えぐられた思いも捨てられない 世界にいける。
これほどうれしいことはない。俺がみんなを送り出すことで、もうこの話は終わりだと思っていたのに、父さんが俺を許してくれることがあるなんて思ったこともなかった。
なのに、この胸はどうにも塞いでしまっている。
うれしいのに、とてもつらい。どこまでいっても俺はどうしようもない。
「豪炎寺」
みんな着々と着替えを終えてバスに戻って行っている。それをすこしずつ視界に入れながら俺はふざけているようにゆっくりとした動きで着替えをしていた。今、みんなと一緒にバスに乗る自信がなくて、悪あがきとわかっていながらにして行動を遅らせていた。
声をかけたのは、案の定円堂だ。俺の名を呼ぶだけで俺から一番近いベンチに座る。その少し後ろに鬼道と虎丸がいるようだ。先ほどからいやに感じるチクチクとした視線は虎丸だろう。鬼道のはもうここ最近ずっと感じていたものだ。
俺と円堂の様子がおかしければ鬼道が気づかぬはずがない。アイツにもなにもいうことが出来なかったので本当に心苦しいが、本当は円堂にだって話すつもりはなかったので不可抗力だ。だが、鬼道のことだ。なんとなくなにがあったのか、きっともうわかっているんだろう。そう思うことで、俺はアイツに甘えている。
「現実だぞ」
円堂の声にハッとしてキャプテンを見た。
俺をじっと見ている大きな目は試合中のような強い意志をたたえている。
「夢じゃない。本当だ」
「ああ」
「豪炎寺」
円堂が立って俺の前に立つ。もう、俺と円堂以外誰もいなかった。鬼道が虎丸を促して出ていったようだった。
「もう、いいんだ」
「お前は、優しすぎるよ。
お前がサッカーを選んだことで家族はバラバラになんてならない。時期が遅れただけで、きっとまたお前はいつサッカーやめるかどうかどうせ悩むんだろ? お前は親父さんを裏切ったわけじゃない」
どうして円堂はなにも言わない俺の意をくんでくれるんだろう。
言うつもりのない言葉が、コイツを前にするといつも動かない口が動いてしまう。言うべきじゃないのに。言うつもりなんてなかったのに。舌は止まってくれなかった。
「ずっとずっと、わがままを言ってきた。俺がサッカーしてなかったら、こんなに父さんが苦しむことなんてなかった。夕香が苦しむことなんてなかった。
俺がサッカーをしていなければ、きっと必要ない苦しみだったってことわかってるんだ。
なのに、俺はそれでもサッカーを続けている。俺は、俺のやりたいことばかりを優先して」
「だって」
円堂が俺の肩をつかんだ。力が強くて少し痛い。
「お前の家族は、サッカーで、つながってたんだろ?」
はっとする。
俺が、サッカーを、諦めきれなかった理由。
俺がサッカーに打ち込むのを、父さんも母さんも喜んでみてくれていた。夕香と一緒に応援してくれてた。母さんはサッカーが好きだっていう俺が好きだっていってくれた。父さんはそんな、母さんを、愛していた。
俺は、
「サッカーを、続けていれば、俺だけは変わらないと思った」
ようやく気づいた。
「豪炎寺?」
そうだ。そうなんだ。
「母さんが死んでしまって、父さんは変わった。夕香は事故にあって寝たきりになって、家族がみんなバラバラになった。まるで別人みたいで別の家族みたいで、俺は嫌だった。俺だけがあの頃を覚えているみたいで怖かった。最初から母さんがいなかったみたいで、嫌だったんだ。
だから、俺は、変わりたくなかった。俺だけは、バカみたいにサッカーを続けてた。
母さんが、俺の、俺がサッカー好きなのを、好きだっていってくれたから!
だから、俺はサッカーをやめたくなかった!!
また、家族がみんなつながっていられるように、俺は、そのつながりを切るわけには、いかないんだ!!」
いつの間にか、円堂に肩を掴まれていたのが俺が円堂を強くつかんでいた。少し円堂の顔が痛いように強ばっている。でもその目は、同情じゃなくて、哀れみじゃなくて、優しさだった。
「なのに、俺はずっと、父さんを苦しめていたんだ。
サッカーをする俺は、きっと母さんを思い出させるから、俺がいることで、俺がサッカーするから父さんはずっと母さんのことを後悔させてたんだ。俺は、父さんを助けたかったのに、父さんにとって、俺はずっとずっと、邪魔ばかり、していたんだ」
「違うだろ、そんなの」
「でも、夕香だって、俺のせいで」
「違うだろ!!」
「俺がサッカーやっていなかったら!! どうすればよかったんだ!?
結局、また、俺は父さんに甘えて、自分のやりたいことばかりを優先して、仲間たちにも、お前にも迷惑かけて! どれほど自分勝手なんだよ!!」
「自分のやりたいことをやるのが、貫くのが、なにが悪い!!!」
「親子だろ!? お前の親父さんは、お前に甘えてたじゃないか!!
子どものお前が甘えないなんておかしいだろ!!
言いたいこともいえない親子なんて、おかしいだろ!!
お前がいることで、親父さんは救われてた。夕香ちゃんを毎日見舞って、家を守って、親父さんを待ち続けたんだろ? お前が親父さんを、夕香ちゃんを大切にしてるから、はぐれた家族がまた戻ろうとしてるじゃないか!?
また、サッカーで、つながろうとしてるじゃないか!?」
「本当に、そう、見えるか?」
「見えるさ。お前が、サッカーのために、一生懸命戦ってたから、親父さんは、認めてくれたんだろ? また、応援、しようとしてくれてるだろ?」
だから、円堂はそういって、俺の肩に頭を預けた。そうしたいのはこっちのほうだ。なのに、俺の体は強ばって全然動かない。
「もう、やめろよ。お前のせいで引き起こされたことなんて、なんにもない。お前は一人でずっと戦ってきたじゃないか。ずっとずっと、一人でがんばってきたじゃないか」
「豪炎寺、よくがんばったな」
俺、がんばったのかな。
そうかな、円堂。お前は、許してくれるのか。何度も何度も、諦めようとする俺を。お前を置いていこうとしたこの俺を。いつだってなにもいえないこの俺を。
俺は、そうだ、ずっとお前といたい。お前と一緒に、サッカーしたい。
「俺は……」
円堂が、頭を上げないでいてくれてよかった。きっとこいつはわかっていたんだろう。
子どもみたいに、涙がながれた。こんなに泣いたのは、いつ以来だろうか。夕香の意識が戻ったときだろうか。いや、でも、自分のために、涙を流すのなんて、一体、いつぶりだろう。
「サッカーがしたい」
「うん」
「おまえと、雷門のみんなと、このチームで、俺は」
「うん」
「世界に行きたい。世界と戦いたい」
「うん、いけるよ。行こうぜ、世界に」
ぎゅっと掴まれた体が熱かった。
「一緒に、世界に行こう、豪炎寺」
「ああ」
父さん、ごめんなさい。
まだ、俺は、子どもで、自分のことばかりで、あなたのことを、助けてあげられなくて。
でも、医療の道は、今の俺を救わない。俺は、俺を救うために、今は、サッカーを。
円堂と、ジャパンの仲間たちと、サッカーを。