ワードパレット - 19.瞳の中の星空「夜パフェ……ですか?」
「最近人間界で流行ってて、というか定番になりつつあるんですけど、夜しかやってないパフェのお店があるんです」
「そのようなものがあるのですね」
そう言いながらもソファに並んで座る私の手をマッサージする手は止めない。
魔界は常闇だからある意味夜に営業している店しかないので、目新しく感じないのもわからなくはない。
「まだ雑誌でしか見たことないんですけど、定番のパフェとは違った方向で見た目がすごく凝ってて味も良いみたいで。お菓子作りの参考にもなると思うんです」
手が一瞬止まった。チャンスとばかりに畳み掛ける。
「この近くにあるみたいだし、一度くらい行ってみたいなって」
「先日、甘いものは控えると仰っていたのでは? 夜遅くに甘いものなどは特にいけません」
独り言を聞かれていたらしい。
「たしかに夜遅くのおやつは体に悪いですけど……せっかく人間界に来てるんだし、だめ?」
「駄目です」
言葉で説得できる気がしない。
ままよ、と半ば自棄で正面からバルバトスさんの膝を跨ぐように座る。こんな仲じゃなければ間違いなく「はしたない」と怒られるだろう。
人差し指でバルバトスさんの形のいい顎をくい、と上げ、甘言学の授業を思い出して精一杯甘い声を作った。
「お姉さんとわるいことしない?」
急に顔を逸らしたと思ったら笑いを堪えているような声が聞こえてきた。肩が震えている。
「こういうのが似合わないのはわかってますけど、そんなに笑わなくても……」
「失礼いたしました。あまりにも可愛らしかったもので」
今になって恥ずかしくなってきた。効果が皆無だったことを知って膝からのろのろと降りる。もうベッドに駆け込んでシーツに包まって丸くなってしまいたい。
「仕方ありませんね。今回ばかりはあなたの行動力に免じて」
今度は私の顎が上げられる。昏く妖しい光と笑みが私を捕らえて離さない。
「私とわるいことしましょうか」
バルバトスさんはきっと甘言学の成績もいいに違いない。
「お待たせしました」
二人分のパフェがテーブルに置かれる。
カクテルグラスに詰められた、金箔が散らされた群青色のゼリーを興味深く覗き込む彼の瞳は、ここに来るまでに見た夜空に似ていた。
「おいしかった!」
勢いよくベッドに腰を下ろすとスプリングの反動で体が少し弾んだ。
「そうですね。私もいい刺激を頂きました」
撮影した画像を見返しているのだろう。D.D.D.を操作しながらバルバトスさんが私の隣に座る。
「バルバトスさんが作るお菓子楽しみです」
「おや、甘いものは控えると仰っていたので私の作るお菓子も対象かと思っていたのですが」
道理でやけに反対すると思った。自分のお菓子は食べないって言ったのにパフェは食べるなんて。
「気付いたんです。控えるよりも食べた後に運動すれば問題ないって」
美味しいお菓子作りの名人が傍にいて我慢するなんて無理に決まっている。
「それならば」
その言葉と共にゆっくりと押し倒される。あ、何か誤解された。
「私と悪いことしませんか?」
どこか満たされたような笑みが私を見下ろしている。
「悪いことなんですか?」
「人間としては悪魔の誘惑に負けるのは悪いことなのでは?」
「うーん……たしかによくないですね」
応じると思っていたのだろう。一瞬意外そうにしたバルバトスさんを抱き寄せ、艶やかさを込めて耳元で囁いた。
「なので、私といいことしませんか?」
二度もお手本を見せてもらったのだから少しは上達していると思いたい。
うまく出来たかどうかはきっとこの後わかるはず。