イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    2023年アドベントカレンダーSS11/2811/2911/3012/112/212/312/412/512/712/812/912/1412/1712/2211/28
     遅くなってごめんね、と申し訳なさそうな万理から飾り付けが入った段ボールを受け取った。
     小鳥遊事務所の入り口へと設置されたクリスマスツリーは、梯子でもないと天辺には届かないほど立派なものだ。まだ何一つ飾られていないツリーを目にしたIDOLiSH7のセンターである七瀬陸は目を輝かせ、同メンバーでありながらも裏でこっそりとグループのマネージメントを行っている和泉一織は眉根を顰めた。
     陸の目線は一番上、天辺へと向いている。
    「七瀬さん、私たちは手が届く範囲の飾りをしますよ」
    「脚立出してもらったのに?」
    「喜々と登った七瀬さんがうっかりで倒れてきたらさすがの私もフォロー出来かねます。上の方は四葉さんや六弥さんにお願いしましょう」
     しっかりとした理由を述べれば、少しだけしょんぼりしたものの大きく頷く。よし、と一織は表情に出さず心の中で笑顔を浮かべた。
    「オレ、クリスマスツリーの飾り付けするの、初めてだからものすごく楽しみにしてたんだ」
     しかもこんなに大きいのを触るのも初めてだ。
     段ボールの中身を物色しながら、陸はそんなことを口にした。
     去年は事務員総出でツリーの飾り付けをしていたが、愛されセンターによる「飾り付けしてみたい」の一言でIDOLiSH7に一任されることとなった。せっかくなら飾っている姿や飾り付けたツリーと写真を撮り、ホームページやSNSに載せましょうとマネージャーである紡が企画した。提案は勿論一織だ。スケジュールの関係で七人揃うことは難しく、三組にわけて飾り付けをしていく。
     一番最初の飾り付けは満場一致で一織と陸の組となった。突然プレゼントを貰った子どものようなリアクションに場の空気はほっこりしたものになり、寮内にも大きなツリーを飾ろうと密かに企画している。
     陸には呼吸器系の疾患があるため、季節行事に関わる機会は多くなかった。特に冬の乾燥した冷たい空気で発作が起こりやすい時期は、病院や温かくした部屋の中で過ごし、すでに飾られたツリーを眺めるだけだったという。
     星の形をしたオーナメントを取り出した陸に一織はモールが入った箱を差し出す。
    「先にモールをつけてから、オーナメントにしましょう」
    「色とか、何かルールとかってある?」
    「ありません。七瀬さんのセンスにお任せします」
    「それじゃあ……やっぱりこれかな」
     出てきたのは自分のメンバーカラーである赤色と、そして一織のカラーである青色のモール。暖色と寒色。対照的な色を重ねて、手の届く高さの枝へと巻き付けた。
     SNSに上げる予定の写真を撮っていた一織の手が止まる。
     いや、七瀬さんのことだ。意図はないはずだと言い聞かせ、せっせと飾り付けをする陸を撮っていく。
    「一織?」
    「何でもありません」
    「じゃあ、これ持って」
     はい、と手渡された丸いオーナメントは赤色で、そこは自分の色じゃないのかと思っていれば、陸は青色のオーナメントを指にぶら下げていた。
    「これは匂わせ?」
    「ぎりぎり仲良しアピールですね」
     無邪気な顔で意味ありげなことを口にするものだから、ついつい笑ってしまった。どこで覚えてきたのだろうか。色めいた口調ではないため、微笑ましく思っていると突然シャッターが切られた。
     満面の笑みを浮かべた陸の仕業だ。
    「えへへ、かわいい一織が撮れた」
    「不意打ちはいささかずるくないですか」
    「一織だって、オレの写真ばっかり撮ってるだろ?」
    「オフショ用です」
    「じゃあ、オレもそれで……あ、でも」
     撮ったばかりの写真をまじまじと見つめていた陸は再びカメラアプリを起動する。
     かわいい一織はやっぱり見せられないから、もう一回。
     どこか独占欲を滲ませた声で囁いた陸に一織の頬は赤く染まった。
     格好良く笑って、と言われたところですぐに熱が引くはずもない。作業に戻り、そこそこツリーが華やかになったところで再び互いの色を交換して、今度はアイドルらしい表情で撮影した。
     写真をチェックし、これなら問題ないだろうと思った一織は掲載許可を出した。しかし結局のところSNSに公開した時点で、ファンの間では付き合い立てか? とまことしやかに囁かれるのだった。


    11/28 クリスマスツリー
    「飾り付け」「大きい」「一つ」
    11/29

     七瀬さんは、七瀬陸はスターになれる資質がある人だった。
     圧倒的な歌唱力を持ち、けれど野心や自己主張からは縁の遠い控えめな人物。ドジでうっかりで、こちらがしっかり見ていなければという気持ちにさせられる。だが彼の世話を焼くことを面倒だと一度たりとも思ったことはない。
     私の言葉で、期待に応えようとする七瀬さんを愛おしく思うようになった。
     私の顔を見て、応えるように笑って鮮やかな魔法を魅せる七瀬さんを、私はそういう意味で好きになった。
     好きになってはいけないのに、恋してしまった。叶わない初恋を殺して、私は正しくIDOLiSH7の和泉一織を演じた。

     

     背伸びしてようやく目線が同じ高さになった。私の心をしかと掴んで離さない双眸がぎゅっと閉じて、唇に柔らかいものが触れる。一秒二秒、もしかしたらもう少し長かったのかもしれない。震えた唇から洩れた呼気がくすぐったくて、けれどそれに対して笑うことはできなかった。
     すとんと落ちて、頭一つ分低い七瀬さんが目を開く。訴求力の核と言える双眸がゆっくりと細まって、やがて笑った。
    「オレね、一織のことが好きだよ」
     至近距離で射抜かれて、私を求める瞳に誘われるがままに屈む。
     私を好きだと言った唇は微かに濡れていた。
     
     
     グループが結成されてからデビューするまでも慌ただしく、予想外の出来事に見舞われた。しかしデビューをしてからは常に怒涛の日々だった。
     七瀬さんとセンターの交代。七瀬さんが最高の形で復帰したかと思えば小さな秘密がいつの間にか解散寸前までに至る危機が訪れた。回避したかと思えば、続いて起こったのは国民支持が高かったトップアイドルTRIGGERの降板。
     遥か遠い北国まで六弥さんを追いかけたり、TRIGGERの舞台であるミュージカルゼロを成功させた。
     数年前には他事務所のアイドルグループ十六人と合同ライブを行い、大盛況で幕は下りた。
     けれど恋心は消滅しなかった。常に私の胸の奥にあり、それは日々日々大きく育っていった。

     震えていた唇が触れて、彼の温度と感触とを知ってはもう止まることもできなかった。持病のこともある。呼吸させるために離れなければいけないとわかっていても、本能が求めた。
    「っ、ふ……」
    「んっ……は、あ……っ、いおり……」
     私たちは駆け抜けていた。大きな夢を抱き、あっという間に日々は過ぎてしまった。社会に出て、やがて家庭を築き、描いていた堅実的な生活は存在せず、その代わり今もまだ覚めない夢を追いかけている。
     その途中に気が付いてしまったとある人の想いは、夢を、願いを妨げる私の気持ちに鍵をかけて隠してきたというのに、あっさりと暴かれてしまった。
     彼によって開けられた箱から出てきたのは、欲だ。元々は綺麗な想いだったのかもしれない。
    「も……話させてよ」
     浮かれ、何度も口づけた唇が拗ねたように尖る。またキスがしたくなるから、視線を外して濡れた瞳を見つめた。少しだけ怒ったような、けれども七瀬さんの瞳は私が好きだと言っている。
     背を押されるように、言えなかった言葉はするり口からと出てきた。
    「……私も、ずっとあなたのことが」
     ──好きだった。いえ、今も。
    「好きです」
     想いは白い息とともに彼の温もりを与えられた唇から零れる。抱きしめると首に顔を埋めた七瀬さんが、オレもだよ、と呟いた。
    「本当は知ってたんだ。一織がオレを好きなこと」
     七瀬さんの頬に触れている箇所がやけに熱い。私を好きだと言う顔を見たくて抱擁を緩めると、しがみつくように抱きしめられる。そのまま首を横に振られた。ひんやりと冷たい毛先に首筋を撫でられてくすぐったい。
    「……だめ。そのままでいて」
    「……はい」
     態度と言葉で示されては私に逆らうすべなどない。
     私よりも七瀬さんの方が私のことをよくわかっているのだろう。甘え方も、愛され方も。
    「いつオレに好きだって言ってくれるのかなって、ずるいことを考えてた。ずっと前に言ったよな? オレの幸せをキープするって。好きって知らせてくれたら、オレは幸せになれるのにって思ってた」
     だけど、と言葉が続く。顔を上げ、私の顔を見つめた七瀬さんはふにゃりと笑った。
    「今気が付いたんだ。一織に好き、って言ってオレはすごく幸せになれたよ。だってさ、同じ気持ちだって知ってるから」
     頬を包み込まれる。また背伸びしたのだろう、目線が近くなり今度の口づけは最初よりも長かった。もう唇は震えていない。代わりに少しだけ開いた箇所を舌先で舐めようと追いかける寸前に離された。
    「ね……一織、結婚しよう」
    「はい、……っ、待ってください! いきなり結婚ですか!?」
    「うん、そうだよ? でもプロポーズはされたいから、待つけど」
     今度はあんまり待たせないで、と七瀬さんは笑う。
     遠くの方できらきらとイルミネーションが光っている。それよりもずっと眩い存在は私の腕の中に、確かにあった。



    11/29 トップスター
    「てっぺん」「背伸びして」「知らせ」

    11/30
    中編作品【奥手の七瀬さん】

     なんでこんなことになったんだっけ。
     状況を振り返る間もなく、恋人に掴まれた指は小さな唇に吸い込まれる。やがて形のいい歯が整った爪の先をあまくかじって、そしてきれいな弧を描いた。
    「……顔真っ赤ですね」
    「う、うるさい~っ!」

     今年のクリスマスイブは日曜日だ。と言っても、アイドルには曜日など関係ない。次の日の二十五日が一織と一緒のオフであることを知った陸は喜んだ。マネージャーや会社に付き合っていることを公言していないので、このオフはたまたまなのだろう。それでも初めての恋人と初めてのクリスマスを過ごせるのだ。
     クリスマスライブを終えて、寮に戻るのは二人のみ。他のメンバーは泊まりがけのロケやドラマの撮影が入っている。
     そしてまだ陸は一織と一線を越えていないのだ。
    (つまり……一織とえっちするってことだから)
     勉強しなくては。
     七瀬陸は努力家だった。検索エンジンにキーワードを打ち込んで探し、危ないページに入りかけては、一織にインストールされたセキュリティソフトが正常に働くこともあった。
     男同士の性行為に必要なものを調べ、正しい知識を深めた陸に怖いものはない。お風呂でひとり、慣らすために指も入れた。毎日時間をかけて、傷つけないように少しずつだ。
     その甲斐あって指一本は入るようになったが、異物感の方が強く気持ちいいとは思えなかった。
    (でも、一織を受け入れる準備はできた)
     気がかりなことと言えば。
    (緊張しすぎて、心臓が止まるかもしれない)
     七瀬陸は奥手だった。
     一織のことが好きになったことで触れられなくなり、紆余曲折を経て恋人同士になった。
     意外と一織はスキンシップ多めらしく毎日部屋に呼ばれてハグされたり、二人きりのところでは手を繋いだりと、触れる時間は多い。
     慣れてきたおかげか不意打ちで抱きしめられても、心臓はどっどっと忙しい心拍数へと変わるが、固まることはなくなった。まだ広い背中に手を回すことはできないけれども。
    (本番までに練習しないとなあ)
     と、密かに決意したのが三日前のこと。


     いちゃいちゃの練習がしたい、と一織にお願いをしたのは数十分前。
     目を瞠り、しかし次の瞬間には艶やかに微笑みキスを仕掛けられたのは少しだけ前のこと。
     舌を入れられ、ふやけるような執拗な口づけに降参の意を示したら代わりに指をかじられた。濡れた爪と小さな唇がやけにいやらしく見える。自分でも顔が熱くなっていることを自覚してしまう。
    「やっ……あ、恥ずかしい……」
    「同じことの繰り返しは退屈でしょう?」
    「それはそうだけど……っあ」
     羞恥でぽろりと零れた涙を唇がすくう。そのまま何度も押し当てられて、くらくらと眩暈がした。のぼせそうだ。
    「熟れたりんごみたいですね」
     熱い頬を撫でた手はひんやりとしていた。
     心地よいが安堵や安寧を覚えるだけではない。間近にある端整な顔立ちによって、陸の心臓が大きく跳ね上がる。
     長い指が赤らんだ首筋を撫でた。そこからびりびりとした痺れが走っては、息が乱れる。滲んだ視界でも一織の姿ははっきりと映っていた。嬉しそうに笑っているから、胸が期待で膨らむ。
     これならクリスマスにえっちができそうだ。
     まだ不安は残っているけれども。
    「……どうしよ」
     ──最後まで、心臓持つかな。
     小さな呟きを拾った一織は苦笑する。
    「持たせてください」
     あまい声で返答されて、まるで甘やかされているようだった。嬉しくなって、ふわふわとした夢心地の陸は言わなくてもいいことをぽろりと口にしてしまった。
    「ううっ、そうだよね……クリスマスに一織とえっちしたいもん」
    「……はい?」
     困惑した声色に気が付かない陸は胸元に顔を寄せて、さらに言葉を続ける。
    「指はどうにか入るようになったから、もうちょっとだけ頑張ったらできるよね?」
    「……指、入れたんですか」
    「うん? でもまだ一本だから……」
     一織の手を取って合わせる。
     陸の手は一織のよりも少し小さい。だけど、当日までに本数を増やし慣らせば、きっと。
    「入るよね?」
    「……入ります。でも七瀬さん、もっといい方法がありますよ」
    「なあに?」
     白い頬に赤みが差している。照れているのだろうか。
     かわいい一織だ、と頬をほころばせた瞬間視界が反転した。のしかかられてようやく、あれ? と思い始める。目の前にはにっこりと笑った一織の顔。けれども、目は笑っていないような気がする。
    「はにゃ?」
    「今から練習しましょうか」
     ──私もお手伝いしますので。
     
     この日から誰にも言えない秘密の特訓が始まった。
     クリスマス当日まで上機嫌な一織と顔を真っ赤にした陸の姿に、メンバーたちは何も言うまいと口を固く閉じたのであった。

    11/30 林檎
    「真っ赤」「知識」「かじる」

    12/1『オメガバいおりく 君の隣を歩く。』より




     小さな手でお星さまを掴む。楽しそうな声を上げながら、一歌は生まれて初めてのクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
     陸の娘は来年で三歳になり、話せる言葉は日に日に増えている。ただ幼児特有の舌足らずな拙い喋り方であるため、ツリーは「ちゅりー」、クリスマスは「くいすまう」だ。
     直感的に何を言っているのかわかる陸に対し伴侶である一織はぴんと来ないらしく、真面目な顔で一歌の言葉を繰り返し、翻訳しながら会話を成り立たせている。
    「りっく?」
    「なあに?」
    「こえね、りっく」
     赤色の星型のオーナメントを指して、何故か小首を傾げる。飾りが入った箱を覗き込み、唸りながらひとつずつ取り出しては元へと戻すその姿にぴんときた。
     青色の星を探し出し、一歌に渡す。するときゃあ、と可愛らしい歓声を上げ小さな手でぎゅっと掴んだ。
    「いお!」
    「一織だね」
     青と赤、二色の星を飾りたいと目で訴えられる。瞳の色は父親譲りだが、形は自分によく似ている。大きな目でじいっと見つめられて、なるほどと思った。
     一織が一歌のおねだりに勝てないわけだ。
     慣れた手つきで抱き上げると、てっぺんのすぐ近くへその二つの星をつるした。指でつんと押して、ゆらゆらと揺れる星々に一歌は満足そうに笑う。
     少し離れたところから感極まったような声が聞こえてきた。かわいい……と呟いては手の甲で口元を覆っているであろう伴侶へと振り返る。
    「一歌、ファンサして。うさぎさんのファンサ」
     一歌は大きく頷く。ふたつ結びのおさげがぴょんと揺れては、結び目にくっついている音符の飾りがきらきらと瞬いた。スマートフォンを構えた一織へと向けて、両手を頭につけてうさぎの耳に見立てる。
    「ぴょんぴょこ?」
    「っ、かわいすぎませんか?」
    「ぴょこはいったいどこからきたの?」
     ちょっと違うような気もするが、可愛いので良しとすべきか。一歌の叔父でもあり、アイドルでもある三月がよくするファンサを次々と披露し、連射の音は止まない。
     ツリーの前で撮影会化した二人の姿に苦笑しつつ、陸は飾り付けたツリーを見つめる。
     てっぺんには金色の一番星。赤色のモールと七色に光る電飾が巻かれ、多種多様なオーナメントが吊るされている。賑やかな印象を与える。けれど何かが足りない気がする。
     一織と陸。それからこの腕にあるあたたかな子ども体温。
    「……あ!」
    「陸さん?」
    「りっく?」
     ごめん、と一言告げて、小首を傾げた一歌を一織に預ける。リビングから出て、書斎兼仕事部屋である自室へ足を踏み入れた。
    「ええと、確かこの辺りに……あった!」
     一か月ほど前に、次のクリスマスに合わせたライブで使用するオーナメントを譲り受けていた。それは金色の八分音符であり、珍しい飾りを一歌に見せようと思っていたのだが、連日忙しく忘れていた。
     あのツリーに足りないもの。それは────。
    (一歌だ)
     一歌は陸にとって、ずっと望んでいた運命のつがいとの間に生まれた子どもだ。
     一織がいなければ、この手に彼女を抱くことができなかった。
     陸の命をかけた賭けだった。自身がオメガであったがためにアルファの兄が出て行き、陸の家族は一度ばらばらになってしまった。
     だからこそ何があっても離れない強い繋がりを持つ人を、家族を、陸はずっと望んでいた。
    「おまたせ」
    「陸さん!」
    「りっく!」
     リビングに戻るとツリーのそばに立っている二人が振り返る。嬉しそうな笑みを浮かべ、同じ表情をしているものだから、思わず吹き出しそうになった。
     音符のオーナメントを小さな手に握らせる。これなあに、と可愛らしく問いかけられるかと思いきや一歌は大きな目を開いて、それからにっこりと笑った。
    「こえ! いちちゃ!!」
    「そうだよ。これは一歌」
     愛した人との間に生まれた陸の子ども。陸にとって、歌そのもののような存在であり、愛おしい娘だ。
     一歌が飾った二つの星の間につるす。紐の長さが違うため少しだけ低い位置となったが、まるでそれが今の三人のようだった。
    「一織がいて、オレがいて、一歌がいるんだよ」
    「……陸さん」
     灰色の瞳は少し濡れていた。雨上がりの色をした双眸はあの頃と変わっていない。陸の好きな色だ。抱きしめてやりたいが、一歌を抱いた一織を全部包み込むことは華奢な陸には少し難しい。
     出産後自身が長い眠りについたことで、泣き虫になってしまったつがいに身を寄せた。
     つま先立ちをしてから白い頬に唇を押し当てる。目を瞠った一織の顔を覗き込んで、再び笑った。
    「いちちゃも、ちゅう!」
    「はいはい」


    12/1 オーナメント
    「楽しそう」「つるす」「ゆらゆら」

    12/2劇中劇『オーベルジュLa Plage』より
    鳴海静×橘結弦
     



     十二月に入るとクリスマスに向けた準備が始まり、慌ただしくなっていた。街中はすでにクリスマスムード。店内に流れるBGMはクリスマスソング、配色は緑と赤ばかり。クリスマスツリーは至る場所に設置されて、工夫を凝らした飾りつけがほどこされている。そんな空間で一日の三分の一を過ごしていると辟易もしてしまう。
     海沿いに建てられた『オーベルジュLa Plage』の内装もハロウィンが終わった時点で、ロビー内と併設しているレストランにクリスマスツリーを置き、従業員総出で飾り付けをした。
     オーナメントよりも一際大きいベルを子どもが触って、澄んだ音を響かせるのもこの季節ならでは光景だ。
     しかし最初だけだ。きらきらしたクリスマスツリーに心が浮き立つのも。
    (あー……でもユーリのピアノが聴ける日は別だけど)
     週末の夜だけは有線放送ではなく、店内に置いてあるピアノから流れる音楽を聞きながら食事をすることができる。一度は耳にしたことのある曲を即興でアレンジし、大人から子供まで楽しめる演奏会はLa Plageの客だけではなく、そこで働く従業員にも人気があった。十二月に入ってからはクリスマスソングアレンジが多い。
    「真っ赤なお鼻の~トナカイさんはー……」
    「何を口ずさんでいるんですか」
    「うわっ!? オーナー!!」
    「驚くことは構いませんが、皿を投げないでください」
     突如現れた静の姿に驚いた結弦は、細い肩を跳ね上げると同時に皿も真上に飛ばしてしまった。すかさずキャッチした静に礼を言いながら受け取る。
    「それとオーナーはやめてください」
    「じゃあ……静?」
    「あなたね……ゼロか百しかないんですか」
    「でも静はオレの恋人でもあるし」
    「今はあなたの雇い主です」
    「それじゃあ、オーナーでもあるだろ?」
     かわいい仕草に弱いことを知っている結弦はこてんと首を横に傾けた。静の眉間の皺が寄っていく。これは素直でない静の照れ隠しでもある。が、同時に不満げにも見える。年相応な顔に結弦はふっと笑った。
    「からかいすぎた、ごめん鳴海さん」
     機嫌直してよ、と皿を片付けて身を寄せると腕を掴まれた。結弦の後頭部にも触れすぐそばの壁に押し付けられたかと思えば、強引なキスで塞がれる。
    「っ、ん……う……」
     普段は冷静な視点で物事を見ている男だが、一度心を許した相手にはとことん弱く年下らしい強引さで迫ってくるからかわいいと思う。ぴしっと決まったジャケットの裾をわざと掴むと、そこじゃないと言うように手を取って、広めの腰へと導かれる。
     脚の間にあたっているものが次第に硬さを増していくことに興奮を覚え、執拗な口づけで乱れた吐息がさらに静を煽った。
     一時間以上前に店は閉店し、有線放送もすでに止まっている。息遣いと擦れ合った衣擦れの音がいやらしく、下着の中がじわりと濡れていることを結弦は自覚していた。
     口の中はすでに静の唾液で犯されて、酸欠状態で頭がぼんやりとし始めた頃に唇が外された。目を細めた静の喉がこくりと動き、嚥下したのだと知る。
    「んっ、はあ……静?」
    「……この後予定ありますか」
    「うーん家に帰って、寝るだけかな?」
     質問に込められた真意を結弦は気が付いている。腰を抱いていた手を滑らせて、指と絡める。静との口づけでまだ濡れている唇へと寄せ、指先にキスを落とした。
    「来る?」
    「一応聞きますけど、誘っているんですよね」
    「そうだよ。からかったお詫びに舐めてあげる」
     わざと舌を差し出すと端整な顔立ちが淡く色づく。キスだけではなくセックスも、恋すらしたこともない静に結弦がすべてを教えた。元々器用だからか、ぐんぐんと水を吸うようにセックスの技術を身に着けていっている。回数を重ねていくたびに静が積極的に動き始め、経験豊富な結弦を翻弄しようとするのがただただかわいい。
    (まあ、今のところ主導権を譲る気はないけど)
    「橘さん、明日ちゃんと出勤してきてくださいね」
    「それは鳴海さん次第だと思うけど」
     小指同士だけで絡める。
     最後に唇を押し当てて触れるだけのキスをした。ますます細くなった理性的な瞳に結弦は悪戯っぽく微笑んだ。



    12/2 ベル
    「導き」「澄んだ音」「目を細める」
    12/3
     好きになったのはおそらく自分の方が先だっただろう。
     

    「一織?」
     並べられた二千本のキャンドルへと火が灯されていく。オレンジ色の炎は左右にゆらゆらと揺れ、地面に出来上がった影も同じ動きを模倣する。
     陸が風邪をひかないように厚めのマフラーをきつめに巻いて、彼のコートのポケットにはあたたかいカイロ。自分のポケットには暖を取ることもできない小箱が入っている。
     手袋の片方だけをよく無くしてしまう陸に、敢えて自分が使っていたものを渡すとそこからぴたりと手袋片方紛失事件は止まった。しかし今日は手袋自体を家に置いてきてしまい、すぐに自分のものを嵌めさせた。
    「綺麗ですね」
    「うん」
     すべてのキャンドルの火が灯り、沈みゆく夕暮れの中で西洋館が時間とともに浮かびあがっていく。観光客やカップルは幻想的な空間にスマートフォンを向けたり、静かに見入っている。おそらく自分たちの姿は目にも入らないだろう。
     そっと陸の手を取った。一織の手は冷え切っており、直に触れると触れた相手の体温を急激に奪ってしまうほどに冷たい。
     両手でつつみこまれ手触りのいい感触に撫でられた。一織が過敏であることを理解しているからくすぐらないよう、大切に体温を分け与えようとする仕草に胸の内からあたたかくなる。
    「……抱きしめてもいいですか」
    「まわりに人いるよ?」
    「誰も見てませんよ」
     陸の返答を待たず引き寄せて抱きしめた。人がいると言いながら悪戯っぽく笑った瞳の奥に、抱きしめて欲しいと書いてあったのは一織の気のせいではないはずだ。おずおずとではなく、すぐに背へと回された手の力強さがすべてを物語っている。
    「七瀬さんは昔と比べると意地が悪くなりましたね」
    「そう? 一織とずっと一緒にいたからかな」
    「その……一織という方は意地の悪いですか?」
    「うーん……そうだなあ」
     内緒話をするように陸は一織の耳へ唇を近づけた。
     スパルタだけど、オレにかけがえのない自信を与えてくれた人。初めてオレに期待してくれた人。昔からオレの歌が好きで、今もずっと好きでいてくれる。
     ──だから安心してステージの上で歌っていられる。

     胸の奥が締め付けられた。はっと洩れた吐息は白く濁って、やがて冷気と混ざり合う。
     次々に出てくる言葉は陸らしいストレートな告白だった。醜い恋心を肯定するような、陸の恋人あることに罪悪感を抱いている一織をすくい上げる言葉だった。
    「意地の悪い時もあるけど、オレはその人のことがずっと好きなんだ……泣くなよ一織」
    「っ、泣いてません」

     好きになったのはおそらく自分の方が先だっただろう。
     単純ですぐに心が弱る七瀬さんの指針になるように、私は振舞った。
     
     七瀬さんに憎まれる覚悟で、私は約束を持ちかけた。
     私にコントロールされることを選んだ七瀬さんは、結果私に恋心を抱いた。
     七瀬陸の精神の軸は九条天から私へと移り、私の夢は続いている。
     
     私は、卑怯な方法で七瀬陸を手に入れたことを、少なからず悔やんでいた。
     そして誰からにも愛されるこの人を、手放すことができなかった。
     
    「オレはさ、ずっと一織のことが好きだよ」
     あやすように背を叩いていた手は、広い背中をかき抱いた。コートのポケットに隠し入れていた小箱が揺れる。
    「指輪、あるんだろ」
     探偵役を長い期間演じた経験からか。それともそれだけ長く共に過ごしたからだろうか。
     一織のことはお見通しだと、濡れた瞳が細まった。
    「嵌めてもいいんですか……?」
    「手袋は嵌めてくれるのに、今さらそんなこと言う?」
     抱擁がほどける。左手の手袋を外した陸に一織は小箱を取り出した。指先は震えている。
    「……もう、二度と逃げられませんよ」
    「オレはおまえに置いていかないで、ってお願いしたよ」
    「そうですね……そうでした」
     カメラの前ではいつでもスマートにできたことが、陸の前では上手くこなせない。
     指輪を嵌める、ということ自体初めてでないのに、本命だとこうも難しいのだと一織は知った。だが同時に相手の指に指輪を嵌めることが、こんなにも幸福で満たされるものだとは知らなかった。
    「想像してたよりもずっと緊張する」
     風にかき消されそうなほどの小さな呟きは確かに一織の元まで届いていた。
     するりと彼の左薬指に収まった瞬間カチリと足りなかった空白が埋まったような音を耳にした。
     金属製の輪はひんやりと冷えているのに、陸は自身の指に嵌められた指輪を撫でる。そこにあることを確かめるように。頬を綻ばせて幸せだと伝えてくれる。
    「オレを幸せにしてくれる?」
    「はい」
     もう迷いはない。和泉一織は七瀬陸に愛されている。
     幸せにしてと愛される存在に望まれた一織は、世界で一番幸福な男となった。


    12/3 キャンドル
    「灯していく」「影」「大切そうに」

    12/4
    妖万華鏡 空虚咎送りより
    蒼×鬼火


     十二月。師走とも呼ばれ、人間界では一年の終わりに向けてどたばたと忙しない月である。街中は緑と赤の配色、至る場所にもみの木が設置されピカピカと光る電飾で飾られる。
     クリスマスが終わればすぐに正月ムード。
     ああ忙しい、と人々は奔走する。
     そうして妖怪もまた、人間界の空気にあてられように慌ただしくイベントの準備に追われている。のかと、思いきやそうではなく、ただ騒ぎたいだけだった。
     人間の真似事が好きな灯影街<ひかげまち>の住人は、クリスマスツリーの代わりに笹を伐採してきては、各々が思う飾りを吊るした。妖怪のひとりが願い事を短冊に記入すると他の妖怪も次々と真似ていき、クリスマスツリーではなく、完全な七夕となった。
    「見てー蒼! これがくりすますだよ」
    「どこからツッコめばいいかわからない……」
     最近妖怪たちの動きが活発になっている。
     様子を見て来い、と上司である英に命じられた蒼は灯影街を訪れた。妖怪が棲むこの街では荒事も多く、場合によっては腰にぶら下げた刀を抜くこともある。
     まずは情報収集だ、と九尾が経営しているらーめん葛ノ葉へと向かう途中とある妖怪につかまってしまった。連れて行かれた先で蒼はツッコむことを放棄をした。
     そして冒頭に戻る。
    「願いごと書いて吊るすと願いが叶うって鴉天狗に聞いたんだけど」
    「騙されてるな」
    「円も吊るしていったよ」
    「…………」
     何も訊いていない振りをしよう。
     笹の葉には色とりどりの願いことが記された短冊と、折り紙で作られた七夕飾りが吊るされている。さらには笹の葉に結ばれた式神を発見してしまった。それは飾りではないのだが。
     誰もクリスマスを知らぬのか、それとも賑やかであればいいのか。お祭りであれば何でもいい妖怪にほとほと呆れてしまう。
    「でもね、ボクどこかでこれと同じものを見たことがあるんだよね」
    「どこからどう見ても星祭りだろ」
    「ああ! たしかに!!」
     妖怪は大きく頷く。焔の色の髪がぱさりと音を立てて揺れ、鋭い鬼の角は軒先の提灯の淡い光を反射した。
     人間の姿を取った下級妖怪──鬼火は稚い童のような表情で小首を傾げる。
    「ん? ということはボクの願いごとは叶わないってこと?」
    「そうだな。クリスマスはそういったイベントごとではないからな」
    「ええーっ! 蒼といつまでも遊べますようにって書いたのに」
    「願うな!」
     なんという恐ろしい願いなのだろうか。
     蒼は鬼火からさり気なく距離を取った。というよりも、ようやく本来の業務を思い出したと言うべきか。
    「蒼、どこに行くの?」
    「…………」
    「待って、まだ話は終わってないんだけど」
    「っ、飛びつくな! 重い!」
     立ち去ろうとした瞬間思いきり飛びかかられた。軍人として鍛えているので、その場で倒れることはなかったが人の姿をした鬼火は成人男性の大きさであり、控えめに言っても重い。しかも暴れる。
     顔を近づけられふわりと花の匂いが鼻孔をくすぐった。陽が昇らないこの灯影街では花は咲かない。咲いたところで妖怪たちによって根から抜き取られてしまう。
     背中から降りないようとしない鬼火に根負けした結果おんぶへと変わった。他の刀衆に見られたくないので、人目のないところ、なおかつ妖怪のいない場所へと足を進める。
    「……おまえ、また人間界に行っただろ」
    「蒼は頭良いよね。何でもすぐにバレちゃう」
     花の匂いをさせているせいだ。
     答えを言うべきか迷ったが、蒼は口を閉じた。
     ずる賢い悪事されるよりは少々隙がある方、脅威にならないくらいの、むしろこちらが心配してしまうくらいの方がいい。
     この程度なら、刀を抜く必要はないのだから。
    「蒼?」
    「……いや」
     自分の思考に苦笑してしまった。
     妖怪と関わりたくなどなかったはずだったのに。
     触れた温度と花の香りと、そして無邪気なせいだろうか。
    「蒼、メリークリスマス」
    「まだクリスマスじゃない。あといろいろと間違っているぞ」
     目の前に差し出された白い花を受け取りながら、ぼやく。薄暗い街中ではっきりとした色彩は仏頂面がデフォルトである蒼の表情を緩めた。それはほんの一瞬だけ。瞬きの合間ほどの短い時間だったのだが、鬼火はその一瞬を見逃さず大きな瞳を開いた。
    「もしかして蒼、今笑った?」
    「気のせいだろう」
    「今絶対に笑ったと思うんだけど。おまえ、笑うとかわいいね」
    「うるさい奴だな。斬るぞ」
     小さな花を一輪持った刀衆の脅しが妖怪に効くはずもなく、下手な照れ隠しに鬼火はただただ笑うだけだった。

     

    ノースポール(クリサンセマム)花言葉「輪廻転生」

    12/4 リース
    「円」「終わらない」「結ぶ」

    12/5
    『PARTY TIME TOGETHER-Winter remix-』のミュージックビデオ撮影が始まった。
     一昨年のIDOLiSH7単独ライブでアレンジ版を歌唱したこともあり、また盛り上がる楽しい楽曲で人気も高い。ファンから要望があり、今年のクリスマスに合わせてサプライズで公開をすることとなった。
     白を基調した衣装は金色の装飾でそこそこの重量があり、動くたびに金属が擦れ合いしゃらりと涼やかな音を聞かせる。
     踊っている時や駆けている時だけではなく、弾ませた足取りで向かってくる人物の来訪を知らせる音でもあった。
    「転びますよ七瀬さん」
    「なんでわかったの?」
    「今からでも遅くありませんので、探偵役変わりましょうか」
    「やだ! 一織は犬役がぴったりだよ」
    「狼です!!」
     当たり前のように一織の隣を陣取り腰掛けた陸から「ほらあったかい飲み物だよ」と熱を持つ缶を手渡される。ほんの少しだけ触れた指先がじんと痺れた。寒さからだろうか、頬は赤く色づいている。
     ポケットに忍ばせていたカイロを取り出して、冷えている陸の手のひらへと押し付けた。
    「あったかい~」
    「マフラーと手袋はどうしたんですか」
    「置いてきた」
     これは終わった後にお説教だな、と一織は撮影後の予定を頭の中で決めた。勿論暖房が利いた温かい自室で蜂蜜入りのホットミルクもつけて、ではあるが。
     温かいカフェオレに口をつける。ほっと息をつく甘さに頬を緩めると、陸の表情もへにゃりと崩れさらに頬には赤みが増した。熱視線に耐えきれず、顔を向ける。
    「なんですか」
    「一織恰好良いなって思って」
    「っ! そうですか……ありがとうございます」
     今回の衣装に合わせて、一織はチャームポイントであるストレートの髪をゆるく遊ばせている。思い返せば準備している時からいつもよりも視線を感じる気がしたが、どうやらこの髪型のせいだったらしい。
    「こちらの方がいいですか?」
    「うん? いつもの一織が一番好きだよ」
     髪型のことを訊ねたつもりだったが、返ってきたのは斜め方向の返答だった。
     ストレートな好意にさすがの一織でも顔が赤くなる。
    「ええと、照れるところあった?」
    「…………いえ」
     そして自身の返答がどれだけ破壊力高めで、純度の高い好意なのか言った本人はまったく気づいていない。
     タチが悪いと心の中で呟く。傾げた小首を元に戻した陸はきらきらと目を輝かせて口を開いた。
    「手繋いでいい?」
    「……だめです」
     あまりにも無邪気な問いかけだったため一瞬反応が遅れた。
     繋ぎたくないのではない。いつスタッフに見られるかわからないからここで手を繋げないのだ。
    「今そういう雰囲気だっただろ」
    「ご自身の立場を考えてください」
    「人気アイドルグループIDOLiSH7のセンター、七瀬陸です!」
    「百二十点、花丸もつけますね」
     反対側のポケットの中で熱を放っていたカイロを取り出す。陸に渡そうとしたが受け取らず、その代わり一織の手を誘導しながら陸はベンチの椅子の上に置いた。
    「カイロの上に手を置いて」
    「こうです?」
     何をしたいのか見当もつかないまま、言われた通り温かいカイロの上に手を乗せる。そうすると陸は満足そうに笑った後、一織と同じようにその上に手を置いた。指先が重なって、ほんの少しだけ触れ合っている。
    「っ!」
    「これくらいならいいだろ?」
     これが寒い外ではなく室内での撮影だったのなら、だめだと口にしただろう。けれども隣合って同じカイロで暖を取っているだけだ。週刊誌に熱愛報道と報じられるはずもない。
     浮かべた表情でわかったのだろう。陸はふにゃりと頬を綻ばせる。
     少し離れた特設ステージから鈴の音とやわらかい鐘の音が流れてくる。クリスマスを彷彿させる音に合わせて歌い始めた無類のセンターの歌声に、一織はそっと目を閉じて聞き入った。

     並んで座り、一つのカイロで暖を取っている姿をメンバーに撮られて、マネージャーの許可を確認したうえでラビッターのアカウントにアップされ、熱愛報道がトレンドに入ってしまうのはまた別の話だ。



    12/5 クリスマスキャロル
    「輝かせて」「流れる」「弾ませる」

    12/7劇中劇「星巡りの観察者」より
    コーエリ




     ベスティアにあるダダンの港には星内だけではなく、星外からも多くの人が訪れる。到着した宇宙船から荷を下ろし、市へと運ぶベスティア人。その逆にベスティアの品が星外へ出て行くこともある。
     獣性の瞳が一切の隙を見せない足取りで降りる人物を捉えた。後ろでひとまとめにまとめた赤髪が左右に揺れる。まるで獣の尾だ。彼の動き自体がしなやかな肉食獣のようでありながら、こちらへと顔を向けた青年の顔には楽しそうな笑みを浮かんでいた。
    「エリン!?」
    「久しぶりだねコーダ。元気だった?」
     想像もしていなかった来訪者にコーダは目を丸くする。
     驚いた子犬のようだとエリンは思ったし、口にもした。
    「……その子犬に抱かれてるのはどっちだよ」
    「あはは、普段はかわいい子犬も夜になるとオオカミだよね」
     皮肉のつもりだったが、否定することなくエリンはさらりと軽口を叩く。噛みついてやりたい、と思ったが良く回る口に反撃されることもある。コーダは話を変えた。
    「エリンは何しに来たんだ?」
    「生誕祭の準備で忙しい王様を労うためプレゼントを買いに来たんだよ」
    「へえ、意外だな」
    「リボンをほどいて箱を開けた瞬間、宇宙戦艦が飛び出してそのまま王様の顔に直撃するみたいなものってある?」
    「不敬すぎるだろ……」
     距離が近いというべきか、それともオライオンが慕われているというべきか。
     恋人というには甘さのない、けれども友人にしてはどこか密やかな関係をエリンと築いてしまった。これは決してヤキモチではないとコーダは首を横に振る。
     そして彼はエリンがひどく面白そうな顔で見つめていることに気づかない。
    「ベスティアの生誕祭って賑やかだね。木々にいろいろ吊るしてるのも面白いね」
    「ラーマは違うのか?」
    「うーん、内戦が終わって星内が落ち着いてきたとはいえ、さすがにお祭り騒ぎってわけにはいかないんじゃないかな」
     王様のしかめっ面のせいでいつも緊張感があるし。
     オライオンの真似なのか、真顔で腕を組むエリンにコーダは思わず吹き出してしまった。
    「に、似てるっ」
    「やっぱり、笑うと可愛いよお前」
    「え?」
     ぼそりと呟いたエリンの声は活気のある人々の話し声や物音でかき消された。獣の耳を出していれば、聞き取れていたのかもしれない。聞き返そうとする前に、いつもの笑みを浮かべた表情へと変わる。
     そっと手を掴まれた。強めに握られ、どきっとする間もなくエリンの足は歩を進める。市の方へと向かおうとするエリンにコーダは慌てて問いかけた。
    「おいっ!? どこに行くんだ?」
    「コーダは僕とデートするんだよ」
    「それはいいが、まずファングに許可を取らないと」
    「もうすでに取ってあるよ。さあ、行こう」

     
     ダダンの港から王城へと続く道すがらにある市は、常に人々が行き交うため騒がしい。特に一年の終わりを迎える月にある生誕祭の時期になると、他の星から運ばれる荷物は増え盛んだ。
     鮮やかな緑の木々に研磨した鉱石を飾り、客から要望があれば飾っていた鉱石を販売する露店も多い。他の店に負けないよう派手に、艶やかに、または美しくと多種多様な飾り付けがほどこされている。
     慣れているとはいえ光を反射する鉱石の輝きは眩しいほどだ。
     不意にエリンの足が止まり、手を繋いでいるコーダも足を止めた。
    「コーダあれは何?」
    「ヒイラギの造花だな」
     生誕祭の飾りに使われる植物で、魔除けでもある。プレゼントで贈るには不向きではないかと言葉を続ける前にエリンは屈みこんでヒイラギの造花へと手を伸ばした。
    「お、おいっ!?」
    「トゲ、本物よりは痛くないんだね……。そういうところも王様に似てる気がする」
    「オライオン王に?」
    「トゲトゲしてて、でも香りはいい。幹は堅くて、けれども衝撃に強いところなんかもそっくりだよ」
     普段浮かべているにこにことした笑顔とは違う。ヒイラギの葉を指でなぞりながら、嬉しそうに、誇らしげに語るエリンの姿に胸を抉られるような痛みを感じた。
     たった一度だけ彼から好きだと言われたことはある。
     だけどさらりと告げられた言葉は、熱を感じさせない飄々としたものだった。
    「エリンはオライオン王のことが好きなんだな……」
    「僕の衛る存在だからね」
     手は繋がっている。しかしエリンはコーダの方へとは向かない。
     視線はヒイラギの造花へと。本当はここから遠く離れたラーマの星にいる王へと向いているのかもしれない。
     楽しかったはずのデートが苦痛な時間へと変わっていく。
     どんな理由であってもエリンが会いに来てくれたことが素直に嬉しかったはずなのに。
     染料を落とされて徐々に黒い染みが広がっていくように、コーダの心も薄暗くなっていた。
     ──手を外して、逃げよう。
     市は多数の人で溢れかえっている。狼の獣性を使い、人混みを上手く利用すればエリンから逃げられるだろう。
     耳と尻尾、両方を出してしまえばきっと。
    「コーダ」
     エリンは温度を感じさせない声でコーダを呼んだ。
     どっと汗が噴き出して、心臓が早鐘を打つ。
    「重さが違うんだよ」
    「は……重さ?」
    「そう。愛情の種類と重さって言うべきかな?」
     すっと立ち上がり、こちらを向いたエリンと視線が交わった。真剣な表情かと思いきや、どこか楽しそうな表情を浮かべている。あんなにも愛しげに触れていたヒイラギからあっさりと離れエリンはコーダの頬を撫でた。
    「三日間だけ王様から暇を貰ったんだ」
     歌うような声がゆっくりとコーダを侵食する。蠱惑的な赤い瞳から目が離せない。
     アルコールが入った時のような酩酊感を覚え、唾液が口の中で溜まっていた。
    「やっぱりお前可愛いよ」
     おいで。
     興奮で耳と尻尾が飛び出して、布の中で窮屈そうに揺れている。
     そうして初めて自分がエリンに許されていることにコーダは気が付いた。
     エリンが取っているという宿に着くまで耐えられるだろうか。脳裏で恋人を組み敷いて、無意識に唇を緩める。
    「僕にコーダの重さを教えてよ」
    「潰れても知らないからな」
    「その時はその時だよ」
     妖艶に笑うエリンの姿にコーダもまた目を細めて笑った。



    12/7 柊
    「守る」「そっと」「トゲ」

    12/8

     手袋を失くすたび、眉根を寄せた一織から小言を言われ最後には「仕方ない人だな」と青や黒色のシックな色の手袋を嵌められる。
     新しいものを買おうとすると、すでに新しい手袋が用意され、しかも失くしたものよりも質が良い。
     プレゼントされたことが嬉しくて、大切にしようと枕元に置くと持ち出し忘れてまた一織に怒られた。
    「仕方ない人だな」
     冬が来るたびに何度も繰り返されているからか、一織は手袋を二つ用意するようになった。
     自分の分と、オレの分。カイロと一緒にコートのポケットに入れていてすでにあたたかい手袋を嵌めてくれる。
    「あったかい……」
    「にしては、不満そうですが」
     失くすたび、忘れるたび、眉根を寄せていた一織は次第に涼しげな瞳をやわらげて微笑むようになった。
     小言が無くなったわけじゃないけど、オレのうっかりを許すようになったというか。
    「一織が完璧すぎて面白くない」
    「面白さを求めないでください」
     だって一織は手袋を忘れたりしない。自分の分だけしか用意しているということもない。
     オレが風邪を引かないように気遣ってくれるのは素直に嬉しい。だけどたまには手袋なんて嵌めずに手をつなぎたいこともある。
    「拗ねてます?」
    「別に拗ねてるわけじゃないけど……」
     拗ねてるのとは違う。ちょっとだけ不満に思っているだけ。
     ファンの子と握手する時は手袋を外しているのに、外でオレに触れているときは手袋をしているから。
    「七瀬さんが不機嫌である理由をお聞きしても?」
    「当ててみて」
    「そうくるか……」
     もうちょっとだけ、オレのことでいっぱい悩んでほしかったからわざとそんなことを口にした。
     一織はIDOLiSH7のこと、七瀬陸のことを一番に考えてくれるけど、恋人になると順番も度合いも変わってくる。今は仕事じゃなくて、仕事が終わっての帰路に着くまでのささやかな時間だから、我が儘でいたかった。
    「出る前は普通だったので、外に出て手袋を嵌めてからですよね」
    「……当てるの早くない?」
    「分かりやすいんですよ」
     手を取られ、するりと手袋を外される。自分の分も外し、二つの手袋を一織はコートのポケットへと乱雑に突っ込んだ。オレから見て遠い方のポケットだ。
    「ほら、寒いでしょう」
     あっという間に指が絡められる。触れ合った素肌は手袋のおかげであたたかく、外気にあたらないようにポケットへと導かれた。
     手を繋ぎたい、と素直に口に出せる年齢はとっくにすぎてしまった。世間体とか、常識とか、そういった当たり前を受け入れる大人になったからか、オレは素直に甘える方法を忘れた。
    「早いよ」
     もっとオレのことで悩んでよ。
     言外に匂わせると、一織は苦笑した。
    「いつもあなたのことばかり考えているのに?」
    「……もっと、だよ」
     愛されることが当たり前になって、一織が好きだった頃よりもオレは欲張りになってしまった。
     一織から与えられる愛情に満足感を得ていたはずなのに、気が付けばどろどろした何かに変わった気がする。
    「我が儘な人だな」
    「……嫌いになった?」
     不安そうな音とともにずるい言葉が口から出た。だけど置いていかないで、と振り返ると重すぎた約束を交わしたからこそ、疑う余地はない。
     ただ「いいえ、好きですよ」という言葉を聞きたくて、回りくどいことをしているだけ。
     そして一織もそんなオレのそばに居続けていたからか、望んでいることをよく知っていた。
    「そんな顔しないでください」
    「だって……」
     抱きしめたくなるでしょ、とぼそりと呟いた一織の息は白かった。
     手を繋いでゆっくりと帰ろうと思っていたのに、気が付けば早足で歩いている。追いつけないくらいじゃなくて、追い付けるスピードで歩く一織の優しさが嬉しかった。
    「家に着いたら、ぎゅっとしてよ」
    「手洗いうがいした後なら」
    「……はあい」
     小言は少なくなったけど、心配性なところは変わっていなくて、それがちょっとだけホッとした。



    12/8 手袋
    「あたたかい」「素肌」「絡める」
    12/9 TRIGGERのセンター、九条天はメディアやファンの間で『現代の天使』と呼ばれている。
     天使のような容姿と裏腹に厳しい一面を見せることもある。しかしそれは内輪だけであり一般的には天使に分類される。
     正直なところ一織からすれば、九条天は本当に天使なのか? と首を捻りたくなる気持ちもあるが、とあるブラコン弟からは「天にぃは天使だよ」と笑顔で返されていた。
     そしてそんな天使の兄を持つ弟は、無垢さや清純さという観点で見れば天使の括りに入るが、中身は無茶ぶり大魔神の甘えたのブラコンなので、天使というよりもモンスターだと一織は思っている。
     恋人視点だと小悪魔。
     どんな人からも愛されるという、アイドルとしては最高の資質を持ち、恋人としては嫉妬を覚えるよりも先にはらはらすることも多いが、必ず一織の元に帰ってくるのだから憎めない。
     だが、しかし。
    (無茶ぶり大魔神も度を過ぎれば悪魔だな)
     突然訪問してきた陸に床の上──ラグは敷いてある──へと押し倒され、乗り上げられた一織は大きなため息をついた。
    「一織、えっちしよう!」
    「道場破りみたいな誘い方やめてください」
    「ええっ……? じゃあ、オレとイイことしない?」
    「解釈違いなのでやめてください」
     小首を傾げている陸は可愛いが、誘い文句がひどすぎる。
     清純であってほしい、と思うことはあれど、しかし一織は強要しない。
    「おかしいなあ? こうしたらイチコロだって、教えてもらったのに……」
    「誰にですか」
    「大和さん! イチも男だから乗っかかったらすぐだぞーって」
    「二階堂さんの言葉は脳からすべて消去してください」
     しかし他者から、しかも他の男からそういう関連のことを教えられているのはさすがに腹立たしい。
    「退いてください」
    「やだ」
    「襲いますよ」
    「えっ」
    「そこで嬉しそうな顔しないでください」
     襲うつもりはなかったが、喜色を浮かべた陸に本当に襲ってやろうかという気持ちにさせられる。
     腹筋だけで起き上がり、微かに色づいた耳朶を唇で食むと色気のない声が上がった。
    「わあっ!?」
     のけ反った背中へと手を回し逃げられないように顔を近づけた。
     頬を赤く染める陸に一織は優しい笑みを浮かべて告げる。
    「するってことは、今からここに入れるんですよ」
    「っ、すけべ……」
     羞恥からか瞳を潤ませて悪態をついた陸にどちらが、と思う。
     問答無用で襲ってきたのは陸で、こちらが本気で仕掛けようとすれば恥ずかしがる。清純のように見えながら、一織に抱かれたい男だ。
     何回か身体を重ね、素質はあったのだろう。排泄する場所で上手く快感を拾い、乱れては一織を翻弄する恋人はスイッチが入るまでは純情でもあった。
    「七瀬さん舌出してください」
    「? ほう?」
     そして、鈍い。
     言われた通り差し出した舌を同じもので絡め、ぬるぬると擦り付ける。びくりと震えて引っ込めようとする舌を唇で食むと、鼻から甘ったるい吐息が洩れた。
    「んんんんんっ」
    「……っ」
     背中を撫でさすり、頸椎を軽く押し込む。すると濡れた赤い双眸が揺れ、とろりと蕩けて一織の舌を柔く噛んだ。
    「はっ……はー……っあ」
     呼吸をするため、一度離れる。口角は二人分よ唾液で濡れていて、先ほど絡み合っていた舌先がぺろりと舐めた。口を開けたまま、荒い息をついている陸に再度問う。
    「しますか?」
    「っ、ばか。いじわる……っ」
     文句を言った唇が擦り寄ってきて、一織の小さな唇を吸い上げる。ただでさえ訴求力というものが備え付いているというのに、核とも言える赤い瞳は潤んではくしゃりと顔を歪めて一織を煽る。
    「もう、準備してあるから……んんーっ」
    「……っは、小悪魔ですね七瀬さんは」
     狡い恋人は天使ではない。小悪魔だ。
     魔王の役を選んだ自分にぴったりだと思う。
    「う、ん……もっと、し……んふっ」
     肩甲骨に触れながら、羽が生えてないことを確認した一織はホッと息をついた。
     天使を堕とす背徳感は得られないが、その代わり淫らな行為が許されている。
     誘惑する言葉を紡ぐ唇を塞いだ一織はうっそりと笑った。



    12/9 天使
    「告げる」「優しい笑み」「温度」
    12/14
    劇中劇「ダンスマカブル」より
    カバネ×クオン

     
     ──天にいますわれらの父よ。
     クオンの祈る声は小さく、しかししんと静まり返った静寂の中では一際はっきりと聞こえる音でもあった。
     ──わたしたちの日ごとの食物を、 きょうもお与えください。
     祈りの言葉を述べて束の間の静寂が訪れる。ふうと息を吐き出して、ようやく食事が始まった。特に会話という会話はなく、カトラリーの音やあたたかいスープを嚥下する音が部屋の中に満ちる。
     日の当たらない地下の畑で作った芋が食事のメインとなるが、今日は珍しく地上の民から分けてもらった鳥まるまる一匹が食卓に並んだ。
     生誕祭だから、とドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキもお裾分けされた。
     代わりにと収穫したばかりの野菜をコノエが彼らに分け与えて、普段よりも豪華な食事を時間をかけて行った。
    「ふう……美味しかったっすね」
    「そうだね。甘いものなんて千年ぶりだったね」
     空いた皿を片付けようと手を伸ばすも、コノエが首を横に振った。
    「クオンさんはカバネ様のところへ行ってください」
     食事を終えたカバネはすぐに自室へと戻っていた。コノエに一言、二言何かを告げていたようだ。
     長い長い冬が終わり、雪解け状態であるが、長すぎる期間をお互いに避けて過ごしていたため今さらクオンとどう接していいのかわからないらしい。
    「今日は生誕祭っすから」
    「ありがとう、コノエ」
     やわらかい笑顔で送り出されたクオンはカバネの自室へと向かった。


     永遠という長い時間がクオンとカバネ、二人の関係を変えてしまった。
     まだゴウトがあった時は庇護するもの、庇護されたものでありながらも対等だった。クオンはカバネの臣下ではなく、またカバネもクオンの王ではなかった。
     彼は英雄だった。
     命じられるがままに他者の命を奪う殺戮人形を人間に生まれ変わらせた。
     彼はクオンの唯一の英雄だ。
     隣合うことで憧憬はやがて情愛へと名前を変えて、気が付けば身体を重ねる間柄となっていた。
     言葉で確かめ合うことはなく、けれども確かに同じ気持ちを持っていた。
    「カバネ、居るかい?」
     ノックは敢えてしなかった。問いかけながら扉を開ける。鍵自体が存在しないため扉はすんなりと開き、寝台へ腰掛けているカバネを見つけた。
     足を進めれば風圧が生まれ廃材で作った燭台の炎が揺れる。
    「クオンか」
    「隣いいかい?」
    「ああ」
     カバネの隣に腰を下ろす。その際に一瞬だけ触れた手がぴくりと動いたが、クオンは知らない振りをした。
    「豪勢だったね」
    「ああ」
    「千年前にはなかったから驚いたよ」
    「そうだな」
     相槌を打つカバネはどこか遠くを見ている。それが寂しくて、こっちを向いてほしい。
    「カバネ」
     名前を呼ぶ。なんだ、とこちらへと顔が向いた瞬間唇を押し当てた。時間にすれば一秒も満たない接触だったが、千年ぶりの口づけに胸が熱くなる。早鐘を打った鼓動に息が乱れた。
    「……カバネっ」
     手を重ねる。あたたかい温度はクオンを安心させるのではなく、燃えがらせる。
     千年前の情交を思い出させて、体温が上昇した。
    「あっ……」
     カバネの鋭い視線に貫かれる。それが冷ややかなものであればクオンを冷静にさせただろう。
     けれど交わった視線で気が付いた。暗灰色の瞳の奥に熱が見え隠れしている。
     それは戦火の中で浮かべていたこともあり、そして千年前クオンを抱いた時と同じ色でもあった。
    「……いいのか?」
    「いいよ。僕はずっと君に触れたかったし、触れられたかった」
    「そうか」
     目を瞠ったカバネの瞳がゆっくりと細まり、笑ったのだと思った瞬間口づけられた。開いたままの口腔へ舌が差し込まれ、くちゅりと淫らな音が鳴る。恥ずかしい音に顔が自然と熱くなったが、強引な舌遣いで何も考えられなくなる。ふわふわと浮遊感にも似た心地で、押し込まれる唾液を啜り、長い指で背中を撫でられて、甘えた声が洩れた。
     惰性で生きていた。
     長い永劫の時は熱を奪い、無気力にさせていた。
     しかし再び灯った熱情がクオンの心臓を跳ね上げる。噴き出した汗がこめかみから伝い、やがて零れ落ちる。
    「はぁ……っ、好き……ん」
     口づけがほどけて、そしてようやく想いが言葉になった。生まれたての言葉はまたもやカバネの唇で塞がれて、吐息が混ざり合う。口腔内で溶けて、濡れて、広い背中に手を回したクオンは千年ぶりの情欲に溺れることを選んだ。




    緑色
    「永遠」「変わらない」「瞬間」
    12/17
     クリスマスソングを口ずさみ、傍から見ても上機嫌な恋人の姿に心なしか一織の表情もゆるんだ。
     教師である一織は終業式の準備や冬休みの課題の用意で忙しい。学校内でトラブルが続き、授業の内容について生徒からの質問も多く一織の事務仕事は進まず、持ち帰って昨日の休みを全部使って終わらせた。
     今日は久しぶりに恋人とゆっくり過ごせる日だ。あまりにも仕事のストレスが溜まった一織は昨日の夜からスマートフォンの電源切っておいた。
     これで邪魔は入らないだろう。
    「一織?」
     どうしたの? と小首を傾げる陸に何でもないと言いかけて、すぐに言葉を変える。
    「いえ、可愛いなと思いまして」
    「……むう」
     照れるかと思いきや、何故か陸は頬を膨らませている。その顔も可愛いなと思いつつ膨らんだそこを指で突くと勢いよく空気が抜け、大きな瞳は吊り上がった。
     成人間近なのに未だ子供っぽい反応をする陸に一織は声を立てて笑う。
     これだからこの子に構いたくなるのだ。
    「もうっ、先生っ!」
    「懐かしい呼び方ですね。七瀬さん?」
    「先生だって、じゃなくて……いい加減可愛いって言葉で誤魔化されないよ」
    「誤魔化される? 何をですか?」
    「一織って、オレのこと可愛いって言う時ほどなんかあるっていうか」
    「例えば?」
    「例えば……今日いっぱいえっちするとか……」
     思い出したのか、それとも自身で口にすることでの羞恥からか。ごにょごにょと小声で「嫌じゃないけど……」と呟くものだから可愛いとしか言いようがない。
    「気づいてないと思うけど、可愛い可愛いって言いながら押し倒してくるんだから」
     期待なのか、それとも無意識に煽っているのか。
     耳まで赤くした恋人の腰を抱く。え、と丸く開いた瞳は顔を寄せると理解したようにゆっくりと閉じて、唇が触れると一織の服の裾をぎゅっと掴んだ。
    「んっ、んんっ……」
     唇を舐めて命じなくとも陸は自ら口を開ける。
     最初の頃は嫌がっていたのに回数を重ねるたび、自らセックスすらも望むようになった。反抗的な態度から従順な態度へと変わり、恋愛を知らない子どもを快楽を教えて自分の手の中へ落とした。
    「ん……っ」
     口腔で混ぜ合わせた唾液を流し込む。泣きながら、それでもゆっくりと嚥下して、褒めて欲しいと濡れた瞳でねだるから堪らなくなり再び唇を重ねた。
    「……は、可愛い」
    「もうっ、くち溶けそ……っあ」
     拗ねたように唇を尖らせて、そこをやわく啄むと甘やかな声が洩れる。吸うと陸もまた同じように、しかしぎこちなく返してきて、ほどいた瞬間言葉が零れた。
    「可愛い人だな」
    「って、言いながら服脱がさないで!」
     まだお昼だから! と的外れな抗議に涼しげな瞳を瞬かせた。一織からすれば、何を今更だ。いろんな場所でセックスをしたりアブノーマルな遊びまでしているのに、陸は純情でいつまで経っても慣れない。
    (まあ、そういったところも可愛いのだが)
     そろそろ可愛い、がゲシュタルト崩壊しそうだ。
    「いつならいいですか」
    「え?」
     きょとんと開いた瞳はまだ僅かに潤んでいる。無垢な表情に嗜虐心が煽られる。虐めてやりたい気持ちを抑え、耳朶を甘噛みしながら再び訊ねた。
    「セックス」
    「せっ!? っ……今からお風呂入ってくるから」
    「……私に甘すぎでは?」
     消え入りそうな小さな声でぼそりと呟いた陸は、一織の腕から抜け出そうとする。俯いて顔を隠しているつもりだろうが、先ほど噛んだ耳朶は真っ赤に染まっている。
    「……陸」
    「っ!? ちょっ、一織っ!」
    「一緒に入りましょうか」
    「やっ、だ…………う」
     抱き上げて陸が好きだという顔で微笑めば、続くはずの文句は鳴りを潜める。浴室に連れ込むまでに顔中にキスをして、辿り着いた時には陸の双眸はとろりと蕩けていた。今度は口に触れるだけのものをほどこして、囁く。
    「癒してくれますか」
    「……ん、いいよ」
     陸、と名前を呼べば嬉しそうに赤らんだ頬が綻ぶ。口づけながら服を脱がせ、入る前からくずくずに溶けた恋人を抱いて浴室へと足を踏み入れた。
     勿論シャワーを浴びるだけでは終わらず、残りの時間をベッドで過ごすことになることを陸はまだ知らない。


    靴下
    「用意」「子供っぽい」「頬」
    12/22『アネモネ/Anemone』より

     最近一織に疑われている気がする。
     直球で「あなたのことを疑っています」と言われたわけでも「スマホ見せてください」と言われたわけでもない。でも何となく、ほとんどオレの勘になってしまうけど、疑われているよなあと思っている。
     疑われるような行動を取っている自覚はある。
     少し前のことだけど一織と付き合っているのにひとり不安になり、一方的に別れようと恋人関係を解消させてしまった。
     別れて楽になるかと思いきやむしろその逆で、一織が他の人と結婚すると知った瞬間倒れてしまい、運ばれた先の病院で復縁を通り越してプロポーズされた。
     そんなこんなでいろいろあったもののオレは今すごく幸せだ。
     だけどひとつだけ悩みがある。
     それは一織には相談できない内容の困り事だった。

     
    「これ、どうしよう……」
     現在一織と暮らしている家ではなく、オレが一人で暮らしていた部屋で、オレのベッドの上。
     黒いつぶらな瞳に茶色の毛並み、丸い耳のふわふわした生き物がベッド半分を陣取っている。
     ぬいぐるみだ。
     勝手に住み着いたのではなくて、一織と別れて一人寝が寂しくなり、後のことを考えず即座に購入ボタンを押してしまった。
     小さな頃に親戚の人から貰ったクマのぬいぐるみよりもずっと大きくて、ぎゅっと抱き着いても余裕で余るくらい大きい。
     一織のカラーである青いリボンを首で結び、ちょっと歪な蝶々がそこに止まっている。本当は以前コラボした企業から出ている一織モデルのネクタイを締めようと思ったけど、ネクタイが結べないのであきらめた。
     さらに一織らしさを出すために、一織をイメージした香水を購入しリボンの先に少しだけ垂らしている。匂いは全く違うけど、つまりこの子は一織の概念だった。
     浮気では? と言われるかもしれないから絶対に言えない。
     この大きなぬいぐるみがある以上、この部屋に一織を入れるわけにはいけない。再び半同棲のような形には戻りつつあるけど、結婚したのでいずれは一織と暮らすことになる。
     自分を慰めるために買った大人の玩具もだけど、別れた後こっそりとぬいぐるみを買ったことがバレたらお説教されるに違いない。オレに甘い一織だけど、オレの体調に関しては相当厳しい。
     もしかしたら天にぃにまで話が行くかもしれない。
     一織と天にぃ。二人にくどくどとお説教される図を想像するたびに、胃の中がぎゅっとしてしまう。
    「リサイクルショップかな……」
     知り合いに譲ることも考えたけど、そこから一織に伝わる可能性が高い。共通の知り合いが多く、親しい間柄であればあるほど、オレの身体のことも知っているわけで。
     リサイクルショップで引き取ってもらう場合、この大きなぬいぐるみを抱えて外に出なければいけない。
     そしたら絶対に目立つ。歩く広告塔みたいになってあっという間にファンの子に見つかる。そこからネットの記事になってしまったら、一織による長時間のお説教ルート突入だ。
    「切って少しずつ綿を取り出す……とか」
     中身を抜いて時間をかけて燃えるゴミに出すという方法もある。小さく切って何回かに分ければ処分も難しくない。
    「やっぱりそれだけは無理っ!」
     一織と別れてしばらくの間この子と一緒に過ごしていた。よりを戻したからとすぐに捨てられるはずもなく、今日もまた、ごめんねの気持ちを込めながらぬいぐるみを抱きしめた。
     残念だけどこの子から一織の匂いはしない。けれども概念香水のほんの少しだけつけた分、爽やかな香りがする。本当は体温で変化するらしいけど、リボンにつけているから香りは特に変わらず、爽やかなままだ。
     ぬいぐるみも香水も、オレの身体には良くないものだから避けなければいけない。
    「でも一織と喧嘩したら、一人ぼっちになって寂しくなっちゃうんだろうな」
    「それなら喧嘩しなければいいでしょ」
    「でもさオレがヤキモチ妬いて、喧嘩したくなくて一織と口利かなくなったり……え?」
     幻聴が聞こえる。そんなまさか。ぬいぐるみを抱きしめていた手を緩め、おそるおそる振り返る。
     テレビ局の廊下ですれ違った恰好のままの一織がそこにいた。そういえば、オレは別れた時に鍵を返したけど、一織に鍵を返してとは言わなかったことに気が付いた。
    「わっ! 一織っ、お疲れ様!?」
     慌ててクマのぬいぐるみを背に隠す。誤魔化せるとは思ってはいないけど、何もしないよりはマシだ。
     どこからともなく一織はスマホを取り出した。カシャッとシャッターの切れる音が連続で聞こえてくる。
    「撮っちゃだめ!」
    「私に許可なくカメラを向けて、格好良くない一織シリーズを作っている七瀬さんがそれを言いますか?」
    「それはそれ! これはこれ!」
     軽口を叩きながら、写真を撮ることを一織はやめない。特に天にぃに見られたら困る。かくなるうえは一織からスマホを奪って写真の消去だ。
    「あれなんだろう……っ、えいっ!」
    「見え見えの罠に引っかかるわけないでしょ」
     勢い余って一織へと抱き着いた形になってしまった。重なった心音がどきっと跳ねたと同時に腕を掴まれ、ベッドへと押し倒される。
    「やあー……っ」
    「そんな顔しないでください」
     襲いたくなる、と恐ろしいことを呟いた唇にキスされた。
     涼しげな顔をしているくせに、この男はとてつもなく手が早くて驚く。
     合わせただけじゃなくて、舌はするりと入り込んで勝手知ったる様子で口の中をかき混ぜていく。手先だけじゃなくて舌も器用だ。じゅっと啜られて、ただただ気持ちいい。
     んっ、とオレの鼻から洩れる声がひどく甘ったるい音に思える。掴まれていた腕が外れて、指を絡めたらさらにキスは激しさを増した。
     オレの身体を良く知っている一織は苦しくならない程度で口づけをほどく。気遣いは嬉しいけど、もっと求めて欲しいのに、なんて思った。
    「……は、隠し事はこれですか?」
    「っはあ……実はもう一個だけある」
     言いなさい、と熱を帯びた眼差しに逆らえるはずもなく、オレはベッドボードを指差した。
     外目からはわからないが青色の小箱の中には、ひとりでするための道具が全部そろっている。
    「七瀬さん」
     見下ろされてぞくりとしたものが走った。いつだって冷静なはずの一織の瞳には嫉妬の色が浮かんでいる。
     その手にはオレが一人で自分を慰めるために使っていたグロテスクな玩具。
     助けを求めるにも大きなクマのぬいぐるみはベッドから落ちており、起こしてやることもできない。
    「しましょうか」
     何を、と無知な振りはもうできない。それにオレの心と身体は一織を欲しがっている。
     本当は一織に見られた時点で最初から、期待していたのかもしれない。
     こくんと頷くと一織は完璧なアイドルスマイルを浮かべた。余裕ある姿になんだか悔しくて、指輪を嵌めた一織の薬指を撫でる。その指を掴んで軽く口で噛むと、目の色が変わった。その瞬間オレの身体に何かが駆け巡る。おそらくこれは歓喜だ。
    「……もう優しくしませんから」
    「いいよ……っ、オレのことめちゃくちゃにして」
     本音ばかりが溢れる唇を荒々しく塞がれて、別れていた間を取り戻すように始まった。
     そうして今までにないくらいに虐められて、同時に深く愛されて、次の日立ち上がることができなくなったオレを一織は甲斐甲斐しく世話を焼き、オレの悩み事も無事解消されてしまうのだった。
    水無月ましろ(13月1話更新) Link Message Mute
    2023/11/28 0:00:15

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