The cold season【attention】
本作品は『獅子の帰還』後の話となります。
ひょんな事からバナージとリディがアパートメントに同棲してる設定を取ってます。
相変わらず、今回も設定無茶苦茶してます。よって本当に何でも許せる向けとなります。
それでも大丈夫な方はどうぞ。
あと三時間で時計の針が二本とも真上を指そうとしている時間に、リディはやっとの思いで自宅のドアを開けた。この所、政治家としての仕事が多忙を極め、出張で西へ東へ国や街を転々と行脚する日々。しかも、此処に来てやってきた冬将軍が大陸を襲い、そこら中に雪を降らせた為、飛行機が欠航するなど至る所で足止めを食らった。そうして気付けば二週間が経っていた。その仕事が漸く一段落して今宵漸く家路に着く事が出来たのだ。
「帰ったぞ、バナージ」
そう言って中に入る。いつもであれば、奥からパタパタと足音を立てながら、愛し子である少年が出迎えてくれる筈なのだ。だが今宵、いくら待っても少年の姿は現れなかった。あろうことか、玄関横のキッチンの照明すら点いておらず、真っ暗だった。
「バナージ?」
リディは訝しんで、玄関ドアの鍵を締めた。気付くと暖房が点いていないのか、部屋が酷く寒い。長らく家を空けてしまい、もしや愛想尽かされて出て行ってしまったのではと不安に駆られる。外気と全く変わらない温度がその不安を更に煽る。リディは真直ぐ足早にリビングの方へ向かった。
リビングの方も真っ暗だった。その先にある寝室ですら真っ暗だった。だが、リディには見えていた。革張りの黒いソファに横たわって眠る愛し子の姿が。
「バナージ…」
その姿に思わず心を撫で下ろす。リディはバナージを起こさぬよう、いつも二人で食事をしているダイニングの灯りのスイッチに手を伸ばし、照明を点けた。橙のLEDライトの光が今まで暗かった部屋を柔らかく照らす。そして、ゆっくりとバナージが眠るソファに近づいた。
「んん…」
ゴツゴツと近づく革靴の足音に気付いたのか、バナージが呻きながら目を擦った。
「バナージ」
バナージの傍まで来るとしゃがみ込み、優しく声を掛けた。
「り、でぃ…さん?」
その琥珀の瞳でリディの姿を捉えたのだろう。寝惚けた声で名を呼ばれた。
「悪い。帰るのが遅くなった」
申し訳なさそうな表情を浮かべると、バナージはぶんぶんと頭を振った。
「俺こそ、すみません。今、ごはん、つくりますから――」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、リディの方に向かって倒れこんできた。
「っ⁉」
リディは突然の事に驚きながらも、瞬時にバナージの華奢な身体を受け止めた。
「おい! 大丈夫か⁉」
慌てて腕の中の少年を見る。すると、今になってやっと違和感に気付いた。暖房が点いていない部屋に居るにも関わらず、バナージの頬が真っ赤に染まり、汗をかいているのだ。呼吸もいつもより早く、目の焦点が定まっていない。もしやと思い、リディはバナージの額に手を当てた。すると、あまりの熱さにリディの顔から一気に血の気が引いた。
「お前‼ 熱が有るじゃないか‼」
直ぐにバナージの身体を抱き抱えて立ち上がる。そんなリディにバナージは慌てて藻掻き抵抗した。
「りでぃ、さ⁉ 俺、だいじょ…ぶで、すから! こんなか、ぜ……それ、より…ご、はん——」
「——五月蠅い‼」
抵抗するバナージを黙らせんとリディが一喝した。バナージはそれに驚いて黙ってしまう。リディの顔を見ると、眉間に皺を寄せて怒っている様子だった。どうして怒っているのか、バナージには見当がつかなかった。
「いいか? お前は今から病人‼ 病人は大人しく言う事聞いて休む‼」
叱責されてバナージはそこで漸くリディが何故怒っているのか理解した。そして、抵抗を止め黙って大人しく彼の言葉に従う事にした。バナージが大人しくなった事を確認すると、リディはバナージを抱き抱えたまま寝室に向かった。寝室に着くとセミダブルのベッドに優しく下ろし、クローゼットからバナージの寝間着を取り出し、ベッドに投げるとバナージが着ていたパーカーを脱がしにかかった。
「あ、ちょ、りでぃ、さ‼ じぶんで‼ 自分で着替えます…から」
パーカーを脱がせ終え、ジーンズに手をかけた所で慌ててバナージがリディの腕を掴んで制止した。そこでリディは仕方なく手を離した。リディの手が離れた事を確認するとバナージがゆっくりとした動作でシャツとジーンズを脱ぎ始める。所々リディが助けてやりながら、やっと寝間着に着替え終えると、ベッドに寝そべった。リディはその様子を見て、シーツと毛布を手に取るとバナージの上に掛けてやった。そして左腕にしていた腕時計を見た。まだファーマシーやスーパーが開いている時間。今なら急げば間に合う。
「今から薬とか買ってくるから大人しく寝てるんだぞ。じゃなきゃお仕置きするからな」
そう言ってバナージの額にキスをすると、暖房を点け、足早に部屋を出ていった。
毛布に包まりながらバナージはぼんやりとリディが言った「お仕置き」の意味を考えた。いつもの頭であればそんな事考えない。熱に浮かされて頭が回らないせいだ。もし言いつけを守らなかったら、いったいどんな「お仕置き」をされるのだろう。彼の事だ。きっととんでもなく破廉恥な「お仕置き」に決まっている。バナージは諦めて再び眠りに堕ちていった。
急いでアパートメントを飛び出したリディは車を走らせ遅くまで開いていたファーマシーに何とか滑り込めた。そこで風邪薬と冷感ジェルシートを購入すると、その足でスーパーに寄った。カートに清涼飲料水のボトルを入れながら、ふとある事に気が付いた。
——そういやアイツ、風邪引いた時っていつも何食べるんだろ。
アースノイドであれば生まれ育った国が分かれば大体食べているものに予想が付く。だが、バナージはスペースノイドだ。人種の入り乱れたコロニーの食文化などリディが知る由もなかった。思わぬ所で壁にぶつかってしまった事に眉間に皺を寄せ、一つ溜息を落とした。
「俺って、アイツの事何も知らないんだな」
思わず自嘲が零れた。バナージと同棲するようになって随分経つというのに、そんな事も知らない己が惨めに思えてくる。だが、今更それを嘆いても仕方がない。家でバナージが待っている。風邪を引いて苦しんでいる。一刻も早く帰って看病しやらなければならない。
「仕方ない。いつものでいいか」
そう言って、リディは或る売り場の方へ足早に向かっていった。
額にひやりとした冷たさを感じてバナージは目を覚ました。僅かに目を開けると、そこにはリディの姿があった。
「悪い、起こしたな」
どうやら冷却ジェルシートを額に貼ってくれたようだった。帰ってきてすぐ貼ってくれたのだろう。未だマフラーとトレンチコートを着たままだった。
「おかえり、なさい」
帰ってきた愛しい人の顔が見れてやんわりと微笑みを浮かべる。するとリディの手がバナージの熱で火照った頬に触れる。リディの手は、買い物で外に出ていたからだろう、とても冷たかった。
「りでぃさんの、て…きもちい……」
リディの手の心地よさにすりすりと擦り寄った。そんなバナージにリディは半ばドキドキしながら、理性を保ちつつ尋ねた。
「喉、乾いてないか?」
バナージがこくりとゆっくり頷く。それを確認すると、リディはバナージの背中に手を入れ上体を起こさせた。そして、ストローの刺さった清涼飲料水のペットボトルをバナージの口元まで宛がった。バナージはストローの先に口を付け、ゆっくりと飲み始めた。本当に喉が渇いていたのだろう。ゆっくりではあるが、一気にドリンクの三分の二を飲み干していた。
「もう良いのか?」
バナージがこくりと頷いた。それを確認してナイトテーブルにペットボトルを置く。そして、再び寝そべったバナージの上に毛布を掛け直した。
「今から飯、作るから。もう少し寝ててくれ」
バナージが微笑みながら頷いて返すと、リディはバナージの頬にキスを落とし、部屋を出ていった。バナージは再び静かに目を閉じた。
「さてと…」
着ていたトレンチコートとマフラー、スーツのジャケット、ネクタイをソファに放り投げると黒いエプロンを締め、ブラウスの袖を捲りながらキッチンに立った。そしてテーブルに置かれた紙袋から中身を取り出し始めた。中には鶏むね肉、玉ねぎ、セロリ、ニンジン、ニンニク、チキンブロスの缶詰、ドライタイプのエッグヌードル、冷食のラザニアが入っていた。
一先ず自分が食べる用に買った冷食を冷凍庫に仕舞うと、リディはまず下準備に取り掛かった。棚から小鍋を取り出し、鶏肉を入れ、上から軽く塩コショウを振ってから、鶏肉が被るぐらいに水を入れ火にかけた。その間に玉ねぎ、ニンジン、ニンニクは皮を剥き、セロリは根元の固い部分を切り落とし、ピーラーで筋を取った。そして、それら野菜を、ペティナイフを使って慣れた手つきでそれぞれ一口大サイズに切っていく。
同棲するようになって、食事に関してはほぼバナージが用意している為、リディがキッチンに立つことは普段あまりない。だが、ネェル・アーガマでパイロットとして乗艦するまでは、自分で自分のご飯を作る機会は度々有り、リディ自身料理は出来たのだ。包丁の使い方もお手の物だった。
一通り切り終えると、キッチンの出窓に置いてあるハーブを植えている鉢に手を伸ばす。そこからパセリとディルを摘み、両方とも微塵切りにした。鍋を見ると、グツグツと沸騰していた。そのまま鶏を茹でて暫くしてから小鍋を火から下ろす。そして茹で上がった鶏肉を取り出した。そのままその鶏を俎板に移して粗熱を取っていく。完全に冷め切ったらフォークを二本使って鶏肉を解していった。
下ごしらえを終えると、鍋を火にかけオリーブオイルを入れた。そして、切った玉ねぎとニンジン、セロリを入れ、中火で炒め始めた。十五分ほど炒め、野菜がしんなりしてくるとニンニクを入れ、香りが出てきた所でチキンブロスの缶詰を開け、鍋に入れた。
リディはいつもこれを作る時、チキンブロスは自作している。だが、今回はバナージに食べさせるという事で急を要する。一からチキンブロスを作っている暇はない。だからと言って、既に出来上がったインスタントの缶詰を買うのも何だか味気ない。自分が食べるならまだしも、恋人に食べさせるとなったら猶更だ。バナージに食べてもらうなら、己の手の入ったものを食べてほしい。そう思って、チキンブロスの缶詰を購入したのだった。
水を足し、月桂樹の葉を入れ、塩と胡椒を少々入れて一煮立ちさせると、エッグヌードルを入れる。そうして暫く、麺がアルデンテの固さになるまで茹でると、鍋を火から下ろす。その中にほぐしたチキンを入れかき混ぜると、レモンを搾り入れ、パセリとディルを入れ更にかき混ぜた。入れていた月桂樹の葉を取り出すと、スプーンを取って鍋の中のスープを一つ掬い、味見した。
「…こんなもんかな」
ほんの少し塩と胡椒を一つまみずつ足してかき混ぜると、食器棚からスープ皿を取り出し、よそってトレイに乗せた。そのトレイを持って、寝室に向かう。寝室に入ると、バナージはまだ眠っていた。
「バナージ」
呼んでみるが反応はない。リディはナイトテーブルにトレイを置くと、バナージの身体を軽く揺すって起こした。
「起こしてすまない。大丈夫か?」
「ん…」
バナージがこくりと頷く。
「飯、出来たぞ。食べれるか?」
バナージが再びこくりと頷くと、上体を起こそうとする。リディはすかさずバナージの背中に手を回し、起き上がるのを補助した。
「悪い。その…お前がこっちで風邪ひくのなんて初めてだしさ…お前がいつも風邪引いた時何食べてるのか分からなかったんだ」
ベッドにローテーブルを置くと、トレイを置く。そこにはスープ皿に入った具だくさんのスープが入っていた。
「これ、は…?」
バナージが問うと、リディが答えた。
「『チキンヌードルスープ』って言うんだ。此処じゃ風邪の時によく食べられてる料理さ。俺も風邪の時にはよく食べてる」
トレイの上の湯気立つスープ皿の中身を見て、バナージが再び問い質す。
「りでぃさんが…作ったんですか?」
その問いに頬をポリポリ掻きながら、伏目で半ば答え辛そうにリディは返した。
「その、味見はしたけど、お前の口に合うか…」
その返しは、きっと自信がないのだろう、少しばかり声が沈んでいた。リディが自分の為だけに作ったスープ。そう思うと嬉しさでほうと胸がいっぱいになる。バナージはスプーンを持つと、皿の中のスープを掬い、口元に持っていきそのまま口に含んだ。
「…美味しい」
味の感想にリディが目を輝かせながら即座にバナージを見た。
「本当か⁉」
「美味しいです。本当に」
そう言って一口、また一口とスープを口に運ぶ。その姿を見てリディは心を撫で下ろした。
「良かった…」
思わず心からの声が漏れる。嬉しそうに微笑むリディを見て、バナージも嬉しそうに見つめていた。
リディが作ったスープが美味しかったのはどうやら本当だったようで、その証拠にバナージはスープを飲み干すとリディに皿を渡してお代わりを所望した。リディは驚きながらも、次には笑ってお代わりのスープを更によそった。
食事を終えると、バナージに風邪薬を飲ませ、トレイをキッチンの流しに持っていった。再び寝室に戻ると、ローテーブルを片付け、横たわるバナージの上に毛布を掛け直してやった。
「リディさん」
「うん?」
不意に名を呼ばれ、バナージの顔を見た。
「ごめんなさい」
バナージの突然の謝罪にリディは思わず首を傾げた。
「…どうして謝る?」
何故突然謝ってきたのか、リディには理解できなかった。バナージはゆっくりと話し始めた。
「俺、今日あなたが帰ってくるの、すごく楽しみにしてたんです。ご飯いっぱい作って、部屋をあったかくして待ってよって思ってた…なのに、俺…風邪なんか……」
くしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうなバナージ。そんな彼にリディは呆気に取られてしまった。
——お前ってやつは本当に…
風邪を引いても尚殺し文句が出てくる七つ下の少年。何度殺せば気が済むんだと、あまりの愛おしさに今にも卒倒してしまいそうになる。リディは困ったように笑いながら、彼の亜麻色の髪を撫でた。
「良いんだよ、風邪引いたって」
わしゃわしゃと撫でた後、ポンポンと優しく叩いて手を止める。リディの眉間には深い皺が刻まれていた。
「俺こそすまん」
次いで出てきた意外なリディの言葉に、バナージが一驚する。
「どうして、謝るんです?」
何故謝られてるのか分からず今度はバナージがリディに問い返した。
「こんな広い部屋にお前を一人にした。しかもこんな大寒波の中」
政治家という道を選んでから、家を空ける事が多くなり、同棲しているにも関わらずバナージを一人にする事が多かった。特に、今回は雪のせいもあって今までで一番長い間一人にしてしまった。しかも、バナージが地球に来て初めての大寒波。暇あれば連絡を入れるようにはしていたが、それでもきっと心細い思いをさせたに違いない。
「寂しい思いさせてすまない」
狭いアパートメントでも彼にとって独りで過ごすこの場所はきっと冷たく、酷く寒かったに違いない。そう思えて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そんなの、仕事なんですから仕方ないですよ。それに、自然には抗えませんよ」
バナージが微笑みながらそう言うと毛布の間から腕を出し、手を伸ばしてリディの頬に触れる。その手の上に己の手を重ねた。
「貴方がこうしてちゃんと帰ってきて…こうして触れ合えただけで、寒さなんて忘れちゃいました」
「⁉…そうか」
バナージの嬉しい言葉に照れながら、リディはバナージの手を取り、指を絡めた。それに応える様にバナージが微力ながら握り返す。その反応に愛おしさが更に込み上げる。
「実はさ、お前が風邪引いて、ちょっと嬉しいんだ」
嬉しそうにそう告げると、またしてもバナージが「どうして?」と言いたげな顔をする。
「いつもお前、俺の身の回りのことしてくれるだろ? こんな事でもなけりゃ、お前の世話できる機会なんてないからな」
それを聞いてバナージはまた驚き、一瞬目を見開いた。そして、きっと風邪のせいだろう、素直な気持ちが口から零れた。
「リディさん、好き。好きです」
「ああ、俺もお前が大好きさ、バナージ」
そう言って、リディがバナージの唇にキスを落とす。すると、まるで魔法にでもかかったようにバナージの瞼が重くなる。
「おやすみ、バナージ。良い夢を」
薄らぐ意識の中、バナージは思った。偶に風邪を引くのも悪くない。それでも、早く元気になって、この手で愛しいこの人を抱き締めたい。抱き締めて、一杯愛を注いであげたい。そう思いながら、深い眠りに堕ちていくのだった。
fin.
【謝罪会見】
明けましておめでとうございます(遅)
2022年一発目のリディバナです。
可笑しい、原稿してたはずなのに寒波のせいでいつの間にか脱線してた…
まーーーた妄想が酷すぎる。てか途中でもうリディさんの〇分間クッキングになってるじゃん???
今回も誠に申し訳ございませんでした゚・:*†┏┛ 墓 ┗┓†*:・゚
今回はもう周りで何煎じも書かれてる風邪ひきネタでした。実は一度書いてみたかった。
風邪を引いた時、日本ではおかゆ食べたりだとか玉子酒を飲んだりとかするんですけど
当然それは国によって違う訳で、アメリカではチキンヌードルスープが食べられてるって事だったので
今回リディさんに作ってもらいました。弱ったバナくんの為に料理するリディさんがすんげえ見たかった(鼻血)
ちなみに、アメリカでは風邪引いてても普通にアイスクリームとかも食べられてるそうです。恐ろしい食文化…(白目)
当初エッチな方向にしようかとも考えたんですけど結局ノーマルな話になってしまいました。
ま、まぁ、エッチなのはまたいつか…(遠い目)
今回も相変わらず駄文になってしまい本当にスミマセン!!!
語彙力が相変わらず虹の彼方に行ったっきり未だ帰ってきません!!!
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!!!