フェア&アンフェア 2
何か、変だ。
ソーンは己の勘を信じるタイプだ。普段は危険な方へと舵を取りがちなそれだが、今回は違うとも感じる。違うから、確信が持てない。
でも、変だ。
なにがおかしい? 周りを見ろ。観察しろ。いつもと同じか? わずかでも違和感があること、もの、人はどれだ?
グリーンアイがきろきろと忙しなく周囲をスキャンする。
いつものバー。
客の入りは半分ほど。
いつものメンバーも今日は少ない。
壁の絵が違う? → negative.
店員の態度がおかしい? → negative.
誰か殺気立ってる? → negative.
馴染みじゃない顔が多い? → negative.
negative、negative、negative。
いくつもの事柄を観察し、判断し、除外してゆく。
「どうした、難しい顔してる」
カウンターの一番隅で店内をほとんど睨むようにしていたソーンの視界に大きな影がさす。
「んー、ちょっとね」
グラスを傾けながら、大きな影ことスマイリーをもスキャンする。
相変わらずデカい。日によってサイズが変わる訳ではないが。
顔色 →Green
目 →Green
手元 →Green
態度、声、動作…Green。
こりゃオールグリーンか、そりゃそうだ、と判断を下しかけたその時、対象がふ、と息を吐いた。途端にソーンの中で真っ赤な警報が響く。
「スマイリーさ、この後予定ある?」
グラスを口元から離さず、なんでもないように聞く。
「…いや、頃合い見て帰って筋トレしてしまいだな」
きちんと思い出し、適当でない返事をくれるのはいつもの彼だが。
「オッケ。んじゃ、今すぐ帰ろ」
「え?」
ほら帰るぞ。なーガンナーぁ、俺たち帰るから送ってってー。
戸惑うスマイリーに構わず、ソーンはさっさとカウンターを降り、大先輩をタクシーよろしく使おうとしている。
「んだよ、長男のバイクで来ただろが」
「明日以降取りに来るから、今日は乗っけてってってば」
「おい、ソーンどうしたんだ」
「オッケ? やったーガンナー優しい!」
ちっ、ガキどもがおだてやがってと、言葉は乱暴だがまんざらでもない顔で立ち上がり、車の鍵を受け取っている。
「いーからスマイリー乗れ」
「分かったよ…」
今は説得も何も聞き入れそうにないソーンに、スマイリーは戸惑いながら従う。座席へと押し込むようなソーンの手を止めさせて、強引すぎる、説明しろよと強く出る気もない。後部シートに体を預けて流れてゆく街並みを眺めるだけだ。
今度奢れよボウズ!
年下にたかるなよジィさん!
軽口を叩き合い大先輩を見送ると、ソーンはスマイリーの手を取って早足で部屋へ向かう。
ああ、やっぱり。
「ソーン、本当にどうしたんだ。…体調が悪いのか?」
鍵を開けてスマイリーを押し込んで施錠の音を確認して。
「それはお前だろ」
「え?」
やはり俺の勘は当たると確信を得ながら、ソーンはタブレットを見ながら鍋の様子を伺う。くつくつといい音をさせているのはジンジャーポトフ・今うちにある材料時短版、だ。幸い、スマイリーがまめに買い足してくれていたおかげで食材も調味料もほぼ揃う。その場所もラベルもきちんと整えられており、探す時間もかなり短縮された。
「食欲ある? 食べられなくても一口かふた口飲み込んで欲しいんだけど」
トレイにボウルを載せてキッチンからリビングへ。そこにはもこもこに着膨れさせられたスマイリーがいた。
「だいじょうぶ、腹は減ってる」
「よっし。この薬は食後服用だからさ」
「ん、サンキュ」
ポトフをはぷりと口に運んで、しっかりと咀嚼する。あっ美味しい、と目を輝かせたのをソーンはきっちり見ていた。もう一口。そしてもうひと口。んん、いい食べっぷり。そのペースで行けるならまだ大丈夫かしらんと、ソーンは静かに観察する。
「ソーン、あの…」
スマイリーが無心に食べていた手をはたと止めて呼ぶ。
「なんだ風邪っぴき」
わざとしかめ面を作ってコミカルに動いてやれば、眉を下げていつにない弱々しさで笑う。
「…よく分かったな」
自覚もあんまりなかったのに。
「ちゃんと見てるのはお前だけじゃないってこと」
ソーンがテーブルの向かいから身を乗り出して顔を近づける。顎を引いてやや上目遣いで見つめてくるグリーンアイは真剣で。
「俺だって見てるんだから」
いつも見てくれてる、いつも気にかけてくれてる、いつも助けてくれてる。そればっかりじゃあ、フェアじゃない。俺にも出来ることがあるって、あー、あの、えと、知って欲しい、ってのは、図々しい、っかな?
えっこれなんだ、告白みたいじゃん、お気持ちが大きすぎて引かれてない!?と不安になったソーンの語尾がすぼまりごにょごにょと小さくなってゆく。
「そ、っか。…ありがとな」
横を向いてもごもごしているソーンを見つめてキャンディブルーがふにゃりとゆるむ。頬が赤いのは照れているのか、上がった熱のせいか。
あーっもう! 片付けて来るから大人しくしとけよ!とぶっきらぼうに言いつけてソーンが席を立つ。
あんな風に嬉しそうに笑ってもらったら、こっちも嬉しくなっちゃうじゃん。
ソーンはキッチンにしゃがんで、熱くなった耳を押さえる。
ふええなんて情けない声って、本当に出るんだな。
「ソーン? どうした、お前も具合が…」
「ばっか動くなつったろ好き!」
「え? あ、はい?」
「寝ろ! ベッドあっためといたから!」
もこもこの背中を押して、部屋に追いやる。食欲もある、薬も飲んだ、元々体力なんて有り余ってるんだから、朝になればけろっと治ってるに決まってる。
だから。
「早く俺を甘やかせよ」
手加減なんて、してやんないから。