銀魂ログまた子→高杉
あぁ、今年もまた、この季節が来てしまった。また子は暗澹とした気持ちでぼんやりと思っていた。机のうえに腕を投げ出し、頭をのせて、窓の外の、白いだけの世界を眺める。窓をうちつける風――うるさい。
この、季節―――雪のまだ深い、どんな植物も動物もまだ雪のしたでねむってる、この季節は嫌い。―――また、あの方の、あんな姿を見なければならないから。
晋助様はこの季節になると毎年、ある朝ふらりと出掛ける。とももつけずに、たったひとりで、雪深いあの場所へ行く。そのために梅園に先に行くんだってことも、知ってる。春に先立って咲く梅だってまだだ。だけどあの人はそこで、たくさんの節くれだった梅の枝を、切ってくる。
あなたが生き残ったことが、悪いわけじゃないのに。
ばん、と風が窓を殴りつけて、天井がぎしぎしときしんだ。―――どうか、あの人の前にこの風が吹かないよう。雪の中ひとりで、咲かなかった梅をかかえて歩くあの人のもとに、少しでも、日が差してくれたらいいのに。
あの人は、一人でかつての同士の墓前に、何を思っているのだろう。うしなわれた多くの仲間たち―――たむけるのは、はやすぎて咲くことすらできなかった梅の枝。
花のない梅の枝の束をかかえて、すっかり白い墓所を歩くあの人を思うと、胸が痛んだ。菩提を弔うなんて、そんな、生易しいものじゃ、ないんだろうな。
視界がにじみ、また子はくやしくて顔をふせた。腕にひたいをおしつけた。涙なんか流したくなくて、唇をかみしめて呼吸を止めた。
晋助様―――あなたより先に、死んだりなんかしない。となりで戦って、戦って、死ぬときも、あなたと一緒がいい。
ごうと音を立てて、風が一層つよく、窓を揺らしていた。今日も明日も、雪は積もっていくんだろう。そうしてすべてを埋めてしまって、暗く冷たい冬のあとに、どうか花が咲きますように―――声にならない祈りが、風のおとに紛れていった。
銀さんと高杉
終わってるんだな、と、銀時はつぶやいた。
何の感情もうかがわせない―――それがかえって、奴の中にはまだ生きているのだと感じた。
「…高杉、てめえの中ではもう、本当はすべてが、終わってんだな」
剣を向けた、銀時の目は揺るぎない。馬鹿みてえに変わらねえな、戦場にいた頃と、先生といたころと。それが分かるから、俺は笑った。
「…終わってねえのは、てめえなんだよ、白夜叉」
どれだけ新しい居場所を作ろうと、その目はいつまでも戦場を見ている。だから、俺は必ずてめえが戦場に戻ってくると思ってた。護っても、護っても、お前はなくしつづけるんだ―――笑えるな。
俺が壊すのは、あいつらを埋葬してやる場所を、作ってやりたいからだ。かつての仲間を、先生を、先生と過ごした日々を、仲間たちが望んだことを、夢も理想も、失われたすべてのものを―――天人がやってくるまでにあった、この国の姿も心も、サムライも、すべてのいとおしむべきものを埋葬する。そのために、終わらせるんだよ、何もかもを。
それを聞いて、銀時は、にや、と笑った。
「…終わらせねえよ、俺が」
銀さんと坂本
あーあ、となんとなく呟くと、隣で、あっはっはー、と昔っから変わらないお気楽な声がした。
「なんぞ悩みかやー金時」
「銀時な、いまさらだけど」
「そうじゃな~おんしに悩みがあるとは思えんきに」
「お前にだけは言われたくねえわーソレ」
ぼんやりとそらを見上げて、なんとなく会話を続ける。
「アッハッハー、失礼なやつじゃのー!」
「ああ?頭カラのくせに悩みとか言ってんじゃねー。そういうもんは脳みそにしわが出来てから言え。つか、まず脳みそを作れ」
驚くほど話してることが昔と変わらないような気がしてきた。案外、進歩ねえのな、おれ。―――相手が、坂本だからってのもあるんだろうな。
なんでだろうなぁ、けっこうノリが合うのは、分かっちゃいるんだけど。
何年、だっけ?あの日から――そう考えてみて、意外とたっていないことに驚愕した。そんなに、と思うのは、あの頃があんまり遠いせいだ。もう、それだけの――あの頃、を、思い出として消化できるだけの時間がたってしまった。
あの時いた地平と、今いる場所と、ちゃんと繋がっているんだろうか。まっすぐな道じゃあなかったが、それがずっと続いてきたか、なんて、わかんねえよな――たぶん誰にも。
…振り返ると、大概のことは点に思えるもんなんだよな、と、そんなことを思うと笑えた。いい年になったのな、おれも。少なくとも、こんなふうにあの時のことを振り返れるくらいには、年をとったのだと思う。
酒も入ってるせいもあるんだろうな、きっと。
高校生土方と高杉1
先輩、ちょ、来てくださいよ、と青い顔をした剣道部の後輩に呼ばれて二年の教室に入ると、ドアのすぐ近く、派手に倒された机と散乱した真っ白いプリントのうえに点々と血が飛び散っていた。おれはかすかに顔をしかめて、舌打ちをしたい気分だった。―――あーあ、めんどくせぇ…。一番やっかいな仕事じゃねえかよ。
人の喧嘩や刃傷沙汰なんざ知ったことじゃねえが、風紀委員の仕事のなかにこういうことを止めさせることも含まれちまっている。言ってやめなきゃ強制になるんだが、大概は頭に血が昇ってる奴相手だから昏倒させたほうがはるかに話は早い。それでももちろんこっちが痛い目に合うこともないわけじゃないし、いらねえ恨みは買うしで迷惑で仕方ない。
プリントのうえに膝をついて血が流れる鼻を両手でおさえた男が、いまや怯懦に満ちた視線で目の前の茶髪を見上げていた。黒いセーターの茶髪は男の髪をつかんで力まかせに引き上げた。茶髪の、踵を踏んだ白いシューズのうえに血が落ちる。
ぜいぜいという息を吐く男と固唾を呑んで見守る生徒の視線が、土方のうえに止まる。思わずため息がもれた。だからめんどくせぇんだよ。
金髪の長い髪の派手な二年の女が茶髪を少し離れたところで見ていた。おれは茶髪の名前を知っていた。話したことはないが同じ3Zだ。
「…おい、高杉」
いらついてるのを隠す気もなくて、おれは眉根をよせた。
「なんで二年しめてんのか知らねえが、校門の外でやれ。中でやられると迷惑なんだよ、おれが」
高校生土方と高杉2
朝のホームルーム前、連休明けの学校はやたらと賑やかだ。冬の学校はなんとなく色彩が鮮やかだ、と思う。ああ、マフラーとかコートとか、着ているものの、せいか。
色はたくさんあるけど、冬の空気は冷たくて、薄い層でできている感じがする。夏とは、やっぱり逆だな。夏は色が薄いかわりに、空気がどろんと溶けあって濃い気がする。
女子が教室の後ろの黒板の傍でたまっていて、教室に入れなかった俺は仕方なく前の方のドアに向かおうとした、その時。
「土方ぁ~宿題見せて~」
そういって、後ろから左肩に腕を置かれ、全体重をかけられた俺は、うっかり転びかけた。高杉てめえ、おんぶおばけか…。
「…重い!」
その手を払って叫び、俺は振り返った。ネクタイもしないで黒いセーターを着ている高杉は、にやにやと笑う。俺を風紀と知っての服装か、それは。
「…てめえ、朝一でそれかよ」
俺をおいて、高杉はにやりと笑った。
「こないだ隣のクラスの女子に呼び出されてただろ。見せてくんなきゃ、ばらすぜェ」
高杉は目線だけで俺を見上げる。…楽しそうな顔しやがって。
「ばらすって、誰に」
俺は高杉を無視して教室に入ろうとする、が。
「…マフラー引っ張んな」
「そんなイライラすんなよ。見せてくれりゃ徳川にばらしたりなんかしねぇぜ?」
とうとう名前を出しやがった。俺は心の中で頭を抱えた。どうしてこう、総悟といいあのふざけた担任といい、俺はこの類の人間に縁があるんだ。
俺は溜め息を付いた。
「数学?」
「と、英語と化学な」
「宿題出てたの全部じゃねえか」
「らしーな」
平然と高杉は答えた。ホントにたまに殺したくなる、こいつ。
「…それでよくその成績取るな」
俺は溜め息混じりに言って、席に付いた。高杉は笑って、勝手に俺の前の席を占拠した。総悟の席だから、かまわねえけど。
「つか、何で俺にいつもたかるんだよ」
「たかりやすいから」
「…ぜってー見せねえ」
高杉は俺の机に肱をつき、上半身を預けて俺を見た。
「隣のクラスのあの女、結構人気あるんだぜェ」
「…だから何だよ」
「惜しいことしたんじゃねえ?」
そういう高杉は楽しそうだ。あー…、ほんっとたまにマジで殺したい。
「お前らがいつまでたっても付き合わねえから、告られんじゃねェ…」
「ホラ、数学と英語と化学!」
俺は机の上にわざとバン、と音をたててノートを置いた。にたり、と高杉は人の悪い笑みを浮かべた。
「お前こそ、彼女どうしたんだ。朝、校門のとこに外車乗りつけてた女」
多少、逆襲の意味もあって、俺は高杉に言ってやる。こいつの彼女は大概、金をもった年上女だ。
高杉は自分の白いノートと、俺のノートを見比べながら写していく。俺の机も占拠すんのかよ。
「アァ?別れた」
あっさりと何でもないことのように、高杉は言ってのけた。…待て、赤いBMWに送ってもらって高杉が登校したのは、確か先週だ。
「…いつか刺されろ」
「女に刺されるなら悪かねえ。男なら逆に刺してやる」
くっくっと高杉は笑いながら言った。やりかねんな、高杉なら。
「…つーかさ、何で俺のとこ来るんだよ。普段つるんでるわけでもねえのに」
隣のクラスのいつもヘッドフォンがシャカシャカいってる奴とか能面顔のわけのわからんノリの奴とか、後輩のやたら体育会系の女とか、こいつの周りにはなんだか得体の知れない連中が集まってる。しかも、あのいけすかねえ長髪委員長と幼馴染とか、聞いた気がするな。
「ヅラにたかるともれなく小言と説教がついてくるんでね」
あー…、納得。と、同時に俺はあきれた。つまり、委員長に小言をもらう自覚はあるんだな。
「…まっとうにジュケンセイする気はないわけだ」
俺の言葉に、国立医学部志望のはずの高杉は笑った。
「やらねえでも受かるぜ?」
ああそう、よゆーってことかよ。…高杉の敵が多い理由が分かるな、俺も人のこと言えねえけど。
高杉は右上がりの角ばったかなり特徴のある字で、数式を書きなぐるようにノートの白い部分を埋めた。この男は、いったいなんで今の時期に学校にいるんだか。はっきり言って、学校が好きなタイプにゃ決して見えないんだが。
だいたい、三年のこの時期になると、進学する奴は学校に来なくなったり、来ても遊びにきてるみたいな奴が増えてくる。特に、難関と呼ばれる大学や学部を受けるやつなんかは、そうだ。勉強する場は学校じゃなく、より受験校対策を明確にしてくれる予備校だから。
俺は朝からそうぞうしい教室を眺めて、ぼんやりと思う。三年全体のそういう傾向にもいざしらず、進学理系のうちのクラスは意外と生徒がそろっている感じがした。まさか、担任の人望、いや陰謀か?
―――というか、なんで進学理系クラスの担任が、あんな、やる気のねえ国語教師なんだ。
「土方ぁ、怖い顔になってるぜ」
高杉が顔もあげずに言った。目つきが悪いのは、生まれつきだ。つか、てめーにだけは言われたくねえよ。
「…アタマのてっぺんに目ついてんのか」
「あぁ?便利でいいぜ」
「ちょっと教育のあり方について考えてただけだ」
「そりゃ高尚だな」
顔の下から、笑い声聞こえてんぞ、てめえ。
高杉は数学を写しおわったと思ったら、すぐに次のページをめくって、俺の化学のノートをぱらぱらと開いた。教科ごとにノートを分けるとか、そういう思考はないらしい。―――こいつや総悟やあの担任を見てると、マジメに生きるのが馬鹿らしくなってくる。
「そういやこないだ、徳川が二年の男に呼び出されてんの見たぜェ」
いーのかよ、という声は心底楽しそうで、つくづく腹が立つ。
「…何が」
「へェ、いいんだな?」
…………なんでコイツにノート見せてんだ、俺。