【サンプル】こりゅうと!2【長船DASH】 愛の詰まったお弁当
「え? なんで? これじゃダメなわけ?」
「ダメダメ、食べるのは誰だと思ってるの。醤油味は君の好みだろう。こういうのは食べる相手のことを考えながら作るんだよ」
卵液を作るところまでは良かったが、何にも考えずに醤油のボトルに腕を伸ばしかけたところをガッシと腕を掴まれてなにかと思ったら、慌てふためいた燭台切の停止だった。
「ついでに水溶き片栗粉と、マヨネーズを入れるといい。冷めても柔らかくふんわりするよ」
通りがかった歌仙がそう呟いて隣の作業台に着く。あちらはあちらで左文字たちと一緒に重箱を広げた。
こちらの作業台では燭台切や小豆だけでなく、普段は当番以外ではあまり顔を出さない大般若に山姥切長義、あんまりよくわかってなさそうな福島まで長船派総動員である。また別の作業台では明石国行までいるのだから、この状況の異質さが伝わってくる。
月に一度、短刀と希望する脇差たちでの山狩りというピクニックがある。
正確には、隠蔽および偵察訓練ではあるのだが、山伏や数珠丸、袮々切丸など山に詳しい刀たちの先導のもと、時期に合わせて紅葉狩りやキノコ狩り、山菜採りにバードウォッチングと、レクリエーションの趣きが強い。
最初は昼前には戻っていたのだが、本数が増えるにつれ、時間が長くなったことから弁当持参となった。厨当番たちが気を利かせて当初は弁当を作ってくれていたが、負担が大きくなってきたということで可能な限り本刃たち、および刀派ごとに用意をするように通達が出た。当初、中々同刀派が来なかった愛染や特に同派が顕現していない不動などの分はほかの刀派の刀たちと一緒に作っていたが、今は各刀派ごとに作っているので、逆におかずが大量に余る。余り物を弁当に詰めるだけの不動の弁当が最強説が出たほどだ。それ以外の余り物は粟田口など、本数が多いところで食べてくれるのだが、居残り組の母屋連中の分も賄うようになってからは、各自その日は作りたいものを自由に作っている。
もちろん、それぞれみんな、己のところの短刀にいいものを食べさせたい一心からである。
「えーと、卵焼きに、ミニハンバーグ、カボチャの煮物に……」
「今日の俺たちのおかずにもなるんだろう?」
「そうだよ」
「謙信の好物ばかりだな。甘すぎないかい?」
「カボチャは案外冷めるとそうでもないよ。大般若くんはよくツマミにしてるじゃないか」
ここでそうだっけ? などというと祖の態度が恐ろしいと、曖昧な笑いで場を濁す。
「まあ、こりゅうはたまごやきのれんしゅうをするといい。たまごはまだまだあるからね」
「ええ⁉︎ もしかして俺、ずっと卵焼き⁈」
「なにを言ってるんだい。当然だろう。小竜の卵焼きは本人たっての『お願い』なんだから」
そういう山姥切長義はツンと言う。長船の中では小さい者同盟を組んでいるらしく、謙信が甘える小竜には時折ツンツンした態度を取るが、大般若に「あれはツンデレって言うんだそうだ」とゲラゲラ笑いながら解説されてからはあまり苛立たしく感じなくなっていた。俺のほうが絶対に謙信と仲が良い。なんたって兄弟だからな、というのをいつも喉元まででかかっている。
別に普段はどちらかというと何事にもお互いドライなのだが、謙信のことについてはこちらだってそうそう簡単には譲れないのだ。なぜなら、その背後には小豆というラスボスが控えているので。
「……まあ、それはそうだけど」
ただし、事実を指摘されただけなので、今回ばかりは分が悪い。
(続く)
薄荷の香りを撒き散らし
一番最後に起きたのは小竜だった。普段は誰かしらが起こしてくれるので、決まった時間に起きている、というわけでもないが、それほど不規則な生活をしているほうでもないので慌てて体を起こす。誰も起こしてくれなかったというのは、もしやなにか有事か? とも思ったが、いつもどおりののんびりした雰囲気が廊下からすでに漂っていいたし、時計もサッと見てみたが別段寝坊ということのほどでもない。そういえばいつも一番最後尾を飾る大般若が遠征でいないのだった、ということを思い出してようやく放っていかれたのがなぜかわかった気がした。
全く、起きてる間は「こりゅう、こりゅう」と後を着いてくるくせに、と同じ名を持つ短刀に自分勝手にこっそりと起こしてもらえなかった腹いせに思ってもいない悪態をつきながら食堂へと向かう途中で、その「こりゅう〜」という声がいつも通りにかけられた。そちらを見遣ると、大きく手を振っている謙信と、その後ろにまだ眠そうな南泉だ。
「ようやく起きたのか? 竜はノンビリしてるんだ、にゃ」
「うるさいよ、南泉。お前こそ、まだお顔がおねむちゃんじゃないかい。その大きな目が開いてないぜ」
「なんだと〜?」
「ほらほら、けんかしない」
そこにスッと入ってきたのは小豆長光だ。色々な薬草やらハーブやらの収穫をしていたようだが、どうやらまだ作業の途中らしい。小竜を見るとちょうどいいとばかりに言伝が続いた。
「こりゅう、いまからちょうしょくだろう? たべおわったらでいいから、くりやによって、ぼとるをついかしたいとしょくだいきりにつたえてくれないか」
「いいけど、なにやってるの?」
「ふふふ、たべたらこりゅうもきて!」
そう言われるとさすがに寄らないわけにも行かない。
いつもよりも乱雑に顔を洗い、身支度を適当に整えて早食いのように朝食を終える。普段は謙信に合わせてゆったり食べることが多いので、たまたま目の前に座った古今伝授の太刀があんぐりとしていた。
「貴方、そんなに早くに食べれたのですね」
「まあね。一緒に食べてやれなくてすまない」
「いいえ、地蔵がいますから」
そういって隣の席の地蔵を見た。
彼はすでに食べ終わって、ほうじ茶を淹れていた。小竜の分も用意してくれていたらしい。礼を言ってそちらも一気に飲み下す。
「火傷をするぞ」
さすがに呆れたような顔をした地蔵の表情が珍しくて笑ったら、古今伝授の太刀が同じように笑ったところだった。
「で、なにやってるの、これ」
燭台切に小豆から聞いたとおりのことを伝えるとげっそりとした顔をした。そして「今年の勢力は強かったんだなぁ」「まあ、毎年のことだから」と歌仙の慰める声と一緒に二人から籠に入れられた大小のスプレーボトルを渡されたのだった。
それを小脇に抱えて小豆たちの元へと戻ると、待ちかねていたとばかりに三人に籠を奪われる。
「ちょうどいいたいみんぐだぞ、こりゅう!」
「それ褒めてる?」
「褒めてる、褒めてる」
「これはね、みんとだよ」
「ミント? あのミント? 桑名が呪い殺そうと必死の?」
「そう、そのみんと」
クスクスと笑った小豆の腕の中には、鍋いっぱいのお湯とそこを縦横無尽に泳ぎ回るミントの葉たちがいた。
「もうそろそろちょうどさめたかな。みんなじゅんびはいいね」
「はーい」
「オッケーだ、にゃ」
「あ、俺も?」
「もちろん」
南泉が持った鍋より大きいボウルにザルで鍋の中身を全て濾した。手にボトルを持たされて、その口を謙信が開けて漏斗をスポッと嵌めると、小豆がお玉で移し淹れていく。手元に来るとその鮮烈な香りが顔じゅうに抜けていく。どこを見たって匂いがする。適量になったかを謙信が見計らって次のボトルに漏斗を移し替えると、南泉が蓋をして、スプレーがちゃんと出るか確認。ちゃんと出たものは籠に戻されて、淹れすぎたものは少し中身を捨ててまた確認。
小竜はただボトルを倒れないように押さえている役目である。
「これ、なにに使うのさ」
「わかるまでてつだってもらうからすぐにわかるよ」
「ぐえ」
「におい、きつい?」
「まあ、目はよく覚めたかな」
「今度から寝起きにこれかけてやればいいんじゃねーか、謙信」
「猫にかけちゃいけないってわけないんだろう? 俺よりもっとお寝坊さんもいることだし」
「今日はお前のほうが遅かっただろ」
「君は当番だからだろう。仕事なら俺だってちゃんと起きるさ」
「あぁん?」
「なんだよ」
「まったく、なかがいいのに、すぐにくちがわるくなるんだからなぁ」
ここでは顕現順が近いので、南泉と小竜はずっと一緒に練度上げをした仲で、小豆のいうように決して仲が悪いわけではないのだが、ああ言えばこう言う、のが楽しくてついつい喧嘩を売り買いしてしまう。燭台切にも何度が釘を刺されているが、今更やめられるものでない。なにより、こうはいってもお互い別段気を悪くしているわけでは当然ないのだ。
謙信の教育に悪い、と言外に小豆に睨まれてしまうと分が悪いのはこちらのほうだ。チェッと思っていると、ちょうど中庭を横切る影があった。これは好機! と手を振った。
「おおい! お頭殿! 山鳥毛! 時間はあるかい?」
「げ! お頭!」
「おや、子猫に小豆。なにをしているんだ」
「みてのとおり、みんとのすぷれーをよういしているんだ」
「これでみんなのふとんをきれいにするんだぞ!」
「そうか。ありがたいことだな。なにか手伝うことはあるだろうか。どうせ非番でな、なにもなければまるで御前のように隠居みたいな生活だ。仕事があれば手伝おう。
子猫、仕事をおろそかにしていないだろうな」
「あ、はい! うっす、ニャ!」
クスクスと謙信の笑い声がひろがった。
(続く)
ブルーハワイの夢
畑仕事をひとまず休憩にして、汗だくで母屋に向かう。大般若は珍しくT[#「T」は縦中横]シャツだが、一緒に作業していた刀の多くはほとんど半裸にタオルを巻きつけて作業をしていた。ちゃんと上下着ているのは作務衣の江雪くらいである。
日中の気温が上がるのが早いから作業は午前中で目処をつけようという桑名の号令で早朝まだ日が登っていない時間に集まって収穫作業を始め、時刻は九時を迎えようかという頃合い。動き回ったおかげか、当たりが強くなってきた太陽の光のせいか、もう汗だくで何本ペットボトルを空けたかわからない。
小竜もまた半裸にタオルを引っ掛けて、ダラダラと流れる汗が下着にまで回るその感覚に辟易し子犬のように舌を出していた。
「ははは、いい格好だなぁ。お前さんもそうやってるとかわいいもんじゃないか」
「うっるさいな、アンタだって、白T[#「T」は縦中横]似合ってないだろ。あ〜あっつい。あとは残った畑耕して終わりだっけ? もう無理だよ、こんな暑さで畑仕事なんて……」
「とりあえず水水……」
他の面子が皆水浴びに行った中、先に水分補給に来たところで、聞こえた明るい声にげっそりと下を向いていたことに二人して気付いて顔を上げた。
「なんだ?」
「短刀たちの声だ」
ヒョイ、と厨の勝手口のほうを覗き込むと、そこには短刀たちと脇差、そしてその中心には小豆がわいわいと賑やかに揃って、皆麦わら帽子を被っている。こちらの視線に気付いたのは大般若の兄弟刀だ。
「おや、きゅうけいかい」
「休憩、休憩。無理だよ、こんな暑さで何時間も作業なんて」
「もうあと少しで終わりらしいがね。ひとまず水分がないと人の形を保てなそうだ」
「おや、てつにもどるかい? もどれるすがたがあるのはいいなぁ」
ははははは、と爽やかな小豆の笑い声に思わず背筋がゾッとする。大般若がさすがに冷や汗をかいていた。
「そういう悪い冗談はやめてくれ……」
「おやおや、すこしはさむくなっただろうに」
「そういう問題じゃない!」
「あ! こりゅう!」
パタパタと厨からガラスの器を抱えて出てきたのは謙信だ。出入りを繰り返しているらしく、謙信の頬も気温に合わせて赤く染まり、首筋からは汗が流れていた。
「やあ、謙信。ちゃんと水分は摂っているかい?」
「わたしがいるんだ。あんしんしたまえ」
「それもそうか」
自分といるより管理が行き届いていそうだ、とあっさり心配を撤回したら、ジャージの紐を引っ張るのは当然謙信だ。
「こりゅうは?」
「ん?」
「こりゅうはちゃんとすいぶんとってる?」
「ごもっとも。そりゃそうだ」
「……これからです」
ゲラゲラと笑う大般若を赤くなった眦で睨みつけながら謙信の頭を撫でると、しっとりと湿っていた。
「じゃあ、あさからはたらいたきみたちにいいものをあげよう」
ちょうど秋田が麦茶を配ってくれていたので、そこに声を掛けると同時に、小豆が微笑んでいた。
(続く)
望んでもない
同じ刀派でいると一際目立つ髪色をしている。
弟分は綺麗だと好んでくれているが、この髪のおかげでチャラチャラしているだのなんだのと言われたことは数多い。最終的には実力で黙らせればいいのだから、見目など良いほうが良い。同じ長髪でチャラチャラというと、浅葱色に漆黒の髪の彼の言葉がすぐに目に浮かぶものだ。
不可抗力とはいえ、己の姿に自信も好意もあったので、今の現状にはため息をつくばかり。
「ほらほら、そうため息ばかりじゃいいことまで逃げちゃうよ」
そういって背後の福島が小竜の髪をすく。それは普段よりもだいぶ、いやかなり短い。肩ぐちにも届かないザンバラ頭となっていた。
「ほら、霧吹き。まったく、植物用の使おうとするなんて」
「え〜、水を与えるって意味じゃあ一緒だと思うんだが」
「俺は別に気にしないのに。ただの手入れ待ちなんだし」
「そういう問題じゃないの。ほら、これ、あれよりはもうちょっと細かい霧が出ると思うよ」
「へ〜、いいなぁ、俺も欲しい」
「はいはい。後で教えてあげるよ」
シュッと首筋近くの地肌に吹き付けられた水にヒュッと反射で肩をすくめて、また前後の二人が笑った。
バッサリ敵に斬られてボサボサになった頭で自室に戻ろうとした途中で燭台切に会い、部屋の中で福島に会った。え〜! とショックを受ける光忠兄弟に気圧されながらふと思いつく。
「そうだ、福ちゃん、植物の剪定するんだから俺の髪も整えてよ」
「「ええっ⁉︎」」
再び大きな声を上げた二人はどこからどう見ても兄弟だ。その言動に同じく気恥ずかしくなったのか、燭台切がゴホンとわざとらしい咳をした。それを見ても特になにも言わないところが福島の方が兄のように見られる所以だろう。長光相手だと同じような兄ムーブをしているのは燭台切のほうなのに。
「いや、小竜くんさ、植物と人の髪は全然違うよ〜」
「そうだよ、切ったこともないものをそんないきなり……。失敗したらどうするんだい」
「別にいいよ。今手入れ待ちだから。俺、髪だけなんだよ、損傷箇所。後回しにしてもらったけど、さすがにこんなザンバラはちょっとね。他に髪切れる刀探しにいくのも面倒だし、今度大般若も切られてくるかもしれないじゃん?」
「大般若くんの髪のほうが真っ直ぐで切りやすそうだなぁ」
「難しいほうでやるのが練習にはもってこいだって」
「もう〜、言い出したら利かないよ、この子。じゃあ、外でやろう。部屋の中は絶対だめ」
「金髪、落ちても見えないもんね」
「そこじゃない」
そういって、三人で椅子を持ち出し、大太刀兄弟から散髪ケープを借りてきた。小竜が悠々と座るとバサッとケープが被せられる。すでに装備とマントはオフなので邪魔するものは何もない。普段しているようについ髪をかき上げる仕草をしてしまって、少し離れて見ていた燭台切がいつものようにクスクスと笑った。
(続く)
砂糖まみれに固めて
福島光忠が来て、きっと表面上一番喜んだのは小豆長光だったかもしれない。
食用の花に興味があったものの、桑名はどちらかというと野菜推し、江雪は花は好きだが食用にはあまり興味がなく、歌仙と古今伝授の太刀は最初から生けること前提に花を買ってくる。
エディブルフラワーに興味はあるが、菓子は作れても花そのものへの勉強が足りないとのことで二の足を踏んでいたらしい。それを知っていた大般若はよく万屋の花屋で油を売ってはいたものの、本刃にさほど興味がないので小豆に教えられるような知識が増えたわけでもなかった。
福島が来てから以前にも増して桑名が勉強会を開いており、そこでついにエディブルフラワーの回があった。園芸を趣味にするものは多く、土に興味があるもの、効率的な畑の耕し方や配置、年間の作物計画に関心の強い者、花派野菜派とそれぞれ興味があるもの、そしてそれらを調理する者、そういう意味では桑名がいうとおり、農業は森羅万象全てに関連しており、厨によく立つものも当然そこに参加するし、予算の関係上博多や長谷部もいつもいた。
ようやくエディブルフラワーが陽の目を浴びて喜んでいたのだ。ただ福島は「あんまり育てるのは得意じゃないんだけどなぁ〜」なんて言いながらも、同派の微笑ましい願いに応えてやろうと本丸内の図書室に通った。
「へえ〜、これがその噂のエディブルフラワーってやつ?」
小竜の大きな手には小さな花びらがちょこんと乗っている。
「そうだよ。きょうはかんたんなすいーつにしようとおもって」
「とっても、楽しみです!」
「あつき、とってもたのしみにしてたからな!」
五虎退と謙信が顔を見合わせて笑っている。それを微笑ましく観ながらその花を持ってきた福島が不安げに確認した。
「量、それくらいで大丈夫かい? とりあえずは大丈夫そうなのを収穫してきたけど」
「もちろん、だいじょうぶだ。ありがとう、こんなに」
「まだ数はあるけどね。いきなり全部使ってしまうのも不安だったから。じゃあ、今回はこれだけにしようか」
「そうはいっても結構量あるね。なににするんだい」
「砂糖漬けだよ」
「クッキーやケーキに載せる飾りのお花です。食べられるんですよ」
「酒に入れても美味いと聞いたぜ。ふう、間に合ったな」
軽く肩を上下させながら大般若が入ってきた。
「あれ? 遠征は?」
「今帰ってきたところさ。兄弟の長年の悲願だからな。俺も見届けてやろうと思って」
「そんなおおげさな」
だが、満更でもなさそうな顔をしている小豆は、確かに珍しかった。
「じゃあ、さぎょうにはいろうか。まずははなびらをていねいにあらうよ。こどもたちにおねがいしようかな。やさしくやってくれそうだから」
「おいおい、信用がないな」
「まあ、手のひらが小さい方が花びらを傷つけずにはすむかな」
そういって小竜、大般若、福島は座ってしまう。その三人をこら! と叱ると、用具の準備に立たせた。大人たちはは〜いと気のない返事だ。
「お、うまいうまい」
「綺麗な花ですね。これはパンジー? それともスミレ?」
「これはビオラ」
「ちがいはなんなんだ?」
「サイズ」
「え、そうなの?」
「みんなスミレ科の花だからね」
「へえ〜」
大人たちのわかってるんだかわかってないんだか、という適当な相槌に苦笑しながら三人で花に塗る卵白と、それを広げるオーブン皿の準備をする。
「砂糖漬け、なんだろう? オーブンで焼くの?」
「いや、にさんにちかわかすんだ。ちょうどいいおおきさのものもないし……ばっどをつかってしまうのもちょうりのじゃまになるだろうし……」
「それならいい奴がいるだろう?」
思い立ったらなんとやら、で立ち上がった大般若がじゃあな! と言って出ていった。持っていたボウルは小竜に押し付けて。
「相変わらず落ち着きがないなぁ〜。酒飲んでるときのほうが静かなんじゃないのか?」
呆れたような小竜の声に、福島が笑った。小豆は少し恥ずかしそうだ。
「あれはなかなかにうかれてるね」
「それだけ小豆のことを喜んでくれてるんじゃないの?」
「お花、洗えました」
「このあとどうするんだ?」
「じゃあ、ざるをあげてそのままもってきてくれるかい? ゆっくりね」
謙信と五虎退がえっちらおっちら、おそるおそると運んでくる。その様子がすでに可愛らしい。まあ、確かにこの二人になら丁寧な作業は見込めるだろう。特にこんな小さな柔らかい花、長船の野郎どもたちの大きな手には余りに繊細すぎる気がした。
(続く)
全て洗ってお湯に流して
ここの本丸だから、というわけかどうかは知らないが、行事が多い、気がする。長義はそう思っている。
かつての日本固有の四季に合わせて景趣は切り替えられ、季節ごとに食事も切り替わる。正月から始まって、七草、鏡開き、どんと焼き。節分、子どもの節句に、花の節句、海開きに、山開き。二十四節気が書いてある広間の日めくりカレンダーは季語が一緒に書いてあるので、捲るのは五月雨江の楽しみの一つだ。
それらの日本の昔から行われていたものに加えて、この本丸の中での独自のレクリエーションがある。花見があって、花火をし、紅葉狩りがあって、雪が降ればトーナメント制の雪合戦が開かれる。その合間にイベントをこなしているといっても過言ではない。年末年始の連隊戦の時が一番過酷だが、全員ハイになっているのでなんとか乗り越えられている。
基本的に穏やかなところなのだ。誰かがなにかやっていれば、手伝いを申し出る者がたくさんいて、助け合い、救いあって、同期同士で横の繋がりをもち、元主の由縁でぶつかり合ったりつるんだり、同じ部隊だというので生活リズムが一緒になってしまったり。そういうことが生活を作っていくのだということはさすがに思い知った。
ここに来て、どれどれ優判定の本丸の本当の実力見せてもらおうか、と思っていた気もするのだが、巻き込まれる打刀肝試し大会や、庭掃除をしていればいつの間にか夏以外は大体焚き火とホイル焼きの会になり、菊の花鑑賞にハマってからは園芸同好の士の研究会への参加もついつい定期的にしてしまったり、とそれなりに戦う以外のことが忙しい。一体、なにをやっているんだ俺は。生きるのは楽しい、とめちゃくちゃ体現している。良い事だとは思うが、そうじゃない。
というのを、つらつら思い返しながら脱衣所で今や全身炭まみれになったジャージを脱ぎ捨てながらさすがに疲れた、と思っていたら、ドシンと背中にぶつかる軽いもの。
「やまんばぎり! まにあった!」
「謙信」
思っていた通りだったので簡単に視線があった。謙信も炭が顔中についている。
「ひどいじゃないか、置いていくなんて」
「祖が先に行ってくれって言ったから」
「しってる。だからおいかけてきたんだぞ」
「それは嬉しいな」
純粋に、謙信の前では気張る必要も、強気になるつもりもない。目の前の相手を素直にさせてしまうのが、この短刀のすごいところだろう。
「俺もいるんだけど」
「あー、嬉しい嬉しい」
「か〜、可愛くない」
「それはお互い様だろう」
謙信の分の風呂道具も一緒に小脇に抱えながら小竜景光が笑った。長義の塩っけな態度には慣れている、と言わんばかりに。
(続く)
酔っ払いたちの純愛
久しぶりに長船の刀たちが全員揃う日があった。顕現初期は人の身に慣れるのに気を取られ、レベリングも順番に行われ始めると次は出陣に忙しい。練度上限に達してひと段落してしまうと今度は暇を持て余すが、定期的に遠征に回されるので、それなりにメリハリのある生活をしていると思うが、ほかの粟田口や江のように刀派でなにかをする、というのはあまりない。
誰が言い出したのか忘れたが、せっかくだし長船で飲み会でもやろうか、と話が出たが、福島はかなり前から日本号との飲み会の約束があって泣く泣く欠席となった。どちらにせよ福島は酒を飲むわけではないので、寝る場所は用意して置いてやると言って彼を送り出した。本刃はつまみは食べたいから残しておいてくれ、とそんなにたくさん食べるタイプでもないのに、せめてそれくらいは味わいたいと駄々を捏ねられたので、一人多めの準備が必要となった。
燭台切が胃に溜まりやすいメインおよびおかず。
小豆と謙信で軽い軽食と甘い物。
大般若と小竜でガッツリ酒に合うつまみ。大般若と小竜で味の好みが違うので全然別のものを作っている。
長船ばかりでワラワラと準備をしていると、なにか摘めるものはないかと訪ねてくる者、お溢れを狙ってきた者、作ったものを分けてくれる者、とそれぞれだ。堀川と青江が普段世話になっているから、とふきの煮物を分けてくれた。脇差たちも今夜飲み会らしい。日本号からはタイミングがさすがに悪かった、と詫びの日本酒まで。普段彼が好む辛口よりも、少し軽くてフルーティーで、全員が日本酒を飲み慣れているわけではないので飲みやすそうなものを選んでくれたのだろう。そういう気遣いが出来るあたりが福島が慕う一因だろうと容易に想像できるところに皆で笑った。
夕食は軽く済ませて、長船部屋に集まり、それぞれ作ったものを机に並べて、あっという間に卓上はいっぱいだ。
それぞれ好きな飲み物を自分で用意して、グラスを持つ。コホンと、こういう時の音頭は自然と燭台切がとることが多かった。
「じゃあ、乾杯!」
「我らが長船に栄光の幸あれ!」
「なにそれ、勝鬨?」
「けんしんがまねをするといけないからやめてくれないか、だいはんにゃ」
「いやいやいや、みんな乾杯しようよ……」
「かんぱーい!」
結局、謙信の声に全員がそれぞれのグラスを高く上げたのだった。その後、下に下ろして、一人一人謙信のオレンジジュースのグラスとカチンと当てていく。
「いつもながらバラバラだなぁ」
クスクスと困ったように言うけれど、楽しそうなのは燭台切。飲み会では最初の一杯だけビールを嗜み、あとはあまり飲まないことが多い。おそらく飲めるはずなのに、片付けと介抱に回ってしまうのだ。大般若たちは今日こそは燭台切に気持ちよく飲ませようとこの会を催したつもりでもあった。
「そうかい? こんなものだろう? あ、それがバラバラってことか。そりゃそうだ」
わはははは、とあたりめを齧っているのが大般若。手元にはすでに日本酒スタートで、自室のミニ冷蔵庫では今日の同胞たちのために気に入っている大吟醸を仕込んでいた。本当は熱燗派だが、食事との兼ね合いで冷酒が多いので合わせていることが多い。早く冬にならないかと待っている理由の一つがそれだった。飲み始めると食べないので、常に小豆か小竜が大般若の皿になにかを載せ続ける。載っていれば適度に食べるからだ。
「いいじゃないか。そのほうがわたしたちらしいだろう? ほら、けんしん、これもたべなさい。こちらをきにしなくていいからね」
意外とカクテル好きの小豆長光はスクリュードライバー。ただし、その分量も作り方も適当である。菓子作りで余ったブランデーや炭酸、シロップを割っている内にハマってきたらしい。本丸内でも屈指の酒豪。日本号と次郎太刀がしょっちゅう声をかけるが忙しいのでなかなか一緒に飲む機会がない。普段は燭台切と一緒に介抱に回りがちである。今日のやる気は十分だと事前に大般若に話していたとのこと。
「うん。それもたべたい。いい?」
謙信の目の前の皿に一通りよそわれているが、小竜の近くのポテトを指差したので、小竜がそれを皿ごと寄せてやる。今はオレンジジュースだが、リンゴとブドウジュースも控えている。なお、オレンジジュースは大概小豆が割るのに使ってしまうので飲めるのは大体最初の一杯だけだが、特に本刃にこだわりはない。
酔った大人たちに酔い覚ましの熱いお茶を注いでくれるのだが、大方先に寝てしまうので、その機会は少ない。
「ほら、ポテト。え、小豆、ちょっと山盛りすぎないか……? 謙信、こんなに食べられる……?」
謙信の皿に改めてギョッとしているのは小竜。洋酒派である。まずはハイボール。ロックを嗜んでいた時期もあったが、謙信が臭いというので今はあまり飲むことはない。大般若と同じく本日秘蔵の一本として気に入っている白ワインを用意していた。
「そういえば、炭の入れ替え終わったんだって? 毎回ありがとうね」
「ああ、うん。終わったよ。まあ、みんな慣れてるからそれなりに早かったよ。あ、そうそう。この後、山姥切もくるよ」
「え、そうなの? 今日は用事あるって言ってたのに」
「ああ、俺も聞いたなぁ。しつこく絡んだら睨まれちまったが、美青年の睨みはいいね。健康になる」
「だいはんにゃ、へんなからみかたはやめなさい……」
モグモグと景光兄弟が食べるのに集中している間も、会話は進んでいく。
小豆と謙信が作ったという、チーズと塩気の強いクッキーが美味しい。これは酒が進む。一緒に並んでいるのが大般若の好みのなめたけとイカの塩辛、板わさなので、机の上の風情はしっちゃかめっちゃかだが、イチジクとカッテージチーズを生ハムで巻いたものや、トマトのバジル和え、基本のポテトサラダなど、燭台切の作ったいつ食べても絶対に美味しいものたちが挟まるとなんでもいけてしまう。小竜は食べながら飲む派なので、謙信とあれがうまい、これもうまいと互いの皿におすすめを寄せあっていつの間にか一つの皿で一緒に食べていた。
「で、いつ頃来るんだ、山姥切」
「例の福ちゃんが行った飲み会に顔だけ出すって。それから来るよ」
「「「え?」」」
一斉に驚愕の声が上がる。
「それ、大丈夫なの? 山姥切くん、あんまりお酒強くないでしょ?」
「まさか敵陣に一人で突っ込むような真似するとはなぁ……。無謀と勇敢は違うと教えてやらないといかんな……」
「ほんとうだね……。おみずをおおめによういしてあげなければ……、いや、こめのほうがいいか?」
「こめ?」
「え、米? おいおい、酔いを炭水化物で押し潰すつもりか? 山姥切は堀川派じゃないんだぞ?」
さすがに大般若がストップをかけた。
「失礼」
その時、タイミング良く障子を軽く叩く音と一緒に声がかかった。その声に一斉に飛びかかる。
「山姥切っ!」
「ぶじかっ!」
「誰だ! 誰にやられた!」
スパーン! と障子を開けて長義を引き摺り込むと、一斉に畳み掛ける。うわっと声を上げたものの、大柄の男たちに囲まれるとさすがに長義も多少は大人しい。
「酔うのが随分早くないか?」
「まさか。誰も酔っていないよ」
「なんだ、ピンピンしてるじゃないか」
「君たち、日本号たちのこと、信じてないだろ」
「今日誰いるんだっけ? 日本号と福ちゃんと、獅子王、袮々切丸までは聞いた」
「あと、不動と天保江戸の二振りだよ」
「な〜んだ〜! 健全そうな会じゃないか!」
「うんうん、たのしそうでなによりだな!」
バンバンと長義の背中を長光兄弟が叩く。ゲホゲホっとむせこんで慌てて燭台切が止めに入った。
「わざわざ二箇所も回らせて悪かったね。お腹は空いてる? もうちょっとガッツリしたのがほしかったら作るけど」
「それほどでもないが、いや、このメニューを見ているとさすがにまだ食べられそうだ」
「嬉しいこと言うじゃないか。ほら、箸と取り皿」
「さけはなにをのむんだい?」
「みんなは何を?」
それぞれの飲み物を挙げて、全員がさすがに好き勝手にやっているのに、すでに酒が入っていた長義もゲラゲラと笑った。
(続く)
二人の景光
謙信景光が修行に行った。
その流れは自然なものだ。この本丸初太刀であった燭台切が先陣を切り、解禁された太刀たちはこぞって修行に出発した。中には、続々と修行ラッシュが続いたにも関わらずその波に乗らないものもいたが、その判断は本刃の選択に委ねられていた。いずれはみんな行くだろうとのんびり構えているのがこの本丸らしいと小竜はすごく安心したのを覚えている。
謙信景光は小豆長光と一緒に修行が解禁され、小豆が行ってから謙信の修行と二人の間で話し合いがあったらしくてその順に至る。小豆が先に行き、そわそわと長船の刀たちでその帰りをみんなで待った。燭台切の時もみんなでソワソワしたものだが、部屋が違ったので、伊達由縁の者たちのほうがよっぽどソワソワしていたものだ。
小豆が戻って、しばらくレベリングを行なってから、謙信が出立する手配だった。
なんとなく落ち着かない。食事がうまく喉を通らない。味がしない。謙信は無事に行けるだろうか、帰ってこれるだろうか。どこに行くのだろうか。なんとなく予測はつくけれども、長い長い時間をたった一人、あの子は耐えなくてはいけない。代わってやれるのなら、代わってやりたい。そんなこと、考えたこともなかった。人のような、そんな気持ちに振り回されるなんて。
けれど、ここで一緒に過ごしていたうちに感じたそんな身勝手で傲慢な想いに押し潰されそうになっていた小竜を救ったのも、また当然ながら謙信だった。
「ぼくを、まっていてね」
落ち着かない兄弟刀へと向けた言葉はわかっているとばかりに小竜に真っ直ぐに向けられたもので、受け取らないわけにはいかなかった。そして本刃は案外さっさと行ってしまったのだった。そのサッパリ加減にまたショックを受けた小竜に、五虎退が気を遣って虎との昼寝を勧めてくれたくらいに気落ちして見えたらしい。
待つという、与えられた役割はたった数日なのに、ものすごく長く感じて、いつもいるはずの席に何度も目をやり、追いかけてくるはずの小さな足音を聞いた気がした。
毎日のように小豆に菓子作りに誘われたし、大般若の晩酌に付き合わされた。
隙間時間には燭台切の献立の長考におやつの余りのマフィンを引き合いに出されて独り言を聞かされたりした。
「こうやって僕たちみんな、待つことに慣れて行くんだよ。人の身でね。
必ず、帰ってくるからね。安心していいよ。だから、君も、思い立ったら、行くといい」
うんともすんとも返事はしなかった。マフィンを頬張っていたからだ。
正確には、なんと言えばいいのか、わからなかった。
戻ってきた燭台切も、小豆も、良いように変化したと思う。
きっと謙信も気持ちが強くなって帰ってくるだろう。
まるで置いて行かれているみたいだ、と思った。そんなのらしくなんてない。
ただ、このまま流されるように修行に行くのも、癪だと感じたのだった。
(続く)