癖 プロンプトの白い指が、彼自身の薄い唇に触れるのが視界の端に映って、何の気なしにそれを目で追った。
時折、唇が荒れた時にそうして指先でなぞることがあったから今回もそれかと思ったのだが、その指先はそのまま唇に(ほんの浅くではあるが)咥えられたので少し驚いた。
何をしてるのかとよく見てみれば、プロンプトはどうやら無意識のままに爪を軽く噛んでいるようだ。
さらによく見てみれば、唇に挟まれていない指の爪は少しガタついているように見えた。
それを認識した瞬間、高校生の頃の思い出が蘇る。それから、旅をしていた頃のことも。
プロンプトには癖がある。ストレスや不安を感じたりと精神的に弱っている時に爪を噛むという癖だ。
高校の時に軽率にもその癖を指摘してプロンプトに恥をかかせてしまった俺は、罪滅ぼしというわけでもないがその癖をやめられるよう協力したりもした。いや、罪滅ぼしだなんて美化するのはよそうか。プロンプトに片思いをしていた俺は、その手に触れる口実ができたことを良しとしただけだ。
けどまぁ、そんな下心はあったものの結果としてプロンプトの癖は完全にではないにしろある程度収まった。途中、慣れないキスの口実にし始めたせいでぶり返したりもしたが、キスにも直に慣れてしまえば爪を噛む暇なんかなくなった。
そうして高校を卒業して、再びその癖が気になりだしたのは旅に出てから少ししてからだった。
慣れない戦闘やら野宿やらで、その癖がなくてもプロンプトが精神的に参ってるのは明らかだった。しばらく経てば旅にも慣れ、常時癖が出るってこともなくなったけど、噛まないように予め切っとくなんて言って深爪をしていることも多々あった。
そんな旅の最中に再発した癖が最終的にどうなったかを俺が知るのは十年後のことだ。最後に見たときと変わりない白い指には、あの頃よりも綺麗に整えられた爪が並んでいた。それとなく爪を撫でた俺に、プロンプトは少し困ったように笑いながら「爪噛んでるヒマもなかったよ」と呟いたのを覚えている。
と、そんな思い出にふけったあと、目の前でタブレットを眺めながら相変わらず爪を噛んでいるプロンプトへと手を伸ばす。そのまま何も言わずにその指を口から引き離し、それからほんの僅かについていた唾液を拭う。
そこまで来てようやく自分がしていたことに気づいたようで、プロンプトは驚いたような顔をすぐに赤くしていった。
「あれ、今、爪噛んでた?」
「噛んでた。……なんかあったか?」
原因が明確なら手っ取り早いと聞いてみたものの、あいにく本人に心当たりはないようで、プロンプトはうーんと短く唸って首をひねった。
「なんだろ~、仕事忙しくてストレス溜まってたのかなぁ」
「あー、まぁ確かに、ここしばらくヤバかったもんな」
いかんせん人手不足の現状だ。お互いにバタバタとしてしまって、こうして家で一緒にだらだらしてるのも数週間ぶりという有様だった。
これは本人には言えない(イグニスとグラディオには言いまくった)愚痴だが、プロンプトが公務中は周りに誰も居なかろうがなんだろうが絶対に、何があっても、僅かでも、そういう意図を持って触れることを良しとしないせいで、俺にも一応溜まってるもんがある。それを掴んだ指を撫でている間に思い出した。
そのままプロンプトの指を引き寄せて、爪じゃなくて指自体を歯で挟んで軽く顎に力を入れる。夜まで待つつもりだったけど、思ったより限界は近かったらしい。
そんな俺の行為を目の当たりにしたプロンプトが、あ、と短く声を上げる。けれどそれは残念ながら艶のあるもんじゃなくて、何かに気がついたような声音だった。
なんだと問うように視線をプロンプトに向ければ、すぐに薄い唇が小さく弧を描いた。
「ずっとキスもできなかったから、口寂しかったのかも」
そう言って、プロンプトは自分の指を咥えたままの俺の頬へと唇を寄せる。肝心の場所は空いてないから仕方がない、とでも言うように。
慌てて指を解放して、逃げていく唇を追うように身を乗り出す。触れる直前、微かに上がった笑い声を聞きながら、今回の癖は多分すぐに収まるなと思った。