なぜ愛せないの ねえアマデ、とヴォルフガングは彼に問いかける。
「どうしてパパは去ったのだと思う?」
ヴォルフガングの問いにアマデはさあと素っ気なく返した。彼はピアノの上で楽譜を書き殴る。自由に、気持ちの赴くままに。考える必要はない、浮かんでくるままに書けばそれが音楽になり、世界になる。
昔、パパは僕にとって必要だった。だけどもういらない。すでに去ってしまったから、いらない。アマデは過去を振り返らない。いつでも今だけしかない。今、彼の中にある音楽にしか、彼は関心がない。
ヴォルフガングは鍵盤の前に座り、アマデを見つめる。アマデは一心不乱に譜面を書き続ける。ヴォルフガングを一顧だにしない。
──パパはいつだって、喜んでくれた。
小さなころからずっと、ヴォルフガングの成功を喜び、幸福を祈ってくれた。失敗を悲しみ、励ましてくれた。宮廷での振る舞いも楽器の扱いもパパが教えてくれた。ずっと、ずっとずっと愛されてきた。
──なのに、どうして。
いつの間にか、パパはヴォルフガングの栄光を喜ばなくなっていた。思うままに曲を作ればそれは違うと言われる。ただ自由にしていたいだけなのに、些細なことで注意をされた。口論と呼べるほどの口論になったことはない。
ヴォルフガングはヴォルフガングらしくいたいだけだったから、いつもどうしたらいいかわからなくて、パパの言葉を聞きながら困惑するしかなかった。
──僕は、パパのように、他の人のようになれない。
ヴォルフガングはいつしか、自分がこの世界において異物であることを知っていた。自然とわからざるを得なかった。例えばヴォルフガングのちょっとした言葉で周囲が憤るとき、パパが必死になりそれを謝る姿を見ながら──いつだって済まない気持ちはあった、でもヴォルフガングは、そのようにしか振る舞うことができなかったのだ。
そのヴォルフガングに生きる道を教えてくれたのはパパだった。
音楽を教えてくれた。音楽はヴォルフガングに翼を与え、この世界でのヴォルフガングの意義を与えてくれた。
──音楽で、僕はみんなに、喜びを与えることができる。
それは音楽が、引いてはパパが教えてくれたすべてだった。
ヴォルフガングは鍵盤の上に頬をつける。冷たくて心地良い。考えることは苦手だった。ヴォルフガングが考えるまでもなく、いつもパパがなんとかしてくれたから。
「……僕のこと天才だって、言ったじゃないか……」
ヴォルフガングの他に誰もいない部屋で呟いた言葉は、聞きとがめる者もなく虚空に消えていった。