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    Gravitation Margin│3 碌に減りもしないままの酒杯がふたつ、視界の端で黙している。夜の水底に似たフロアにひとりきりになった崚介は、男が降りて行った階段から漏れ滲む階下の照明と演奏を五感の隅で捉えていた。
     悪い、とだけ小さく零してふいに身を離した男が、戻ってくる気配はない。大粒の雨が伝う窓硝子の向こうで走り去るタクシーの明かりは見えないが、男の自宅の方向を考えればここからその姿が見えることはないだろうということだけは理解していた。
     あの男を、追うべきなのだろうか。
     あの男は、それを望んでいるのだろうか。
     いますぐにでも追うか否か、珍しくも即座に結論を出しあぐねて、手元へ視線を落とす。
     掴み取られた手首に残る男の五指の強さと熱さ、呼吸がふれるほど近くにあった瞳の色を思い出す。柔く燻る夜のひかりを灯した双眸が、崚介を映して揺れていた。
     数週間前の夜、自身の述べた推論を、完全な正答ではないと男は言った。その答えが、あの瞳にあるのだろうか。崚介にはわからない。――或いは。
     或いは自身が、それより先に応えるべき何か、あの男が求めていた何かを返すことができなかったのだろうか。
     男が言ったとおり、現在の崚介自身こそが過去の結果であり、可変性のない過去にそれ以上の意味などない。崚介にとって明確に意識し執着すべき過去は自己の原点ただひとつであって、男にもそれを問われたのだと認識したが、反応を鑑みるに見当違いの応えであったのかもしれなかった。
     舞台の上にある一瞬の永遠を、その熱量とまばゆさを理解しそれに強く焦がれている男だと思っていた。否、いまもその認識は変わらない。ただ、根源的な価値観を同じくしているはずだというのにどこか解け落ちないままの感情のいくつかが、ひどくもどかしく感じられてやまなかった。
    「……、」
     短い息をひとつ吐く。答えに辿り着かない推測を停めて、状況からの取捨選択に思考を切り替える。いま自分が何を選んで、どの状況に身を置くべきか。過程ではなく結果だけを考える。停滞しかけた現状を先へ進めるために、どう行動するべきか。
     カウンターチェアから足先を下ろして立ち上がる。選択の先にあるのが対峙であれ拒絶であれ、答えを持っているのはあの男のほかにないことだけは確かだと知っていた。

    ***

     岳が先ほどの店に傘を置き忘れてきたことに気がついたのは、タクシーから降りて自宅マンションに辿り着いてからだった。
     幸か不幸か、自宅と店のあいだには大した距離もなかった。喉元まで込み上げかけた激情を咄嗟に噛み殺し店を出て、すぐに出くわした流しのタクシーを捕まえたあとは、十五分と経たぬうちに自宅最寄りの交差点そばで降車していた。
     弱まる気配のない雨に濡れて、髪と服が重い。明かりもつけず立ち止まった玄関の夜気が緩慢な速度で染み落ちるなか、あの男の手を掴んだ己れの五指だけが滲むような熱を孕んだままでいる。
     殆ど何も言わず店に残してきてしまった男は、いまどうしているだろうか。噛み殺した衝動をただ持て余す現状ではあの店に戻ることも、男に連絡を取ることもできず――そもそもいまあの男と相対したところで、何を言えば良いのかもわからない。ただ、あのまま男の手を掴み続けていれば自身が何をしていたかだけは想像に易かった。
     どれほどの時間そうしていただろうか。上着のポケットに押し込んだままになっていた携帯端末がふいに着信を告げる。暗闇で煌々と光る画面に表示される名前の心当たりなど、いまはひとりしかない。
    「君か」
    「……ああ」
    「電波状況からして屋内にいるようだな。自宅に戻ったのか」
     通話を繋ぐなり飛び込んできたのは肩透かしなほど耳慣れた調子の声で、先ほどまでの時間が夢うつつの類いであったかとすら錯覚しかけたものの、男の声の向こうにあるノイズに意識を引き戻す。
     低音に絡む風の音。背後から聞こえる車の走行音は、濡れた響きを帯びていた。
    「……おまえ、いまどこにいる?」
    「いま、車を降りた。建物自体は覚えているが、部屋番号までは自信がない。聞いても構わないか」
     淡々と続いた応えに、端末を握る指先が軋む。雨音の溶けた低音を聞きながら、足早に玄関を抜けて外の見える窓辺に寄っていた。遮幕を押しのけてマンション前の路面を見下ろせば、大通りの方向に消えていくタクシーの赤いテールランプがかすかに見えた気がした。
    「……日を改めたければそれでいい。君の事情に合わせよう」
     男の双眸に似た色をしたシグナルレッドの尾灯が、雨の向こうに掻き消える。男がさしているはずの、覚えのある傘を探して滑らせかけた視線は、先ほど自らがタクシーを降りた交差点の付近で停止した。
    「ッおまえ、」
    「なんだ」
     この、馬鹿、と雑言を寄越さなかっただけ上出来だろう。――この雨のなか傘もささずにいておいて、なにが『日を改めたければそれでいい』だ!
     なによりそれが本心からの言葉だろうことに腹が立つ。投げつけるように返した部屋番号を聞いた男の声が、通話口の向こうでわずかに和らいで聞こえたのは果たして思い違いだったろうか。
     幾らかののち、ドアの向こうから来客の足音が聞こえだす。
     暗いままの玄関でドアノブが鳴き、男の影のかたちに切り取られた通路のLED灯の明かりが岳の足元へ滑り込んだ。無機質な白い光が絡んだ男の黒髪から雨粒がひとつ滴り落ちるのが見えて、そのまましなやかな体躯を手首ごと扉に縫い留めていた。
    「傘、どうした」
    「――……」
     岳の問いに、男の赤が緩慢に目瞬く。予想していなかったのか、随分と無防備な表情だった。
    「そういえば、店に置いたままだな」
     あとでひと言入れておけば、廃棄されることはないだろう。
     体勢のことなどまるで気にしていないようにすら見える揺るぎない瞳が憎らしく、けれどもそれがどうしようもなくこの男らしいのだから仕方がない。
    「なんのつもりだ、と聞いたほうがいいか」
    「どういうつもりだ、って聞いてやろうか」
     雨に濡れた指先の温度が、どちらのものとも知れない体温に滲んで溶けていく。言葉のかたちを与えられぬというのに答えの分かりきった問いをざれ合うように投げあって、至近距離で視線を重ねる。
     分かっていた。この男の過去はどこまでいってもこの男だけのもので、他の誰のものでもないことを。
     分かっていた。それと同じに、自身の過去も自身だけのもので、他の誰のものでもないことを。
     分かっていた。魂の根幹に湛えた光の温度がどれほど近しくあろうとも、自身と男が他人でしかないことを。
     分かっていた。――そしてだからこそ、どうしようもなく惹かれたのだということを。
    「言ったはずだ。俺は、お前との対話を拒むつもりはない。……それが、仮に言葉でなくともな」
     間近で男の声がする。暗順応を待つ視界のはずなのに、その赤だけがひどくあざやかに網膜に灼き付いて離れない。
     ドアに手首を縫い留めていた手を、男の指先が掴み返した。言葉でなくとも、仕草で、声で、眼差しで、この男はこれほどまでに雄弁に自身を語る。
     顔を寄せれば夜の雨の匂いと、男の膚の温度が鼻先を掠める。食らいついて歯を立てた口唇の熱さと柔さが、ただ、くるおしかった。



    ***
    20190818Sun.
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2019/08/18 22:27:35

    Gravitation Margin│3

    #BLキャスト #岳崚

    「Gravitation Margin」みっつめ。
    余白のなくなる日。
    一応このタイトルはここでひと区切り。
    なんというか言いたいこと詰め込みすぎてあっぷあっぷ感満載なので、もう少しこまかく噛み砕いて小ネタとして消化していけたらいいな……な部分もいくらかありますが、とにかく岳崚のアッツッツさに焼け焦がれて窒息しそうでしたということだけ伝わればいいなと思いますありがとうございました(嗚咽)

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    ##腐向け ##二次創作 ##Gaku*Ryosuke

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