけじゃ何も分からない。大変なのも怖いのも三角だから…三角が大丈夫な時にって思ってるけど…あんまり自分の気持ち話さないし…どうしたらいいのやら…。
「三角…こっち来れる?」
「…うん、ごめんね…」
「とりあえず、謝るのやめよっか? お互いに…」
「うん…っ、うん…」
そう言っても、ごめんねの代わりの言葉を探させただけ。
「いたるは…いいの?」
やっと、腕の中で独り占めできたと思ったら…震える声が聞こえた。俺にとっては、今更すぎる質問。だけど…よく考えたら俺だって同性とのセックスは初めてだ。どうなるか、どう思うかなんて分からない。絶対に大丈夫なんて…無責任に言って安心させた方が、何かあった時に深く傷つけてしまうはず。
「…この前、急に雨が降った日…覚えてる?」
「あぁ…傘持ってなくて焦ったから覚えてるけど…」
「その日ね、いたるのこと…迎えに行ったんだ~…」
知らなかった事実。何も悪いことはしていないはず…なのに、痛いぐらいに心臓が跳ねる。
「えっ、でも…」
「うん…いたる、会社の人と一緒にいたから…声、かけられなくて……そのまま、帰っちゃった…」
「ごめっ、」
「ううん…けど、いいなぁ…って…思っちゃった~…っ」
「そういうアレじゃなくて…」
「うん! わかってるよ~…」
「コンビニまで入れてもらっただけで…」
「……いたる、かっこよかった…」
なんで、三角の前では…こんなにかっこ悪いんだろう…。
「お似合いだった…オレといるより…っ、」
「…は? そんなことないって」
「っ、あるよぉ~…」
「俺が好きなのは三角だから」
「でもっ…オレ、めんどくさくて…いたるに、迷惑かけてばっかり…っ、そんな…そんなぐらいなら…っオレ…いたると、っ」
聞きたくなくて唇を重ねるのは…違う気がした。
「わっ、別れたいっ…」
こんなこと言わせるなんて…自分で自分に腹が立つ。何の不安も取り除いてあげられないくせに…大人が聞いて呆れる。まだ高校生バカップルの方がちゃんと恋愛できてるわ。
「俺は…別れたくない」
しっかり目を合わせて、珍しく真剣な顔をして。
「三角のこと、ちゃんと好きだから…嫌な思いはさせたくないし、怖い思いも恥ずかしい思いもさせたくない。焦るし不安かもしれないけど…ゆっくり二人で、進むのも…アリかなぁと……思います…」
最後の最後で照れて、やっぱり最高にかっこ悪い大人。
「…ほんと、ですか…?」
「本当です。マジです」
「…三角も、そう思います…」
「本当ですか?」
「ほんとーです!」
隙間が埋まって…離れていた体がぴったりと仲直りする。
「あと、迷惑とか微塵も思ってないから。今後もし何かあっても、そう思う確率SSR排出率よりも低いから。っていうか0.00%だから。そこは安心して」
「えすえす…はいしゅ…なに~?」
「とにかく、考えすぎないで思ったことは、不安でも不満でも何でも言いましょう。お互いにってことかな。分かりましたか?」
「わっかりました~っ!」
たまには、子供みたいに言いたいことを言うのも大事。
「…と、いうわけで三角さん」
「は~い!」
「何か、俺に言いたいことある?」
「うーん…お部屋がきたな~い!」
「…三角の部屋も散らかってるじゃん」
「あれは~、置いてあるんだよ~」
「マジか。じゃあ…近々、そのうち…時間がある時に…疲れてなかったら…片づけます」
「片づけないでしょ~…」
「…他には?」
「いたるは~? オレに、言いたいことないの~?」
「えぇ~…あるけど」
「なに~?」
「今週末…一日あけておいてほしいんだけど…?」
…しっかり手を繋いで、二人でゆっくり進んでみませんか…?
翌朝もお楽しみですけど?
重い瞼に逆らえないまま聞こえるのは……慌ただしく廊下を鳴らす足音と、扉が開いて閉まるのを繰り返す音。絡まった体温から抜け出すように足を動かすと、シーツに肌が擦れる音が聞こえた。
「…んー…服…」
昨日の夜とはうってかわって、俺にくっつきながらあどけない寝顔を見せる恋人。どの音よりも小さいその寝息が……俺の耳には一番大きく聞こえた。
「可愛い…」
よく眠れた気持ちよさと心地よい怠さを纏う上から、その辺に脱ぎ捨ててあった部屋着に袖を通す。もう一度、布団に潜り込んで抱き締める。さっきまで存在していなかった布一枚の隔たりに嫉妬しながら、無防備な額にキスをひとつ。
「…んっ、ぅ……いたる…?」
まだ半分は微睡みから抜け出せていない目で見つめられて、小さくおはようを返しながら今度は唇を重ねた。
「おはよ~…」
「もうそろそろ…誰かに起こされる前に…」
「…服、着ちゃったの~…?」
「んー…脱ごうか?」
「いい~」
パンツ一枚の逞しい体にぎゅっと包まれる。俺よりも筋肉質で厚みもあって力も強い。さっきよりも控えめに伝わる体温が、昨夜の愛し合った時間を思い出させる。恥ずかしさからくる意味のない形だけの抵抗と、されるがまま気持ちよさに溺れた全身。他の誰も見ることができない俺だけの三角。いくら金を積んでも時間をかけても手に入らない。けど、どんなSSRや実績やトロフィーよりも手に入れたかった。まあ、そういうのと比べるのは失礼か…。
「…考えごと~?」
「ううん。それより…体、大丈夫?」
「えっ? あっ…えっ、と……うん…大丈夫です…」
「なんで敬語」
ごにょごにょと喋りながら少しずつ布団に隠れて、顔が見えないように俺の胸に、こつんとおでこをくっつける。昨日のことを思い出して、なんて…当たり前でありきたりなことだけど……同意の上で体を重ねて…愛し合った同じ記憶があるのは素直に嬉しい。
「…服、着る?」
「うん…」
「はい。…あっ、大丈夫? ぐちょぐちょじゃない?」
「っ、ぐ…ぐちょぐちょじゃないもん~…」
「その前に脱がしたから」
「…いたる、わざとでしょ~…」
「何が?」
「む~…もういい~」
朝から忙しく変化する表情に、また新しい愛おしさを覚えながら、こんな朝なら起きるのも悪くない…と、らしくないことを考えた。話しているうちに目が覚めて布団から出て起き上がった俺たちは、同じ劇団の仲間という服を身に纏って部屋を出る。
「……ゆうべはお楽しみでしたね」
顔を洗おうと洗面所へ向かうと、タイミングがいいのか悪いのか…昨晩、部屋から追い出した先輩が爽やかに微笑んでいた。
「まあ、なかなか…」
「それはそれは」
「先輩のおかげでちょっと…いや、かなり刺激的な…」
「聞きたくないかな」
「…ありがとうございました」
それを聞いた先輩は、ここにいると惚気られそうだからと言いながら、洗面所を出て行った。……先輩が、というか…空気の読める大人が同室でよかった。
「ちかげ、優しいね…」
「今度…何かお礼しないと」
「…いたる、あのね…」
顔を洗って完全に目が覚めて頭も冴えたはず。それなのに、二人だけをうつす鏡には……俺の隣に寄り添って頭をあずける三角がいた。
「……隠さないでくれて、ありがとう…」
鏡越しにぶつかった視線。口元と共に穏やかな弧を描いていた。触れた指が絡まって、何も隔てない体温が直に伝わるのを感じて……正直な体が、欲望に忠実に動いてしまった。
「…三角、」
いつ、誰が入ってくるか分からない場所で、せっかく纏った関係を脱ぎ捨ててしまうほど……俺はまだ、先輩ほど大人になりきれていないから…。