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    食べ損ねたりんご飴(SIDE 高槻)加筆修正しました誰かが意図的に抜き取っていった記憶。
    まるで本のページが一部だけ破りとられたみたいになってしまった。

    長野に行って、深町くんの従兄弟のお兄さんと食事をしたらしい。さぞ楽しい飲み会だったと健司が笑っていた。その部分をかいつまんでしか教えてくれなかった深町くんは少々むくれている。そのことに関しては内緒にしておきたかったらしい。健司がとにかく地酒がうまかったと繰り返し、コイツの慌てふためくさまが最高だったとニヤニヤと口を緩めた。もっと詳しくと話を急かす度、もう言ういいじゃないですかと深町くんが苦い顔をしていて、まるで春に叔父が訪ねて来た時と立場が逆転していたようでおかしかった。
    それから件の村に向かい、山を登り、山を越えた村の夏祭りに参加したらしい。聞き込みついでに成り行きで設営を手伝い、出店を回り、三人で普通の夏祭りに興じたらしい。楽しかっただろうな、と思う。わたあめとかりんご飴、食べたのかな。もう夏祭りのシーズンは終わってしまったから今年は食べ損ねてしまった気分だ。そのあと帰り道で、黄泉の穴を落ちてしまったという。
    黄泉平坂では不思議な経験をしたとあの子は口にした。走馬灯ともいうべき現象。過去につけた傷。僕は背中から血を流していたらしいと聞いて背中の古傷が疼いた。
    そして逃げようとした矢先で死者に取り囲まれた時に、沙絵さんが現れて助けてくれたという。
    八尾比丘尼の彼女がした占いは当たったというわけだ。
    この子には試練が与えられ、僕はどうやら知りすぎたらしい。辻褄は合う。合うけれど、いくつかパズルのピースが外れているような違和感があった。
    だから、この子に尋ねた。
    「なら、その前に彼等は僕たちに何を要求したのかな。僕らの肩代わりを彼女はしてくれたんでしょう?」
    かつて子どもだったこの子が、迷い込んだ先で罰として飴を選べと言われたように。
    僕らにもそれ相応の代償を要求したはずだ。そう、思った。
    そして、僕はこの子を守るために何をしたんだろう。
    でも自分の事だ。なんとなく想像はつく。
    今回の旅行はある程度は危険を承知の上だった。その僕が行こうと言い出した先で、この子の身に危険が生じたのであれば僕は何を捨てでも守る義務と責任があった。
    それは何ら不思議ではない。沙絵さんがあの場に居た事。八尾比丘尼という発言。不老不死。気になることばかりだ。でも、今は何より、なんでこの子がそんなことをひた隠しにしたかったのかが僕は分からなかった。
    想像は簡単にできた。でも覚えていない。思い出せない。なら僕ができることはこの子に謝罪することくらいだった。
    その言葉をこの子は謝らないでくださいと、許してないと突き返してきた。
    「大体あんたいっっつも自分勝手なんですよ! 調子のいい時だけ大人ぶるのズルいんですよ!」
    「だって、」
    「だってじゃないです」
     深町くんが振り上げた手の平がテーブルを叩いて、室内に乾いた音が響いた。
    「でも」
    「でも?」キッと見上げてきた瞳とぶつかる。身長差からどうしてもこの子を見下ろす形になる。言い訳なんて言わせないという剣呑とした声に思わずうっ、と声を詰まらせると更に眉間のシワが寄った。
    まるでため込んでいた感情を吐き出すかの様に声を荒げた。
    「でも、なんだって言うんですか? 何度言っても大丈夫じゃないのに大丈夫なフリするし、俺に言ったらバレるからって今度は黙秘権使うし、自分の事は蔑ろにして、他人ばっかり優先して……! 先生だからって、そんなのが理由になるわけないんですよ」
    言葉を挟む隙間もない。耳が痛い言葉ばかりが並ぶ。これではいつかの夜の二の舞だ。ものすごくこの子の逆鱗に触れたことだけは分かる。何ならあの日よりひどい。何をしたんだろう、僕。いや、何となくは察してはいるけどどんな物言いをしてこの子に言い聞かせようとしたんだろうか。
    この口を塞いでも意味がないだろうな、と思う。睨むように見上げてくる顔が怖い。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。手で口を塞ごうものなら噛みつかれそうだった。
    「大体が先生だからってなんだって言うんですか! そんなに偉いんですか? 俺の気持ちまで無視しないでください!」
     だってそれでも、僕は先生だからと思う。
    君よりほんの少しはやく生まれて、ほんの少しだけど人生経験が多くて、だから迷子みたいな君の手を引いてあげたかった。
    そのためには見栄も矜持も、強がりも、必要だった。大人でいたかったし、格好をつけたかった。
    僕は君に頼ってほしかっただけなんだよ? 
    「俺の事なんだと思ってるんですか」
     でも、この子にこんな顔させていたら、先生失格だ。
     大切に、大事に、守ってあげたかった。やっと出会えた。嬉しかった。中身を知ったらもっと知りたいと思った。そしたら一緒に居たいと思った。僕だけじゃないとはじめて思えた。それだけなのになんだか空回りしてばかりだ。上手くいかないなぁと苦笑が漏れる。
    「………馬鹿にしてるんですか」
     涙をこらえるようにくちびるがへの字に歪む。
    馬鹿になんてしてない。でも、きっとこの子が求めているのはこういう僕じゃない。もしかしたら手を引いてあげるだけが優しさじゃないのかもしれない。
    「——手を放さないって、最初に言ったのあんたなんですよ」
    僕はただ泣き出す寸前みたいな、顔くしゃくしゃな顔をして堪えるこの子を抱きしめてあげたかった。既に瞳は涙で濡れている。目頭からは今にも溢れてしまいそうだった。
    「俺、もうあんなのごめんですからね」
    あんなの、とまるで吐き捨てるような言葉に、よほど僕は酷いことをしたらしい。申し訳なさと同時に、なんだか段々可笑しくなってきた。だって君は教えてくれないし、僕は覚えてない。ならもう、そんなことより今は優先すべきものが目の前にあった。ツン、と視線を反らされた横顔が拗ねた猫みたいだと思う。さっきまではまるで毛を逆立て怒っている子猫のようだと思ったらつい、笑ってしまった。
    「って、何笑ってるんですか!」
    「いや、うん、猫みたいだなぁって」
    「はぁ⁉ あんた、人の話聞いてました?」
    そう、怒られた。無理もない。ごめんなさい。うん、話は聞いてた。ごめんね、怖い思いばかりさせちゃったね。じと、と胡乱気にこちらを見るこの子の顔を見て、また「ごめんね」とつい口癖のように謝罪の言葉が出てしまった。怒られる前に言葉を重ねる。
    「うん。だから、僕の事を君にあげるよ」
    僕に差し出せるものなんて、僕自身ぐらいしかない。
    「それで許してよ。僕は僕の事そんなに大事に出来ないから」
    ねぇ深町くん。
    君は頑なに口にしないけれど、僕は僕がしたことだから何となく想像は出来る。そのことで僕の事を怒っているなら、君が持っていてくれた方がいい。
    「……なんでそうなるんですか」
    「君の方が大事にしてくれそうだから?」
    「俺に聞かないでください!」
    「えー…、いや?」
    「嫌とかそういう問題じゃないと思うんですけど」
     じゃあどうしたらいいのかな。名案だと思ったんだけどなぁ。
    「それにね、僕は君のことが欲しい。ずっとね、君は僕なんかに見つかって、巻き込まれて、大変な目に合ってばかりで、だからせめて僕が守ってあげなきゃって思ってたんだけど」
     地図が読めて常識が分かればいい、なんて口説いてバイトをお願いしておいて実際調査に出向けば事件や犯罪はついてくるし、警察沙汰も珍しくない。放火された時さすがにちょっと大変だったし、僕の不注意とは言え真冬の滝つぼに落下はするし君には迷惑をかけてばかりだ。
     だから、ここに居たいと選んでくれるなら、僕が守ってあげなきゃと思っていた。
    「でも、これじゃあ君の意志を尊重できてなかったなぁ、って」
    「俺の、」
    「うん。——ねぇ、深町くんはどうしたいの? これからも僕と一緒に居てくれる?」
     手放したくない、なんて今思えばなんて大人気ない発言だっただろう。確かに調子のいい時だけ年上面をしているなぁ、と思う。あれじゃあ、おもちゃが取り上げられそうになった子どもと変わらない。
    そっと手を伸ばしてこの子の手を取る。固く握りしめられた拳に触れると少したじろぐように身を引いた。この拳に込められていたのはどんな思いだろうか。憤り、困惑、思慕、焦り————思われてるなぁ、なんて言ったらまた怒られるのかな。
    「———————おれ、を、」
    「うん」
    両の手で包んで、触れる。僕よりひとまわり小さな手のひら。甲に浮いた骨を辿って、指に触れる。その先には形のいい爪がある。少し伸びた爪。手の平に食い込んでいた。後で爪切りを貸してあげよう。
    「…………置いて行かないで、くれますか」
     ぽつり、と聞き逃しそうなほど小さな声をくちびるにのせた。ゆるく絡めた指に力が入る。
    「うん」
    「…………おれ、は、」
    「うん」
    「怖くて」
    「うん」
    「俺が、間違えた、のに」
    「…………うん」
     僕のフリをしてこの子の手を引いてくだったなにか。
     沙絵さんに事前に間違えるな、と言われていたらしい。
    「せんせいが、」
     声が上擦った。涙が頬を伝った。
    「……っ、せん、せいと、」
     咄嗟に涙を拭おうとした手の甲が眼鏡のフレームに当たった。眼鏡を外して乱暴に手の甲で涙を拭う。もう一度、掛けようとしたその腕を取って、身体を引き寄せた。
    「うん」
     ぽん、と背中を叩く。
    「大丈夫だよ」
    君が怖がることなんて何にもないんだ。
    「僕はここにいるし」
     ぽん、ぽん。子どもをあやすように背中にふれる。
    「深町くんもここにいる」
     絡めた片手はそのままだ。君がが間違えないように今度は僕が握っていてあげるから。
    「心臓の音、するだろう?」
    「……はい」
    「ほら、体温もちゃんとある」
    「………はい」
    ふと、見上げてきた頬にくちびるを寄せた。
    「あ、涙はしょっぱいね」
    「………っ!」
     びっくりして見開いた瞳に僕の顔が見える。いつもだったら逃げられている距離にこの子がいる。背に回した腕で腰を引き寄せるとパイプ椅子が軋んだ音を立てた。
     そのまま吸い寄せられるようにくちびるを重ねた。
    「………せんせいはあまいですね」
    「嫌だった?」
    「…………いまさら、きかないでください」
     と、言われても。あまいものが苦手な君が嫌だったら困るような気がするんだけど。照れ隠しなのか突然、ぐぐぐ、と頭を胸に押し付けてきて顔が隠れていく。ああ。逃げ場がないからってそんな面白いことを……。つむじ。艶のある黒髪。癖のない髪から見え隠れするりんご飴のような真っ赤な耳が見える。その背には卓上に置かれたマグカップ。
    「あー、コーヒー冷めちゃったねぇ」
    「……また、淹れてくれますか」
    「もちろん。深町くんが好きなだけ」
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    2022/07/27 20:56:40

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    #高深 #彰尚

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