今年もよろしくお願いいたします「それでは失礼いたします」
バルバトスは一礼してディアボロの寝室の扉を閉めた。日が変わるまでまだ数時間ある。いつもの時間よりもかなり早い。
新しい年の始まりである明日から三日間は朝早くから夜遅くまで予定がそれこそ秒刻みでぎっしりと詰まっている。明日からに備えて早く休んで英気を養っておきたいとのディアボロの希望で今日の執務は早々に切り上げることとなった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい!」
部屋の扉を開けるなりMCが飛びついてくる。温かい体を抱きとめて唇を軽く重ねた。
「今日は早いね。何かあった?」
明日からに備えて今日は早い時間に執務が終わりとなった旨を手短に説明する。
「そっか。それじゃもう寝る?」
「いえ、今日はしばらくあなたと過ごそうかと。せっかくの坊ちゃまのお心遣いですから」
「ディアボロにお礼言わなきゃね」
そうですね、と答えようとしたときMCがバルバトスを見上げた。
「何かございましたか?」
「お腹の空き具合って、どう?」
いつもであれば執務の状況次第でディアボロに軽い夜食を作り、切れ端や余りを適当につまむのだが、あいにく今日は夕食を終えてからは何も口にしていない。
「そうですね。夜食でしたら私もお供いたします。食べたいものはございますか?」
「んー……夜食といえば夜食なんだけど、今日は私が作ろうと思って」
「作ってくださるのですか?」
バルバトスに遠慮してか、MCがバルバトスに料理を作ることは滅多にない。
驚きの籠った返事に、MCはどこか恥ずかしそうに答える。
「人間界の料理だから、私が作ろうかなって……食べてくれる?」
断る理由などあるわけない。
「あなたの作った料理でしたら何を差し置いても食べないわけにはまいりません」
「そこまですごい料理じゃないんだけど……」
作ってくるからその間にお風呂入ってくるといいよ、と言い残してMCは部屋を出た。どこか楽しそうな足音が遠ざかって行く。
シャワーを浴び、寝支度を調えてMCを待つこと十数分。
「お待たせしました!」
テーブルの上にまだ湯気の立ち上る椀が二つ置かれた。
「売ってるの見たら懐かしくて……ちょっと高かったけど買っちゃった。年越し蕎麦だよ。って、年越し蕎麦って知ってる?」
「存じてはおりますが、食べるのは初めてです」
「年に一回しかチャンスがないもんね」
実は何十年も前にディアボロにせがまれて一度だけ作ったことがある。MCと一緒に食べるのは初めてというだけだ。嘘はついていない。
「いただきます」
「いただきます」
「……味、どう? 変じゃない?」
「大変美味しいです」
世辞などではない。汁は恐らく希釈するだけの市販品の上、具も青菜と練り物しか乗っていない簡素なものだが、そのシンプルさがこの時間に食べるには心地よかった。
「今年最後に口にするものがこちらでよかったです」
そんなに喜んでくれるなら作ってよかった、とMCが照れた笑みを見せる。
一人前にも満たない量しか入っていない椀はあっという間に空になった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。片付けてくるね」
「でしたら私も」
「バルバトスは明日もあるし、ゆっくりしてて」
「せめてこれくらいのお礼はさせてください」
戯れるようにキッチンで片づけをし、すっかり冷えてしまったMCの手を握ってバルバトスの部屋に戻り、寒さから逃げるように二人でベッドに潜り込んで抱き合う。
「そろそろ寝る?」
「いえ、もう少しだけこのままで」
他愛ないお喋りをし、目があえば触れるだけのキスをし、またお喋りに戻る。
そんな緩やかな時間を過ごし、体が温まった頃、深夜零時を告げる魔王城の鐘が鳴った。
「あ、日付変わった。あけましておめでとうございます」
「おや、あけましておめでとうございます」
MCがふふっ、と笑みをこぼし、バルバトスの胸に顔を寄せた。
「こうやって年明けの瞬間に一緒にいられると思わなかった。嬉しい」
バルバトスがこうして早く戻ってこなければMCは一人で蕎麦を食べ、一人で年明けを迎え、一人で眠りに就いていたのだろうか。
思わずバルバトスの腕に力が籠ったのをMCはどうやら違う意味に取ったらしい。脚が、もぞ、と動いてバルバトスの脚と擦れ合った。
「さっき今年、じゃなくてもう去年だね。『最後に口にするのが私の料理でよかった』って言ってたけど」
目が合う。
「今年最初に口にするのは何がいい?」
「あなたがくださるものであれば、何でも」
MCの唇に親指で触れて先を促してやる。
「……もう寝ちゃう?」
「いいえ」
二人の体温はすっかり同じになっていて、触れ合った舌も唇も溶け合うような気すらした。
「もっと、いい?」
「いくらでも、あなたのお好きなだけどうぞ」
「あ、でも、明日大丈夫?」
「この状態でおあずけされる方が大丈夫ではありませんね」
また顔が近づき、吐息が触れるような距離でMCが何かに気づいたように動きを止めた。
「えっと、今年もよろしくお願いします」
バルバトスはどう? と言いたげに、はにかんだMCが見上げてくる。
「こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします」
その言葉に喜びを溢れさせ、再び唇を重ねてくる腕の中のこのいとおしいいきものをバルバトスは今一度強く抱きしめるのだった。