【ペーパー】隣をあるく【閃華の刻緊急SUMMER2021】 その刀の隣を歩いたのはたまたまだった。
たまたま、お使いに行ける非番の者がいないか、と声をかけられそこにいたのが不動と大典太だったのだ。
不動も大典太も普段はそれぞれ織田や前田家の者たちと共にいることが多い。今日も同じく、それぞれ内番や遠征が始まるまで広間で過ごしており、それぞれが出て行って非番の二人が残された。歌仙から声をかけられたのはそんなタイミングだったのだ。
「豚挽肉を三キロ、追加で頼むよ。一緒にローリエを三袋。どんなものかわかるね?」
「それくらいわかるよ」
「大典太、君も荷物持ちに頼む」
「え、平気だって。近いし」
「なにを言ってるんだ。両腕が塞がってる時に襲われでもしたらどうするんだい」
「そうだな。同行しよう」
常に急襲されることを考えているのか? というツッコミは誰からもされることなくすんなりと静かにだが、有無を言わさずに大典太に承諾されて不動が断れるわけもなく、そして二人ともジャージから着替えて玄関で集合した。
さすがに防具は外しており、赤い紐もついていない大典太が不動を待っていた。
「早いな」
「あんたこそ! 悪い、待たせたか?」
「いや、待っていない」
どことなくぎこちない会話をしながら、歌仙から預かった厨当番専用の財布を入れたペラペラのエコバッグを肩にかけて出発した。
不動はどんな刀とも積極的にあまり話すほうではない。
修行に行った今はどんな場面でも対応出来るが、以前の自分の言動があるので今でもなお織田の仲間たち以外とは少しぎこちないところがあるのだ。若気の至りと言うには辛すぎる。
ただ、さすがに一緒にいる時間が長くなった短刀たちとはそれなりにいつでも仲良く過ごせている。粟田口には旧知の仲の薬研や、似た時期の顕現である後藤や信濃などがいるため泊まりに行ったり出かけたりよくしている仲だ。
一方、前田や平野は修行前からよくしてくれた刀たちでその品行方正ぶりに修行前はげんなりしていたが、極めた後は彼らのその振る舞いを薬研などには似ていると嬉しそうに言われたこともあった。
本来の生真面目さの類似を、喜ばれて嬉しかったが、気恥ずかしさに思わず薬研の頭を小突いたものだ。
その前田たちがよく話している大典太と、不動はほとんど話したことがなかった。愛染や信濃がよく飛びついたり、手を引いたりしてスキンシップを図っているが、ほとんど笑顔もなく、短刀たちの声は聞こえるのに、その巨体通りの低い声(そして小さな声)は返事をしてないのかと思うほど聞こえてこない。怖いとは思わないが無口なのでいまいちなにを考えているのかよくわからない。
薬研や宗三は口うるさいし、長谷部は本人の自覚はないが表情に感情が出やすい。それを言うと余計に怒る。
似たような小夜などは言葉数が少なく表情も固いが、実質かの刀の気持ちは長い付き合いでそれなりに理解しているため、皆が小夜を見つめる穏やかな視線の理由もわかるし自分も似たような瞳をしていることだろう。
大典太の兄弟刀であるソハヤノツルキとは何度か話したことはあるが、あれはあれで食えない刀だ。これだから徳川の刀は、とかつて思ったことを思い出す。
そんな大典太と二人っきりで、という状況に、不動はいつになく緊張していた。
買い物自体はすぐに終わった。材料の不足なのですぐに帰ろうとしたところ、気が付いたら大典太がいないと思ったら背後に影を感じて振り向くと案の定見下ろされていた。
「う、後ろに急に立つなよ」
「……短刀ならこれくらいわかるかと」
「いや、敵意がないし、今は平時だからさ……」
帰ろう、と言って歩き出した不動の少しだけ後ろから付いてくる大典太は不動の手から肉を奪って代わりに小さな紙袋を持たせた。
「なにこれ?」
「大判焼きだ。駄賃に菓子でも買ってこいと歌仙兼定からだ。お前は真面目だから買わないだろうと」
「そんなガキじゃあるまいし……」
だが、まだ暖かい袋に少し心が浮つく。
「なあ、これいくつ入ってるの? 俺たちの分にしては多くない?」
「俺の分ではない。お前と、織田の刀たちの分だ」
「え?」
「こんな陰気な刀と一緒に甘味など食いたくないだろう」
そういって、大典太はたった一歩大きく足を出すだけで不動を追い越した。それも半歩だけ。
前田が言う。大典太さんは、とてもお優しい刀なのですよ、と。
平野が言っていた。大典太さんはよく気の付かれるお方です。
愛染が笑ってた。もっといっぱい話したいんだけどなー! なんて。
信濃が不貞腐れて「いっつも自分ばかりが損するようなことするんだ」。
なんとなく、それがわかった。
今も不動が歩きやすい速度でここまで来た。あの長い足ならさっさといって帰ってくることも出来ただろうに。不動を必ず道の内側に来るようにそれとなく自身が動いていた。不動のそばを離れたのは本当に少しだけ。常に不動になにかがあったら動ける距離で。多分冗談だったはずなのだ。こんな万事屋がひしめく町中で襲撃なんて聞いたことがない。審神者がいるわけでもなく、短刀一振りを狙う理由もない。不動は普通に手に入る刀なのだ。
歌仙が大典太に頼んだのは、きっと厨当番を手伝うことの多い前田たちから大典太のことを聞いてきっとよく知っているから。
この刀が、本当に優しいことを、歌仙は分かっていたから断られるとも思わず不動を託した。
あまり、人付き合いの得意でない不動を。
思わず、身体が先に動いた。こんなのは久しぶりだ。
「なあ!」
「うん?」
フラットな声音。掴んだ腕はこちらが握りやすいようにすぐに身体を向けてくれる。見下ろされてるが、威圧感はない。日本号のほうがよっぽど揶揄いや弄りがあって余裕や演技があるが、こちらは逆に怯えているのは大典太のほうだ。短刀は触れれば壊れてしまうとでもいまだに思っているように。
「帰ったら、一緒に食べよう!」
「俺なんかと、一緒になんて楽しくないだろう……。誰か、当番の終わった者と食べるといい」
「平気だよ! 俺だって、あんたと話してみたかったんだ。前田たちから話をよく聞く。ねえ、金沢の空の、鳥たちの声を教えてよ」
「だが……」
まだ少し、戸惑い逡巡する大典太の手をもう一度掴んだ。
「俺がいいって言ってるんだ!」
思わず一生懸命に飛び出た言葉に、大典太がようやく本当に少しだけ口角を上げた。
「それなら、頼む。俺の話が面白いかは、わからないが」
「それを決めるのは、俺だよ。
大丈夫。きっと楽しいさ」
大典太の手を引っ張って、早く本丸に帰ろうとして駆け出した。早速つまづいて、大典太が堪えきれないと笑みを少しだけ零した。
手を繋がれていたから、転ぶことはなかった。
「……短刀の扱いに慣れ過ぎだろ」
「前田たちに鍛えられてる」
「なるほど?」
「育てられたのは、俺のほうだ」
なんて謙虚な天下五剣だ。