延期の瀬戸際 深夜、留学生は頭と腰を何かが撫でまわしているようなくすぐったい感覚で目を覚ました。横になったまま寝ぼけながら頭をぺたぺたと探っていくと髪に交じってぱきぱきとした固い、覚えのある手触りがした。すぐ横で寝ているバルバトスの角を触らせてもらったときによく似ている。
悪魔姿で寝るなんて珍しい、などと思いながら同じくむずむずする腰に手をやると、今度はぬめっとした何かが手に触れた。尻尾まで巻き付けられてるなんて一体どうしたのかと思ったところで違和感を覚える。何かおかしい。バルバトスの尻尾だと思っていたのに、自分の腕に触れているときのように留学生自身が触られているようだった。
がばりと勢いよく起き上がり、もう一度自分の頭に手をやる。角のような手触りは錯覚ではなくて、そろそろと辿っていくと根元は留学生の頭に繋がっていた。
腰は、と体を捻ろうとしたところで、パジャマのズボンが後ろ側だけ不自然にずり下がっていることに気づく。まさか、と慌てて手を体の後ろにやろうとしたところで、よく知った温度が留学生の手に触れた。
「どうなさいましたか」
「あの……これ…………」
頭の角を指す指も声も震えている。
「見せていただけますか」
バルバトスにしては珍しく焦る様子を見せるのだった。
「痛みはありますか?」
角と尻尾を検めたバルバトスが問う。
「ないです」
「頭がぼんやりするなどは?」
「それもないです」
「お体のどこかに変な感覚は?」
「うーん……角と尻尾以外はないです」
「今すぐ対処が必要というわけではなさそうですが、念のためソロモンに聞いてみましょうか」
「この時間に? 寝てるんじゃ?」
壁の時計は深夜も深夜、起きているひとの方が少ない時間を指していた。
「夜遅く朝遅いので大丈夫でしょう。それにいつも私の都合などお構いなしに呼び出すのですからお互い様です」
バルバトスの言った通りソロモンはまだ起きていたのか、チャットの返事はすぐに来た。
ソロモン曰く、どうやらバルバトスの魔力が混じりこんだことで角と尻尾が生えてしまったのではないか、しばらくすれば自然に魔力が抜けて治るといったことがチャットに書かれていた。
「ただし、治るまではまた混じるようなことをするのは駄目だよ」
という一文を最後に添えて。
留学生は悪魔ではないので自身の意思で角と尻尾をしまうことは出来ない。嘆きの館まで帰るにしても角はともかく尻尾は隠しきれない。それに、元の魔力の持ち主であるバルバトスの目の届く場所にいた方がいいだろうとそのまま魔王城に滞在することになった。
初日こそ塞ぎ込んでいたが、次の日からはRADから戻ったバルバトスが仕事の前に様子を見ようと客室のドアを開けると元気に出迎えてくれるようになった。
その日も「おかえりなさい!」と元気に執事を出迎えた留学生は「見て見て!」とくるりと後ろを向き尻尾を見せた。バルバトスのものとまるっきり同じ色、太さ、長さ。留学生の体格では扱い辛いのではないかと思ったが、入り込んだバルバトスの魔力が作用しているのか苦労している様子は見受けられない。それどころか尻尾でバルバトスの頬をなでたり、先端で手のひらをなぞって何やら文字を書いたりしている。
「おや、お上手ですね」
「練習しました!」
誇らしげにする留学生にバルバトスは思わず目を細めた。
「そういえば、その尻尾についてお伝えし忘れていたのですが」
手袋を外し、留学生の尻尾の付け根、ほぼ体との境目くらいをその人差し指で、つう、と横になぞる。
「ひゃっ!」
「ここは大変敏感なのでお気を付けください」
可愛らしい悲鳴に悪戯心を発揮し、そのまま何度か指を往復させるバルバトス。
「……っだめ……、だめぇ……」
やりすぎたかと反省し、力なくその場に座り込んでしまった留学生の正面に回り込んでしゃがみ、覗き込む。
「申し訳ありません。やりすぎてしまいまし――」
バルバトスの姿を認めるなり、抱き着く留学生。勢いあまってそのまま二人で倒れこんだ。唇を近づける留学生の両肩を抑え、理性を総動員して押しとどめる。
「治るまではおあずけです。ソロモンもそう言っていたでしょう」
留学生がこの姿になってからも二人一緒に寝てはいたが――別のベッドに入っても、夜になると不安が増すのか留学生がバルバトスのベッドに来てしまうのだから仕方ない――言いつけを守って抱き合う程度しかしていない。それを煽ったのだから当然の結果といえた。
「ちょっとだけ……だめ?」
バルバトスの手を留学生の尻尾が這う。甲をやわやわと撫で、肩と手のひらの間に入り込み、恋人繋ぎの如く指に絡む。ぬめりけのせいでやけに卑猥な行為に思えた。いつの間にか胸が押し付けられていて、柔らかさが服の上からでも感じられた。
ゆっくりと片手が肩から引き剥がされ、唇の距離が近づく。
「……だめ?」
留学生の上気した顔に、自ら火を付けたとはいえ治るまで耐えられるだろうかと一抹の不安が胸によぎるバルバトスだった。