手入れ(腐*ノクプロ)「ねぇ、俺まだあんまり爪伸びてないよ〜?」
地面に直接あぐらをかいたグラディオの背中越しに、そんな声が聞こえてくる。
いかつい背中に不釣り合いの高く間延びしたそれは、もちろんグラディオのものではない。
椅子に腰掛けてグラディオの背中を見ていた俺は、皿をイグニスへ渡しに行く体で席を立つ。
そのまま一応はその目的を果たしたのち、元の場所には戻らず二人……グラディオとその膝に座るプロンプトへと視線を流した。
あぐらをかいたグラディオにすっぽり収まる形で抱えられたプロンプトは、背中をぴったりとグラディオの胸に預けている。
そうして右手を掴まれて、プロンプトがやられているのは爪の手入れだ。
本人が言うようにそんな伸びてるようには見えない爪をヤスリで整えて、そのあと表面を磨く。
身だしなみに煩いイグニスでさえ、そんなことをしているところを見たことはない。
というかあれは女がやるもんだろ。昔、クラスの女子が甲高い声で笑い合いながら似たようなことをしていたのを思い出す。
それをでかい図体したグラディオがちまちまやってるっていう絵面はある意味地獄絵図だ。
「アホか、伸びてなくても整えろって言ってんだろ。お前、割れても薄皮剥けてもほったらかしなのやめろって」
「だって別に痛くないし、困ることないんだもーん。っていうかグラディオだって割れてることあんじゃん!自分の磨きなよ!」
プロンプトは右手の爪を磨かれながら、つまらなそうに口を尖らせて放り出した足をプラプラと左右に振っている。
「俺のは良いんだよ」
「えー、なにそれー」
「お前のはせっかく綺麗な形してんだから手入れしてやれっつってんだよ。イリスは機嫌よく磨かれてたぜ?」
「いや俺、女の子じゃないしね!?」
文句を垂れながらも、プロンプトは好きにさせていた。
どうしてかって聞いたことがある。
グラディオが楽しそうだから、別に良いかなって。それが答えだった。
プロンプトはそういうやつだ。
グラディオ相手に限った話じゃない。
イグニスが嬉しそうだから、俺が喜ぶから、そんな理由で自分に益のないことをしようとしたりする。
「あ、つかお前、ここの傷やっぱり跡になってんじゃねぇか。だから手当てしてやるって言ったんだ、肌が白いから跡になると目立つっつってんだろ」
掴んだ手の甲をマジマジと見て、グラディオが渋い顔をする。
それにプロンプトは、甘えるみたいに後頭部を厚い胸板にグリグリと押し付けてみせた。
「だーいーじょーぶ! お嫁にいけなくなったらグラディオにもらってもらうから!」
「だーれがお前みてぇな喧しいのもらうか。俺は物静かな女がタイプなんだよ」
「ひどー! 俺もイリスに兄さんって呼んでほしかったー」
「それが狙いかよ、ぜってぇ許さねぇぞ」
腹の底がムカムカする。
プロンプトは誰にでもこの調子だし、グラディオに変な気があるわけじゃないことも理解してる。
グラディオはただ綺麗なものを綺麗にしておきたい、それだけだ。ガサツそうなこの兄貴分は、意外とそういう気質がある。
それでもイライラする。
安心しきったように身を委ねて、甘えるように遠慮もなく体重を預けるプロンプトの姿に。
俺にはそんなことしないくせにと、そう思うと今度は胸の奥がチクリとした。