約束;また会うためにさようなら【マホロアとカービィ】
「えっ? もうローアが直ったの?!」
「カービィたちがパーツ集めを頑張ってくれたおかげダヨォ! ホント~にアリガトウ、カービィ!」
たまたまめずらしく早起きしたぼくは、みんなより先んじてローアで過ごすマホロアの元にやって来た。せっかくの早起きだからはりきって「おはよう」と「今日もパーツ探し、がんばるね」を伝えるつもりだったんだ。
それで、いきなりのマホロアの報告にびっくりしてしまった。
「おかげで予定より早く、ポップスターを旅立てそうナンダ〜」
「でもでも、ローアの修理には大きなパーツがまだまだ足りないんじゃ……?」
ポップスターに住むぼくと、旅人のマホロア。ぼくらの関係は、あの日、とつぜん空に現れた宇宙船ローアが落ちていく光景からはじまった。
ボロボロのローアはあちこちに船のパーツを落っことしながら墜落してしまった。ぼくとデデデ大王、それからメタナイトとバンダナワドルディは、ローアを動かせなくなって困ってた船主で旅人のマホロアを助けるために、クッキーカントリーをぐるぐる探索して散らばったローアのパーツを集めていたんだ。
ローアの修理には、最低限でも五つの大きなパーツが必要だって、以前マホロアが説明した。その内の一つのオールは、なんとウィスピーウッズが自分のものだと言い張って隠してて……、ぼくはバトルで勝って、無事に持ち帰ることができた。だから残りの大きなパーツはあと四つ、のはずだった。
あれから回収したパーツは増えてない。中に入る前に見たローアは今日も墜落地点に沈んだままだった。船内の四角いモニターも相変わらず、パーツが足りないよとビカビカ光ってる……気がする。
ぼくには、どうにも修理が完了した様子には見えなかった。けれど……。
「……ウン。デモネ、色々と、大丈夫になったンダヨ。ボクは、今日帰るンダ」
……船の持ち主のマホロアがそう言うなら、そうなのかな。
「そっか、そうだよね。パーツが足りなくたって、ローアが動くなら、良いことだよね」
とつぜん彼方から落ちてきた旅人は、船の修理やミニゲーム作りもこなせる物知りで、いつもニコニコしていて、ちょっぴりイジワルで、ときどきいわゆるミステリアスっぽくて、なんだかずっとさびしそうで。
マホロアは最初から「ローアを修理できたら、帰りたい場所がある」と話していた。ぼくは気になって、ある日の二人だけの夕暮れどきに「帰りたい場所って、どんなところなの?」ってたずねてみたんだ。そしたらマホロアははにかんで、やさしい声でこたえてくれた。「奇跡みたいな星」なんだって。
わずかに差し込むオレンジ色のあのとき、ぼくはきっと、大切な大切な宝物をひみつで少しだけ見せてもらったんだと思う。マホロアの帰りたい場所はすごくすてきなところで、マホロアは心から帰りたがってるんだ。ぼくはそう確信した。
もしかしたら、帰りを待ってるひとだっているのかもしれない。船が壊れてしまったせいで一生会えなくなったらどうしようって、不安で心細かったのかも。
友達との急なお別れは、ちょっとさみしい。
だけど、マホロアがようやく帰りたい場所に向かえるなら、それがなによりいちばんだ。
「……うん。よかったね、マホロア!」
ぼくはがんばって笑顔を向けた。
「そうだ! ローアの修理おめでとう記念に、みんなでパーティするのはどうかな? 今日のおひるにぱぱっとさ。マホロアの旅立ちも、みんなで一緒におめでとうってお祝いしたいし!」
最後は笑って楽しくバイバイしたい。だから、ぼくはたった今の思いつきをあれこれ話してみた。
「ぼく、バンダナワドルディとはりきって準備するよ! メタナイトだって、こういうときはしっかり参加するんだよ。それに大王に頼めば、とくべつでゴージャスなランチをていきょうしてくれるかも……」
ところが、マホロアはなぜかそっぽを向いてしまった。
「……ソウ。このままだとこの『ユメの世界』は永遠に微睡むばかり。崩壊させるためには、原因の除去が必須……」
「……マホロア?」
マホロアはぼそぼそとマホロア本人に言い聞かせるみたいに呟く。
「マッタク。これでなにもかも出鱈目ダッタラ……あるいはボクの知らない世界ダッタラ迷わずに済んだノニネ。正真正銘ホンモノのキミってトコが、厄介ダッタ。ボクは、整理がつかないまま……、それでも……」
なに言ってるのか、ちっともわからない。
そこでチラとぼくを見たマホロアはくすりと目を細めて、ぼくに向き直った。ぼくの顔はたぶん、わかりやすく「なに言ってるのか、ちっともわかんない」でいっぱいだったのだろう。
「アァ、気にしなイデ、カービィ。此処にずっと留まる理由はないンダ。キミが望むナラ、キミの本格的な冒険の旅は、まだまだこれからサ」
「んん……。つまり、どういうこと?」
「クックック。マァ、イマはナンにも教えてあげられないケドネ?」
「それ、よく言ってたけどさ……」
マホロアのお決まりの台詞。ぼくが何度も話しかけると途中でそうやってうやむやにされるのだ。今はまだなんにも教えてあげられないんだ。続きはまた今度ね、カービィ。
その続きが語られる日は、もうやってこないの?
すきな食べものはなあに? どんなところを旅したの? 暑いところはへいき? 寒いところはにがて? マホロアのたくさんを知らないまま、お別れになってしまう。
「ククッ、ナーンテ顔してるンダイ。ボクがいなくなるコト、寂しいノ?」
「……うん」
いつのまにか俯いてたぼくは、うっかりぽつりと溢してしまった。おかしいな。さっきはちゃんと笑って、よかったねって言えたのに。
ぜんぜん心の準備ができてなかったんだ。いつかマホロアが帰ることはわかってたのに。こんなに早く日々が終わるなら、もっと一緒に過ごしておきたかった。せっかく、友達になれたんだから。
「――ソ~ンナにガッカリしないデヨ、カービィ! ボク、ポップスターにはまた遊びに来るカラサ!」
高らかな明るい声にぱっと顔を上げる。マホロアがニコニコと、両手を横に大きく広げた。
「……また、遊びに来る?」
「モッチロン! ボク、この星をス~ッゴク気に入ったンダ。それにナンテッタッテ、素敵なトモダチができたモンネ! ダカラ、ボクのローアでまたキミに会いに来るヨォ!」
「ほんとっ?!」
さみしいきもちはいっぺんに吹き飛んだ!
リップルスターのリボンちゃんだって、困りごとがぜんぶ解決した後もポップスターにときどき遊びに来てる。そしてマホロアはむかしのぼくと同じで旅人だ。本来なら、宇宙船ローアで気軽に星と星を行き来できるひとなんだ。マホロアとのバイバイは、もう二度と会えない証の挨拶じゃないんだ!
「じゃあ、今度はマホロアが行ったことないエリアも見に行こうよ。ぼく、マホロアに案内したいところ、いっぱいあるんだ!」
レーズンルインズの遺跡、オニオンオーシャンの浜辺、ホワイトウェハースのオーロラ、ナッツヌーンの夕焼け。マホロアなら、どこを気に入るかな? なんだかぼく、もうわくわくしてきちゃった!
「ワォ、ステキなお誘いダネ! なんだかボク、もう次に来るときが楽しみになってきちゃッタヨ!」
「えへへ、ぼくもおんなじきもちだよっ。また会いに来てね、マホロア! やくそく!」
ぼくは友達に片手を差し出した。「ばいばい」と「また会おうね」の握手をしたかったんだ。
でも、ピタと動きを止めたマホロアはぼくの手を取らず、ただ見入るようにじいっと眺めるだけ。もしかして、握手はにがてなのかな。
無理強いしちゃだめだよねって、ぼくが手を引っ込めようとしたとき、
「……カービィ」
マホロアはぼくの伸ばした手をすり抜けて、
あれっ? と思った次には、ぼくのからだはマホロアの大きな両手にすっぽり収まっていた。
「……ウン。やくそく」
なんだろう、ぼくのかたちがやさしく撫でられてる。マホロアの手って、大きいだけじゃなくて厚くてしっかりしてるんだって、いまさら気づいた。
「必ず、会いに行くヨ。ボクは……、キミに伝えなきゃならないコトが、たくさんあるンダ」
そっと。震える小さな囁きが、すぐそばで触れ合うぼくに届いた。
フードで隠れたチョコレート色の顔は、いつもよく見えないのに。ぼくは、マホロアが今にも泣きそうだとわかった。
「……マホロア、」
どうしたの、を口にする前に、マホロアはぱっとぼくを解放した。それから無言で、ふい、と視線をどこかへ逸らす。つられてぼくもそっちへ目をやると――――なにもないはずの空中に星型の穴が現れていた。なんだろう? ローアが落ちてきたときの星型と似てるような……。
マホロアが星型へすいーっと近づいていく。
「バイバイ、星のカービィ。もし、次もまた手を伸ばしてくれタラ……今度はスナオに応えてあげなくモナイ、ナンテネ?」
ぽかんとするしかないぼくに、振り向いた友達はニヤリと笑った。
「約束スルヨ。キミが忘れてしまってモ、キミの未来で、必ず会おウ」
声を掛ける間も無く星型の向こうに消えたマホロア。次の瞬間、セカイが、シャボン玉みたいにぱちんとはじけて――――――
◇◇◇
「…………ふあ?」
目を覚ますと、ぼくは原っぱに寝転がっていた。
ひとまず起き上がる。見上げれば青い空。見回せば緑の原っぱ。あちこちに突き刺さるおなじみのアレ。うん、いつもの見慣れたポップスターだ。
そう、いつものポップスター。けれど、さっきまではいつもじゃない世界にいたような……?
「う~ん。なんだったっけ……?」
むむむと記憶を手繰り寄せようとしても、ピンとくる答えはつかめない。ぽかぽかの晴れの日につられてついついお昼寝しちゃったのかな。なんてことはない、たんに変わった夢を見てただけかもしれない。たとえば、出会ってもいない誰かとお別れしたような……そんなフシギで、ぼやけた夢を。
ここでなにをやっていたのかなんにも思い出せないけれど、ともあれぼくも帰ろうと、おうちの方向へ歩きだした。
いつか、誰かもぼくのところに帰って来るかも、なんて、明日にはぱちんと消えちゃいそうな予感が、なんとなくあたまに思い浮かんだ。
『――で、サヨナラでよかったノォ? 次にいつ会えるかどうかも先行き不明ナノニ。キミ、まだカービィに再会できてないマホロアだろウ?』
「ウルサイナ……」
ただでさえ不安定な異空間ロードを航海中なのだから、支配人だろうが何だろうが操縦者の気を散らす声でぎゃんぎゃん喚かないでほしい。
やっと「本物のローア」に招かれて戻ってこられたマホロアに、この場に姿のない「支配人マホロア」は通信越しの音声で容赦なく野次馬を浴びせてきた。腹立たしいことにボクの知らない技術かつボクの意思を完全無視した通信である。自称支配人の声を聞いたのは今が初めてであったが、ボクと同じ「マホロア」の声だと判別できてしまい心底げんなりとした。こんな不愉快なヤツがマホロアを名乗る惨状を正気では認めたくなかった。たとえ、ヤツの入れ知恵で先程の「ユメの世界」を脱出できた恩があったとしても、だ。
「……今更ダケドマホロア同士が接触するってぶっちゃけドウナノ? 昔読んだ書物の仮説では、」
『アア、同一人物の別存在との観測による問題のハナシ? あんなのどの文献も実際に試せた奴らはいないデショ。ボクが平気でボクに通話寄越してる今がすべてジャン?』
事実、この手の文献は数多に仮説が生まれては枝分かれし、はたしてどれがどこまで理論として成立するのやら。あれだけ渇望したマスタークラウンも、ボクは数々の書物を読み込んだにもかかわらず真の性質を把握できてなかったのだ。実測を無視して仮説ばかりくどくど述べてもどうしようもないか。
『とはいえ、キリがないし干渉は基本控える方針ダケドネ。リスクもゼロなんて慢心はできないシ。マ、今回はそのあたり、ボク側で諸々クリアしてるから安心してイイヨ? クックク、キミにはまだまだ任せられない分野だしネェ』
「…………ウザッ……」
その久しぶりの顔なじみだねとばかりに異様に馴れ馴れしく恩着せがましい物言いは何なんだ。上品な服装と振る舞いに反して意地も性格も悪く嘲笑うヤツの面が根拠なく容易に想像できてしまった。
『話を戻すケド。さっきまでの世界は所詮、泡沫のユメ。夢の大地には到底及ばない虚構ダケドネェ。あのユメから目覚めてしまったら、カービィも他のミンナも、キミのことはゼーンブ忘れちゃうんダヨ。引継ぎ要素はナシ。せっかく再会できたノニ、最初からやり直し。約束だって、もちろんパア。意味、わかってル?』
「別に、ボクがゼンブ覚えていればいいだけダロ」
苛立ちをできるかぎり抑えて返答すれば、わざとらしすぎる盛大なため息が通信越しに響いた。よくもまあ、ここまでヒトの神経を逆撫でする言動を繰り出せるものだ。
これまでの経緯で十二分に理解済みだ。カービィは複雑で大切でトクベツな殿堂入りとして、ヤツも別の意味で極めてやりづらい相手であった。
『キミはあのユメの世界で特別ダッタ。そりゃあ、キミだけは忘れずに済む、ケドネェ……』
事の発端の背景事情まで話を遡ると――――プププ王国で店主マホロアとしてカービィたちの戦いを最後まで見届けた後のこと。兎にも角にも様々な出来事を経て、ボクはローアの力であのパラレルを旅立った。
そのまま異空間ロードを通り抜けて元の世界のポップスターに渡る……予定だった。ところがうっかり事故らしき現象を引き起こしてしまい、ボク単体のみが弾き出され、不可視の嵐に巻き込まれてしまったのだ。
そして、数奇なる摩訶不思議と相対する羽目になった。
目を覚ましたボクはローアの操縦席近くで倒れていた。けたたましい警告音に慌てて飛び起き確認すると、船内モニターには船の動力源たるパーツの大量喪失を訴える表示。混乱に呑まれながらも現状を把握しようと必死に思案を巡らせるボクをとんとんと小さくつつく、誰か。振り向いた先で――――まるでポップスターに墜落したあの日の繰り返しの如く、あんなに会いたかったカービィがボクのそばにいた。
「困ってるなら、ぼくたちが力になるよ!」
かつてのあの日の初対面と同じ発言を放たれ、開いた口がすぐには塞がらなかった。困惑のままにローアの外をおそるおそると覗いてみれば、平和で呑気な見覚えあるポップスターの風景。なにもかもが、既知の状況。
いったいなぜ? 何が起きている?
成り行きでカービィたちにローアのパーツの探索を頼んだ傍ら、密かに調査を行った。当初は空間の指定に成功したものの時間の指定に失敗した結果、目標よりも過去の時間軸のポップスターにやって来たのではと考察した。
だが、それにしては妙な有様であった。
合計五つの大きなパーツ、その内の四つは所在を探知できても「探知できない」。パーツどころかほとんどのエリアの実在が「観測できない」。ある地点から先が探れず、概念として次に進めないのだ。
それに、ついに意思疎通を叶えたローアがココロをうまく感じ取れない昔の様子に戻っている。さながら、ハルカンドラでランディアに挑み、敗北し、逃げた先でポップスターに墜落したあの頃のように。
再演じみた様相の一方で、天蓋に覆われたかのような閉塞感。これでは迷宮の行き止まりだ。説明不明の現状に危機感を抱く者はどうやらボクだけ。カービィたちはとくに不自然を感じていないらしい。どう考えても、異物はボクの方だった。
ともかく考えつくかぎりの手段を試し、されど進展は一向に見受けられない。オールは取り戻せた、けれど次のパーツが見つからない。右ウィングも左ウィングもエムブレムもマストも何処に消えてしまったのか? クッキーカントリーで回収できたエナジースフィアの数も、今回は記憶よりいくつか足りない。どん詰まりにどうすればと一人で思い悩む日々。
そんなある日、カービィの「マホロアってきょうだいいる?」と突飛な謎の質問に困惑し、他人の空似なら珍しいことじゃないよと当たり障りなく返し、と言いつつ探りを入れて、おためしオープン中らしい「わいわいマホロアランド」ともう一人のマホロアの存在に気づくことができた。
そうして、カービィたちに内緒で見覚えのない青色帽子のワドルディに接触し、言伝で助力を嫌々ながらも藁にも縋る思いで頼み込み、もう一人のマホロア……自称「支配人マホロア」の手紙を受け取り、事の真相を知ったのである。
『支配人マホロアに行き着かないマホロアも、可能性だけで論ずれば数多の世界に数多の如く存在スル。マホロアが何をどう考えてどう行動するかは、マァ、キミの個に配慮して成り行き次第と見守るだけのつもりだったケドネ?』
そのような書き出しの胡散臭い極まる手紙は、しかしボクの現状を理路整然に説明してくれた。
此処は、かつてボクが墜落した以前の過去のポップスターに則った世界であること。
だけど現実ではなく、時間の流れが正常ではない「ユメの世界」であること。眼前のローアも本物ではなくて、ユメを構築する一部でしかないこと。
ユメの世界の発生原因は他でもないマホロアであり、原因が排除されないかぎり、行き止まりのユメは永遠に目覚めず停滞に微睡むだろうこと。
……ただし、カービィたちは現実の本物に結びついており、夢を共有しているような状態ということ。カービィたちは、正真正銘マホロアの出会った世界のポップスターのカービィたち本人であること。
ボクは塾考を重ねた上で、ヤツの寄越した情報を信用すると決断した。
その後はヤツの指示に従い、本物のローアがボクを発見するまでは待機となった。ボクにできる努力はごく僅かな力になるかどうかも微妙な目印を拵えておく程度でしかなかった。あとは時間稼ぎにカービィをとりとめのない無難な話題に誘導したり、せっかくなので自作のミニゲームを遊ばせたり……。
かくして先程ようやく本物のローアの力で、ボクはどうにか無事にユメの世界を脱出できたのだった――――。
『……キミにマスタークラウンのチカラで無理に操られた後遺症、プラス、キミを長く長く探し回って異空間を彷徨い続けた負荷。それらのせいでローアの不調が目に見えない形で進行してタッポイネ。まとめると今回の事故の発生は大体キミが原因ってコト。ヤレヤレ、あと一歩でミスするうっかり加減、ボクながら勘弁してほしいネェ?』
「一言多イ解説ドウモー……」
『で、異空間は極めて不安定で不可思議な領域ダ。どのような現象がいつ発生してもおかしくはナイ。今回迷い込んだ異邦人の願望を反映してしまい具現化したユメの世界は、曖昧かつ微弱ながらも世界の一つではあるから異空間ロードで繋げられたンダネ。ハルカンドラのとあるセキュリティロボットを覚えてるカイ? 朽ちた世界すら結んでしまう性質が無限の混沌たる異空間の興味深く厄介な――――』
「ハイハイ解説はもう結構、ソレ大して重要じゃナイカラ」
要するに。迷い込んだ世界はユメマボロシだった。だがカービィたちは本物であり、ボクと出会う以前の過去のカービィたちだった。時すら停滞したユメは原因のマホロアを弾かなければ目覚められなかった。だからボクはユメの世界から離脱した。それだけわかっていればいい。
『……というわけで、現実に生じた出来事ではないカラ、目覚めたカービィたちはユメの世界の経験をすべて忘れてしまウ。だってユメだもんネ。……何度も聞いちゃうケドサ、ソレで良かったノ? 世界はユメでも間違いなく、登場人物はキミの求めた本人ダッタ。なのに』
原因のマホロアが抜けて、やっとカービィたちは解放される。世界まるごと仕立てたユメは覚め、ポップスターとカービィたちは現実の時間の流れを取り戻すだろう。
『あの空間はキミにとって、とてつもなく都合のいいセカイだっタ。手放してホントウにヨカッタノ? 今なら、マダ間に合うかもヨ?』
ヤツの言わんとすることは理解できる。あの世界の主軸は、ボクがランディアに敗れてローアと共に逃げ込んだ時間軸より過去のポップスター。当然、ボクの前に現れたカービィは、ボクの裏切りを知らないカービィだった。
あのユメの内ならば、マホロアは店主マホロアと同様にそこまで気後れせず、素知らぬ顔で接触できるかもしれない。彼らに馴染むことだって本来よりは比較的楽だろう。ボクがカービィに初めて出会う現実の未来への影響を差し引いても、魅力的な環境だと夢を見てしまう。
だが、
「確かにあのユメのカービィは、ボクがもう一度会いたいカービィ本人だったケドネ。厳密には、ボクの望む世界じゃナカッタ」
ボクの帰りたい世界は、ボクと既に出会って別れたカービィの生きる世界だ。騙して裏切った悪役を前に、きょとんとした顔を向けるだけだったピンク色。熾烈な戦いの果てに、「また」トモダチになろう、なんて嘘吐きへ手を伸ばしたオヒトヨシ。ボクをマスタークラウンの支配から解き放ってくれた、星のカービィ。
あのユメの彼は本人だったが、まだ早いのだ。ボクが焦がれる再会は、ボクがはじめにトモダチだと嘯いた……、トモダチになりたいと願ってしまったカービィと、果たしたい。
それに、
「なにより、ボクにカービィたちを永遠に閉じ込めル理由がナイ」
言って、ひとり、不敵に笑ってやる。
……本音を吐けば、彼と過ごした日々は本当に幸せな夢そのものだった。だから世界の違和感を訝しんでおきながら、支配人マホロアの手紙を受け取って以降は灼熱の火山の只中のような葛藤に苛まれた。目前のカービィこそがボクの渇望するカービィだと理解してしまったのに、ボクはずっと此処に居てはいけない。いっそキミではなく名も知らないどこぞの他人を蹴飛ばしてハッピーになれたらよかったのに。冷静になりたくてそれとなく距離を置こうとしても、まだ何も知らないキミは宇宙色の瞳をきらきらさせてニコニコとボクに歩み寄ってくる。ああ、これもトモダチを裏切った罰だというのか? キミと共に過ごせる日々を、自ら手放さなきゃならないなんて。
でも、駄目なんだ。キミはボクを解放してくれたのに、ボクがキミのこれからを閉ざす所業は、あってはならない。そんなの、あまりにも癪じゃあないか。
「マァ、ボクの物語は、無かったコトにはできないってコトかナ」
だから、すべての葛藤を、そういう定めだと飲み干した。キミとの再会を夢で終わらせて堪るものかと、背を向けた。
『……フーン。どこぞの博愛の良い子チャンじゃあるまいシ。そこで躊躇うくらいのお行儀の良さナラ、はじめから裏切らなければよかッタノニ』
「ドコのダレの話ダヨ……」
赤の他人はさておき。どこか自虐めいた呆れ声に聞こえたのは、気のせいではなかったかもしれない。……ヤツだって、差異はあれど「マホロア」の人生を歩んだのだから。
『ソウソウ、分かってると思うケド。支配人マホロアの手助けはここらでオシマイだからネ。アトは、マァ、せいぜい足掻いてみれバ? 結果は保証しなイケドネ』
「ハッ、舐めるナヨ。オマエに頼らなくったって、必ずボクのチカラで、あのオヒトヨシをマタ揶揄ってヤルサ」
『キミのチカラっていうかローアのチカラでショ。ホント、キミってローアに助けられっぱなしダヨネェ。ショージキ、モット感謝するべきじゃナイ?』
「ヴッ……」
『アー、デモ、ソウダネェ。キミの類稀なるしぶとさとしつこさはローアに関係なくキミの素質だモンネ~。そのメンドーな執念深さでカービィたちをユメに閉じ込めちゃってたのかもネ~。無自覚で恐ろしいコトをやらかしたヨネ~。いやー、マホロアは才能あるナァ~。キミ、もう一回くらいボスやっちゃえるんジャナイ?』
「ウルサイナァホント‼ ゼンブわかってルカラ放っておいてくれル⁉」
『カービィも可哀想に。ナ~ンニモ悪くナイのに陰気な魔術師の厄介ごとに巻き込まれちゃッテサァ』
とことんイヤミなヤツ! 性格の悪さがありありと滲み出る見事なまでの口の悪さに虹色の鍵盤の上の両手がギリリと力んでしまう。
『クックック……マホロアのことダ。お互いに同一人物嫌悪でもしちゃったのカナァ? ウーン、何もかも未熟なキミとお喋りしてるとついイライラしちゃってよくないネ! イヤァ、ゴメンゴメン。マホロア同士仲良くできないナンテ、ホーント残念ダヨネェ~』
「アノサァ。ヒトを虚仮にスルのがそんなに楽しイ??」
キミより物を知ってるし場数も踏んでるんだよねなどと捻じ曲がった性根を隠す気もゼロな馬鹿にした物言いが非常に腹立たしい。実際にボクよりもヤツの方が膨大な知識を携えているだろう推察が、苛立ちを倍増させた。こんなイジワルなヤツが運営もとい支配するわいわいマホロアランド(まったくもってふざけた命名!)なんて碌でもないテーマパークに違いない。さっさと潰れてしまえ。どうせボクの未来には関係のないマホロアだし。
あらゆる罵詈雑言だろうとヤツには軽くいなされてしまいそうだ。一つだけでもいいから何かやり返してザマアミロと嘲るには――――焦燥感に駆られた頭が窮地に起死回生の一手を閃く。
「オマエ、トモダチいないダロ」
『サァ? どうだろうネ』
「……………………」
努めて感情を抑えてゆるく吐きだした渾身のむなしい嫌味は痛み分けにもならなかった。
『それじゃ、支配人マホロアの協力はここまでってコトデ。……マホロアが彼の手を取る未来を、ココロから願ってルヨ。トモダチは大切にネ』
唐突だった。薄っぺらくも妙にしんみりする言いぐさを最後にプツリと通信が途絶えた。ああ、これはもう二度と繋がらないな。なんとなくだが確信をもって一つの出会いの終わりを受け入れた。サヨナラすら無い、呆気ない終わりだった。
さっきまでの喧騒が嘘のように静寂に包まれた船内。支配人マホロアの耳障りな声が懐かしくなり、すぐに馬鹿馬鹿しいと頭を振った。
ここからは、またひとりきりのコウカイか。
と、モニターの片隅にローアの切実な謝罪を感じ取った。思わず形容しがたい感情のため息が溢れる。
「今回のトラブルは明らかにボクが原因ダッタヨ。キミが気にする必要は欠片もナイ。マジで、イツワリなく、ホントウに。……わかッタ?」
ボクと支配人のやり取りが終わるまで待っていたせいで謝罪のタイミングが遅れたのだろう。この船も大概、オヒトヨシが過ぎる。
……ああ、そうだとも。喧しいお喋りの相手がいなくたって、ボクの航行は船が共にいる。
「クックック……。いやはや、異空の旅路よりも随分恵まれたコウカイだネェ」
見通しは依然として不明瞭。問題はない、何一つ。これは、ボクが決めた船路だ。
「征こウカ、ローア」
今回は、まあ、ローアの不調が結果的に無傷で知れただけ良しとする。さて、目当ての空間と時間の座標を正確無比に指定するならば、非常に不安定な異空間を一度出てから再計算した方が良さそうだ。回り道もやむをえまい。ローアのメンテナンスも念入りに済ませたいし。ひとまず目標にすべき船着地点は安全で安定して崩壊の危険性が薄いと予測できる世界。――――なにより、ポップスター以外の星がいい。キミを目の当たりにするときは、本当の再会だけに取っておきたい。これ以上、決心を揺るがしたくはなかった。あのユメはひどく幸せで、ひどく苦しかったから。
思い浮かべる。あのユメの最後、目に焼き付けたカービィのすがた。目まぐるしい展開に驚く彼は口をぽかんと開けた間抜けヅラを晒して、いずれ一泡吹かせてやりたいと裏切る前から企んでいたボクとしては願ったり叶ったりの光景だったはずで、でもボクが仕込んで驚かせたわけではなかったし痛快な気分にはなれなかった。だから、もし、
……もし、次もまた手を伸ばしてくれたら、そのときは、キミの手を…………。
「――さようなら、星のカービィ。キミにまた会うためニ、キミとはココでお別れダ」
ニヤリと笑みを作る。感傷に浸る暇はない。虹色の鍵盤に新たな座標を、次の針路の方角を入力する。同行者ローアの導を頼りに、異空間の外を目指す。
ユメから覚めたキミには、もはや届かない約束を抱えて。
――キミが忘れてしまっても、キミの未来で、必ず会おう。