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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    2022/07/090:00 07:1709:0710:1110:4711:1715:1515:2718:0723:1723:572022/7/10 0:010:00  時計の針が頂点を差した瞬間、手に持っている一織のスマートフォンの時刻が0を表示した瞬間、陸は目を閉じた。
    「誕生日おめでとう、天にぃ。ずっと大好きだよ」
     すでに打ち込んでいたメッセージの送信を押して、ふうっと息をついた。
    「ありがとう、一織……一織?」
    「誕生日おめでとうございます、七瀬さん」
    「……? なんか祝ってる顔じゃないんだけど」
    「祝っていますよ。私たちのセンターが生まれた日なんですから」
    「わざとらしい……」
     数日前珍しく真剣な顔でお願い──と言っても一織へのお願いはわりと多い──に一織も全力を尽すつもりだった。そして日付が変わって一番最初に聞く言葉が、ライバルセンターへのおめでとうなのだからあまり面白くない。
     七瀬陸と九条天。双子である彼らは一織が思い描く兄弟よりもずっと密接に繋がっている。陸の精神の安定の比重は主に九条天であり、恋人である一織は二の次だ。何とかこちらに移せないものかと常日頃考えているが、この無茶ぶり大魔神極度の末っ子ブラコンは一生変わらない気がする。三つ子の魂百まで、という言葉もある。そして一織は百を超えるまで気長に待てるタイプではないのだ。この際ŹOOĻの『ササゲロ』を参考にするべきなのだろうか。
    (あれは少々、いやかなり過激だな)
    「んー……っ、ふふ」
    「なんですか、いきなり」
     こてんと頭を一織の肩に乗せて陸は頬を緩める。横から見ても前から見てもふにゃふにゃした笑みに思わず釣られてしまった。決して訴求力ではないが、幸せそうな陸の表情はそこにいるみんなを幸せな気持ちにさせる。隣に立って彼の姿を見守っていれば、この人は誰からも愛されるひとなのだと一織に実感させてしまう。
    「日付が変わって一番最初に一織からおめでとうって言われたのが嬉しくて」
     ありがとう。
     床についていた手にとんと触れて、指先で軽く撫でられた。小指だけ絡めてささやかに繋いだ指はいじらしい。
     陸のスマートフォンが震えた。ロック画面に表示された通知には九条天の表示。ぴくりと睫毛が揺れ、大きな目を開く前に一織は陸に口づけた。衝動もあったが、今だけは九条天に、誰にも邪魔されたくなかった。
    「んっ……ふ……」
     小指だけではなくすべての指を絡める。強く握ると陸からもまた強く握り返されて、胸が愛おしいもので溢れた。ゆっくりと口づけを深めながら、一織もまた薄く開いていた目を閉じた。


    07:17 夏の朝は早い。遮光カーテンのわずかな隙間から眩しい光がベッドに差し込む。むず痒そうに陸は瞼を持ち上げた。
     二時間前にエアコンは切れるようにしていたので、わずかな冷気と夏の温度が混ざり合い涼しいとも暑いとも言い難い室温になっていた。ぴたりと触れた温度に陸は顔をほころばせる。
    (一織だ……)
     規則正しい寝息を立てた彼を見つめながら陸は思う。眠っている時は案外幼い顔立ちをしている。小さな唇はしっかりと閉じられて涎の形跡なんてものはない。寝ていてもパーフェクトだなんてずるくないだろうか。起きない程度に頬を指でつんとついて、眉を寄せた一織の顔に陸はふふふっと笑う。
    (一織と誕生日を迎えられた)
     小さな幸福を嚙みしめる。
     生きている以上歳を取ることは当たり前のことだ。誕生日を迎えることを喜ばしいと思う人と、これ以上年は取りたくないと感じる人は一定数いるだろう。
     ──一つ歳を取ったのだから、七瀬さんはもう少し落ち着いてください。
     ベッドに入っても興奮冷めやらぬ陸を一織は諫めた。いつものしかめっ面とは違い額に皺はなく、それは苦笑に近いものだったが。
     この日を迎えられたことが陸にとってどれだけ嬉しいことなのか、眠っている一織にはわからないだろう。
    (でも、一織は知らなくていい)
     仰々しくお祝いされたいのではない。ただささやかに伝えられる「おめでとう」が陸にとって一番嬉しいのだ。
     今年も無事天とお祝いが出来たのだと涙を堪える両親の姿を見てきた。だからこそ当たり前のような、身構えていないおめでとうが、嬉しい。
     眠っている一織の手を握る。指を絡めると自然に握り返してくれる大きな手。導いてくれる手でもあり、支えてくれる手でもある。落ちる時もきっと離さない。例え一緒に落ちたとしても、一織のことだ。落下ではなく、空を飛ぶための方法を模索していて、そして二人で空を歩くのだろう。
     そうして今もしっかりと指を絡めてくれる。
     何気ない信頼を与えてくれる一織。不安で振り返ったとしても彼は受け止めてくれるだろう。その度に好きは加速していく。止まるところを知らない。
    「大好き、一織」
     拙い言葉を添えて、まだ幼さが残る白い頬に唇を寄せた。


     09:07 他のメンバーはすでに出てしまい、寮の中は一織と陸の二人だけになっていた。慌ただしく出ていくメンバーたちは「いってきます」と一織の隣にいる陸を見つめて「おめでとう」を口にした。
     まだ寝癖のついた頭を撫でる人、抱きしめる人、肩をぽんと叩く人。それから陸の頬にエアキス、ではなくて実際に口づけものもいたが本日は彼の誕生日だ。一織は口を噤んだ。しかしその後、頬を赤らめた陸が不思議そうに「どうしたの一織?」聞いてきたのはちょっと、いやかなり腹立たしかった。
     帰ってきたらお祝いをしよう、と兄である三月の言葉に陸は笑顔を浮かべていたが、二人っきりになると少し寂しげな表情へと変わった。
    「七瀬さん」
    「うん?」
     呼びかけると、陸は何故か照れたように笑う。不思議に思いつつ、一織は陸を椅子に座るよう促した。
     三月が作ってくれた朝食を食卓に並べる。二人で声を合わせて食事の挨拶をした。
     今日が陸の誕生日だからなのか、ホットケーキはクマの形をしている。チョコレートシロップで目と鼻を描き、傍にイチゴアイスを添えたのは一織だ。冷房は効いているもののすでにアイスクリームはどろりと溶けて、皿に薄ピンク色の水溜りができていた。
    「美味しいね一織」
    「当然ですよ。兄さんが作ってくださったのですから」
    「……ブラコンめ」
    「その言葉、のしをつけてお返しします」
     耳だった部分を食べながら陸は笑う。口元にはチョコレートがついており、気が付いていないようだ。腰を浮かせてティッシュで拭い取ると、目を瞬かせたのち恨めしげな視線を送ってきた。
    「む、子ども扱いした」
    「子ども扱いはしてません。まったく世話が焼ける人だな」
    「台詞と顔が合ってないんだけど」
    「……気のせいです」
     膨れっ面のわりに陸の頬は緩みかけている。視線が一度絡み合って、突然空気が抜けたようにふにゃりと笑うものだから、たまらなくなった。
    「いおっ……んむっ」
     カランと音の正体は陸の手から滑り落ちたフォークだろう。唇を吸う。いつもよりも甘く、同じものを食べていた陸もまた同じように味わっているはずだ。薄く開いた唇から出てきた舌をやわく噛む。小さな呻き声は次第にあまい音に変わり、陸の指はいつの間にか一織の袖を必死に掴んでいた。
     口づけをほどくととろりとした眼差しが向けられた。
    「んっ、はあっ……いおり」
     呼気すらあまいと感じてしまうのは、どこまでもとろけた双眸のせいだろうか。どこまでも真っ直ぐな色をした瞳は潤み蠱惑的に揺らいでいる。濡れた唇がねだるように開いて、一織の袖を引いた瞬間こてんと間抜けた音が聞こえた。
    「あ」
    「わあっ!」
     テーブルの端へと転がっていくグラスを慌てて掴んだが、すでに中身は陸の服にかかってしまっている。ぽたぽたとテーブルか垂れたアイスコーヒーを布巾で拭き取りながら、一織は陸に声をかけた。
    「掃除と後片付けしておきますから、七瀬さんは着替えてください」
    「ごめん……」
     やさしく言ったつもりだったが陸はしゅんと顔を曇らせている。眉をハの字に下げた顔もかわいいが、今はそれどころではない。むうっと突き出た唇に軽く噛みつく。途端に大きな目は丸く開かれ、一気に真っ赤に染まった顔を覗き込みそっと笑いかけた。
    「ほら、行ってきてください」
    「……いってきます」

     
    10:11 下着までアイスコーヒに浸食されてしまったことと汗をかいていることもあり、さっとシャワーを浴びてきた。しっかりと髪を乾かして、一織がいるであろう共有スペースに戻る。
    「あれ? 一織?」
     しかしそこに一織の姿はない。ならば自室だろうかと彼の部屋の扉を開くもそこには誰もいない。
     まさか一人でどこかに出かけてしまったのだろうか。
    「一織っ……」
     今日一日ずっと一緒にいてほしいと願った。陸の言葉に一織は頷いたが絶対にそれを叶えるとは口にしていない。それにこれは決して強制ではないのだ。陸は一織の時間を貰っているのではないのだから。
    (一織が帰ってくるまで、本でも読もうかな)
     読もうと思っていた小説がある。落胆の息を吐きながら、自室の扉を開いた。
    「遅かったですね七瀬さん」
    「っ……一織!」
    「なっ……、ちょっ飛びつかないで! 危ないでしょ!?」
    「一織がちゃんといた……」
     いつもの定位置に座っている一織を見つけた瞬間、感極まった陸は抱き着いた。肩に額をつけてぐりぐりとすると、あやされるように背中を叩かれる。緩くなった鼻をずびっと啜ると驚いたように顔を掴まれた。
    「いたい」
    「泣いていたんですか?」
    「泣いてないよ!」
    「どう見ても目が潤んでいるんですが」
     言われた通り陸の目は潤んでいる。が、粒になって零れていないので泣いているとは言わない。どうしてですか、と訊ねてくる一織の瞳には心配が浮かび上がっている。
     一織がどこかに行ったと思って寂しくなりました、などと一つ大人に近づいたのに言えるはずがない。
    「七瀬さんがコップをひっくり返すのはいつものことでしょう?」
     真面目な顔で見当違いなことを言った一織に陸は頬を膨らませた。
    「いつもじゃないもん……三日に一回くらい?」
    「私がいなければ毎日ですよ」
    「じゃあ、ずっと一織がいればいいんだ」
     軽口のつもりで口にした言葉だったが、目の前にあった涼しげな瞳がきょとんと瞬いた。白い頬が淡く色づいて、眉間に皺が寄る。
    「意味わかっているんですか」
    「……わかっているよ」
     しまったと思う。頬が熱くなってきた。
     熱を分け与えるようにすりつける。ついでに赤くなった耳朶を食むと素っ頓狂な悲鳴が上がった。
    「七瀬さん!?」
    「あはは、一織かわいい」
     吊り上がる目に唇を押し当てる。熱く感じるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。陸と同じくらい、それ以上彼の顔は赤くなっているのだから。
     驚きで大きく開いた瞳が見る見るうちに細く弧を描く。その代わり小さな唇はまったく笑みを描いていない。
    「かわいいのはどちらなのか、教えて差し上げますね」
    「え、え……一織、さん?」
     ──覚悟してください。
     やさしい声音で囁かれて、ぞくりとしたものが背筋へと駆け抜けていく。
    「お、お手柔らかにお願いします?」
    「では、うんとやさしくしますね」


     10:47「んっ、あっ……それやだっ」
    「駄目です。逃げないで」
     一織の腕の中で身をよじる陸を後ろからしっかりと抱きしめて、首筋に舌を這わせる。強い吸い付いて痕を残してしまいたいが、アイドルとしてそれはできない。唇の感触を、温度を刻み付けるように、舌先で舐めては吸う。んっつ、と甘い声を洩らした陸は自分の手で口元を押さえた。
    「指噛まないで」
    「あっ……や、んんっ」
     剥がすのではなく陸の手の上に自分の手を重ねた。熱い吐息が一織の指にかかり、やがてわずかに湿りを帯びる。指の腹で下唇を撫でながら、生え際に唇を落とした。口づけるたびミルクのようなにおいが鼻先に漂ってくる。
    「かわいい」
    「あっ、ばかあ……」
     振り返り涙目で一織をなじる陸の唇を塞ぐ。親指で口を開かせ舌を差し込めば、かわいくない台詞とは裏腹に自らすり寄ってきた。わざと音が聞こえるように唾液を含ませて絡め合う。
     深く触れ合うたび陸の頬は赤く染まる。まるで夏の陽光に照らされて熟れた果実だ。艶があり、みずみずしい。歯を立てて噛みつけば口の中にあまい果汁がひろがる。
     喉を鳴らして美味しそうな頬に歯を立てれば、くふんと子犬のような鳴き声が一織の耳朶をくすぐった。
    「まって、いおり」
     べとべとに濡れた赤い頬が艶めかしい。愛撫する唇は止めずに囁く。
    「どうしましたか」
    「ひゃあっ、そこでしゃべんないで」
     涙交じりの甘い声が一織を調子づかせる。潤んだ目で睨みつけられても意味はなく、ただそれは男の嗜虐心を煽るだけだ。傷つけたいわけではない。が、恋人の泣き顔に興奮を覚えてしまう。
    (もっと泣かせたい)
     暴れた拍子にTシャツは捲れ、露わになった腹筋を指でなぞった。程よくついた筋肉を陸は自ら服を捲り上げ自慢する。その度に薄く浮き出たそこを一つひとつ撫でてしまいたくなるのだと言うと、いったいどんな顔をするのだろうか。上目遣いでばか、と口にして顔を赤らめるのは確実だろう。
    「いおりっ」
     ぎゅっと目を瞑り、眦から涙が頬を伝う。睫毛にくっついていた雫がぱちんと弾けて、一織の指を濡らした。
    「……するの」
     揺らいだ双眸は怯えているようで、どことなく期待している。清潔なにおいを纏った陸の稚い質問に一織は口角を上げた。
    「……準備してきたんでしょう」
    「っ……」
     丁寧に口づけた首筋が図星だと言うように真っ赤に染まった。顔を背けたのち陸はこくりと頷く。
     彼がこっそりとシャワーを浴びてきたことを一織は最初から知っていた。一織に触れられることを一度も嫌がっていなかった。
     突然飛びついて甘えてきてはしっとりとした温度が、湿った髪が、全身から香る清潔なにおいが一織を煽った。だから容赦することはできない。その代わりいつもよりも時間をかけて触れて、彼を抱く。
     今後もIDOLiSH7は忙しくなる。この先の未来触れられない時間を惜しむように、陸の全身に刻み付けようと思った。
    「今から一緒に……イケナイことしちゃうんだね」
    「はい」
     うっそりと囁かれた言葉はただただあまい。するりと伸びてきた指を絡めて一織もまた微笑んだ。


    11:17 閉めきった窓の外から蝉の声が聞こえる。薄いレースのカーテンから見える空はどこまでも青く手を伸ばせは掴めそうだ。しかしそんな美しい景色とは裏腹に熱された鉄板で焼かれるような暑さなのだろう。自室のエアコンのリモコンは冷房二十五度を表示している。普段なら快適な室温ではあるが、触れ合った肌は熱い。
    「ああっ……」
     人口の冷たい風が火照った身体を撫でた。涼を感じるはずなのに、つうっと際どい箇所を滑る指先に熱が上がっていく。
     口づけられながらすべて剥がされて、一糸纏わぬ姿の陸に対して一織はシャツのボタンを外しただけだ。厚い胸板が見え隠れしている。両手で触れてみれば珍しく嫌がらず、一織はくすりと笑った。
    「な、なにっ……やああんっ!」
     きゅっと尖った乳首を摘ままれて身体をくねらせる。摘まんで、捏ねて、爪先で引っかかれて、しかしもう片方では色の違う円をくるくるとなぞられた。種類の違う愛撫に背中がたわんで、意図せず胸を突き出すような格好になる。
     ふっと薄く微笑んだ一織の唇を陸はぼんやりと見つめた。
    「舐めてほしいですか」
    「うん……」
     素直に答えると不意をつかれたように一織は瞬いた。手のひらに伝わる心臓の鼓動が早まっている気がする。しっとりとした肌を撫でると小さな唇は微かな吐息を洩らした。
    「七瀬さん」
    「いっぱい、舐めて……あ、っ」
     ちゅっと鳴ったリップ音とともに尖りががなまあたたかなものにつつまれた。ぬるりとした感触で潰され、押し込まれたそこを柔らかな唇で吸い出されて、胸に触れていた指が汗で滑り落ちる。もう一度と滲んだ視界で一織に手を伸ばしたが、先に腕を掴まれてシーツに縫い付けられた。
     陸よりも少しだけ大きな手がするりと移動して指に絡み合う。甘い仕草に胸がときめいた。
    「一織、いおりっ、んむっ」
     濡れた唇で啄まれる。舌が入り込んで深くなったキスの分だけ繋がった指にも力がこもる。キスをしながら薄く目を開く。きれいな額にはうっすらと皺が寄っていて、何だかそれがおかしい。繋がったままふふっと笑う。キスが解けた瞬間不服げな顔で睨まれた。
    「だってかわいかったんだもん」
    「かわいいのはあなたでしょ!」
     なんてくだらない言い合いをする。陸は一言二言で言葉が尽きてしまったが、頭がいい恋人は普段使わない難しい単語を使っていかに陸が可愛いのか説明し始めた。埒が明かなくなり腹筋を使い起き上がり、えいっと掛け声をひとつ。目を丸くした一織を押し倒して、今度は陸の方からキスを仕掛けた。

    15:15 陸の部屋で二回、それから汗を流すため入った浴場で一回。心地よい疲労感を覚えながら、遅すぎる昼食を二人で取った。一織が作ったカルボナーラは美味しくて、褒めるといつぞやの素麺カルボナーラについて揶揄われた。食べながら自分の瞼が次第に下がってきていることに陸は気が付いていた。
    「いおりっ」
    「はい」
     目を閉じたまま腕を広げれば一織は手慣れたように抱きしめてくれる。口にしなくても一織は陸が望むことを理解していて、すぐに実行に移す彼が好きだ。
    「空腹が満たされたらうとうとして、まるで赤ちゃんですね」
    「赤ちゃんだったら、一織とあんなことしないもん」
     愛を求めてまっさらな手で無邪気に触れるだけではもう満足できない。触れる心地良さを知って今更引き返せないのだ。唇を重ねたり、自分が触れることのできない箇所まで探られたり、痛みのある行為だとしてもそれを一織としているのだから幸せだと思う。
     突然浮遊感を感じた。現実と夢の区別がつかなかったが身体が跳ね上がっては沈み込んで、慣れた感触にベッドへと寝かされたのだと気が付く。汚れたシーツはいつの間にか取り替えられて近くにあった気配が離れていくのを察知した陸は手を伸ばした。指先にかすったものを掴んで軽く引く。
    「いかないで一織。せめて今日だけでいい……からずっとそばにいて……」
     接着剤で貼りついてしまったように瞼がくっついて開かない。無理やり剥がそうとすると皮膚が剥がれてしまう、それくらい自力で開けることは困難だ。
     一織の顔が見たい。だけど、身体は言うことを聞かない。瞼を持ち上げようとするとふるりと睫毛が震えた。
    「いおり……」
    「傍に居ますから」
     ぎしりとスプリングが鳴った。視界が薄暗くなり、眉根を寄せた額をするりと撫でられる。
    「安心して寝てください」
    「ん……」
     輪郭を辿るように長い指は滑り、陸の髪を梳く。ときおり耳の裏を悪戯するようにそこを撫でてくすぐったい。声を上げて笑うと「こら」と言うように鼻先を軽くつままれた。唸り抗議すると一織の手はすぐにやさしい手つきで陸の頬を覆う。
     誕生日だからか、いつもよりもたくさん甘やかしてくれる。胸の奥が幸せな気持ちで満ちて、あたたかな手に頬を摺り寄せた陸は今度こそ穏やかな眠りについた。



    15:27「まったく」
     ──かわいい人だな。
     陸を起こさないように気をつけながら、彼の隣へと静かに身体を倒す。口を薄く開けて、すうすうと眠る男はどうみても年上に見えない。
     無垢、無邪気、愛らしい。そんなふうに幼い子どもを表す単語がしっくりと似合うが、彼は見かけほど無垢ではない。
     意外と我が儘。唐突に無茶ぶりを口にして周囲を振り回す。そして欲深く、上ずった声で「もっと」と一織にねだる。身体を繋げることに対して慣れてしまったのもあるのだろうが、精を絞り取ろうと腰を揺らしては汗ばんだ脚を絡めて一織を翻弄する。
    「余裕な顔してる一織やだ」とわけもわからない理由で膨れっ面をしてみたり、かと思えば「一織……恰好いい」と目を潤ませていたりと自由人だ。
     七瀬陸と付き合いたい、とファンの声を目にすると普通の人には無理だろうなと冷静に考えてしまう。一織ですら手綱を引くことが、精一杯な瞬間もある。
     老若男女問わず誰もを惹きつけるわりには、彼の手を掴まえることは困難だ。しっかりと握っているつもりでもいつの間にかするりとほどけて消えている。ただいま、と笑顔で自分の元に帰ってくるたび安堵と薄暗い喜びを感じる一織を陸は知らないだろう。「置いていかないで」と言うくせに置いて行こうとするのは陸だ。約束は交わした。だが、それがどのくらい陸の中に息づいているのかはっきりとはわからない。絶対的な信頼を感じていても、一つ間違えてしまえば、今までに築き上げてきたすべてがあっという間に壊れてしまいそうな恐怖がある。
     だけど進むべき先が真っ暗闇でも、道なき道だとしても真っ直ぐ走って行けるのは一織がいるからなのだと陸は言う。
     無償の信頼に心が騒ぐ。間違えてはいけない、と強いプレッシャーがのしかかる。それでも一織に逃げるという選択肢は存在しない。掴んだこの手を離すことは、もうできない。
    「……ふふっ、いおりぃ」
    「本当にこの人は……」
     緊張感のない寝言に体の力が抜けた。狙っていたのではと思うくらい絶妙なタイミングだ。
     涎の跡を親指で拭う。むず痒そうに唸った陸はふにゃっと笑って一織を赤面させた。
    「まったく……手放せないな」

    18:07 橙色の淡い光が二人の顔を照らした。半分覚醒し始めた陸は避けるようにごろりと寝返りを打ち、爪先を蹴ってもぐる。こつんとかたいものにぶつかり、これ何だろうと右手でぺたぺたと触れてみる。
     あたたかい。すんと鼻を鳴らせば、どことなく心が落ち着くにおいがする。
     すりすりと擦り寄れば、堪えるような笑い声が降ってきた。
    「寝ぼけてますね」
    「……んう、いおりぃ?」
    「おはようございます、七瀬さん」
     もう夕方ですが。
     ぼうっと目を開き、最初に映った一織はやさしい顔をしていた。
     陸が寝ている間もずっと傍に居てくれたのだろう。一織が着ていたシャツには小さな皺ができており、そのすぐ下部分を陸の左手が掴んでいた。
     背中へ回した手が強く陸を引き寄せる。ぱちりと目を瞬かせると、照れたのか小さな唇を真っ直ぐ引き締めた。それでも視線は逸らさない。やわらかな眼差しを陸に向けたままやさしく頬を撫でた。
     たったそれだけのことだ。それだけのことなのに、すごく一織のことが好きだと思った。目の奥が熱を持ち、ぐしゃりと一織の顔が歪む。
    「すき……一織がすき」
     ぽろりと言葉が零れる。ひくりとしゃくり上がって、かつてないほどに格好悪い告白だ。好きと口にするのは初めてのことではないのに、痛みを感じるほど激しく心臓が鼓動していた。
    「すき、すき、すき……大好き」
     溢れる涙とともに出てくる好きという感情を、一体どうやってコントロールすればいいのだろうか。コントロールします、と言った一織にもきっとこの想いを止めることはできない。泣きながら好きを、一織の名を口にし続ける。まるで壊れたラジオのように繰り返される愛の言葉は、どこか歪で身勝手な音の響きを持っていた。
     
     呆れないで。
     嫌いにならないで。
     
     一織のことを信頼しているし、繋いだ手が離れないことはわかっている。けれども恋人関係が続く保証はない。
     いつかそう遠くない未来、一織に合う完璧な女性が現れたら?
     絡まった指はほどけてしまう。手を伸ばせばすぐに触れるくらい隣に立っていたのに、人間一人分の距離を空けて、それでも陸の近くには立っているのかもしれない。
     そんな日が来たら? 大切な人を失った二度目の心臓は喪失に耐えられず、その場で止まってしまうだろう。

    「すき、すきっ……どこにもいかないで」
     
     ──ずっとオレを好きでいて。
     

    「すき、いおりがすき……す、きぃ、ん、ふっ……あふ」
     言葉ごと飲み込まれた。涙交じりの声は一織の口腔内へと溶ける。舌を蠢かすのではなく寄り添うように這わせて、粘膜同士を擦り合わせる。シャツを掴んでいた手は一織の手に絡め取られて、胸が触れ合うほどに身体は密着していた。心音が重なる。胸を突き破るのではないかと恐怖した鼓動は、少しだけ早い一織の音に導かれるようにゆったりとしたものへと変わった。
     くるりと身体が反転する。さらりとした黒髪に頬をくすぐられる。絡まった長い指が左の薬指をつけ根を撫でた。陸に教えこむように一織の指は触れて、やさしい舌遣いでゆっくりと混ざり合った唾液を流し込まれる。嚥下して喉を伝ったそれに陶酔感を覚える。もっと触れ合いたいのに、粘ついた糸とともに唇が遠のいた。赤い舌からつうっと伸びて、やがて切れる。
    「っ、ふ…………すき……いおりがすきで、怖いくらい好き」
    「ええ」
     とんとんとあやすように背を叩かれた。その手に安堵して小さな子どもに戻ったように、再びしゃくりあげながら言葉を、想いを口にする。
     心の奥底に大事に仕舞っていたのに決壊して、一織への感情がとめどなく溢れる。歯止めが効かないのは、一織がやさしい顔をしているから。もっと聞かせて、というように触れるだけの口づけが降ってきて、促す。背を撫でていた手が頬を撫でて、涙を拭う。
    「もうっオレのこと、こども扱いしてる」
    「してませんよ。泣いている子供にキスなんてしないでしょ」
     そう言って笑ったあと唇を舐められた。ん、と口を開いて一織を迎え入れる。
    「私も、好きです」
     息継ぎの合間に紡がれるささやかな好きの言葉よりも、口づけの方が雄弁だ。与えられるキスに溺れながら、ぎゅっと力強く一織にしがみついた。


    23:17 濡れタオルで処置したとはいえ、目を赤く腫らした七瀬さんは痛々しく見えた。みなが帰宅し七瀬さんを見た瞬間二階堂さんは狼狽えて、兄さんは七瀬さんの頭を撫でた。四葉さんは誰に泣かされたんだと聞き、逢坂さんは瞠目し、六弥さんはそっと抱きしめた。
     見合わせたように隣にいる私へと視線が集まる。

     七瀬さんが泣いた理由は明確にわからないが、原因は確かに私にあるのだろう。目を覚ました彼の目がこちらに向いた瞬間、ああ、好きだなと心の中にすとんと落ちてきた。少し赤くなっていた頬を撫でると七瀬さんは幸せそうに笑って、ふにゃりと泣いてしまった。
     彼が良く口にする「好き」は普段と違ってどこか切ない響きだった。私が好きだと、好きで仕方ないというように言葉とともに泣く彼にたまらなくなって、胸が締め付けられた。
     手を伸ばせば届く距離に私はいるのに、どこか遠くを見ているように見えて苦しかった。
     
     この人が本気で欲しがれば、何だって手に入るのに。

     それほどに七瀬さんの持つ訴求力は強い。
     七瀬陸を喜ばせたい大衆は動き、彼の願いを叶えようとする。
     
     なのに七瀬さんは泣いてしまった。
     私を、和泉一織を欲しいと願えばいいのに、欲しいという言葉の代わりに好きを口にする。
     欲しいと思っているのに、願わない。
     
     泣いてしまうくらい好きだと言うのに、縋らない七瀬さんがいじらしくて、愛おしかった。
     

    「何かあったのか?」と迷うように兄さんが聞いてきた。
     経緯を話すことはできるが、話したくないと思った。好きが溢れて泣いていたことを言いたくなかったし、ひとかけらですら、かわいいこの人の姿を見せたくなかった。
     どうしたものかと考えあぐねていれば、不穏な空気を感じ取ったのか七瀬さんがぎゅっと私の手を握った。大丈夫だよ、というようにあたたかな温度が伝わってくる。
     
     ──あのね、今日が幸せすぎて泣いちゃったんだ。

     そう言って七瀬さんはふにゃりと笑った。たったその一言で、うさぎのような目で笑って場の空気を変えた。
     「ではさらにワタシたちでリクを泣かせてしまいしょう。幸せな時間をあなたに贈ります」と六弥さんが七瀬さんの手を取った。彼の言葉を皮切りに次々と七瀬さんを祝う言葉が飛び交う。いくつものおめでとうに七瀬さんは泣きそうになりながら、ほんの少しだけ泣きながら、ありがとうを口にした。
     いきなり始まった七瀬さんの誕生日会は本日の主役よりも周りが騒ぎ、ぐだぐだになった成人組に呆れた未成年組の号令でお開きになったのがつい数分前のことだ。
     今は冷房の利いた七瀬さんの部屋でともに過ごしている。
    「まだ目赤いですね」
    「明日には戻っているといいんだけど」
     天にぃに叱られちゃう、と困った顔で七瀬さんは笑う。それはあり得ないなと思った。おそらくあの過保護ブラコンのセンターは七瀬さんには天使のように接して、私に苛立ちをこめた視線を向けるはずだ。七瀬さんには気づかれないように。
    「もう少しで今日が終わっちゃうな」
     楽しい時間を惜しむ子どものような顔をしていた。だが彼の顔のどこにも寂しさは見当たらなくて、当たり前を受け入れる大人でもあった。
    「ねえ、一織……最後のお願い言ってもいい?」

     ──今日が終わるまでで良いから、あと少しだけ一緒にいて。


    23:57 ──誕生日が終わるまでずっとそばにいてほしい。

     一織と付き合って初めての誕生日だからこそ、オレは多忙な一織の時間という贅沢な願いを口にした。一織は最初何とも言えない顔をして、答えるまでにちょっとだけ間があった。
     いいですよ、と何でもないことのように頷いたとき、オレがどれだけ嬉しかったのか一織は知らないだろう。
     当日どこかに出掛けますか? とスマートフォンを片手に一織は訊いてくれたけど、オレは首を横に振った。
     二人で出かけるのもきっと楽しいだろうけど、外だと手を繋げない。恋人らしく振舞えない。仲の良い友人どまりで。帽子を被り眼鏡をかけて、マスクをして、日焼けしないように日焼け止めも塗って、そんなふうに変装までして出かけたくはなかった。それに七月になったばかりなのに外はひどく暑いし、もしもオレが具合を悪くしたら一織が自分を責めてしまう。一織と過ごす初めての誕生日だからこそ、一緒に過ごすだけで充分だった。
     日付が変わって、約束とまではいかないオレの願い事を一織は叶えてくれた。
     うっかりをやっても、心配の後に続く小言は少しだけで、多分喧嘩にならないように一織も気を付けてくれたんだと思う。
     一織とえっちなことをするのかは敢えて考えていなかった。だって誕生日にするのはいかにもだし、し終わったあと気恥ずかしさから変に気まずくなるのが嫌だった。でもアイスコーヒーを服に零して、シャワーを浴びながらもしものことを考えながら念入りに身体を洗った。結局部屋で待っていた一織にはお見通しで、時間をかけてひたすらあまく、抱かれた。
     愛されて、甘やかされて、その後に食べた一織お手製のカルボナーラは美味しかった。もっと話したいこともあったのに、幸福感につつまれたオレはいつの間にかうとうとして、どことなく面白そうな一織の声が心地よかった。
     眠たくて、でも寝るのは勿体なくて、起きていたかったのに背を撫でる一織の手がオレをあやす。だから、言うつもりのない本音が洩れてしまった。中途半端な形で。
     安心してください、と囁かれてふわっと意識が飛んだような気がする。
     
     夢を見た。内容をはっきりと覚えていないのに、それは大切なものを失う夢であることを理解していた。夢の中でオレが泣いている。弱い身体がひゅうひゅうと鳴く。光の届かない昏い海底に沈んでいく。それでも諦められなくて、もがき苦しんだ。
     失って苦しむくらいなら最初から持っていなければいい。始まりがあるからこそ終わりもまたあって、終わることを自覚して過ごせば、悲しくなんてないのに。
     遠くから眺めて、オレはそんなふうに思った。
     
     ぱちんと弾けた。突然覚醒を促されて、眩しさから寝返りを打って潜ろうとしたら何かかたいものにぶつかった。やわらかくない、かたいものなのに不思議と心地が良くて、何だろうと探っていればくすくすと好きなひとの笑い声が聞こえた。
    「寝ぼけてますね」とやさしい声に導かれるように瞼を持ち上げる。一織と呼んだオレの声は舌足らずで、唇を緩めた一織が声と同じくらい、それ以上にやさしい顔で笑っていた。
     目を開けて一番最初に映った人が一織で、朝とは反対にオレの目覚めを待っていた。
     背中に触れる一織の手が強くオレを引き寄せる。目を合わせると照れたように一織は小さな唇を真っ直ぐ引き締めた。それでも目は逸らさない。やわらかな眼差しでオレを見つめてやさしく頬を撫でてくれた。
     たったそれだけで涙が零れた。
     好きな人がそばにいること、触れた手がやさしいこと、オレを見ていてくれていること。多幸感が胸の中に満ちる。加速した好きが積もり積もって、決壊し勢いよく溢れてしまった。
     好き、以外の言葉を忘れた。一織の名前と「好き」をのせたみっともない泣き声だけになって、視界がぼやけているから一織がどんな顔をしているのもわからない。
     
     呆れた?
     重いって思っている?

    「好き」を繰り返しながら必死に考える。

     いつかこの関係は終わってしまうのだろうか。
     いつか遠くない未来、一織にとっての運命の相手と現れたら?
     恋人から友達に戻れるのだろうか。そうすると自分たちの関係はどうなってしまうのか。
     笑って祝福できるのだろうか。オレはちゃんと作り笑いを浮かべることができるのか。

     今が幸せだったらいいだなんて諦めのいいオレの強がりだ。
     
     訊けない代わりに「好き」だけを繰り返す。
     怖くて怖くて仕方ないのに、もう言わざるを得ない。
     
     ──オレを、好きでいて。

     何度目の告白をした瞬間一織の唇に塞がれた。言葉ごと飲み込もうとする口づけはやさしいのに、激しい。口の中に舌が入り込んで、今日何十回もしたキスと違ってそっと寄り添うようなものだった。上半身をぴたりと合わせる。痛いくらいに高鳴っていた心臓の鼓動は、一織の音を聞きながらやがて落ち着く。
     ぬるぬるとした粘膜がくすぐったい。唾液が溢れて、やさしく舌先で混ぜられて、互いに分け合うように飲み込んだ。たくさん触れていたのに唇が離れていくことが、さびしかった。
     もっと聞かせて、とオレをあやす手が、子どもにはしないようなキスをする一織のせいで、その後もみっともない告白が続いた。恥ずかしくて、情けなくて、それでも「好き」を止めなかったのは一織がひどく嬉しそうだったからだ。一織から与えられるキスはひどく心地よかった。
     
     腫れぼったい顔でみんなに会うのは恥ずかしくて一織の後ろに隠れながら部屋を出た。じんじんとあまい痛みが残る唇で「おかえり」を言うのは変な気分で、一織の後に言葉を続けた。
     みんながオレを見た途端目を丸くして、心配そうな顔をした。そして隣にいる一織へとみんなの目が向いて、オレは慌ててぎゅっと一織の手を握った。
     幸せすぎて泣いたのだと言うとほっとした顔になった。すぐに嬉しそうな顔で「おめでとう」と言ってくれた。
     本当の理由は言えなくて、でも間違いでもなくて。ちらりと隣に視線を向けると、一織は何だか安心しているように見えた。
     
     楽しかった誕生日会は環の「酔っ払いはさっさと寝ろ」発言で幕を閉じた。一織と過ごす時間もあと数分だ。
     オレにベタ甘だった一織も明日からは通常運転に戻る。普段の一織も好きだから問題はないけど、もう少しだけ今日が終わるまではいてほしい。
     そうすれば、オレは今日という日を一生忘れることはなくなるだろう。これからもっとIDOLiSH7が売れて忙しくなっても、もしも別々の道を進むことになったとしても、一織がオレのために自分の時間を渡してくれたことを決して忘れない。
     一緒にベッドへ横になって、一織の胸に顔を埋めた。電気はつけたままだ。一織はもうすぐで自室に戻るから。繋いだ手は0時になった瞬間ほどける。
     今日が終わるまであと三分。目を閉じて、最後の時を待つ。とくとくと聞こえてくる一織の心臓の音は少しだけ早かった。
    「今日は楽しかった。ありがとう一織」
    「私の時間が欲しいというのは、なかなか贅沢なお願いでしたね」
    「そうだけどさ、絶対それしか受け付けないとは言ってないからな」
    「そうですね。想像していたよりも七瀬さんが甘えてこないので驚きました」
     一織が想像するオレはそんなに甘えているんだろうか。今日はものすごく甘やかされたけど。
    「日付が変わったら戻っていいよ」
     正確な時間はわからないが、もう一分は切っただろう。名残惜しくないわけじゃないけど、今日この日がとても幸せな日となった。幸福であった思い出は、死ぬまでずっと大事にしたい。
    「おやすみ一織」
     するりと体温が離れていく。
     ああ、やっぱりちょっと寂しいかも。
     ぎゅっと目を瞑った瞬間、左手の薬指に体温とは違うひんやりとしたものが触れて、目を開く。
    「え……?」
     シンプルな銀色のリングに埋め込まれた青い石。一織の色である青い光が内側で波のように淡く揺れていた。
     

      

     2022/7/10 0:01「え……? なんで」
    「これが私の答えです」
     生まれて初めて他人の指に嵌めこんだ。指輪に埋め込まれた青色の宝石──ベキリーブルーガーネットが蛍光灯を反射して美しく輝いている。七瀬さんの左の薬指で存在を示すかのように。
     鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私と自身に嵌められた指輪を見比べる。
    「なにを言ってるの」
     ──一織。
     笑おうとして失敗したような、下手な作り笑いを七瀬さんは浮かべた。悲しそうな顔。どうして、と不安そうに私を見つめている。
     息を吐く。七瀬さんの感情に引きずられないように、冷静でいられるように彼の左手と自分の左手を繋いだ。ひどく心臓が痛い。多分これが七瀬さんの痛みなのだろう。
    「わがままで甘え上手で、かと思えば大事な場面では甘えられない。そんなあなたに私という存在は必要不可欠でしょう」
    「っ……どうして」
    「たった一日だけではない。これから先の未来もずっとそばにいてほしいのに、それを言えない七瀬さんが好きです」
    「自分が何言っているのか、わかってるの……?」
    「わかっていますよ。七瀬さんこそ私が欲しいのなら願って」
     
     七瀬さんは甘え上手で甘え下手だった。誰よりも無邪気で無垢なのにどこか達観していて、本当に欲しいものを欲しがらないひとだった。
     泣くほど私が好きなのに、ずっと一緒にいたいとは決して言わなかった。
     今日だけはそばにいて。一日だけでいい。そんなふうにねだるけど、押し通すことはしない。
     無茶ぶり大魔神らしからぬ、いじらしい願いごとに苛立ちを覚えた。
     勝手に期日を決めて、私を置いて行こうとするのが許せなかった。
     
    「っ……本当にいいの」
     挑むような目つきで七瀬さんは私を見た。不安、恐怖、怯え、感情は綯い交ぜになり赤い双眸はゆらゆらと揺れる。それでも一度も彼は指輪を外そうとはせず、もうそれが答えであることは決まっていた。
    「私以外にあなたを幸せにできる人がいるんですか」
    「……一織ってときどきすっごいこと言うなあ」
    「答えて七瀬さん」
     ぎゅっと七瀬さんは目を瞑った。次に開いたときには潤んだ赤い瞳は笑みと喜びを浮かべて、甘え下手な恋人は子どものように嗚咽を洩らした。
    「っ……ひいっ……くっ……ほし、い……」
     しゃくりあげながら、ぼろぼろと泣きながらこちらに向かって必死に手を伸ばす。産まれたばかりの無垢な赤ちゃんのような、ようやく認めた意固地な恋人が私を求める。
    「いおりが、ほしいっ」
     泣き顔はカメラに向けられないくらい、ひどい有様だ。それでも初めて私をねだる七瀬さんがかわいくて、愛おしくて、たまらなかった。少し腫れた唇で息を吸って、私の名前を呼んで求める。
     
     ──ずっとそばにいて。
     
     ようやく聴けたと思った。
     ようやくこの人に望まれて、ようやくこの人を手に入れたのだと知った。
     
     身体の内側で歓喜が震えている。交わっていない感情が今初めて、同じ場所に辿り着いた。
     目頭が熱くて仕方ない。視界がぼやけて、それでも七瀬さんが幸せそうに笑っている姿が鮮やかに映っていた。
    「大好きだよ、一織」
     
    水無月ましろ(13月1話更新) Link Message Mute
    2023/10/01 9:55:24

    2022/07/09

    「ねえ、一織。オレのお願い聞いてくれる?」
    「内容によります」
    「誕生日のお願いだったら?」
    「っ……なかなか断りにくい方法で来ましたね」
    「今年の誕生日一緒のオフだろ? だからさ日付が変わって、誕生日が終わるまでずっと一緒にいてほしいんだ」


    いおりく/R15

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