7％と失楽　私の友人シャーロック・ホームズはこれまでその並外れた頭脳を駆使し、ヤードも音を上げるほどの複雑怪奇な事件を幾つもいとも鮮やかに解き明かしてきた。そして私、ジョン・ワトソンは彼の同行者としてささやかながら彼の活躍を手助けし、許可が降りた場合には本として記録にまとめてその全容を世間に公表する役目を担っている。
　しかし私は今回起きた事件を記録するにあたっていつも通り彼の許可を取るべきか否か決め兼ねていた。勿論いつもなら彼の許可を得てのみ記録するようにしている。許可が降りない場合の理由については大抵、公表するにふさわしくないか、時期不相応と言われる。今回の事件において彼はきっと公表することを望まないだろう。なぜならこれから記録しようとしている件において記録を読んだ者は誰しも少なからず私達の冒険に対し多少の失望、若しくは憤懣を感じることを禁じ得ないからであり、ホームズのこれからの事件捜査や私達それぞれの名誉に少なからず不利益をもたらす可能性をはらんでいるからだ。事実を彎曲して記すことはホームズも私も望んでいない。そもそも彼は変わり者だが見栄っ張りではない。『オレンジの種五粒』、『黄色い顔』の公開を許可していることからも彼が自己の保身のため、又は名声のために私に指図して書かせていないことは明らかである。彼が公表を拒むとしたら、それは自分のためではなく一重に今後の事件捜査及びその解決を遅延、阻害する要因になりかねないからであり、広い社会の全ての事件の解決と悪の切除を望むがゆえであることをまず理解しておいて欲しい。
　その為、もしこの記録が私の手によって公開されることがなかったときは後にこの原稿を見つけた人物にその扱いを一任したいと思う。私のような凡人にとっても、かのシャーロック・ホームズにとっても等しく悩ましく、忌々しい事件であり、この記録においても軽率に扱うべきではないと思うがもし後の世で私達の冒険録の秘された一片が公開される時が来たならば、きっとその時が相応なときなのだろう。何しろこの事件は私達二人を含めて多くの人々に影響を与えた事件であり、(たとえそれを彼が不本意に思っていたとしても)いつになったとしても多くの人に知られるべきであると信じて疑わないからである。