だらしない(腐*ノクプロ)「明日の朝から三日間、可愛い我が子たちはイグニスのお世話になります」
久々の連休前夜は、嫁さんのそんな言葉で終了した。
プロンプトの頭の向こう、壁掛け時計はその言葉を待っていたと言うようなタイミングで十二の場所で重なった。
「えーと……聞いてねぇんだけど」
「だって今日の夜決まったし、ノクトはさっき帰ってきたし」
さっき、という言葉が若干強いのは俺の被害妄想か。
だけど仕方ないんだ、三連休中に一切の公務を入れないよう今日中に片付けてしまう必要があった。もっとも、それもイグニスたちに言わせれば「もっと早い段階から少しずつ片付けておけ」の一言で終了する言い訳なんだが。
「いやまぁ……あー、でも三日丸々ってのは流石にイグニスにも迷惑なんじゃ……」
「俺だってそう言ったよぉ、でも本人が大歓迎だって言うんだもん。エステルもシエルも大喜びでさぁ」
口を尖らせ、子供っぽく不服の意を表明するプロンプトも、俺と同様に子供たちをイグニスに取られてしまったことが多少なりとも悔しいらしい。
けれどその直後にはふっと表情を和らげて、控えめに俺の手を取って明るく笑う。
「二人が居ないのは寂しいけど、イグニスも意地悪してるんじゃなくてさ……たまには二人っきりでゆっくりしろって」
「……」
俺もプロンプトも仕事で忙しい(もちろんイグニスやグラディオもだ)。それからシエルもまだ小さくて母親にべったりだから、確かに俺たち夫婦には二人きりの時間が足りてないのが現状だ。
イグニスは常日頃から割とそのあたりのことを気にかけているようで、俺に容赦なく仕事を振りながらも裏でこっそりフォローしてくれていることを知っている。
今日のこともその一環と思えば、子供たちを取られて悔しいという気持ちは薄らいだ。
そういう気遣いの元であれば、明日はプロンプトを連れてどっか出かけるのが正解だろう。そういや最近釣りにも全然行って――。
「まぁそんなわけだから、俺、明日は一日家から一歩も出ずにだらだらすんね」
「……はぁ~? 二人きりでどっか行こうってなるとこだろ、ここは」
「やだ、絶対やだ。だってどうせ釣り行こうぜとか言い出すもん」
開きかけていた口は瞬時に閉ざした。こういう見透かされてるところは高校の時から変わらない。
「ノクトがなんと言おうと、明日はだらしない格好して一日自堕落に過ごすよ。高校ん時みたいに」
「ん~、じゃあ晩飯はピザでも取るか」
「おっ、名案! 久々にゲームもしよっか、溜まってる映画も見てさ。あー、あと昼間からお酒も飲みたーい」
だな、と返せばプロンプトはまた明るく笑ってみせた。
■ □ ■ □ ■
で、翌日だ。
いつものように俺より先に起きていたプロンプトを探しにリビングまで行って、そこで眠気は吹き飛んだ。
「おはよ~、ノクト」
「おはようじゃねぇ、なんだその格好」
俺の言葉に、プロンプトは一度自分の格好を確かめるように下を向いてから首を傾げる。
「なにって、昨日宣言したじゃん。今日はだらしない格好で過ごすって」
「それはだらしないっつーか、やらしい格好だろ……」
頭が痛む気がして額あたりを押さえる俺を前に、プロンプトはもう一度下を向いた。けど結局意見は変わらないようで、「そう?」と短く返してくる。
ゆるいタンクトップはまぁ良い。多少胸元が開きすぎで、エステルが同じ格好をしていたら絶対にやめろと口を出してただろうが。
問題はその下だ。普通にスウェットでも履いてたら俺も何も言わない。だけど下着一枚ってのはどうかと思う。それもお前……Tバックって……絶対駄目だろ。
「……どーしても下を履きたくねぇなら、せめて普通のパンツ履け」
「え~、だってもうこれが普通になっちゃって、ボクサーとか窮屈なんだもん。それにこれちゃんと男用だよ?」
男用とか女用とか言う問題じゃないし、そもそも違いが全然わからん。強いて言うなら俺のために履いてるやつと比べてレース部分がないとかくらいしかわからん。
なんとか過激な格好で一日を過ごそうとする嫁さんを説得できないか考えるも、起き抜けの頭は思いの外ポンコツで何一つとして名案は生まれてこなかった。
言い負かせないと悟って、ひとつ大きくため息をつく。
それから惜しげもなく露出した尻を軽く撫でて、頬のそばかすに口を寄せる。
「これで俺がその気になっても文句言うなよ……いてっ!」
返事とばかりに俺の手の甲をつねって、プロンプトはいたずらっ子の表情をした。
それから真っ直ぐキッチンに向かって、冷蔵庫から二つの缶を取り出した。常備している見慣れたビール缶を頬に当てて、またにっと笑う。
「俺のこともその気にしてくれないと文句言います~」
子供みたいな笑顔で言い終わると同時に片方の缶を投げて、俺が無事キャッチするのも見届けずにソファに飛び乗る。
このテンション、さては……。
「先に一本空けたな」
「だってノクト、なかなか起きてこないんだもん」
隣りに座って頭を撫でると、嫌がる素振りも見せずにすぐ身を寄せてくる。
俺の知らないあいだに多少酒に強くなった様子だけど、こうしてビール一本で機嫌が良くなる姿は昔のままだ。どうやら酔いが回るのが早いか否かは気分によるところが大きいらしい。
「起こせば良かっただろ」
「だめ~、毎日忙しい旦那さんは、寝られるときは寝たほうが良いんだよ」
「……愛されてんなぁ、俺」
「あれ、今更お気づきですか、へーか」
機嫌の良い猫みたいに俺の首筋に頬を擦り寄せながら言うのに、まさかと返す。次いで「二十年以上前から知ってた」と続ければ、いまだにその事実が照れくさいらしいプロンプトに小さく頭突きをされた。
それでも気がすまないらしく、金色の頭はしばらくもぞもぞと動いたかと思えば、やがて俺の膝の上に乗り上げた。
ぴったりと俺に密着して、それから少しばかり照れくさそうにはにかむ。
「随分甘えてくるな」
「やだ?」
「んなわけねーだろ。普段からこうでも良いくらいだわ」
「子供が居る前でできないでしょ~」
まぁなぁ、と気のない返事を返す。頭にふと浮かんだのはエステルの顔だ。
俺らが仲良さそうにすると、娘はいつもプロンプトによく似たいたずらっぽい笑顔をしてみせる。
だからきっと、俺らのそういうやり取りを悪くは思ってないはずだ。本人に確かめたことはないけれど。
けどまぁ、悪く思ってないってのはあくまで俺の想像なので、「そんなことないだろ」とは言えず曖昧な返事で返すしかない。
なんてことを考える俺の顔を、プロンプトが覗き込んでくる。歳をとっても消えなかったそばかすを指先で撫でると、猫みたいに目を細めてからその指を取って唇を寄せてくる。
艶っぽい仕草に年甲斐もなくどぎまぎしながら、けれどそれを素直に表に出すような歳でもないので黙って唇をくすぐるように撫でた。
「……どした」
「あんね、イグニスからひとつ伝言預かってるんだけど」
「ん? なんだよ、仕事の話ならあとに――」
「そーじゃなくて~」
平和になったせいか幾分か筋肉の落ちた腕が首に回る。
そのまま顔が近づいて、俺の耳元に唇が寄せられた。
「三人目も期待しているからな……だって」
固まる俺をよそに、首に絡まっていた腕が解けて頬を両手で包まれる。
そうして慎ましやかなキスをされて、ようやく視界に入ったその顔は、思ったとおりいたずらっ子の表情をしていたのだった。