三者三様バレンタイン執事の場合 放課後の空き教室、生徒たちが所狭しとひしめき合い、あふれ出たひとたちは廊下に列を作っている。
大チョコ交換会。
発端は人間界のバレンタインをRADでもやりたいというディアボロの要望にアイディアを皆で出していたところに、私がぽろっとこぼした「みんなで交換するのはどうかな?」という案が採用されたことに始まる。
その一言を元に内容を練り上げた結果、チョコ持ち寄りのくじ引き形式となった。
各々の生徒が持ち寄ったチョコに番号を付け、バレンタイン前日に開催されるくじ大会で引いた番号のチョコが貰える。
初回なこともあって安全性を重視し、チョコは店で購入した未開封のもののみ、他にもそこそこ面倒な手続きがある。カジュアルな行事の割には堅苦しくて、参加する人はあまりいないかも……と不安だったものの、蓋を開けてみれば大盛況。
盛り上げ用として、執行部各々のサイン付きチョコが入ることが発表されたのが功を奏したらしい。
「はい、ありがとうございます。こちらに学生番号と連絡先をお願いします」
受け取ったチョコに札をつけ、何かあったときのため贈り主の情報をノートに控えて大きなカゴに入れていく。
受付最終日とあってか一日の授業が終わってからは休憩する暇もなくずっと空き教室で受付をしている。様々なチョコが見られて楽しいけれど、あれだけ参加条件を伝えてもやっぱり手作りや怪しげなチョコを持ってくる生徒はいて、条件にあわないものは弾かないといけないのでそれなりに神経を使う仕事だ。
ようやくの生徒の波が落ち着いてカゴが埋まった頃、ルシファーがやってきた。
「お疲れ様。交代だ。カゴとノートを議場に置いたら今日はもう帰っていい。それと……」
教室内を見回すと、さっきまで列の整理をしていたバルバトスさんに目を留めた。
「おい、バルバトス。こいつを送って行ってやれ」
「かしこまりました」
バルバトスさんはカゴ、私はノートを持って二人並んで生徒のいなくなった廊下を議場に向けて歩く。
「この後ご予定はおありですか?」
「交換会に提出するチョコを買いに行こうかと思ってて」
「私もお供してよろしいですか?」
「あれ? まだ買ってなかったんですか?」
「時間の都合がつかなかったもので。それにこのような行事用に買うとなると何を選んでいいものか……」
普段は手作りしてしまうからこそ、何を選んでいいのか迷ってしまうのかもしれない。
「もしよろしければ選ぶのを手伝っていただけませんか」
「いいですよ。でも、チョコ選びのお供をさせてもらえるのは嬉しいけど、ちょっと複雑……」
「複雑、ですか?」
「だって、他のひとにあげるチョコなんですよね?」
私がちょっとふくれてみせると、バルバトスさんがくすりと笑い、私の耳に口を寄せる。吐息がくすぐったい。
「ここだけの話ですが、執行部員のチョコは執行部員に当たるようになっています」
「そうなの!?」
「当選した者が妬まれたり襲われるだけならまだしも、悪用されかねませんから。坊ちゃまのチョコに至っては特に」
たしかに、サインとチョコを見せて「ディアボロから目をかけられている」などと言い張ることもできてしまう。
「じゃあ、もしかして私にもバルバトスさんのチョコが当たるかもしれないんですか?」
「残念ながらあなたは対象外です。人間に当たったなどと知れたらどうなるかお判りでしょう?」
「はい……」
ごもっとも。次の日私は行方不明でチョコだけがデビカリに出てるなんてことになりかねない。
「それと、あなたに当たった分は私の元へお持ちください」
「自分で食べちゃだめなんですか?」
「人間には危険なものが入っている場合もありますから」
「はーい……」
自分が選んだものでないチョコを食べられるワクワク感を少し楽しみにしていたのに。
私の落胆を察したのか、議場の扉に手をかけながらバルバトスさんが言い、次の瞬間私のバレンタインまでの予定はチョコ作りの特訓で埋まった。
「私もとっておきのチョコを作っておきます。二人で交換会を兼ねたお茶会をしましょう」
ぬい執事の場合 もう夜も遅い時間、日が変わろうかという頃、部屋の扉が開きました。
てっきり今日は帰ってこないものと思っていたのですが、そうではなかったようです。
おそらく週末にゆっくり二人で過ごすのでしょう。
残念なような、安心したような気持ちで彼女を出迎えます。
「おかえりなさいませ」
この姿では声を発することはできないので彼女に聞こえたかはわかりません。
「ただいま~、ぬい」
それでも彼女は返事をしてくれました。このようなところも好ましいのです彼女は。
明日もRADがあります。すぐに寝るのかと思いきや、鞄を漁り、何かを取り出しました。
「はい、これ」
私の前に体の半分くらいの大きさの綺麗にラッピングされたピンクの箱が置かれました。細い赤いリボンが貼られています。
これはもしや。
思わず彼女を見上げました。実際は動けないので気分の上でですが。
「見たい?」
全力で頷きます。動けないのがもどかしくて仕方ありません。
「じゃーん! ぬいの分のチョコだよ!」
彼女が開けた箱の中には小さなトリュフチョコが二粒。やや歪な形をしているのはもしかして。
「これね、手作りだよ」
何という幸せ。どうにかして今すぐ私の気持ちを伝えられればいいのですがその方法がないのが大変悔やまれます。
どうやらあの男に贈る用と一緒に作ったらしく、その点は少々複雑ですが、それがなければ私の分もなかったと思うと、あの男も少しは役に立つものだと思うことにしましょう。
「今日はもう遅いから明日一緒に食べようね。寝る支度しなきゃ」
かしこまりました。
着替えを始めた彼女から目を逸らしながら、チョコの味に思いを馳せるのでした。
間男執事の場合「あっ、ちょっと待ってね」
そう言うとMCは身を起こし、床から適当に服――それは執事のシャツだったのだが――を掴み上げて羽織るとクローゼットを開けた。目当てのものは奥深くにあるらしく、屈みこんでしばらくごそごそと物音を立てていたが、ふう、と一息つくと背を伸ばした。
昼間なのにカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中でシャツから延びる白い脚は薄く光っているように見えて、やけに艶めかしく思えた。
「えーっと……好きです。受け取ってください。」
本当は手作りしたかったんだけどごめんね、と小さく付け足して、MCが両の掌に乗る大きさのこげ茶色につやつやと光る箱を差し出す。表面には有名なチョコの店のロゴが輝いていた。
てっきり喜んで受け取ってもらえると思っていたMCの予想に反して執事は手を出さず、その代わりに意地悪を言った。
「おや、あなたにはご主人がいらっしゃるのでは?」
「そうだけど……でも、バルバトスが好きなの。大好きなの。バルバトスじゃなきゃだめなの。だから」
MCの言葉に、よくできましたと言いたげな笑みを浮かべて箱を受け取った。
「そうでしたか。ありがとうございます」
「今すぐいただいても?」
「うん。食べさせてあげるね」
開けた箱をサイドテーブルに置くと赤いハートのチョコをつまみ上げ、執事の口に運ぶ。
「先程もでしたが、今日はやけに積極的なのですね」
「本当は当日に渡したかったんだけど連絡する隙もなくて……おわび? みたいな? あと、早く会いたくて、触ってほしくて、待ちきれなかったから……」
その言い方からバレンタイン当日、MCがどのように過ごさざるを得なかったかをうっすらと察した。
苛立ちを隠すようにMCを抱き寄せると、唇でチョコの味を共有する。合わさった唇の間から、あまい……とMCの声が漏れた。
キスで力の抜けたMCをそのままとすんとベッドに押し倒す。
「ふぇ、ま、まって? まだ残ってるよ?」
「待ちきれないと仰っていたではありませんか」
「それはさっきまでの話で……ううん、なんでもない」
夫婦のベッドの上で違う男のシャツを着ているという背徳感がMCを煽る。白い胸がのぞくように少しだけシャツを開け、愛しい人に向けて誘うように微笑んだ。
不義の恋人たちの時間はまだまだ続く。