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    揺れて泡沫 分断された無彩色の街並みのなかに、衣装を身につけたままの彼が立っている。漆黒色のボトムスのサイドに縦に通る金のライン以外の彩りを削ぎ落とした、どこか軍衣にも通じる出で立ち。沈黙にくすんだ看板と街灯の傍らを抜け、歩み寄る靴音に気付いた彼が僅かに自身へ視線を遣るのを認めたところで、拓真は静かに足を止めた。
    「まだここにいたんですね」
    「ああ」
     資材置き場として利用されている舞台裏には、場面毎に使用する大道具類がそれぞれの所定の位置に並んでいる。緻密にえがき出されたいくつかの景色たちが収納のために分かたれてひとところに居並ぶ光景は戯画じみているとも見え、そこにひとり佇む彼の姿の端麗さが非現実感をもうひとつ塗り足していた。
    「なにか、調整が必要ですか?」
     先に投げ掛けた一言目が彼の思考の妨げになっていないことを、応えの声音から確かめて隣に並ぶ。
     稽古を終えて帰り支度を済ませた拓真と違い未だ衣装に身を包みはしているが、いまここにいるのは役者ではなく演出家としての彼だ。彼が手にしているタブレット端末には、一時間ほど前まで行われていた舞台稽古の様子を客席側から撮影した固定カメラの映像が表示されている。舞台上で立ち回りながらの視野の広さも彼ならば十二分に持ち合わせているが、文字通りの客観性の確保のために彼が重ねて取り入れている方法だった。
    「……そうだな」
     拓真の問いに、彼はセットから垂れ下がる細い帯の一本の端をすいとすくいあげる。目の醒めるような真紅が、彼のま白い指先に軽く絡んで弛む。
    「もう少し、長さに余裕を持たせても良いだろう。身振りの幅が出る」
    「ああ、――そうですね。そのほうが自由度はありそうです」
     ブロードウェイでの初公演まで残り一ヶ月半あまり。キャスト陣のレッスンと並行して制作が進んでいた大道具類や衣装が順次仕上がりつつあり、セットを用いた舞台稽古も始まっている。目まぐるしくはあるものの、トータルの進行ペースとしてはいまのところ順調と言って良いだろう。演出面については資材類がある程度揃ってから本格的なブラッシュアップに入るため、日程的な余裕はあって困ることはない。彼が役者として、演出家として、さらには劇団運営の中軸としての対外的な仕事の一部も担っていることを考慮すれば尚更に。
     潮騒に似たテノールに首肯を返しながら、拓真は彼の横顔にそっと視線を滑らせる。うつくしくととのったかれの輪郭をひときわあざやかにする眼差しは、いまはただまっすぐに手元の赤へとそそがれている。身じろぎを制限するように四肢の端に繋がる真紅を、それぞれの憂いや懊悩とともに纏い付かせた五人分の演技を脳裏にえがいているのだろうか。
     彼が手にしているそれはしがらみだ。僅かな身動きさえ許さぬと縛りつけるものもあれば、それと知らず数歩を踏み出しかけて初めて気付くものもある。
     容易く振り払っていけるようでいて、けれども自己であろうとするかぎり置き去りにはできない鎖。
     仮にいま自らを縛る鎖を引き千切り逃げ出したところで、なんということはない、また新しいしがらみに出会うだけだ。遺伝子が鎖のかたちをしているように、光の下に影が生じるように、その赤の存在は誰に対しても平等だった。
    「どうした」
    「……、いえ」
     気付かぬうちに無遠慮に見つめ続けてしまったものか、ふいに彼がおもてを上げて拓真を見た。舞台裏の味気ない明かりに照らされてなおあざやかな赤が自身を映す。つまるところは彼と自らもまた、互いにしがらみの一部なのだと詮無い思考が一瞬脳裏をよぎり、――けれどもすぐに溶け消える。
     世界と自己とを結ぶしがらみと、居場所となる椅子、そしてそれを掴む手袋。彩りを失くした舞台上でそれらにだけ真紅の色を与えた彼の意図を、拓真はすでに知っている。
     息苦しい世界のなかにでも鮮烈に咲く赤は確かな生命の色彩だ。しがらみの根源にある自己の原色だ。選択の、意思の熱の色だ。役者として自らが成すべきは脚本と演出に込められた意図を台詞で、仕草で、歌唱で観客へ伝えることであり、この場所でそう在る自身を心地好いと思う。
    「灰羽?」
     舞台裏まで訪ねてきたくせなにも言わぬままの拓真を訝ってか、彼が薄い疑問符を湛えながら拓真を呼ぶ。その声にようやく本来の用件を思い出し、ああ、と小さく声を上げる。
    「衣装班のかたが、君が着替えを済ませていないのを気にしてみえたので。随分と集中しているようだから、声をかけるのも気が引ける、と」
    「……、そうか」
     彼の理知的な双眸が、無防備にひとつまばたく。常にそつのない彼にしては珍しく、時間を失念していたらしい。「黒木くん?」早々に踵を返した彼の背にもう良いのかと問いを投げると、立ち止まった彼が半身ぶん拓真に向き直る。
    「ひと通り確認は済んだ。可能なら、このあと君に検討に付き合ってもらいたい」
    「このあと、というのは?」
    「『予定通りに』という意味だ」
     彼の端的な応えに、拓真は軽く頷いて了承を返す。今夜はしばらくぶりに、彼の自宅を訪ねて明朝までの寝食を共にする予定になっている。ひと心地ついた折にでも、演出についての提案をしたいということだろう。頷いてみせた拍子に、彼のひとみと視線が噛み合う。かちり。
    「すぐに戻る」
     短く残して歩き出した彼の背を、しばらく立ち尽くして見送る。……いま、彼が口元に浮かべていたのはうすい微笑だったろうか。
     どうやらまだ、彼の彩ろうとしている世界の全貌を見渡せてはいないらしい。もっとも、時期を考えれば当然ではあるのだが。
     遥か海の向こう、最高峰の舞台に立つまで、残り一ヶ月半。あざやかなひかりを帯びたルビーレッドから伝播した高揚のさざなみを心の隅に持て余したまま、形ばかり見遣った腕時計の時刻は、まるで意識に残らなかった。


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    HappyBirthday, dear Ryosuke!
    20200607Sun.
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    2020/06/07 0:00:00

    揺れて泡沫

    #BLキャスト #拓崚

    くろきさんお誕生日おめでとうございます!
    毎度ながらお誕生日まるで関係ない中身ですが愛だけはめいっぱい込めて拓崚をひとつ。
    役者として演出家として、そしてひとりの男の子として、大切な場所で大切なひとと、どうかまた1年健やかで!

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    ##二次創作 ##腐向け ##Takuma*Ryosuke

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