剣と鏡「だーかーらっ、何でオマエがここにいるんだよ!貸切にした意味ないだろー!?」
「いーじゃないですか、現代の若き英雄・エリートバウンティハンター独占インタビューなんて最高のネタっすよ!俺最近いい記事書けてないんだからこういうトコでスクープはモノにしないと!」
待ち合わせ場所のドアを開けた橘はぱちくりと目を瞬いた。腕利きの弁護士で業界にも一目置かれている先輩が茶髪の青年と取っ組み合っている。
「やーめーとけっ、機嫌損ねて青空の会から告訴されるのがオチだよっ!早く安アパートに帰って金色のカニか青いカブトムシでも探してろ!」
「なんすかそれ超気になる!!…じゃなくて、帰れつったって俺今ここに住んでるんですけど!」
身長差で流石に分が悪いのか茶髪の青年が橘の方に倒れこむ。慌てて抱きとめてやると人好きのする顔立ちがにかっと笑った。
「ありがとっ、助かりました!もーあの人ほんっと乱暴でさあ」
「酷いのはオマエだよ!こっちは仕事なのに、まったく…おい橘、そんなの助けてやらなくてもいいよ。どうせ頭打っても忘れて困るようなこと覚えてないし」
「ひどっ!!え、仕事で橘って…もしかしてあの若くして新生BOARDの日本支部を任されたスーパーエリート、橘朔也さん!?」
ネクタイを直しながら北岡がついた悪態に青年が反応する。やたらときらきらした目で見られた橘は名を呼ばれたのを反芻してとりあえず頷いた。
「え、ああ。俺は橘、ギャレンだ」
青年が喜色満面になり北岡は頭を抱えて天を仰いだ。
「わざわざ出向いてもらったのに、ほんっと悪いな橘。学会と視察でてんやわんやだったろうからちっとは休んで欲しかったんだけど…」
「うわ、医療関係の研究ってそんな大変なんすか!?ゴクローさまです!」
脇で驚く青年(城戸と名乗った)を北岡が真上から抑え込む。仕事上の知り合いにはちょっと見えないがあの北岡が何だかんだと相手している辺り仲は悪くないのだろう。
「俺は構いませんよ。こういう雰囲気の喫茶店好きだし落ち着きます」
「でしょ!?じっくり話するのにもいいんすよ。さすが橘さん、わかってるぅ~」
「おい城戸、はしゃぐな。あんたも気をつけろよ、こいつはノリで何でも書いて自分が借りた金の事さえ忘れる始末だからな」
「たまには意見が合うなあなんちゃら山。ほら、営業妨害だってよ」
奥でテーブルを拭いていた従業員から叱責が飛ぶと城戸が情けない顔をする。やたらと表情が動くところといい感情表現がストレートなところといい懐かしい面影を感じた。
「いいよ、賑やかなのは嫌いじゃない。元々俺の専攻は生物学なんで今の医療法人としてのBOARDの活動は専門外のところもあるけど、それでも良かったら」
「やったあ!OREジャーナルで代理人も検閲もなしの生の橘支部長に迫りますよ!」
「おい城戸」
顧問弁護士として難色を示すかと思いきや北岡は涼しい顔で問いかけた。
「お前、コイツの勤め先の正式名称知ってる?」
城戸がレコーダーを取り落した。どうしたのかと橘は心配になる。
「ぼ…ボードだから…板…?」
「橘」
固まった城戸を余所に北岡は今度は橘に向き直った。
「人類基盤史研究所のそもそもの設立理念と幹部引退後の方針転換後の活動範囲とその目的は?」
「はい、そもそもはヒトが地球を制した背景には進化論では説明しえない理由が存在するとの仮定に立ち理由を究明するために作られた機関です。仮定を前提とはき違え他のファクターを無視してデータを系統立てることは研究者にとって暴挙ですがチベットで出土したボードストーンに記録された生物の図柄は生物学上辿りうるどの祖先からも大きく離れそれでいて」
「ああ!ストップストップ!もういいっす橘さん!」
城戸が身を乗り出してテーブルが大きく揺れた。北岡は普段と変わらないダンディな挙措で紅茶を嗜んでいる。まだ進化論におけるミッシング・リンクの説明にも入っていない。やはり自分は口下手だ、遺伝子研究の見地からも説明すべきだったかと橘は反省した。
「お前文系出身じゃなかったっけ?サイエンスライターはきついんじゃね?」
「そゆこと言わなくてもいいじゃないっすかあ…れ、令子さんなら、多分…」
茶色いふわふわした頭ががっくり項垂れる。よほど自分の説明が分かり難かったのか。
「だ、大丈夫?ごめん、レジュメもパワポもなしじゃ分かり難いよな。後で編集部宛に資料と参考文献送らせてもらうから―」
「きたおかさああん!」
「だいたいお前の安月給で謝礼払えんの?下手なこと書くと関係各企業の予算とか製薬業とかにも響くよ」
涙目の城戸に北岡が追い打ちをかける。橘はますます慌てた。天王寺の影響を払拭する為にも一般人に知ってもらう機会は逃せないのだ。
「北岡先輩、そんなリスクばかり強調するようなことは。前は不死生物関連の研究が主でしたが今はより裾野を広げた医療研究に力を入れているんです。特に脳神経系とミラーマイクロRNAの関係性が掴めれば寝たきりや意識不明の方の治療にも―」
言いかけて橘は気づいた。掃除したりカウンターで作業したりしていた短髪の従業員がじっとこちらを見ている。
「悪い、うるさかったよな?」
「…いや」
短髪の青年はエプロンを畳むと椅子を引っ張ってきて同じテーブルに座った。
「俺も興味がある。続けてくれ」
険のある顔立ちだが目の奥に縋るような色があることに橘は気づいた。北岡と城戸はまだ言い合っている。
「大体おまえんとこはインパクトのある記事優先だからマジメなネタ需要ないだろー!?最近都市伝説で盛り上がってる妖怪とかいるんだからちょっとボタンむしられてこい!」
「え、妖怪!?じゃなくて、俺だって人の役に立ちたいっすよ!ねえ橘さん、お礼ってなんか困ってることのお手伝いとかじゃダメですか!?なくしたモノがあるとか、ご先祖様と話したいとか、探してる人がいるとか!」
「…人捜し」
人捜し。橘は反復した。大真面目に頷く城戸の後ろで北岡が呆れた。
「オマエ、あの占い師まで引っ張り出す気?」
「…霊媒師なら、うちの弟子にもつてがあるぞ」
ドアとベルの音が響いて一人の青年が入ってくる。神崎優衣がカウンターから顔を出していらっしゃいませと声をかける。一瞬の間の後紅茶を注文して名護啓介が合流した。男が五人も集まれば流石に狭い。橘が椅子をずらして場所を開けてやった。
「あれ、強盗犯追いかけて遅れるんじゃなかったっけ」
北岡が話しかけると名護は忌々しげに椅子にもたれた。
「見失った。逃げ足の速い奴め」
「おまわりさんですか?大変ですねえ」
事情を分かっていない城戸が労うと名護がじろりと見やる。北岡は笑いを噛み殺した。殺気立っている時の名護はとてもパーフェクトハンターには見えない。
「まだ戻らなくていいのか?恵さんに愛想つかされるよ」
情報交換の合間に北岡が揶揄すると名護は紅茶のカップを置いた。秋山蓮は橘の話に聞き入っていて城戸はといえば青空の会が新たな敵と戦っていると聞いて一も二もなく協力を申し出た。戦闘要員としては心強い。
「問題はない。17時に夕飯の買い出しで待ち合わせている」
「…お熱いねえ」
ライダー達の、つかの間の休息。