Rest in my lap, Please 夜も遅いこの時間、部屋のドアがノックされた。私以外はリビングで執行部の会議中のはず。何かあったのだろうか。慣れない量の家事をこなし、ようやく休憩モードに入った体をベッドから起こしてドアを開けた。
そこにいたのはバルバトスさん。久しぶりに間近で見る彼は、微かに疲れが滲んでいる、気がする。よく見ると、いつもきちんと結ばれているネクタイは少し緩められて首元が見えている。
「こんばんは」
「こんばんは。あれ? 会議終わったんですか?」
「いえ、休憩中です。お邪魔してもよろしいでしょうか」
よろしくないわけがない。どうぞ、と部屋に招き入れドアを閉めるなり、お久しぶりです、という溢れる感情を抑えるような言葉と声と共に抱きしめられる。RADの廊下ですれ違ったり、議場で顔を合わせたりといったことはあったけど、でも。本当に、お久しぶりです、と返事をしてしばらく腕の中の居心地を堪能した。
ここ最近、RADの一部生徒の素行が問題になっており、執行部メンバーは連日朝早くから夜遅くまで対策会議と各所への対応に追われている。ちなみに私は人間なので危険ということで対策メンバーから外されている。その分、すべての家事当番、各アニメの録画予約、中庭に来る猫への餌やり、限定コスメの予約等々を一手に引き受けていてそれなりに忙しい。
忙しいと言っても他のみんなは一日数時間しか家にいられないことも珍しくないので、私はかなり楽な方だと思う。ルシファーに至っては帰ってこない日の方が多い。今日の会議をRADでなく嘆きの館で行っているのは少しでも長く休めるよう気を遣った結果かな、と思う。
温かいお茶でも、と思ったけれど貴重な休憩時間に会いに来てくれたのにいきなり席を外すのも悪い。とりあえずこのままでは休憩にならない。
「あの、座りませんか」
「私はこのままでも構わないのですが……」
ちょっと不満げな返事を聞かなかったことにして、二人並んでベッドに腰を下ろす。その途端に小さくあくびをし、眠そうに目を擦るバルバトスさん。緩められたネクタイといい、やっぱりお疲れらしい。おそらく誰にも見せていないし、見せることのない、疲れた姿を見せてくれるのはちょっと嬉しいけれど、大丈夫なのか心配になる。
「連日お疲れ様です……その、だいぶお疲れのようですし、少しでも寝た方が楽になると思うのでどうぞ」
私の膝をぽんぽん叩いて、ここにどうぞ、と促す。本当はベッドを貸してあげたいくらいだけど、本格的に寝てしまってはまずい。
「しかし、折角お会いしたのに寝るわけには……」
ごもっとも。久しぶりの逢瀬、私だってあれこれしたいことはある。でも今は出来る限り休ませてあげたい。渋るバルバトスさんを見つめたまま、無言で再度膝をぽんぽん叩くと観念したようで
「……失礼します」
の声とともに膝の上に頭が置かれた。居心地の良い位置を探って動いていたものの、すぐに寝息を立て始める。
バルバトスさんはいつも私より後に寝て、私より先に起きるので寝顔は滅多に見られない。写真でも撮っておきたかったけれど、残念ながらD.D.D.は遥か遠く机の上。
手持ちぶさたでやり場のない手にふと緑色の髪が触れた。触れたことがないわけではないけれど、改めて触れた髪はさらさらで滑らか、少しふわふわしていて柔らかでいつまでも触っていたくなる。以前、悪魔は人間にとって魅力的に見えるものと言っていたけれど、これもその一端なのだろうか。
惹きつけられるように明るい方の髪を一房手に取り、触れる理由を求めて三つ編みをしていく。
残念なことに、元々そんなに長くない髪なのですぐに編み終わってしまう。まだ触れていたい、とまた髪に手を伸ばそうとした瞬間、私もよく知っているD.D.D.のアラーム音がした。その途端バルバトスさんは飛び起きて素早く服を整えると
「ここまで寝入るつもりはなかったのですが、大変申し訳ありません」
と謝罪しつつドアノブに手をかけた。寝るように言ったのは私だから謝る必要なんてないのに。それに寝顔も見られたし。それより髪を解かないと。
待ってください、と言いかけたところで何かを思い出したようにこちらに戻ってきた。
「あ、ちょうどよか」
唇によく知った柔らかい感触が触れて言葉は遮られた。会議中に飲んでいたのか、かすかに紅茶の味がした。名残惜しそうな表情で私の頬を撫でるバルバトスさん。
「また後ほど」
遠ざかっていく靴音に我に返り、残された言葉の意味を考えるより先に、慌てて後を追いかけた。