怪奇! 放課後に出没する謎の生命体【卑弥呼と名無しの弟】
――逢魔が時。黄昏色に染まる校内のとある場に、人ならざるモノが現れるという。
曰く、其れは老人の声で人語を発する。しかし、地べたを這いずる其れは人にあらず。其れは、この世の人とはあまりにも大きくかけ離れた形を象っているのだ。
沈みゆく太陽の下で其れは、目撃者を一瞥もせず、校舎外のある一点に留まり、ただただ別の何者かを観察しているかのようで――――――。
「――ってオカルト話が最近噂になってるらしいのよね。『怪奇! 放課後に出没する謎の生命体!』とか、うちの高校の七不思議に期待の新入り登場! とかなんとか?」
「姉上、汗をかくほど部活動に打ち込む熱心さには感心しますが、汗は着衣の体操着ではなくこちらのタオルで拭うべきですぞ。それで、どうしてその面妖な話を私に?」
「もう、細かいんだから! ――ええとそれでね、弟クンはなにか心当たりない? 噂通りなら、謎の生命体はあたしたち陸上部が使ってる運動場の近くに出るらしいの」
「ふむふむ。すると、姉上は噂で語られし何者かにお会いしたいのですかな?」
「そう! 実はあたし、怖がってる友達に『いざとなったら卑弥呼パンチで木っ端微塵にするから任せて!』って約束しちゃったのよ。……だけど今のところはぜーんぜん見かけないのよね、それっぽい生き物。おっかしいな~」
「何でも力ずくで解決しようとする姿勢はどうかと思いますが。はて、そうですなあ」
弟は考えた。噂によれば謎の生命体とやらは逢魔が時……ようは昼と夜の移り変わる夕暮れ時に姿を見せるという。そして、噂が話題になり始めた時期は最近とのこと。また、ここ最近の日没時刻は時節柄かなり遅く、今こうして夕暮れ時の校内にまだ残っている者は、一部の教師や部活動に励む卑弥呼のような生徒だけだ。
ところで弟は、姉である卑弥呼のそばにずっと在り続ける意志を生涯貫き通すと決めた、亀である。とくに、陸上部の部活動中の卑弥呼をあらゆる意味で色々やらかさないかどうか深く心配しており、今日も夕焼け空の下で卑弥呼の部活動を見守っている。
つまるところ、原理はさておき人語を喋る人ならざる亀こと卑弥呼の弟が、逢魔が時に校舎外の運動場の片隅で導き出した結論は――――――。
「――――――――いやあ、私には皆目見当つきませんなあ。ははは」
「そっか~。ま、噂がホントかどうかもわかんないものね。ともあれ、いざとなったらあたしが卑弥呼の構えでやっつけちゃうから! 安心してよね、弟クン!」
そんなわけで、姉のそばに居続ける現状維持の為にもう少し隠れた場所を陣取ろうかと思案するちょい悪亀の弟と、謎の生命体はすぐそばにいるとは気づけないままに意気込みだけは準備万端な女子高校生卑弥呼は、その日も仲良く姉弟で下校したのであった。