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     外に出ると太陽の光がマヒアの目を刺した。ここ二日ほど、昼間は屋内に缶詰めで作業をしていたのもあって立ちくらみがする。急いで地面に向きなおると、植え込みの近くにニールがうずくまっているのが見えた。
    「いいよなぁ、おまえたちは。すごく仲が良さそうだ」
     彼は足元のなにかに話しかけている。近寄ると「ちゅっちゅっちゅ」とあやすような声がした。植え込みを回り込んで彼の見ているものを確認する。それは二羽の鳩だった。
    「なにしてるんだ?」
    「見てくれ、仲良しの鳩だ」
     ニールはこちらを振り仰いで眩しそうに目を細めた。彼の前には鳩が二羽くつろいでいる。全体が灰色で、首元にかけて緑と赤みを帯びた光沢がある、街でよく見るタイプの鳩だ。
     ニールは仲良しと言ったが、なにをもってそう言うのかと見つめていると、片方がもう片方のくちばしをつつき、まるでキスをするみたいに口元を合わせた。
    「ちゅっちゅっちゅ」
     ニールがそれに合わせて声をかける。
    「たしかに仲良しだな。なにしてるんだろ」
    「求愛だろうね。ぼくもこれくらい仲良しになれたら……」
     ニールが誰と「仲良く」なりたいかの見当はついている。話が長くなるのはわかりきっているのでそれには言及しないまま、鳩の生態観察に加わるためにマヒアもしゃがんだ。
     二羽は寄り添うようにしてお互いを見つめている。かと思えば、また首を傾げながら熱烈とも思えるキスをした。
    「見て、目を閉じてる。ロマンチックだね」
     ニールがため息をつきながらささやくのにマヒアはうなずく。ものは言いようだが、たしかに、なかなかに色っぽい様子にも見えた。
     そのとき、二羽の鳩を注視するふたりの上に影が差した。鳩たちは驚いた様子で早足に歩き去ろうとする。隣にいるニールが影の主を確認して抗議の声を上げた。
    「ちょっと、静かに歩けよな。逃げちゃうだろ」
    「なにしてんだ、雁首揃えて」
     目を細めて見上げると、アイヴスがこちらを不審そうに眺めていた。
     マヒアが隣を振り返ると、ニールは鳩が移動した先でしゃがみ込み、何事もなかったかのように観察を続けていた。ニールからの返答は期待できないと見てマヒアが答える。
    「鳩が求愛してるのが珍しくって」
     ふたりの視線に導かれるようにアイヴスも鳩に目をやった。闖入者に驚いた様子だった二羽は、すでに落ち着きを取り戻したらしく、先ほどのように睦まじげに寄り添い出した。
    「見てて、結構かわいいんだ」
     アイヴスに伝え、またキスをするだろうかとマヒアが見守っていると、突然二羽は首や頭をつつき出した。互いの頭を押し下げるようにつついて回る。
    「ケンカしてねえか?」
     腕を組んでぼやくアイヴスを、ニールが不満気に咎めた。
    「違うね、これも仲良しのサインだ。想いが強くなりすぎると爆発しちゃうんだよ。ぼくにはわかる」
     アイヴスもマヒアと同じく聞き流すのを決めたのか、目を細めただけでなにも言わなかった。
     二羽に見入っていたニールがはっとして膝をつかんだ。鳩たちはまたしてもじっと見つめ合い、首を傾け、くちばしを開いてキスをした。あたかも、恋人同士が初めて想いを通じ合わせた夜の一幕であるような、二羽の間に愛情があると思わされるキスだった。
     離れた場所からでもニールの喉仏が上下するのが見えた。マヒアは実らぬ恋に焦がれる同僚から目をそらし、自分の端末で鳩の習性について検索した。
    「やっぱり求愛行動みたいだね。口の中からピジョンミルクってのが出るんだって。つついてたのも求愛の一種で、てことはそのうち……」
     マヒアが言い終わる前に二羽は行動を開始した。くるくるとその場でダンスするように回ったと思うと、一羽がもう一羽の上に乗り上げた。三人の視線を意に介さず、あっさりとことを済ますと上に乗った鳩はすぐにおりて二羽とも空に羽ばたいていった。
    「へえ、あんな感じなんだ。まあ、時間なんてかけてらんないよね」
     端末に目を戻し、鳩についての豆知識を追いかける。鳩は完全に一夫一婦制で生涯伴侶を変えないらしい。なるほどね、とうなずいているとアイヴスの迷惑そうな声が聞こえた。
    「おい、あいつはなにしてんだ」
     視線の先にはニールがいた。彼は立ち上がり、さっきまで鳩がいた場所で小さな円を書くようにぐるぐると回っている。太陽の光と青い空の眩しさもあって、見ているだけで目が回りそうになった。
    「なにしてるか聞いた方がいい?」
     マヒアが声を投げかけると、「二羽にあやかろうと思ってね」とニールは回りながら応えた。
    「阿呆だな」
     アイヴスがそっけなくつぶやく。マヒアは苦笑しながらも声援を送った。
    「鳩は年中ヒナを育てるんだってさ、仲良しの鳥だよ」
     回るニールの口元が緩んだ。
    「かわいかったもんな。ちゅっちゅっちゅ……」
    「なにをしているんだ」
     この場にいる全員が、顔を見ずとも声の主が誰なのか気づいた。ニールはピタリと動きを止めて、毎日のルーチンワークをちょうど終えたところだというようなすっきりとした表情でその声に向き直った。
    「お疲れ様、ちょうど昼時だね。ランチを食べに行こうか?」
     ボスは首を傾げてニールを見返した。空中に円を書くように指を回して訊く。
    「おまえ、いま回ってなかったか」
     はい、回っていました。鳩のマネをして。なにやら、求愛していた二羽にあやかりたかったようです。
     マヒアは胸の内で応えて笑いを噛み殺した。ちらりとアイヴスを見上げると、表情を消して腕を組み、我知らぬ様子でこの場をやり過ごそうとしている。その姿がなにやらツボに入ってしまい、堪えきれずに顔に出るのを手で覆って隠した。
     問いかけられたニールは、「ちょっと探しものをしててね、でも見つかったから問題ないよ」と言ってアイヴスとマヒアの前を横切ってにこやかにボスに近寄った。その背中は、いまからボスとふたりきりで「仲良く」するから邪魔をするなというようにそらされている。だというのに、当のボスはこちらに微笑みかけた。
    「ふたりも一緒に昼にしないか。おれが奢るぞ、日本食のいい店があるんだ」
     牽制するようにニールは振り向き、空気を読めと言わんばかりの厳しい顔つきをしてみせた。
     真っ昼間からさっきの鳩がしたようなことをしたいのか、と心の中でツッコミを入れながら、マヒアは朗らかに応えた。
    「ありがたくお言葉に甘えます。アイヴスが、腹がすいたってさっきからうるさくて」
    「はあ?」
     急に会話に巻き込まれたアイヴスが不服そうに声を上げた。それでも、昼食に誘われたのは満更でもない様子で拒否するでもなく眉のあたりを搔いている。ニールだけが口をへの字に曲げてぶうたれた。
    「こいつらは放っといてもいいんじゃないかな、好き嫌いが多いからさ」
     ボスの視界に割り込んで視線を我が物にしようと奮闘している。そこにまた新たな声が飛び込んできた。
    「お待たせしました……、て、あんたたちもいたんだ。一緒に行く? おごりだって」
     髪をゴムでまとめながらホイーラーが歩いてくる。ニールのそばまで来て「は? なんだその顔は」と指摘するのに合わせてマヒアはたまらず吹き出した。
     笑うマヒアとむくれるニールと無表情をつらぬくアイヴスの三人を認めてホイーラーとボスは顔を見合わせる。なんです? さあ? というやりとりが聞こえてくるようだ。
     ぴいぴいと嘴に不満をのせて唇を尖らせるニールを景気付けるために、マヒアが背中を叩いて言った。
    「よし、ランチタイムだ。行くぞ、みんな」
     後ろから両手で追い立てるようにして、店に行くぞと四人を促した。しぶしぶといった調子で歩みをすすめるニールを見咎めたボスが話しかける。
    「この先いくらでも、きみの好きなものを選ぶ機会はある。和食が苦手なら今度は別のものを食べに行こう」
     不満気な顔を、好きなものが食べられないからだと解釈したボスの言葉を聞いて、ニールの目が途端にいきいきと光りだした。
    「なんでも好きだよ。でも、そうだな、それなら、あなたの一番好きなものを一緒に食べたいな」
    「おれの? なんでまた」
    「よく知らないから気になるんだ」
     にこりと微笑みかけるニールは早くも次の機会に浮かれて見える。そこにまた、自覚はなくとも冷水をかけるようにホイーラーが言った。
    「ボスはアイスが好きですよね」
     アイヴスが首を振って訂正する。
    「正確に言うならソルベだな。乳脂肪分がないのがいいんだろ」
     マヒアも続ける。
    「意外とお菓子も食べるよね。スナック菓子のしょっぱいやつ。でも、たしかに間食についてしか知らないな」
     話題に上ったボスは、照れたように眉を下げて三人を見渡した。
    「なんでそんなことを知ってるんだ」
     聞かれた三人は顔を見合わせて口々に言う。
    「結構わかりやすいですよ、アイス……ソルベを見たときの表情の変化とか」
    「隠す気もないと思ってましたが」
    「補充してたの気づかなかった?」
     視線を感じてマヒアはニールの方を向いた。彼は、いっそ冷淡なほどの真顔でまばたきせずにこちらを見ている。視線が交差したときにマヒアが感じたのは、自分は容疑者かなにかか、という居心地の悪さだった。
    「なんだよニール、まさか知らなかったのか」
     図星と見えたニールは、今度はぐっと眉をひそめ、口元に力を込めて不規則発言を封じる努力をするようだった。ニールの百面相も面白くはあったが、あまりいじめるのも大人げない。ニールの耳に口を寄せて、マヒアは小声で話しかけた。
    「付き合いが長いから知ってるだけだ。気にせず直接聞けばいいだろ、きっと教えてくれるって」
    「だったらいいけど。個人的なことを聞くとはぐらかされるんだよな……」
     ひょっとして、パスワードが好物の名称だったりして、と目を細めるニールにつられて想像してしまう。暗闇の中、パスワードを入力するためにキーボードに向かうボスの指が紡ぐのは「ソルベ」という単語のみ――そんなはずがないと思うからこそ、なかなか愉快な発想と感じた。
     笑い声が気になったのか、先導していたボスがこちらを振り返った。
    「なにを食べるかの相談か?」
     ニールはすかさず表情を取り繕うと、何度かうなずいてボスの隣に並んだ。
    「そう言うあなたはなにを食べるか決めた? おすすめはある?」
    「今日は寿司にするつもりだ。ラーメンもあるぞ。おすすめは、そうだな……」
     ボスは顎に指を当てて、頭の中でメニュー表を開いて真剣に悩んでいる。彼の隣を歩くニールの顔がみるみる喜色に染まるのを、マヒアは苦笑しながら見つめた。
     彼が自ら望んでボスの一挙手一投足に振り回されに行くという性質は、仲間内の皆が知るところだった。そばにいるこちらまで気恥ずかしくなるくらい好意を表しているにも関わらず、ボスは涼しい顔でやり過ごすのだから手強い相手だ。けれど、当のニールはボスの反応が淡いことにさえ喜んでいる。彼がこれまで生きてきた中で、最も自分になびかない相手だという事実が――本人がそう言っていた――、ある種の闘志のようなものを湧き起こさせているのではないかとマヒアは推測する。
     ――難儀だな、恋ってやつは。
     前を歩くニールはボスに向かって提案だか説明をしているらしく、腕を大きく動かしている。ボスは隣に視線を送りながら静かにうなずいたり歯を見せて笑いかけたりするので、そのたびにニールは、ひだまりの真ん中で光を身体いっぱいに浴びたように目を細めるのだ。
     ――でも、なんだか楽しそうでもある。
     ふたりを見るうちに、まばたきの回数が増えているのに気づいた。目を閉じて、太陽の熱を感じてみる。きっと、快晴の空が眩しかっただけなのだと、マヒアは思った。
    narui148 Link Message Mute
    2024/02/12 16:09:21

    レカペ4で配布しました。
    鳩を見るテネメンのお話。(4704文字)

    #主ニル

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