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    Gravitation Margin│1 静まり返ったひとりきりの稽古場は、朱道岳の気に入りだった。
     靴裏がフロアの上で擦れる音のひとつまでもが耳に響いて、自身の芝居に、ダンスに、歌唱に己が身ひとつで対峙している感覚が心地好い。自主稽古を劇団の同僚とともにすること、或いは居残りの目的は別として彼らが同じ場にいることも決して厭わしいものではなかったが、夜更けの静黙を得た稽古場は岳にとってそれらとは異なる意味を持つ空間だった。
     新作公演初日まで、残り半月。稽古の密度と熱は日毎増す一方であり、だからこそなおさらに自身と真正面から再度向き合う時間もまた必要だった。
     上を見据えれば果てはない。ブロードウェイの舞台の上から見渡す景色の記憶は、えも言われぬその高揚を何度でも与えて自身の胸裡を揺らす。挑み続けることを求められ、そして応えることのできる場所に立てるこの日々を、確かに幸福だと感じていた。
     納得のいくところまで突き詰めた自主稽古を終え、内容と改善点を反芻しながら身支度を整える。通用口に向かって進む廊下には自身の足音が響くばかりで、人の気配は殆どない。道すがらにあるオフィスルームの明かりも消えており、主宰である拓真もいくらか前に帰宅したことを告げていた(否、多忙な男のことだから、自宅に戻ってもなにがしかの仕事をこなしているかもしれないが)。
     すでに深夜に近い時刻に差し掛かっているこの時分に明かりの点いている部屋は、見渡す廊下の先にひとつだけだ。
    「……、」
     そこは普段ミーティングルームとして使用している一室で、他の部屋と同様にドア部分の一部がガラス張りにされ部屋の内側が見える作りになっている。――そこにいるのが誰であるかなど、考えるまでもなく理解できたような気がした。
     知らずのうちに落としていた歩調を元に戻し、普段通りの速度を意識しながら廊下を進む。伽藍じみた静謐のなかに響く靴音が、いやに大きく聞こえて耳から離れない。いつかにも覚えのあるその感覚に、五感がざわりとさざめくのがわかる。
     部屋の前まで辿り着き、足を止める。扉越しにでもこちらの足音が聞こえていたものか、ついと視線を寄越した男と目が合った。
    「君か」
    「……まだ残ってたのかよ」
     引き寄せられるようにドアを開けていたことに気付いたのは、男の声を聞いてからだった。どうにか喉から押し出した応えに、男は見慣れたしぐさで小さな首肯を返す。男がノートパソコンを広げているキャスター付きの長机から向かいに視線を移せば、ラックに据え置かれたテレビのディスプレイが目に留まった。
     五十インチほどの大きさのモニターには、先日行われた通し稽古の映像が一時停止の状態で映し出されている。現在ジェネシスは日本の有料コンテンツ放送局と契約しブロードウェイ公演の一部をオンライン配信しており、今公演も二度ほど撮影隊が入る予定だった。演出家としてのカメラワークディレクションの準備をしているらしい男の手元には細かな書き込みや付箋が貼られた指示用の台本と、見覚えのある筆跡のメモ書きが散らばるアイデアノートが広げられている。
    「帰るところではなかったのか?」
     入口で立ち止まったままの岳を訝ってか、男の問いが投げられる。帰宅を促すようにも取れる言葉だったが、変わらずまっすぐに向けられ続ける視線と、ふと止められたペン先は岳への拒絶を含んではいなかった。
    「おまえは」
    「もう少しかかる。今夜を逃すと打ち合わせまでに纏まった時間が取れないからな」
    「……そうかよ」
     この男らしい簡潔な応え。それきり落ちた沈黙に、据わりの悪さを感じているのはどうやら自分だけのようだった。この空間に於いてはつい数分前まで異分子であったはずの岳を追い出すことも、手招くこともなく見つめていた男の赤が、手元の画面へ戻されようとする。端正な横顔の輪郭に、深い夜の色をした髪が流れて掛かるのが見えた。
     いつからだろうか。この男へ向かうはずのなにかを、身のうちのどこかに持て余しだしたのは。
     いつからだろうか。この男の横顔に、時折焦げ付くような情動を覚えるようになったのは。
     いつからだろうか。男の赤が映したネオンの熱に対する、渇きにも似た衝動を知ったのは。
    「黒木」
     知らずのうちに、男の名前を呼んでいた。逸れかけた男の視線が自身を捉える。
    「朱道」
    「……、なんだよ」
    「ここから少し行ったところに、馴染みの店がある。今回の公演が終わったあとであれば私的な予定もつけられるはずだが、それで構わないか」
    「――は、」
     淡々と続いた静かな声に、咄嗟に返すべき言葉が見つからない。――いま、この男はなんと言った?
     不覚にも一瞬思考を停めてしまった自身を見、男の双眸が不思議そうに一度目瞬く。
    「……君は俺になにか話したいことがあるのだと思ったが、違ったか」
    「……、いや、」
    「君がいまこの場で話しあぐねているということは、それが仕事に無関係であるか、関係の薄い事柄だと君自身が感じているということだろう。君はその程度の分別は持ち合わせている人間だ」
    「…………」
    「勿論、俺の思い違いであれば否定して構わない。もし仮にそうであったとしても、今後を含めて俺は君との対話を拒むつもりはないということだけ覚えておけば良い」
     海鳴りに似た低い声が、回路に蟠りかけていた感情を呆気ないほど滑らかに解いていく。
    「……朱道?」
     ほかならぬこの男に対して口実じみた言葉や尤もらしい理由を探そうとしていたのが、そもそもの誤りだったのだ。この男に、黒木崚介という男に向き合おうとするならば、自身もまた直線でなければならない。そうでなければ届かない。その程度、とうの昔に知っていたはずだというのに。
    「自分でもまだ、たぶんとしか言えねえが」
     一歩踏み出して男のそばへ歩み寄る。机越しに向かい立つために男の正面まで連なっていく自らの足音は、この男にはどう聞こえているだろうか。
    「さっきおまえが言ったことの、半分は正解で半分は間違いだ。……少なくとも、完全な正解ではねえ」
    「……」
    「だから、この公演が終わったら。おまえと一度、話がしたい」
     ネオンの瞳が、二、三、目瞬く。腰掛けたままではあったが、揺るぎのない眼差しが応えるように岳を見た。
    「無論、構わない。いまはただ、互いに何より集中すべきことがあるというだけだ」
     刃物のように相手をつらぬく視線が自身だけを捉えるその瞬間の高揚に、まだ名は要らない。



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    20190811Sun.
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2019/08/11 18:50:11

    Gravitation Margin│1

    #BLキャスト #岳崚

    「アウトサイダ・ネオン」続き。かれらのあいだの引力の余白。
    どの取り合わせにも願っていることではありますが、この子達には特に、芯の熱さや精神性の距離感は変わらないまま/変わらずにいられるからこそ「特別」になってゆけるふたりであってほしいな、と思います。

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    ##腐向け ##二次創作 ##Gaku*Ryosuke

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