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    私のやわらかな幸福【卑弥呼と名無しの弟】   
    「ね、ねえ……。今、いい?」

     ―――ついにこの日がやって来ましたか。
     夕餉の後片付けを終えた頃、照明の灯りが夜を照らす居間にて、姉上はおずおずとわたしに声を掛けてきました。
      
    「ええ、特に用事は有りませんが……。どうなされましたか、姉上?」
     
     私は内心の動揺を悟られぬよう、いつも通りを装い、深刻なお顔の姉上に微笑み、次の言葉を待つ姿勢を見せました。姉上は何も知らぬように見えるであろう私に、もじもじと心細げに視線をさまよわせた後、意を決されたのか両の手を握りしめて。

    「あのね、そのね……、相談が、あるんだけど……」
     
     予想通りの頼み事に、私は快く了承を返しました。
     そして素早く、しかし焦りは見せぬように、居間の机の上を片付け、真面目に話し合える準備を整えました。姉上を椅子に座らせ、少しでも落ち着いてお話しできるようにと冷たい麦茶も用意します。
     ……前兆はあったのです。ある日から姉上はため息の回数が増え、上の空の時間も増え、夜しか眠らなくなり、ご飯のおかわりはたった二杯目までに減ってしまいました。
     終いには今夜なんて、夕餉に姉上の大好物である蛤のしぐれ煮をお出ししたにもかかわらず、速攻で平らげずに箸でつついてはぼんやりとため息を吐き、まるで姉上らしくないご様子でした。最終的にはぺろりと平らげてお皿は空になっておりましたが。  
     ―――姉上は、私の知らぬところで何か悩み事を抱えているらしい。
     私がそのように察したのは1週間ほど前のこと。しかも、どうやら姉上はご自身の振る舞いの不自然さには気づかれていないご様子でした。さっさとお悩みを解消して元の活力ありあまる姉上に戻ってほしい気持ちは山々だったのですが、私がおいそれと介入していい悩み事とも思えない、とも察しておりました。
     だから、私は姉上から打ち明けられるこの日を待ち続けていたのです。
     そうして場の準備を済ませ、私の心の準備も何とか済ませ、それから私も椅子に座ります。心細げに俯く姉上に、自然体を装って向き合います。

    「それで、どのような相談事でしょうか?」 

     ここで私が姉上を焦らせてはなりません。根掘り葉掘り無遠慮に問い質してもいけません。姉上が私を信頼して話そうとしているのですから、姉上から打ち明けることが重要です。姉上が安心して話せる条件を整えて、どれだけ時間がかかろうとも姉上のタイミングを待つのです。この場における私の目的は相談事の完璧な解決方法の立案ではなく、姉上の苦しむ心を少しでも和らげ、姉上の太陽のような笑顔を取り戻すことなのですから。
     姉上はすっかり縮こまって「あの」「その」「えっとねえ……」と何度も口ごもりました。麦茶を何度か少量ずつ口に含み、しばらく時間が過ぎ、やがて麦茶を空にして私に二杯目を注がれた後に、きゅっと両手を組み、私を上目遣いしました。
     路頭に迷う幼子のごとくどうすればいいのかわからないと困り果てたお顔には、仄かに赤みがさしていました。
     
    「実は、あたし、……好きな人が、できちゃったみたいで……」

     ―――ええ、予期はしていたのです。
     だからこそ私は、姉上にこうして打ち明けられるまでは、考え無しに介入してはならないと、この日を待っていたのですから。
     
     
     ◇◇◇
     
     
     姉上はゆっくりと時間をかけて、ぽつぽつと話してくれました。麦茶にちびちびと口を付け、目はふらふらと泳ぎ頻繁に俯き、膝に乗せているであろう指先をうろうろさせ、足の爪先を落ち着きなくゆらゆらと揺らしながら、小声でたどたどしくも懸命に話してくれました。姉上の体の動きは見えてない部分でも気配と音で何となくわかりました。普段は天真爛漫で元気溌剌に明朗快活な姉上のおてんばなお姿は、今やすっかり小さくなってしまったかのようでした。その有様の原因は相談の内容を恥ずかしがっているせいと、悩みすぎて落ち込んでしまっているせいもあるのでしょう。 
     姉上のお話は「好きな人ができた」「というか、友達がいつの間にか好きな人になっていた」から始まり、さらに、想いを寄せる御仁について「いつも気さくで、不思議とほのぼのしてて」「そよ風みたいに穏やかで、みんなにやさしいひと」「笑顔がかわいい。つられて笑っちゃうくらいに」「数学はちょっぴり苦手なんだって」と照れながら教えて下さいました。
     ところが、そこから悩みの本題に入ると「だけど、恋を自覚して以降はその子を意識しすぎてどきどき緊張してしまって、前みたいに気楽に話せなくなってしまった」「話しかけられてもつい避けてしまう」「くるしい、かなしい」「これから何をどうすればいいのかわからない」「このままはいやだ」「せめて、前みたいにまた笑って楽しくお話ししたい」―――すっかり気持ちは萎んでしまい、いつもの姉上の太陽のような笑顔は見る影もなく曇ってしまいました。
     いわゆる、恋煩いとやらの状態なのでしょう。私は恋や愛に詳しくはないのですが、己の疎さを表に出さぬよう努力しつつ、聞き役に徹しました。適宜、相槌を打ちながら、ぬるくなった麦茶で水分を補給し、情報を頭の中で整理します。
     私は姉上の交友関係すべては把握できていません。同じ屋根の下に住む家族といえども、個々のプライバシーは守られるべきと考えています。そもそも、常に対象の人物のことばかり考えて情報収集を怠らない御仁ではないかぎり、家族だろうとも完璧な熟知には至らないでしょう。―――そういえば信勝殿はずいぶんと信勝殿の姉上にお詳しいが一体どうやって情報を入手されているのでしょうか。
     ともあれ、ゆえに私が姉上の恋する想い人殿に覚えのない可能性も存在しました。が、想い人殿は私もお名前程度は存じ上げている御仁でした。
     かの御仁は、私より一学年上で姉上の級友でした。私は学校の廊下で姉上と楽しそうにお喋りしている光景を見かけた覚えもありますし、教室へ届けに行った姉上の忘れ物を代わりに預かってもらった覚えもありました。
     私自身はかの御仁とそれら以上の関わりはなく、とはいえ姉上と仲の良いご学友だとは認識しておりました。そんな御方に、姉上はいつからか恋慕の情を抱いていたのです。

    「その、あたし、まだ誰にも話してなくて……」
    「そうだったのですね……。此度はさぞかし勇気が必要だったでしょう。私に話して下さってありがとうございます、姉上」

     おそらくそうだろうと予想していたものの、恋心を唯一打ち明けられたという信頼の証に責任を重く感じます。
     
    「弟はさ、あたしなんかに比べてしっかり者だから、相談事にも慣れてるかなって。ほら、あたし、いつも色々聞いてもらってるでしょう?」
    「……ええ、まあ、そうかもしれませんな」

     いいえ。私をしっかり者などと評価する御仁は姉上だけです。
     私は自他ともに認める普通の高校生なのです。もちろん相談をよく持ち掛けられる人間ではありません。例えるならば姉上と親しい景虎殿のような皆を導くカリスマ性でも備えていないかぎり、相談事を慣れるほど多く引き受ける高校生にはなれないでしょう。―――そういえば昨日に景虎殿の指南を仰ぎに行った御仁が数十分後にげっそりした顔で倒れてましたがあれは何が起きていたのでしょうか。
     
    「うん。だからね、あたしがこれ以上ひとりでくよくよ悩むよりも、弟に一緒に考えてもらった方がいいかなって。ひとりで悩んでも何もできなかったから……。それに、あたしの頼れる弟なら、その、……れ、れん……恋愛の、相談にも、詳しいかなって……」
    「――――――――――――ええ、まあ、そうですな」

     詳しいはずがありません。
     恋に詳しいはずがないのです。私は色恋の百戦錬磨であるはずがなく、繰り返しますが相談事に手慣れているはずもありません。姉上もご存知のはずの通り、そういった感情を特別に意識する機会もなく、これまでほのぼのと過ごしてきた、ただの普遍的一学生なのです。
     しかしながら、経験の無さを表に出してはなりません。姉上が安心してお話できる空気を保つ為に、私は私なりに全力で余裕を装って対応します。
     ……そう。何を隠そう、私は姉上になら詳しいのです。なにせ、そんじょそこらの御仁やからよりはずっとずっと、姉上と共に日々を過ごしてきたのですから。
     それこそ、求められたら姉上の長所を一から十まで、尋ねられたなら姉上の短所を何とか一から十まで、しかしありあまる長所をさらに十一からすらすらと述べられるでしょう。
     そして、姉上からの相談事であるならば、他者の相談を受ける経験もなければ恋に欠片も詳しくなくても、姉上に詳しければ何とかなるはずです。
     私は発想の転換によりどうにか心を落ち着けます。落ち着けました。大丈夫。姉上からの信頼や評価が謎に高く重かろうとも、私は私の為すべきことを為すのです。姉上の苦しむ心を少しでも和らげ、姉上の太陽のような笑顔を復活させる為に、姉上の弟としてできることを尽くすのです。
     ……さて、そうなれば姉上のお話で最も気掛かりな件について確認せねばなりません。

    「姉上。姉上はかの御仁と……姉上の想い人殿と、また以前のようにお喋りしたいのですよね?」

     姉上は少し躊躇ってから、弱々しくこくんと頷きました。
    『恋を自覚して以降はその子を意識しすぎてどきどき緊張してしまって、前みたいに気楽に話せなくなってしまった』『話しかけられてもつい避けてしまう』『せめて、前みたいにまた笑って楽しくお話ししたい』―――先ほどの姉上はそのように心境を溢されました。

    「だけど、姉上は想い人殿への恋心を意識してしまうあまり、緊張のせいで話しかけられてもつい避けてしまうほどだ、との話でしたね」

     姉上は再度小さく頷きます。

    「そこで、私は姉上と想い人殿のご様子を想像してみたのですが……」

     私は厳しい物言いにならぬよう、努めて声色を優しく維持しながらも、最も気掛かりな件を指摘します。

    「……もしかしたら、想い人殿は急に姉上の様子がおかしくなってしまったことを、気にされているかもしれないのでは?」

     姉上はハッと目を見開き―――、
     
    「ある日突然に、自分自身を避け始めた姉上に、驚かれているかもしれません。悲しまれているのかも、あるいは、心配されているのかも、と……」

     ……それから眉を八の字にさせて、瞳を潤ませ、悲痛を湛えた顔で再び俯いてしまいました。
     姉上自身の悩みでいっぱいいっぱいだった姉上は、ようやく自身の振る舞いの至らなさを省みたのでしょう。不安、悲しみ、戸惑い、心細さ、想い人殿を傷つけてしまったかもしれない申し訳なさ、姉上のあらゆる感情がお顔にすべて表れていました。 
     そのお顔を見てしまった私には、ぎゅっと心臓を掴まれたかのような言い表せないほどの悲しみが襲ってきました。されど、姉上を安心させる為に、私の悲しい感情は表に出さず必死に抑えます。
     
    「姉上の大切な御仁を、姉上が傷付けてしまっているかもしれないなんて、私は悲しく思います。……けれど、姉上のお話をお伺いするかぎり、想い人殿は心優しい御仁のようですからな」
     
     そろそろと姉上が顔を上げ、私を窺い、私の言葉を待ちます。
     私は努力して、できうるかぎり丁寧に優しく、淀みなく言葉を紡ぎます。姉上を安心させる為に、姉上の信頼に応える為に、姉上を少しでも後押しする為に。

    「姉上、まずは、想い人殿を避けてしまっていた件について謝罪をしませんか。そして、貴方が嫌いになったわけではないのだと、姉上の言葉でしっかりと本当の気持ちを伝えましょう」

    「本当の気持ち……」

     いきなり告白なんてできないわよ、の複雑なお顔。もちろん、姉上の性格を考えれば、その通りなのでしょう。私は幼き頃から共に過ごしてきて姉上をよく知っていますから、当然予想できます。

    「姉上。全ての事情を話せずとも、誠意を込めて言葉を象り、相手へ想いを届けることこそが、大切だと私は考えます」

     姉上の未来に怯むまなざしが、それでも前を向き、正面の私をまっすぐに見つめます。

    「何も恋慕の想いまで、今打ち明けなくてもよいのではないかと。姉上が、かの御仁とまたお喋りしたいと願う気持ちと、かの御仁を大切な存在だと想う気持ちだけでも、此度はきちんとお伝えしましょう。ね?」

     姉上はしばし考え込まれていました。やがて、「そうよね、」と頷きました。
     
    「あたしも、ちゃんと謝って伝えなきゃって思う……」
     
     悲しみよりも、真摯に想い人殿を想うお顔。弱々しさが薄れた姉上に、私は心の内で「よかった、」と息を吐きました。
     
    「でもでも、どうやったら伝えられるかしら……。あたし、ちゃんと話せる自信無いよ……」

     私は簡単に言ってのけましたが、そんなに簡単に解決できるならば、姉上はここまで苦しんでいなかったでしょう。雰囲気がもう一度暗くならないよう、私なりに声色を明るくして、

    「そうですな……。ふたりきりが気まずく恥ずかしいのでしたら、どなたかがいる状況を好機と捉えてみるのは如何でしょうか? 例えば、姉上の級友が多くいらっしゃる教室でさりげなく、とか」

     と、提案しました。
     姉上は私の話に耳を傾けて、うんうん、と真剣な面持ちで頷きます。
     ……正直なところ、これでは大した助言にはなっていないでしょう。そのうえ、これは私ではなくとも他の誰にでも言える内容です。

    「誰かに想いを伝えることは、時に誰だって一歩踏み出す事を躊躇う、困難になり得ると考えます。それでも……」

     それでも、他の誰でもなく私を頼ってくれた姉上を、ほんの少しでも後押しできますようにと、私は私の心からの誠意を込めて言葉を象ります。どうか貴方の心細さが少しでも和らぎますようにと祈り、姉上へ想いを届けます。

    「―――伝えない想いより、伝えた想いの方が、ずっといいでしょう?」

     姉上は、私の誠意を込めた想いことばに聴き入り、しかと誠実に受けとってくれた様子でした。ややあって、こくり、と決心に満ちたお顔で気丈に頷きました。
     ……と思いきや、もじもじと手指を重ねて気弱なお顔が戻って来て。
     
    「……あたし、うまく伝えられるかな?」

     私は「必ずうまくいきますよ」と断言してあげたい気持ちをぐっと堪えます。根拠なき無責任な励ましは姉上に無礼だと考えたから。
     代わりに明るく笑えるようにと、
     
    「そこは姉上次第ですな。まあ、私も影ながら見守りますぞ。姉上が何かやらかさないか、弟として心配ですからな」

     少々失礼なやや茶化す態度をあえてとりました。しかし、予想に反して姉上はまだ不安げで、私に文句を返せずにいます。普段の姉上ならば「ちょっと! 何かやらかさないかって、どういうことよ~!?」などと口を尖らせて抗議してくるのですが。
     私は内心で己を叱咤し、掛けるべき言葉を考え直し、

    「……そんなに怯えなくても大丈夫だと思いますよ。……私は、」

     そうして私にできる範囲での後押しの想いを、別の言葉で紡ぎます。

    「姉上が誠実に伝えられたなら、ありのままに想いを受けとってもらえると、私は信じます。姉上のお話をお伺いしただけで、想い人殿は素敵な御仁ひとなのだなと想像できるくらいでしたから」
     
     お世辞でもなく、その場しのぎの出まかせでもなく、本心からそう思えたのです。
     私に「好きな人ができた」と想い人殿の人柄を語られた姉上は、頬を仄かに染めながら、とても愛しく、とても大切な恋心おもいを、かけがえのない宝物として抱きしめられていました。恋や愛には詳しくないけれども、私の瞳にはそのような光景として映ったのです。
     だから、私は微笑ましく見守ろうと思えたのです。姉上の語る、姉上の瞳に映る想い人殿は、きっと、とても素敵な御方ひとなのだろう、と。
      
    「どうか、あまり不安がらずに。ね?」
     
     すると、姉上はぱちぱちと瞬きしてから、

    「……うん」

     ―――ふわり、と。
     それは、薄桃色の花弁が、今まさに、つぼみから咲き開いたかのような春の微笑みで。
     ―――ああ。姉上のそのようなお顔は、生まれてはじめて見ました。
     されど、花を咲かせたお相手は、幼き頃から共に過ごしてきた私ではなくて。心から誇らしいような、なぜか、寂しいような。  
     ……ほんの少し、羨ましい、なんて。 

    「……ふふっ。素敵なひと、かあ」

     ふと、姉上は胸元に手を当て、ゆるゆると頬を綻ばせて、やわらかな光をやさしく抱きしめるかのように。

    「キミがそんな風に言ってくれたからかな。あたし、何だかすごくふわふわしてきちゃった」
    「……? それってどういう―――」
    「―――よ~し!! 卑弥呼、頑張るぞー!!」
      
     私が真意を問う間も無く、姉上は両の拳を突き上げてがばっと立ち上がり、

    「今日はあたしの相談に乗ってくれて、ありがとうね!」 
     
     ――――――私に、太陽のような笑顔を向けました。
     瞬間、ぱあっと、この場にあたたかな陽光が満ちたかのような、不思議な印象を抱きました。先ほどまでと何ら変わりないはずの照明の灯りの下で、作り物のはずの灯りの下で、姉上は明るく朗らかに笑っています。
     思えば、姉上のとびきりの笑顔はずいぶん久方ぶりでした。私の心も久方ぶりに晴れやかな空が広がっていました。私は姉上の太陽のような笑顔にいつもこうして元気を貰っていたのだと、改めてしみじみと感じ入ります。
     ―――きっと、夜の闇ですら姉上の笑顔には到底敵わないでしょうな。 
     姉上は安堵の表情で笑い、また椅子にすとんと腰かけ、おいしそうに麦茶をぐいぐい飲んで一息ついて、―――そこで感慨に浸っていた私はようやくはっと我に返りました。
     見惚れていた事実を誤魔化す為に咳ばらいを小さくひとつ。
     
    「……いえいえ、私は大したことはしておりませんから」
    「ううん、すっごく大したことよ! ……キミがあたしの話を聞いてくれて、あたしにキミの言葉を伝えてくれたから、あたしは一歩踏み出す勇気が出たんだから」

     姉上と目が合い、姉上は私に微笑みます。そして、

    「他でもない、あたしを大切に想ってくれてる、あたしの弟の言葉だもの」

     久方ぶりのとびきりの笑顔で、あまりにもまっすぐで、きらきらとまぶしい想いことばを、私に。
      
    「あたしは、いつもキミに元気を貰ってるんだからね。あたしの信頼する、大切な弟に!」

     ――――――私は思わず息を呑んでいました。
     私が、姉上を大切に想っていること。姉上の幸せを祈っていること。
     ―――わたしのそのような心情は、姉上にはすべてお見通しでしたか。
     ……いえ、私の祈りは姉上にしかと伝わっているのだなと、喜んでいいのかもしれません。元より、隠すつもりもない想いでしたから。
     大切な姉上ひとと想い合い、想いことばを伝え合える幸福が、私にやわらかな光を灯し、ゆるゆると頬を綻ばせます。

    「……姉上でしたら、きっと、想い人殿にも今のように想いを伝えられますよ」

     するりと、言葉が出ました。無責任な励ましではなく、経験からの実感による言葉でした。
     私に心からの想いを伝えてくださったのですから、きっと想い人殿にだって、誠意を込めて言葉を象り、想いを届けられるでしょう。

    「えへへ、ありがと……、! そうだっ!」

     姉上は急に大声を出し、勢いよく机に乗り出して私の両手を取り、ぐっと顔を近づけました。姉上のきらきらの瞳が、私の眼前で星のように瞬きます。
     
    「ねえねえ、あの子に謝るとき、キミもあたしのそばに居てくれないかしら……! 隣にいるだけでいいから! お願い!」
    「……私が、ですか?」
    「あたしの弟がそばに居てくれたら、いちばん心強いもの! あとは、あたしが勇気を出して頑張って伝えるから!」

     視界いっぱいの姉上の意気込むお顔の前で、数秒ほど思考を巡らせました。それから、

    「そうですなあ。たしかに、姉上が本番で気後れしてしまうときは、私が面倒を見れたらと思いますし……」

     まだ返事の途中なのにゆるゆると期待に希望を膨らませる姉上のお顔に、ついつい吹き出しそうになりながら、私は快諾の意思を伝えます。
     
    「姉上の想い人殿、私も改めてお顔を拝見したいですし、ね」
     
     姉上はさらにぱあっと本日一番の輝きを放ち、「やったあ!」と跳び上がりました。

    「あたしの弟がいれば百人力、いいえ蛤百万力ね!」
    「ははは。姉上、私はどうあがいても一人しか存在しませんぞ。あと何でもかんでも蛤に言い換える癖は相変わらずどうかと思いますが」

     いつもの姉上を大変喜ばしく思いつつも、私は私で浮かれすぎないようにいつもの私を意識して維持します。
     
    「それでは、早速今から今後の作戦を練りましょうか」
    「え!? 今から!?」
    「善は急げ、思い立ったが吉日、と言うでしょう?」
    「それもそうね……。早く謝った方が良いものね、うんうん」
    「ささ、別学年の私がそこに居てお邪魔しても、不自然に思われない状況を考えねばなりませんよ。姉上の大願成就の為にも遠慮なく私をだしに使ってくださいな、姉上?」
    「ちょっとー! 何その言い方?!」

     ようやっといつもの跳ねっかえりが帰ってきた姉上に、私は安堵します。
     そのとき、
     ――――――くう、と気の抜けたおなかの音が鳴りました。もちろん、音の主は。
     
    「……うう。安心したらおなかすいちゃった……」
    「ははっ、流石は姉上ですな。……私が簡単なお夜食でもお作りしましょうか?」
    「いいの?! いっつも夜食は『駄目ですぞ姉上そういうの。深夜に過剰なエネルギーの摂取は胃腸に悪影響で』とか何とか言って厳しく止めるのに!」

     驚愕に目を見張る姉上。はい、ごもっともな反応でしょう。私はこっそり夜食を企む姉上を発見するたびに、心を鬼にして咎めていますから。どうしようもなく空腹なあまり悲しまれている夜はやわらかく煮込んだ素うどんなどをお出しする日もありますが、このように私から夜食の提案をする日は滅多にありません。 

    「姉上、最近は夕餉の量がかなり少なめでしたでしょう。だから、まあ、食欲が戻られたのでしたら、今夜は特別です」
    「特別……! 弟の特例で特別に素敵なお夜食を所望します! しまーす!」
    「……もちろん、姉上が就寝時間を考慮して食べ過ぎに十分気を付けてくだされば、の話ですが」
    「気を付ける! 気を付けますっ!」
    「はいはい。では……そうですな、おにぎりでも作りますかな。余分に調理しておいた蛤のしぐれ煮も具材に使って……、少々お待ちくださいね、姉上」
    「やった~! ありがとうございま~す! いやー、さっすがあたしの弟よね!」
    「はいはい。もう、調子が良いんですから」


     ◇◇◇

     
     そうして特例で特別な夜食と共に、私と姉上は今後の作戦を話し合い始めました。
     姉上は想い人殿のさらなる人物像を照れながら語り、私はそれならと、姉上と想い人殿と私が一堂に会する時と場の候補を出し、ふたりでこれからの未来を考え悩みます。
     姉上は眉を小さく寄せてむむむと難しそうに唸り、かと思えばおにぎりをもう一つと頬張って、おいしいねとにこにこ笑いました。
     相談を持ちかけたときの不安げで心細さに震えていた姉上は、すっかり元気に、いつものお日様のような姉上に戻っていました。食べ過ぎには注意して下さいよと口では苦言しながらも、私はかけがえのない喜びを抱きます。
     姉上と想い人殿が……、姉上がこれからもう少し先の未来でどうなるかは、私にはわかりません。今の私にできることは、せいぜい、斯様に姉上と一緒に頭を悩ませることくらいでしょう。私は何もかも解決に導ける優秀な人間ではないのですから。
     そこまでひそかに考えを巡らせ、姉上とぱちと目が合い、すると姉上は「ふふふ」と幸せそうに頬を緩め、微笑みました。私も、ふわふわと幸せな心地で姉上に微笑みを返します。
     ……ええ。私は何もかもを解決に導ける人間ではなく。それでも、誠意を込めて言葉を象り、大切な姉上へ想いを届けることができるのです。私を「大切な弟」と呼んでくれる姉上の幸せを、姉上のおそばで祈ることができるのです。
     ――――――そして、私の想いも祈りも、姉上にはすべて伝わっているのでしょう。
     その確信は、とても喜ばしいもので。―――貴方と想いことばを伝え合える私の、やわらかな幸福なのです。
      
      
    干/火子 Link Message Mute
    Jul 12, 2022 8:14:16 AM

    私のやわらかな幸福【卑弥呼と名無しの弟】

    #FGO #二次創作
    学パロ時空の名無しの弟さんが、卑弥呼さんから恋愛相談を受けるお話。
    邪馬台国姉弟は非恋愛関係として描写しています。

    表紙画像は同人誌表紙メーカー様で作成しました。
    #Fate/GrandOrder #ぐだぐだシリーズ
    #名無しの弟(Fate) #卑弥呼(Fate)

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