Bonfire【attention】
本作品は2021年6月20日 21:17pixiv掲載作品となります。
2021年7月2日リリース予定『Journey in the Earth』収録作品です。
2020年10月24日00:38privetterに載せたものをリブートした物になります。
『Summer Vacation』及び『Coffee&Hot Chocolate』の続編小話となります。
『獅子の帰還』後、ひょんなことからバナージがマーセナス邸に居候する設定を取っています。
上記作品を読んでいなくても楽しめますが、より一層楽しみたい方は先に前作を読むことをお勧め致します。
今回も相変わらず設定めちゃくちゃです。なんでも許せる方向けとなります。
それでも大丈夫な方はどうぞ。
古代ケルトのドルイド信仰に於いて、十一月一日は新年の始まりであり、冬の季節の始まりとされている。よって、十月三十一日の夜から十一月一日まで『サウィン祭』と呼ばれる夏の収穫を祝う収穫祭が毎年行われていた。ケルト暦の中でこの時期は、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、両方の世界の間で自由に往来が可能だと信じられていた。この事から、この時期は死者の魂が返ってくる日だともされた。ドルイドの祭司たちは十月三十一日の夜に篝火を焚き、作物と屠殺された家畜を供物として捧げ、火の周りで踊る。そして各家庭にこの篝火の燃えさしを与え、竈の火を新たに灯し温め、悪いシー(妖精)を防いだと謂われている。
「―というのが、ハロウィンの元になったとされてるんだ」
パチパチと音を立てて燃える焚火に薪をくべながら、リディはバナージに説明した。
十月三十一日の夜。世の中はハロウィンという名のビックイベントであるが、例の如く、リディとバナージは表で大衆イベントを楽しめる立場でなく、湖畔のコテージで二人きりキャンプを楽しんでいた。
「へえ、ハロウィンにはそういう起源があるんですね」
煌々と燃える焚火を眺め、ほんのり甘いカフェオレの入ったカップを両手で持ちながら、バナージはリディの話に聞き入っていた。リディは持っていた火バサミを傍らに置くと、ローテーブルに置いていた鉄の串を一本取り、ビックサイズのマシュマロを袋から取り出し刺していく。刺し終えると、その串を焚火に近づけた。
「今は分からないが、旧世紀の時代ではアイルランドとかでやられていた祭りなんだそうだ」
白い吐息を吐きながら、クルクルと指先で串を回し、もう片方の手でステンレス製のマグカップを取り、中のコーヒーを啜る。季節としてはまだ秋だが、地形の問題もあるのか、また夜という事もあり、二人が居る湖畔はすっかり冷え込んでいた。木々の葉もすっかり枯れ落ち、やがて来る冬の訪れを知らせている。
「まぁ、今じゃアメリカではそんな宗教的な意味も薄れて、すっかり民間行事になっちまったけどな」
苦笑を交えながら、炙っていたマシュマロを火から下ろし、マシュマロをビスケットにサンドし、バナージに渡した。バナージは有難くそれを受け取り、一口頬張った。口の中にマシュマロの濃厚な甘さが一気に広がった。
スモアを食べながら焚火を眺めて暫く、ふとバナージがリディの方に目を向ける。瞬間、飛び込んできた光景に目を見開いた。バナージの目に映ったもの、それは、リディの後ろに頭から黒いベールを被り黒いのドレスに身を包む赤い目をしたブロンドの女の影だった。それはまるで、かつて彼が載っていた機体のように、黒かった。
(もしかして、これは…?)
RX―0[N]ユニコーンガンダム二号機『バンシィ・ノルン』。かつて彼が乗っていた機体の名前の由来ともなったアイルランドとスコットランドの女妖精『バンシー』。様々な民話を持つその妖精は、様々な姿形や振る舞いの伝承を持っていた。よって、実際彼女が何者であるのか確かめる術はなかったが、バナージは一目で彼女を『バンシー』だと直感した。
黒い女は後ろからリディの首に腕を回し、さも彼に纏わりつくかのように抱き締めていて離れようとしない。それに対して抱き締められているリディは、平然と焚火を見ながらスモアを齧っている。どうやらリディの目には彼女は見えていない様だ。
すると、次の瞬間、女が彼の耳元で閉じていた口をゆっくり開き始める。
『バンシーの悲しい叫び声は死を招く』
いつだったか耳にしたバンシーの伝承。そんな逸話がある事をバナージは偶然知っていた。
―リディさんを連れて行こうとしているのか…?
今にも叫び声を上げようとする黒い女。何れにしろ、このままではリディの身が危ない。
「どうかしたのか?」
先程と何処か雰囲気の違うバナージを訝しんで、リディが思わず問い質す。と、突然バナージがすっくと立ちあがった。
「リディさん」
バナージはそのままリディの傍に寄り添い、見上げた。琥珀色の瞳と碧い瞳が合わさる。その時、リディはドキリとする。その琥珀色の瞳に情欲が宿っていたから。
「キス、してくれませんか?」
バナージが物欲しそうにリディの首に腕を回す。思わぬバナージのお誘いに、リディは半ば戸惑いを見せるも、折角の恋人の申し出にわざとらしく紳士的に答えた。
「仰せのままに」
バナージは微笑み、瞼を閉じた。リディも瞼を閉じ、顔を近づけ、甘く熟れた唇に吸い寄せられるように己の唇を重ねた。最初は啄むような軽いキスを繰り返し、だんだんと深いものに変わっていく。すると、バナージの身体が一瞬エメラルドグリーンの光を発する。その熱が、熱くて蕩ける甘いキスを介し、互いの舌を伝ってリディに流れ込む。それに呼応するかの様に、リディは更にバナージを求めた。
「んん…んぅ…」
くぐもった声を漏らしながらも、バナージももっとと言わんばかりに縋ってリディを求める。
ふとバナージが僅かばかり瞼を上げ、黒い女を一瞥する。彼に睨まれたバンシーは悲しい顔をして、リディの首に巻き付いていた腕を解いた。そして、そのまま真っ黒な宙に向かって浮遊していく。その姿を見てほくそ笑みながら、再び甘く熱いキスに溺れた。
暫くしてやっとの所で互いの唇が離れる。上気しながら熱を持った琥珀色の目に見つめられ、リディはとうとう堪らず音を上げた。
「そろそろ、中、入るか?」
「はい…戻りましょう。寒くなってきましたし。早く、温まりたいです」
そう言うと、リディが即座に立ち上がる。バナージが発した「温まりたい」という言葉が差す意味はただ一つ。リディは口元を緩ませながら、コテージに戻る準備に取り掛かった。
片付けもそこそこに、二人がコテージに向かう。その途中、バナージはふと夜空を見上げた。悲し気な目をして離れていく黒い女。やがて、夜空の黒に溶ける様に消えていった。それを見届けて、バナージは静かに口角を上げた。
―貴方なんかに、リディさんは連れて行かせない。
その夜、彼らのコテージに悪い妖精が現れる事はなかった。
―His temperature protects from evil spirit.―