また明日も、明後日も【マホロアとカービィ】
※ワンクッション:
本作は、『星のカービィ Wii デラックス』のネタバレを含む二次創作です。
――『ダカラコレからも、どこに行ッテモ…、どこで出会ッテモ…、』
――『ずーっとトモダチでイテネ、星のカービィ!』
あのとき何を想い、何を嗤い、何を乞い願ったのか。
いつまでもマホロアの奥底で疼く傷。過去による自傷。自業自得。自業自得で済まされない。トモダチを巻き込んだ加害の傷跡。
一生治らない裂傷は、未だに縋りつきたい祈りでもあった。虚言の魔術師は今でも、そう在りたいと願ってしまうのだから。
◇◇◇
「着いたよ、マホロア!」
カービィの案内により到着した『秘密のピクニックおすすめスポット』は、川一つ越えて緩やかな斜面の細い坂を越えた先にあった。
ちょっとした丘、小山のてっぺんと呼べるのだろう。スカイタワーほど高地ではないが、前方でプププランドの平原をそれなりに見渡せるほどは高い場所だ。澄み切った青空が何者にも遮られる事なく広がっている。
カービィたちを利用していた頃は興味を持たなかった風景で、内に湧き出る羨望を無視して嗤うだけだった光景。ポップスターに帰ってきて以降も、この星への感情はうまく整理できない。今、景色に佇むこのときも。
立ち止まったマホロアより先にカービィが前に出た。陽光の下、ぽてぽてと歩く両足が、そよそよと明るい緑の草原を進んでいく。向かった先には、大きな樹が数本だけ顕在していた。
マホロアは静かな空気を深く吸い込んだ。不思議と特別に感じる、草の匂い。気持ちのよい穏やかなそよ風がフード越しにからだを撫でていく。基本的には外出を大して好まないマホロアでも、カービィが自信を持ってこの場所に案内してくれた理由が何となく感じ取れた。
人気はなく、けれど寂しさもない。ただ、そのまま在るだけで十分だとでも語るような、呆れるくらいに平穏そのものの星そのままな場所だった。
「どうかな? どう思う?」
浮ついた声の方向を見やると、カービィがそわそわと待っていた。何を待ち望んでいるのかわかりやすすぎてマホロアは小さく苦笑してしまう。
「イインじゃナイカナ。気に入ったヨ」
好意的な返答にカービィは「でしょでしょ!」とぴょこんと跳ねて喜んだ。
「見晴らしも良くて過ごしやすくて快適! それに、春がいちばんこの場所にぴったりだと思ったんだよねえ」
プププランドの住人曰く、今は春、という名の区分らしい。あたたかくて、穏やかで、最も日向ぼっこにおすすめの時期なのだとか。
カービィはうきうきと浮かれた様子で「よーし、早速準備するね!」と意気込むと、大きな樹の下にストライプ模様のレジャーシートをばさっと広げた。次にそこらに転がっていた大きな石を重し代わりに四隅へ置く。それから「よいしょ」とレジャーシートに座り込み、持ってきた大きな大きな包みを開くと、水筒にお手拭きに紙ナプキンにお箸などを手際よく取り出していく。何から何まで準備万端だったらしい。
カービィに促されて、マホロアもレジャーシートにからだを預けた。隣同士の触れ合う距離にトモダチがいる。
何の気なく青空を見上げる。大きな樹の木枝では緑の葉が生き生きと育っているが、わずかに薄桃色の小さな花々も残っていた。視界で途切れる事なく静かにはらはらと落ちていく雪のような薄色の正体はこの樹の花びらだったらしい。たしか、サクラという名前だったか。もう少し経てば花は全て落ち、生命力に満ち満ちた緑ばかりの樹となるのだろう。
唐突に思い出す。
以前、カービィがプププランドでは日程を組んで『お花見』のお祭りを開催するのだと語った。主催は何だかんだで面倒見の良いデデデ大王なのだと。船のパーツとエナジースフィアを集めさせていた時期に聞かされた話だ。カービィはマホロアの頼み事をこなす合間に、ポップスターの他愛ない日常話をよく展開した。この星に興味津々の善良な旅人の面を装うマホロアに善意で何度も話しかけていたのだろう。正直なところ、あの頃は無駄話を嫌っていたので、カービィのお喋りには話半分で適当な相槌しか返していなかった。……と思う。……なのだが、
――『いつか、マホロアにもプププランドのお花見を楽しんでほしいな。サクラいっぱいできれいでお弁当はおいしくて、楽しいよ!』
じくりと傷が疼いた、ような。
いや、きっと彼は憶えていない。憶えていないはずだ。その方が良い。
「それじゃあ、おひる食べよう、おひる!」
元気いっぱいに弾ける声がマホロアのさざめきを吹き飛ばした。カービィは待ってましたと言わんばかりに、悲願達成直前のごとく壮大な身振り手振りで持参したバスケットの蓋を開く。
中身はマホロアのバスケットと同じく、サンドイッチが綺麗に並んでいた。ただしマホロアのサンドイッチよりも一つ一つのサイズが大きく、数もとても多い。さらにバスケット以外の複数の弁当箱をカービィが開くと、今度はサンドイッチ以外の食べものもがっつりと詰め込まれていた。
香ばしそうな揚げ色のからあげ、切り込みを入れたウィンナー、ふっくらな玉子焼き、小さなハンバーグ、ベーコンを巻いたアスパラガス、他にもたくさん……。カービィのからだの大きさを遥かに超えた量のボリューム満点で色彩豊かで欲張りで摘まみやすい弁当だ。話を聞くかぎり突然の注文だったはずなのにずいぶん立派な仕上がりである。料理人コックカワサキの腕の見せどころだったのだろうか。
いよいよ出番を迎えた弁当に、カービィは喜色満面でよだれを垂らす。
「いただきまーす!」
「いただきマス」
マホロアもカービィに合わせて慣れぬ挨拶を口にしてから、渡されていたバスケットを開放した。綺麗に並んだ彩り豊かなサンドイッチをひとつ摘まむ。ローブのベルトをゆるめて口元をわずかに晒し、小さくかじった。サク、と揚げ物ならではの触感を味わうと共に濃い味付けのソースが口内に広がる。カツサンドだ。マホロアはプププ王国で少し、ポップスターで多くの食べものの名前を覚えた。以前は興味を持たない分野だった。
カービィはマホロアとは真逆に一口一口がとにかく大きい。幸せそうにぱくりぺろりとサンドイッチや他の食べものを口に放り込み、凄まじいハイペースで弁当の隙間がどんどん広がっていく。
……まだマスタークラウン強奪を企んでいた時期のこと。ポップスターで初めてカービィの食事を目の当たりにしたとき、彼の食欲と許容量に二度見三度見五度見しても現実を信じられないほどの衝撃を受けた。そのような宇宙レベルの大喰らいに遭遇した経験はなかったのだ。
しかも、そばにいたデデデ大王がやたら対抗心を燃やして負けじと食べに食べまくったせいで、マホロアはポップスターの住人はそのとんでもない食事量が標準なのかと慄いてしまった。あらゆる資源豊かで恵まれた星ポップスターならまだしも、既に滅びを迎えたボロボロの星ハルカンドラで大喰らい四人分が満足できる食料なんて絶対確保不可能だ。船の備蓄だってマホロア一人分を想定していたのだから到底足りない。もし、計画通りにハルカンドラへ連れて行けたのに、肝心のランディアを倒してもらう前に四人の食料が足りず力尽きておしまい、などと間抜けな顛末になってしまったら? はたしてどうすればいいんだと彼らに頼った選択を後悔し始めた事も憶えている。バンダナワドルディとメタナイトが認識の訂正を試みてくれなければ、カービィの食欲はポップスター標準ではなく規格外レベルだと知ったタイミングはもっと後だったかもしれない。
木陰の下で、規格外レベルのカービィは右手におにぎり左手にサンドイッチという不可思議な組み合わせでもりもり食べ進めている。脅威の食べっぷりも見慣れてしまえばいっそ感心するくらいの快闊さだ。
「おいしいカイ? カービィ」
「とっても!」
「ア、ジャムついてるヨ。スゴイ量」
「どこどこ?」
「ちょっと落ち着きナヨ。ほら、ココ」
ぽす、とカービィのあたまに片手を乗せた。動きをやや落ち着かせたカービィが、右におにぎり左にサンドイッチを掲げたままこちらを見上げる。マホロアを信じて待っている。無抵抗で無防備な口元斜め上に盛大に付着した紅色のジャムを、もう片方の手の紙ナプキンでそっと拭いてやった。両手に伝わる独特の弾力のせいか過剰なほど慎重になってしまった。ゆっくり、ゆっくりと手を離せば、すぐそばで満面の笑みのカービィが礼を言った。日向の匂いがした。
再びおいしそうに食べ進めるカービィをぼんやりと眺め、我に返ってから手元のサンドイッチをほんの少し口に含んだ。いちごジャムだ。おそらくは、先ほどカービィに付いていた紅色とおんなじ。パンに挟まれてキラキラと宝石のように輝いている。つぶつぶで、甘酸っぱい。おいしい。
そういえば、マホロア用の弁当の中身はほどよく少なめでマホロアにぴったりの量である。苦手な食べものも入っていない。マホロアの適切な食事量も好き嫌いも、カービィが事前に弁当を頼んだ料理人へ伝えてくれたのだろう。次は断面の黄色が明るいサンドイッチを手に取った。トーストしたカリカリのパンにふんわり分厚い玉子焼きだ。薄めのやさしい味付けがマホロア好みだった。
隣のカービィが口より大きなたい焼きを口にモゴモゴと突っ込む。マホロアも慣れたもので、もう「サイズが合ってないのでは」と心配はしない。やがてたい焼き型に変形したピンク色はくぐもった声を出しながらもごくんとまるごと飲み込んだ。元のまんまるに戻ったピンク色の勢いはまだまだ衰えず、次のサンドイッチに取り掛かる。マホロアも玉子焼きのサンドイッチを二口目、三口目と口に含む。知らずの内にゆるんでしまう表情は味を気に入っただけではなく、隣の呑気具合の影響もあるのだろう。
かつては、自らを『一人きりでの食事が気楽で最適な性質』であり、『どのような相手であろうと複数人での食事は苦痛に感じる性質』だと判断していた。実際、そういうヒトは少なからず存在する。そしてその傾向自体はどちらかが良し悪しで語られるものではない。
だが、マホロアの真の実態はそうではなかったらしい。相変わらず、見知らぬ大勢と食事を共にするシチュエーションには抵抗を示したいけれど。
カービィと食事を共にするひとときは、マホロアにとって楽しく好ましいものだと学んだのだ。目新しさがなくたって、隣で彼が幸せそうに笑ってくれるだけでなんだかふわふわと嬉しくなる。おかしなものだ。
カービィにとっても、そうであったらいいと思う。
「ねえ、マホロアにとっても、今日のお弁当はおいしいって思う?」
「そうだネェ、なかなかオイシイと思うヨ。コックにもカンシャしないとネ」
「よかったあ!」
カービィはふくふくと笑った。
「マホロアもそうだと嬉しいなって思ったんだ」
「……。エエ~、おいしくないかもって疑っちゃうようなおベントウをボクに渡したのカイ?」
「そういうことじゃないよ~。うん、でも、よかったあ」
意地悪な照れ隠しにもカービィは臆さない。呑気に景色を眺めながら、
「この場所をマホロアが気に入ってくれたことも、よかったなあって思ったし」
と、やけにしみじみと語る。
「今日はいきなり誘ったのに、一緒にここまで来てくれてありがとうね」
思いがけない感謝の言葉にマホロアは数秒止まってしまった。それから、
「……ホ~ント、おっしゃるとおりダヨォ。いつものコトながラ行き当たりばったりダヨネェ。ボクが断ったらどうするつもりだったンダイ? 二人分のおベントウ」
「そりゃあ、ぼくがぜーんぶ食べる」
「ウーン、予想通りの答えだっタ」
そこでマホロアは少し沈黙する。視線は隣のカービィではなく、二人の前に広がる青空と平原へ。カービィの瞳は、まだ見つめ返す事ができない。
「……ボクを誘ってくれテアリガトウって、言ったでショウ。ソノ、ボクの方こそ……」
もごもごと口ごもってしまったマホロアに、カービィの「えへへ」とゆるんだ声が聞こえた。そうやって、こちらを見て笑いかけないでほしい。ぜったい、今は猛烈にカッコワルイ顔なんだから。火照る熱を自覚して、顔をさっと逸らした。
「この場所って、ちょっと前に発見したばっかりなんだ。バンダナワドルディと新しい釣り場所を探しててさ、うっかり道に迷っちゃって。偶然ここまで歩いて……」
カービィは上機嫌に経緯の説明を始めた。マホロアはそっと目をやる。彼はお喋りの合間にもぐもぐと大きな玉子焼きを頬張っている。
バンダナワドルディ。カービィと仲良しで自然な形の『友達』に見える存在。唐突に話題に飛び出した青色バンダナの勇敢な子は、カービィにとっては唐突ではなく日常を共有する内の一人なのだろう。カービィはマホロアに想定できないほどの多くの人々と繋がり、関わっている。それはきっと良いことで、それが身勝手に、マホロアは寂しい。
「ぼくたち二人で意気投合したんだよ。『春の晴れの日にここでお弁当食べたらぜったい最高だよ!』って」
マホロアの自己中心的なモヤモヤなんて露知らず、カービィは気持ちよさそうに「う~ん」と縦に伸びをした。それから「ほら、」とからだと腕を前のめりに風景へと乗り出す。
「あっちの方、ちっちゃくデデデ大王のお城も見えるんだよ。気づいてた?」
「カービィは目が良いんだネ。ボクはそこまで見えなかったヨ……」
カービィにつられて、マホロアも前に乗り出して広がる風景に目を細めた。そこまで明細を把握できないが、今日の出発地点の天翔ける船ローアはあのあたりだろうな、などと連想する。
「マホロアにも、この景色を見せたいなって考えたんだ。見晴らしは良くて過ごしやすいし、この前はケーキご馳走してもらったし、マホロアはこの間の『お花見』の時はまだポップスターに帰ってきてなかったし。たまにはお外で一緒にごはん食べたかったのも本当でね。だからつまりね、」
カービィに振り向く。
至近距離の眼前で、真昼の星は花のようにほころんだ。
「ぼくはね、きみに喜んでほしかったの」
不意打ちだった。
なにを贈られたのか、すぐには理解できなかった。
「それで今日、すっごく良い天気でしょ? これはもう、誘うしかない! って閃いてね。まだちょっぴりサクラの花も残っててよかったあ~。前に話した『サクラいっぱいできれいなお花見』じゃあないけどさ、でも、せっかくだから」
――ああ、やっぱり憶えてたんだ。
あんなやり取り、さっさと忘れて良かったのに。マホロアはさっきまですっかり忘れてたのに。
かつて、彼にぶつけた数多の虚言と不誠実な態度が、異空を翔けた旅人をぎりぎりと絞めつけ、詰る。オマエはあんなに眩しく馬鹿らしいまでに純粋な彼を騙して利用したんだ。そんな酷いヤツがどうして彼の前に戻ってきたんだ? ココロの奥底で傷が疼く。悲鳴を堪えている。
平然と嘘を吐いた裏切者への当てつけであればまだ納得できる。だが、カービィはそうではない。残念ながら。喜ばしいことに。
「あっ、でもでも、お弁当はおいしい! これは話した通りになったね。ふふっ」
ぶわりと噴き出たマホロアの葛藤をよそに、日向のカービィはいつもと変わらず楽しそうだ。すぐ隣でこんなに狂わされている愚者がいると気づきはしない。それなのに、マホロアはいつもカービィに調子を崩される。いつもだ。いつも。
なんだかずるいと、思う。
「ぼくはマホロアじゃないから、ピクニックでマホロアが喜ぶかどうかは実際わかんなかったけどね。でも、一緒に来てくれて嬉しかった」
「……喜んでるヨ。楽しんでル。そうは見えなイ?」
あらゆる感情渦巻く嵐の只中で、どうにか絞り出した嘘偽りないトモダチへのアリガトウのカタチ。カービィはぱちくりと瞳をまんまるにした。それからまた、ころころと笑う。
「……そう見える!」
一人でここに辿り着いても、何の感慨もなく通り過ぎていただろう。立ち止まって景色を意識した理由は、カービィがここまで案内してくれたからだ。ピクニックに赴いた理由は、カービィが誘ってくれたからだ。このひとときを喜び、楽しく過ごせている理由は、カービィが隣で笑ってくれるからだ。たとえ彼がマホロアの傷を一切察していなくても。
カービィがマホロアを喜ばせようと行動してくれたことも、食事を共にしてくれたことも、たくさんたくさん嬉しかった。それらの素朴な喜びは、素直に渡したいと思えたのだ。他の厄介な想念と傷は、誰にも見えない内側へ仕舞いこんだ。マホロアはそう在りたかった。
話題は二転三転、行ったり戻ったり、はたまた飛んでいったりした。
サクラからお花見、お花見からのお祭りへ。お花見用のお弁当をもらおうとしたらデデデ大王にカービィはやっぱり花より食べものだなと茶化されて喧嘩になった。そんなの大王も同じじゃんと言い争いになった果てに開催されたお花見グルメレース。結局仲良く二人で花より食べものだった。そういえば仮面を人前で外さないメタナイトはフードを外さないマホロアとこだわりが似てるのかどうか尋ねられた。わからないと素直に答えた。仮面と帽子のおしゃれを両立させる方法について。孤高と謳われる騎士を慕う部下たちの間で流行のウワサ。自慢しそびれたバンダナワドルディとチャレンジした釣りの結果。ワドルディたちの最近のトレンドはバンダナと帽子とメガネとお面だとか。二人以上のお昼寝タイムにちょうどいいクッションを探すカービィの近況……。
お喋りして食べて飲んで眺めて笑って日向ぼっこして、時間はおそらくあっという間に過ぎ去っていた。
「楽しかったねえ。そろそろ後片付けする?」
「ア……」
咄嗟に溢してしまった呟きは小声でも、カービィには聞こえてしまったらしい。「どうしたの」と覗き込まれる。あの量の弁当を完璧に平らげた彼は、今は水筒の温かそうな湯気の出るお茶をちまちまのんびりと味わっていた。
「……カービィ、あのネ」
カービィが水筒の蓋をきゅっと閉めて、マホロアを見る。なにか伝えたい大事な話がある、と察したようだ。
偶然の二人きりの機会に、伝えておきたい用件があった。なかなか言い出せずに後回しにしたら忘れてしまっていた。このままでは帰路でも話せずにずるずると最後まで後回しにしてなあなあで今日を終えてしまいそうな予感がする。たぶん経験則だ。今日話したいなら、今が最後のチャンスだ。
今日伝えなくても死にはしない。だけどせっかくだから、今日の内に伝えたかった。
「ボク、イマ完成を目指してるモノがアッテ……、ソノ、」
常日頃、カービィ以外が相手であれば虚言であろうと滑らかに口に出せる。なのにカービィの前では、うまく言葉を整えられない。それまでのマホロアとはまるで別人になってしまうのだ。
震える声音を、必死に支える。
「テーマパークを、作ってテ」
「テーマパーク⁉」
カービィの大きな両の瞳が、いっそうきらきらと輝く。まるで特別な出来事に遭遇したかのような喜びで満ち満ちている。マホロアはそのような期待に応えられる自信なんかなくて、きらきらの瞳にいつも以上に向き合えずに視線を落としてしまった。
それでも、彼はマホロアからの言葉を待っているのだから、最後までマホロアが言葉にしたかった。
必死にからだとココロを奮い立たせ、時間をかけてぽつぽつと説明した。
プププランドの片隅に、小さなテーマパークを建設中であること。デデデ大王含めて周囲の許可も既に得たこと。ローア船内でカービィが何度もチャレンジしたミニゲームのレベルアップバージョンであること。ポップスターに帰ってきたマホロアが一から組み立てた施設であること。
ばくばくと高鳴る緊張でからだは内から爆発してしまいそうだ。上擦る声をなんとか言葉の形に押し込んでいく。さあ、ここからが肝心だ。唾をぐっと飲み込む。一呼吸挟んで、微かな勇気で自らの背を押した。
「その新たなテーマパークで、キミにはいちばんめのお客サマになってほしインダ」
「ぼくが? いいの⁉」
「モシ、カービィが良ければ、なんだケド。……ホラ、テーマパークは誰かに遊んでもらうための施設ダシ! ボクとしては早めに最初のお客サマを確保しときたいナァ、ナンテ! ……ソレに……」
ポップスターに戻ってきて、トモダチとの再会を叶えて、次にやりたい何かを模索しようとして真っ先に思い浮かんだ情景が、きらきらと輝くカービィの笑顔だった。かつて、ローア船内で用意した気まぐれなご機嫌とりでしかないミニゲームを、マホロアの思惑など何も知らずに喜んで遊んでくれた彼のすがた。
当時は内心呆れて馬鹿にしていたクセに。また見たいと思いついてしまって。つまり、今回のテーマパーク作りの動機はご機嫌とりでも何でもなくって――――
「ボクは……、キミにいちばんめに、遊んでほしイ。楽しんでほしイ。喜んで、ほしイカラ……」
――だって、キミが楽しいと、ボクはとても嬉しいのだから。
弱々しく、細々と懇請を吐き出せてから、おそるおそるカービィの様子を伺った。
「マホロアの新しいミニゲームが遊べるなんて、わくわくしちゃう! ありがとう、マホロア!」
彼はちいさい手を両方、ぶんぶんと上下に振り回して、期待に満ちた瞳でうきうきと興奮している。
「ホ、ホントに? ホントに、遊んでくれル?」
「もちろん! あのときローアにあったミニゲームも夢中になっちゃうくらい楽しかったもんね。えへへ、いちばんめだなんて光栄だなあ」
「……ソ、ソウ? マァ、ボクってチョー天才ダシ……。じゃあどっちもウレシイ、ウィンウィンってヤツ、ダネ!」
ようやく伝えられたマホロアは心底ほっとした。何度目かの九死に一生ものの命拾いを実感した気分だ。ついついカービィの一挙一動を過剰に気にしてしまう。感付かれたくないココロの乱高下は、どこまで隠せているのだろうか。
「それにしてもすごいよマホロア。夢を叶えようとしてるなんて!」
「エ?」
「ほら、ハルカンドラで教えてくれたじゃん。『夢のテーマパーク作りたかった』って」
――『ボク、じつは全ウチュウのミンナが思わずキャーキャー言っちゃうヨウナ……』
――『オドロキとタノシサでイッパイの、夢のテーマパークを作りたかったンダ!』
「……イヤ、ソレハ」
今回のテーマパークはカービィに喜んでもらいたくて建設した。その動機を正直には白状できなかったけれど。だからカービィは勘違いをしている。そもそも、
さっさと忘れていいはずなのに。憶えておく価値も、ないのに。
あの日、マホロアは何をどう考えて、昔の夢のハナシなんて持ち出したのだろうか。憶えていない。目論見の輪郭を思い出せない。
そっと開いてしまった、むかしむかしの古びた一ページ。どうしてあそこまで口を滑らせたのだろうか。あのときは失態の原因を理解できないなりに、どうせ話題に出してしまったならと昔のマホロアも切り分けて消費した。オヒトヨシを油断させる材料に自らの過去さえも利用した。叶える気なんかカケラもなく、それどころかカービィと出会うまですっかり忘れていた空想。ほこり被った夢のハナシ。あの日、思い出さなければよかったのにと後味の悪い自己嫌悪を抱いて、無邪気なオヒトヨシを恨んだ。愚かにも。
奥底が、またも悲痛に傷む。浮かれていたココロは静まり返っていた。
「…………」
「……あれ、もしかしてぼくの早とちりだった?」
「……。そもそもサァ。正直なハナシ、テーマパークを作りたいなんて夢はボクのキャラじゃないヨネェ、ナ~ンテ思っちゃうヨネ」
正気に醒めたマホロアが予防線を張りたくておどけてみせれば、カービィはうきうきを引っ込めてハテナの顔になった。
「キャラじゃないって、なんで?」
「……あのネェ。だってホラ、ボクは困ったヒトのフリして、キミたち善良なオヒトヨシを騙しテ、ハルカンドラを支配しようとしテ、キミたちのポップスターも全ウチュウまでも支配しようと企てた黒幕で……、デショ。ボクが説明するのも変ダケド」
そして何より、トモダチを裏切るあやまちを犯したヤツだ。
罪状を並べれば一目瞭然。どうもカービィは真正直に信じていたらしいが、ここに『テーマパークを作りたい夢がある』はとんでもなく似合わない。誰だって嘘に違いないと断ずるだろう。マホロアだって、とっくの昔に信じなくなったのに。
「うーん? キャラ……? とか、あんまり考えなくてもいいんじゃないかなあ。それがマホロアの本当にやりたいことなら、やってみる方がいいと思うよ」
裏切者のふざけた調子ですら、カービィは茶化さず大真面目に受け取ってしまう。
「ぼくは、マホロアがやりたいことに挑戦できる世界の方が、好きだなあ」
嫌になる。
彼のそばにいると、マホロアはあまりにも彼に不釣り合いな存在なのだといくらでも思い知る。嫌になる。何度でも。何度だって。
針が刺さる。裏側に、何本もちくちくと。そこからじくじくと気味悪く広がる穢れた膿の染み。いつまでも治らない焼け爛れ。奥底で軋む傷。嘘を吐いて騙して裏切った加害の傷跡。終われない苦しみだ。コレの正体を、カービィはすぐそばにいても知り得ない。なにせ彼は何一つ悪くない、むしろ彼こそが傷をつけられた側なのだから。すべてがマホロアを自棄に駆り立てる要因になるとしても。
「――そんなに無責任なコトを言っちゃっていいのカイ、カービィ? ボク、またワルイコトを企むかもしれないヨォ?」
突然の嘲りを込めたはずの声色にも、真正面のカービィはキョトンとした顔で動じなかった。ああ、気に食わない。何もかも。
「ポップスターのおソラも地上も、マダ支配を目論んでるカモしれないシ。ネェ?」
せいいっぱいの低い声で、楽しかったはずの今日をひっくるめて台無しにする挑発を繰り出す。のどかな晴れの日も穏やかなそよ風もほんの少しだけの薄桃色も空の弁当箱も、彼の笑顔も何もかもを過去の残骸にしてしまう。
「ホラホラ、ボクが何をやらかすか、不安になってきたダロウ? ソノ平和ボケした頭でヨ~ク考え直してミナヨォ」
それでもマホロアは止まれない。黒黒と焦燥が突き動かす。まさにヒーローに迫るヴィラン。最悪だ。ひりひりと渇きを覚える。痛い。歪む口元をローブの上から手で押さえつけた。誰にも覗かれたくなかった。
「わかってるヨネェ? キミたちからすれバ、ボクが信用できないヤツなのは当然ダッ……テ…………」
そこで、逃げ道を塞ぐように捲し立てていた早口が勢いを失ってしまった。
カービィがじとりと悪役を睨んで……いや、見つめてきたせいだ。虚言の魔術師への不平不満をありありと表に出す目つき。
「……マホロア」
「ナンダイ、カービィ?」
「マホロアのそういうところ、ぼくはたまにどうかと思うなあ」
勢いを取り戻そうとしたマホロアは、カービィにしては珍しい言い回しにドキリと動揺した。自ら煽っておいて何を今更と、嫌われる現実への恐怖を抑え込む。
「ククッ、穏やかじゃナイナァ。そういうトコロっテ?」
「んー……。そうやって、すぐ誰かを試そうとするところ? なんか、先回りして変な先手打ってくるところ?」
「…………」
言語化されてしまった。咄嗟に言い返せなかった。
マホロアの自業自得の泥沼を知ってか知らずか、カービィは「でも、そうだなあ」と真剣に思案する素振りを見せた。かと思えば何か閃いたらしく、やけに勿体ぶった仕草で意味深長な表情を向ける。……なにか予感が、
「マホロアが、いつかどこかで、誰かやマホロアのことを傷つけてしまうつもりなら……。そのときは、ぼくが必ず止めに行くよ。誰よりも早く、いちばんに止めに行く」
瞬く間に記憶が甦り――――
「なんてったって、ぼくはマホロアの『トモダチ』だからねっ!」
――『――もしイツかどこかでキミがコマッテいたラ、きっとイチバンにタスケテアゲルヨォ!』
――『なんてッタッテ、ボクたちトモダチだからネッ!』
「…………カービィ」
「なんだい、マホロア?」
してやったり、みたいなドヤ顔を前にして腹立たしいのか恥ずかしいのか、感情をうまく分析できない。
「もしかして、ソレもゼンブ憶えてル?」
「ふふーん、ひみつ~」
「……ハァ。カービィって、そういうトコロあるヨネ……」
マホロアのため息にもカービィはどこ吹く風だ。お互い様だとでも言いたいのだろうか。ちっともお互い様ではない。ダメージの大きさが違いすぎる。これでは奥底で痛む傷の疼きもぐずぐずと燻るしかない。
……かつてのマホロアは、トモダチという言葉を目的のために故意に乱用した。トモダチだから、ボクのタメに頑張ってほしい。トモダチだから、ボクを助けてほしい。利用価値をアピールして売り出した。ボクとトモダチでいれば、これからもキミにメリットがある。だからボクを信じて、トモダチなんだから。
だけどカービィは違う。友達だろうと関係なく助ける。友達だろうと何かあれば容赦はしない。いや、友達だからこそ、なおさら容赦しない、なのだろうか。友達だからこそ、断罪されるべき取り返しのつかないあやまちに至る前に止めに行きたい、なんて面妖な考えで真っ先に飛び出すのかもしれない。
友達だからこそ。
カービィのそういうところ。マホロアの理解できないところで、マホロアがすくわれたところだ。
「……アハハッ、ソ~ンナに本気にならなくてもイイのニ! 今のはジョークだヨォ、カービィ。イチバンのトモダチがそばで笑ってくれたら、ボクはチョ~マンゾクだモノ! ココロから安心シテネッ!」
時間差で襲い来る強烈な自己嫌悪を振り切って、マホロアは作り笑顔でわざとらしくオーバーに誤魔化した。こうやってツッコミどころを事前に用意しておくとほんのわずかでも安心できる。カービィ曰くの『なんか先回りして変な先手打ってくるところ』に該当するのだろう。つまりアレは図星であった。
「ぼくはいつだって本気だからね」
ノーコメント。でも差し出されたお茶は素直に受け取った。一口、時間が経ってすっかりぬるくなった潤いがココロとからだに染み入る。
熱くなり過ぎたのだ、色々と。
「……………………ゴメン」
「ぼくがいちばんに止めに行くから」
「繰り返さなくテいいヨ……。アト、今回は昔叶えたかった夢は関係ないんダ。コレは嘘じゃないヨ」
「そうなんだね。……ごめん、勘違いしちゃって」
「ソッチはワザワザ謝るコトじゃナイでショ。……コレもホンキで言ってるカラネ」
やっと少し冷静になれたマホロアは、前方の景色へぽつりとぽつりと小さな呟きを落とした。愚かな悪役の自暴自棄とは無関係に今日の太陽は引き続き眩しく、青空も引き続き澄み切っている。
しばらくお互いに沈黙が続いた。静かに、自然があるがままに流れていく。サクラの花びらもひらひらと無言で落下する。
ややあって、
「……カービィ。ボクって実はかなりのワガママだからサ、まだまだやりたいコトも山ほどあるンダ。ダケド……」
横目でトモダチを見やった。またしてもキョトンとした顔がこちらを見て、傾げる。マホロアは青空と平原を――ポップスターそのものを改めて俯瞰する。
カービィたちに敗れ、やりたいことはあちらこちらの方向にバラバラと散らばってしまった。正直な話、まだまだきちんとは折り合いがつかない。
……だが、それでも。
「何よりも優先したい願いができたカラ、ソレを今度はもう無視したくはないんだよネェ。ダカラ支配は……今は、見逃してもイイカナって」
異空を翔けた旅人は、二度と裏切りたくないトモダチへ微かに笑いかけた。
「……そっか」
はたして彼の瞳には、どのような笑みに映っているのだろう。
「――アァ、ソウソウ!」
自らぶち壊した雰囲気をさらにぶち壊すつもりの場違いに明るい大声で、マホロアは何でもない体を装ってから「実は、明日には新たなテーマパークを本格的に動かす予定なんダ」と改めて本題を切り出した。
「現場の試運転はモウ完璧ダシ、アトはほんのチョットの最終チェックだけデ」
チラと隣を盗み見る。カービィはもうそわそわと浮ついた落ち着きのなさを復活させている。ついさっきまでの緊迫した空気は何処へやらだ。もとよりマホロアが自爆しただけでカービィはいつも通りだったと振り返る自虐を今だけは見て見ぬふりする。
「ソウ、ダカラ……カービィの都合が悪くなけれバ……、ソノ、急ダシ、無理は言わないケド……」
「それならぼく、明日遊びたい!」
はじめの勢いが次第に小さく衰えてしまったマホロアに反して、カービィは予想以上に勢いよく反応した。あまりの勢いの良さにマホロアは面食らってしまう。さっきの悪役の危険な言動をもっと警戒するべきでは、と揶揄う余裕はない。
「……ホ、ホント? カービィ、明日でイイノ?」
「うんっ! マホロアのミニゲーム、楽しみだもん! うわぁ~、なんだかもう待ちきれなくなってきちゃった……!」
「ソ、ソッカ……」
マホロアは繰り返し「ソッカ、」とひとりごちた。カービィの雰囲気はぱやぱやと花でも咲いてそうなくらい晴れやかだ。喜ぶ彼を中心にして薄桃色の花びらが舞うかのようだ……なんて錯覚しそうになる。サクラの花は自然現象で散るだけだ。
……堪えきれず三日月形にニヤけてしまう口元を、ローブで隠せて助かった。昔、この服装を正式に纏うと決めた理由の一つは虚飾の施しやすさであった。今は、邪で難儀な一喜一憂がバレにくい仕様に感謝している。
「じゃあ明日は、いつもみたいにぼくがローアまで向かえばいいかな? いつ頃行けばいい?」
マホロアは「それでいい」と頷こうとして、ハッと思い当たる。視線を逸らしながらも、「イヤ、今度は、ボクがカービィのおウチに迎えに行ってもいい……カナ……」と別案を提案した。
マホロアのような存在に、彼の手が差し伸べられることそのものが奇跡だと十二分に理解している。
その奇跡に、甘えっぱなしでいたくない。既に大変甘えてしまっているが、それで終わりにはしたくない。
カービィが負担に感じているかどうかは定かでは無いとしても、片方へ一方的に献身や負担を押し付ける状態は、たぶん、あまり良くない。不慣れなりにそう考えた。カービィのトモダチを続けたいなら。
慣れなくても、分相応ではなくても、努力は試みたかった。
マホロアは、今日だけではなくて、また明日も、明後日も、次の春も、その次も……。カービィとトモダチで在りたいのだから。
「それにカービィは人気者だからネェ~。色んなヒトとのツキアイがあってイツモ大変デショ? この前訪ねたトキも留守だったジャン」
「えっ?」
「ダカラ、ボクがたまには無い足を運んでアゲルヨォ。クックック、ボクってばホ~ント、トモダチ想いでシンセツな……」
「マホロア、ボクが留守の間に会いに来てくれてたの?」
「アッ」
見事にしくじった。言わなくてもいい事を言ってしまった。
「ごめんねマホロア、ぼく、言われるまで気づかなかったよ……」
「イヤイヤ、事前に約束してなかった日ダカラ! カービィは悪くナイッテ! ボクが何となく遊びに行ってみたダケデ……!」
気恥ずかしい雰囲気を有耶無耶にしたかったのに盛大に自滅してしまった。これではまるでマホロアがカービィに構ってもらいたいヒトみたいだ。実際に否定はできないから困ってしまう。
「だけど教えてくれるまでぼくが知らなかった事実は悲しいよ。……そうだ、今度ぼくが留守だったときは置き手紙を残してほしいな。机の上にあったらぜったい見るからさ。どう?」
「ウ、ウン……」
「ああでもぼく、ローアで使われてる文字は読めないんだよね。どこの星の言語なら……」
「アー、ソレはダイジョウブ。ポップスターで一般的に使用される文字や記号はおおよそ学習してるヨ」
「そうなんだ、じゃあ問題ないね。次はよろしくね!」
「次……」
「と言っても、明日はお家でばっちり待機しておくから、置き手紙の出番はないはずだけど」
「アア、エエト、ソウダネ、ソウダッタ」
どこか現実味のない返事に何を思ったのか。
マホロアの両手が、カービィの両手にそっと包まれた。息の詰まる感覚が襲う。
カービィよりもマホロアの手の方がずっと大きいのに、まるでマホロアがカービィに包み込まれているかのようだ。あたたかくて、やわらかくて。色も大きさも感触も何もかも異なる、トモダチの体温。
日向の匂い。
「明日、待ってるからね」
正面。すぐそばで、きらきらの瞳がきらきらと煌めき、またたく。パッと輝いて、
「約束だよ、マホロア!」
「……、ウン」
その眩い星の瞳にようやく向き合えたマホロアは、「約束ダヨ、」と祈りを込めて繰り返した。
さっきピクニックの場所を発ったつもりだったのに、もうお別れの岐路にいた。あちらの道の先にカービィの家、こちらの道の先にローアの停泊地点だ。
無性に寂しさを覚えてしまったマホロアに、カービィはぶんぶんと小さな手を振り回した。
「ばいばいマホロア、またあした!」
それでようやく、マホロアも「ばいばい」と手を振り返せた。カービィよりずいぶん小さくて頼りなくても、「またあした」を約束できた。
一人の帰路についたマホロアは、どうにか拠点の天翔ける船ローアまで帰り着いた。
自動で開いたローアの扉をくぐると、習慣がからだを朝も過ごした操縦席まで辿り着かせた。そのまま盛大な溜息と共に脱力して虹色の鍵盤にもたれかかってしまう。
ローアは普段通りに何も発言せず、不自然に何の反応も無い。鍵盤は知識無い者には到底理解できない複雑で緻密な扱いが必要なはずで、なのにマホロアのからだに押し潰されているにもかかわらずとくに誤作動しない。気を遣われているのだなと、物言わぬ船のココロを感じ取った。
トモダチにようやく打ち明けられた安堵感と、トモダチと楽しいひとときを過ごせた幸福感、トモダチを前に慣れぬ思考を働かせて慣れぬ言動を絞り出した疲労感、途中でやらかした件を責めに責める自己嫌悪などがごたまぜになり、マホロアのからだとココロはすぐには動けないでいる。
不意に、ぼんやりとした頭が過去を思い出した。カービィとの再会とポップスターへの帰還を目指していた日々の記憶。
異空を彷徨いながら、別のセカイで生き延びながら、ずっとずっと考え続けていた。
――再会したら、ボクはキミに何を言うべきなのだろう。キミはボクに何を返すのだろう。
トモダチにまた会いたい一念で、地道に努力を積み重ねて魔力を蓄え過ごしたあの頃。いざ再会が叶ったときはどう行動するべきなのか、あれだけ思案する時間はあったのに、最後まで正解と呼べる答えを導き出せなかった。
結局、再会のときを終えた後になっても、あの言動で正しかったとは絶対に考えられない。もっとこうすればよかったのでは、ああすればよかったのではと悩みだせばキリがない。終わった出来事を今更あれこれ悔やんで捏ね返しても無意味だとわかっているはずなのに、時折訪れる激しい後悔の念はなかなか途絶えてくれない。嵐のようで毒のような泥濘の思考は、今このときだってマホロアをぎゅうと絞め上げ、自己嫌悪に浸らせる。
カービィに敗れる前のマホロアならば、躊躇も後悔もかなぐり捨てて、ただ独りで野望のためにひたすら邁進できた。しかし、今は……。
――『何よりも優先したい願いができたカラ、ソレを今度はもう無視したくはないんだよネェ。ダカラ支配は……今は、見逃してもイイカナって』
支配よりも何よりも、二度と失いたくない関係がある。無視したくない願いがある。裏切りたくない、トモダチがいる。
今なら理解できる。
かつての虚言の魔術師は、カービィとトモダチになりたいと願っていたココロの隅っこの本音を長年の野望のために犠牲にした。虚言の装飾で自らすらも誤魔化した。そんな台詞は出まかせで嘘でホントウの願いではないのだと嘲笑った。カービィたちもマホロアも蔑ろにした。
――もう二度と、トモダチを裏切りたくない。
それが、ごちゃごちゃと一向に整理できないココロの中でもひときわ明々と輝く、マホロアの嘘偽りない導べだ。
そして、今のマホロアが優先したい願いの正体も把握できている。
カービィへ向ける煩雑で様々に屈折する想いを一つの単語でまとめられなくても、自分自身に――カービィには無理だけれど――ハッキリと明言できる願い。
――カービィと、これからもトモダチで在りたい。
――カービィと、もっと仲良くなりたい。
何度でも繰り返し噛み締める。マホロアは、今日だけではなくて、また明日も、明後日も、次の春も、その次も、カービィとトモダチで在りたいのだ。
だから、野望も支配欲もしばらくは置いておくと決めた。散らばったままで片付かないあらゆる欲望は、カービィの前ではおおよそ大人しくなってしまうのだし。
もっと仲良くなりたい。ずっとトモダチで在り続ける。ポップスターの住人であれば簡単に成就できるかもしれない願いは、マホロアにとっては無理難題の絶壁だ。
そう、マホロアには難しい。より都合の良い存在に優先して取り入り、利用価値がなくなれば容赦なく切り捨ててきたマホロアには。マホロアはそうやって扱われたし、マホロアもそうやって生きてきたのに。その人生経験はカービィには一切通用しない。もう試さなくたってわかってしまう。いつまで経っても馴染めないかもしれない世界の仕組み。それが『トモダチ』だ。
マホロアは、デデデ大王のような喧嘩も助け合いも対等なライバルにはなれない。メタナイトのような期待を抱きながら特別な立ち位置で見守る好敵手にもなれない。バンダナワドルディのような自然体で隣に並んで仲良くできる相方にもなれない。
――『ずーっとトモダチでイテネ、星のカービィ!』
カービィにおべっかを振る舞っていた頃、容易く軽々しく吐けた薄っぺらいセリフたち。トモダチにつけた傷。今となっては一生正気で口にできる気がしない。どうせ実現できないと悲観しそうになる。……ずっとトモダチで、なんて。
何度も思い出から取り出しては奥底の傷を――カービィを騙した消せない加害を痛感するマホロアはこの上なく愚かだ。愚かだとわかっていながら祈りの拠り所にする。だって、今でもそう在りたいと、願ってしまうから。
客観的に見れば、マホロアなんかがカービィのそばにいる資格はない。これまで損得勘定でしか他人を見てこなかったマホロアでは。トモダチを裏切ったあやまちを犯したマホロアでは。
……だけど。
「そんなの、ボクが諦める理由にはならないヨネェ……」
我ながら、相変わらず強欲なヤツだと呆れてしまう。あれだけ自業自得をやらかしておいて、執念深く求めたハルカンドラの支配をキレイさっぱり忘れ去る決断はまだ下せない。だが、何よりも優先したい願いを後回しにする理由はない。不慣れだろうと努力はできる。努力だけはマホロアの十八番だ。
――『ばいばいマホロア、またあした!』
マホロアは、カービィを取り巻く皆のようにはなれない。至極当然、無理で不可能だ。
それでも、カービィはマホロアとトモダチでいてくれるだろう。……その奇跡に甘えるだけの状態は嫌だ。過去の傷に縋るだけの様相は嫌だ。もっと仲良くなりたい。いつまでもトモダチで在りたい。
――キミを、悲しませたくない。キミを、ココロから喜ばせたい。キミが楽しいと、ボクはとても嬉しいのだから。
「……。ヨシ」
定めた方針を改めてココロに刻みつけ、気合を入れ直したマホロアは前向きに最終チェック作業を再開した。明日は早めに起床して、念のため先にテーマパーク現場の確認を行おう。それからカービィの家に向かおう。きっと楽しみに待っていてくれるはず。
明日が今から待ち遠しい。明日をそわそわと心配してしまう。明日のカービィの反応が楽しみだ。ちぐはぐなココロはすべてがマホロアそのもの。もう、己に嘘は吐けない。不慣れに惑うばかりで落ち着きのないココロだって、永遠に治癒しない傷を抱えたままだって、トモダチと交わした約束のためなら頑張れる。
さぁ、あとほんの少し。『またあした』に最高のエンターテインメントを届けるための最後の仕上げだ。マホロアはカービィが驚き喜びキャーキャー笑う明日を想像して、クスクスと不敵な笑みを浮かべた。