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    ヒトは二度再生する


    お前が俺を許す理由はなんなのか。

    鎧を剥ぎ取る。インナーもしかり。
    矜持も、羞恥も、理性も剥ぎ取って、白日と言えるほど明るくはないが、巨大な天体が見える薄暮の下に全部晒して、暴ききったはずなのに。
    「気が済んだなら退け」
    血の気の失せた唇、砂礫と体液に汚れた体を無造作に投げ出して、男は言った。
    余りに平素と変わらぬ声を聞いて一瞬で頭に血が昇った俺は理性より早く男の首を掴んでいた。
    「まぁだだよ」
    自分でも驚くほどの蔑声。怒りに震える声は笑いにも似てお前に届いたはずだ。
    「…か、ハ」
    掴まれ締め上げられた喉が空気を絞り出して鳴る。
    ほら、どうした。お得意の異能でこの手を砕け。
    そもそも防衛反射でも発動するはずの異能が行為の初めから今に至るまで沈黙しているなど、侮辱も甚だしい。
    意図して、抑えられているのだ。
    こんな屈辱があるものか。
    お前など脅威でない。
    そう断言されたも同然ではないか!
    砕かんばかりに力を込めた指先は僅かな抵抗にさえ遭わず、返ってそれが俺の力を緩めさせることになった。離してやればさすがにむせるが、反撃は無論ない。
    「なんなんだよ!」
    四つ這いに近い体勢で呼吸を乱している男の腹を感情に任せて蹴り上げた。短い苦鳴と共に惨めに転がって力を失う、鍛え抜かれた体躯。感覚が鈍いはずの俺の爪先にさえ届いた手応えはさすがに効いたのだろう。すぐには意識が戻りそうにない。放っておけば、人間界のものよりずっと凶暴な獣たちが貪りにやってくるはずだ。
    「…のたれ死ね!」
    蹂躙したのは自分だというのにひどくみっともなく思える罵声を投げつけて、俺はそこから離れた。


    その日からどれほど経ったのか。おそらく十日は過ぎていないある日の呼び出しに応じて参上した、王座よろしく設えられた場に、男の姿は、あった。
    妖術師の言葉など微塵も聞こえはせず、視線の分からぬ仮面をいいことに、必死に男の姿を見た。
    青白い肌も生気のない瞳も以前のままだ。棒立ちに見えるが隙はなく、不調も見受けられない。感じさせないだけなのか。
    鎧の革の留め具は壊したはずだがきれいに直っている。確かアイツの鎧もインナーも俺の装備と同じく将軍お抱えの職人群の手になるものだ。
    つまり。
    「将軍には筒抜け、ってこったな」
    呼吸音に紛れさせた微かな独白にも、氷青の瞳は微動だにしなかった。

    会合が終わり、皆が好きに散って行く中で俺はいずこかへ向かうために背を向けた男のゆく手を塞いだ。
    「理由を聞かせろよ」
    俺を侮る理由は、なんだ。
    「分かれば俺も楽だな」
    どうせ無視されると思っていたが、意外にもすぐに、はっきりとした答え。
    「俺に判るように言え」
    「自分で理解できていないものを他人に語る術を持たん」
    「はあ?」
    苛立ちと不可解さに大きな声が出る。
    「考えたが、どれにも当てはまらなかった」
    考えていたのか、とうっかり感心してしまった。同時に肩の力と心からかなり力が抜けた。なんだ、人間じゃないか。
    「どれにもって、」
    「軽蔑、嘲笑、傲慢、諦観」
    「あんな酷えことしたのにか」
    薄い色が意外そうに瞬いた。
    「存外ヒトのようなことを言う」
    「はあ? 俺は」
    ニンゲンだと言いかけてぎくりと体が冷える。
    ニンゲンか?
    本当に?
    致死の重傷の姿で、肺を造り物に替えて、それでも生きていられるのは、ニンゲンか?
    「大概のヒトはあれを酷いことと言う。ならばお前はヒトなのだろうな」
    青白い瞳の中の赤い光が揺れたのは、俺自身が震えているからだ。
    軽薄を装い自分は化け物だと吹聴していた。
    周り中化け物のここで。
    翼持つ美女にも、どこぞの姫の写身たる戦士にも、それは滑稽に映っていただろう。
    「……俺、は」
    「俺もここでは若輩だが、貴様はそれよりも日が浅い」
    慰めているつもりなのか。
    「心がヒトのままでは長くは持たんぞ」
    やめろ。
    吐きそうだ。
    マスクを剥ぎ取って、
    この煩わしいチューブを引きちぎって、
    大声で叫んでしまいそうだ。
    動けなくなった俺に近づき、無造作に顔の下半分を覆う有機的な造りの面鎧を外す。改めて見ればいい男じゃないか。次いで俺の仮面を器用に外した。
    だが止めようとは思わない。
    呼吸が出来なくなっても、構うものか。
    焼けた顔面が冷たい外気に晒されるのはどれほどぶりか。
    息が継げない。苦しい。
    棒立ちから膝を折り酸素を求める俺の頬に手を添え、暗がりでも光る青白が覗き込む。
    「ヒトなど、脆い」
    冷たくて柔らかい唇が、焼け落ちてろくに残っていない俺のそれに重ねられる。偽りの臓器に流し込まれる冷たい吐息。同時に酸素が全身を巡る。
    「…あ?」
    マスクもチューブもないのに、呼吸ができている。今までで一番楽な体。
    「何した」
    「気まぐれ」
    外した自らの面鎧も着け直し、男は無感動に背を向ける。
    「礼くらい言ったらどうだ」
    ヒトらしく。
    「…………」
    あの清々しい冷たさが全身を巡った時に既に吹っ切れていた。

    「ばぁか、魔界の戦士に何寝言言ってんだよ」


    あおせ・眠月 Link Message Mute
    2022/10/19 9:24:20

    ヒトは二度再生する

    #二次創作 #MK ##カバサブ

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