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    出奔 夜の紫紺が遠くの山の端に沿って薄らと白み始めた頃、吸血鬼の男は窓を背に佇んでいた。ふ、と短い息と共に困ったような笑みを消し、嫌味のない上品な装飾が施された窓枠に背を預ける。男の耳元でちかりと赤い雫が揺れた。
    「こんな時間に、荷物を纏めてどこへ行くの?レイツ君」
     薄氷の静寂を割った女性は声こそ穏やかなものの、その瞳は厳格に男を問い詰めていた。女性の名前はユーディアライト・ウォード。彼女には目の前の男、レイツが出掛けようとしている理由が、決して朝の買い出しではないという確信があった。
    「――オズウェルか?」
    「何の話かしら。オズ君も連れて行くの?」
     レイツはユーディアライトの言葉に少し目を見開く。思考を泳がせるように目線を左上にやり、顎に手を当てた。
    「いや、あいつ思ったより……かっこいいんだな。後で俺の代わりに褒めといてくれ」
    「レイツ君はまだ旅行へ行くことができないのだから、自分で言ってあげて?」
    「そういうことも言ってられなくなったんだよ。分かってるかもしれねえが、ここ最近、囲まれてる。監視役だ」
     赤い目をした小柄な男、レイツ・ロート・ゲシュプは罪人である。主な罪状は2つ。ひとつは、吸血鬼貴族を9人殺害したこと。もうひとつは、ウォード家の当主、スファレライト・ウォードの右目を奪い取ったことだ。白薔薇派に捕縛された後、処分を任された教会の祭司に改心を課せられ、純血種吸血鬼の収容能力の限界を超えようとしていた教会とウォード家当主の希望が合致した結果、活動範囲を制限する魔術を施された上でウォード家に収容されている身の上だ。
     一方で、レイツには罪を犯す前から生家のゲシュプ家との因縁があった。父、クラール・ゲシュプの従者カルト・グリュン・ゲシュプを始めとした父に忠誠を誓う者と、姉のイル・ヴィオレット・ゲシュプを始めとした父に不満を抱く者の対立。年々抗争が激しくなり、ほぼ父と接点を持たないレイツの元にも度々両派閥から使者が送られていた。どちらにも属するつもりが無いレイツは土地を転々としてやり過ごしていたが、罪人として収容されることでどちらかの派閥に居場所を嗅ぎつけられるのは時間の問題だった。ゲシュプの血を汲んでいる限り、中立を決め込むことは不可能なのだと、どちらの使者もそう言った。来るべき時が来たのだ。
    「まあその辺は心配いらねえよ。俺がいなくなれば、あいつらは此処に用なんて無えから」
    「どのような理由があろうと。ウォードの者として、貴方をこのまま行かせることはできません」
    「知ってる。お前たちはきっと、手厚く送り出してくれるんだろ?」
     だからこの時間を選んだんだ。お前たちが俺を追いづらいように、空が白み始めるこの時間を。レイツはそう笑って、愛用している外套を身に着けた。ユーディアライトもまた細剣を抜き、待機していた者へ合図を送る。レイツは部屋へ入ってきた使用人たちを一通り眺めた。
    「懐かしいな。スファレの眼を盗った日のことを思い出す。あれから色々あったなァ……」
     レイツは思い出に耽るような顔を一瞬浮かべた後、右のピアスを外してユーディアライトに投げ渡した。
    「それを置いていく。石を一度斬って、魔術で接合してある。俺が死ねば、術が解けて石が真っ二つになる。生きてるか死んでるか分からない奴を捜すなんて不毛なことしたくねえだろ?返せとは言わねえ。帰って来れるか分からねえから。――じゃあ、行ってくる。元気にやれよ、俺の『家族たち』」
     言うと同時に窓を開け放ち、カーテンが大きく翻る。強い光が部屋を焼き、吸血鬼の使用人は思わず身を怯ませた。レイツは即座に窓枠に飛び乗る。一瞬前までレイツが居た所にカーテンごと剣が突き刺さる。足を掴もうと迫る手。レイツは肌の熱さも気にせず、光に身を投げた。即座に下から飛んでくる二つの風切音。先に飛んできたものは避け、もう一つは刀で弾く。視界の端に次の槍を投擲したスファレライトを確認すると、それも避けるよう身を捻り着地する。すぐさま日の下へ駆け出した。レイツのすぐ後ろで木に槍が刺さる音がする。太陽の光で肌が焼けるのも構わず鬼のような顔をしたスファレライトは日の下へ駆け出し、怒号を響かせた。
    「追え!!」
     返事の代わりにひとつ吠え、スファレライトの狼がレイツを追う。平和にスファレライトと遊んでいるときの面影は無く、レイツは獰猛に噛みついてくる狼を避けつつ駆けた。俺も多少は世話焼いたはずなんだがな、とレイツは笑い、駆けてゆく。
    「レイツの馬鹿野郎ーーーーーッッッ!!」
     オズウェルの後ろ髪を引く叫びが聞こえる。しかし、レイツが前へ駆ける脚を止めることはなかった。
     ――俺は、レイツ・ロート・ゲシュプ。各地を転々とする旅人で、帰る家なんて無い。今、自らの意思で、「そういう存在」になった。

     あえて見通しの利く――日の当たる道を駆け続ける。残っている追手は2頭の猟犬だけだ。約束の叉路に差し掛かると同時に、「あいつ」に渡された匂い玉を投げつける。強烈な匂いと煙の中から走り出てきた馬車の上に飛び乗った。後ろを確認し、眷属が追って来ないことを確認すると、暗幕で窓が覆われたキャリッジに体を滑り込ませた。
     扉を閉めると、キャリッジは闇で満ちた。外套を脱ぎ、先客の向かいに腰掛ける。無意識に息を詰めていたのか、深いため息が出た。車輪の音と振動。幾何かの空白を挟み、先客は口を開いた。
    「ロート、よく決断してくれました。貴方が居ないウォード家に用はありません。最低限、動向を探る人員を残して他は退かせましょう。こちらに付く代わりにと、貴方が提示した条件ですからね」
    「悪いな、お前が命令を下す相手は斬っちまったからもう居ねえ。お前は不安の芽は摘むか、利用価値があるなら大きくなりすぎないよう小さい鉢に植え替えて、用が済めば捨てるタイプに見えたからな。――違うか?イル」
     先客……俺の姉だと言うイル・ヴィオレット・ゲシュプは、手頃な紙を物色する手を止め、こちらを見た。伏せられていた鮮やかな紫と目が合う。回りくどく手を汚すのも厭わないやり方とは裏腹に、まっすぐで芯のある目だ。イルは特に動揺も見せず、こう言った。
    「ああ、そうなのですか。では、あの傭兵団の残りも処理しておかなければ。教えてくださって、ありがとうございます」
     言い終わるや否や、傍らの文箱からペンを執り選び取った紙に走らせる。揺れる車内で器用に書き進める様子を見ていると、感じたことが口から洩れていた。
    「お前は親父なんて、どうでも良さそうだな」
     さらさらと流れていたペンが止まり、紫の瞳がこちらを向く。イルは淡白に答えた。
    「ええ。どうでもいい存在なので、死んでいただくのです」
     漠然としていた違和感がくっきりと浮かび上がる。イルは、「不遇な兄の為、元凶となっているお飾りの無能な父を殺す」と言っていた。だが、先の発言は親父への黒い念は含まれていないように響いた。どちらかというと、もっと透明な……無関心と言った方が適当か。何十年も戦力として加わるよう遣いを送っておいて、戦争を起こす気が無いということはないだろう。目的は違うが、手段は同じ。そんな感じがした。小石でも轢いたのか、がたりと車内が揺れる。
    「本当の目的を教えてくれ」
    「お前には関係の無いことでしょう?お前は白薔薇とウォードに施された魔術で、アイト教会やウォード邸から一定以上離れたら意識が落ちる身体。私にその身を預ける他無いのに」
    「関係ある」
     ここまで感情の落ちたような顔を崩さなかったイルが、僅かに眉を寄せた。
    「関係ある。俺がお前に付いたのは、お前が思い留まるよう説得するためだ。この僅かの時間、お前と会話するために俺はお前側に立った。俺も兄貴のように思ってた奴がいたんだ。ゲシュプ襲撃の日に死んじまったが……兄貴を大切に思っているお前が、そのせいで死ぬのは嫌だ。人間を食料としか考えねえ、吸血鬼だって利用価値でしか測れねえグリュンよりも、好感が持てた。親父は確かに立派な椅子に座ってるだけで何もしてくれねえが、吸血鬼から何かを求められたら与えようとする。グリュンは親父の意思に従うみてえだから、誰も死なずに済むんだ。三人揃えば文殊の知恵って言うだろ?お前と兄貴だけでは出てこなかったアイデアが、誰かに相談することで浮かぶかもしれねえ」
     イルは馬鹿にした顔を隠しもせず、俺を笑う。
    「何を言うかと思えば……ずいぶんおめでたい育ち方をしたようですね。もう戻れないところまで来ている、と言ったでしょう。かたや一処に留まり、脳も無く同じ愚行を繰り返す者。こなた目的もなく放浪し、無意味に暴れ回っていたところを捕らえられた根無し草。お前たちが無為に時間を消費している間にも、私はずっと解決への糸口を探してきた。ようやく辿り着いたのが今なんです。何を犠牲にしても、後退はあり得ない」
    「兄貴は手伝ってくれなかったのか?」
     イルは表情を消し、口をつぐむ。
    「お前が兄貴の為に、ここまで身を粉にする理由が分からねえな。お前が方々を旅して情報を集めたり稼いだりしてる間、お前の兄貴は何をしてたんだ?お前にこんな役目を負わせて働いてる間、どこで何をしてるんだ?もしかして病気で寝込んでんじゃねえだろうな?いや、そもそも実在す」
     襟首を掴まれ言葉が途切れる。イルは感情の落ちた顔で重く、こう言った。
    「兄さんは居る。私の願いと兄さんの願いが違うだけ。お前は一緒に来ればそれでいい。それで私の祈りは月に届くのだから」

     活動範囲制限の魔術により意識を失ったロート・ゲシュプの身柄を漁る。明らかに本人の趣味ではないように見受けられる刺繍入りのハンカチが特に怪しく感じたが、別段変哲の無い品だったため副葬品として懐に戻す。肉体含め、身に着けているあらゆる品に追跡魔術が無いことを確認すると、イルは元の場所に腰掛けた。ペンを再び執るも、手が動くことはない。イルは俯いて、声を漏らした。
    「兄さん、材料が揃うまであと少しだから、あとちょっと頑張って。兄さんは怒るかもしれないけど、私はあなたを消す太陽になんてなりたくない……!!」
     僅かの日の光も差さない闇の中で、イルはひとり俯いた。

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    三冬さん宅ウォード家の方々お借りしました
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2020/05/18 0:18:58

    出奔

    逃げ道など無い
    ##吸血鬼ものがたり ##ルナイル編

    「こんなもの、どうにもならない」(https://galleria.emotionflow.com/20316/466943.html
    「言葉にならない」(https://galleria.emotionflow.com/20316/466949.html
    「VD」(https://galleria.emotionflow.com/20316/521269.html
    「知恵熱」(https://galleria.emotionflow.com/20316/521267.html
    を読めばそこはかとなく面白いかもしれない
    扉絵でしてる首飾りはユーディア様(三冬さん宅)にいただいたものです

    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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