Sleeping Beauty【眠れる森の美女】ーIntroductionー【attention】
本作は2020年11月29日 00:01pixiv掲載作品となります。
2020年12月12日リリースのリディバナ短編集『Fairy Tales』収録作品サンプルです。
本編Ep.7後の話。虹の彼方から戻らなかったバナージと不老不死のリディの話です。
『獅子の帰還』とはまた違う、パラレルワールドの話。
少しばかりオリジナル要素を含んでおりますのでご注意下さい。
UC計画。ニュータイプの存在を信じない地球連邦が宇宙世紀百年という年に合わせ、ジオン残党排除と共にニュータイプ神話を断ち切る為に打ち出した計画。その為のフラッグシップとして作られたRXー0ユニコーンガンダム。カーディアス・ビストの妾の息子であるバナージ・リンクスにユニコーンガンダムが充てがわれたのは、最初から定められた運命だったのか、それとも運命の悪戯だったのだろうか。
結果として、UC計画はある意味では『成功』し、ある意味で『失敗』した。ユニコーンガンダムはラプラスプログラムが指し示す座標地点で類まれなる成果を残した。ユニコーンガンダムの開発に携わった一部のマッドサイエンティスト達はそれに歓喜した。
しかし、一方で、未知の領域に近づいていくにつれて、それは段々と連邦が否定し続けてきたニュータイプの存在を肯定する結果へ結びつけていってしまう。コロニーレーザーを防ぎ切ったユニコーンガンダムは最終的に人智の及ばぬ領域に達し、結晶化、暴走。真のニュータイプとなってしまったパイロット、バナージ・リンクスからの応答は無かった。そのまま、ユニコーンガンダムはパイロットと共に宙域からロストした。
ユニコーンガンダムの兄弟機であるRXー0二号機バンシィ・ノルンを残して。
それから、百年の歳月が経った。ラプラスの箱が開かれても情勢は変わらなかった。スペースノイドの自治独立を求め、何度も大きな戦争や紛争が勃発した。地球連邦軍は未だニュータイプ神話を殺せず四苦八苦していた。それどころか、百年という月日が経っていても未だシンギュラリティ・ワンの呪縛に縛られ、ユニコーンガンダムの捜索に躍起になっていた。
―アナハイムエレクトロニクス オーガスタ研究所―
仄暗い闇が支配する部屋。何も見えない。何も聞こえない。閉鎖的な一室。まるで誰かの心の深淵を表しているような部屋だった。そんな部屋の扉が突然開き、真っ暗だった部屋に光が指す。空気中の埃が、光に反射して時折キラキラと舞う。扉の先には人影が立っていた。部屋に入る光を遮っている黒い人影の姿はいささか後光の差した仏のようだったが、それは神でも仏でも何でもなかった。
「出ろ、被検体」
開かれた扉の先に立つ人影が冷ややかに言い放つ。すると、今まで部屋の隅で息を潜めていた黒い人影がのそりのそりと動く。それがだんだん部屋に刺した光に照らされ晒されていく。
その人物は、検査着に身を包んだリディ・マーセナスだった。
「まるで、化物を見る目だな」
開口一番、リディはその人影、地球連邦軍の制服を着た士官に向けて不平を漏らす。それを聞いた士官が不快そうに言い返した。
「当たり前だろう。不老不死の存在など…気持ち悪い」
不老不死。この士官の言う通り、リディは百年前のあの時と変わらない、二十三歳の姿だった。
百年前、元々ニュータイプでは無いと思われていた彼は、様々な因果を経てユニコーンガンダム二号機バンシィ・ノルンに搭乗し、バナージ・リンクスと、時には敵対し死闘を繰り広げ、時には共闘し脅威を排除した。そして、バナージ・リンクスと共にコロニーレーザーからサイコフィールドを展開してそれを防ぎ、インダストリアル7『メガラニカ』を守り切った。あの最終決戦をきっかけに、彼はニュータイプとして覚醒し、その能力を開花させてしまった。
ユニコーンガンダムが暴走した際、リディはバンシィ・ノルンを駆って必死に追いかけ、バナージを連れ戻そうと躍起になった。しかし、彼が伸ばした手は虚しくも宙を掴み、とうとう連れ戻す事が出来なかった。泣く泣くそのままバンシィ・ノルンはネェル・アーガマに収容された。
ラプラス事変終結後、リディの身柄は連邦に拘束され、何度も精密検査が行われていた。すると、リディの身体に常人ではありえない異常な現象が起こっていることが判明する。奇妙な事に、肉体が衰えていなかったのだ。リディ自体、元々軍人で肉体を鍛える事に余念はなかった。しかし、ここで言う「衰え」とは「鍛えている」という意味ではない。筋肉や骨、細胞自体の衰えが見られないのだ。それはまるで肉体そのものが時間を止めてしまったかのように。
それだけではない。リディが例え戦闘中に致命傷を負ってしまってもすぐに再生してしまうのだ。何をやっても死ねない身体。それはまるでUC計画における『ニュータイプが神の領域に足を踏み込んでしまった罪』の代償、新たな『呪い』だった。人であって人ならざるものをこのまま野放しにする訳にはいかないと、連邦は彼の存在を表向き抹消した。リディの父ローナン・マーセナスには「息子はバンシィ・ノルンというサイコ兵器に搭乗した事により狂い死にした」と伝えた。
リディという『化け物』を捕らえ檻に入れた連邦軍は全くと言っていい程懲りていなかった。あれだけの惨劇が引き起こされたというのに、一部のオールドタイプのマッドサイエンティスト達の興味意欲はそれでも止まる事を知らなかった。例え、『奇跡』と言われる現象を目撃したところで彼らは何も変わらなかった。ニュータイプという存在に狂わされた連邦のマッドサイエンティスト達は秘密裏に彼の身体を玩具のごとく扱い、何度もメスを入れた。時には毒性のある薬物を投与するなど人体実験の被験者として扱う場面もあった。幸い、投与されても、その時は発作など起こしても、結局はリディには効かず、また、強化人間の様に副作用で狂ったりする事は無かった。手術痕も跡形もなくすぐに消えてしまっていた。
現在、彼はこのアナハイムエレクトロニクスのオーガスタ研究所にバンシィ・ノルンと共に幽閉されていた。
「明後日ヒトフタマルマル、宇宙に上がれ」
「…何故だ?」
リディは怪訝そうな顔で問いただす。
「ユニコーンガンダムが姿を現した」
それを聞いて、表情は変えず、ただピクリと眉を動かし、士官を睨みつけた。
「それ、本当なのか?」
リディは士官の言葉を疑っていた。というのも、以前にも何度も似たような命令を下され、向かってみたものの偽の情報だったということが、この百年の間何度もあったからだ。もし今回も偽の情報であったならば、堪ったものではないと心底うんざりしていた。
睨みを利かせるリディに臆することなく、士官は淡々と質問に答える。
「今度は確かな情報だ」
そう言って液晶パネルを操作し、映像を見せた。光の結晶体の姿のまま捕縛しようとする連邦軍機とネオ・ジオン機を見事に躱し宇宙を飛び回るユニコーンガンダムが映し出されていた。どうやら今回は本物の情報らしい。
「見ての通り、袖付きもユニコーンを探している。奴らに奪われる前に奪取しろとの事だ」
命令を告げ、早々に部屋を後にしようとする士官。最後にリディに辛辣な言葉を吐き捨てた。
「百年前、貴様が取り逃した暴れ馬だ。貴様でケリをつけろ」
その言葉はリディには重く残酷な言葉だった。首輪で繋がれた獅子に、その任務を拒む事など出来るはずがなかった。
再び真っ暗になった部屋で、リディはあの時を回想する。
百年前のあの日、コロニーレーザーを防いだ後、結晶化したユニコーンはゼネラル・レビルの艦隊を謎の波動の様な物で次々に沈黙させていった。そのまま戦線を駆け抜けていくユニコーン。その背中を追うバンシィ・ノルン。
「待てよ、バナージ!」
リディはペダルを思い切り踏みこみ、スラスターの推力を上げた。
「戻って来い! 戻ってこなきゃ、意味ないだろうが!」
鳥の囀りのようなスラスター音を轟かせながら必死にユニコーンを追うバンシィ・ノルン。無我夢中で追いかけている中、リディが次に瞬きをした瞬間、目の前の景色が戦場から一変し、どこなのかも分からない穏やかな野原になる。空は青空で、向こうには虹がかかっていた。心地よく戦ぐ風がリディの頬を撫でる。
「何だ…ここは一体…?」
リディは勿忘草が咲いている野原に佇んでいた。何が起こったか理解できず狼狽えていると、後方から声が聞こえた。
「リディさん」
その声は聞き慣れたあの声だった。振り返るとパイロットスーツ姿のバナージが距離を置いて同じように佇んでいた。
「バナージ!」
リディは思わず声をかけた。そして次の言葉を投げようとした。しかし、あまりにも儚げに微笑むバナージの表情を見て開きかけていた口を一瞬噤んでしまった。バナージはリディに言葉を伝える。
「リディさん、一緒に戦ってくれてありがとうございました。俺、リディさんとやっと分かり合えて、凄く嬉しかったです」
まるでこれが最後の言葉とでも言うような口ぶりに、リディは憤りを感じ、握りしめていた拳を震わせ、堪らずに叫んだ。
「なら、戻って来い! お前にはまだやるべき事が沢山あんだろ! 俺ももっとお前とやりたい事沢山あるんだ…一緒に飯食ったり、モビルスーツデッキで整備したり、他愛のない話して―」
「―ごめんなさい」
遮られた謝罪の言葉にリディの頭の中が真っ白になる。そんな彼を置いてバナージは謝罪の言葉を重ねた。
「ごめんなさい。俺、そっちにはまだ、戻れません」
リディはバナージの顔を見る。その顔は先程までの微笑みとは対照的に辛そうな表情を浮かべていた。力が入っているのだろう、彼の拳は震えていた。
「やらなきゃいけないことがあるんです。俺がやらないと…」
歪んだ表情を浮かべながら自分を突き放そうとするバナージに、リディは逆上せずには居られなかった。
「なんでお前はそうやって一人で背負い込むんだ! お前はもう十分に戦ったはずだろ⁉ なんで自分を大事にしないんだ! もっと自分の事を大切にしろよ!」
怒りながらも自分を思いやるリディの言葉に、バナージは狼狽えた。そして、何故そこまで自分の事を思いやれるのか聞かずには居られなかった。
「リディさん、なんでそこまで…?」
「分かんないか? お前の事が好きなんだよ!」
突然の告白にバナージは先程の悲しく辛そうな顔とは打って変わって、目をパチクリさせ、次に頬を染めた。リディはそのまま思いの丈を吐露する。
「ようやく分かった。俺の頭の中はいつもお前で一杯なんだよ。お前と出会った時から今まで…」
「リディさん…」
バナージのその琥珀色の目は潤んでいた。リディは彼に指を突きつけ叫んだ。
「いいか、お前は俺が連れ戻す! どんなことをしようと必ずな!」
バナージはその言葉にとうとう大粒の涙を零し、目を伏せた。
「狡いですよ、そんなの…俺だって、貴方の事―」
その時、バナージの声を遮るかのように、春一番のような強い突風が吹き荒れた。あまりの強風にリディは反射的に目を閉じ、両腕で顔をガードした。
次に瞼を開けると、元の戦場、インダストリアル7近郊に戻っていた。先程見ていたのはユニコーンとバンシィ・ノルンが繋いだ精神世界だったのかもしれない。長い時間に感じていたが、実際は数秒の出来事だった。リディは引き続きバナージを引き留めようとペダルを踏みこむ。
「待てよ! 待ってくれバナージ‼」
何度叫んだか分からない。喉が枯れるまでバナージの名を呼んだ。しかし、彼の声が再び返ってくることは無かった。ユニコーンはどんどん加速していく。
「頼む、バンシィ!」
バンシィ・ノルンもそれに答えようと咆哮するも、ユニコーンは止まらない。そして、とうとうユニコーンは戦線を離脱した。ユニコーンをロストしてしまった事にリディは憤りを露わにした。
「糞‼」
操縦桿に拳をぶつけ、歯噛みする。
「絶対に連れ戻す…迎えに行くから…待ってろ…」
バンシィ・ノルンのコックピット内に涙の露が広がった。
「どこに居るんだ…バナージ…」
百年前の記憶を呼び起こし、暗闇の中項垂れる『黒き獅子』。百年という歳月はリディ・マーセナスにとってはあまりにも長過ぎた。彼は間違いなく生きてはいるが、それは宛ら亡霊であった。
To be continued...
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