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    ファンの話 番外編詰め合わせ【いおりく】共に時を刻む証を、あなたに。この世で一番大好きな人が産まれた日。六弥ナギの幸福論sugaoのあなたは。SNSにおける二人の話。SNSにおける二人の話。のその後の話。私と和泉一織、どちらが好きなんですか!?いつかの未来のふたりの話。和泉一織が着ているタートルネックになりたい陸くんの話。共に時を刻む証を、あなたに。
     某スマホリングを見た時にデザインに感銘を覚えて書いたSS



    「わああっ、これいいなあ」
     陸がふにゃふにゃした声を出したときは、一織にとってあまりいいものではない。緩めた頬が赤く色づき、笑った表情はとても愛らしくかわいい。可愛いものだが、それは一織本人に直接向けられたものではない。
    「みんなのスマホホルダーもいいけど、一織のが欲しいな」
     ちらり。軽く小首を傾げて隣に座っている一織を見上げるのはおそらく計算。
     ほら。両手でスマホを持ち、一織に見えるように差し出すのは元々の癖。
    「だめ……?」
     くぅーん。もしも彼の頭に犬耳と尻尾なんてものが生えていたのならば、ぺしゃりと耳を折り尻尾は垂れ下がっているのだろう。
    「指に嵌めたら、指輪みたいになるんだって!」
     可愛いし、ファンの子も喜びそうだよね。にこにこと笑う彼はただただかわいい。
     陸が和泉一織のファンになって三年。未だに彼は恋人でもある和泉一織に飽きることなく、むしろ年々愛情は深みを増している。陸が所有する和泉一織グッズは数を増やし、ナギのまじこなグッズといい勝負になっていた。
     昔の陸はグッズや雑誌を手に入れるとすぐに本物の一織を放置して、アイドルの和泉一織に夢中になっていたが、最近は一番最初に一織が格好いいと言ってくれるようになった。本物の一織との時間を過ごすことを優先してくれている。同時に自分のグッズに妬くことも少なくなった。そして陸は大量のグッズをきちんと管理出来るようにもなっている。
     それでも今回のグッズだけは購入することを許可出来ない。
    「そこが嫌なんですよ……」
    「え、指輪のところ?」
     黙り込んだ一織に陸は首を傾げる。答えようとしない一織を不思議そうに見つめて、だが無理に訊き出そうとはしない。お互いに大人になったものだと一織は思った。
    「このスマホホルダー、時計風のデザインで針が各メンバーの誕生日を指しているんだって。これ持ってたら一織の誕生日覚えていられるよ!」
    「そんなものなくても、覚えていてください」
     これは嘘。陸は一織の誕生日を忘れたことは一度もない。必ず一番最初に「おめでとう」を口にするし、時にはメッセージで送ってくる。たまに日付が変わる前に祝われることもあるが、それだけ一織の誕生日を意識している。
    「これスマホにつけてたら、もう落とさないよ」
    「そもそもそれはそういったアイテムです」
    「えーと……おしゃれなデザインだから見るだけでも楽しい」
    「売り込み下手ですか」
     むっ。一織の言葉に頬を膨らませた陸だが、何か閃いたように、あっという顔をして口元を緩める。
    「一織の持ってたら、オレが幸せになるよ」
    「っ、それはそうですね。……やけに粘りますね、七瀬さん」
    「だって時計型のデザインってさ、なんかこれからも一織と一緒に時を刻んでいくんだなあって思えて」
     自然に爆弾を落としてきた恋人に一織は息を飲んだ。言った本人は自分の発言に疑問を抱くことはないらしい。しばらくして少し照れたように頬を赤らめて、目を伏せた。
    「なんか言えよ……」
    「すみません。衝撃がすごくて」
    「衝撃って何だよ!!」
     もうっと拗ねた陸に一織は控えめに笑う。欲しい理由を聞き心を震わされ、それでも買うことを許さないほど、一織は狭量ではない。
    「いいですよ。購入しても」
    「……いいの?」
     陸は常に一織の気持ちを想っている。我が儘のように見えるが、彼の中には線引きがあり、お互いに嫌な思いをしないよう、考え行動している。
    「でも……この指だけには嵌めないで」
     まるで神聖なもののように一織はそっと陸の左手を取った。目を大きく開いた陸は一織だけを見ている。軽く微笑んで薬指に唇を近づけた。押し当てて離す。
    「どうか私に選ばせてください。」
    「もっ……なんでいきなり恰好いい一織になるの……」
     ふにゃふにゃと力ない声に一織は笑う。そのままするりと小指同士を絡めて、約束の形を取ると真っ赤になった陸は上擦りながらも約束の歌を歌った。
    「……待ってるからね、一織」
    「待っていてください七瀬さん」
     今度は顔を見合わせて笑う。
     二人をイメージしたスマホホルダーは数か月後には届くのだが、それよりも先に約束が果たされることをまだ陸は知らない。それは一織だけが知っている、少し先の未来の話だ。
    この世で一番大好きな人が産まれた日。

    2022/1/25 執筆公開した一織の誕生日SS



     一月二十五日。それは人気絶好調のアイドルグループであるIDOLiSH7和泉一織の生まれた日である。
     毎年誕生日に合わせて企画が行われる。昨年は視聴者から応募した内容に十六人のアイドルたちが派遣されて仕事などを手伝うという、通称アイハケというロケ企画だった。
     では今年はというと────和泉一織のファンの一人でもある七瀬陸はスマートフォンを片手にその時を待っていた。
     

     現在陸が開いて待っているアプリは、今の日本でもっとも人気のあるアイドル四グループが登場するゲームだ。ジャンルとしてはストーリー重視のリズムゲームであり、実際に存在しているアイドルたちのアプリゲームであることも含めて人気が高い。
     そしてあと数分後で、アイドルたちの中でも一番最初に誕生日を迎える和泉一織のバースデー企画が始まるのだ。ガチャを引き、和泉一織のバースデーカードを四枚集めれば、幼少時期の写真を目にすることができる。そのため陸は数日前からコンビニに駆けこんでカードを購入した。
     ガチャ石もすでに購入している。和泉一織だけのガチャなので、例え何を引いても悔いはないのだ。
    「はあ……どきどきしてきた」
     陸が好きな仏頂面の和泉一織の頬を撫でると「なんですか? 構ってほしいんですか」とこれまた可愛くない台詞を言ってくれる。ふふふっと笑いながら、日付が変わる瞬間を待った。
     アプリ内の時計がゼロを示したのを見て、すぐにガチャのページに飛ぶ。すぐに出てきたバースデーケーキの形の帽子を被り、何とも言い難い表情の和泉一織に陸は口元をほころばせた。
    「一織、かわいい」
     ここに本人が居られたのならばきっとものすごく嫌そうな顔をするのだろうが、本日の主役である和泉一織は遅くまで撮影が入っている。深夜に掛かることはないので、おそらく今は帰宅途中なのだろう。
     だから本人がいない今のうちに、陸は目的を達成しなければならない。
     ガチャを引くを押して、オーディションを始める。金色に光れば高レア確定で、青ならレアだ。今までに撮影したカードが入っているため、例え和泉一織だけだとしても膨大な数だ。ガチャ結果画面から初めて獲得したカードを見た陸はごろごろとベッドの上で転がった。
    「ううううっ、好き……」
     クリスマス衣装に、大人びた浴衣姿の和泉一織。陸の心臓は駆け足になる。バースデーカードも二枚ゲット出来ていたので、あと二枚必要だ。再びガチャを回して、結果を見守る。
     思いれの強いRESTART POiNTERの和泉一織。ライブで一織が言った言葉は、今でも陸にとって大切なもので、背中を支えてくれる強い言葉だ。
    「会いたいなあ、一織」
     特に通知はなし。すでに日付は変わってしまっているので、一番最初の「おめでとう」はきっとすでに他の誰かに取られてしまっているだろう。
    「別にいいよ、オレにはちっちゃな一織がいるもん」
     バースデーカードを二枚重ねる。すると小さな一織が、自分よりも大きなクマのぬいぐるみの手を持ち上げている写真が現れた。
    「わあああ、かわいいっ!!」
     ミスター下岡が司会進行を務めた特別番組『キッズルームへようこそ』でも公開された写真だが、何度見ても幸せな気持ちに包まれる。初めて見たときから、自分があげたことにしたい、と思ってしまうくらい小さな一織は可愛らしくて、愛おしかった。
    「会いたかったなあ……」
     もし子どもの頃に出会っていたら、どんな関係になっていたのだろうか。お互いのくまのぬいぐるみと一緒に遊ぶことはできただろうか。
     一織の大きなくまのぬいぐるみと、駄々をこねて何とか所持を許された陸の小さなくまのうみちゃん。二人の大事なぬいぐるみ二匹の結婚式ごっこをしていたかもしれない。
     「ずっと一緒だよ」と願いを口にして──IDOLiSH7ではない、ただの一織と陸になっていたのかもしれない。
    「……会いたい」
     ぽつりと呟いた言葉はどことなく寂しい。くまのぬいぐるみの抱いた和泉一織のカードを二枚重ねた。現れたのはくまのぬいぐるみと、小さな三月に挟まれて眠る小さな一織の姿。もみじのような手でくまのぬいぐるみと兄である三月をしっかりと繋いでいる。幸せそうな一織の寝顔に和泉一織のファンの陸なら幸せな気持ちになるはずだった。和泉一織のファンだから、そうならなければならないのに、どうしてか寂しさが先にやってくる。
     ベッドの隅の方では色違いの二匹のうさぎが仲良く寄り添っている。離れないように気をつけながら、自分の膝へと抱き上げて、一緒に抱きしめた。
     ふわふわと手触りのいい二匹からは微かに一織のにおいがした。この部屋で一緒に過ごす時間が増えたからか、どうしても一織が使うシャンプーのにおいが微かにするのだ。
     髪につけていたダブルフラットのヘアピンを撫でる。おそらくきらきらと輝いているその石は、陸が今求める温度とは正反対のものだった。
    「いおり……」
     何に触れても満たされない。ホーム画面の仏頂面の和泉一織は陸の望む言葉はくれない。
    『私に会いたいのですか? もう少し、ですよ』
    「嘘つき」
     忙しいことはわかっている。特に本日の主役である一織は他のメンバーよりも仕事が多いのだ。誕生日に合わせてファンの子を喜ばせるため、たくさんの企画を進行している。そして陸は同グループであり和泉一織の相方だ。一番近くにいて、理解している。
     だけど。
    (寂しいものは寂しい)
     恋人という関係に変わり、いつの間にか欲張りになってしまった。満たされたら満たされた分だけ、もっともっと、と欲しがりになった。
     ホーム画面を和泉一織から七瀬陸へと変える。和泉一織の誕生日期間だけ特殊ボイスが設置されているのだ。
    『一織、誕生日おめでとう! 今日はオレが一織を甘やかしてあげる!』
     アプリ内の自分の声は明るく、少し茶目っけのある台詞だ。本人に言うよりも先にアプリの七瀬陸の方がおめでとうを口にして、複雑な気分になった。
    「やっぱりちっちゃな一織にしよう……本物よりもかわいいし」
    「誰がかわいいんですか」
    「わああっ、一織!?」
     いつの間に戻ってきていたのだろうか。コートを着込んだままの一織は眉根を寄せ、不機嫌そうに陸を見下ろしている。
    「何か言うことはないんですか?」
    「ええと……? おかえり一織?」
    「ただいま戻りました。はい、次」
    「次!? え、え……手洗いした? うがいは?」
    「しました。当たり前でしょう。他には?」
     呆れたような一織の顔に陸は唸る。他にはと言われても一体何を望んでいるのだろうか。思わず自分の手元に視線を向けると、七瀬陸の台詞がまだホーム画面に表示されていた。顔を上げて、一織の目を見つめながら口を開いた。
    「……一織、誕生日おめでとう?」
    「そんな顔しないでください」
     伸びてくる両手に頬を包まれる。少しだけ低い体温は、陸の求めていた答えだった。瞼を下ろし手のひらに頬を摺り寄せて一織の感触を、愛おしい温度を堪能する。
     指先で陸の髪を撫でた一織はふっと口元を緩める。
    「もう一度、私に向けて言って」
     あまい声は決して和泉一織のものではない。それは世界でたった一人だけのためにある音。
     そして一織は簡単に陸の寂しさを払拭させる。いつだって一織の言葉は陸を励まし、奮い立たせてくれる。心を震わせてくれる。
    「一織、誕生日おめでとう」
    「ありがとうございます」
     ようやく笑った一織に陸も釣られてふにゃりと笑う。ゆっくりと降ってくる唇を受け止めて、陸は再び目を閉じた。




    (言っておきますけど、あなたが一番最初なんですよ)
    (えっ! もしかして誰にも祝われなかったの!?)
    (……あなたのために、急いで帰ってきたんですけど!!)
    (ひょっと、いひゃいっ!)
    六弥ナギの幸福論
    2022/6/21にあげました…。ナギの心情を書きました、お誕生日おめでとうSS


    「ここなはやはり健康にいいですね」
     エンドロール後、最後の最後に出てきたここなと魔法天使のやり取りを見守ったナギはベッドフォンを外した。重いが音質の高い、勿論値段も張ったそれを机の空いたところに置く。ナギは目を閉じて嘆息をついた。
     三時間弱、瞬きすることを惜しみモニターを見続けたため目には疲労を感じている。だが得られた多幸感は予想以上のもので、脳内では印象に残った場面が再生される。高画質、高音質、むしろ4Kどころか8Kである。
     ナギが愛してやまないここなのことを思い浮かべても優美さは失われず、ファンが彼の姿を目にすれば熱いため息を漏らすことだろう。
     ぐっと長い腕を天に掲げて、背を伸ばす。しなやかに伸びをした後さてもう一度初めから観ようかとヘッドホンを手に取った瞬間、ぎこちないノックの音が聞こえた。
    「どうぞ」
    「ナギ、お邪魔するね」
     扉からひょっこりと顔を出したのは陸であり、二匹のうさぎのぬいぐるみを抱えていた。そこそこ大きいぬいぐるみのため陸の両手は塞がっている。どうにかこうにかと扉を閉めようと努力する姿は微笑ましい。ナギは少しだけ笑いながら立ち上がり、陸の手を引いてから扉を閉めた。
    「何かありましたか?」
    「えっと……」
     と何故か陸は言いづらそうに青いうさぎ──和泉一織がプロデュースしたろっぷちゃんの頭に顔を埋めた。
     ろっぷちゃんの首元には赤い蝶々結び、そしてリボンの中心には一織のイメージカラーである青い石が埋め込まれている。他のろっぷちゃんとは違いPerfection Gimmickの和泉一織が着ていた衣装を纏っており、即日完売したものであることをナギは知っていた。
     照明の光できらきらと反射する青い石は、美しいはずなのにナギにはそれがどことなく攻撃的に見える。この場に一織はいないのに、仏頂面で冷えた眼差しを浴びせられているような気がした。
     環や陸は一織の冷え冷えした絶対零度の視線を怖がることもあるが、ナギはむしろあれを可愛いものだと思っている。感情を分かりやすく表している一織よりも、噓くさい笑顔を張り付けている方が油断ならないものだ。
     ろっぷちゃんで顔を隠しながらうーと唸る陸は大変可愛らしいものだが、これでは一向に話が進まない。助け舟を出すつもりでナギは切り出した。
    「もしやデートのお誘いですか」
    「へ!? そうじゃなくて、ええと」
    「イオリとは濃厚なデートをしたというのに、ワタシとはしてくださらないのですか?」
    「ナギとデートしたくないとかじゃなくて」
     ぽぽっと頬に微かな赤らみが差していく。
     これはもしかすると脈ありなのかもしれない。日本の恋愛テクの中には押してダメならさらに押してみろ、という言葉もあるらしい。
     ぬいぐるみ抱えている手を掴むのではなく、陸の指先を自分の手のひらで受け止める。視線をゆっくりと上げていき、赤らんだ顔をやさしげに見つめた。
    「ワタシもリクとデートしたいのです……駄目ですか」
    「っ……だめじゃな────」
    「駄目です!!」
     荒々しい音を立てて現れた一織のせいで、陸の視線はその方向へと向いてしまった。ずかずかと入り込んでは、すかさず陸の腰を抱き強く引き寄せる。一織? と目を丸くしてさらに頬を赤らめた陸はこの緊迫した状況に不釣り合いで、強ばった一織の表情筋をわずかに緩めた。
     抱き方が変わっている。普段なら肩に置くくらいだが、未だ抱いた手を離さないところを見るとナギを意識しているようだ。
     思わず唇だけで笑みを零すと、灰色の双眸は鋭い光を湛える。ろっぷちゃんが身に着けている青い石が淡く発光するのと同じで、あれは一織の執着を表出しているのだろう。和泉一織がプロデュースしたろっぷちゃんにそのような意図があったのかわからない。しかし陸がろっぷちゃんを抱いているたび、一織に牽制されている気持ちになる。
     陸と深く繋がり合っていても、まだ一織には余裕がないらしい。
     満たされてもまだまだ足りないのか、それとも陸が万人から愛されるひとだからなのか。
    「それはイオリが決めることですか?」
    「私は七瀬さんの恋人ですよ。当然反対する権利はあります」
    「リクがOKを出せば構わないと?」
    「この人はあなたに甘いので私が決めます。勿論駄目です」
     腕の中でもぞもぞしている恋人には目を向けず、鋭い眼差しでナギを睨んでいる。時折大人しくしてて、と強く抱き込む一織に陸はこれ以上にないほど顔を赤くした。
    「一織、一織ぃ……」
    「七瀬さんは黙ってて」
     顔だけ振り向き陸は上目で一織を見つめているが、余裕がない一織は気が付かない。可哀想なくらい真っ赤で濡れた瞳はひどく煽情的だ。涙の粒で艶めいた睫毛にナギは庇護欲を抱く。同じ姿を目にしても一織が抱くのは嗜虐心なのだろう。陸にお説教をしているとき、一織の口元がわずかに緩むのをナギは知っていた。
    「イオリ……リクが今にも倒れそうです」
    「あ」
     ようやく陸の様子に気が付いたようで、腰を抱いていた手を緩めた。陸がホッとしたのも束の間、くるりと身体を反転させて胸の中に抱き込んだ。ナギに陸の顔が見えないように。
    「いおりぃ。オレ、ナギと話したいんだけど」
    「ではこのままでどうぞ」
    「ええ……」
     何故目の前でラブラブな二人を見せつけられているのか、全くもって訳がわからない。二人の仲が良好であることはとても嬉しいが、ここは自室で、先ほどまでここなを観ていたはずなのに。気分は宇宙猫だ。
    「あのねナギ」
     一織の胸の中でもごもごと陸は口を開く。
     本当にその状態で話すのか、とナギは目を瞠った。
    「もうすぐしたらナギの誕生日だろ。オレ、ナギにはいっぱい助けてもらったし、誕生日ナギの好きなものを贈りたいなって思ってて……もっー! 喋りにくいから、一織離れて」
     眉を顰めた一織の腕の中から抜け出した陸はナギに向き直る。まだ赤みは抜けていない頬は稚い。ぱたぱたと手で顔を扇いだ後、ナギを見つめてふにゃりと笑った。
    「オレね、和泉一織を推しているのがバレたとき……怖かった。同じメンバーなのに一織を推していることはオレ自身変だと思っていたし、ナギに変だと思われるのも嫌だった」
    「……リク」
    「だからね、ナギから同志だと言われたときすごく嬉しかった」
     いつも陸の部屋の扉を開けると、ろっぷちゃんを抱えてダブルフラットのヘアピンをつけた陸が幸せそうに笑っていた。陸が笑っているのを見るのが好きで、だから敢えてノックをせず突入していた。
     それに好きなものを好きだと言えず、隠さなければいけない、ある種の孤独にも似た寂しさをナギも味わったことがある。好きなアニメを一緒に観てくれるものはおらず、共感されることもない。むしろ一蹴されて、アニメ視聴を制限されたこともあった。
     日本に来てようやくナギは好きなものを好きである自由を得た。誰かに勧めては何だかんだと一緒に観てもらい、熱く語ると、はいはいと言いながらも話を聞いてくれる。
     人によっては小さなことかもしれない。王族として制限される立場であったナギにとって、それは大きな幸福だったのだ。
    「あの時ナギが隠さないで、って優しく笑ってくれたからオレ今もずっと和泉一織を推せるんだよ」
     陸は笑ってナギの手を取った。ナギと陸二人の秘密であった時よりもずっと自信に満ちた好きが現れている。
    「リクは……今幸せですか?」
     分かりきった質問を投げかける。大きな双眸がきょとんと丸びを帯びて、一斉に花が開くように瞳に幸福が滲み出た。
     あの夜に見た寂しそうな笑みはもうどこにもない。
    「ナギもいて、IDOLiSH7でいられて……一織が傍にいてくれて、すごく幸せだよ」
     透明の雫がさらに陸の瞳を大きく見せる。熾火のような赤色がゆらゆらと揺らぐたび胸を締め付けられる。
     涙を拭いてください、とハンカチを差し出したナギの手も少しだけ震えていた。
     目頭が熱い。一度だけ目を閉じて開く。泣きかけていた陸の目は一織の手で塞がれていた。
    「一織?」
    「すみません。いくら六弥さんでもこれ以上は無理です」
     隠されたことにより、彼に抱いていた切なさはやわらいでいく。すっとナギの涙は引いて、手のひらを通り抜けた雫をもう片方の一織の手が拭った。
     無粋だと思ったナギは手にしていたハンカチを仕舞う。泣いた陸を慰めるのは、もうナギの役割ではない。
     泣かないで、と珍しく眉を下げて、だがどことなくあまい表情を一織は浮かべている。カメラに向けたものとも、メンバーに見せる顔とも違う一織は陸だからこそ引き出せたのだろう。
    「欲しいものが決まったらイオリに伝えますね」
    「お願いします」
    「なんで?! オレがナギに聞いたのに!」
    「暴れないで。では六弥さん失礼しますね」
     ラブラブする二人を、特に一織の独占欲を見続ける暇はナギにないし、馬にも蹴られたくはない。良き友であり、騎乗するものだと思っている。にこりと微笑みかけると、会釈した一織は陸を引きずりながら部屋を出て行った。
     しんと静まり返った自室は少しだけさびしい。だが数日後に控えた誕生日がさらに楽しみになってきた。
     好きなもので溢れかえっているこの場所をぐるりと見渡す。六月二十日には大切な愛してやまない仲間たちから贈られた、新しい好きでナギは満たされるのだろう。そしてそれはいつまでも、いつかの未来、IDOLiSH7が形を変えてしまってもナギの中にずっと残っていく。降り積もった幸福な時間を決して忘れることはない。
    「さて、もう一度ここなを観ましょう」
     椅子に座りヘッドフォンをつける。
     誕生日当日は共有スペースの大きなテレビで上映会を始めましょう、と綺麗な唇は柔らかな弧を描いた。
     
    sugaoのあなたは。
    ポイントライブ sugaoを頑張る和泉一織推しの七瀬陸の話。


     勝負はイベントがスタートした時からすでに始まっているのだ。愛する推しのため、素材アイテムが欲しい、始めたばかりでよくわからないが触ってみよう。様々な理由が存在していると思うが、和泉一織のファンである七瀬陸は、推しのためにひたすらゲームをプレイしていた。
     勿論社会人、と言うよりも人気絶頂中のアイドルである七瀬陸は忙しい。決まった休みはなく、だが疲れすぎない程度にはスケジュールが組まれている。隙間時間を狙ってちまちまとイベントを進め、陸はランキング上位へと昇りつめていた。
     本日推しイベント最終日はちょうど空きがあり、自室でひたすらぺちぺちとスマートフォンを叩いていた。左隣には和泉一織プロデュースろっぷちゃんのぬいぐるみ。右隣には恋人に買ってもらった赤いうさぎのぬいぐるみ。
     さらに隣には面白くない顔をした恋人がいた。
     現在の時刻は十六時五十七分。イベント終了まであと三分のところ無言だった恋人が口を開いた。
    「そろそろ現実に戻ってきてください」
    「もうちょっとだけ」
     これが最後だから、と陸は端末に視線を落としたまま続ける。一織がセンターを務めたPerfection Gimmickを選び、衣装を着用した和泉一織の姿を見て頬を緩めた。
     やっぱり好きだなあ、と思う。
     一織は未だに複雑そうなイントロが始まって、ノーツが落ちたところで七瀬さんと呼びかけられる。生返事で答えた瞬間端末は目の前から消えて、代わりに視界いっぱいさらりとした黒髪が映った。呆れた、いや面白くなさそうな一織の唇が構ってと動き、「何を」と返すつもりだった言葉はよく知った唇に飲み込まれる。
    「んうぅ、っ!」
     最初にするものとして深すぎる口づけは、一織の心情が思いきり伝わってくるようなものだった。荒々しく腔口内を暴きながら私を見て、と言っている。だから陸はもがくことをやめた。
     舌を絡め取られくすぐられながら一織の手を探す。ラグの上についていた手を見つけて、上から挟み込むように握ると一織もまた強く握ってきた。サビに入り『誘うよ』と澄んだ一織の歌声が遠くで聞こえ、近くでは熱のこもった掠れた声が、濡れた唇を震わせる。
    「いおっ、んあっ」
     ほどけた合間に嫉妬深い恋人の名前を呼ぶと、耳朶をつままれる。吐息がかかり、ひゃうっと悲鳴を上げた陸の鼓膜へと吹き込むように一織は低い声で囁いた。
    「あまり妬かせないで」
    「妬いた、んだ……」
     少し低い体温が陸の頬を包み込む。火照った陸にその温度はただただ心地よい。潤みを帯びた瞳でも一織の表情をしっかりと映していた。雑誌の裏表紙を飾ったときよりも頬は赤く、そして目はやわらかく細められている。
    「当たり前です。あなたが思っているよりも私は嫉妬深いんです」
    「あれも一織なのに……?」
    「あなたが推している和泉一織でしょ。こちらの方が本当の和泉一織なのに、七瀬さんはいつも画面の向こうの私ばかり見るから」
     今度は触れるだけの口づけが降ってきた。いつの間にかしっかりと握られた左手を掲げられて、陸の薬指へと視線を注がれる。
     いつか、と唇が動いた。それ以上は何も言わず、一織は切なげに瞳を揺らした。
    「イベントも終わったので、構ってくれるんでしたよね」
    「あ、うん……」
    「では遠慮なく」
    「ふあっ!?」
     ふわりと身体が持ち上げられたかと思えば、すぐそばにあったベッドの上に放り出される。目を丸くする陸の視界全体ににこりと笑った一織の顔が映る。これは陸が大好きな格好いい一織だ。未だ陸の脳は現在の状況に追い付いていないが、胸がきゅんとした。左手はぎゅっと絡められて、空いた右手は服の裾へと伸びている。
    「い、一織?」
    「では今から七瀬さんにだけ私の素顔を見せますので」
     覚悟してくださいね。

     ランキングの結果を見ることはできず、勿論SNSに入る暇もない。報酬を眺めてにこにこするよりも先に火のついた一織にひどくあまく愛されて、一週間分以上恋人を堪能することとなった。


    SNSにおける二人の話。
    【さっきテレビで見かけたチョコレートのCM! 和泉一織が出てた!! すっごく、すっごく格好よかったよぉ……もう、無理。好きすぎる】
     余韻に浸りながら、素早く文字を打ち込んで『呟く』とすぐさま『ハート』が飛んできた。続けさまにレスが届き、陸は頬を緩める。
    【@izumi0125 良かったですね】
     文字としては素気ないメッセージだが、文末にさりげなくウサギの絵文字を添えてあった。返信を押して、言葉を考えずに思ったことをフリック入力する。
    【@nanaka1717 ほんと、格好良くて!! 何であんなに顔がいいんだろうかなあって、真面目に考えちゃいました! 繰り返し何回も見てるんですけど、一織からあーん、してもらうたびつい目を閉じちゃって、どうしても顔が見られない……】
     照れた絵文字に二つ続きのハートマーク、目を塞いでいる絵文字。
     感情が伝わりにくい分、表情豊かな絵文字や顔文字を使用したが、思ったよりも賑やかになった。
    「ハート多いかな……? でも、七歌さん宛じゃなくて和泉一織につけてるし、まあいっか」
     送信したが、レスは返ってこない。陸は気にすることなく、停止した画面を再生した。

     
     ラビッターは文章投稿型のSNSの一つである。短い文字数で投稿できるため、独り言を呟いたり、制限文字数ぎりぎりまで言葉に気持ちをのせたりなど、使い方は人によってさまざまだ。
     個人だけでなく、著名人、政治家、アイドル、企業などが利用しており、交流以外にも宣伝という形で使用している。
     日本のアイドルグループIDOLiSH7もまた、メンバー一人ひとりのアカウントがある。アイドルらしい宣伝や、ファンサの一環としてオフショットをアップすることもある。
     メンバーの投稿に別のメンバーがレスをつけて会話することもあり、そのやりとりをファンは心の中で「ありがとうございます」と叫びながら眺める。ハートを押した後、自分のホームに戻って【仲良しか! ありがとうございます!!!!】と書き込んで、ファン同士できゃっきゃ楽しむなど、ラビッターは多彩なコミュニケーションツールなのだ。
     そしてここにも一人、アカウント名『izumi』としての顔を持ち、テレビの前で青いうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、悶えている人こそ。
     人気アイドルグループ『IDOLiSH7』のセンター、七瀬陸であった。
     
     いつもはサイドにつけてあるお気に入りのヘアピンは、本日は珍しく前髪を上げてそこへ留めている。和泉一織のモチーフのダブルフラットとそこに埋め込まれた青い石が、赤茶色の髪によく似合っていた。
     そんな彼の腕の中には青いうさぎ、ろっぷちゃん。和泉一織の『Perfection Gimmick』を衣装を着用しており、首元には赤いリボン。だがリボンの中心には青い石が埋められ、端には青色に糸二色で、刺繍が施されている。勿論描かれているのはダブルフラットだ。
     陸の自室にあるテレビの画面には、和泉一織が映し出されている。
     上質な紺色のスーツを着た和泉一織はふうと息をついた。軽く前髪をかき上げて、手を離すとさらりとした黒髪はまた元に戻る。
    『少し休憩しましょうか』
     片目を眇め、少し茶目っ気な表情でデスクの引き出しから箱を取り出す。カメラはチョコレートを画面いっぱいに映した。
    『濃厚なミルクと上質なくちどけで。贅沢なひと時をあなたに』
     低くしっとりとした和泉一織のナレーションのあと、眉を下げて困ったような顔が映し出される。
    『内緒ですよ』
     きれいな指が一口サイズのチョコレートを掴み、こちらに伸びてきた。
    『目を閉じて……あーん』
     
    「ううううううっ……食べさせてもらいたい」
     でも恥ずかしいっ、と上気した頬をろっぷちゃんの顔に押し付けて陸は呻いた。ちらっとテーブルに視線を向けて、どうしようと呟いた。
     画面の中の和泉一織が食べていたものと同じチョコレート菓子だ。一織のCM記念に、と各々がメンバー含めた数、七つずつ買ってきたため、寮内に溢れている。共有スペースから持ち出して、チョコレートを食べながらドラマを見返そうと思ったのだが、和泉一織のCMに気がついてからずっとエンドレス再生していた。
    (一織にあーんして、って頼んだら、絶対に嫌ですって断られるしなあ)
    「あ! ひらめいた」
     探偵ドラマの決め台詞を口にした。ラビッターアプリを開き、ひらめきを言葉にする。
    【和泉一織のCMを見ながらチョコレートを食べたら、和泉一織にあーんってしてもらってることになるよね!!】
     すぐに『ハート』が飛んできた。それだけにはとどまらぬ拡散され『……天才か』『私も一織くんの彼女になります』『想像しただけでやばい』などと拡散先でいろいろと呟く猛者もいた。
     すごいものでは『むしろ俺が一織くんに食べさせたい!』という呟きもあり、陸としては喜んでいいいのか、もやっとするべきか悩む。が、一織が愛されているのは純粋に嬉しいので、陸からも『ハート』を飛ばした。
    「やっぱりみんなも一織に、あーんってしてもらいたいんだなあ」
     しみじみと一人で呟いていると手の中にあるスマートフォンが震えた。キメ顔の和泉一織の画像が通知で隠れる。瞳が見えなくなっても、彼は恰好良くて何だかずるい。通知から直接アプリに入る。
    【@izumi0125 つまりこれは……二次元にも通用しますよね】
     考えている人の絵文字が大量についたレスに、陸は笑いながら返信を打ち込む。
    【@magical_nagiko できると思う~なぎこさんも推しにしてもらったらいいよ】
    【@izumi0125 私は今から六十七話を再生します】
    【@magical_nagiko うん!】
     返ってきたレスに言葉はなく、嬉し泣き顔と手を合わせる絵文字が大量に送られていた。おそらくここが会話の終着点なので『ハート』を飛ばす。
     未だ呟きは拡散されており、通知が鳴りやまない。一度通知をオフにして、陸はスマートフォンをテーブルの上に乗せた。
     チョコレート菓子のパッケージを開けて包装を破き、チョコレートを一粒掴む。こちらへと甘い笑顔を浮かべた和泉一織を見つめてから、瞼を閉じた。
    「あーん……んっ、あまい」



    「まったく!! あの人は!!」
     眉根に寄せ目を吊り上げた一織は苛々しながら、画面をスクロールしていた。
    【@nanaka1717 ほんと、格好良くて!! 何であんなに顔がいいんだろうかなあって、真面目に考えちゃいました! 繰り返し何回も見てるんですけど、一織からあーん、してもらうたびつい目を閉じちゃって、どうしても顔が見られない……】
    「かわいすぎるだろ……」
     最近ようやく実った初恋に和泉一織こと、一織は浮かれていた。
     楽屋で恋人の呟きを見て、スクショを取る。一織の心の中は、私の七瀬さんはかわいい、と、和泉一織ばかりで面白くない、だ。
     恋人というあまい関係なのに、何故可愛い姿が見られないのか。一織は思い悩んでいた。
    (今は確か高性能の隠しカメラがあると聞くが)
     いささか行き過ぎた思考は陸の部屋に隠しカメラを仕掛ける、と犯罪寄りなものへと向かっている。
     ボールペンに付属したものを使うか、取り付けるか真面目に一織は考えていた。
    (壁は七瀬さんの部屋で性行為するときに困るな)
     自分の痴態を見たいわけではない。ただ可愛い恋人の姿だけを見逃したくないだけだ。
     とまあ、決して健全ではないことを考えながら、ふとラビッターを見ると恐ろしいことになっていた。
    「七瀬さんがハズってる!」
    【和泉一織のCMを見ながらチョコレートを食べたら、和泉一織にあーんってしてもらってることになるよね!!】
     この呟きに1717のハートがついている。拡散数はその半分、しかし今もまだ数は増え続けており、この勢いであれば次の日まで続くのではないだろうか。
    「マネージャーと六弥さんは何をやっているんだ!」
     スクショを取り、個人の連絡に適しているラビチャを開く。マネージャーに該当のスクショと『七瀬さんの裏アカが大変なことになっています』と簡潔なメッセージを送った。
    「六弥さんはラビッターを見ているはずだが」
     再びラビッターに戻り、陸の裏アカウント『イズミ』のホームへと移動する。レスのやり取りを追っていくと数分前にナギの裏アカウント『なぎこ』とのやりとりを発見した。
     ツッコミどころしかない、むしろツッコミがいないせいでボケしかいない。一織は盛大なため息をついた。
    「……七瀬さんの顔が見たい」
     現時点においてのストレスの元凶であり、癒しでもあることを一織は気がついていない。
     未だ拡散されつづけている『イズミ』の呟きにより、しばらくの間ラビッターのトレンドは『和泉一織』『チョコレートのCM』『あーん』となった。


    SNSにおける二人の話。のその後の話。

     一織が人の部屋を訪ねる時、必ず扉をノックをするが、陸相手だと敢えてノックはしない。そのまま扉を開けて、目の前にいた陸の姿に、口から勝手に滑り落ちた。
    「かわっ……」
    「やま?」
     そうして今日もその判断は正しかったのだと、一織は心の中で思った。
    (かわいい)
     前髪を上げてピンで留めており、普段は隠れている額が露わになっている。そして留めに使っているピンは、和泉一織のモチーフであるダブルフラットのヘアピンであり、ダブルフラットに埋め込まれた青い石が一織の心を落ち着かせた。ぎゅっと抱いているろっぷちゃんのぬいぐるみを羨ましく思った。
     所有欲、とでもいえばいいのか。アイドルとしての自分のモチーフや色を七瀬陸が着けていると、一織は満足感と安堵を覚える。それだけではなく嫉妬に駆られることもある。
     IDOLiSH7の和泉一織と和泉一織。どちらも同じ人間だ。アイドルとして、求められている姿を演じているだけで本質は同じだ。陸はIDOLiSH7の和泉一織を推している。同メンバーではなくて、一ファンとして正しい形で、和泉一織を好きでいるだけ。頼めば簡単に手に入るであろう和泉一織のサインを、ファンクラブに入り、サイン会に応募して、女装してまで貰いに行く。良識的なファンだ。
     和泉一織ならばそれに対して喜ぶべきものだと、頭ではわかっている。
     けれど一織は、クールで完璧なアイドルのIDOLiSH7の和泉一織ではなくて、無愛想で素直になれない、それでも誰よりも七瀬陸に流れ星を降らせてほしいと希う自分の方を好きでいて欲しい。
    「先に開けているんだから、合言葉は必要ないでしょ」
    「あ、そうかも」
     ちょっと照れたような笑顔を浮かべる。これは一織仕様の陸の表情だ。
    「入ってもいいですか?」
    「うん、どうぞ」
    (……これは一週間前に発売したポスター。……しかも直接画鋲を指していない)
     陸がいつも寛ぐ場所の真正面にA3サイズの自分の顔があり、一織の表情が固まった。
     ほどよく和泉一織グッズが置かれた陸の部屋は一織にとって複雑な場所になってしまう。陸にとっては天国だろうが、キメ顔の自分の顔がそこら中にあるのは、何とも言えない。
    「一織?」
    「……大丈夫です」
     和泉一織から目を背け、一織は陸を見た。
     うん、七瀬さんがかわいい。
    「今日は何をしてたんですか?」
     裏アカウントを見ていたので、今日一日陸が何をしていたのかは明白だ。会話のきっかけとして振ると、何故か陸は突然頬を赤らめた。
    「ええと……怒らない?」
    「怒りませんよ。教えて」
    「ううんと……」
     隣にいるのに小さく手招きする恋人がかわいい。にやけないように顔を引き締めて耳を寄せると、吐息が耳朶をくすぐった。
    「……和泉一織が出てるドラマ見てた」
    「っ……か」
    (かわいすぎませんか!?)
     何故かまだ内緒話は続いている。
    「すごくね、恰好良かった」
     あまさを溶かしたような陸の声はひそやかで、前は絶対に含まれることなかった甘えた響きがある。盛大にため息を吐いた後、強く抱きしめた。
    「えええと、いおり?」
    「はあ……充電させてください」
    (このかわいい人が、私の恋人なんですよね)
     はらはらするが、それ以上に癒される。痛くない程度に、しかし決して弱すぎない抱擁に、陸は喉で軽やかに笑う。それもまた可愛らしい音で、一織はため息をついた。
     一度閉じた瞼を開き、テーブルの上に無造作に置かれたものを見つける。それは陸が日中に呟いていた内容で、和泉一織がCMを務めたチョコレート菓子だ。全部食べ切っていないのだろう。
     軽く箱を止めてあるそれを見た一織はあることを思いついた。抱擁を解き、少し残念がっている陸の顔を覗き込む。
    「七瀬さん、あーんしてもいいです?」
    「えええええ!? 一織がオレに!?」
    「そんなに驚かなくてもいいでしょ」
    「むむ、だって今まで一度もしてもらってないもん」
    (かわいい)
     ぷくっと膨らんだ頬を指で突きながら、一織は口元をゆるめてあざやかに笑った。
    「じゃあ、今日が記念日ということで」
    「っ……うん」
     すぐに頬の空気は抜け、さらに真っ赤になった頬を陸は唸りながら押さえている。
     かわいい、という単語だけが一織の心の中で埋め尽くされて、表情筋を引き締めることはもうできない。
    (和泉一織の顔すらできていない気がする)
     チョコレートを一粒掴む。唇に一度軽く当てると、陸は涙目で一織を見つめ返した。
    「待ってぇ」
    「溶けるので待てません」
    「うううううっ、心の準備が」
    「大丈夫です。やさしくしますから」
    (……かわいいな)
     兄の三月に訊かれたら「子どもは子どもらしく健全な会話しろ」と突っ込まれるのだろうが、一織も会話修正をするつもりはない。口角を上げて微笑むと目の前から子犬のような鳴き声が聞こえてきた。
     すべてがかわいい。
    「目を閉じて……はい、あーん」
    「んん……あーん……ん、ふあっ!?」
     陸が口を開いた瞬間、一織はすばやく溶けかけたチョコレートを唇に咥えた。開いた口腔へと差し込んで、ついでに舌も差し込む。驚いて逃げる舌を掴まえて搦めとり、二つの体温でチョコレートを溶かしていく。濃厚なミルクが舌の上に、先端にくっついて、味は知っていたがかなりあまく感じる。
     彷徨うように揺れる指先を手探りで掴み軽く握ると、少し安心したのか強張りがとけた。
    「んあっ……はあはあ、まっていおりぃ……いきくるし」
    「鼻でして」
    「鼻……? ん、むりぃ、んんっ……」
     鼻で呼吸をしようとして、無理と言う。だからすぐ自分に付け込まれるのだと、一織は思った。
     残っているチョコレートはあと三つ。すべて食べ終えるまでに、少しは鼻で息をすることも上達するだろうか。
     薄く瞳を開き穏やかに微笑む和泉一織の姿を見つけ、一織は片目を眇めた。


    私と和泉一織、どちらが好きなんですか!?
    2023年のアイスタイベントネタ。


    「ふああああっ……もう無理っ」
     限界オタクのような感嘆を上げた陸は、お気に入りであるろっぷちゃんのぬいぐるみに顔を埋めた。恰好良い、可愛い、恋に落ちる、など語彙のない感想ならぬ呻く陸の姿はかわいい。かわいいものだが、後ろで仏頂面の恋人を構うことをなく、端末に目を落としているのはいかがなものか。
    「七瀬さん……」
    「待って一織……あともうちょっと堪能させて……お願い」
     振り向いてきらきらと煌めいた瞳を向け、眉を下げた陸はまるで叱られた子犬のようだ。庇護欲を掻き立てられた一織は言葉を飲み込んだ。
    「あと五分だけですよ」
    「ありがとう一織!」
     頬に軽く唇が掠めた。熱がうつる前に感触とともに消えていく。追いかけようにも抱きしめている恋人の関心は手元にあるタブレット端末で、ふにゃりと頬をゆるめて笑う。笑顔の先にあるのは────。
    (和泉一織……っ)
     和泉一織は自分のことでもある。しかし、陸が熱を上げているのは口うるさい年下の相方でも、恋人でもなく、IDOL STAR LIVE 2023の衣装を着た和泉一織だった。
     実際に存在しているアイドルたちが登場するアプリゲームに陸は一年前からハマっている。人気アイドルグループIDOLiSH7七瀬陸も勿論そのゲームに登場しており、事務所は違うが他のアイドルグループも参加している。アプリゲームの為に専用の衣装や楽曲が用意されることもあり、現在も新規ユーザーが増えてアイドルたちの人気は上々である。
     現実のイベントとリンクしたゲームシナリオに良い意味で呻く女性たちは多く存在し、何かあるたびにラビッターのトレンドをアイドルグループ名やゲーム名が独占する。ソシャゲであるためガチャシステムが投入されているが、良いゲームだと一織は思っている。
     仕事が忙しく陸となかなか会話できないときは、アプリを開き陸の声を聞けるし(別に意味深な意味ではない)にこっと笑った陸の顔をいつでも見られる。ゲーム(の中の七瀬陸)に夢中になっていれば、現実の陸が頬を膨らませて「オレを見てよ」と甘えてくるし、ぎゅっううと抱き着き和泉一織(携帯端末に存在する)ではなく一織だけを見て、触れて、キスしたいと自ら唇を寄せてくるのでアプリに感謝することもある。
     ヤキモチ妬いている七瀬さんはかわいいな、と涼しい顔でイベント周回をしていたが、とうとう和泉一織がメインのイベントが始まり、今度は一織が妬かされることになった。
    「五分経ちましたよ」
    「……なんか早くない? カップラーメンの蓋開けたらまだ固い麺が出てくるよ」
    「心の中で五分数えていましたし、その固さは正常です」
    「えええっ……」
     嘘だった。実のところ三分四十五秒である。が、こうして会話しているのでもうすぐ五分にはなるだろう。
     後ろからタブレットを取り上げると両手で抵抗された。おもちゃをしっかりと噛みしめていやいやする犬だろうか。かわいい。
    「お手」
    「今どこで子犬判定された!?」
    「全体的にですね。どちらかと言えばパピヨンです」
    「嬉しくない~」
    「ほら、和泉一織は仕舞って。そろそろ現実の私を構ってください」
    「……仕方ないなあ」
     甘えれば嬉しそうな顔でアプリを閉じて、腕の中にいる陸はもぞもぞと動いて一織の方へと向き直る。ついでにやわらかい素材のろっぷちゃんが腹に当たって可愛さが二倍になる。年上ぶりたい彼にはこの手が一番だと一織は最近学んだ。
    「あの衣装の私、いえ、和泉一織はそんなに良いんですか?」
    「すごくいいよ! だって可愛いリボン型のピンにさ、ファンサがbang! だよ!! 恋に落ちる音がした──」
    「メルトしないでください。確かにいつもよりもアイドルらしい和泉一織だと思いますが」
    「一織はアイドルだよね?」
    「アイドルですね」
     そう、二人は人気アイドルグループIDOLiSH7のセンター七瀬陸と、裏でグループのマネージメントしている和泉一織であった。ツッコミたくなる会話を平然と交わしている二人は恋人で、これでも二度は身体を繋げたことがある関係だ。
    「私もアイドルですが……なんならすぐに触れることができるパーフェクトアイドルでは?」
    「意外と欲張りセット?」
    「うるさいですね」
     自分でも無理があると思っていたため、冷静にツッコまれて一織は頬を赤らめた。しかしそれでも一織は聞かなければいけない。「私と和泉一織、どちらが好きなのか」と。
     答えは決まっているだろう。一織、と即座に返ってくるだろうと思っていたのに、現実はううん……と迷うような陸の唸り声だった。
    「七瀬さん!!」
    「だってさ、オレが恋に落ちたのは一織に撃たれたからなんだよ……。一織がノースメイアで骨を埋めて来いって言ってくれたあの夜に」
    「いや断じて骨を埋めろではないです。そこ間違えないでください!!」
    「そういうふうに聞こえたんだもん! だから和泉一織にbangされたら……何度でも好きになっちゃうだろ?」
     一織は黙り込んだ。
     なんて、ずるい人なのだろうか。
     目の前にいる一織だけを好きでいて欲しいのに、そんなふうに言われたら和泉一織を好きでいる陸を許してしまう。もう和泉一織に妬けなくなってしまう。結局のところ一織は和泉一織なのだから、陸が何度でも恋に落ちる対象は一織なのだ。
    「はあ……すごい殺し文句ですね」
    「最初にオレの心臓を射止めたのは一織なんだけど」
    「うるさい。黙って」
    「お、横暴っ……んんっ」
     ぐっと握っていた手を開いて繋ぎ指を絡める。文句を言いかけた陸の唇を塞ぎ、一織はようやく満足そうに笑った。
    「っ……本当にずるいなあ」
    「何か言いました?」
    「何でもない!」



    いつかの未来のふたりの話。


     待ちくたびれたのか、ベッドではなくリビングのソファで陸さんは眠っていた。すやすやと穏やかな寝息を立てている陸さんが抱きしめているのは私。正しくはIDOLiSH7の和泉一織の抱き枕ではあるが、この人はプリントされただけの無機物にですら一織、と恋人の名前を呼ぶ。
    「いおり……」
    「はい、私はここですよ」
     頬に口づけると、ふにゃりとほろこぶ。いつでも私が触れるとかわいい反応を見せる。そしていくつになっても無垢でかわいい。
     ほら、と陸さんの腕の中の和泉一織を見る。綿を詰めただけのものには不可能なことであり、本当の意味で彼を幸せにできるのは本物の私だ。
    (私を好きでいてくれるのは嬉しいが)
     彼がこっそりと私の抱き枕を購入したときは、ちょっと以上に嫉妬心を抱いてしまった。悔しいので私も七瀬陸の抱き枕を購入しようとしたのだが、バレてしまい「オレがいるのに、買うの……?」と切ない顔で訴えられては浮気も出来やしない。
    (まあ浮気する気はありませんが)
     この人以上に魅力的な人間はいない。彼が私の最愛で、それに続く人となるとやはり兄や家族だろうか。
    「ん……いおり?」
     ふるりと睫毛が震え、ゆっくりと赤い瞳が開いた。陸さんの視線は迷わず私を映して、幸せそうにとろりと揺れる。
    「いおりだ……」
     おかえり、お疲れ様。
     寝起き特有の舌足らずがかわいい。抱きしめていた和泉一織をぱっと離し、私に向けて腕が伸ばされる。
    「おかえりのぎゅうっ」
    「ただいま戻りました」
     ふにゃふにゃした顔中に口づけると、さらに陸さんは笑って「オレもー」と唇を合わせてきた。ちゅっと音を立てて、それから嬉しそうに首筋に顔を摺り寄せてくる。
    「いおりのにおいがする」
    「今日はいつもよりも甘えたですね」
    「うん……やっぱり一織がいないとさびしかった」
     抱っこして、と普段ならば口にしない甘えるような陸さんの姿に少し胸が痛んだ。よく見るとリビングのテーブルの上には和泉一織の写真集、ソファーの端にはろっぷちゃんとりりちゃん。くしゃくしゃになった私の上着がフローリングの床に落ちていた。
     膝裏に手を回すと心得たように首に手を回される。そのまま抱き上げると、嬉しそうな笑い声が聞こえた。
    「オレね、もうお風呂入ってて」
    「ええ。石鹸のかおりがしますね」
     首筋に近づけてすんと鼻を鳴らすと嗅ぎ慣れた清潔な匂いがした。これは私が安心を覚える匂いの一つでもある。帰ってきたと感じさせてくれる。そして甘い期待をさせる。
    「今日一織が帰ってくるから、綺麗にしてて……もし大丈夫なら、いっぱい……っう、んんっ」
     いじらしいことを言う唇を塞ぐ。彼が何を言おうとしているのか私は分かっていたし、甘く囁かれてしまえば寝室まで我慢できずに抱いてしまうかもしれない。唇を啄んで舐めると、うっすらと開かれた。舌を差し込めば嬉しそうに彼の舌に迎えられる。
    (ああ、駄目だ。思いっきり抱きたい)
     離れている分を補うように、むしろ陸さん不足で飢えているので抱き潰してしまいそうだ。手が塞がっているので肘でドアノブを押し、行儀が悪いが足を使って寝室の扉を開く。キスを解いてゆっくりとベッドに寝かせると赤い瞳はあまくとろけて、私を誘った。
    「今日はいっぱい一織を頂戴?」
    「では私も陸さんを味わせてください」
     もう一度唇を寄せると今度は彼の方から口づけられる。付き合ったばかりの頃はキスの仕方がわからない、と困った顔をしていたのに勝手知ったたる様子で口腔へと滑り込む。顔に似合わない舌遣いで、しかし物足りないと思わせる口づけをするものだから一度キスをほどいた。
    「や、やめないで」
    「やめませんよ」
     私にお説教されるときのようにしゅんとした顔。隠していた私のグッズがバレたときの泣きそうな顔。寂しがりやで実は結構甘え下手。そんな彼の表情を見ることができるのは私だけだ。
     頬に軽く口づけて、深呼吸をするよう伝える。小首を傾げつつも素直な彼は私の言うとおりに深く息を吸った。
    「……愛してます、陸さん」
    「うん、オレもあい、っ……んん」
     しがみつくように指を絡め取られる。付け根に無機質の温度が触れるたび、この人は私のものだと強く感じてしまう。今だって彼を腕の中に仕舞っているというのに、どうしても不安を抱いてしまう。彼が推しているアイドルの和泉一織に、私の一部である私自身に妬いてしまう。
     大気中にある酸素すら吸わせてやりたくない。
     私から与えられるもので生命を維持し、私がいなければ生きられない生き物であればいいのにと。そんな薄暗い感情すら沸き上がってくる。
     一方的に深く貪って、それでも必死についてこようとする陸さんが愛おしい。混ざり合った唾液をゆっくりと流し込み唇を離したところで喉仏がこくりと揺れた。
    「ん、はあっ……最後まで言わせてよ」
    「聞いてしまうと抑えが効かなくなりそうで」
     濡れて艶めいた輝きを持つ赤い瞳がやわらぐ。私を映して、言葉よりも雄弁に私を好きだと言うのだから、軽く視線を外した。
    「目逸らさないで」
    「いえ、今はちょっと……」
     大人になっても彼の訴求力は衰えることなく、さらに私を引き寄せてしまう。陸さんが私を強く求めれば求めるほど、私も彼を求めてしまう。強い力同士がぶつかれば凄まじい熱を生む。強すぎる想いに私が彼を壊す危険がある。
    「大丈夫だから」
    「しかし」
    「一織になら、どんなふうにされたっていい。それはあの日からずっと変わらないよ」
     するりと伸びた男の手が私の頬を掴まえる。じいと見つめられ、視線はあっという間に絡み合ってしまった。潤んでいるのにそこに宿った感情は激しい。深い信頼が私を射抜く。
     ふと常日頃から思っていたことを訊ねることを決めた。
    「私を嫉妬させるのはわざと?」
    「ええと……」
    「答えなさい」
    「いひゃいっ、ゆうひゃらあ」
     鼻を抓めば、すぐに陸さんは降参を訴えた。小さく尖った唇に思わず触れたくなったが、塞いでしまうと答えが訊けない。鼻を撫でながら彼は呻いていた。
    「ううっ……だって、今日はすごく寂しかったし……」
    「寂しかったし?」
    「一織に……すごいえっちなことされたかった」
    「っ、……はあああ」
    「っや、っ……呆れちゃった……? もしかして、きらいになった?」
     不安げに瞳を揺らして私の胸に頭を擦りつけて、繋いだ手が離れないよう必死に力を入れて握るこの人をどうして嫌いになるのだろうか。ただたまらなくて、彼の好きな和泉一織の顔が保てないから息を吐く。その間も下の方で呻く陸さんがかわいくて、緩んだ顔を引き締めるのに必死だった。
    「私にえっちなことされたかった?」
    「うううっ、そうだよ」
     顔上げて、と言うとオレのこと嫌いになってない? と不安げな声が返ってくる。貴方馬鹿ですか、と今では滅多に口にしなくなった、素直ではなかった頃の言葉に陸さんは顔を上げ目を丸くした。
    「最愛の人に求められて、嫌いになるわけないでしょう?」
    「さ、さ、最愛って」
    「おや、それは照れるんですか。まったくいくつになっても可愛い人だな」
     ぶわりと顔を赤くした陸さんの唇を奪う。どんなにもがいても、泣いたとしても、今夜はもう加減できそうになかった。
    和泉一織が着ているタートルネックになりたい陸くんの話。

     八月七日の午後五時。十七時とも言い換えられる。
     7という数字を大切にするIDOLiSH7の公式アカウントは十七時ぴったりにとある情報をラビッターにて公開した。
     それは近々東京公演を控えた、所属事務所の違うアイドルグループたちが集まり計十六人で行うライブツアー『VISIBLIVE TOUR "Good 4 You"』の情報だった。
     東京公演ではIDOLiSH7の和泉一織、七瀬陸の二人が担当することとなっており本日その二人の新規撮り下ろしのグッズのイラストが公開され、ラビッターは盛大な盛り上がりを見せていた。
     そしてここにもひとりのファンがスマートフォンの画面を直視し、手で顔を覆った。
    「……和泉一織のタートルネックになりたい」
    「タートルネックになった七瀬さんはさすがに愛せないと思います」
     一織の恋人は和泉一織のファンだ。しかも和泉一織に恋している。一織と和泉一織と勿論同一人物であるため、浮気には結びつかないが一織の本音を言うならば、ほぼ浮気だと思っている。
     最近は和泉一織への愛を隠すこともなくなった。陸の恋人である一織は喜んでいいのか怒っていいのかわからなくなっている。
    「別に愛されなくていいから! こういうのは慎ましい願いで、一織に着てもらって、ちゃんと洗濯機で洗われて、太陽の下で乾かされて、綺麗に畳んでもらって最後は一織の匂いがするタンスに収納される」
    「慎ましいどころか、理想の洗濯物じゃないですか」
     恋人のポジションにいるというのに、何故わざわざ洗濯物を選ぶのか。和泉一織の恋人と和泉一織のタートルネックだったら百人中百人が恋人の座を取るだろう。
    「大和さんのファンの子は、大和さんの眼鏡になりたい子と大和さんの靴下になりたい、しかも片方だけの子で分かれるらしいよ」
    「せめてそこは両足にした方が修羅場にならない気がしますね」
     そもそも靴下の柄が違うため、履いている大和が恥ずかしくなるのではないだろうか。しかし一織は突っ込まない。これ以上意味の分からない会話を続ける気はなかった。
    「じゃあ一織はさ、オレの持ち物の何になりたい?」
    「はあ?」
    「もしもの話! よく女の子が話す好きな人の私物になりたいって話すだろ?」
    「私たち女子じゃないんですけど」
     好きな人の私物でなりたいもの。ちらりと陸に視線を向ける。彼の膝の上にいるのは一織が以前仕事でプロデュースしたぬいぐるみのろっぷちゃんと、赤いうさぎのぬいぐるみのりりちゃん。特に『Perfection Gimmick』の衣装を着たろっぷちゃんを陸は物凄く大切にしており、一緒に眠ることも多々ある。
    (なるとすれば、ろっぷちゃん……)
     恋人の一織がいても彼は陸の膝を独占している。膝ではないときも勿論あるが、そういった時は陸の隣を陣取り一織はその隣に座る。恋人よりもろっぷちゃんの方が陸との距離が近く、嫉妬しそうな日もあるのだ。決して口が裂けても言えない。言えないけれども正直羨ましい。
    「あ! もしかしてろっぷちゃんになりたいとか」
    「一言も言ってませんが!!」
    「なんでそんなに力いっぱい否定するんだろう……?」
     陸は小首を傾げて呟く。かわいいが、今はかわいいに浸っている余裕はない。
    (落ち着け。そもそも恋人であるのだからわざわざ私物になる必要はない)
     よくよく考えると一織は陸の恋人である。つまり私物よりも高い位置にいる。自ら触れらず持ち主に触れてもらえるまで受け身の存在になる必要はない。
    「七瀬さん」
    「なあに?」
     一織の気持ちを知ってか知らずかにこにこと笑顔を浮かべた陸の手を取り、一織は無言のまま彼をベッドへと押し倒した。その際にころんと彼の膝から落ちた二匹のぬいぐるみは、事が無事終わった後に拾って「乱暴にしてすみません」と謝る予定だ。
     今はタートルネックになりたいと言った恋人に、改めて自分の気持ちを伝える方が先だった。
    「私だけを見て」
    「っ……、だからもう……その顔ずるい」
     陸が好きなきらきらしたアイドルの顔、和泉一織が浮かべる笑みで黙らせる。恥ずかしがった陸が顔を隠す前に口づけて、私物よりもずっと良いポジションである恋人の良さを身体へと教えこむことを一織は決めた。
    水無月ましろ(13月1話更新) Link Message Mute
    2023/10/01 9:50:48

    ファンの話 番外編詰め合わせ【いおりく】

    いおりく

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