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    黄金と墜落(完結)訳の分からぬ恩赦とやらで一命をとりとめ、一室に押し込められ、療養させられている。そこに何一つ己の意思はない。刺された膝は疼痛を持って昼に夜に悪夢の到来を知らせる。あれの、忘れ形見の到来を。
    「教えて」
    あれと違い感情を隠しもしない瞳が下からすくい上げるように見据えてくる。
    「足、どう?」
    夜着を割って滑り込んだあれより硬い指先が膝から腿を、傷は器用に避けて撫でてゆく。
    「母さ…ハハウエはあんたを嫌うけどさ」
    実は俺はそうでもないんだよねとはっきりと心の内を言葉にする。あれが決してしなかったことを。
    「こんなでけーの、滝くらいしか知らない」
    王都とそびえる王宮を指しているようだった。滝を登るように王宮の壁面を自在に登り、生母や教育係の手と目を逃れてここへくる。
    「こんなきれいな肌、あんたしか知らない」
    黄金色の肌は炎に煽られた痕を点々と白く残す。花びらみたいだと一つひとつにくちづけを落としたわむれる。あれのような顔だと見下ろしながら思う。あれも、何も言わずただ、乞うようにくちづけをした。
    「声は、出るんだろ?あ、まだ痛いか」
    炎気に焼かれた喉で話すのは避けたかったので、この察しの良さは素直にありがたかった。元凶に礼を言う気はないが。
    「早く治るおまじない」
    有無を言わさず口づけた後平然と言ってのける図々しさはあれにはあっただろうか。よく似た長い指が髪を梳く。伸びたね、と摘んだ毛先を唇に当てながらまた、見上げてくる。
    記憶の中のあれが25年が経った今、肉と熱を持ってそこに在る。何もかもが鮮明で、今がいつなのか判らなくなる。
    初めて対峙した時はややまばらだった髭も伸び、整えられ、額の印を描き替えられ、あれそのものと会話しているような感覚に目眩さえ覚える。
    違うのに。
    2度と戻らぬようあれの体を粉々にしたのに。
    「何考えてるんだ?」
    天井が見えるのは寝台に仰向けになっているからか。なんの感慨も抱かず、己の上で捕食しようとしている、あれの顔をしたケモノを見上げる。
    25年もの間、あれを忘れずにいたのは民などではなく私だ。
    忘れてしまえばよかったのだ。
    あれの血を吸った服など火にくべてしまえばよかったのだ。
    「俺は、親父じゃない」
    ああ、そうだ。
    違う。あれじゃない。
    滝の下で育った物知らずの田舎者だ。
    ならば。
    首の後ろを掴み強引に引き寄せ、自ら唇を合わせ散々嬲ってやった。むりやり引き剥がし、息を弾ませ手の甲で濡れた唇を乱暴に拭うのは、あれではなく、王族のなんたるかも知らぬ小僧だ。
    「来い」
    挑発するように艶然と笑ってみせる。
    次に殺すのは、貴様の、心だ。
    みっともなく鼻と喉を鳴らし舌を絡ませてくる。固く目を閉じ必死なさまは滑稽だ。性急に下肢に伸ばされた、あれではないただの小僧の腕をぺちりとはたくと、音がしそうなほど丸く目を見開いた。
    「行儀が悪い」
    濡れた唇を、わざとらしく突き出した舌で品なく舐め上げれば、止まっていた手が膝を割ろうとする。また、ぺちり。
    「奴隷の方がまだわきまえている」
    「触り、っ、た、い…!」
    切羽詰まって簡単に哀願するとは情けない。
    「焦るな、若僧」
    「いやだ!」
    今度こそ強引に脚を押し開かれる。いや、開かせてやった。同時に、わざと顔を背け目を伏せれば容易く調子に乗った。
    「恥ずかしい?」
    羞恥を煽ることくらいは知っているようだが、残念だったな。
    「傷が、」
    途端に情欲にうかされた体を強張らせる愚かな甥。そう、甥なのだ!こんなものが!私の!
    「あ、の、」
    「もう帰れ」
    目を伏せ視線を合わせず、ついでに喉を撫でることでそこも痛むと無言で示す。善良で朴訥な育ての両親の躾のたまものか、長く葛藤していたが、それでも理性を総動員して自ら体を引き剥がした。あれなら私がどれほど訴えてもやめはすまいに。
    「また、来る」
    何度でも来るがいい。その度に嬲り、翻弄し、貶めてやろう。
    「傷、大事に」
    未練がましく窓から出てゆく情けない後ろ姿など視界に入れるつもりはない。

    「みんな、ここへ来るなって言う」
    手を取り、撫で、頬ずりさえしながら愚かな新王が言う。王位を剥奪され、傷を負いろくに動けもしないとは言え、かの暴君の元に通い詰める英雄の子などあってはならぬそうだ。道化どもも珍しく真っ当なことを言うものだ。
    「あんたも、来て欲しくない?」
    不安に揺れる顔を見つめて少し目を細めれば、勝手にいいように受け止めて安心したように笑った。
    「みんなも、ここへ来たがらないし」
    先王様は気難しいお方ですゆえとかナントカ。全然そんなことないのになと不満げにほおを膨らませる。それはなんとも都合がいい。暴君から毒婦へと振る舞いを変えたことも王宮のものは知るまい。むろん、目の前の愚王も。
    「そろそろ宮に戻られてはいかがか」
    「なんだよ、よそよそしくすんなって」
    「さて」
    存じませぬな、と目を細める。どうやらこれはこの仕草に弱いようだった。あれにはしたことのない顔だ、珍しかろう。ここに、この世にいないあれに向かって嘲笑う。
    「それより」
    寝台に片膝を乗り上げ身を伸ばし口付ける。遠慮がちなのは期待しているせいだ。"焦れた"私が、強引に引き寄せ、舌を絡めるのを。そんなことで籠絡出来るなら安いものだ。後頭部を髪ごと掴み固定する。角度を変え、音を立て吸い付いてもこれは目を閉じている。開けていれば、私がどれほど冷めた目をしているかも判っただろうに。
    くちづけと僅かに肌を許す程度で留めてあるのは考えあってのことだ。暴くことを許せば間を置かず知れよう。他ならぬ新王によって。口が固いとは言えぬ田舎者が、王宮の駆け引きにこなれた他者の見え透いた誘導に口を滑らせるのは火を見るよりも明らかだ。
    故に隠れ蓑を用意した。例えば読み書き。例えば王の心得。例えば歴史。例えば、王宮のこと。なにより、卓越した身体能力で乗り切ってきた武器や身体の正しい使い方。いくらでも口実はあった。事実、下らぬ触れ合いなどよりずっと多くの時間をそれに割いている。時折よくできたなどと褒め、頭を撫でれば簡単に目を輝かせた。
    「親父もこうやってあんたに褒めてもらった?」
    「… 」
    あれを?褒める?
    競わされていたのだ。そのようなことは考えもしなかった。…いや、もしかしたら、幼い
    頃は、そうしたかったのかもしれぬ。だが、激昂しやすい父の機嫌が急激に傾くことは明白で、当時の私は何よりそれを厭うた。
    昔の、ことだ。
    「伯父上?」
    あれと同じ顔をした甥があれと違う表情で何かを言いかけた時、入り口で気配が乱れた。
    扉から一歩も入らぬはずの衛兵の困惑しつつ制する声に、曲者の名は判る。
    「この毒蛇め!」
    先王に対する礼など元々知らぬのだろう。私の姿を見るなり声を張り上げる老女。手入れされきらびやかな衣装をまとい、黄金と宝石で飾り立てた…
    「母さん!」
    寝台の縁から飛び起きた新王がしまったと言う顔をする。そこへカーリーがごとき形相で母上と呼びなさいと一喝する。
    「お前にマヘンドラは渡さぬぞ、毒蛇」
    「ますます醜くなったな、デーヴァセーナ」
    中庭をうろついている時の方がましだったぞ。
    薄く笑ってやれば全員が凍りついた。
    「王母として好き勝手振舞っていると、ここにまで噂が届く。英雄の母としても目に余るとな。聞けば政にまで口を出しているとか。王の決断に口を挟むなど、所詮」
    下がりそびれた衛兵の腰の剣を無言で抜き、凄まじい形相で投擲。これはなかなか、山猿のように上手くやる。
    だが剣はあれの手指に止められ届かない。ここでは、いや、ここでも、いつだってお前は傍迷惑な部外者だ。
    「母上」
    低く落ち着いた声ゆえに凄みを増した呼びかけに悪鬼の形相の老女が睨み返して、すぐに息を飲んだ。
    「ここへ来るなと、私はあなたに命じたはずです」
    「それは私が言ったことですマヘンドラ」
    「王に命など、誰が許しましたか」
    もうたくさんだ、と唇だけが動いた。それを読めたのは、私だけのようだった。
    「連れて行け。牢だ」
    威厳をもって衛兵に命じる姿に、あれが望まれたまま王であったはずの姿が重なる。
    衛兵も供回りの神官も全て下がらせ、やっと静かになった一室には、いつのまにか随分と傾いていた陽が差し込んでいた。
    「おじうえ」
    お騒がせして申し訳ありません、と俯く姿はあれでもなく、王でもなく、ただの傷ついた若者だった。
    通ってくるようになってからずっと注意深く観察していたが、言葉の裏、態度の裏はなく、呆れるほどにあけすけな甥が、今この状態で芝居を打つことなど不可能。飼い主に捨てられた子牛のようにうなだれる、そこに偽りはない。
    ならば。
    この分かり易い好機を逃すほど、衰えてはいない。
    「おいで」
    起こしていた半身を整え、腕をわずか差し伸べるように広げる。窓際近くの寝台の私は逆光になり、揺らぎ、弱っているこれには抗いがたい救いの姿であると確信できる。予想に違わず、あれよりずっと未熟な男は容易く感情を溢れさせた。
    縋りつく、とはまさにこのことではなかろうか。口付けも垢抜けぬ愛撫らしきものも、なにもかもが必死だった。離すまい、離されまいと押し付け、掴み、引き寄せる。足の傷や治りかけの火傷が痛まないでもなかったが、この状態で言ったところでいずれ変わらぬ。力ずくで暴かれるのではないのだ、多少の無作法は許容範囲内としてやろう。
    くだらぬことによく舌が回る男のはずだが、そんな余裕もなく溶け合おうと呼気だけが荒い。快楽のための愛撫から遠ざかり、泣きながら私の体に縋り続ける。ああこれは。
    「母親の代わりか」
    言えばますます顔を歪め涙をこぼす。
    「バラー」
    あれと同じ声で、あれと違うように呼ばれた。
    「バラーは、俺の、味方だよね」
    あまり容易く陥落してくれるな。
    大声で笑ってしまいそうだ。
    「むろん」
    違うとも。

    あれから日々のほとんどをこの部屋で過ごし、王としての職務は完全に放棄しているようだった。手の者の報告によれば、ご判断を、ご指示をと言われたものには好きにしたら、バラーに聞いてと返しているらしい。それでかと、このところの家臣どもの来訪頻度の高さに得心がいく。
    「バラー、戦の話をしてよ」
    私の寝台に上がり込み、膝の間に陣取って見上げてくる、あれであってあれでない男。奴隷の広げた風呂敷に眩惑され、勢いのみでやってきた果ての村の世間知らずに、大国の王は荷が重かろう。加えて生母の気性は荒く己のみが正しいと思い込んで、牢に放り込んでさえ矯正できぬ有様だ。聞くところによると、クンタラの残党の女といい仲だったが、その者も教育、教養が足りず、王妃の座に就く前に野に下ったとか。
    憐れだな。
    滑稽なほど憐れだ。
    気狂い老婆に、世間知らずの田舎者、野盗同然の女。
    こんなものが私の王国の頂点に立っていたかもしれぬとは。


    子供がするように、…私の息子がしたように、すり寄って眠るだけだったが、いつしか硬い指が肌を辿り、衣の下に忍び込んでくるようになった。燃える心のまま王位に就いた当時近くまで気持ちは持ち直したらしい。夜の間だけは。
    昼は相変わらずふらふらとしているが、私にたしなめてやる義務もない。私はただ、恩赦で生かされた咎人だ。もはやなんの野心もなく、唯一の血縁でもある甥王には感謝と礼をもって接している。そう言うふりを、している。
    足の傷は塞がったが、それだけだった。右脚は引きずるだけ、体の均衡をなんとか保つだけの重りに過ぎなかった。杖に縋るのは腹立たしいが、宮仕えの者たちの目には随分憐れに映るらしい。なるほど、と思う。見かけが衰えれば精神も頭脳も衰えると受け止めるもののなんと多いことか。
    だが。
    「バラーラデーヴァ陛下」
    その日はとうとうやってきた。
    「私の、聞き間違いか?」
    「…殿下に、王位にお戻り頂きたく」
    失礼いたしました、と丁寧に頭を垂れるが、形ばかりと知れる。おそらくは過半数の重臣の同意を得た上でここに来たと見てよいだろう。
    「愚かなことを」
    一蹴する。
    「暴君一転、若き新王のよき助言者、それで十分ではないか?」
    しかしながらと言い募ろうとするのを掌で制し、再び翻し下がれと命ずる。
    「どうか、ご再考願いますよう…」
    平に平にと頭を下げながら退出するのを見る必要もない。側卓に置いた水差しから盃へ注ぐしぐさで無関心を現す。
    王のしもべごときが、自ら頂く冠を左右するなど王座も軽くなったものだ。
    「バラーが王様になる?」
    バルコニーの下にいるのは分かっていた。手すりからそっと顔を出して誰もいないことを確認してから身軽に飛び入ってくる。全く、他の者が見たら騒ぎになるから止めろと言っても聞かぬ。
    「ねえ」
    重ねて聞いてくる声に期待と甘えが混じっている。
    さて、どうしてやろう。
    お前の心を殺すと決めた。このまま甘やかし、これが依存しきったところで手のひらを返すか。それとも愚臣どもの言う通り王座に就きこれを牢に入れケモノのように鎖に繋ごうか。
    「お前は、どう考える」
    「バラーが王様になった方がいいよ」
    「楽になるからか」
    「…もうやだ。村に帰りたい」
    「甘えるな、と言って欲しいか」
    「帰りたい。ここは乾いてる」
    擦り寄るままにさせる。薄い唇が私の少し長い髭を押しのけ重ねられる。相変わらず目を閉じているおかげで、どうでもいいと思っている顔を隠さずに済む。
    「いい匂い」
    全く、どうでもいい。お前が王であろうとなかろうと。だが現在お前が王である方が都合がいいのは確かだ。王になれなかった男の息子、愚かな民衆に担ぎ上げられた教育も教養もない王。
    「もう少し脚、開いて」
    期待が大きい分失望も大きかろう。押し潰されて惨めに、憐れに解放を願え。何故私が25年もの間王国を維持してきたと思う?
    「なか、気持ちいい」
    そうとも。お前の生存も知っていた。小国の民をある程度残して焼いたのも、士気の低い有象無象を追っ手にしたのも私の指示だ。勘違いした女を中庭に繋ぎ、それにより闘志を損ねないよう仕組んだ奴隷を武器工廠の責任者にして好きにさせたのも。
    「う、ん」
    私の上で呻く声がした。呆れるほど簡単に歴史は進んだなと思い返す私をよそに。
    父の愚かな提案を、権力に目が眩んだ俗ボケ神官どもが後押しするのを黙って見ていた。あんなものを建てたがった父も、これの戴冠式であれほど焦がれた王冠を捧げ持たされたそうではないか。
    「は」
    可笑しさが溢れ喉を震わせたのを、快楽ゆえと受け取った子供の動きが性急に変わる。拙く身勝手な閨事がますますおかしい。
    「ははは、は、は、は」
    とうとう堪え切れなくなって声を上げてしまった。嗚呼、可笑しい。
    「バ、バラー?」
    「どうした、もう音を上げたか?」
    肘をつき繋がったまま身を起こすと伸ばした片腕で、首の後ろを獣の子を掴むように引き寄せる。
    「いつまで焦らすつもりだ…」
    吐息と共に耳に吹き込めば、それこそ獣のように腰を打ち付け始める。
    可笑しい。可笑しくてたまらない。
    憐れな生贄の獣はお前だ。決してあの子ではない。
    私の哄笑とこれの情けない喘鳴が部屋に満ちる。


    相変わらず私は、足のせいにして与えられた数部屋とそのバルコニー程度しか移動せずにいた。バルコニーからは中庭、鍛錬場、正面通路、それぞれがそれなりによく見えた。私の姿もまた、見ようと思えば簡単に見つけられるだろう。監視のつもりで選んだであろうここは、私が部屋から、王宮から出ていない、と知らせるのにも役に立った。
    間者の報告は私に好ましく、国の繁栄の陰りを知らせるものが増えてきている。私の方がマシだったという声さえ聞こえるそうだ。当然だ。私は民衆に敢えて重い税を課したことも、不作の年に無理やり収穫を奪ったこともない。私腹を肥やそうとした地方官には厳罰さえ下してきたのだ。それさえできぬ王など!
    「バラー、たすけてよ」
    足をもつれさせながら、やってきた。昨日は来なかったから、これにしてはよく耐えた方だろう。
    「もうやだ。たすけて。あいつらなんとかして」
    焦点の定まらぬ瞳が不安と不安定で揺れている。
    「陛下は、よくやっていらっしゃる」
    「陛下なんてやめろよ!もうやだよ!」
    やめろといやだを繰り返す生贄に、私は憐憫の微笑みを向けた。
    「望まれて王座に就いたのはあなただ」
    「違うよ。いやだよ、おうさまになりたいなんておもったことない」
    ああ、そうだったな。
    奴隷が誇張した物語に踊らされて来たのだものな。
    それでも。
    「お前は民衆が望んだ王だ。こんな国の王に成り、果てるまで全身を、人生を、全てを、国に捧げなければならぬ」
    「いやだ!!」
    「民が望む王とはな、マヘンドラ」
    頭を抱えよじる身を引き寄せ、寝台の上でそうするように耳元に吹き込む。
    「最も高貴な奴隷だ」
    お前の父はまさにそれだった。お前の祖母も、それを是とした。民衆はいいなりになるお人好しが欲しかっただけだ。言うことを聞かねばすぐに王に向いておらぬと手のひらを返すぞ。
    「いやだよ、たすけてよバラー…」
    「聞こえるか? 中庭に詰めかけた民どもの罵声だ」
    お前は王ではないとな。
    「国民とは身勝手だな。お前がこれほど苦しんでいるのに、自分たちの望みだけを押し付けてくるのだから」
    ああ、

    かわいそうな、

    シヴドゥ。

    マヘンドラなどという名など拾わなければよかったのに。
    拾ってもまた捨てるだけの厚かましさがあればよかったのに。

    どちらも叶わなかったのは、

    私と、

    同じだな。


    入り口で気配が乱れ、衛兵と大臣どもが言い争う声が聞こえて来、マヘンドラはびくりと身を竦め私に縋りついた。
    外だけでなく中も敵ばかりだなァ?
    「殿下、火急の用にてご無礼つかまつります。マヘンドラ陛下はこちらにおわ…」
    言い終わる前に大臣の舌は凍りついたようだった。それはそうだろう、伯父である私を寝台に押しつけ、自らの着衣もろくに身につけておらぬ王の姿など、悪夢でしかなかろう。
    「…マヘンドラ陛下、民に、申し開きをなされませ」
    王がおらぬでも政は進むと啖呵を切っていた大臣と報告を受けており、小さな器なりに手腕を奮っていたようだが、とうとう御しきれなくなったか。次に言う台詞の推測は容易い。
    あなたが国政を疎かにしたからだ。
    我ら忠臣とて精一杯誠意を尽くした。
    国王たるものがその義務を果たさぬなど言語道断。
    予想を外さぬ責任のなすりつけをバカ正直に受け止めたマヘンドラは、震える声で、どうしたらいいの、と私に尋ねた。
    「陛下ご自身のご判断の方が尊ばれます」
    「バラー」
    たすけてよ。
    「あなたが私から王座を引き剥がしました。つまり、私は、もう、何も出来ぬのですよ」
    甘やかしていると勘違いされた仕草、目を細めれば、あれは隠しもせず絶望を顔に出した。
    「ばらーがたすけてくれない」
    大臣どもに何を今更。お前に見切りをつけ私を王座に戻そうとした者たちだぞ。
    「陛下、バルコニーへ。お姿を見せれば民衆も落ち着きましょう」
    逆効果だと即座に判断するが、口には出さない。愚王と愚臣の道化劇を、特等席で眺めてやろう。
    「あ…」
    もつれた足でバルコニーへ向かう。途端に豪雷のごとき民衆の…罵声と怒声がマヘンドラへと浴びせられる。
    ああ!胸がすく!
    何度も後ろを、私を振り返る愚かな甥が、下を覗き込んで悲痛な叫びを上げた。なんだ?
    「かあさん!」
    牢に繋いで飼い殺していた老いた雌の獣が串刺しにされ高々と掲げられていると、小間使いが報告する。そうか、もはや兵の心もお前にないのか。

    哀れだ。
    滑稽だ。
    滑稽なほど憐れなマヘンドラ。
    我が甥よ。

    明るかった空は厚く黒い雲に覆われ、冷たい水気を含んだ風が吹き始める。そうか、また始祖の力を借りるつもりか。

    だが。

    本物の豪雷が、みっともない道化の上に落ちた。

    一瞬で黒焦げの木偶になり煙を立ち上らせる甥であったモノは、バランスを崩し、ゆっくりと、この高いバルコニーから落ちて行った。装飾に叩きつけられながらだ、民衆の元に届く頃には粉々だろう。

    「バラーラデーヴァ陛下…ばんざい…」

    愚臣の呟きはやがて王宮中、王都全てに広がっていった。

    バラーラデーヴァ陛下の御世に栄えあれ!
    太陽を戴くバラーラデーヴァ王を称えよ!

    吹き荒ぶ風雨の中でもかき消されぬ喝采に包まれても、私は何一つ高揚しなかった。
    まだ嵐はそこにいる。
    始祖の代行たる迅雷が次に処すのは、

    ーーーーー私だからだ。
    あおせ・眠月 Link Message Mute
    2022/09/05 20:29:21

    黄金と墜落(完結)

    #二次創作 ##マヘバラ

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