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    優しい記憶 その書簡を受け取ったとき、驍宗はしばらく考えた。
     王の寵姫である耀花からの招待だった。普通、臣下は後宮に出入りできない。しかし耀花は王の許可を得て自分が気に入った官吏や女官たちを呼び集め、後宮で饗宴を設けることがあった。その豪華絢爛なことは白圭宮においては知らぬ者がなかった。
     王は戴の国中から美姫を集めた。耀花は豪商の娘に生まれ、十四の年に召されて後宮に入った。十八歳になる今年ようやく仙となったが、生来浴びるような贅沢で美貌を磨かれてきた娘を王は寵愛した。
     王宮の乱費を支えるのは各地の民から徴収する税だった。民は重税に喘いでいる。耀花の徒消について進言した者は驍宗の他にも数知れなかったが、王が聞き入れることはなかった。
     王は耀花のために後宮を普請し直し、冬官に命じて玉と貴石で堂室を飾らせた。中でも趣向を凝らしたのは中庭に造らせた噴水で、全て玉を切り出し、宿木に留まる鳳凰の足元から金銀の箔の浮いた酒が湧き出しているというものだ。その噴水を驍宗は当然見たことがなかったが、建造当時に王が自慢げに話していたのを覚えている。
     耀花の服飾品や繰り返す饗宴による歳出は年々大きくなる一方で、後宮の女官の耀花の評判は悪くなかった。朗らかで優しく、側仕えの者に不幸があれば涙を流して同情し、見舞いや自らの装飾品を与えるという。耀花を直接知る者は皆、素直で親切な方だと言った。
     驍宗は耀花からの招待を好機と捉えた。
     耀花は民の惨状を知らずに散財をしている可能性がある。聞いた通りの人格であれば、忠告する者がいれば行いは改められるのではないか。
     驍宗は苦く笑う。本来であれば王を止めるのが一番良いのだ。しかし、王はどこまでも奢侈に傾いた。最近は耀花の好みに合わせた華美な音楽を演奏させるため楽士を増やすつもりだという。更には自身が主演する芝居のため金銀の甲冑を細工させている。
     驍宗は招待を受ける旨の返事を書き、下官に渡した。
     饗宴は六日後の夜であった。


     驍宗が女官に案内を請うと、そのまま路寝を避けて燕寝のほうまで連れて来られた。小寝の前は煌々と明るく、はやくも大勢の人の気配がする。
     連れられるまま小寝に入る。玻璃の窓は無数の金銀で縁取られ、窓の間の柱は床から天井まで剔紅で、大輪の牡丹が彫り込まれている。
     走廊にも香合が置かれ、玉を細工して作られた龍の腭から薫煙が昇っている。甘いがどこか獣のような香りがした。
     正殿に入ると、既に宴席は始まっていた。酒精が強く匂う。着飾った女官に負けず劣らず派手な格好をした官吏たちが一斉に驍宗を見て、決まり悪そうに視線を逸した。
     驍宗は幾度も奢侈を諌める奏上をしていたが、その度ごとに退けられていた。王は共に遊興に耽る者達を政治に関わらせることはしなかったが、水が漏れるように朝は腐敗を始めていた。賎吏が横行し、自らの実権を拡大するため王に誣言を囁き贅沢を勧める。ここに居並ぶ者達は皆、多かれ少なかれその類だ。
     堂室の中は一面の珊瑚だった。灯火に照らされ、薄紅色から血のように赤い朱色まで色調の差で微細な彫刻が浮かび上がる。これほどの意匠は外宮でもそうはない。全て王が耀花のために仕立ててやったのだろう。
     一際豪奢な着物に身を包み首座に座った若い女が、驍宗を認めて艶然と微笑んだ。
    「乍将軍、いらして頂けて嬉しく存じますわ」
     驍宗は耀花に礼を取る。
    「お招き頂き感謝致します」
     顔を上げた驍宗を耀花はまじまじと見つめる。
    「まあ。……乍将軍は本当に美しい瞳の色をしているのね。主上がお気に入りのはずだわ。気を悪くなさらないでね。わたくし、あなたにお会いしてみたかったの」
     耀花はころころと笑い、剔黒と螺鈿の細工の扇で朱色の唇を覆った。
    「それから、わたくしの宴で一度は乍将軍と丈将軍を並べてみたかったの」
     丈将軍、とは驍宗と同じく禁軍を預かる丈阿選のことだ。政治向きの才覚もあり武勇も同格、ゆえに合わせて王師の竜虎と名高い。
     阿選は耀花のお気に入りであるとの話だった。この場にもいずれ姿を現すのだろう。口さがない者は寵姫の愛人と噂したが、驍宗が調べさせた実態は違う。
     王は耀花に僅かではあるが土地を下賜していた。耀花はそれを実家の者に自由にさせた。それ以来、土地の民は耀花の実家の気紛れな収奪に怯えることになった。寵姫に関わるものだから却って王法が行き届かない地に成り果てていたところに阿選が介入した。
     阿選の助言により耀花は土地を王に返上し、代わりに金銀の宝飾を得ていた。それが耀花には余程有難かったのだろう、阿選は耀花によく呼ばれるようになった。
     阿選が耀花の徒消を諌めていないとは思えなかったが、それだけ難しいのか、あるいは諌めて今の状態なのか。どちらにせよ驍宗は自分の目で確かめたかった。
    「……失礼致します」
     驍宗の背後で声がした。振り向くと阿選と目が合う。
    「驍宗」
     阿選は驚いた顔をした。驍宗は笑う。
    「阿選! 遅いわ、またお仕事?」
     耀花が声高く呼ばう。阿選は耀花に視線を移した。
    「申し訳ありません」
     耀花は拗ねて唇を尖らせる。
    「阿選はいつも忙しいのね。乍将軍、禁軍ってそういうものなの?」
    「……ええ。我々は戦ばかりしている訳ではありません。警羅や土木も仕事のうちですし、丈将軍は主上のお覚えもめでたい方ですから」
     驍宗が答えると、耀花はつまらなそうに溜息をついた。瑠璃の髪飾りが白い額の上で揺れる。
    「知ってるわ、阿選は主上の臣下ですもの」
    「耀花様」
     阿選は苦笑して耀花を窘める。耀花は扇で自らを煽いだ。
    「大丈夫よ、分かっているわ。……それにしても双璧とは良く言ったものね」
     耀花は笑い、驍宗と阿選を検分する。
    「そうね、並べるとそんなに似ている気はしないわ。でも背格好が少し似ているかしら。わたくし、武人というものが好きではないのだけど、二人ともあまりごつごつと大きくないのが良いわ。見栄えが良いもの」
     耀花は扇を閉じると微笑んだ。
    「乍将軍にはゆっくり楽しんで頂けると嬉しいわ。阿選はこれへ」
     驍宗はそのまま女官に呼ばれて酒席に座る。阿選は耀花の隣に腰を下ろした。
     耀花は阿選に親しげに話しかけ、阿選は淡々とそれに返す。ただ王の寵姫と臣下というには耀花の態度は近しい。
     正殿のそこかしこで嬌声が上がる。蕩尽されているのは大量の酒や酒肴だけではない、色鮮やかな菓子も絶えず運ばれてきて、碌に口をつけることもなく廃棄されていく。賭博が行われ、数字に一喜一憂してどよめいた。
    ──今このときも、民は貧困に喘いでいるというのに。
     思うと、驍宗はいたたまれなくなった。この贅沢を支えるための重税がどれほど民の生活を押し潰していることか。
     驍宗は酒器を置いた。立ち上がり、耀花の前に歩み寄る。
    「耀花様。お願いがございます」
     阿選に何事か耳打ちしていた耀花は、驍宗を見遣った。
    「なあに? 乍将軍」
     鈴が鳴るような声が返ってくる。
    「耀花様はこの国の民の窮状を御存知でしょうか。元より産業に乏しい国です。鉱山資源で何とか食いつないでも冬は長く、一年の半分しか農作物が採れません。即ち、民は一年の半分でもう半分の蓄えをしなければならない。その上、税の取り立ては厳しく年々重くなります。……宮廷の贅沢が、民の生活を圧迫するのです」
    「つまり、なあに?」
    「今一度、このような宴が必要であるか、考え直して頂きたく存じます」
     瞬間、堂室の中が静まり返る。耀花は不思議そうに言った。
    「わたくしは主上に許されてこうしているのだけど」
    「存じております」
    「では、乍将軍はどうしてそんなことを言うのかしら。将軍は主上の臣下なのでしょう? よく分からないわ」
     耀花は愛らしく首を傾げる。驍宗は声を上げた。
    「耀花様」
    「ごめんなさい。わたくし、難しいことは苦手なの」
     耀花は煩わしそうに首を振って息を吐いた。
    「ねえ、興を削がれてしまったわ……」
     耀花の言葉に堂室では失笑が漏れる。驍宗には敵が多い。ましてやここに居並ぶような連中など、驍宗を蛇蝎の如く嫌う者も少なくなかった。
     ふと阿選の視線を感じる。阿選は笑うことなく、驍宗を見つめていた。
     驍宗の忠告は徒労に終わった。もはやここにいる意味はない。酒を舐めながらそろそろ退出すべきかと考えていると、不意に耀花の声が驍宗が呼んだ。
    「乍将軍、聞いて頂きたいことがあるの」
    「……何か」
     耀花は何が楽しいのか、くすくすと笑う。
    「時々この宴でやる余興なのだけど。目隠しをしてくるくると回るの、独楽みたいにね。乍将軍はやって頂ける? それともお嫌?」
    「耀花様、お言葉ですが」
     傍らで阿選が焦ったように口を挟んだ。
    「我々武人は騎獣を操る訓練を受けております。騎獣はとてつもない速さで空を駆けますから、武人は目に頼らず方向を掴むことができます。乍将軍では余興にならぬかと」 
     阿選が驍宗を庇おうとしてくれているのだと分かった。しかし耀花はにっこりと笑う。
    「それなら尚更、見てみたいわ。乍将軍、やって頂けるかしら?」
     驍宗は小さく苦笑する。
    「承知しました」
     耀花は満足げに頷き、懐から緋色の絹布を取り出した。
    「阿選。乍将軍に目隠しをしてあげて頂戴」
     阿選は絹布を細長く纏め、驍宗の背後に歩み寄る。
    「悪いな」
     聞こえるか聞こえないかの大きさで囁かれた声に、驍宗は笑った。甘い香りのする絹布が驍宗の目元を覆う。
    「すぐに飽きるだろう。……私は面白みのない男だから」
     そう返すと阿選は苦笑する。驍宗の後頭部で結び目が作られた。
     阿選が驍宗から離れると、入れ替わるように誰かが両脇から驍宗の肩を掴む。力を入れられて独楽のように身体を回された。驍宗はなされるがままにさせていた。
     阿選が言った通り、武人は余人よりは視界に頼らず行動することができる。しかし平衡感覚を狂わされて全く平気ということはあり得ない。
     肩を掴んで止められたとき、驍宗はたたらを踏んだ。ふらついている自覚さえなかった。均衡を取ろうと足元に体重をかけるが、力が入らないのか上体が傾く。
     驍宗の周囲で一斉に笑いが起こる。中でも響くのは耀花の無邪気な笑い声だったが、日頃から驍宗を良くは思っていない連中の嘲笑が混ざっているのも驍宗は感じ取っていた。
    「乍将軍、こちらに来て頂戴」
     鈴のような耀花の声が驍宗を呼ぶ。驍宗はそちらに向かって歩こうとするのだが見当違いのところに行こうとしているらしい、再び笑いが沸いた。
     その時だった。驍宗の右手首が誰かに掴まれた。そのまま右手を引っ張られる。不確かな足取りでしばらく着いていくと、急激に喧騒が遠ざかる。
     気付くと香の薫りも酒精も消えていた。驍宗の手を引く誰かは早歩きで進んでいく。二人ぶんの足音だけが聞こえる。
     なんとなく、阿選ではないか、という気がした。
     驍宗は左手で自分の後頭部を探った。結び目に指を挿し込むと簡単に解ける。あるいは解けやすいように結んでいたのだろうか。
     視界が効くようになると、薄闇に阿選の背中が浮かんで見えた。驍宗はしばらく黙って手を引かれていた。
     阿選が戸口を開け、夜気が驍宗の額を撫でる。阿選はそこでようやく驍宗を振り返って目を見開く。
    「目隠しを取っていたのか」
    「ああ」
     驍宗は笑う。阿選は驍宗の手首を放した。
    「苦労するな、丈将軍」
     驍宗の言葉を受けて阿選は苦笑する。耀花のことだった。
    「悪気がある訳じゃない。だが人の言葉を受け付けぬ」
    「そのようだ。長続きはするまいが」
    「そうであろうな……」
     耀花の権勢は王の寵姫ゆえだ。王の寵が移ろえば彼女の権勢も萎む。
     阿選を見て驍宗は笑う。
    「今回は助かった」
    「正直なところ、お前が来ているのを知ってから気が気じゃなかった」
    「うん。私にはああいうのは無理だな」
     驍宗があっけらかんと言うと阿選は微苦笑を浮かべた。
    「それは、なんとなく分かるな」
    「だろう」
     阿選は耀花、ないし後宮の者達を統御しようとしているのだろう。後宮を統制下に置ければ、ある程度は王の奢侈を留めることができる。嫉妬や欲望渦巻く後宮でそれを図るのは並大抵のことではない。
    「ここを真っ直ぐ行くと来た道に戻れる。迷うなよ。後宮を男がうろつくと面倒なことになる」
     阿選は小寝の外の庭院への道を指さした。驍宗は笑う。
    「ありがとう」
     阿選は微笑む。
    「ああ。気をつけて」
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    2020/01/05 22:15:50

    優しい記憶

    驕王治世下の双璧と呼ばれたころ、目隠しされた驍宗が阿選に手を引かれて夜を歩く話
    #十二国記 #白銀の墟_玄の月 #阿選 #驍宗

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