私だけが知っている つ、疲れる……。もうずっと同じ笑顔をしているせいで表情筋が固まってしまうかもしれない。
普段からこんなに大量のゲストの応対をしているとはディアボロの体力と気力には恐れ入る。そしてそれを陰で支えているバルバトスさんにも。
今日は人間に友好的な悪魔たちとのパーティーとは言っていたけど、いくら友好的でもディアボロのゲストである以上、無礼な振る舞いや不愛想は当然のこと、だからといって必要以上の馴れ馴れしい態度も許されない。
普段であれば人間を嫌っていたり興味を持っていない悪魔がいるのでここまで忙しくはならないのだけど、友好的な悪魔ばかりなだけあって、興味津々といった様子で次から次へとやってくる。
私の元へやってくるゲストが途切れた隙を狙って会場から抜け出し、キッチンに逃げ込んだ。プライベートな空間を除けば、ここが魔王城の中で一番ゲストに遭遇する可能性が低いはず。
ふう、と一息ついてキッチンの壁を埋め尽くすほどいくつも設置された冷蔵庫のうちの一つにもたれ掛かる。ひんやりとして気持ちいい。
「お疲れ様です」
「あ、おつかれさまです。バルバトスさんも休憩ですか?」
「いえ、お客様がビールを飲んでみたいと仰ったそうで」
今日のパーティーでは人間界のお酒も並んでいるはずだけど、ビールはカジュアルすぎて並べていなかったのかもしれない。
「お疲れですか」
「いつも以上に話しかけられることが多くて……。ディアボロもバルバトスさんもいつもこんなこと平然とこなしてるなんてすごいですね」
「いえ、今日は私も気疲れが」
「珍しいですね。どうしたんですか?」
大事なゲストでもいたんだろうか。
「あなたに興味を持つお客様がいつも以上に多かったもので。それに、興味以上の『何か』を抱いているように見受けられるお客様もいらっしゃいましたから」
そういえばいわゆる恋愛的な意味での好意を感じた時が何度かあった。でも私自身ではなく、種族に対するものだとは思う。
それでも恋人として割って入りたい気持ちはわかるし、執事という立場上割って入るわけにいかないのもわかる。
「それはそれは、おつかれさまでした」
冷蔵庫から体を離し、今度はバルバトスさんに正面からもたれ掛かるとしっかりと抱き留められた。
「今日、色々なひとに話しかけられました。話が面白いひと、何でも知っているひと、見たことないくらい綺麗なひともいました。でも、私にとってバルバトスさん以上に素敵なひとなんていません。……大好きです」
もっと抱き着いていたかったけど、長時間拘束するわけにもいかない。
「えっと、これで少しでも疲れ取れました?」
そう言って見上げた先にあった表情は、嬉しそうで、柔らかくて、蕩けそうで。
お互いの吐息を感じるくらいに近付いたとき、ガチャン、と何かが盛大に割れるような音が遠くから聞こえた。
瞬時に私の前でしか見せることのない甘い恋人の顔は消え、冷たくすら見える落ち着き払った執事としての顔になる。
「失礼いたします」
私の横の冷蔵庫から手早くビールを取り出し、そのまま真っ直ぐ出口に向かった――かと思いきや、一瞬、ほんの一瞬だけ恋人の顔に戻って、唇が重ねられた。
瞬いた次の瞬間には唇は離れていて
「もし別室でお休みになりたいようでしたら遠慮なくお申し付けください」
と二つの顔が混じった言葉を残して去っていった。